ここからダル・セーニョ   作:辛酸

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 すいません。全然話が暗いです。


最後の手紙

 結局のところ、南中の人たちが抜けてこの部活が変わったかと言われれば、そんなことはなかった。むしろ、彼女たちに対しての悪口や文句で、近づいてきたコンクールに対しての()()()()()感情を晴らしているようにすら見えた。

 “勝てないのは別にいいけど、負けるのは傷つく”。人のこころの内側の、暗くて黒くて脆い部分。きっとその矢面に立たされたのが彼女たちだったのだろう。

 その心の機微に囚われることは理解できる。だが、それで音楽をやめなくてはならない人が出るのは、心苦しい。これが当たり障りのない結論だろうか。そう思えるなら、そういうふうに結論づけることにするべきだろう。これが本心だ。そう決めたのだから。とはいえ、結論づけた直後に発表の機会が現れると思わなかったが。

 

「おはようございます」

 

 返事は帰ってこなかった。ただ挨拶の代わりのように、ちらとこちらを見る目と、軽い会釈だけ。今日は鎧塚さんの方が早かったようだ。

 ……嫌われてしまっただろうか?あの以来、特に言葉を交わした訳では無いが、希美と再会してしまった手前、それを言うべきかどうかで迷う気持ちが生まれている。言うべきか言わないべきか、本来ならどうでもいいはずなのに、気がかりになる。

 恐らくその理由というのも、彼女の演奏がどんどん下手になっていることが関係している。希美が部活を辞めたことが悲しいのか知らないが、彼女は干上がった川のような、酷くつまらなく、それでいて平坦な演奏をするようになった。そんな姿を見ていると、理由はわからないが、どうにも頭に釘が刺されたような感覚がするのだ。このまままこの苦痛を耐えなければならないのは、考えたくない。

 だが、問題はそう単純ではない。そもそも、鎧塚さんに希美のことを話しても、解決するかはわからない。それに加えて、これから朝練に来るだろうトランペットの人に、自分はすっかり警戒されてしまったのである。鎧塚さんの近くを通るだけで、強かな視線が飛んでくるものだから、少し面倒くさい。

 オーボエの音が聞こえてきて、またキリキリと釘が打たれる。兎にも角にも、どうやら自分にはどうしようもない。仕方なしにふっとため息をついて、もうしばらくはこのままだという事実を、甘んじて受け入れることにした。

 

 コンクールまでは後4日。最近は日が昇るのも沈むのも遅くなり、はたと暗くなるものだから、夜との境界が鮮明だ。元々長くない居残り練習の時間が、この夜が短い間は少し伸びるのだから、それに甘えてひたすら練習に励んでいる。

 コンクール当日は絶対に練習時間が少なくなってしまうだろう。だからこそ、絶対にその日を楽器の調整日――週に一度、あえて練習時間を減らす日を作る自分なりのルールだ――にしなければならない。休む、という選択肢はきっと再び角が立って、円滑な練習の邪魔になるため、選ぶことが出来ない。こういった時は、流石にこの部活にも苦言を呈したくはなるが、沈黙しているだけでいいなら、その方が楽だろう。

 なにはともあれ、練習をしなければならない。今日はしっかりとエチュードを吹いておかないと、力になる音楽表現が身につかない。

 

「また、ひとりで練習してるんだ」

 

 そんな時、急に声をかけられる。わざわざ自分に声をかけに来る人物は少ない、というか晴香先輩ともうひとりしかいない。が、そのもうひとりが個人的に苦手なのだから、非常に対処に困る。

 

「あ、また露骨に嫌な顔したね。本当藤原君ってわかりやすい」

「からかわないでください、上野部長」

「からかってないって」

 

 私は無害ですよとでも言わんばかりに、ひらひらと手を振って、どこからかは知らないが、持ってきていた椅子に腰掛けた。ドカッ、なんて、まるで漫画みたいな音がしたように感じて、その乱雑な座り方に苦笑するしかなかった。というかそもそも、ここは外なのだが。

 部長はその手にサックスを持ってない。もう練習を終える時間かと思って腕時計を見たが、そうというわけでもない。一体何の用向きだろうか。

 

「あーあ、せっかく庇ってあげた1年生辞めちゃったなー」

 

 なんて、当然のように過激なことを口にする。この人と2人でいる時は本当に恐ろしい。そんな言葉本当に後輩に言ってもいいのかと、聞き返したいような事を平気で発言する。

 

「……相変わらずですね、上野部長」

「あ、そろそろ慣れてきた?私の言葉にも」

 

 慣れてきた、などと言いたくもないのだが、あのお祭りの時のように取り乱すことがなくなったのは、確かに慣れと言ってもいいのかもしれない。

 

「でもさ、あんなに庇ってあげて、それでもやめられちゃうと、流石に凹むかなって」

「確かに、誰かが悲しむのは嫌です」

 

 そう答えると部長は目を見開いたような顔をする。かと思えば、吹き出して大きな笑い声を上げる。何も変なことは言っていないはずだが。

 呵々大笑とも言うほど大笑いして、目尻に涙を浮かべるほど笑った後、その涙を拭きながら、部長は自分にこう告げた。

 

「本当に、嘘ばっかり。そうやって取り繕うのやめて、興味ないって言えばいいのに。その方が多分、君の性に合ってるよ?」

 

 言われた瞬間、心臓の近くがピリッと痛む。

 

「……また、そうやって……」

「ああ、うん、もう何も言わないよ。別に、いつか気がついたときにでも思い出してよ。今私が何言っても通じないって、それはこの前わかったから」

 

 部長は、空を見上げて大きなため息を吐く。全く、ため息を吐きたいのはこちらだというのに。やはりこの人が苦手なのは、もうどうしようもないことのようだ。

 

「ねえ、藤原君」

「……なんですか?」

 

 呼びかけるだけ呼びかけて、部長は昏く言い淀んだ。あんなに過激な発言をしていても、まだ言い淀むことがあるんだなと、失礼ながら思ってしまった。

 その時間は数秒だっただろうか。測ってみれば長くないはずのその時間は、水滴が落ちるのをずっと眺めているような、カタツムリの一歩のような、不思議な緩やかさを感じさせた。その時間に引き込まれかけていると、ついに水滴は落ちた。

 

「君はさ、部活、やめないよね」

 

 その問は不思議だった。今までの自分のどこに吹奏楽部を辞める要素があっただろう。音楽ができる場所として、この部活は最も時間的制約が少なく、重宝しているのだが。

 

「勿論やめないです」

「そっか。……よかった」

 

 そう言う部長の声は、どこか寂しげで、それでも多くの優しさを含んでいた。だが次の瞬間には、先ほど垣間見た部長の姿は消えていた。

 

「というかさ、ひとつお願いしてもいいかな」

「内容によります」

「わかってる。君が練習してる曲ってさ、『プロヴァンスの風景』だよね。あれ、吹いてよ」

「練習のついでなので、問題ないですけど、どうしてですか?」

「んー?まあ、聞きたいからさ」

 

 どこか釈然としない返事だったが、そろそろ練習時間にしたいところだった。これ幸いと練習に取りかかる。

 フランスの作曲家、ポール・モーリスによって作曲されたこの曲は、全五楽章で構成されている。それぞれの楽章がフランスでの風景や人々を描写した曲だ。重要なのは、これがクラシックサックスにおける定番曲であり、その分難易度も高い曲であるということだ。特にサックスのソロコンテストでは、よく演奏される曲で、音大入試に使われることもある。クラシックサックスの定番曲になるだけあり、速い連符も美しい旋律も含まれた名曲だ。

 しかし、なぜこの曲を吹くことがお願いなのだろうか。練習しているのはいつものことであって、そこを聞けばいいのではないだろうか。

 とはいえ、自分もまだこの曲を聞かせられる域にあるとは言えない。逆説的には、そんな状態なのにお客様がいてくれるということだ。最高の練習だと思って、せめていい演奏にしよう。

 

 

 ◆

 

 

 コンクールまであと1日。カレンダーを見ると、翌日を示す部分には大きな赤い丸で印がしてあった。

 

「先輩と1日一緒にいられるのも、今日が最後かー」

 

 出発前、自分で描いた丸を見て、晴香はそう口にした。

 

 北宇治高校吹奏楽部は、夏のコンクールを卒部の時期にはしていなかった。実質的な卒部の日は、およそ1ヶ月後の地域での演奏会。一応、受験のことも考えて、3年生はコンクールまでの参加でも良いということになっているが、よりフレキシブルな部活への参加が認められるようになるため、息抜きのように参加する生徒は少なくない。だがそれは、多いということを示しているわけでもなく、進路によってはこの日が先輩との別れである場合だって当然ある。

 

「夏は受験の天王山、なんて嫌な言葉だよねえ」

「晴香、私たちだって、来年は向き合わないといけないんだよ?それに普通大学行くなら、今年から勉強しないとって話もあるんだし……」

「香織!ごめん、この話やめよう!」

 

 もう、本当に大丈夫?という友人の言葉を必死でかき消して、晴香は部活への道を急ぐ。

 この友人は、どうやらもう既に進路を決めているようで、そこに進むための準備を着々と進めているようなのだ。夏休みが始まる前、唐突に告げられた看護学校という言葉に驚愕したのは、まだ記憶に新しい。

 日々迫る受験というプレッシャーを感じながら、もっとこのプレッシャーを感じているであろう人物を思い出す。上野響。この部活に入ってから、ずっと世話を焼いてもらった人。例え辞めてしまったとしても、1年生を引き止めようとずっとずっと手を焼いてくれていた人。

 そんな彼女にも、引退の時期が迫っている。だが晴香は、きっとまだ彼女が部活に来てくれるであろうことを知っていた。そう思っていた。

 

 練習が終わり、明日のための楽器運搬作業が始まる。とはいえ、トラックが来るのは明日。この運搬作業はティンパニーなどの、主にパーカッションが使う楽器を、運びやすい位置に事前に出しておくためだ。特に今年は午前中の部での参加だ。朝早くから集まって忘れ物がないように、その他譜面台などの道具もしっかりと用意しておかなければならない。

 

「しっかり1年に指示してよー」

「は、はい!」

 

 北宇治高校吹奏楽部は、年齢での上下関係が厳しい。それも悪い方向に。そのため、こうした作業は基本的に2年生が主導して1年生に楽器の運び方を教える機会のようになっている。

 本来であれば3年生だって参加したほうが、作業の効率も教える速度も速くなるというものだが、この学校ではそうは行かない。

 

「あ、やば」

 

 なんとか急ごうとして、バリトンサックスを運搬中に後ろを向いて、1年生に指示を出そうとした瞬間だった。視界がぐらりと揺れて、背負った楽器ケースごと宙に舞ったような錯覚が起きる。すると、走馬灯のように楽器との思い出が再生され――

 

「晴香ちゃん、大丈夫?気をつけてね」

「せ、先輩、ありがとうございます」

 

 ――ることはなく、3年生の中で少数の、楽器運搬をしている響によって支えられて、なんとか事なきを得る。

 思えばいつも、こうしてそそっかしくて弱い自分を支えてくれていたのは、勿論同年代の友人たちでもあるけれど、響先輩だったな。そうよぎるけれど、今が楽器運搬中であることを思い出した。

 今日は、本番前にしっかりと休息を取るという意味で、運搬が終わった後はすぐに帰宅できるということになっている。早く終わらせて、先輩をお茶にでも誘おうか。

 

 楽器運搬が終わると、梨香子先生によるミーティングが始まった。内容は大したことではなく、いつも通りのもの。

――明日のコンクールでも、皆さん音楽を楽しんで演奏してください

 こんなに直近で、大量に人が退部しておいて、今更。顧問に向かってそんな言葉を吐ける人は、もうどこにもいなかった。

 誰もが帰りの支度を始める中、ひとり楽器の音を鳴らし始めたのは創君だった。彼が音大を目指していることはみんな分かっていたし、一生懸命頑張ろうなんて強要してこない彼は、特段誰からも責められることはない。多分今日も、美智恵先生が遅くなるまで時間をとってくれているのだろう。晴香は楽器を置いてしまっているので、もう練習することは出来ないが。

 ただその楽器の音は、生徒の下校を促すには十分だったようで、早々に音楽室から人は居なくなった。

 それは晴香にとって幸いで、先輩を誘う絶好のチャンスだった。

 

「あ、響先輩!実はこのあと香織とあすかとお茶しようと思ってて、先輩も一緒にどうですか?」

 

 いつもなら、先輩がそれを了承してくれて、色んところに行った。おすすめのラーメン店に連れて行ったこともあるし、先輩が好きな中古楽器屋に行ったりもした。

 ただ、今日ばかりは先輩の反応は違っていた。いつもよりどこか悲しそうで、思い詰めたような顔で返事をためらっている。

 

「先輩……?あ、もしかして今日は駄目ですか?それだったらすいません!また別の日に行きましょう!」

「えっと、違うの。今日はダメ……なんだけど、なんというか」

 

 先輩は、その物憂げな顔をこちらに向けて言った。

 

「ちょっとでいいから、2人で話できないかな」

 

 

 楽器室。普段楽器を収納しておく、吹奏楽部のある意味第2の部室。だけどこの場所は今日に限って、半分ほどその意味を失っている。トラックに積む楽器はほぼ全て、運搬口の近くに置いてあるからだ。

 そんな、少し寂しいこの場所で、私は先輩と話をすることになった。

 

「あの、先輩……何かあったんですか?」

 

 先輩が纏う空気感の違いを、流石に察する。思ってみれば、先輩は最近あまり元気じゃなかった。何か事情があるのかと思って触れなかったけれど、ここまでになればそれも確信に変わる。

 

「彼の演奏、綺麗だよね」

「……え!?ああ、えっと、そうですよね。あそこまで鍛えられるのはやっぱり才能なのかなぁ」

 

 この場所は音楽室から近いから、扉を閉じていても音が響いてくる。確かに創君の音は綺麗だ。入部した時からわかっていたけれど、そこからますます上手くなっていっているような気もする。といっても、私の基準で話されても、迷惑かもしれないけど。

 

「彼、部活辞めないでいてくれるって」

「本当ですか?良かったなぁ。それなら何か困った時創君に聞けば解決してくれそうですもんね」

「そうだね。きっと解決してくれると思う」

 

 それにしても、先程から彼の話しかしていないということは、もしかしてこれは、恋の相談だろうか……?そう考えると辻褄が合うかもしれない。先輩がたまに創君と話しているのも、この物憂げな表情も、もしかしたらそういうことなのだろうか!?だとしたらどうしよう。私はアドバイス求められてもそこまで返せないし、そもそもどう応援したら!?

――これで私も、何か残すことが出来たかな

 混乱する思考が、先輩が放ったその独り言によって現実に引き戻される。残す?何の話だろう。

 そんな私を他所に、先輩は持っていた大きなカバンの中身を漁り始めた。

 

「実は、話っていうのはね」

 

 これ。そう言って、数々の楽譜を私に手渡した。

 

「この楽譜全部あげる」

「え!いいんですか!?」

 

 手渡された楽譜は、明らかに外国から取り寄せたような楽譜たちだった。それだけじゃない、日本のポップスやサックスのアンサンブル楽譜まで、ありとあらゆる楽譜が揃っていた。

 そしてその中に、少し見えづらく、とある教本が入っているのを、私は見逃さなかった。

 

「あ、先輩。これいつも使ってる教本ですよね?間違って入ってましたよ」

 

 先輩は、何も言わなかった。もう手渡したものは受け取るつもりはないとばかりに、微笑んでいた。

 そこでふと、思い出した。私が、先輩はまだこの部活にいると思った理由。どこか安心した理由。湧き上がってきた、この焦燥の理由。

 

「えっと、先輩、音大行くって言ってましたよね……?それなら、教本は必要なんじゃ」

「晴香ちゃん」

 

 嘘だ。きっとこれは冗談だ。冗談が下手な先輩の、下手すぎただけのジョークだ。

 

「私ね、音大目指すのやめたの。明日で部活来るの最後だから、今まで買った楽譜、全部あげるね」

「う、嘘ですよね……?」

 

 先輩は、また何も言わなかった。

 

「う、嘘ですよ。先輩、いつも冗談下手だから、こんなことしても、意味、ないですよ」

「ごめんね」

「だ、だって、先輩、あんなに音楽好きなのに、いつも、頑張ってるのに、どうして」

「後輩が出来ても、変わらないんだね。泣き虫なのは」

 

 先輩が、私を抱き寄せる。私だって、こんなに唐突に別れが来るなんて、聞いてないし、知らない。どうして、言ってくれないんですか。どうして、こんなに最後まで優しいんですか。私はまだ、先輩に何も返せてなんか無かったのに。どうして。どうして。

 破裂しそうなほどに膨れ上がった感情に対して、言葉は全くの無口だった。先輩の胸の中、私の口からは嗚咽と涙しか出てこないのだから。

 

 やがて私は泣き止んで、先輩は帰る時間になった。結局最後まで、先輩がやめた理由は聞けなかった。

 会えるのは、明日で最後。泣いてる間に何度も何度も反復させたこの事実を、廊下でずっと噛み締める。

 多分、玄関では香織とあすかが待っているというのに、帰る支度をしてる途中も、涙が止まってくれなかった。なんなら、音楽室に帰った時に、創君にぎょっとした目で見られた。恥ずかしいから無視をしたけれど。

 香織とあすかに会ったら、何があったのか心配された。こんなに泣いているんじゃ当たり前だとは思うけど。だって、しょうがない。

 この部活が先輩を苦しめていることは知っていたから、きっと辞めるということは、顔を出してくれるかはわからない。だから、最後が来たら、もう会えない。それがずっと分かっていたから、その最後がこんなに急になるなんて、思うことすらしなかったのだから。

 その夜は2人に付き合ってもらって、ベソをかきながらラーメンを食べた。恥ずかしかった。

 

 家に帰ると、失ったものを確かめるように、晴香はもらった品々を取り出した。改めて見てみると、楽譜にも経年劣化がしているものがあったり、書き込みがされていたり、気が付かなかったけれど、響がそれを使った痕跡が多く残されていた。それはつまり、響は本当に、音楽を続ける気がなくなったということを示している。それを、晴香は思い知らされる。

 それが本当は嘘だと、まだどこかで思っていたくて、一番劣化が激しいもの――響の教本に手を付けた。

 練習をしている時に何度か、この教本自体は見せてもらったことがある。劣化はしていても、大事にされていたことがよく分かる本。きっとこの跡は、幾度となく劣化を直そうとした証なのだろう。

 それだけ大事にしていたものが、今晴香の手元にある。やはりそれは、どうしようもなく、寂しい。

 そうして、最後のページ。ここだけ書き込みが多いのはきっと、メモ帳代わりに使っていたからなのだろう。そのメモをひとつひとつ、撫でるようにじっと見る。

 すると何故か一部分だけ、明らかに最近書かれたメモが残されていた。

 

『急でごめんなさい。貴方が後輩で本当に良かった。今までありがとう』

 

 ただ、それだけ。間違いない、この言葉足らずさは、少し人見知りなところのある響のものだ。そう気がついて、また涙が出そうになる。

 

「先輩、そこ、手紙書くところじゃ、ないですよぉ」

 

 自分でも、そんなツッコミが出てくるのだなと、どこか他人事のような感情が芽生える。

 手紙。今年の自由曲は『マードックからの最後の手紙』だ。それならば、さしずめ響がマードックで、これが最後の手紙だろうか。深い海に沈んでもう会えないのが、晴香と響だとでもいうのだろうか。そんなものは、嫌だ。

 けれど、今の晴香に何が出来るのか。1年生も抜けてしまって、きっとみんなの士気はかなり低い。それに晴香が部長になるわけでもない。そもそも、来年を待ってしまったら、本当に響と会うことは叶わなくなる。もし響が県外に出るなら、そうなる可能性はもっと高い。

 どうすればいいだろう。響に恩を返しつつ、今年中にそれが行える方法。そして特に、音楽でもらった恩をなるべく同じもので返す方法。響が、音楽をやめないでいてくれる方法。

 そんな時ふと、まだ見つめていた教本の中にあるメモ書きが目に留まる。中学時代の文章だろうか、少し字が幼い。

 

「頑張ろう、アンサンブルコンテスト……」

 

 そしてなんとなしに、その文章を読み上げた。




 上野響部長は、その時の部長ってどんな人だったんだろうと思って考えたキャラで、能力のない田中あすかを想像して書いてます。あすかと違って能力がないから人を動かせない。だけどあすかみたいに、本心で嫌なこともなんだかんだおせっかい焼いてしまう。そんなキャラです。
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