伝説の老騎士、アイドルVtuberになる。   作:東出八附子

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95話 春嵐去り、また静けさ来たり 後編

 

―― ????? ――

 

 女性専用刑務所の門を出たアタシが最初にやったことは、大きく深呼吸をすることだった。

 『久々に吸うシャバの空気は美味え』なんて台詞をヤクザ映画で聞いたことがあるが、今ならその気持ちが分かる。澱んだ所内の空気とは別物だ。

 

「お世話になりました」

 

 とりあえず刑務所の看守に対して頭を下げておく。そいつは返事をすることなく、冷ややかな目をしたまま一礼するだけだった。しけてんな、ったく。

 刑務所を後にして約束の場所まで歩いていく。やがてとある有料駐車場(コインパーキング)に辿り着いた。一台の赤い車に背を預けた筋肉質の男がアタシに気づき、手を上げる。

 

「よう。2年ぶりに公道を歩く気分はどうだい、麗奈(レーナ)

 

 ギラついた目つき。剃り込みの深い髪型。全身にくまなく施されたタトゥーとピアス。いずれも真っ当な人生を送っていない証拠だ。こいつの名前は龍堂。下の名前は知らん。アタシがムショにぶち込まれる前からの腐れ縁とでも言っておく。男女の仲ではない。ただ、異常なくらいに気が合うだけだ。

 

「タバコ頂戴」

「出所したばかりなのに、もう喫煙か。未成年がよ」

「あの中で成人したっつーの。合法だ、バカが」

 

 龍堂はアタシのおざなりな返事にニヤつきながらタバコのパックから一本取り出した。アタシが咥えると、ジッポライターで火を点ける。ああ、懐かしい匂いだ。肺の空気から2年前を思い出す。

 

「吸ったら行くぞ。まずは飯だな。お前が刑務所の中で浦島太郎やってる間に起こった出来事を話してやるよ。どこに行きたい?」

 

 ムショの味気ない飯が長かったせいで、肉と脂が絶望的に足りていない。いきつけのステーキレストランを所望したら、速攻で却下された。

 

「あそこは潰れたよ。お前が居ない間に、店主がドラッグパーティーの現行犯で逮捕さ(パクら)れちまった」

 

 クソが。

 

 

 

 連れてこられたのは国道沿いにあるステーキチェーン店だった。アタシが注文する前に、龍堂から安くてボリュームのあるランチセットを押し付けられちまった。ケチな振る舞いは相変わらずだ。こんな奴でもヒモな女が4、5人もいるのだから世の中は狂ってやがる。

 そんなケチな男から聞かされた現在の状況は大きく2つ。

 ひとつは龍堂が思いのほか順調な生活を送っていることだ。

 

「起業してんのか、てめー。マジかよ」

「世話になったセンパイから紹介されてな。つっても地方のヤクザ(お偉いさん)の下請け業者みたいなもんだ。青春時代から成長できない、オレ達みたいな無法者の溜まり場だ」

「半グレだっけ」

「いやいや。立派な社会人だよ、オレ。社員は2人だけど、そいつらをしっかり食わせてやってるぜ」

 

 半グレとは、暴力団(ヤクザ)に所属していない犯罪集団のことだ。社会から認められている正規の商売をしつつも、裏ではあくどい金稼ぎをする連中を指す。龍堂のクズにはお似合いか。

 

「ま、上手くやってるなら、それはそれでいいか」

「支援事業だってやってるんだぜ」

 

 龍堂はニヤニヤと笑いながらアタシにスマホの画面を見せた。暴走族がご立派な特攻服を着て、ご立派なバイクに跨っている場面だ。

 

「血の気の多い連中に()()()を作ってやっているのさ。お陰でオレの会社は少数精鋭で回せるってカラクリよ」

「チーム名は?」

「写真の特攻服(トップク)に書いてあるだろ。亜武祖龍斗(あぶそりゅうと)って」

「クソダセえ」

「それが良いんじゃねえか。ダセえと笑う連中を拳で分からせるのが快感だろうがよ」

「違いねえ」

 

 きひひ、と我ながら下卑た笑い声が盛れた直後に、アタシは大きく溜め息を吐いた。

 

「無くなっちまったんだなぁ……アタシの栄光(エイコー)

「おう。波瑠窮理亜(ヴァルキュリア)()()()()が元で解散しちまったよ」

 

 状況ふたつめ。アタシの古巣が消失しちまったことだ。

 波瑠窮理亜(ヴァルキュリア)はアタシが設立した不良集団の名前である。男女問わず、ワルをやりたきゃウチへ来い――そんな誘いで呼びに呼ばれた不良の数、およそ200という関東屈指の一大勢力だった。アタシも初代総長として鼻が高かったよ。

 が。

 

「ありゃあ悪夢だったな、ホント。オレを含む喧嘩自慢だらけの幹部会に、たったひとりの小娘が殴り込んで壊滅させちまうなんてよ」

傷面(スカーフェイス)……」

 

 折られた奥歯が痛みを取り戻す。

 事の発端はよくある話だ。ヤツの関係者に手を出さないと不可侵条約を結んだにも関わらず、下のバカがヤツの友人に手を出した。あとの展開は非常にシンプル。さっき龍堂が言った通りの流れだ。

 

「佐藤のり子。そいつがスカーフェイスの名前だ」

「なんで知ってるんだ」

「ちょっと前に調べたんだよ。わざわざ探偵を雇ってまでな。お前の地元で平和に女子高生をやってるぜ」

「ハァ!? あの事件で負傷者量産しといて、アイツはのうのうとシャバで生きてんのかよ!? アイツにブチのめされたヤツ、30はいただろ!?」

「フツーに示談が成立した。アイツの母親もかなり動いたらしい。調べた感じ、母親は()()()()(コー)()の元総長らしいぜ。金はともかく、人望はでけえだろうな。娘の顔面を削っておいて、奥歯だけで済んでよかったなあ、レーナ」

「やってらんねー」

()()()がちげーんだよ。俺らみたいな底辺にはお似合いの結末だったってコトだ」

 

 腹いせ代わりにドリンクバーのコーラを一気飲みする。イライラしたら糖分。これに限る。

 

「今あの地域は平和なモンだぜ。悪い事やったらスカーフェイスか黒豹がカッ飛んできて正義執行だよ。だからあの地域でチームは作れねー。俺の会社も地元から離れてやってる。というか、あの地域でヤンチャするなって上から止められてる」

「黒豹……あぁ、ヨーミのヤツか。アイツはどうでもいいや。フツーだし」

「オレとタメ張るくらい強いのになあ。カカカっ」

 

 アタシに負けず劣らずの下卑た笑いをしてから、龍堂は身を乗り出した。

 

「で。どうなんだよ、元初代総長」

「主語を言え」

「スカーフェイスへのリベンジだよ」

「ヤるに決まってんじゃん」

 

 アタシがノータイムで答えると、龍堂はニヤリと笑った。

 

「さすが相棒♪ だよなァ。負け犬は俺達の生き方じゃねェよなァ、レーナ総長」

「プランは考えてんのか?」

「無えよ。考えて実行するのはお前の仕事。お前にヤンチャやらせたいから金と地位を作ってたんだよ。肩身の狭い思いをしながらな。オレはお前の復讐を目の前で見ながら暴れられればそれでいい」

「で、危なくなったら切り捨てる」

「おうよ」

「相変わらずのクズだな、テメーは」

「お前も相変わらず()()()だぜ。カカカっ」

 

 そりゃ都合の良い女って意味だろうがよ。別にいいけど。もう人生なんて諦めてるし。

 

「そんじゃま、準備しますか。まずは金だな。あと人脈」

「あんだよ。金は作ったって言っただろうがよ」

「テメーが考えるよりも要ると思うぜ。たぶん全然足んねー。金と駒。マッハで作んぞ。これさえあれば、後はどうとでもなる。戦の前は入念な準備。これ常識な」

「ふーん。まー何でも命令しろよ。オレは従うだけだ。帰還した女王サマのため、働きアリになってやるよ」

 

 龍堂は実力があるクセに思考停止して怠ける。こういう所が大成しない。本人も自覚しているようだ。

 つまり、こいつも都合が良い男なのである。アタシにとっては。お望み通り、使い捨てるつもりで利用させてもらうさ。

 アタシは所の中で誓ったんだよ。

 

 スカーフェイス――佐藤のり子を地獄に落とすと。

 

 その後のことなんか知ったこっちゃない。

 

 

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