逃げ上手の皇太子殿下   作:HMMLER

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ユダヤの忌み子

 

1911年10月 サンクトペテルブルク

 

 

 …あの暗殺事件から一ヶ月が経った。

今もあの暗殺事件の時のモヤモヤが頭に残っている…。

あの暗殺事件が…まるで今までの平和な生活を崩す予兆であるように感じられて仕方がないのだ…。

 

 

「若様…。いかがなさいました…?最近ずっとそんな顔をしていらっしゃいますが…。」

 

「あぁ、父上…。いや…あの時の事がずっと頭に残っていて…。」

 

「前首相閣下の暗殺の件ですかな…?」

 

「そう…。」

 

「前首相閣下の暗殺の件でしたら…。その責任の非は貴方様にはありませんよ…。あるとしたら…はっきりとそれを予兆できなかった…この私にあります…。」

 

「イヤ…父上。そんなことないよ…。たとえ予兆できたとしても…止められたか…。」

 

「若様はお優しいですな…。」

 

「それに…むしろずっと頭の中にモヤモヤが残っているのは…、あの暗殺事件が何か恐ろしいことの前兆であるように感じられることです…。何かこの平和な日常を根底から崩すような…。」

 

「奇遇ですな…私もあの暗殺事件でそんな予兆がしましたよ…。」

 

「あぁやっぱり…、でも何が…?」

 

「さぁ、それははっきりとはわかりません。」

 

「そうですか…、そういえば今世で初めて会った時に…、この国はいずれ崩壊するであろうと言うことを言っていましたね…。それと関係が…?」

 

「ええおそらくは…。しかし、さっきも言ったように何が起こるかまでは…。まぁ、考えても仕方がないことですな。」

 

「そうですか…。」

 

「それよりも…昨日はなかなか寝付けなかったもんで…。イヤー、眠い眠い…。」

 

「あっ…そういえば…父上に言わなければならないことがありましたねぇ。」

 

「何ですかな…?」

 

「父上…あなた夜ごとに貴族の夫人方や令嬢と情交しているでしょう…。今日そんなに目をしょぼつかせてるのも昨日の夜あんなことやこんなことをしたからじゃ…?」

 

 それを言うと頼重ははっきりと動揺する素振りを見せた。

 

「イヤーナンノコトカナー。」

 

「いや、しらばっくれなくてもわかりますよ。」

 

「…君のような勘のいいガキは嫌いだよ。」

 

「なんかどっかで聞いたような言葉ですね…。」

 

「アハ、アハ、バレタチャッタ…。ナンデワカッタノ…。」

 

「いや、スルトルイピン殿に教えてもらったもので…。」

 

「イヤチガウンデスコレハ…、タマタマ精力ガミナギッテイテ、タマタマ棒ガデカクテ、タマタマ女ノ子ニチカヅイテコネヲ作ルノニ丁度ヨカッタダケナンデス…」

 

 

「…………タマだけに?」

 

「若様はツッコミだけでなくボケるのもお上手のようで…。」

 

「皮肉かな?とにかく今後は情交することは禁止ね…あとでもう一回叱るから…。」

 

「えっ…性欲に関してはどうしろと…。」

 

「それぐらい1人で済ませてよ…。」

 

「アッハイ。」

 

 2人がそんな会話をしているうちに、2人はある建物の正面玄関にたどり着いた。

 

「ここですか…グレビッチ実科学校は…。」

 

 彼らはラスプーチンの社会見学一環としてこの学校に来たのであった。最もお忍びかつ非公式であるから、将来の入学を考えている親子という名目ではあるが…。

 

 

「ようこそおいでくださいました。」

 

 出迎えたのはこの学校の先生であった。

 

「さぁさぁ入って…。早速見ていきましょう…。」

 

 そう言われて彼らは学校を見て回ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある教室にて

 

「どうでしたかな…ここは…。」

 

 そう言ったのは先ほどから案内していた先生であった。

 

「イヤまあ入学先としてはいいんじゃないかと…。」

 

 そう答えたのはラスプーチンであった。

 

「そう言ってもらえて光栄です…。しっかしここへの入学を考えているなんてお子さんの年齢にしては早いですなあ。お子さんは何歳で…?」

 

「7歳です。」

 

「7歳!これは驚きだ…しっかしあなたの子を見ているとまるでアレクセイ皇太子殿下のようですね…。」

 

(ギクッ。)

 

「年も同い年で…もしや本人で…。」

 

「まさか!ハハハハハハハハ!」

 

「そうですよね!はっはっはっはっは!」

 

(ヤバいヤバい…若様!長便って言っておくので廁に行ってきてくださいよ!)

 

(エッ…)

 

(さっ、早く!)

 

「すみません!少しお手洗いに行ってきます!」

 

「おおそうですか…。」

 

「ああ先生あの子長便なんで一度行ったら帰ってくるまで時間かかりますよ。その間に本学校の基本理念とやらを…。」

 

 先生は一瞬ラスプーチンの慌てる姿に怪訝そうな顔を浮かべるもすぐにそんな事なぞ忘れて説明に入った。

 

「そうですか。では話しましょう。本学園では……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く…毎回怪しまれてこうなるんだ…。

 

それにしても放課後だからか生徒が全くいないなあ…。

 

今度学校行くときは生徒が居る時に行きたいもんだが…まあ身分がバレる危険性が高いから無理な話か…。

 

 

 

おや、こんな時間なのに廁掃除をしている生徒が居る…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の名前はセルゲイ・タボリツキー………この学校の生徒であり…そして…恥ずべき事にユダヤ人である。

 

 

 

 

 

 私は今から14年前の1897年に私の弟のニコライと共にある忌むべき…ユダヤ女の元で生まれた。

 あの薄汚いユダヤ女は…その当時は疎遠になっていたとはいえ、夫━こちらもユダヤ人である━がいる身にも関わらず、同棲中の別の男と交わって私を産んだ…。

 

 つまり…私はユダヤ人である上に不義の子だ。

 

 この屈辱!何と言う屈辱だろう!ユダヤ人である上に不義の子とは!このおかげで私は今まで辛酸を舐めさせられてきた。

 

 だが少なくとも私にとってより嫌悪感を感じたのは…不義の子であること以上にユダヤ人であると言うことだった。

 

 私は…生まれてからは正教徒として育てられた…。そしてわかった。この血がいかに有害な因子であると言うことが…。

 

 

 この血に…あのキリストを殺したユダヤ人共の血が流れている…。呪われたカインの血が流れている…。あぁ考えるだけで気が狂う。

 

 ユダヤ人…ユダヤ人…ユダヤ人…。私をどん底の絶望に陥れるこの薄汚い民族…。あぁユダヤ人の元で生まれなければ…。あの薄汚いユダヤ女のせいで…。

 

 この血のお陰で私は今まで何と言う不幸を味わってきただろうか…。人々から石を投げられ、唾をかけられる。

 おまけに先月には首相が暗殺されたことでより一層私に対する不幸は強まる…。私がここの掃除を押し付けられたのもそのせいだ…。

 あぁ畜生、憎いユダヤ人め…。

 

 「…畜生…ユダヤ人に生まれなければ……ユダヤ人にさえ生まれなければ……!

 

 

あゝ!ユダヤが憎い!!!

 

 

 ビクッ

 

 何だ…?

 

 ……?!子供……?!

 

 なぜここに…?

 

 「ど……どうしたんですか…?そんなに怒鳴って…。」

 

 

 …………まずい……多分この子は以前先生が来ると言っていた学校見学の子なんだろう…それで私を含む生徒数人が学校を綺麗にすると言うことで掃除をやらされたが結局私に押し付けられたんだ…。

 

 

 多分こんな小さい子だから親に言いつけて次にその親が教師にもそのことを伝えるんだろう…そしたら私は…学校の恥ということで…痛い目を見るかもしれない…おまけに私はユダヤ人だから…。

 

「………あのぉ…。」

 

「坊ちゃん…このことは黙っていてくれないか…。」

 

「エッ…。」

 

「お願いだ…!!!」

 

「…………どうしてそんなに怒っているんですか…?」

 

「…………!」

 

「どうして……そんなにユダヤ人を憎んでいるんですか…?」

 

 そのつぶらな瞳はそのユダヤ人をじっと見つめていた…。

 

「…………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………そうなんですか……。」

 

 あぁ、喋ってしまった…。私の恥を…。

 

 

「そんなに苦労をなさったんですね…。」

 

 

 子供に何がわかる…何がわかる…。

 

「でも…あなたがユダヤ人と言う事実は変わらない…。」

 

「だからこそ!!!」

 

ビクッ

 

「私は…私は…あぁ………」

 

「………」

 

 あぁ情けない…子供にこんなに怒鳴るなんて…。

 

 

「タボリツキーさん……。」

 

「………なんだい…?」

 

「どうしても…その憎しみはおさまらないんですか…?」

 

「………あぁ。できることなら…この呪われた血から…解放されたい…。」

 

「………」

 

 あぁ、クソッ。

 

「………タボリツキーさん…貴方は私に自分の恥を話した…。ならば私もあなたに自分の秘密を話しましょう…。」

 

「……その秘密は…?」

 

「何を申しましょう… 私の本当の素性は…現ロシア皇帝ニコライ2世の嫡子、アレクセイ・ニコラエヴィチです。

 

 

 …………何だって?

 

「君が…?いやそんなわけ…。」

 

 …………!

 

 その子供の目は一切の嘘をついていない濁りのない瞳をしていた…。

 

 

「まさか…」

 

 

「そのまさかです。」

 

 

 ……………嘘だろ……

 

「こ、皇太子殿下…。」

 

 私は咄嗟に跪いてその頭を深く下げた。

 

(皇太子殿下ともあろう人にこんな非礼を…。)

 

「………頭を上げてください…。」

 

「…こ、皇太子殿下…わ、私は…。」

 

「落ち着いて…私があなたに素性を告げたのは皇太子として貴方にお願いをしたいからです…。」

 

「そ、そのお願いとは?」

 

「もう、貴方にこれ以上ユダヤ人を憎んで欲しくない…。」

 

 !!!

 

「あなたの悲しみ、怒りの原因は…ここまで追い詰めた社会の統治者たる私たちの責任でもあります…だからこそ…あなたはその怒りの矛先をもうどこにも向けないでいただきたい…。これは私達の責任なのですから…。」

 

 

「こ、皇太子殿下ともあろうお方がそんなことを…。」

 

 

「私は…いつか皇帝となる身…。皇帝となった暁にはきっとあなた方を含めた全員にとって良い社会を作りたい…。だから、それまで待っていてください…。きっとあなたがそんなことを感じないような世の中を作りましょう…。だからこそ、だからこそ、

 

 

あなたの怒りは見るに忍びないほど…私の心を深く抉ってくるのです。

 

 

…どうか…どうかその怒りを納めて欲しい…。」

 

 

 

 …………私は、私は何と愚かなことをしたのだろう。こんなにも清らかな人の目の前で悪態をついたのだ。

 こんなにも…こんなにも…。

 

 

「……殿下…あなたの気持ちはよくわかりました…。殿下の治世を楽しみに今はこの怒りを耐え忍びましょう。」

 

 

「……ありがとう…。」

 

「そんな顔をなさらずに…笑ってください…。」

 

「………そう言うのであれば…。」

 

 殿下はニッコリと笑った。

 

 

 ………何と甘美な笑顔だろう!あぁずっと見ていたい…。

 私は同性愛者ではない…だがこの笑顔!どうしてこの気持ちを否定できようか!

 

 今、サロメに見惚れたヘロデ王の気持ちがわかった!

 今、デリラに見惚れたサムソンの気持ちがわかった!

 この天の智天使のごとき笑顔!

 全人類が見惚れるであろうこの笑顔!

 

 あぁ、何と言うことだ…。私はこの男の子にすっかり心を奪われてしまったのだ。

 

 どうしてだ…どうしてここまで私は彼に惹きつけられるのだ…?

 

 どうして?どうして? 

 

 まるでこの子は新約の時代のメシアのようだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………そうか!

 

 この子は神の子なのだ!

 そうだ!そうだ!

 アレクセイ殿下!あなたはイエスの生まれ変わり!メシアなのだ!

 あなたが居れば………私はカインの印を取り除くことができる!

 そうだ!そうだ!

 そうだ!あなたは全人類を救い、私からカインの印を取り除くためにこの世に降臨された…………………………神の子なのだ!!!

 

 私にとってのメシア!

 私が忠誠を誓うべき人間…!その人物がいま!目の前に!

 

 

 神の子アレクセイ殿下……!

 私は…………あなたこそが…………………神であると………………信じています………………!!!!!

 

 

 

 万歳!!!!万歳!!!!万歳!!!!

 皇太子殿下万歳!!!!神の子アレクセイ…万歳!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は誰も知らない…、このセルゲイ・タボリツキーがのちにロシア史上最悪の人物となると言うことを…。

 

 

 

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