ここからダル・セーニョ   作:辛酸

3 / 26
原作を読みながら書いているのですが、関東にしか住んだことがなく京都弁ができないのでそのあたりのキャラ設定はアニメ準拠にします。


始まりのフラジオ

 楽器選択、それは吹奏楽部に入る者にとって大きなイベント一つだ。ほとんどの場合、部活を続ける限りは、その選択の結果と向き合い続けなくてはいけないからだ。しかも、その選択は必ずしも自分の希望通りに行くわけではない。

 例えば、トランペットやサックス、クラリネットなどの美しい主旋律が人気の楽器には多くの希望者が集まる。まずはこうして集まってきた他の部員と楽器を吹くための戦いを行わなければならないのだ。実際に、これらの人気な楽器は強豪校でなくても、新入生オーディションが行われることもある。そしてそれは恐らく、人数の多い北宇治高校においてもある程度共通するだろう。

 もし楽器選択争いで敗北した場合、待っているのは人気のない楽器への強制移転だ。大体の場合それは、チューバやユーフォニアムなどの低音楽器である。悲しいことだが、頑張っていればそのうち楽器が好きになる、というのが経験者の談である。果たしてどこまでが本当かは、わからないが。

 これらのことから、吹奏楽部に入って最初のトラブルは、楽器選択後に起きやすい。自分の楽器選択はサックス1択であるため、他人事ではない。特に男子部員は、基礎の肺活量が多いとみなされ、チューバなどの低音楽器に当てはめられやすいため、ここで実力を見せることは非常に重要だ。

 なぜこの話をしたのかといえば、これからその楽器選択が行われるからである。

 

「じゃあこれから、初心者の人に向けての簡単な楽器紹介から始めるね。まずは私が持っているサックスから」

 

 コホンと軽く咳払いをすると、部長は首から下げている金色で美しい装飾が施された楽器を強調する。

 

「吹奏楽で使うサックスは、基本的に4種類あります。その中でも、パートに分かれてもらうのは私が持っているこのアルトサックスと、これより大きいテナーサックス、そしてさらに大きくて、低音を担当するバリトンサックスです。経験者も初心者も、一緒に頑張りましょう!」

 

 それから、各楽器の紹介が始まった。順番としてはサックスについでフルートら木管楽器、そしてトランペットなどの金管楽器の順番で紹介がされた。

 

 楽器紹介はつつがなく終わり、部員たちは机を動かして各楽器のブースを作り始めた。自分も当然それに加わる。そしてこのブースづくりも終わると、遂に各楽器のオーディションが始まる。

 自分は近くにいた後藤に別れを告げると、持ってきたアルトサックスを背負い、サックスのブースへ向かうことにした。

 

 

 

「響先ぱ〜い、初心者の子用のリードとマッピってどれでしたっけ?」

「あー、ごめん。よく見たら私持ってくるケース間違えちゃった。ちょっと取ってくるからなんとかやっといて〜晴香ちゃん〜」

 

 小笠原晴香は北宇治高校吹奏楽部のバリトンサックス担当の2年生だ。

 実は今回の部員勧誘において、彼女は密かに1つの野望を持っていた。それは、バリトンサックスを吹ける1年生の勧誘である。現在北宇治高校吹奏楽部にはバリトンサックスを担当する奏者は小笠原晴香の1人しかいない。もちろん、それ自体に問題はない。彼女が問題視していることは、バリトンサックスの後輩が3年になっても入らない可能性である。なぜなら、バリトンサックスはサックスパートのうちの1つという扱いを受けてしまうからだ。

 基本的に、吹奏楽部において新入生というのは各パートの取り合いである。つまり、本数が必要な楽器からどんどん新入生はとられていく。トランペット、クラリネット、フルート、トロンボーン、ホルンなどなど、楽譜の種類が多い楽器はその分人を入れる重要性が高い。もちろんサックスもそれに当てはまるのだが、より人数が必要なアルトサックスやテナーサックスの方に人員を割かれてしまいがちである。結果的に、気が付いたらバリトンサックスに入れられる人員がいなくなってしまうのだ。

 さらには、他のサックスを吹ける人であればある程度バリトンサックスは吹けてしまうことがあるため、いなくなってから1年生で補充するようなことがありうる。そのため、直接同じバリトンを吹く後輩がいないことが十分にあり得てしまうのだ。

 

(絶対に新入生を獲得してやる!バリトンの後輩、欲しい!)

 

 そう、晴香は静かに燃えていたのである。

 とはいえ、任せられた仕事はやらなければならない。サックスパートの新入生獲得は今、晴香に任せられたのだから―――。

 

「新入生の中でサックス経験者と、初心者でサックス希望の方は別れて私のところに集まってくださ〜い!」

 

 

 

 

 

 

平尾澄子(ひらおすみこ)です。中学の時にテナーやってました。テナー持っているので、そのままテナー希望したいです!」

「森田しのぶです!あ、あの、中学の時はアルトやってました!こ、高校でもアルトやりたいでしゅ!」

若井菫(わかいすみれ)です!南中でアルトやってました!今回もアルトでやってみたいです!お願いします!」

 

 

(け、経験者の子たちは全滅か……)

 

 晴香の密かな野望は、無事に撃沈した。今年の新入生はおよそ25人。サックスパートに入れられる人数はあと1人いるかいないかだろうか。それも楽器を持っている経験者でもない限り、他のパートに取られてしまう可能性が高いだろう。晴香はせめてこの野望が3年生の時には実ることを祈るのだった。

 

(それにしても、新入生来てくれたのにまだ響先輩帰ってこないのかな。流石に遅いと思うんだけど……)

 

 春香は1年生の対応もそこそこに、彼女を1人にしてブースを任せっきりにした響の姿を探し始める。と、少し不満をぶつけてやろうと考えていたのも裏腹に、響の姿はすぐに見つかった。なんとブースから少しだけ離れたところで新入生と喋っていた。

 それを見つけた晴香の行動は速かった。ごめんちょっと待っててねと1年生に声を掛けると、その手に持っている楽器をスタンドに乗せ、不満を一切感じさせないようなきれいな笑顔と、明らかに怒りのこもった俊敏な動きで響たちに近づいた。

 

「響先輩?なーんでこんなところで1年生と楽しそうにおしゃべりしてるんですかぁ?」

「あ、晴香ちゃん。この子サックス希望だって」

 

 響はそういうと、先ほどまで話していた1年生を指さす。すると、指をさされた1年生もぺこりと頭を下げた。

 

「しかもこの子すごいよ。ソプラノ、アルト、テナー、バリトンまで全部持ってるんだって」

「え!バ、バリトンもですか?」

 

 さすがの春香もその一言には驚かざるを得なかった。サックスは吹奏楽に使われる楽器の中でも比較的安い方だが、それでも一般的に使われるような良いものを買うためにはどれも30~70万円はかかるものだ。これは例え働いている大人であってもなかなか手が届かない金額といえるだろう。とりわけバリトンサックスはその大きさも相まって購入するなら80万円からというかなり厳しいお値段設定となっている。これらをすべて持っているとなると、それはご実家も大変素敵なことが予想されてしまう。恐らく響もその事実に興味が湧いてつい会話を続けてしまったのだろう。実際晴香もかなり興味が湧いた。

 

「あの……」

「じゃ、じゃあ、バリトンやらない?学校に持ってきていいからさ!」

「はいはい、待たせちゃったのは私のせいだけど、勧誘はあとにしてそろそろ1年生に楽器吹いてもらお?」

 

 晴香は、そういえばとブースに戻った。そして思い出したように他の1年生に対して呼びかける。

 

「みんな、待たせてごめんね。みんな経験者みたいだけど、とりあえず音出しだけやってもらえるかな?」

「じゃあ、平尾さんは自分のテナーで吹いてみてくれるかな?アルトの2人は今日楽器持ってないみたいだから、学校の楽器使って吹いてみてね」

 

 そうして澄子、しのぶ、輝子は指示に従って楽器の用意を始める。準備を始めるのを見て、響は先ほどまで話していた1年生に向き直る。

 

「君、名前なんだっけ?」

「藤原創です」

「ありがとう。じゃあ、君もそのアルトで吹いてみてくれる?ただ、バリトンやってもらうかもしれないんだけど……」

「いえ、バリトンもできますし、サックスパートならどれでもいいので問題ないです」

 

 そっか、と響が返すと、創はそのまま楽器の準備を始める。晴香もその様子を見て、とりあえず一安心したものの、別口で初心者の子たちも集まってもらっていたのを思い出す。

 

「ごめんね~。今回は経験者多くてサックスパートの希望通らないかもだから、少し他の楽器見てみてくれるかな?」

 

 先程中川と名乗ってくれた初心者の1年生が、そんな〜という声を上げるとすぐに、先に楽器の準備をしていた3人の音が聞こえてくる。

 

(みんな経験者だけあって音綺麗だな~。でも、なんだかんだ中学生って感じで微笑ましいなぁ)

 

 晴香自身も、自分が北宇治に来たばかりの頃を思い浮かべ、先輩たちもこんな気持だったのかなと思いながら再び1年生に目を向けた。その瞬間、その3人とは別の方向から、およそ弱小高校には似つかわしくないような、プロと見紛うような美しい音が鳴り響いた。

 その音はこの音楽室に漂っていた空気の全てを、一瞬飲み込むほどに強く、太く、美しいものだった。鳴り響いた音はそのまま変化を始める。低い音から高い音へ淀みなく変化を続け、サックスに当てられたキーを超えた音域――技法としてフラジオという――を通り、再び低音へと戻っていった。

 鳴り終えた頃、サックスパート以外の空気はすっかりともとに戻っていたが、サックスパートは1年生含め衝撃を受けたままでいた。だってそうだろう?誰も、中学から上がってきたばかりの1年生にここまで隔絶的な差を見せつけられるなど、思ってもいなかったのだ。

 

「すみません、これで大丈夫ですか?」

 

 そんな衝撃をよそに、その音を出した当人が声を発した。まるでこの程度の音は出して当たり前とでもいうように感じてしまうほど、彼の態度は平静すぎた。知らなかったとはいえ、春香はこんなに上手な子をバリトンに誘う自分自身を恥じた。

 誰もが圧倒され返事を返せないでいる中、響が口を開いた。

 

「すごいね!君そんなに上手なんだ!アルト吹きたいなら全然アルトにできるけど本当にバリトンでいいの?」

「はい、問題ないです」

 

 創は変わらず態度に変化なく、バリトンサックスをやる意志を告げた。晴香は求めていたはずの後輩が、あまりにも大きすぎるライバルになってしまったことに、喜べばいいのか悲しめばいいのか、わからなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 自分の楽器選択は最終的にバリトンサックスに決定した。部長である響先輩の言だと、今北宇治にはバリトンをやっている人がブースにいたもう一人の先輩である、2年の小笠原晴香先輩しかいないらしい。まあ、チラシに書いてあった人数的に、55人程度のバンドらしいことから、バリトンが一人なのは妥当といえるだろう。

 楽器選択が終わった後は、顧問の先生である梨香子先生と副顧問である美知恵先生があいさつに来て、その日の部活は終わることになった。

 ともかく、これによって自分の高校生活の中で無事サックスの練習時間を獲得することができた。早速部活の練習時間も含めた上での練習メニューを考えよう。これからの高校生活、充実した日々を過ごせると良いが。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。