Infinite Stratos -Children's small dream- 作:Tommy
お詫びとして今回は二話と閑話の二つ目を同時に投稿します。スランプ気味なためクオリティが低下してますが、楽しんでください。
教科書をめくり、文字を目で追い、教壇に立つ教師―――山田真耶の言葉に耳を傾ける。
それと並行でノートを開き、黒板に書かれた文字を一字一句間違えずに書き写し続ける。
耳に届くのは真耶の声とカリカリとノートにシャーペンを走らせる音だけだ。ふと周りに視線をやればクラスメートの全員が真剣な表情で授業を受けている。これが地元の高校ならば確実に何人かは授業となんら関係ないことをやっているだろうということを考えればある意味感動的な光景であった。
そんな彼女たち様子には当惑や困惑といったものは存在しない。当然のことではあるだろうがこの程度の内容は完全に理解しきっていいるのであろう。自分と彼女たちの間にある差、二週間と数年の差はやはり大きいと改めて認識する。
今までの人生で丸っきり関係なかった専門知識に脳みそはパンク寸前だ。付け焼き刃に詰め込んでもやはり限界はあるということだろう。
「くっそ、キッツイなあ」
なんとか授業に食らいつく一夏の口から思わず愚痴がもれた。
体感して分かったことだがこの内容は今まで習ってきたことの総復習に近い。小学校から中学校へ、あるいは中学校から高校へ、進学した先の学校で次なる勉強を始める前に進学前の学校で習ったことをもう一度やることと一緒だ。一夏が付いて行けているのはそんな理由だからであり、本格的な授業が始まればチンプンカンプンだろうことは予想に難くない。
一夏は視線を教科書に戻し、少し先を覗いてみる。20ページほど進めれば案の定途端に訳が分からなくなった。進むペースを考えて逆算すれば早ければ明後日にはその部分に突入する。
―――補講、申請するべきなんだろうなぁ。
半ば現実逃避気味に一夏は考えた。
想定される週末は休みを返上しての勉強だ。嫌だなぁと心の底から思う。
まぁ、申請しないという選択肢は最初から用意などされてはいないが。
「織斑くん、何かわからないところがありますか?」
そして、ふと真耶が一夏に問いかけた。教師として一夏が四苦八苦しているのを感じ取ったのだろう。
一夏としてはまだ問題ない。なんとか食らい付けていけている。だから取り敢えずはいと答え、そこでですけどと一言付け加えた。
「色々と危ないんで、放課後とか休み時間の暇な時でいいんで補講とか行ってもらって良いでしょうか?」
「ああ、それもそうですね。でしたら後で一週間分の空いてる時間を表にして渡しますので、それを見て来てくれたら補講を行いましょうか」
その童顔をニコリと笑みの形にして真耶はうんうんと頷いた。先生として生徒が自分を頼ってきてくれるのが嬉しいのだろう。一応千冬の一年後輩で、IS学園設立当初から教鞭をとっているはずなのだが、反応はまるで新任の先生のようだ。
「しかし感心ですね、しっかりISに関して勉強してくるなんて。先生ちょっと驚いちゃいました」
大変だったでしょう、と聞いてくる真耶に一夏は頷いた。
実際これがかなり大変だったのだ。
まずそもそもIS学園に行く前にこれで勉強しろと少し申し訳なさそうな千冬に参考書を渡されたのが入学の二週間前。なんでも男がISを動かしたということで関係各所が大混乱に陥り、それの収拾に時間がかかってしまったとのこと。この時期千冬も家を空けがちで忙しそうにしていたのを一夏も覚えているのでそれ自体は仕方のないことだったのだと納得している。問題はその後だ。
渡された参考書は貴方の街の電話帳かと見紛うほどに大きく、完全に鈍器として使えるレベルの物。中を開けば細かい文字がびっしりと並んでおり、かつそれが書かれた紙はページはペラ紙程度の厚さほどしかない。
しかもその内容は専門用語の羅列だ。どうもある程度事前に知識を持っていることを前提とした物らしく、1ページ読むのに数十回辞書を引くのもザラにあったほどだ。二週間をフルに使ってなんとか詰め込めるだけ詰め込んだが、その苦労はもう二度と味わいたくはないと思う。
「先生も協力しますからこれからも勉強頑張りましょうね」
「はい。よろしくお願いします」
一夏は一礼。そして、再び机へと向き直る。
その様子を、箒はなぜかうんうんと頷きながら、千冬は親指をしっかりと立ててみていたのを一夏は知らない。
◇
「時間ですね。じゃあこの授業はこれで終わりにしたいと思います」
キーンコーンカーンコーンと音を響かせて授業終了のチャイムが鳴った。
真耶は委員長に合図を送り、委員長はそれを受けて「起立、礼」とやる。
真耶が退室し、そして途端に騒がしくなる教室。そこら辺りはやはり年頃の女の子と言うことだろう。静かに読書に講じたりするよりは友達同士で寄り集まって話し合うことが楽しいと感じることはここでも同じらしい。
「あ〜〜〜〜」
意味をなさない言葉を言いながら一夏は机に突っ伏す。前の休み時間と全く同じ状況だ。そして当然のようにそばには箒の姿があった。
「お疲れだな、一夏。ほら、これをやろう」
すっ、と手渡される缶ジュース。一体いつ買ってきたのだろうか?甚だ不思議だがここはありがたく受け取っておくことにして一夏はプルタブを開けてグビリと喉を鳴らしてそれを飲んだ。
喉を伝って行く冷たい感触。疲れきった体にそれが気持ち良い。
授業で疲れた脳にすぐさま糖分が回った。全快、とまでは流石にいかないが、それでも随分と意識がはっきりしてくる。
ふぅ、と息を一つ吐き出して一夏は机に突っ伏した体を持ち上げた。漸く周囲からの視線にも慣れてきたのだろう。その顔からは先の休み時間にあった居たたまれなさといった感情は見受けられなかった。
「サンキュー、箒」
「どういたしまして、だ。少しはこの視線にも慣れてきたようだな。さっきまでとは全然顔つきが違うぞ」
「ま、さすがにな。あれだけ見つめられてりゃ嫌でも慣れるさ」
こうしている間も方々から視線は飛んできているのだ。あまり気にしてもいられないというのも確かに事実だろう。にしても順応早くないか、と箒も思わなくもなかったが、幼少期のことを考えて納得できたのであえて口には出さない。
「良い傾向じゃないか。気にするなとも言わないが、しすぎるのも問題だろう?」
「まぁ、な。それに弥月さんや束さんと付き合うのと比べればマシだし」
一夏は箒の言葉に苦笑いを浮かべる。
「箒は弥月さんや束さんが起こす騒動好きだったよな。個人的には疑問しかないけど」
「と言うより、あの人たちに付いていくのが好きだったと言うべきだな。言っては悪いかもしれんが、やることなすこと馬鹿らしすぎて悩んでる自分がどうでも良くなってくるから」
気分転換、みたいなものなのだろう。昔から色々と考えすぎることが多かった箒にとっては良い心の清涼剤だったということだ。
まぁ、そういうことなら言いたいことは分からなくもないし対処法としては極端に間違えているということもないか、と自分を納得させて一夏はもう一口ジュースを口に含んだ。
カシュッ、といった感じの音を立てながら隣では箒も自分の分の缶のプルタブを開けて、ジュースを飲む。それだけの動作ではあるのだが、それが妙に綺麗で一種の気品のようなものが感じられた。
一夏は相変わらず綺麗だなぁ、と思った。
直接会ったのは大体六年ぶりくらいであるにもかかわらず、箒は小さい頃と余り変わっていない。そりゃ身長は伸びたし、精神もそれ相応に成長していることだろうが、根本的な部分は変わっていなかった。
少しばかり天然が入ったその性格も、不思議と周りを魅了するかのような美しさも、さながら肉食獣のように爛々と輝くその双眸も。
単純に美々しいと言うだけではなく、獰猛さが見え隠れする美しさ、と言ったところであろうか。よく美しい花には棘がある、と言われるがようはそれだ。
小学校の頃、箒をいじめていた挙げ句お約束とばかりに返り討ちにされていた男の子たちも本心としては箒と仲良くなりたかったらしい。そういった話を中学校に上がったあと聞いた一夏は少し微笑ましい気持ちになったのを覚えている。
「ん? どうかしたか一夏?」
一夏の視線に気付き、箒が問いかけてきた。
「いや、変わんないなぁと思ってさ」
「む、なんだそれは。相変わらず子供くさいと言うことか?」
喧嘩なら買うぞ、とばかりにファイティングポーズを取る箒。
少々短気なところも変わっていない。
「そうじゃなくて、こう性格というか人格というか、とにかくそういうところは変わらないなぁと思ってさ」
「……それは誉め言葉なのか?」
「そのつもりだけど」
違う違う、と手を振りながらの反論に箒は少々納得がいかないとでも言いたげに拳を下げる。
「複雑な気分だ」
「なにがだよ。別に悪いことじゃないじゃないか」
「確かに悪いことではないが」
難しい顔をして唸る箒。
「個人的にはこう大人っぽくなったとか見違えたよとか言われたくて」
「いや無理だろ」
即答する一夏。
「ず、随分バッサリだな」
漫画とかならガーンと、擬音が入りそうな姿勢で箒が落ち込みを表現してきた。
思わず一夏は取り繕う。
「あぁっと、悪い。ただ大人っぽい箒とかあんま考えられなくて」
一夏の素直な感想に箒はため息を一つ。自分がそういう風な評価を受けていることは知っていたが直接言葉にされること傷つく、そんな感じだ。
「まあそういう箒が俺は好きなんだけどな」
「………そうか。そう言ってくれとこっちとしても多少は気が楽になるよ」
一夏のそういう言葉は冗談で言ったいるわけではないということを知っている箒としては素直にうれしい言葉であった。
「ちょっと、よろしくて?」
そんな会話を繰り広げていた一夏と箒に、突然声がかけられた。二人が同時に振り向けば、そこには知らない女の子がいた。
いや、厳密に言えば知らないと言うことはない。名前までは憶えていないが、顔は朝のSHRにあった自己紹介の時間で顔は見ているし、クラスメイトであることは二人とも理解していた。
綺麗な女の子だ。
端整な顔立ちはどことなく欧州系だ。予想としてはイギリス人。腰ほどの長さの金髪は毛先の方でカールしている。瞳の色は澄んだ青色で、どこか海を思わせた。体つきも出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる。俗な言い方をすればボン、キュッ、ボンだ。まぁ生憎胸のでかさに関しては箒の方が上だが、それでも十分な大きさだ。街を歩けば結構な数の男が振り向くんじゃなかろうかと思われる。
少女の第一印象はお嬢様だった。腰に両手を当て、勝ち気そうな視線をまっすぐに一夏へと投げかけている。声をかけたことも相まり、一夏に用があることは明白だろう。
しかし、一夏には少女に声をかけられる理由が分からなかった。少女とは以前に会った覚えはなく、初対面のはずである。では、世界で始めて男でISを扱ったという一夏に興味を持って話しかけてきたのかと問われれば、微妙と言わざるを得ないだろう。親睦を深めるにしては少女の視線はいささか攻撃的すぎる。照れ隠し、という可能性もなきにしもあらずだが。
一夏は箒と素早くアイコンタクトをとった。
―――箒の知り合いか?
―――いや、違う。少なくとも会った覚えはない。
幼なじみの以心伝心。それで少なくとも自分も箒も会ったことはない人物であることを一夏は認識する。
「訊いてます?お返事は?」
「あぁ、訊いてるよ。なんかようか?」
まぁそれならそれでいいかと一夏は少女へと返事を返した。初対面の女の子を邪険に扱う趣味など一夏にはないし、何より箒とは会おうと思えば会えるし話そうと思えば話せる。箒自身も割り込んできた少女に視線が移っており、今一夏と会話を続ける気はなさそうだ。
一夏は可能な限り爽やかそうな態度を少女へと向ける。ぶっちゃけ爽やかなどとはほど遠いがそれでも失礼にはならない程度にはその返事は礼儀正しかった。初対面の相手としては上出来だろう。
それを受けて少女は――――
「まぁ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
傲慢にそう言い切った少女に、一夏はうわぁといった顔をする。
箒も表情に変化こそないが抱いた感想は似たようなものだったのだろう。随分と強烈なのが来たな、と先と同じように視線で語りかけてきた。
つまりこの少女は今どきのタイプの少女なのだろう。女尊男卑。ISに乗れる女は強くて、乗れない男は弱い。何も腕力等の物理的なものから社会的な立場というものまで。そういった風潮にドップリ浸かっているせいで必然的に男とは情けなくて卑しい存在だと思ってしまう奴。
話しかけてきている少女など正にその典型だ。一夏としてもあまりかかわり合いになりたくない。
「いや、そんなこと言われても。俺君が誰だか知らないし」
そう、正直に言った一夏に少女は露骨に顔を顰める。一夏の言葉がえらく気に障ったらしい。俺、何かマズったか?と一夏は頭をかく。
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこの私を!?」
「ああ、うん。て言うか君セシリア・オルコットって名前だったんだな」
やっぱりイギリスだったのか、と若干的外れなことを考えながら、一夏は力強く頷いた。
「悪いけど各国の国家代表とかだったらまだしも代表候補生までは調べてないんだ。そんな時間はなかったしさ」
その答えが気に入らなかったらしい。セシリアと名乗った少女は一夏への視線を吊り目を細めて睨み付けるようなものに変える。
「その心意気は多少は評価しますが、わたしのような選ばれた人間とクラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのよ。感謝の気持ちを持ってわたしのことを知っておくぐらいのことはすべきでしょう」
その言葉に一夏はもはや感動すら覚えた。この子はもしかして相当バカなんじゃないかと思う。
クラスメイトに誰がいるかなど当日にならねば知るはずもないだろうに。ましてわたしのことを知っておくべきと言われたところで先にも言ったが代表候補生に誰がいるかなど一夏は知らないのだ。存在を知らない者をどうやって調べればいいというのだ。
「ちょっと、何ですかその目は?」
知らずの内に生暖かい目になっていたらしい。セシリアに怪訝そうな視線で尋ねられ一夏は悪いと言って意識的に視線を元に戻す。
「一夏、もしかしてこの子は相当バカなんじゃないか?」
そこに箒が特大の爆弾を放り込んだ。
あ〜、それ言っちゃう?言っちゃいますか、箒さん。
意見としては同意ではあるが、余りのド直球な言い方に一夏は頭を抱えた。これは絶対に面倒なことになる。
せめてもう少しオブラートに包んで言ってくれませんかねぇ、と思いながら箒を見てみれば悪意とか全然これっぽっちもなさそうな表情で首を傾げていた。
「あ、あなた!!わたしを侮辱するのですか!?」
「いや、そういうんじゃなくてだな」
「じゃあどういう意味ですか!?」
「可愛らしいというかなんというか」
そう思うだろ、とでも言いたげに一夏へと視線を投げてくる箒。一夏は思わず視線をそらした。
「あ、おいこら、一夏」
「可愛らしいってどういう意味ですか!!この場合完全に悪口ですわよね!?」
多分小さい子供を相手してるような気分になってるんだと思うぞ、セシリアさん。
矛先を箒に定めて問いつめだしたセシリアに一夏は心の中で呟く。口に出せば箒の二の前なので言葉にはしない。
まだ入学してから半日も経っていないが随分賑やかなことだ。正直勘弁して欲しいタイプの賑やかさだが。
一夏は平和主義者なのである。別に日々に変化を求めることを否定するわけではないが、かといって急激な変化などは求めていない。緩やかに、けれどしっかりと、そういう静かな変化こそが一夏の望むところなのだ。そういう意味では世界初のISの男性操縦者という肩書きや
目の前でヒートアップしていくセシリアは当初の目的を忘れているかのように見える。別にそれでも一夏としては構いはしないのだがそろそろ箒のこちらを見る目が怖くなってきたので一夏は助け舟を出すことにした。
「えっと、オルコットさん?」
「なんですか!? 今こちらは忙しいのです!!」
だったら声かけてくるなよ、と一夏は思った。
「いや、結局俺に声をかけてきた理由は何だったのかと」
挨拶だけということもあるまい。時間も押しているのでとりあえずそれだけでも聞いておこうと一夏は問いかける。
それにセシリアはあ、とでも言いたげな表情をした。どうやら箒への詰問で完全に忘れていたらしい。んんっ、とわざとらしい咳払いをしてやり直すかのように一夏へと語りかけてきた。
「わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ」
「そうか」
で?というように一夏は淡白に返す。セシリアのその姿は精一杯威厳を持って接しようとしている子供のようでなんかいろいろと締まらない。
一夏の態度を見なかったことにしたのかセシリアはそのまま続けた。
「ですから、ISのことで分からないことがあれば、まあ……泣いて頼むのでしたら教えて差し上げても構いませんわ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」
「ならいいや」
一夏は即答した。
「な!?」
「まあそりゃISのことを教えてもらえるのは嬉しいことだけどさ」
それでも、と一夏は渋い顔で言った。
「なんつうかそんな奴隷みたいな扱いいやだし」
と言うかそんな剛毅な性格中々珍しいし、ついでに言えばそれを曝け出すような物はもっと少ないと思う。
当然一夏はそんな性癖持ってない。至ってノーマルな人種だ。却下である。人の尊厳にかけて認められない。
それに加えて、
「それに俺も教官なら倒したしな」
「は?」
ポカーン、と間抜けな顔をセシリアが曝した。
訳が分からない。何を言ってるんだこいつ。セシリアの心の声はきっとこんなところだろう。いや、あるいは衝撃で何も考えられないだけか。
「それは本当か、一夏?」
隣で聞いていた箒が訝しげに聞いてくる。一夏としてもまあ納得の反応だ。普通それまでISに触ったこともない人間が教官を倒すなど実際信じられるかどうかでは信じられないだろう。
「ああ。まあ実際運が良かっただけなんだけど」
それでも勝ちは勝ちだと一夏は言う。それに関しては箒も同様で、そういう奇跡的な偶然による勝利なのだというのならまあ分からなくもないとなるほどと頷いた。
反対に納得がいかなかったのはセシリアだ。
「ま、待ってください!! わたくしだけと聞きましたわよ!!」
「女子ではってオチじゃないのか」
実際それしか考えられない。流石に自分の勝利を錯覚するほどこの歳でボケてはいない。判定も勝利となっていた。
一夏の言葉にセシリアの表情が凍った。さっきからころころ表情が変わって忙しいやつだ、と一夏は思った。
「つまり、わたくしだけではないと?」
「そうなるんじゃないのか」
まぐれ勝ちだから勝利に数えられていない、とか言う嫌がらせでもなければそうだろう。
呆然というかなんというか、とにかくそんな表情のセシリアが一夏に詰め寄る。
「貴方も、勝ったと?」
「少なくとも俺はそのつもりだけど」
そしてピシリ、と何か亀裂が入るような音を一夏は聞いた気がした。
「う、嘘でしょう!! そんなはずはありませんわ!! わたくしみたいなエリートならばともかくついこの間までISに触ったこともなかった素人が教官に勝てるはずがありませんでしょう!!」
理屈が通らないとセシリアは言う。
まあそういう気持ちは分からなくもない。決して接していて気分がいいとは思わないが、セシリアは己がイギリスの代表候補生であることに誇りを持っているのだろう。だからこそ、ドがつくクラスの素人が自分と同じ結果を出したことに納得がいかないのだろう。
実際、今年のIS学園の受験者の内で教官を倒したのはセシリアと一夏のみだ。大多数の者が教官に敗れている以上、そういう思いが余計強く感じるのも仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
しかし、現実問題一夏は教官に勝利している。文句を言われても一夏としても困るだけだ。
「そんなこと言われてもな」
どうしろと?
そんな言葉を言おうとした矢先、キーンコーンカーンコーンと三時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。
「クッ! こんな時に!」
とても悔しそうにセシリアは言う。
次の授業が千冬の授業である以上、これ以上席を立ったままなのは流石にまずいと考えたのだろう。セシリアは踵を返して自分の席へと向かう。
その途中、一夏の方を向き直り、
「またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
そう吐き捨てて去って行った。
「………なんというか、忙しいな」
箒が漏らした呟きに一夏は頷いた。
あと箒、さっさと席に着いた方がいいぞ。
一夏がそう思った瞬間、箒の頭に炸裂する痛み。
「チャイムは鳴っている。さっさと席につかんか」
「………すみません」
やはり痛かったのだろう。千冬の出席簿アタックが直撃したところを抑えながら、箒も自分の席へと帰って行った。
◇
「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」
千冬が教壇に立ってそう言った。
この三時間目の授業では一時間目、二時間目と授業を行っていた真耶も教室の片隅でノートをとっている。IS学園の教師と言えどもかつてモンド・グロッソで優勝を果たし、今なお世界最強を謳われている千冬の講義は貴重なのだろう。これで教え下手とかなら流石にどうかとも思うが、一夏の知る限りでは千冬は教えることも上手かったはずだ。
そのまま授業に進むかと思ったが、そこで千冬が思い出したように言った。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなければならないな」
クラス対抗戦? 代表者? 千冬の言葉に疑問を抱き、一夏が手を上げつつ千冬に尋ねた。
「織斑先生、そのクラス対抗戦やら代表者やらってなんなんですか?」
「織斑、質問は当てられてからしろ」
至極冷静な声とともに飛んでくる出席簿。反応とか出来るはずもなく、脳天に直撃する。
脳を揺さぶられるかのような感覚とともに鋭い痛みが走ってくる。先ほどの箒の時も思ったが出席簿はそういう風に使うもんじゃないだろう。
そんな一夏の心の叫びなど聞こえるはずもなく、千冬はで、とでも言いたげに一夏の方を見てきた。
一夏は素直に手を上げる。
「織斑先生」
「なんだ織斑?」
正直凄い茶番に見えてくるから不思議だ。
一夏は先ほどと同じように千冬に問いかけた。
「そのクラス対抗戦やら代表者やらってなんなんですか?」
「クラス対抗戦と言うのはその名の通りだ。クラス同士のISによる対抗戦。各クラス一名を代表として選出し、その者同士で戦ってもらう。形態としては代理戦争に近いか」
さらりと吐かれた物騒な台詞は聞き流して一夏は続きを待つ。
「代表者はそのクラス対抗戦に出てもらう生徒を指す。とは言えそれだけではないぞ。生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ纏めればクラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」
千冬の言葉を聞いて、教室がにわかに騒ぎ出した。例外と言えば一夏と箒ぐらいのものだ。
一夏は嫌な予感に背筋を凍らせ、箒は少し目を輝かせている。
千冬はパンパンと両手を打ち合わせ、その騒ぎを収めると、クラスを見渡しながら言う。
「自薦他薦は問わん。やりたいと思うでもやってほしいと思うでも構いはせん。とりあえず名を上げろ」
いやいやいや、待て待て待て、千冬姉それはマズイって。そんなこと言ってしまうと―――
ガンガンと存在を主張してくる嫌な予感。こういう状況下で世界で唯一ISを動かせる男と言うネームバリューがどう使われるかなど、今までの経験上一夏には骨身に沁みて分かっている。
そもそもクラス長、もっとメジャーな言い方をすれば委員長など、選ばれる理由など二つほどしかない。
つまり、そいつがよっぽどクラスの人望が厚い好人物か、はたまた――――――
「はいっ。織斑くんを推薦します!」
その座につけることで何らかの話題性を担える人物かだ。
一夏の場合は無論のこと後者だろう。世界で唯一ISが使える男がクラスの代表者など話題性は抜群だ。
元気よく一夏を推薦した少女に応じるように千冬は黒板に一夏の名前を書いた。つまりは候補者に選ばれたということだろう。
そして少女に続くように教室のあちこちで声が上がる。
「賛成~」
「私もそれがいいと思います!」
「私も~」
次々と上がる声は、まるで共鳴反応のように更なる拡大を呼んだ。ざっと聞いた感じで二十人少々。確証は持てないが賛成の声を上げたのはそれくらいだろう。
ふむ、と千冬は頷く。
「多いな。まあいいか。とりあえず候補者が出そろった時に改めて決戦投票とする」
それで、他にはいないのか?と尋ねる千冬。一夏は手を上げた。
「なんだ織斑。このまま誰もいないならお前の無投票当選だぞ」
「………それ、辞退できませんか?」
正直勘弁してほしい、と言うのが一夏の心境だ。ただでさえ客寄せパンダ状態である。流石に少し慣れたとはいえ、かといって気にならなくなったというわけでは断じてないのだ。
なぜ自分からそんなさらし者にされるようなことをしなければいけないのか。今でさえ一杯一杯なのである。これ以上心労の種を増やしたくはない。
しかし、そのような懇願が聞き届けられるはずもなく―――
「不可能に決まっているだろう。他薦された以上拒否権はない。選ばれた以上は覚悟をしろ」
当然結果はそんなものだ。
理不尽。不条理。感想としてはそんなところ。勘弁してくれ、お願いだから。
周りの一夏へと集中した視線は『彼ならきっとなんとかしてくれる』という思考が刻まれていた。無責任であり、勝手な期待に染まっている。
そんな周囲の期待の眼差しに、一夏は項垂れた。
しかし、そんな時に上がった声が一つ。
「待ってください! 納得がいきませんわ!」
一夏が振り返ってみてみれば、セシリアが机をバンッ!!と叩きながら立ち上がって叫んだ。真剣に不服そうな視線で睨むかのように一夏の方を見ている。
セシリアの性格はさっきの休み時間の間に理解している。自意識が高く傲慢なお嬢様。それこそ漫画や小説とかで出てきそうなタイプ。
多分男がクラスの代表になるということが嫌なのだろう。耐えがたい屈辱だとか、極東の猿風情が粋がるなとか、そんな感じで思っているのではないだろうか。
けど駄目だ。駄目だよオルコットさん。―――一夏は思う。
その態度はいけないということ。結末はつい先ほど一夏が実演して見せた。
しかし、セシリアは己がそんな危機的状況にあるということに気付かず、両手を腰に当てて言葉を継いだ。
「そんな選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらし―――」
「貴様らは学習という言葉を知らんのか」
スパアァン!!といい音が響いて出席簿がセシリアの脳天に落ちた。
いつの間に移動していたのか、セシリアのすぐそばで千冬が立っていた。出席簿を振りぬいた態勢で。セシリアは言葉を中断して「ふぐっ!」という声を発する。
出席簿が直撃したところを痛そうに手で押さえるセシリア。食らった一夏や箒もあれは痛いと理解できるがゆえに少し同情の視線をセシリアへと向ける。しかし、そんなことにも構わず千冬が言う。
「オルコット、貴様つい先ほど私が言った言葉を覚えているか?」
「へ?」
余りの出来事に思考がついていっていないのか呆けたような言葉を発したセシリアに千冬は容赦なく出席簿アタックをもう一発。
今度は「へぶっ!」という声を発した。
「一つ。自薦他薦は問わない」
スパアァン!!
「二つ。他薦された以上拒否権はない。強制的に候補入りだ」
スパアァン!!
「三つ。質問は当てられてからしろ」
スパアァン!!スパアァン!!
続けざまに食らった合計六発の出席簿アタックによりセシリアが撃沈する。体罰?なにそれ美味しいの?の見本のような状況だ。
あまりにもあまりな状況にしん、と静まり返った教室の中で一夏は再度手を上げた。
「織斑先生、質問があります」
「なんだ織斑」
「最後のはちょっと違うんじゃないですか?」
「同じようなものだろう」
何を言っている、とでも言いたげな表情で言ってくる千冬にいや違うだろう、とクラス中が心の中で突っ込んだ。
一夏は続けて尋ねる。
「先生、なんで最後のは二発だったんですか?」
「何故って、それは」
千冬は一拍置いて言う。
「ノリだ」
そんなもので出席簿アタックを一発増やすんじゃない、と一夏は思った。
千冬はあまりにも堂々と言い切ったままに「それで?」とセシリアを促す。
「文句があるんならちゃんと手を上げて言え、オルコット」
「は、はい!!」
千冬の声にセシリアが切羽詰ったように返事をする。そして手を上げた。
千冬は「オルコット」とセシリアを指名する。それを受けてセシリアが言葉を発した。
「そ、そのような選出は認められません。男なんかをクラス代表に任命するなど恥さらしもいいところですわ。だ、第一実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからと言って、きょ、極東の猿にされては困りますわ」
「オルコットさん、大丈夫か? 声が震えてるぞ」
「う、煩いですわ!!」
余程痛かったのだろう。ガタガタと震えつつ言葉を発するセシリア。思わず一夏は声をかけてしまっていた。
いやだってしょうがないだろう。千冬姉に耐性がないんだし。
幼い頃から千冬と接し続けてきた一夏や箒はともかく、付き合いの浅い、まだ耐性のできていない者にあの理不尽は恐ろしいなんてものではないだろう。一言で表すならば千冬は暴君なのだ。確かに面倒見はいいし、優しさだってしっかりと持ち合わせてはいるが、本質を表す言葉としてこれほど的確な言葉は他にない。
「つまりオルコットは織斑が候補にあがったのが許せないということか」
「お、大まかにはそのようなところです」
千冬の問いにビビりながら返答するセシリア。
千冬が作った表情は呆れた、みたいなものだった。こいつは分かっていないんだな。そう言いたげである。
「また意味が分からんことを言い出すものだなオルコット。貴様は織斑の何が不満だ」
千冬は一夏の方を顎でしゃくって言う。
「正直な話、ここにいる全員そう大した差はない。どいつもこいつも等しくひよっこだ。入試の時の成績なぞ当てになどできん。ましてや、自己申告の実力など論外だ」
自分に自信を持つこと自体は千冬も否定しない。それは上を目指すうえで必要なものではあるし、出来ると信じ込むことは決して悪いことではないからだ。
けれど、自己の過大評価は毒にしかならない。自分がどれくらい強いのか、そういうものは正確に測ってこそ意味がある。
千冬は他人の実力は実際に見て、あるいは戦って判断する。紙の上の数字は意味がない。
「であるならば機会は平等にとるのが道理だろう。差はないのであるならば、そうしないことは不公平だ。オルコット、貴様の持つ思春期特有の病気的な自己特別視思考は害にしかならん。早々に捨てることだな」
辛辣な千冬の言葉にセシリアは顔を真っ赤にしていた。恥ずかしくて悔しくて、そんな感じに感情がごちゃまぜになっている。
そんなセシリアを見てふむ、と千冬が思案顔になった。
「納得しかねるようだな」
「あ、当たり前です。男がクラス代表になるだなどと。それにわたくしはイギリスの国家代表候補生です。クラスメイトの皆さんを侮辱するわけではありませんがそれでも皆さんよりかは強い自信はありますわ」
「大した自信だな」
国家代表候補生としての自負がそう言わせているのであろう。国を背負って立つ立場、今はまだ可能性の段階としてではあるがそこに至れる可能性を持っているということがセシリアの根幹にあるのだ。
自分は特別である。選ばれた人間である。そういう思想なのだろう。残りの生徒同様未だひよっこであるという評価は変わらないし、千冬が言っているのはそういうことではないのだが、それでもそれも確かに事実ではある。
ならば、と千冬はセシリアに一つの提案を持ちかけた。
「オルコット、織斑と戦え」
「はあぁ!?」
唐突に話を振られ、一夏が叫んだ。話の流れからどうしてそういうことになるのかが理解できない。それはセシリアも一緒なようでこちらもポカン、と呆けた表情をしていた。
反応は周りの生徒たちも似たようなものだった。千冬の言葉の真意が見えず、「へ?」とでも言いたげである。
千冬はそんな周囲の反応など意に介さず続けた。
「織斑がクラス代表に就任することが不満なのであろう。ならば織斑は代表にふさわしくないと証明してみろ。お前の理論でな」
男なんかにクラス代表を務めさせることが恥になるということが一点。そして実力的に自分が代表を務めることが順当であるということがもう一点。
セシリアの不満の原因はそれだ。ならば手っ取り早くそこのところをはっきりさせてしまえばいい。
「ちょっと待って下さい、織斑先生!! そんな急に言われても困りますって!!」
若干焦ったように一夏が言う。それもそうだろう。一夏はISを触った時間なんて一時間にも満たないのだ。
千冬はああは言ったが、一夏としてはセシリアは同じひよっことか言うレベルではない。知識も技術も経験も、どれをとっても一夏よりはるかに上なのだ。そんな相手とまだまともにISに触らない内から戦えという。どんな無茶ぶりだと一夏が思っても仕方のないことではあるだろう。
ギロリ、と一夏を一睨み。あ、やっべと一夏は思考する。
さっきから自分もセシリアも当てられてから発言しろ、という千冬姉の言葉を守らなくて出席簿アタックを食らっているのだ。反射的とは守らないということは千冬姉は容赦はすまい。
しかし、千冬からの攻撃は来なかった。ため息を吐いただけである。言うことがしんどくなったのだろうか、考えられるのはそんなこと。
「その方が手っ取り早いだろう。ISを使えるという点で条件は五分五分だ。勝率としても決して悪くはない」
何をどう考えたらそういう答えに至るのか、一夏としては甚だ謎ではあるがそれでも千冬はそう言った。どこか確信を持っているかのような声で、妙な自信に満ちている。
いやいや、そんなことはないしありえない。ISを使える云々で条件が五分五分となるなら苦労はしないし、勝率が決して悪くないなどとふざけているとしか思えない。
勝負の世界がそんなことでどうにかなるような甘いものではないのだと一夏は知っているのだ。まあどうにかしてしまいそうな人物を二人―――いや三人ほど知っているが彼らを通常の価値観に当てはめることなどしてはいけないだろう。
「いや、無理ですって」
「織斑、私は言ったぞ。拒否権はない」
「いや、それは他薦のことでしょう」
「同じようなものだろう」
だから違うって。そんな風に考えながらこれは無理だ、と一夏は思った。
こうなった千冬は主張を曲げない。いいことではあるのであるが、こういう時にはひたすらにめんどくさい。
一夏は溜め息をついた。もうこの一日でどれだけついたのか分からない。ここまで精神的に疲れたことはマジに久しぶりだ。
「日時は、そうだな。一週間後の月曜日。放課後。第三アリーナで行う。織斑とオルコットはそれぞれ準備をしておけ」
「て言うか決定なのかよ」
「当然だ。それにお前もぐちぐちぐちぐち言われ続けるのも面倒くさいだろう。他に立候補者もいないようだしな」
さっきから反応がないことをそう判断したようだ。正確には一名を除いてポカーンとなっているだけなのだが。
力を示せ。黙らせろ。そういう意味合いの言葉を躊躇わずに言えるのは教師としてありなのかどうか。
いや、もういいや面倒くさい。こうなればその通りにしてやるまで。
諦観が混じった覚悟を一夏が決めた時、セシリアも再起動していった。
「上等ですわ」
声には屈辱に打ち震える響きがある。ふざけるなと、言外に言い放っていると直感できる。
確実に千冬に一夏でもお前と戦えると言われたことが原因だろう。
「後悔させてあげます。わたくしに喧嘩を売ったことを」
俺が売ったんじゃないんだけどな、という言葉は一夏は飲み込んだ。
なんつうか、日常シーンを書くの難いです。と言うよりセシリアみたいなキャラが書きづらくて仕方ない。
一応性格改変食らってるのは一夏、箒、千冬、束などの幼い頃からオリキャラと接する機会があった人たちです。それ以外は基本変えていません。書けてるかはわかりませんが。