伝説の老騎士、アイドルVtuberになる。   作:東出八附子

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37話 佐藤のり子は学生である

 

―― 佐藤のり子 ――

 

『起きてください。もう朝ですよ。新しい朝が来ましたよ』

 

 プロデューサーの声が聞こえる。私を起こしているみたいだ。でも昨日って事務所に泊まったっけ? そんなに忙しかったかな?

 

『はぁ……まったく。寝坊助(ねぼすけ)な御主人様を持つと私も気苦労が耐えませんね。手間をかけさせる人なんだから』

 

 ん? 御主人様?

 

『そんな無防備にあられもない姿を晒して……私に唇を奪ってくれと言っているようなものですよ。それとも。実は寝たふりをして誘っていると。まあ、私としてはそちらの方が燃えますけどね――』

 

 心臓がどきりとして布団から飛び起きた。慌てて周囲を見渡す。見知った天井。見知った壁。見知った扉。勝手知ったる我が家じゃないか。配信が終わった後に帰ってきたんだった。これでプロデューサーが部屋に入ってきたら、私は全力で叫ぶ準備ができているぞ。

 

「うわっ、寝汗やば。昨日のペーヨンゴ、変な成分入っとりゃせんか」

 

 時刻は午前6時。いつもの起床時間である。この時間に目が覚めるよう、ランダムな内容で目覚ましのシチュエーションボイスをセットしているのだ。

 

「今日は 東遊(あずまあそぶ) ――プロデューサーだったのか……ラインナップから外そうかなー」

 

 なまじ知り合いになっちゃうと聞きづらいんだよね。なぜか気まずさを感じる。

 目覚ましの繰り返し(スヌーズ)を停止し、再び布団の中に潜り込む。起きぬけは頭が働かないからスマホを少しいじったり体をほぐしたりして頭や体を覚ましていく。

 −D− Cord(通話ソフト)を起動し、紅焔アグニスのアカウントで登録済みのチャンネルを覗く。

 チャンネル名は『YaーTaプロダクション1期生』。メンバーはルルと六条さんではなく、そのアバターであるルルーファとナティカとなっている。

 

「へへへ」

 

 とうとうアイドルVtuberでデビューしちゃったんだよね、私。現実味無いなあ。でも現実になっちゃったからニヤニヤしちゃう。これから楽しいことがいっぱい増えるといいな。

 ただし嫌なことはノーセンキューですが。この2年で人間関係とアイドルデビューの苦労はいっぱいしてきてるからお腹いっぱいです。

 YuTubの紅焔アグニスチャンネルへアクセスする。そして登録者数をチェック。

 

Agnis Ch.紅焔アグニス

チャンネル登録者数 111万人

 

「また増えてる……昨日のペーヨンゴ配信で減ると思ったんだけど」

 

 公約果たしたしもうええやろ、的な人がもっといると思ったんだけど……そういう人もいるとは思うけどね。

 

「私の性格が悪いだけかな」

 

 界隈としては異次元のバズり方をされる身となった。でも感動なんて一切無くて、もはや恐怖である。プロデューサー曰く、世界規模でユーザーが紅焔アグニスを認知したゆえの結果なのだそうだ。

 本当はもっとコツコツ地道に応援してもらうつもりだったんだけどな。過剰な期待をされても返せる自信が無いんですよね。ルルや社長やプロデューサーに相談してみるかー?

 ……まずは日課を済ませよう。柔軟、ランニング、なんちゃって演舞で1時間。それだけあればモヤッとした気持ちも落ち着くっしょ。

 

 

・・・・・

・・・

 

 紅焔アグニスがどれだけ人気であろうとも、佐藤のり子の学校生活は変わらない。いや、むしろ変わってはいけないのだ。

 私が紅焔アグニスを演じているのは学校の誰にも知られちゃいけない。個人ならいざ知らず、企業勢なのだ。自分だけじゃなくて会社の人達にも迷惑がかかっちゃう。特に私は危険である。美少女の中身がフランケンと知って得するリスナーは皆無だろう。

 だからこそ登校の待ち合わせをしている今の時間が落ち着かない。周りの視線がめっちゃ気になる。3日前と同じことをしているし、声を出さなければまず分からないだろうから安全だとは頭で理解しているんだけど……。

 お。待ち人来たる。平常心。

 

「おっすヨーミ」

「おーっすのり子」

 

 うおお、親友の声を聞いたら日常に帰ってきた気分になったぞ! カムバックスクールライフ!

 私の親友その1。ヨーミちゃんです。ベリーショートの髪型で中性的な顔立ちだけど、スタイルはモデルでも通じるほど整っているので女らしさをムンムン出している。ルルが居なかったら私の中ではトップのドスケベボディなんだ。おかしいな。同い年なんだが。むしろ私のほうがお姉さんまである。

 

「ヨーミにおみやげがあってさー。先週末東京に行ってきたんよ。ほら、海洋生物キーホルダー。モンハナシャコだよ。パンチ出るんだよ。けっこう痛いんだ、これ」

「…………」

 

 お、おかしいな。いつものヨーミならテンションぶち上がりで小一時間のシャコトークへしゃれ込むところだぞ。

 

「なんだよ、喜んでおくれよー。ヨーミ、こういうの好きっしょ」

「…………」

 

 ヨーミは無言無表情のまま私の差し出したキーホルダーを受け取ると、私の肩を組んで引き寄せ、耳元でポツリ。

 

「イグニッショーン」

 

 死んだ。

 いや待て慌てて落ち着け。まだ紅焔ちゃんの挨拶を言っただけじゃないか。私がVtuberの配信を見ているのはヨーミだって知っている。

 

「あ……あー……YaーTaプロの話だよね。紅焔アグニスちゃんでしょ。凄かったよね。かわいいよね。私も一瞬で紅民になっちゃったよ」

「アレのり子っしょ」

 

 終わった。グッバイマイスクールライフ。

 

「あーしら保育園からの付き合いだろー? どんだけのり子の声を聞いて、どんだけのり子の歌を聞いたと思っているんだ。秒で分かったぞ」

「えーと」

「大丈夫だ。誰にも言うはずないだろ。そもそもあーしが校内で漏らす相手がいるとしたら、お前とシズだけだよ」

「…………」

「シズとは昨日おとといで話題になったけど、RIMEのチャットでは一応知らない前提で返しておいた。まあたぶん向こうもご存知だろうケド」

 

 シズは親友その2である。名実ともにお嬢様で、毎日の登下校も黒塗りリムジンでのご登校をなさっている正真正銘(マジモン)の方である。彼女とはこのあと正門前で合流する予定だ。ちなみに容姿はリボンの似合うセミロングで、和服が似合うスレンダータイプである。落ち着くね。

 

「よ、用件を言え……脅しには屈しないぞ」

「いやそんな萎え萎えクソ雑魚ボイスで言われても説得力無いわ。最近付き合い悪くなったのはアイドル活動のせいか」

「ごめんよ」

「おバカ。謝ってどうする。念願の夢が叶ったじゃねーか。大手振って祝えないのが残念だけどさ」

「うん。ありがとう、ヨーミ。まとまったお金が入ってきたら焼肉奢るよ。みんなの憧れ高級焼肉『ジョジョ庵』でツボ漬けカルビ食おうぞ」

「んー……いや、みんな大好き庶民派の『マッスル太郎』にしよう。学生の身分じゃジョジョ庵は不相応だし、シズも庶民味のほうが喜ぶ」

「ふそーおー……?」

「勉強がんばろうな、のり子。行くか」

 

 ヨーミは肩をぱしぱし叩いてから手を離した。そのまま並んで学校へ歩き出す。

 

「とうとうあーしらのアイドル佐藤のり子が認知されちまったか。独り占め二人占めもおしまいかー」

「そんな風に思ってたの?」

「お前とカラオケ行くと、レベル違い(レベチ) すぎて割り勘するのも毎回申し訳なく思っていたよ」

「ありゃ予想以上の評価」

「紅焔アグニスの歌に関してはその評価すらも生ぬるかったがな。なんだありゃ。上手いって次元を超越してるだろ。バケモノ呼ばわりされても反論できんぞ」

「がけっぷちだったんですよぅ。売れなきゃ終わるし。だから気合が入っちゃったんだよぅ」

「売れなきゃ終わりか……」

 

 ヨーミの表情が暗くなった。まずい。

 何を隠そう、私の顔の傷は過去にヨーミ関連のやり取りでつけられたものだ。ヨーミが直接つけたのではないけど、原因を辿ればどうしても彼女になってしまう。

 一連の事件はヨーミにとってショックの大きい事件であり、今もなお引きずっている。たとえ連想クラスであっても、傷の話題を出すのはNGなのだ。これは私とシズ、そしてヨーミとの間に交わされた暗黙の了解である。

 そーゆーことで、ヨーミは気まずさいっぱいの最中だ。傷があったからこそ、あの紅蓮烈火を歌えたんだ、なんて言った日には親友失格ですよ。話題変えなきゃ。えーと。

 

「そーいや、他の二人の配信は見たの?」

「ああ、見たよ。二人ともチャンネル登録した。もちろんお前のチャンネルもな」

「ありがとうね。まだまだ伸びる二人だから、これからも応援してあげて」

「……ところでのり子。マナー違反ってのは承知で聞きたいんだけど……ルルーナ団長についてなんだけどさ」

「お。ヨーミも団長呼びじゃん。旅団にようこそ。で、どした?」

「いや……どんな人なのかなって思ってさ。ほら、設定とかキャラとか、かなり独特だろ?」

 

 おや? あれあれ?

 

「えーと、どこまで話していいのかな……」

「実際に会ってるんだろ? リアルの話って聞けるか?」

「んー……まあどうせ会うだろうし、ヨーミには話しとくか。ルルはプライベートでも配信と変わらないよ。見た目(ガワ)に至ってはVより美人。リアル女神サマ」

「へー……ん? どうせ会うってのは?」

「ヨーミに会いたがってたよ。お母さん伝いにヨーミのこと聞いたんだって。黙ってても向こうから会いに来るんじゃないかな」

「ふぁっ!?」

 

 うわ、ヨーミらしからぬ、めっちゃ甲高い悲鳴だ。完全に 乙女の悲鳴(メス声) だよ。

 確信した。マジか。

 

「ガチ恋したな」

「バカ、そんなんじゃねーし! あーし女で団長も女なんだろ! ありえねーし!」

 

 気持ちは分かるぞ。凸待ち配信のとき、実際ガチ恋コメントすごかったもん。あの中にヨーミがいたかもしれないのか。ルル。君のせいで我が親友の道が傾き始めたぞ。

 

「分かった分かった。とりあえず、もうこの話は止めよう。お互い良いカードを持ったね」

「あーしのはお前の会社を巻き込む超絶禁止カードなんだよ……切る機会ねえぞ……くそ、ガン不利じゃねえか……」

 

 その後、YaーTaプロの話題は意外にもヨーミ側から止められた。配信で聞きたいそうな。確かに。関係者じゃないから、どうせ凝った裏話もできないもんね。

 代わりにモンハナシャコの話題で多いに盛り上がりつつ正門前にいたシズと合流した。日本一『ごきげんよう』が似合うふわふわボイスで『イグニッショーン!』と挨拶されたときは冷や汗かいたけど、それ以外は先週と変わらない登校の風景となった。

 そう。先週と変わらない風景。

 

「そんじゃなのり子。また昼な。頑張れよ」

「またねのり子。ごきげんようのプロミネンス」

「心臓止まるからやめんかい、シズ」

 

 私のクラスは旧校舎。二人のクラスは新校舎。途中で二人と別れ、私はひとりになる。自然と笑顔が消えていく。

 とうとう来ちまった憂鬱タイム。さあ、今週も頑張ろう。

 私は誰にも挨拶することなく教室へ侵入し、教室の一番うしろの席へ無言で座った。ちらりと私へ視線を向けるクラスメイトがいたけど、すぐに話し相手のほうへ向き直ってしまう。

 勘のいい方はもうお気づきだろう。

 

 佐藤のり子、クラスでは絶賛ぼっち進行中なのであった。世知辛え。

 

 

 

 

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