伝説の老騎士、アイドルVtuberになる。   作:東出八附子

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127話 敗北者はマーチを唄う

 

―― 佐藤のり子 ――

 

 最悪だ。死にたい。今すぐ手首を掻っ切るか、舌を噛みちぎってやりたい。そんな自殺を促す心の声ばかりが響いてくる。私の中の何かが死ねよ死ねよと何度も囁いてくる。

 安未果さんとルルに酷いことを言ってしまった。私を心配してくれる大切な仲間に深く傷つけることを言ってしまった。安未果さんは私を煽りたくてあの励ましを言ったんじゃない。それは分かっている。分かっているけど、私の心がどうしても受け入れられなかった。そんな自分が許せなくて、でも自分に罰を与える方法が見つからなくて死にたい気持ちでいっぱいになる。

 それでも思い留まれているのは、私を大切にしてくれる人たちがいるからだ。お母さんも、社長も、プロデューサーも。もちろん、ルルと安未果さんも。私を慰めようと必死になってくれている。私の大切な人たちをこれ以上悲しませたくないからこそ、まだ命を繋ぐことができている。

 

「如月です。どうしましたか生井さん……はい……流石に私が対応します。……いえ、お母様はまだ休ませてあげましょう。交代して全然経っていませんし、休息させてあげてください。リンさんと生井さん、どちらでも構いません。状況が落ち着き次第、佐藤さんの見守りをお願いします」

 

 疲れ切ったお母さんと交代して私に付き添ってくれているプロデューサーは、会社からの呼び出しに対応していた。きっと紅焔アグニスの件でまたどこかの会社からお叱りを受けるのだろう。私のせいなのに、私以外の人達ばかりが嫌な思いをする。吐き気を催すほどおぞましい、どこまでも悪いほうへ掘り進んでいく負のスパイラルだ。

 

「すみません佐藤さん。少し空けます。できる限り代わりの方をすぐに寄越しますから」

 

 返事はしない。口を開いたら、したくもない罵声が飛びそうだったから。親しい人を、もう誰も傷つけたくない。

 

「なにか頼み事があったらすぐに連絡をお願いします。戸締まりはお願いしますね」

 

 無言を決め込んだ私に対し、プロデューサーは一切怒りを見せることなく、急ぎ足で部屋を出ていった。部屋の隅にうずくまったまま立ち上がる気力も無い私は、その後ろ姿を見送るだけであった。

 プロデューサーの目の下には大きなクマができていた。もうお風呂に入る暇も無いのだろう、体臭を誤魔化すための、香水の残り香が鼻につく。どれだけの時間、私のために働いているのだろう。

 

「……もう嫌だよ、こんなの……あんまりだ」

 

 無性に暴れたい。目に見えるもの全部を壊して心の中をスッキリさせたい。配信も仕事からも全部解き放たれて、誰かと関わることなく食べて寝るだけの生活をしたい。

 でもそれすらも怖い。外に出るのが怖い。誰かの目に入るのが怖い。誰かに噂されるのが怖い。外の世界の全部が怖い。何も聞きたくない。何も見たくない。

 

「誰か助けてよ……」

 

 弱音しか吐けない自分が情けなくて再びうずくまろうとした矢先。視界の端で、床に散乱している()()を捉えた。特に考えることなく()()を拾い上げる。

 ルーファスのアクションフィギュア。ルルから貰った誕生日プレゼントと同じものだ。こちらはルルの私物である。暴れまわった私のせいで四肢がバラバラになっていた。理不尽を感じた私は、そのフィギュアを元の形に戻し、平らな場所に置いてやった。

 豪快な笑顔を浮かべながら大剣を振りかぶるルーファス。きっと悪い敵をやっつけている最中なのだろう。その顔にはためらいが感じられない。きっとこのルーファスには悩みなんて無いんだろうな。羨ましい。眼の前に立ちふさがる敵を倒すだけでいいんだもん。善と悪がはっきりしている。

 今の私とは大違いだ。私には憎むべき敵なんかいない。胸の中に抱える理不尽を発散する場所なんてどこにも無い。

 

「!」

 

 呼び鈴だ。キィちゃんかリンさんかな。YaーTaプロの人達は揃いも揃ってお人好しばかりだ。こんな最低な女、放っておいてくれればいいのに。

 

「あー? 何だよ、開いてんじゃねーか」

 

 ん? 誰の声だ?

 

「お邪魔しますよっと……うわ。直に見るとより酷ぇツラだぜ。顔面にクソを塗りたくったほうがマシに思えるくれーだな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、はっきりと悟った。この女は敵だ。少なくとも、片手にバールを持ちながら、ファーストコンタクトで罵声を浴びせるような人間に知り合いなんて居ない。入口に鍵がかかっていたら、手に持ったバールでドアをこじ開けるつもりだったに違いない。

 

「よースカーフェイス。久しぶりだな」

「誰だよお前。馴れ馴れしい」

「てめーの顔面を削った女だよ」

「……ああ、ヨーミが言ってた鎖女か」

「いやいや、なんで他人事口調なんだよ。アタシを仲間ごと滅茶苦茶やっておいて、それは無いわー。どういう神経してんだ」

 

 顔が配信されちゃった以上、誰が来たって不思議じゃない状況だ。この女だって例外じゃない。とりあえず思いっきりぶん殴ろう。絶対に謝罪目的じゃないだろうし、仲良くなろうなんてこれっぽっちも考えていないに決まっている。何にせよ不法侵入と侮辱罪だ。喧嘩をするには十分な理由だな。

 

「まあ待てや」

 

 そう意気込んで一歩踏み出した瞬間。鎖女は片手を前に突き出して『止まれ』のジェスチャーをした。

 

「アタシは喧嘩しに来たんじゃあない」

「遺言なら聞かない。どうせ忘れるし」

「今にもカビの生えそうな、クッソ暗い性格になっちまってんなあ。配信とは大違いだぜ、紅焔アグニスちゃん」

「その名前を口に出すな! 殺すぞ!」

 

 煽るような口調に苛立ちを隠せない。でも、余裕のあるコイツの態度が気にかかって、最後の一線で踏みとどまることができている。たぶんコイツは弱い。ルルどころか私でさえも瞬殺できるだろう。だけど嫌な予感がする。こういう陰険そうな性格のヤツは、だいたい必勝法を引っ提げて姿を現すのがセオリーだ。

 

「なんだ、殴ってこねーのか。残念だなあ、お友達の顛末がどうなるか楽しみだったのによー」

 

 そう言いながら手持ちのスマホ画面を見せつけてきた次の瞬間、一気に血の気が引いた。

 ヨーミと、シズと、夏美さんだった。三人とも縛られて拘束されている。ヨーミに至っては頭から血を流して倒れていた。

 

「お前――」

「はいストップ。安全確認のため、アタシは定時連絡をする手筈になっている。あと数分、アタシからの連絡が無かったら……こいつらの安全は保証しねーぜ」

「ッッッ!!!!」

「キヒヒ、いいねぇ、そのツラ。そういう悔しそうな顔を拝むためにワザワザ直接出向いてやったんだぜぇ、スカーフェイス」

 

 畜生。この嫌な予感だけは当たってほしくなかった。

 コイツが黒幕なんだ。私にヘイトクライムをやったのも。私の顔を晒したのも。全部コイツのせいなんだ。

 

「用件は何だ」

「これから全部アタシの言うことに従え。アタシの機嫌を少しでも損ねる真似をしたらコイツらはアタシ達の好きにさせてもらう」

「……分かった」

「お前のスマホを出せ。会社に連絡してる用のヤツがあるだろ」

「何をする気だよ」

「誰が口答えしていいっつった?」

 

 私が質問をした瞬間、女は口調を荒げて睨みつけてきた。今まで見せていた喜びの表情じゃない。私が憎くて堪らないという憎悪の感情が乗っている。

 目を見れば分かる。これ以上、刺激するのは危険だ。こいつに一切の抵抗は許されないだろう。ルルにすら会わせてはならない。そうなったが最後だ。もうヨーミたちは助からない。

 

「てめーはこれ以上何も質問をするな。アタシの行動を遮るな。アタシのやることを全部肯定しろ。

 時間稼ぎなんて考えるんじゃねーぞ。こちとらなるべくスマートに済ませたいんでな。てめーの態度次第じゃ、てめーの事務所関係者にも血が流れちまうぜ?」

「………………」

「オラ出せ。もちろんロックは解除しろよ」

 

 スマホを受け取った女は数秒だけ操作してから、そのスマホを机の上に置いた。画面はRIMEのメッセージ送信画面となっており、入力欄には未送信の状態で、こう書かれていた。

 

 『さがさないでください』

 

 そのひと言で女の目的が分かった。分かってしまった。私を本物の行方不明者にするつもりなのだ、この女は。そしてスマホは捜査を混乱させるためのひと芝居。このひと手間で、私が自分から行方不明を懇願した自殺死亡者となってしまったのだ。

 

「うっし。もうそのスマホには触るなよ。友達思いの良い子ちゃん相手だとおねーさんも楽できるなー」

「次は?」

「付いて来い。アタシの車に乗るんだ。素敵な場所へ連れてってやるから楽しみにしてろよ。キヒヒ」

 

 女は勝ち誇った笑みを浮かべながら部屋を出ていった。その後姿に対して殺意を抱きつつも、私は黙って従うしかできない。

 この理不尽な状況に対して泣くことも許されないまま。

 

 

 

 

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