頑張って書いたので、読んでくれると嬉しいです。今回は新しい書き方に挑戦しました。

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ギセイ

 その日、私はいつになくむしゃくしゃしていた。だからついに、部長の席に辞職届を叩きつけてやったんです。

「そんなに叱るほど私が嫌いなら、私から立ち去ってやります」

私はそう言い放った。部長は面食らったような顔でこちらを見つめていた。そしてゆっくり辞表を拾い上げ、部長がようやく「待ってくれ」と言ったのは、もう私が会社のドアを思いきり閉めた時だった。

 私はもうこの会社の人間ではない。すでに関係のない歯車である。私はようやく、会社という大機械から外れることができたんだ。そう思うと、うれしさがこみあげてきた。私はそのまま会社の玄関を出た。

いつもと同じ帰路に就くのも、今日が最後だ。いつものバス停でバスに乗り、駅まで行く。そして電車に乗り換え、そこから一時間の直通列車だ。家まで随分かかるので、バスや電車の席にありつけるとホッとする。私はいつもそこで文庫本を開く。

 今日のバスはいつになく空いている。おかげで私は席に座ることができた。しかし私は珍しく本を開かなかった。私はふと思い出し事をしていたのである。

 私は昔から絵を描くのが好きだった。どれほど好きだったかというと、小学生の時、皆が校庭で遊んでいるときでさえ、教室で絵を描いていたというくらいである。そんな私は高校生になっても変わらなかった。書道、美術、音楽の授業から一つを選択できるとなったとき、私は真っ先に美術を選んだ。絵が好きだったのである。

 美術の授業は楽しかった。何より先生が優しい方だった。どんな絵を見せても必ず、上手だとか、うまいとか言うのだ。あるとき、教室の後ろの方に友達と座った時があった。おかしな落書きを見せあって授業を不真面目に受けるためである。友達の下手な絵を見て、なんとか笑うのをこらえながら、結局笑い出してしまう時間が楽しかった。しかしとうとう先生が来て、私はしまったと思ったのだが、先生はそのでたらめな絵を見るなり「うまい、うまい。その調子だよ」とおっしゃった。先生が通り過ぎていったあとで友達と顔を見合わせ、ぷっと笑い始めてしまった。

 そんな風に好きな美術の授業を適当に受けていた私だったが、学期末に際して一つの美術作品を仕上げねばならぬことになって、少しは真面目にやるかと筆を持った。しかしその意気は授業二回分も続かず、結局適当に描いた線画を適当に塗りたくった。そんな作品を先生に渡すときになって、これではまずいかなと思いながら恐る恐る先生に手渡すと、先生は少し考えたのち一言、「これは素晴らしいね」とおっしゃった。私はここでも笑いだすところだったが、必死に笑いをこらえた。続けて先生はこうおっしゃった。「どうだ、君、美術部に入ってみないか」と。私はそこで真剣に直り、ようやく気付いた。先生は誰にでも上手だと言うけれど、いま先生は本当に私の絵柄を気に入っているようなのだ。しかしこれには私も困った。というのも、私は当時二年生、しかも秋学期で、そろそろ受験勉強というものに着手することを考えていたのである。その思いが強かったか、その先生には「ごめんなさい。美術部に入る気はありません」とだけ伝えることになった。それがその先生と最後の会話だった。

 結局私は受験勉強に成功して、もともと行きたいと思っていた第一志望の大学に合格した。私は夢のキャンパスライフを期待していた。しかし、大学生活は思っていたより面白くなかった。課題に追われ、レポートに追われ、しまいにはすべての授業の出席が必須なのである。私はとにかく大学に行って、課題をこなした。正直のところ友達と飲みに行くなどして遊ぶ暇などなかった。そうしてヒイヒイ言って忙殺された日々を過ごしていたら、いつの間にか私は大学を卒業して、いつの間にか先の会社に就職していた。おっと、駅に着いたようだ。続きの話は電車に乗ってからにしましょう。

 ———さて、ここからは会社に入ってからの話だ。私は大学時代の忙しさのために感覚を麻痺していた。会社の上司から課されたタスクも忙しい、忙しいと言いながら期限内にこなしていたのである。それに応じて、上司が課してくる仕事も日に日に多く、重くなった。

 中でも大変だったのは、あるプロジェクトのリーダーに指名された時だった。この時も上司から統率役をやってみないかという持ちかけがあって、私はそれに「わかりました」と返事してしまったのだ。このプロジェクトというのはおおよそ、新事業を立ち上げるというものだった。そのためには、新しい業種への着手で見込まれる利益と損失の規模の算出をし、さらにアウトソーシング(外部委託)の割合を決める必要があった。こういったことを議論して決めねばならないというのだ。私は司会として、プロジェクトチームの一人一人がちゃんと機能してくれるように促すことになった。実際にやってみると、これがかなり難しかった。私がする話をいい加減な態度で聞いている人もいれば、堂々と寝始める人さえいた。一方で熱心な人は熱心な人同士で案が対立し、その人たちの間でヒートアップしている有様であった。こんな状況を、私はどうしようも出来なかった。むしろ、こんなつまらないことに付き合わされて、自分だって適当にやり過ごしたい、と思っていた。一人で資料作りに徹夜する日々も馬鹿らしい。

 気が付くと私は、仕事に対して無気力になっていた。どんな仕事にも手がつかない。今思うと、その時点で私は気付かぬうちに、持つもの全てを摩耗し切っていたのである。

 そして私が最後に受けた仕事は、なんと、絵を描くという夢のような仕事である。会社PR用のキャラクターの原画をアイデア通りに描け、と上司から言われた。なんでも上司は、女性はおしなべて絵が描けると考えていたようである。私は無意識に「やらせてください」と口走っていた。

 私は早速、鉛筆をにぎって紙に線を描きつけた。私は真剣になった。だがどうだろうか、黒鉛の後方にはいびつな曲線しか残らなかった。私はそんなことはあるまいと思って消しゴムで線を消し、今一度うまい曲線を描いてみようとした。しかし紙上にはことごとく同じ曲線だけが残った。いやいやそんなまさか。私は自分の衰えた腕を未だに信じられなかった。そして私は放心し、そのいびつな曲線のまま描き進めた。私がむかしあんなに好きだった絵描きの技量は、もうそこには無かった。悔し涙をこぼしながら、苦心して描き続けた。しかし、ゆがんだ目、ひずんだ鼻、ぐちゃぐちゃの口しか描けなかった。そうして描き終わった絵を、私は引いて見てみた。そして私は大粒の涙をこぼして叫び泣いた。それはまったくの駄作だった。私が描くのを見ていた上司はあきれた表情で、私に「もういい」と告げた。

 まあ、なんと言えばいいかな。これが会社というものか、これが社会の歯車になるということかと思い知りました。あのことがあってから、私は上司の言うことも聞けなくなって、叱られる日も多くなりました。だから辞めたんです。「はたらく」ということを。「ギセイになる」ということを。もうこれ以上私は、会社の色には染まりません。そして先生、私はもう一度筆を持ってみようと思います。

 


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