ここからダル・セーニョ   作:辛酸

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北宇治高校吹奏楽部にようこそ?

 入学式が終わってから、およそ2週間が経っただろうか。クラスには自然と、多くのグループができ始めていた。特に、女性陣の結束の早さには目を見張る物があった。経過したのはたかだか2週間であるというのに、もう中学時代からの親友だったかのように、みんながみんな振る舞っているのである。これは、付き合いベタな自分からすると、非常に驚くべき光景だ。されど2週間、なのだろうか。

 反面、当の自分は、特段誰と会話するわけでもなく、一人で昼食を食べ授業を聞くような生活を送っている。話しかけなかった自分のせいだとか、話すのが下手だとか、いろんな要因は考えられるが、自分は楽器さえ吹ければそれでいい。それでいいので、友達は二の次だ。うん、そのはずだ。

 まあそれに、友達づくりの失敗程度で凹んでいても、それ以上進展することは1ミリもない。それに、仮に友達が出来たとして、どうせ練習があるから付き合い続けるのは難しい。致し方なし、早速楽器のことを考えよう。

 実際のところ、今日までが新入生の入部シーズンであり、新入生が様々な部活を見学し、最終的に入る部活を決定するような、勧誘・入部の最盛期だ。今朝登校している途中であっても、野球部、サッカー部、その他もろもろ、多くの部活が勧誘を行っている様を目にしてきた。まあ、自分の入りたい吹奏楽部は、校門付近で下手な演奏を披露していたのだが。楽曲は非常に有名な、『ルパン三世のテーマ』で、楽器のかっこよさを魅せる、吹奏楽ポップスのお手本といえるような美しい選曲だが、肝心の演奏技術が伴っていなければ、聞く人の心を動かすには足りないだろう。

 とまあ、つい酷評してしまったが、練習になりふり構っていられない。2年生の先輩が配布していたポスターに書いてあった、音楽室の場所を探ることにしよう。

 音楽室といえば、コーラス部など他の音楽系の部活と取り合いになりやすいところだが、どうやらこの学校は、音楽室で活動ができている程度ではあるようだ。他の音楽系の部活が強いというわけでもないのだろうか。まあ、そうとわかれば荷物をまとめて早速行くとしよう。そう考えて、家から持ってきた楽器を担いで、足早に教室を出ようとする。

 

「あの」

 

 すると、急に誰かに話しかけられる。驚いた。まさか話しかけてくる人間がいるとは思わなかった。

 

「はい」

「その楽器、サックス?」

 

 振り向いて返事をすると、そこにいたのはかなり体格のいい眼鏡をかけた男だった。180以上はあるだろう伸長に、筋肉だろうか、横にも広いその体。ただでさえ、高校に来てからたいして人と喋ってなかった自分には、このショックは大きなものだった。いきなり話しかけられた驚きと、幼さの残る声の印象から想像していた人物とは全く違うイメージに、少し面食らってしまう。というか、完全にリアクションが出来なかった。

 

「ええと、あの……」

 

 と、面食らって停止していると、この沈黙に耐えかねたのか、再び彼が発言する。しまった、流石に自分も発言を返さなければ。

 

「ああ、ごめん。そうだけど……」

「俺、後藤卓也。チューバやってた」

 

 彼はそれだけ言うと、発言を止めた。再び沈黙が流れる。……ええと、それだけでは話の内容がわからない。一体どのような用事なのだろうか。これは、自分が話を始めた方がよいのだろうか。

 そう思って彼を見ると、どうやら自信満々、話したいことはすべて伝わったとでも言いたげだ。いや、こちらは全くわからないのだが。

 

「えっと、それで何か用……?」

 

 今度は自分が沈黙に耐えかねて、質問を返す。すると彼は、逆に自分の意図が伝わっていないことに驚いたような反応をした。

 

「吹奏楽部、行くんだろ?一緒に行かないか?」

 

 話しかけるのはそういった理由からだったのか。あまり伝わって来なかったのだが。しかし、その申し出はこちらにとって、願ってもない好機だろう。これまで全く話すことがなかった高校生活に、ようやく人との会話が追加された上に、音楽室まで迷わず行くことが出来る。これがよく言う“たなぼた”だろうか。

 

「ありがとう。じゃあ、一緒に行こうか。音楽室の場所、わかる?」

「いや、わからない」

「そ、そうなんだ……」

 

 他になんと返せば良いだろうか、自分には思いつかなかった。“たなぼた”とは、そう簡単なものではないらしい。

 まあ彼が頼りになるかはともかく、ひとりではないだけまだマシと言える、かもしれない。少なくともそう信じて、2人で音楽室へ向かうことにした。

 

 

 

「じゃあ、ここに来る前までは北海道に住んでたのか?」

 

 そうだね、と自分が返す。

 音楽室に行く道すがら、後藤とは雑談を交わせるようになった。そこで聞かれたのが、「お前どこ中?」という今時ヤンキーでも言わないような古典的な質問だった。後藤自身は、宇治市内の東中からと言っていた。それに対して、自分は中学時代3年間を北海道は札幌で過ごしていたことを告げたのである。

 

「それがどうしてこんな北宇治なんかに来たんだ?何かあったのか?」

「まあ、いろいろと。それより、音楽室ってあそこじゃないか?」

 

 雑談を区切ると、長い廊下の奥にはいかにも音楽室といった雰囲気の、厳かそうで古めかしいような、非常に悪く言えば、あまり使われておらず掃除も行き届いていないような、そんな扉が見えてきた。この雰囲気は、非常教室に特有なのだろうか。思い返せば、北海道でもこうだった。扉の上をよく見ると、音楽室と書かれたプレートが飾られている。どうやら、勘というものは案外頼りになるらしい。

 驚いているのかいないのか、後藤は一言、「本当だ」とこぼした。

 たどり着いた音楽室の扉を開こうとすると、その直前にもうひとつ、彼は思いついたように質問を投げかけてくる。

 

「そういえば名前、なんだっけ」

「ごめん、言ってなかったね。藤原創。創作の創で、はじめ。これからよろしく」

 

 ようやくの自己紹介を終えた自分は扉を開け、教室の中に入っていった。

 

 

 扉を開けた先には、やけに張り切った上級生が、自分たち新入生の到着を待ちわびていた。

 

「こんにちは新入生!えってか男の子?もうお姉さん感心しちゃうな~この女ばっかりな吹奏楽部に入ろうとするなんて~。あ、というか経験者?初心者?希望の楽器とかある?というか低音パートはどう?もういくらでも歓迎しちゃうよ~」

 

 前言撤回。待ちわびすぎていた。気がつかない内に、どうやら自分たちは非常に恐ろしい地雷を踏みぬいてしまったようだ。そう思ったのは自分だけではないようで、横を見ると、しっかり後藤も固まっていた。

 話しかけてきたのは女性の先輩で、タイの色から、今は2年生であることがわかる。赤い縁の眼鏡をかけており、かわいらしいというよりは、美しく凛々しく、仕事ができるといった印象を抱かせる人だった。

 いきなり先輩に絡まれてしまった自分たちだが、その様子を見かねてか奥から笑顔の女性が現れる。赤のタイ。今度は3年生のようだ。

 

「田中さん、1年生怖がらせちゃ駄目でしょ?特に彼らは男の子なんだから、他の子よりもっと怖がっちゃうよ」

「え〜。先輩のケチ!せっかくの推定低音要員が〜!」

 

 どうやら、これがこの部活のパワーバランスのようだ。3年生の鶴の一声によって、この嵐のような先輩は渋々といった様子を隠さずに、奥の同級生の下へと消えていった。

 呆気にとられていると、その様子を見た3年生の先輩が、またも笑顔のまま挨拶をする。

 

「ごめんね。あの子は悪い子じゃないんだけど、好きなことについてはいっぱい話せる子でね……入部希望者かな?」

「はい」

「ありがとう。それじゃあ、これから楽器決めを行うからしばらく席に座って待っててね」

 

 そう言うと、その3年は自分たちを席に案内し、部屋の前方、黒板の方に向かっていった。

 言われるがままに着席し、突然生活の中に増えた会話の量に、溜め込んでいた息を吐く。人は会話をしない日が続くと、どうにもそれに疲労を感じるようになるらしい。口下手な自分には、音楽室に入るだけで重労働だ。

 ふと、横の席から似たような吐息が聞こえてくる。その方向を向いてみると、その犯人と目が合った。後藤もどうやら、おんなじ感想を抱いたようだ。自分はそこまで変ではなかったようだ。どことなく心が安らいで、自分は楽器決定の時を待った。

 

 

 続々と音楽室に集まってきた新入生たちは、促されるままに席に座っていった。中には、同じ中学だったのか、大人数で音楽室の扉を開けるものもいた。最終的に集まった者たちの数は、ざっと20数人はいるだろうか。

 

「部長、そろそろいいと思いまーす」

 

 先輩のうちの一人がそう発言する。確かに、これ以上集まりそうな気配は今のところない。現在の時間を見ても、本日の入部希望者はこれ以上は増えないだろう。

 部長、と呼ばれたのは、先程自分たちを助けた3年の先輩のようだった。彼女は腕時計を確認すると、ひとり頷いて教室の前方に立つ。

 

「部長をしています。サックスパートの上野響(うえのひびき)です。」

 

 そういうと、一呼吸置いて次の言葉を発しようとする。ただその時、自分はその笑顔に一瞬とはいえ、曇を見たような気がした。その雲は本当に一瞬だけ姿を見せて、どこかへ吹き飛んでいってしまった。気のせい、だったのかもしれない。

 

「新入生の皆さん、北宇治高校吹奏楽部へ、ようこそ」

 

 彼女のその言葉が、自分の高校での吹奏楽が始まる福音だった。

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