明日また上がります。
すでに昇っていた朝日がアビドスの街並みを照らしている。お店も開き始めて、少ずつ街が賑やかになっていくような、そんな時間帯。
私はその中を、一人で歩く。
「おーい、そこのお嬢ちゃん!いつもパトロールしてくれて助かってるよ!お礼に安くするから、何か買っていきな!」
そんな私を見つけたのか、よくお世話になっている駄菓子屋の店主さんが、私を呼び止める。
一瞬だけ、止まる足。だけどすぐに、逃げるようにその店から離れた。
「……何かあったのかねぇ」
そう呟く店主さんの声も、聞こえないふりをした。
ずっとずっと、この街を守ってきた。街の人から感謝されたのも、そう少なくはないし、守れている実感も湧いて、嬉しかったのも覚えている。
だけど、今だけは。
今だけは、それを素直に受け取ることが出来ない。今から、私はここを守れなくなっちゃうから。……決意が、揺らいでしまうから。
段々と、目的地が近づいている。それに併せて、人通りも少なくなっている。
その足取りは、重いものだった。何度も止められて、私自身も、これが正しい選択だったのか、分からない。
……先輩なら、ユメ先輩なら、どうしていただろうか。……たぶん、先輩も、同じ選択をしていただろう。
あの人は、本当にアビドスを愛していたから。私も、それに倣うんだ。たとえ、寂しくても。
この街のことは、後のことは、対策委員会のみんながやり遂げてくれるって信じてるから。……ノノミちゃん、シロコちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん、そして……先生と、マホロアちゃん。みんなで協力すれば、残りは解決できるはず。……ごめんね、最後まで一緒にいてあげられなくて。
でも、私がみんなの突破口になってみせるから。
そう決意した私の目には、すでに目的地のビルが映っていた。
───
「……来ましたか、ホシノさん。私からの提案について、考えはまとまりましたか?」
目的の部屋には、私に何度も契約を持ちかけてきた黒服の人がいた。相変わらず、不気味で、それでいて不吉な雰囲気だ。
「うん、提案を受け入れることにした。……状況が変わったから。早く、契約書を出して」
そう伝えると、黒服の人の表情が明るくなった、ような気がした。まるで、望みが叶ったかのような。
「クックック……そうですか。では、こちらの契約書にサインを」
笑いながら、黒服は契約書とペンを私に渡す。
……これにサインすれば、アビドスの借金はほとんど無くなる。
そして、私は本当に後戻りできなくなる。
『柴大将が言ってたヨ。コノ場所で頑張っている生徒がいるカラ、ジブンも頑張れる、ッテ。……それでも、ホシノはコノ場所を去るつもりナノ?』
マホロアちゃんの言葉が突然思い浮かんで、サインしようとしていた手が止まった。
私は、まだ迷っている。
「おや?どうかしましたか?」
「……本当に、借金の大半を肩代わりしてくれるの?」
「ええ。私は契約は決して破りませんので」
「……そう」
それを聞いて、再びサインをしようとする。けど、私は契約書にサインできなかった。
なぜか。
「チョット待テヨォ!!」
乱入者がいたから。……どうしてここまで来たの?
「マホロアちゃん!?」
「おや、なるほど、あなたは……」
私たちの間に、マホロアちゃんが割って入った。あの決闘の傷もまだ残ってるはずなのに、どうして。
「マッタク、キミは……」
何も言えずにいる私を一瞥して、マホロアちゃんは私の手元にあった契約書をひったくった。
「フーン、ナルホド、確かに。借金が無くなレバ、アビドスの問題はある程度解決するダロウネ」
契約書を眺めているマホロアちゃんは少し怒っているように見えた。黒服の人は興味深そうにマホロアちゃんを眺めている。
「オット、自己紹介がまだだったネ。ボクは『シャーレ』に所属するマホロアっていうンダ。ヨロシク」
「なるほど、やはり……こちらも、自己紹介をしておきましょう。私のことは、『黒服』とでもお呼びください。……そして、マホロアさん、あなたはなぜ、こちらに?」
最もな疑問を黒服の人が述べる。私も全く同じ疑問を持っていた。二人の視線を受けたマホロアちゃんは私を指さしてこう言った。
「そりゃモチロン、コノ分からず屋を止めるタメだヨォ。案の定、ロクでもない契約だったカラネェ」
「……これは、私とホシノさんの間の話です。部外者のあなたには、関係ないことだと思いますが?」
無感情に黒服の人はマホロアちゃんへそう言う。マホロアちゃんは、ソウ言われて黙るようなヤツじゃない。じゃなきゃ、ここまで来ないし。
「ダレが無関係ダッテ?『シャーレ』はあらゆる学校の問題に介入デキルンダ。それは、アビドスだって、例外じゃナイ。生徒の、学校のこれからを決める契約が、問題じゃないトデモ?」
「ふむ……では、あなたは連邦捜査部『シャーレ』として、この契約に介入しているのですね?」
「アア、ソウダ」
「『先生』の許可はありますか?」
黒服の人とマホロアちゃんは、どちらも冷静に受け答えしている。黒服の人と向き合っているマホロアちゃんからは、何の感情も読みとれない。
私そっちのけで、話は進む。
「……モチロン。何なら、聞いてミル?」
「いえ、結構です。今のは、ただ立場を明確にしたかっただけですから。マホロアさんは、この契約をどうしたいのですか?」
「破棄ダ。こんな契約」
マホロアちゃんは、私から奪った契約書を破った。私の覚悟をないがしろにするような行動なのに、不思議と悪い気はしなかった。
「おやおや……生徒の同意も無しに、そんなことをしては『シャーレ』の評判が悪くなりますよ?」
黒服の人がその行動を咎める。マホロアちゃんは特に変わった様子も無く、むしろ笑っている。
「評判が落ちたくらいで助けられるなら、喜んで落としてヤルヨ。……『先生』も、きっとソウ言うと思うネ」
「クックックッ……先ほどから、まるで私が悪者であるかのような言い草ですね。私は、ただホシノさんに正当な契約を持ちかけているだけなのですが」
「ヨク言うヨ。あの契約書、詳細がナンニモ書かれていないじゃないカ。これじゃ、どうとでも解釈できちゃうよネェ」
「え!?」
私が見た時は、そんなに詳細が省かれているとは分からなかった。書くべき所はちゃんと記されていると思っていたのに。
驚く私を見て、マホロアちゃんは呆れたような表情をした。
「ホシノ。契約ってイウノハネ、条件をちゃんと確認しないとダメなんだヨ。例えば、『小鳥遊ホシノの生徒としての全権限を委譲する』なんて書いてルケド、キミはどんな権限が渡されるのカ確認したカイ?」
「うん。でも、私の権限なんて……」
委譲される権限には、これといって重要な物は無かったはず。でも、マホロアちゃんの表情は晴れない。
「大体、契約で『全部』とかイウ単語があっテ、内容が説明されてなカッタラ、思わぬ所が厄介事にナルンダ。確認したつもりデモネ。ボクは黒服、
「私は、そんなつもりは無かったのですが……」
「よく言ウヨ。詐欺師メ」
マホロアちゃんが言っていることは、納得できるものだった。本当に私を止めたいのだろう。だから、感情ではなく、理屈で止めた。
……マホロアちゃんは、やっぱり悪いヤツじゃない。
そして、黒服の人の言葉を一蹴しながら、マホロアちゃんは、とある書類を黒服の人に叩きつけた。
その書類は……
「ダカラ、この契約ハ破棄スル。代わりに、ボクからキミに提案がアル。この書類は、キミたちカイザーの不祥事を示すものの一つダ。他にも、キミたちの不祥事の証拠はそろってイル。コレを連邦生徒会に提出されたくなかっタラ……」
「少しお待ちを。どうやら、誤解されていらっしゃるようですので。……私は、『カイザーコーポレーション』の者ではありません」
「「!!」」
突然のカミングアウトに驚く私たち。てっきり、黒服の人はカイザーの人だと思っていた。マホロアちゃんも。だから、「保険」を使ったのだろう。
しかし、「保険」の意味は無かった。
「申し遅れました。適切な名前がありましたので、今はそれを拝借して使っております。私たちのことは『ゲマトリア』とでもお呼びください。私たちは、観察者であり、探究者であり、研究者です」
黒服の人の不気味さが、より増した気がした。
「……ジャア何デ、ホシノにこんな契約ヲ」
「キヴォトスで観測される『神秘』、そしてその裏側の『恐怖』を探究するために、ホシノさんが必要だった、それだけですよ。カイザーとは、何の関係もありません」
「……ソウカイ」
黒服の人は、「ゲマトリア」という、得体の知れない組織の人だった。マホロアちゃんが止めてくれなかったら、私はどうなっていたのだろう。契約しなくてよかったと、心からそう思った。
「契約が破綻した以上、あなた方がここにいる意味はありません。その証拠も、私たちには無意味です。それでも、私にまだ何か用が?」
マホロアちゃんは、少し考えて、黒服の人の質問にこう答えた。
「……ウン。ボクから提案がアル」
「ほう?」
「黒服サン、
まだ、黒服の人との話は終わりそうにない。
登場人物紹介
「小鳥遊ホシノ」
迷いまくった末に契約を止められた。
結局契約はせずに終わったが、マホロアが爆弾発言したせいでまたはらはらすることになる。
「マホロア」
ゲマトリアと協力しようとしている。目的は不明。
黒服と「同類」らしい。
「黒服」
「ゲマトリア」所属。マホロアについては「先生」よりも興味が薄いが、今回の件で少し興味を持っている。
ブルアカのメインストーリーでどの章が一番好きですか?
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Vol.1 対策委員会編
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Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編
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Vol.3 エデン条約編
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Vol.4 カルバノグの兎編
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Final. あまねく奇跡の始発点編
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Vol.5 百花繚乱編
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EX. デカグラマトン編