ここからダル・セーニョ   作:辛酸

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4人でカルテット

『2人で会って話せないかな』

『少しで大丈夫』

 

 それは名古屋からの帰り道でのことだった。先生の指導ですっかりヘトヘトになり、ただ新幹線の中で目を閉じ、黙々と京都を待っていた。ふと、瞼の裏が茜色に染まった。何の気なしに窓の外を見ると、そこに見えたのは沈んでいく陽の軌跡だった。その、既に目に焼きついて、倦厭するまでの美しさに、もう一度目を閉じる気にもなれなかず、持て余した視線をスマホに向けた。だからこそ気がついた、この2件の着信。メッセージの差出人の名前には、こう書いてあった。『はるか』と。

 

 元々、余り人と連絡を取ることもなかったことから、自分の携帯に登録されている人数は、そこまで多くない。1日に来る連絡の数も、ほとんどないに等しかった。強いて言うなら、おばさんがこちらに来るときに連絡がある時、などだろうか。

 もちろん高校に入ってから、引いては吹奏楽部に入ってから、連絡先は格段に増えた。クラスの連絡先、というものには入っているし、部の先輩たちや、後藤、滝野、希美なんかとも、連絡先の交換は行った。だが結局、一ヶ月もすれば、事務連絡以外での連絡は、ほとんどなくなった。

 そんな中来たこの連絡は、確実に晴香先輩からのものであり、間違いなくアンサンブルについての話だろう。むしろ、そうでなかったら恐ろしい。あんな喧嘩別れのようなものをしたその翌日に、会って話したいなどと、それ以外の何があるというのか。

 正直に言えば、後悔はしている。だってこれは、初めから分かっていたことだ。自分と、この部活の人たちの間には、余りにも目標に乖離がある。学生時代の思い出を目指す人と、高校の“その後”を目指す人。この2者の差は、誰がどう見ても歴然だ。それを分かっていながら、分かっていたのに、自分は耐えることが出来なかった。

 耐えられなかったことは、この際仕方がない、あの集会は時間の無駄以外の何でもない。ただ、それでも、あのやり方だけはない。あれでは、せっかく手に入れた練習場所が使えなくなってしまう。そんな事になれば、時間の無駄など言っている場合ではない大損失だ。本来なら、避けるべきだったのに。

 

 さて。それはともかく、本題に戻ろう。晴香先輩からのこのメッセージがアンサンブルのことを指しているとして、本当に気にかかるのはそこではないだろう。すなわち、先輩が示す『話』とは何か、だ。

 1番しっくりくる答えは、怒られることだ。割を食っていたのがこちらとは言え、先輩に対して無礼を働いたのは事実だ。怒られたとしても仕方ない、むしろ妥当だろう。それどころか、最悪の場合退部を迫ることと引き換えに、アンサンブルの参加を迫ることまでありうるかもしれ

 

「まもなく、京都です。今日も新幹線をご利用いただきまして――」

 

 突然、新幹線のアナウンスが鳴った。いや、正確には全く突然ではなく、時間通りかつ予定通りなのだが。そうだ、そろそろ降りなければ。

 新幹線から降りる準備をするために、仕方なくもう一度スマホに目を落とした。すると、考えごとをしていたために気が付かなかった、新しいメッセージが見て取れた。

 

『もし話してもいいって思ったら、今日19時にこの間のファミレスに来てほしい』

『無理しないで。忙しかったら来なくても大丈夫だからね!』

 

 そこに書かれていたのは、先ほどまでに考えていた先輩の姿と、どうしても似ても似つかない文章だった。

 

 

 

 夜。いくら日の長い夏であったとしても、19時になると、もう視界は黒でいっぱいだ。こんな時間になると、そびえたつ街灯にも蟲が寄り集まって鳴いている。その様子を見ていると、不思議と焦りが湧いてくる。例え火に飛込む蛾に心も脳も、命すらなくとも、その様はまるで一種の文学だ。読み手として、“もしそれが自分であったら”と重ねてしまうものがそこにはある。

 新幹線の降り際に見た、先輩からの依頼。そこには夜に『この間のファミレス』に来ることと書かれていた。『この間のファミレス』とは、いつだか上野先輩に誘われて行ったあのファミレスなのだろう。

 そう確かめるように考えていたら、あの後から先輩たちと、特に食事に行かなったことを思い出した。そも、自分は誘われなければ行くことはないし、誘われても今日のようにサックスの先生やピアノの先生に教わりに行く場合、行くことはできない。

 

「次は六地蔵、六地蔵です。お出口は――」

 

 ……そうだ。よくよく考えてみれば、自分がこれに参加する必要はない。もう既に、あの状況のままアンサンブルにいることはないと宣言したのだ。これ以上、無理をしてでもあの場所にいる必要はない。練習だって、居場所を失いかけても、美智恵先生に相談すればどうにかなるかもしれない。そもそも、今までだってひとりでやって来たじゃないか。今さら周りに人がいなくなったからって、それがどうしたというんだ。

 缶コーヒーを開けるような音がして、重く閉じたドアが開いた。人が、イナゴのように群がっていく。先輩だって、来なくてもいいと言っていた。自分は何も悪くないじゃないか。そう言い聞かせて、自分も群に混ざろうと、ゆっくりと席から立ち上がる。

 その時だった。昨日の朝の会話が耳に跳ねた。勉強会に誘われた鎧塚さんが、ただ頷いたというだけの、特段何の意味もない会話。まるで1つの楽曲のように脳を支配したこの会話に、わけも分からず立ち止まる。こんな残響の、何が自分をそうさせているのかも、わからないままで。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 ふとかけられた声に我に戻ると、それは隣に座っていた女性のものだった。ドアの方を見れば、それは既に半ば閉じていた。どうやら、自分は電車を逃したらしい。あまりの間抜けさに、座り直すことしかできなかった。

 ……確かに、彼女の人間関係をうらやましいとは思ったが、こんな形で真似する必要はないだろうに。

 

 

 

「……で、これはどういう状況なんですか?晴香先輩」

「あー、あはは……。正直、創君は絶対来ないと思って……」

 

 立ち止まって電車を逃すという、前代未聞の事態を迎えて、仕方なく約束のファミレスに向かった自分は、不可解なものを目撃した。

 

「まあまあ、藤原君も余り晴香を責めないであげて?ちゃんと話をするってなったら、私、帰るから」

 

 それは2人でと言った約束とは違う、第三者の存在だった。その人物はさらさらとした黒髪に、大きな瞳を持ち、学校では見たことがない、涼し気な薄い素材の衣服を纏っていた。それらが噛み合って、大人びた雰囲気を演出している。つまりは、中世古先輩だ。

 どういう状況でこうなったのかはわからないが、絶対来ないと思われて、他の人まで呼ばれているなど、相当ひどい言い草ではある。が、普通に六地蔵駅で降りようとした数分前の自分を思い出すと、閉口せざるをえない。信頼があるのかないのか、何とも言い難いところだ。

 

「まあ……確かに来ないつもりではありましたけど……」

「ああ、やっぱり?そりゃそうだよね……」

「ただ、来てしまったので、とりあえず何か注文します。それでいいですか?」

「あ、じゃあ私は、藤原君の注文が来たら帰ろうかな。私も、1回ちゃんと藤原君とお話してみたかったの。ほら、音を聞いてたら、凄い人だなっていうのはわかるじゃない?」

 

 中世古先輩の返答には悪意がなかった。そもそもこの人は、どうして自分がここに呼ばれたのか理解しているのだろうか。流石に知らないということはないのだろうが、そこに悪意がないのは不思議だ。友人の言うことを聞かない後輩など、憎くないのだろうか。

 結局のところ、注文をしたのは自分だけだった。先輩2人の前には何も品が置かれていなかったことから、てっきり何も口にしていないのかと思ったが、どうやら自分が来る前に済ませていたようだ。それどころか、自分が来なかった時のために、帰り際に呼んだようだ。

――19時も過ぎてたし、返信もなかったから、まさか本当に来てくれるとは思わなかったよ

 とは、晴香先輩の言だ。ぐうの音も出ない。

 注文をしてからは、様々な事を聞かれた。所謂雑談だ。中世古先輩のアンサンブルについての話、普段どのくらい練習しているのか、あの時部活をやめないでくれて嬉しかった。とか、そんな話だ。だが、時間というのは恐ろしいもので、そんな話をしている間に、自分が頼んだ品は到着した。

 

「あ、もう注文来たんだ。じゃあ、私は帰るね。後は2人で話し合ってみて?」

 

 そう言い残して、中世古先輩は店を出た。

 残された自分たちの間に、先輩が店を出るまでの、ちょっとした時間が響いた。想像していたよりも早く、空気が変わるには十分な時間。

 そんな時間の中で、最初に口を開いたのは晴香先輩の方だった。

 

「ええと、とりあえず、今日は本当に来てくれてありがとう。急でごめんね。あと、香織には何も話してないよ。まあ、察されてはいると思うけど……」

 

 ぎこちなく笑ったその顔には、余り鋭さは感じ取れなかった。それなのに、こちらの感情を読み取るかのようなその言葉には、どこか恐ろしい感覚を覚えた。

 

「……それで、話ってなんですか?」

 

 だが、それは大事な事ではない。先輩が自分をここに呼んだことの意味、話の内容。それこそが今問うべき事である。それこそが、今後の自分の練習如何を左右する、重要な事だ。

 本題を急かすようにしたことで、晴香先輩の顔に少しの驚きが見えた。

 

「流石に雑談する気には、ならないよね。……わかった。その、話っていうのは、アンサンブルの件なんだけどね」

 

 来た。いきなりだが、これこそが本題だ。先ほどまで自分が想像したように、部活への参加を人質に取られるような最悪の事態が起こるかもしれない。部長として、部を使って風当たり悪く接してくるかもしれない。学校生活そのものに影響を与えてくるかもしれない。

 思いつくことは様々だ。どのように最悪なのか、考えても考えても、尽きることもなく、成すすべもない。故に、どうにかするべきなのは事後処理だ。どのようにしてそれを切り抜けるべきなのか、少しでもこの話で判断できるようにしなければならない。

 握りしめた手が冷たい。きっと手のひらには、滲む血のような水で溢れている。……慎重になれ、少しでも多く、自分に有利なような情報を

 

「アンサンブル、あんな事になって本っっっ当にごめんなさい!」

 

 情……報、を?

 

「……はい?」

「初めから分かってはいたの。創君みたいな本気でやってる人と、私たちじゃあ差がありすぎるし、絶対迷惑かけることになるって」

 

 ……、謝られた?……いや、まだ駄目だ。まだ判断を見誤るな。こんなに謝っているからこそと、何かとんでもない対価を要求してくるかもしれない。そして大概、そういった要求はこちらにとって飲みにくいものだ。いやもしかすればそんなことすらなく、形式だけ謝っておいて、希望をもたせた後に危害を加えてくることだって考えうる。いや、きっとそうだ。

 

「実際、迷惑だったと思う。あの時間、別の練習をしたかったよね。そもそも、何であんな時間の無駄を積み重ねてるのか、それも理解できなかったと思う。だよね?」

「……まあ、そうですけど」

「これは、創君の時間を奪ってしまったことへの謝罪。本当にごめんなさい」

 

 晴香先輩はそう言うと同時に頭を下げた。下げる前に見たその瞳には、嘘や邪な感情が混じっているようには、どうしても見えなかった。

 

「だから、この先は私のわがまま。嫌なら……嫌だったとしても、もう少しだけ君の時間を奪わせて欲しいの」

 

 ほら、やはりそうだった。謝ったことは建前で、無理なお願いを通すためのものだった。これを断ることで、今後の自分の生活に何か不利なことが起こるかもしれない。それでも、ここで譲る必要はない。

 

「先輩、確かに失礼ではありましたが、自分は言いましたよね。あのままの状態が続くようであれば、自分はアンサンブルに参加できないって」

「もちろん分かってる。このお願いは、それを承知でしてるものなの。あの状態のまま、っていうことには、私自身したくない」

「……じゃあ、何か方法でもあるんですか?」

 

 自分の問いに、晴香先輩は歯がゆそうな顔をした。

 

「……少なくとも、今の私達にはない。今の私達には、みんなのやる気を保たせるのも、練習の指導のやり方も、少しは良くなることはあっても、きっと限界があると思う」

「なら、話はここで終わりですよね。どうにかする方法がなければ、今の状態は変わらない。あの練習に意味はないです」

 

 この無意味な会話を解体するように、放置していたドリアに向かってタバスコをかける。辛いものは良い。辛ければ辛いほど、どんな食べ物もしっかりと味を感じることが出来る。この単純かつ明快な味は、他のものには真似できない。

 完成したドリアを口に運ぶ。うん、やはり良く良く味がする。

 自分が食べるのも束の間、口を噤んでいた晴香先輩が、妙なことを口走った。

 

「じゃあもし、現状から変わる方法があったとするなら、創君は賛同してくれる?」

「それは、どういう意味ですか?」

「それは――」

 

 晴香先輩は、その思いついたという1つの方法を、ゆっくりと語り始めた。

 先輩の口から語られたその方法とは、確かに頭の硬い自分では思いつくことがなかった方法だろう。だがそれは、

 

「……それは、結局自分の負担はどうにも出来ませんよね」

「あ、バレた?いやまあ、それはそうなんだよね……」

 

 あははと困ったように笑って、晴香先輩はお茶を濁した。

 

「そんな、それじゃあ結局、自分が協力する理由なんて――」

「ないと思う」

 

 ないじゃないですか。そう告げる前に、まさにきっぱりと言い切られた。

 

「でもどうしても、どうしても今、私には音楽を届けたい人がいるの。これまでこんなに強く思ったことなんて、そうなかったけど、私今――」

 

「――上手くなりたい」

 

 思わず、息を呑んだ。それはきっと、そう告げる晴香先輩の瞳が、声が、余りにも綺麗で眩しかったからだ。すっかり暗くなってしまった外の闇すらも、その星のような眩しさならば、照らしてしまえるような気だってした。

 

「きっと、今よりも迷惑をかけることは増えると思う。出来ないこともあると思う。それでも、やってみて欲しいんだ。もし本当に、本当に本当に嫌だったら、途中でやめても、今断ってくれても構わない。そうしたら、私たちだけでやることにする」

 

 力強い言葉だった。疑うべくところは何もない、強烈なまでのエゴで出来たその発露は、アンサンブルを受けるときにも見た、晴香先輩が秘める、陽の光に向うような苛烈さの正体なのだろう。

 断ってもいい。やはりいくら考えても、これは自分に必要のない時間だ。この輝きを見て確信した。きっと先輩は、自分がここで断っても、これまで通り接してくれるだろう。

 

「……どうかな?まずは1回やってみるだけでも」

 

 だが、あの言葉。あの言葉が、どこか自分の中に響いて鳴り止まない。――音楽を届けたい人がいる。――上手くなりたい。どこか心配になるくらい透き通ったその心が、どこかの誰かの、内側にしまった原風景を想い起こす。

 

『お■さ■!僕、■■に出来た■な!』

 

 晴香先輩のそれは、あの日、誰かの瞳に映った、知らない誰かの輝きに、随分と似ているような気が、してしまった。

 ため息が漏れる。やっぱり、自分はなんと単純な人間なんだろう。得することはなく、裏切られることばかりなのに、この感情の名前すらよくわかっていないというのに、()()()()()()を、きっと自分は見捨てることが出来ない。だって、これを見捨ててしまったら、本当にもう、壊れてしまうような気がするから。

 

「……あの、先輩。その言い方、マルチ商法みたいですよ?テレビで見ました。もしかして……」

「……ええっ!あっ、いや、そういうわけじゃないの!全然!違うよ!?」

「冗談です。わかりました、ただ無理だと思ったらすぐ辞めますので、そのつもりでお願いします」

 

 ただ、受けるからには、冗談の1つくらい言ったって、きっと許されるべきことだろう。

 

 

  

 学校のチャイムが鳴り響く。休みの間、生活リズムが崩れていたのだろうか、眠たげな同級生たちと違って、乱れることなく鳴り響く。

 新学期とは不思議なものだ。練習の邪魔で鬱陶しいような、着々と目的へ向かって進む躍動感のような、どこまでも言い表せない感覚がこの胸の中にある。

 

「で、後輩。あんたよく普通な顔してここにいるわね」

 

 さて、チャイムが鳴ったということはつまり、それが部活の始まりであることを示している。そしてそれは、和解の形をとった晴香先輩以外の2人とは、あれ以来の再会ということでもある。

 岡本先輩の問は最もだ。参加しないと言っておいて平然としているのは、何にしたって気持ち悪い。

 だからこそ、かけられたその憂いを払拭するために、晴香先輩が自分の前に立った。

 

「それについては、私から説明するね、来夢」

 

 率直に考えて、晴香先輩の提案は賭けだ。受け容れられない可能性の方が高い。今が良くても、後でそうなる可能性だってある。これから岡本先輩や澄子がどういう選択を下すのか、少し気になる。

 

「創君には、私からお願いして――アンサンブルのコーチングをしてもらうことになったの」

「というわけなので、これからは自分がこのアンサンブルの練習を見ます。そこで、皆さんにはせめて府のコンテスト金賞を目指せる程度までは上手くなってもらうつもりです。無理であれば辞めます。よろしくお願いします」

 

 そう、あの日に頼まれたこと、つまり晴香先輩の賭けとは、自分に頼むコーチングだ。これは先輩と後輩の関係に囚われていた頭の硬い自分では確かに思い浮かばない方法だった。

 自分が教える立場になるならば、労力は要るが納得はできる。教える事で自分の理論を整理する時間も得られる。とまあ、自分が指摘した問題点は解決した様に見える。だが実際には、意味あるコーチングに必要なのは教わる側の姿勢だ。だからこそ、晴香先輩は途中で降りることを良しとしたのだろう。

 

「ということなんだけど……」

「ちょ、ちょっと待ってよ、晴香はそれでいいの?第1、そんなこと急に言われたって」

 

 岡本先輩の言うことはもっともだ。こんな賞も目指していないような部活で、急にそんな事を言われても。それは紛れもなくその通りだ。だが、

 

「府のコンテストに入賞出来るくらい努力してもらうのは、条件です。自分はそこを変えるつもりはありません。あと、これは晴香先輩からのお願いだということを忘れないでください」

 

 引かない。そこは譲らない。そのラインが、最低限自分の時間を使ってもいいと思う線引だ。

 開いた口が塞がらない岡本先輩だったが、澄子の反応は対照的だった。どこか納得したような素振りで、挙手をする。

 

「それって、どういう感じなんですか……?」

「自分が3人の練習メニューを決めるので、それに従って練習してもらう、という形になると思います。自分でやってもらってもいいですが、その場合自分の指導より上手くなるようにお願いします」

「そっか……、ありがとうございます」

 

 そう言って、澄子は挙げた手をそっと下ろした。

 

「澄子ちゃん……」

「安心してもらっていいですよ、岡本先輩。別に自分を排除したければ、いつだって直ぐにアンサンブル辞めますので」

「排除とか別にそんなこと……」

 

 そう告げると、岡本先輩は遂に観念したように肺の中身を吐ききった。

 

「まあ、晴香が良いなら私もいいけど、練習についていけるかはまだわからないよ」

「ありがとう、来夢」

 

 一抹の不安は残ったままだが、岡本先輩の了承により、これで全会一致でのアンサンブル再結成が決まった。といっても、指導と演奏をすればいい自分にとって、それは無関係な不安で、晴香先輩の度量にかかっている。自分に重要なのは、これからどのように指導メニューを考えるか、だ。

 

「それじゃあ、創君。さっそく今日から、よろしくね」

「もちろん、わかりました」

 

 この際、今までのことはもういい。この契約が続く限り、受けた仕事は必ず果たそう。この得難くも不自由な現実で、偶々集まったこの4人でしか奏でられない音楽を、作っていくのだ。

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