ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
0話 砂漠の水売り
この日アビドス砂漠は快晴であった。砂漠なので当たり前ではあるのだが。この砂原の中で少年は仕事道具を背負って歩いていた。その日の、運び屋である少年の今日の仕事は"宝探し"だった。
宝探しといっても地図があるわけでもなく、背負った探知機で反応を探して、地図にしるしをつけていく。どちらかというと宝の地図作りといった方が正しかった。
熱い風と日差しがマント越しに肌を焼く。体にまとわりつく汗が気持ち悪かった。ようやく探知機に反応があり、少年は探知機が示す方へと向きを変える。しばらく歩くと反応が大きい地点を見つけたが、そこには先客がいた。
「ホシノちゃん……あのね……」
「それ以上言わないで下さい!私も薄々感じてるんですから!」
なぜかスクール水着姿で2人の少女が砂漠に穴を掘っている。緑髪の少女が弱音を吐き、桃色髪の少女が現実逃避している。なかなかの深さまで掘っており、肩までの深さは有りそうだった。
まさかの同業者だろうか?しかし水着なんてイかれた格好で穴掘りする同業者は聞いたこともない。ただ仕事がかち合うのは避けたかった。利益の分け前で血の雨が降るからだった。
ただでさえ早く調査を終えてこんな砂漠から出ていきたかったのに。残念なことに探知機の反応は穴の底である。現物を持って帰れればボーナスが出るためできれば確認だけしたかった。
穴の中からは言い争う声が聞こえるが、なんだか楽しそうではあった。会話を盗み聞きした様子ではどこかの学校の先輩後輩らしい。少年も年齢で言えば高1だ。どこかに入学していたらあんな風に遊んでいたのだろうか。
1時間ほど経ったか。持ってきた仕事道具で日陰を作ってしばらく待つがあきらめる気配がない。まさかこんな砂漠でただ待ちぼうけを食らう羽目になるとは思わなかった。
「あーっ、水!」
イラつきながら持ってきていた水筒で水分補給していると穴の方から大声がした。先ほど穴を掘っていた少女―緑髪の方が穴から顔を出してこちらを指さしている。どうも自分が持っているのとは別の予備の水筒を指さしているようだった。
「下さい!それ!お金は払いますから!」
少年はため息をついて1本水筒を放った。それを受け取った少女は、嬉しそうにぐびぐびと水を飲んでいく。相当に喉が渇いていたのだろう。なかなかにいい飲みっぷりであった。
「はーっ!美味しかった。ありがとう!」
「500円」
「えっ」
穴に近づいた少年に差し出されたのは300円。水筒1本の値段設定500円には足りなかった。まあコンビニで買うなら2本はいける金額だろうか、しかしここは砂漠である。
山しかり観光地しかりこういったところではたいてい割高になるものだ。300円しか出さないとは思わなかったが。
「あの~私これしか持ってなくて……」
「じゃあ、残った分でいいので返してくれ」
「今、全部飲んじゃって……」
「無銭飲食か」
「ひーん。ホシノちゃん助けて~」
穴から這い上がった緑髪の少女が穴の中に呼びかける。桃色髪の方が穴から顔を出した。かなり不機嫌そうである。
「何ですか、ユメ先輩。私の分の水も飲んでおいてお金足りなかったんですか」
「うっ。だって、喉乾いてたから……」
「もういいです。でいくら足りないんですか?」
「200円」
「は?」
桃色髪がドスのきいた声でこちらをみあげる。水着姿という間抜けな姿ではあるがなかなかの迫力ではあった。
「高すぎるでしょう。これコンビニなら200円もしませんよ」
「知らないのか。こういう所じゃ水は高い」
「ぼったくりじゃないですか!」
少年は舌打ちする。腹いせと小遣い稼ぎに多少吹っ掛けたが、こんなゴネられるならやめておけばよかった。500円くらい持っていると思っていたのだ。
まあ、たった500円ぽっちだ。仕事の報酬に比べれば端金。ここは300円で我慢しておくべきだろう。そう思い口を開いた。
「じゃあ、300円で良い──」
「退学か停学か知りませんが、金銭に困って恐喝ですか。とんだ悪党ですね」
桃色髪の発言に、少年の言葉が止まる。
金額に納得いかないのか、桃色髪はこちらの粗を探している様だった。そして少年の格好に気づいたのだろう。
少年の格好は水着よりはましであるが、それほど上等なものではなかった。拾った学校の制服に、防砂用のマントをかぶっている。ただそれらすべてがボロボロで薄汚れていた。それをみて、金銭に困った停学者か退学者とあたりをつけたのだろう。普通にどこかの学校に通っていればこうはならないからだ。
桃色髪の狙いは挑発だろう。相手を怒らせて、暴力沙汰に持ち込んで、正当性を手に入れる。少年も聞き分けの無い奴に使う手だった。よっぽど自分に自信があるようだった。
「下手な挑発だ。そこまでして払いたくないのか」
「ずっと前から穴の外にいて、売りつける気だったくせに。恥ずかしくないんですか。汚い大人の真似事なんて」
──どうするかな。少年は桃色髪を見て悩んだ。確かに吹っ掛けている自覚はある。まあ恥ずかしい行いだろう。ただ暴力で踏み倒そうとする方が無法ではないのか。しかも、砂漠で穴掘って遊んでいるような"恵まれた奴"に言われるのは少し腹が立った。
──お望みなら乗ってやろうじゃないか。少年の敵意が高まる。背中に背負った銃を展開しようとした。向こうもその気のようで、臨戦態勢に入っている。ただ自分は穴の上だ。ここから撃ち降ろせばすぐ終わるだろう。
「だめだよ!ホシノちゃん!そんなこと言ったら!」
隣から大声がした。銃を展開しようとした手が止まる。緑髪だ。緑髪が桃色髪に怒っている。
「ですけど、ユメ先輩。コイツが」
「ホシノちゃんは、何も知らない人にいきなり悪口言われて平気なの?」
「いえ、平気ではないですが。でも、コイツは悪党で……」
桃色髪は叱られて萎れている。さっきまでの姿が噓のようだった。少年もその姿を見て同じように気持ちがどこかにいってしまっていた。
少年は意味が分からなかった。ぼったくりをしているのはこっちで、さっき攻撃しようとしたのもこっちだ。悪いのはこっちだ。
「あなたもごめんね」
「何で、そっちの桃色髪に怒った?」
「だって、あなたは良い人だよ。300円で良いよって言おうとしたでしょ」
聞かれたことに少年は舌打ちした。
「めんどくさくなっただけだ」
「そもそも、悪い人なら水もくれずに襲うか、もっと法外な値段をつけるでしょ」
言われてみればその通りだった。そもそもなんで少年はあの時に水筒を放ったのかもよくわからなかった。
無視してもよかったはずなのだ。悩むこっちを見て緑髪はニコニコしている。
「そこで、悩んだりするところが、君の良いところだと思うな。無意識にそういう事が出来るって事でしょ」
確かにそうなのかもしれなかった。こう理論立てて”あなたは善人です”なんて、説明されて顔が熱かった。なんだか気恥ずかしくてまともに緑髪の方を見れない。こんなことは初めてだった。
これ以上話していると自分が可笑しなことになりそうで少年は会話を切り上げたかった。
「で、足りない200円なんだけど……」
「いらない、300円でいい。悪いことをした」
「でも、悪い―─」
「よかったですね。ユメ先輩。早く帰りますよ」
萎れた状態から復帰した桃色髪がこちらを睨みつけていた。いつの間にか穴から出ており、銃も持っている。少年はさっきまでの気分が冷めていくのを感じた。――いつもの気分だ。
緑髪はまだこっちに何か言いたそうであったが、あっちへ行けと手を振る。もうさっきまでのやり取りの気持ちの乱高下で疲れたからだ。さっさと仕事を始めたかった。
そして、少年は1人になった。
□
砂漠での騒動の翌日。薄暗いオフィスに少年は昨日の仕事の報告に来ていた。
「……クックックッ、完璧な仕事ですね。流石は黄昏のセト。貴方に任せてよかった」
毎回その呼び名は何とかならないのだろうか。少年には中学校生活の経験は無いがその呼び名が痛々しい物だということは分かった。
正面には依頼人が座っているが、おおよその人の姿をしていない。少年がオーナーと呼ぶ人物は首から下は普通のスーツを着た男性の姿ではあるのだが、首から上がのっぺりとした黒いマネキン頭のようだった。顔には右目を中心に亀裂が走っている。口の部分の亀裂からまた声が聞こえる。
「あなたの調査結果でアビドス砂漠には私の興味を引くものが多くあることが分かりました。また機会があればお願いしたいものです」
今回の仕事はこの借りた探知機の反応を追って砂漠をひたすら放浪するだけだったのだが、結果には大満足だったようだ。今も地図に書き込まれた反応の数を見て満足そうな雰囲気である。
少年とオーナーの付き合いは長い。少年が契約を結んでから関係が続いている。オーナーからの依頼内容自体は目的が良くわからないものも多いが、報酬がいいため、目的は聞かないことにしていた。それなりの理由はあるのだろうがあえて爆弾に触る趣味はないのだ。
「貴方が掘り出したこの残骸ですが」
オーナーが、残骸―昨日、あの水着の二人組が掘った奥から見つけたものだ―を取り出した。少年にはゴミにしか見えなかったが、オーナーには重要なものらしかった。
「いいものを手に入れてくれました。これには追加報酬を払いましょう」
「……ずいぶん多いですね。オーナー」
「ええ。これにはそれだけの価値がありますよ」
昨日の少女たちを思い出す。砂漠で穴を掘っていたのはこれを探していたのだろうか。もう会うことはないだろうが、横取りみたいになってしまったなと少し嫌な気分になった。
「ああ、それと貴方はどこかの学園に入学しないのですか?もう15歳でしょう?」
「親みたいなこと言いますね。気味が悪いですよ」
「……クックックッ、これは失礼。貴方とは長い付き合いですので、少し心配になりまして。かれこれ3年でしょうか、貴方との契約から」
さっきからオーナーの発言が気持ち悪い。心配?そんな親じみた事をいうような人物ではないことを少年はよく知っていた。
「何が言いたいんです?オーナー」
「そろそろ、契約満了の時期かと思いましてね」
少年は驚いてオーナーをまじまじと見つめた。オーナーがそんなことを言うとは思わなかったからだ。
オーナーは目の前の机から契約書を取り出した。昔、少年がサインした契約書だ。
「あなたとの契約内容の簡単な確認ですが、私は貴方の独立の援助をする。貴方はその間できうる限り、私の実験に協力する。間違いありませんね」
「間違いない。オーナー」
間違いないはずだ。昔のことだが今でも思い出せる。この男が現れた日のことは。すべてを失った日のことは。
「今から、最後の仕事を貴方に依頼します。その依頼の完了を以てこの契約は終わりです」
「内容は?」
「貴方には、明日からアビドス高等学校に入学してもらいます。期間は1年、期間中はアビドス内の機密情報・オーパーツ等の収集をお願いします」
アビドスには、かつて多くの生徒と広大な自治区を抱えた学校があった。それがアビドス高等学校なのだが、今は衰退して久しい。隣接するアビドス砂漠からの砂嵐で壊滅的な被害が出たために、借金で首が回らなくなったのだと聞いている。そして、ほぼ生徒は残っていないと聞いたのだが。少年は不思議に思い尋ねた。
「何故アビドスなんですか。借金が返済できなくて滅びかけですよ。生徒なんかほとんどいないんですから、わざわざ入学なんかしなくてもいいのでは?」
「今回の依頼の肝は貴方が、一定期間アビドス高校にいることですから。条件としてオーパーツや情報の回収をつけましたが、これは私からのボーナスのようなものですので、報告時にはその分の報酬を追加するつもりです」
「ボーナスは嬉しいんですが、学校なら他にあるでしょう?ミレニアムとか」
「アビドスが嫌なのはわかりますが、単純に貴方が中学卒業していないので入学書類の偽造が必要なんですよ。私も手を抜くつもりはありませんが、ミレニアム相手ではおそらく偽造はバレるでしょうね」
内心を見透かされていることに少年は舌打ちした。どうしても自分をアビドスに行かせたいらしい。
「貴方は言いましたね?自分は何なのか知りたいと。それのささやかな手伝いですよ」
少年が契約の時に言った言葉だ。確かに言ったことは覚えている。だがそれと何の関係があるというのか。
「貴方はやり方を教えろと言ったでしょう?私が直接的に言うのは契約違反ですので。まあ、ささやかな助言をするなら、学生生活を楽しんだらいかがですか。貴方こういうのは初めてでしょう?」
オーナーの話に反論が思い浮かばず少年は黙り込んだ。
「疑問もなくなったようですし、明日からお願いしますよ。黄昏のセト」
いい加減その呼び名はなんとかならないのか。少年は不満顔で頷いた。