Infinite Stratos -Children's small dream- 作:Tommy
勝負ならば勝ちに行くべきだろうと一夏は考える。
まあ、意地だ。負けず嫌いと言うのもあるし、男であるならそれぐらいの気概を見せるべきであろうと思っている。勝負そのものをどれだけ望んでいなかったとしても、勝ち負けにはとことん拘るべきだとも。
若干矛盾している気がしないでもないが一夏は己をそういう人種だと認識しているし理解している。今回の一戦、正直やりたくなどないが後に退けないのであれば押しつぶして通るまで。
今のご時世、男の立場と言うものはとことん低い。だからこそ、折れない男がいるべきであろうというのが一夏の自論だ。別に男がISを使えないことにいちいち嘆くようなこともしないが、だからと言って遜るということもナシだろう。
一本芯を通して真っすぐ生きる。それが一夏の生き方だ。
影響は受けていると思う。こういった思考をするようになったのは間違いなく姉の幼なじみのせいだ。
普段は近所の気のいい兄ちゃん的なくせに、恋人の前では恰好をつけて斜に構える。どこか捻くれた千冬姉曰くの救いようのない大馬鹿である人。
佐倉弥月。
そういえば最後にあったのは何時だったかと一夏は考えたが今は関係ないと首を振って思考から除外する。
ともあれ、一週間後と決まったクラス代表決定戦、正直クラス代表などやりたくないが馬鹿にされたまま終わるということもしたくない。最悪クラス代表の座をセシリアに押し付ければいいだけの話だ。やることが決まってしまった以上は勝ちに行く。少なくとも一泡吹かせてやろう。一夏はそう決意した。
「けど、具体的にどうするかだよなぁ」
放課後、一夏は一人廊下を歩きながらぼやいた。
向かう先は図書室。ISに関する勉強がしたかったのと、静かに一週間後のセシリア戦に向けた対策を考えるためである。
まず、はっきりしていることは一夏ではセシリアに勝てない、ということである。
少なくとも普通に戦えばその結末は確定だろう。一夏本人としても自分とセシリアの実力差を小細工なしで覆せるとは思っていない。そこまで自惚れれるほど一夏は自分を過大評価は出来なかった。
所詮は素人。確かにセシリアは格下に足元を掬われそうなタイプではあるが、かと言って一夏を相手に油断だけで負けるということもないだろう。もしそうであるのならばセシリアはイギリスの国家代表候補生などにはなっていない。
まず土俵が違う。戦うことのできる領域が違う。当然戦術には差ができて、下手をすれば圧殺される。
土俵が違う相手と戦う場合取れる手段は二つだけだ。相手の土俵に上がるか、もしくはこっちの土俵に引っ張り込むか。先にも述べた通り前者は無理だ。となれば消去法で必然取れる手段は後者一択である。
正直苦手な行為だ。いや、これがもし喧嘩などの何でもありならばいくらでも小細工を考えれるのであるが、今回は試合である。そこにはれっきとしたルールが存在して、小細工をかまそうにも下手なものを行えば即座に失格、敗北である。
こういう時弥月さんならいくらでも手段を考えれるんだろうなぁ、と一夏は思った。あの人はそういうのが上手い。
「とりあえず情報収集してからか」
ドツボにはまりそうだった思考を、一夏はその一言で切り替えた。
こういう場合まず相手のことを知ることから始めるべきだ。前情報がない状態で思考を続けても上手くいかない場合は確かにあるのだから。
一夏は歩調を早める。図書館ならばISのこととかにも詳しい本もあるだろう。
流石にないとは思うがセシリアの専用機について調べるのもいいかもしれない。
少なくともイギリスのIS開発がどのような傾向にあるか調べればおおよその予想はつくだろう。そういう意味ではテスト対策と変わらない。一夏はそういうことは得意だった。
「あっ、織斑君見つけましたよ」
「はい?」
後ろからかけられた声に一夏は振り向いた。
真耶だ。あちこち走り回っていたのだろうか、肩で息をしている。すぐ後ろには千冬の姿もあった。こちらは真耶と違って息が乱れているということはない。平素と変わらない凛々しい姿で腕を組んで立っている。
「なんか用ですか? 山田先生」
一夏は疑問に思って問いかけた。本日の二時間目に補講の申請はしたが、こんなに早く予定を作ってきてくれるとは思えない。割と失礼なことだとは一夏自身自覚しているが、今日の授業を受けた結果としての真耶への評価である。
となると果たして何なのか。まだ入学一日目であるし、セシリアとの決闘騒ぎ以外特にこれといった問題は起こしていないはずなのだが。
そう考えていた一夏の頭上に迫る出席簿。「ん?」とおぼろげながら一夏がそれを認識した瞬間には硬い表紙が脳天を直撃していた。
スパアァン!!と今日一日で大分聞いた音が鳴る。
「いッ!!!!」
「お、織斑先生!?」
不意打ちの出席簿アタックに一夏が短く悲鳴を上げた。真耶も突然のことに驚いている。下手人である千冬は先ほどまでと変わらない。
「い、痛いです織斑先生」
「当たり前だ。痛くしたんだからな」
頭を押さえながら一夏の言った言葉に千冬は呆れたように言葉を返した。さも当然のように。
チクショウ。馬鹿になったらどうしてくれるんだ。
口に出さずに心の中で一夏が呟けばもう一発飛んでくる出席簿アタック。この教師容赦のよの字も知らないらしい。
「今日の三時間目の分だ。これに懲りたらルールは守れ」
「は、はい」
悶絶しながら一夏は言う。
真耶は大丈夫ですか?と一夏を心配してくれた。その心遣いが一夏にはとても嬉しかった。
一夏は大丈夫です、と真耶に言って頭を押さえながら真耶に聞く。
「二回目になりますけど、何か用ですか山田先生」
未だにちょっと心配そうではあるがその様子に一応は納得したのだろう。真耶は一夏に番号の書かれた紙とキーを手渡した。
「織斑君の寮の部屋が決まりました」
へ?と一夏は呆然とした。聞いていた話と違う。
IS学園は全寮制の学校である。だから当然一夏もIS学園の寮に住まうことになる。そういう意味ではこの状況はかなり正しいのだが、一夏が当初聞かされていた話だと入学から一週間は自宅から通学することになっていたのである。
「えっと、俺が聞いた話だと一週間は自宅から通うことになっていたはずなんですけど」
率直に一夏は疑問を口にしていた。
真耶はああ、と納得したように言う。
「確かに当初はそうなる予定でしたんですけど事情が事情でしたので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。連絡が行ってなかったようですね、すみません」
「ああ、いえいえ。先生が謝るようなことじゃありませんし」
と言うかちゃんと仕事しろよ日本政府。明らかにかなり重要なことじゃねえか。危うく何も知らずに帰るところだったぞ。
「と言うことは荷物用意しなければいけないですね。分かりました。一回家に帰って取ってきます」
「その必要はない、私が手配しておいた」
それならば仕方ないと図書館に行くのを取りやめて一回家に帰ろうとした一夏に千冬が言った。
随分と手際いいな。
「あっと、どうもありがとうございます」
「いや礼はいい。私も何を持ってきたらいいのか分からなかったのでな。生活必需品しか持ってきていない」
「え?」
「具体的には携帯電話の充電器と着替えだけだ」
つまり娯楽のための物は一切持ってきていないということか。何たることか。せめて何か本でも欲しいかったところだ。
ああ、けどいろいろと見られたらマズいものもあったしそれを見られなかったと考えればこれでも良かったのかもしれない。具体的には千冬にばれれば折檻されるかからかわれ続けるかの二択しかないであろう青春の教科書とか。
「まあ、あれだ。お前が後生大事にタンスの中に隠していたエロ―――」
「それ以上は勘弁してください」
どうやらしっかりばれていたみたいである。続きに何を言おうとしているのかは知らないがこれ以上言わせてはマズイと廊下にも拘わらず一夏は土下座した。こんなところでばらされれば周りからの視線が好奇心に溢れたものからゴミを見るような視線に変わりかねない。いや、当然それくらいでと理解ある者も多いだろうが一応
「いや土下座はしなくても」
「いやほんとマジでお願いします」
千冬が珍しくちょっと引いていた。隣では真耶が千冬が何を言おうとしたのか理解したのか赤面してなにやらぶつぶつ言っている。いや青春の教科書を所持していたという事実だけでいったい何を連想したのか。完全に墓穴を掘りそうなのでやらないが一夏はちょっと聞きたくなった。
んんっ!と千冬はわざとらしい咳払いで仕切りなおした。一夏は千冬の意図を理解して立ち上がる。真耶はまだトリップしていた。なんであれだけの単語でここまで妄想できるのか知りたくなった。千冬が容赦なく出席簿アタックをかます。声にならない悲鳴を上げつつ真耶が戻ってきた。
真耶はちょっと気まずそうに続きを話す。
「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……えっと、織斑くんは今のところ使えません」
「え、何でですか?」
大浴場があると聞いてちょっと期待した直後に言われた事実に一夏は少し呆然としたように聞いた。千冬が答える。
「お前はアホか。
「いえ、そんなことはないです」
ちょっと蔑んだような視線を向けてくる千冬に、今度は一切動じることなく一夏は答える。実際そんなことこれっぽっちも考えていないから嘘くささはなかった。ただ、またしても顔を赤くした真耶がまくしたてるように言ってくる。どうでもいいがこの人少々妄想力が高すぎないか。もしかすると腐女子の類かもしれない。
「だ、駄目ですよ織斑くん! 同年代の女子と一緒にお風呂に入りたいだなんて!!」
「いやだから違うと言ってるじゃないですか。え、もしかして山田先生ってあれなんですか? こう男同士の恋愛が好きとかそういう。それで焦ってるんですか?」
「そ、そそそそそそそんなわけないじゃないですか! 私そういうの苦手なんですよ!!」
首を高速で横に振りながら必死に否定する真耶。動作的には必死になって事実を隠そうとしているように見えるがなんとなく白だと思った。勘ではあるが秘密に感づかれて焦っているというよりは恥ずかしくて動転しているように見える。なんか涙目だし。
「真面目な話、寮に入れられるんでしたら風呂の時間ぐらい調整してくれると思ったんですが」
「悪いが、そこまでの調整は出来ていない。諦めて部屋のシャワーで済ますんだな」
「はぁ、分かりました」
仕方ないか、と一夏も諦める。実際学園側も頑張ってくれたのだろう。そうであるならば仕方ない。一夏一人のために入浴の時間を再度調整しなおすというのも冷静に考えてみればアレな話だ。
「要件は以上だ。まあ、あれだ。実質的な女子高に入学することが出来て嬉しいだろうとは思うが問題だけは起こしてくれるなよ」
「先生は俺をどんな奴だと思ってるんですか」
からかい混じりだと思われる言葉を残し、千冬は真耶を連れて去って行った。いつものことだとは思うがどうも嵐みたいな人だ。いろんな意味で被害がデカい。
「とりあえずアレだな。図書館だ」
一夏は当初の予定を果たすべく学校の図書館へと足を向けた。
◇
「流石に豊富だな」
図書館の椅子に座り、本棚から取り出してきたIS関連の本を読みながら一夏は独りごちた。
一夏の目の前の机には他のIS関連の本が四・五冊積み上げられている。一応は読破済みの本であり、一夏が今読んでいる本で持ってきた分は終わりだ。流石に量的な問題で全部を完全に読んだわけではなく、重要と思われる部分を読んだだけなので理解とは程遠いがそれでも一夏が知りたかった情報は大体がそろっていた。
豊富といったのはそういうことだ。昔のものから(とは言っても十年前であるが)つい最近発売したばかりのものまでIS関連の本は大体ここに存在していた。絶対的に情報が不足していた一夏にとっては嬉しい限りである。
「どうすっかなぁ」
一夏は頭を掻く。
一夏が調べた限りイギリスのISは中・遠距離戦を軸とするものが多いようだ。と言うことはセシリアも多分そうだろう。本人の適性もそんな感じだと個人的に思う。
そこまではいいのだが問題は一夏の方にある。
一夏は当然のことではあるが銃なんて触ったことはない。ついでに言えば扱える気もしない。つまり射撃戦の場合上手い下手以前に勝負にならない。
可能性があるとすれば接近戦だ。昔やっていた剣道の腕は大分錆びれてしまっただろうが箒に鍛えてもらえば全盛期とはいかなくてもある程度は戻ってくるだろう。向こうの実力にもよるがまあある程度は何とかなる。伊達にあの魔窟で剣を習ってはいない。
だが今度は近づけるかと言うことが問題になってくる。単純に一夏の技量が低すぎるというのが接近戦を行う大きな壁になるだろうと簡単に予測できた。
割と手詰まりだ。なんかこう、一気に接近できるような技はないかね。
「はあ」
溜め息を一つ。あまり実戦機動には手を付けていないため探せばあるとは思うが流石に疲れた。今日はもう中断して部屋に帰ろう。時計を見てみればもう一時間ほどで夕食である。
「よしっ」
気合いを入れなおすかのようにそう言って立ち上がる。手早く片付けて図書館を出て寮へと向かおうとして、そして―――
「おっ」
「あら」
目が合った。誰と? セシリアと。
一体こんな時間に何をしていたのか、彼女は図書館のすぐそばに立っていた。見かけた以上挨拶をしないなど失礼にあたるので一夏は軽く手を上げながらセシリアに言う。
「よう」
言葉自体かなり軽いものであったが、あまり畏まるのもアレだろう。そういう考えで一夏はそんな挨拶をしたのだが、それを受けてセシリアは不機嫌そうに顔を歪ませる。
「貴方でしたか」
「おう、俺だ。何してたんだこんなところで」
「別に、何でもいいでしょう。貴方には関係ありませんわ」
「まあそうだけどさ」
その言葉には棘があった。どうやら友好を深めるような会話はお望みではないらしい。仕方ないか。どうやらプライドの高い性格のようなので、昼に一夏に負ける可能性を千冬に示唆されたのが余程悔しいのであろう。
「そういう貴方は一体何をしていたのかしら。今更勉強でもしていたと?」
「そんな感じだよ」
実際特に間違っていないので一夏は素直に頷いた。するとセシリアの言葉に棘だけでなく嘲りの感情も混ざる。
「ふん、どうやら無駄な努力が好きなようですね。いくらやったところでわたくしには勝てませんわ」
ド直球のその言葉には自分への自信がありありと見て取れる。千冬はこういうのを嫌う性質だが一夏としては正直な話嫌いではない。
セシリアと初めて会話をした時に抱いた感想と矛盾するように見えるかもしれないが、実際には全く違う。
あの時は一夏を男と言う存在だからと格下に見下していたので嫌いであったが、今回は自信からくる自負からこんなことを言っているのだ。端的に言えば自分に酔っているということで、やりすぎは毒ではあるが自分をしっかりと確立する手段としては最上である。
己にかけて素人には負けない。セシリアが言っているのはそういうことで、そういうプライドは見ていて気持ちがいい。
「まあ、無駄な努力ってやつが好きなのは否定しないさ。しないよりはマシだと思ってるし」
無駄だと断じてやらないのと、無駄かもしれないと思いながらもやり通すのでは確実に後者の方がいいだろう。無か有か、二者択一の問いに一夏はそう結論付けている。
加えて勝敗には徹底的に拘る以上かすかな努力であろうとやるべきだとも。やらないのでは勝てないのだから。
「負けませんわよ。貴方みたいな素人がクラス代表など認めませんわ」
「俺も負けないさ。勝負である以上俺は勝ちを狙わせてもらう」
一夏の言葉を聞いて、セシリアは言ってなさいと短く吐き捨てた。そして別れの挨拶もせずに踵を返して歩き去る。
一夏はそんなセシリアの態度に肩を竦めた。
「やれやれ」
ああいう感情を前面に押し出している時の彼女は決して嫌いではないが、付き合いやすいと言えないのもまた事実。最長で三年の付き合いになるのにこんなんで大丈夫かと一夏は心配になった。
「あ」
そこではたと気づく。セシリアにもしこっちが勝ってもクラス代表をやってもらうということを約束するの忘れた。
◇
寮まではあまり時間はかからなかった。
少しの緊張を孕みながら寮の中へと足を踏み入れてみれば廊下にはほとんど人はいない。
ちらほらと見える人影も基本的にはジュースを買いに来たりおそらく友達のであろう部屋へと遊びに行っている途中のようですぐ別の部屋に入っていった。
一夏は真耶に渡された紙を取り出して部屋を確認する。部屋番号は1025。すぐそばにあった部屋の番号を確かめてみると1012と書かれていた。と言うことは一夏の部屋はここからそんなに離れていないだろう。
「しかしまぁ」
凄いな。
一夏が歩く廊下は凄まじく綺麗だった。流石は国立、それも今や国防の中枢を担うまでになったものの操縦者を育てる学校と言うわけか。床も壁も天井も磨き抜かれて輝いているようにさえ見える。清潔そのもので一切汚れというものが存在しない様は、ある種潔癖症の表れのようにも感じられた。
「1025。1025。ああ、あった。ここだ」
一夏の部屋はすぐに見つかった。時間にすれば五分ほど。真耶に渡されたキーを使って部屋の鍵を開ける。
中はかなり広かった。大きめのベッドが二つ並んでいる。どこぞのホテルのよりは遥かにいい代物であることは間違いない。これが本当に寮であるのかと疑問に思ってしまうほどだ。
一夏はとりあえず床に荷物を置いてベッドに腰を下ろす。ふかふかだ。今までこんなベッドに触ったことなど一度もないので一夏は僅かな感動を覚えた。
時計を見てみる。夕食が始まるまではまだ四十分近くあった。それまでどうするか。まあやること自体はそれなりにあるが。
「誰かいるのか?」
その時部屋の奥の方から声が聞こえた。
次いでドアを開ける音。なにか嫌な予感がした。
待て、待て待て待て待て。おいこらまさか。
冷や汗が垂れたような気がした。
「スマンな。シャワーを浴びさせてもらっていたので気づかなかった。これから一年間よろしく頼むぞ」
そう言って体にタオルを一つだけ巻きつけてシャワー室から出てきたのは箒だった。
かなり引き締まった肢体が最低限だけタオルで隠されているのが酷く艶めかしい。こういう状況でなかったら実にエロティックだ、と冷静に楽しんでいただろう。実に一夏の好みだから。
しかしこの状況、そんなことしている余裕などない。
「ほ、箒?」
ガタガタと震える体で思わず問いかける。相手の正体など分かっているのだから正直に言って意味などない。つまりは現実逃避の類だ。この状況が受け入れられない。
マズイ。マズイ。これはマズイ。ほとんど不可抗力かもしれないが思春期真っ只中の女の子のほぼ半裸を直視してしまうなど。言い訳なんてまず出来ないだろう。
「ん?」
そこで箒も目の前にいるのが一夏だと気付いたようだ。逆に何故気づかなかったしとも思うが、それはともかくきょとんとしたような表情を浮かべる。
「一夏?」
「お、おう」
たった一言。それも確認のような意味合いを含んだそれで、一夏は土下座を繰り出したくなる。かなりかっこ悪いだろうがこれは最早そういう問題ではない。
箒がもし怒り狂って襲って来たら一夏は死ねる自信があった。今の剣の腕がどれ程であるのか。流石にそこまでは分からないが、少なくても最後にあった時より弱いということはないだろう。
確実に殺られる。
しかし、そんな風に戦々恐々としていた一夏にかけられた声は実に軽かった。
「もしや私のルームメイトは一夏か?」
それはただ単純に疑問に思ったから聞いただけのようだった。声音には一切の怒りが感じられない。それが逆に一夏にとっては恐ろしい。
嵐の前の静けさと言う奴だ。この後一体どうなるのか。一夏はごくりと唾を飲み込んで箒の問いに答える。
「ああ。なんでも政府の指示らしくてな。本当は一週間は自宅から登校する予定だったんだが、急遽寮へと入ることになったらしい」
「それで、私のところにか」
こくり、と頷く。
それに箒は、そうかと一言言ったきりだった。
なんかもう耐え切れなくなって一夏は言う。
「スマン箒!! 悪気はなかったんだ。いやマジで。決して箒の体が魅力的ではないとかそういう意味ではないし見たいか見たくないかで聞かれたら見たいとは思うけど見てやろうと思って見たわけじゃ―――」
途中自分の欲望が噴出してしまったような気がしたが気にしない。こういうのは誠意が大切なのだ。平身低頭。と言うより土下座で許しを公。もしかすると平手の一発くらいで済むかもしれない。
けれど箒の反応はあっさりしたものだった。
「ああ、別にいいぞ。相手を確かめもせずにバスタオル一枚で出てきた私も悪い。そうだったな。今年は一夏もいるのだからこういうこともあるか」
さして怒気も抱かずに一夏の謝罪を受け入れる。なにか納得したかのようだ。そして心なしか嬉しそうに見える。
その反応に逆に困惑したのは一夏の方だった。
「ゆ、許してくれるのか? 別にいいぞ、平手の一発や二発」
いや一夏の主観としてみればそれでも安い方だ。普通年頃の(歳をとっていたらいいというわけではないが)女の子の半裸など見てしまったら半殺しものだと自分でも思っている。ちなみに全裸は死刑だ。勿論同意があればまだいいとは思うが。
平手で済ませてほしいのは単純に箒の本気だと下手をすれば死にかねないと思っているからだったのだが。
「不可抗力なのだろう?」
「いや、そうだけど」
いいのだろうか? 正直一夏としてはそういうことはあまり関係ないようにも思える。不可抗力であろうといけないものはいけない。
「まあ、それはともかくだ」
箒はこの話は終わりだと言うように、そう言った。
「これから着替えるので向こうを向くか部屋から出ていってくれれば助かるのだが」
「え? あ、ああ!!」
なにか釈然としない気持ちではあるが着替えるのにいつまでもここにいるというわけにいかないだろう。一夏は急いで部屋から出る。部屋の外で待っている間、部屋の中から聞こえてきた口笛は一体どういう意味があるのだろうか。
ああ、早くバトルやりたい。