伝説の老騎士、アイドルVtuberになる。   作:東出八附子

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125話 獄炎、太陽を灼く 後編

 

―― 六条安未果 ――

 

 

『ふたりの顔は、もう見たくない』

 

 

 のり子ちゃんから拒絶された後については何も覚えていない。気がついたら、私はルルちゃんと一緒に社員寮の外で立っていた。

 のり子ちゃんの冷酷な声が頭の中で何度も何度も響き渡る。その度に、私は自分の喉を締めたくなる衝動に駆られた。視界は涙でぼやけっぱなしだ。何も見えない。どれだけ時間が経っても涙が溢れてくる。

 

「ごめんなざい……ごめんなさい……」

「大丈夫だよ、姫。大丈夫だから。あれはお嬢の本心ではないからね」

 

 情けない私を、ルルちゃんは抱きしめながらあやしてくれた。本物の無神経だった私を責めることもせず、嫌がることなく胸を貸してくれた。

 

「ルルちゃん……私、のり子ちゃんに酷いこと言った……酷いこと言っちゃったんだよ……辛いよ……謝りたいよ……」

 

 気持ちが収まってきて、ようやく会話ができそうになったタイミングで、ルルちゃんは私から体を離した。そして優しい瞳で私を見ながら、優しい口調で話してくれた。

 

「いいかい姫。誤解しないでほしい。君の行動は間違いなんかじゃない。むしろ勇敢で心あふれる言葉だ。だって、あれは君の本心なのだろう?」

「……うん」

「だったら決して酷いことを言ってなんかない。ただ俺達の立場が邪魔をして、あまりにも状況が悪くなりすぎたんだ。お嬢の言葉を聞いたから、その意味は分かるね?」

「私達は容姿に恵まれている」

「その通り。その現実が顔面というお嬢のコンプレックスをより煽ってしまうんだ。ましてや俺達は同期。羨ましさが妬ましさへ変わるには十分な状況だろう。お嬢に持ち得ないものを、俺達は持っているのだからね」

「……私達は、何をしたらいいの? 何が正解だったの?」

「同期の俺達だけは正解なんて何ひとつ無い。……いいや、この表現では足りないな。()()()()()()()()()()()()()。心からの慰めも、逃げの沈黙も。今のお嬢にとっては心を荒立たせる津波でしかないんだ」

 

 ルルちゃんの回答を聞いて、あの言葉の意味をようやく理解できた。のり子ちゃんと会う前、ルルちゃんが私に言った忠告だ。

 『姫が考えている10倍は理不尽な出来事がこれから起こると、改めて覚悟し直してほしい』。

 きっとルルちゃんは今の事態になることを分かっていて言ったのだろう。分かっていて私の言葉を止めなかったのだろう。お互いの気持ちをしっかりと伝えあうために。

 

「俺たちへ吐いた暴言には、お嬢自身も苦しんでいるだろう。落ち着いたら向こうから謝罪してくるよ。根は優しい子だからね。さあ、もう帰ろう。進に送らせるよ」

「ルルちゃんは?」

「仕事に戻る」

「寝てないんでしょ? ルルちゃん、休んだら?」

「残念なことに内部の手が回っておらん。俺が手伝ってやらんと灯や舞人が倒れちまう。ボチボチ休みながらやるよ。お嬢がいつ戻ってもいいように万全の準備をしておかねばな。できることをやっていくさ。

 姫は家に帰ったら、帝星ナティカとしてファンへのコメントを考えてくれ。『今は皆で話し合いをしているから、不安をかけるけど見守っていてほしい』という旨で。下書きを書いたら会社に提出を頼む。精査後にTwisterへ投稿してもらう」

「私はそれだけしかできないの?」

「事が落ち着いたら頑張ってもらうよ。それまでは大丈夫。英気を養ってくれ」

 

 そんな。のり子ちゃんを傷つけるだけ傷つけておいて、ほとんど自宅待機だなんて。あんまりな仕打ちだ。罪悪感がいっぱいで英気なんか養っていられないよ。

 せめて、なにか結果を出せないのかな。今日私が来た意味を残せないのかな。

 ルルちゃんが私から視線を外し、念の為に変装用のサングラスをかけてから、事務所の方へ歩み始めた瞬間。

 私の脳裏にひとつだけ、希望が蘇った。

 

「待ってルルちゃん。ねえ、()()。のり子ちゃんにやってあげられないかな」

「?」

「ほら、初めて会った時に見せてくれた、金色に光る()()だよ。」

「……おお」

 

 私が人差し指をぴょこぴょこと動かしてアピールすると、ルルちゃんは眉をぴくりとさせ、声を潜めて囁くように私へ声をかけた。

 

「そういえば俺と初めて会った時に、姫には披露していたのだったな。俺の治癒能力を」

「他人も治せるんだよね? のり子ちゃんの傷も――」

 

 私が言い終わる前に、ルルちゃんは人差し指を私の唇に押し当てた。これ以上口にするなという意味だ。

 

「先に結論を言っておくよ。やれないし、やらない。たとえお嬢自身に求められても、俺は応えないだろうと宣言させてもらう」

 

 口を塞がれたままの私は、視線で説明を求める。ルルちゃんは少し困った顔をしながら説明を続けてくれた。

 

「とある男の失敗談をしよう」

 

 人差し指が離され口の自由が解放された。

 

「ルルちゃんの失敗談ではなくて?」

「ああ。()()()()だ。少々つまらん話になるが聞いてくれ」

 

 男と言っているけど、きっとルルちゃん自身のことだろう。

 

「とある古い国の話だ。貴族主義が横行していた中世の欧州あたりの文化圏で考えてくほしい。

 その男には将来を誓いあった女がいた。女でありながら騎士の身分である、勇猛で気高い女性だった。男は女とある約束を交わし、その約束が果たされたら結婚をしようという誓いを立てた。その約束の内容は、ふたりの肖像画を完成させること。長い月日をかけて無事に肖像画は完成し、そして男と女は結婚することができた」

「よくあるおとぎ話ってやつだね」

「ところがその肖像画を貶す者が現れた。『婦人の顔面にこんな醜い傷をつけたままで絵に起こすとは、旦那は随分と気の回らない方でいらっしゃる』と」

 

 顔に傷。

 

「女の顔面には大きな切り傷ができていた。その不名誉な傷まで男は再現してしまったのだ。心ない誹謗中傷が来るとは予想しないままね。男はその状況に深い悲しみと怒りを抱き……そして過ちを犯してしまった。肖像画から傷を消し去るように修正したのだ」

「顔の傷を治したんじゃないんだ……まあでも、絵を直すほうが現実的か。でも過ちということは、もしかして女の人は怒っちゃったとか?」

「ああ。烈火の如く怒り狂った。兵士の傷は勲章でもある。たとえ醜い傷であろうとも、それは正真正銘、女の歴史の一部だったのだ。その傷を他人の都合で消し去られてしまったのだから納得の怒りだよ。かくしてその夫婦の仲は一時期だけ冷え切った関係となった」

「歴史の一部……」

「この話のつまらんポイントは、特に感慨深いエピソードも挟まず、時間の流れに身を任せて自然と復縁してしまった――というオチがつくところなんだ。おとぎ話として落とし込むには教訓が薄すぎるな。さて、話は終わりだが。俺の言いたいことは分かったかい?」

「のり子ちゃんの顔の傷は、たとえ嫌な思い出ばかりだったとしても、大切な思い出のひとつである。それを消し去ることをルルちゃんはやりたくない」

 

 ルルちゃんは頷いた。

 

「俺は、あの傷があったからこそ今の佐藤のり子が――紅焔アグニスが誕生できたと思っておる。その歴史を消し去るのは冒涜だ」

「でものり子ちゃんにあの傷は要らないよ」

「理解しておる。俺の力を知れば誰もが懇願することも承知している。だがもうひとつ、現実的に難しい問題があるんだ。今時点で、傷が無いお嬢の顔を誰も知らないという、最大の難点がね」

 

 のり子ちゃんの傷ができたのは約3年前。その間にものり子ちゃんは成長を続けている。

 

「厳密に言うと俺の力は治療ではなく修正に近い。だから仮に傷を治せたとしても。俺はその佐藤のり子を、本当に本人だと断言できる自信が無いのだ。

 お嬢に対して力を行使する――悪いがその願いだけは慎重にさせてほしい。傲慢な意見かもしれん。だがここだけは、俺はどうしても一歩を踏み出したくはない」

 

 例えのり子ちゃんが万全の状態になったとしても、それはルルちゃんが都合の良いように書き換えた佐藤のり子にしかならない。

 ルルちゃんの返答に、私は反論できなかった。もちろん、難しいことは考えずに傷を治してほしいとは思っている。でもルルちゃんが納得できる意見も持ち合わせていない。

 

「俺は佐藤のり子をかけがえのない存在だと思っておる。同期でなければファンとして徹したいと思わせるほどに。だからこそ、こんな有り難みのない奇跡なんかで佐藤のり子の尊い神域を踏みにじりたくは無ぇんだよ」

 

 ルルちゃんは顔をしかめて忌々しそうに呟いた。こんなに嫌悪感を出すルルちゃんを初めて見る。

 

「……悪い、不愉快にさせているな。失言だった。ここまで話すつもりは無かったんだが」

 

 そして、こんな弱々しそうな声を出してしまうところも初めてだ。あの無敵のルルちゃんが、こんな弱音を吐くなんて。

 ルルちゃんも本当は必死なんだ。不安で心が参っているんだ。のり子ちゃんのことが心配で心配でたまらないんだ。それを今まで我慢して、大人としての勤めを果たしてきたんだ。

 ……私ばかり、甘えていちゃ駄目だ。

 

「失言じゃない。むしろ逆だよ、ルルちゃん」

 

 私はルルちゃんの手を取った。困惑するルルちゃんだけど、今この瞬間だけはルルちゃんに手を差し伸べなくちゃ駄目だ。

 だって私はルルちゃんと同じ、YaーTaプロダクションの1期生なんだから。ルルちゃんだって大切な仲間なんだ。

 

「ルルちゃんの中で、のり子ちゃんがどれだけ大きい存在なのか知れた。ルルちゃんもすごく苦しんで、のり子ちゃんのためにやるべき事をやろうとしている。それだけでも嬉しい答えだったよ」

「そう捉えてくれるか」

 

 私は自分の両頬をばちんと叩いた。気弱な自分におさらばだ。

 

「私ばかり落ち込んでなんかいられない。やれることを精一杯やるよ。猫の手も借りたくなったらいつでも呼んでね。猫くらいは頑張ってみせるから」

「……ああ。その時は頼む」

 

 頑張ろう。

 ルルちゃんに笑顔が戻るように。

 のり子ちゃんに笑顔が戻るように。

 頑張ろう。

 

 

 

 

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