ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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100話 楽園の在処

 かつて、人は楽園に住んでいたという。

 

 いつ、その話を経典で読んだのかはサオリは覚えていない。楽園にいたというのなら、どうして今はいないのか。答えは続きに書いてあった。

 

 人は、やってはいけないことをしたのだという。欲に駆られて、やってはいけないという戒律を破ったから、楽園から追い出されたのだと。

 

 そして、人は飢えるようになり、働かなければ生きられなくなり、いつしか死ぬようになったのだという。

 

 サオリはその話を聞いた時に愚かだと思った。その場にあるモノで満足していれば何も失わずに済んだというのに。ずっと楽園に居ることができたのに。

 

 その考えは今でも変わっていない。どんなに辛くてもサオリは欲張らないし、逆らわない。楽園でないこの世界では、そうするしかないのだ。全ては虚しいから。

 

 

 

「……何故だ」

 

 

 廃墟と化した古聖堂。その跡地でアズサとアリウススクワッドは相対していた。相対と言っても、一方的にアズサが嬲られているような現状だ。アズサが四人を相手にしているわけでは無い。サオリ一人に手も足も出ないでいた。

 

 最初のアズサによる襲撃のせいで、仲間の一人──秤アツコが重傷を負った。命に別状はなかったものの、その出来事はサオリの怒りに火をつけるには十分だった。

 

 もう手加減も何もない。半分以上は仲間を傷つけられた激情のままに攻撃していた。アズサはサオリから見てももうボロボロだった。体力も限界のはずなのに、彼女の目には諦めというモノが無かった。

 

 

「どうしてそこまで足掻く? 何を証明しようとしている? あの先生とか言う大人に、蛇のように甘い言葉でも吹き込まれたか」

 

「虚しくとも、足掻くと決めた」

 

 

 アズサを見るたびに、サオリの心中が黒いもので満ちる。最初の襲撃の時は殺意に塗れた目をしていたのに。あの時はやっと自分たちの居るところに戻ってきてくれたと思ったのに。今はどうだろう。

 

 決意に満ちた目をしている。それは、自分たちとは違う所にいる者たちの目だった。サオリは、それが腹立たしくてたまらない。

 

 蹴りをアズサに叩きこむ。そのままアズサは後方に向かって蹴り飛ばされる。立ち上がろうとするが、蓄積したダメージと疲労で上手く立てないようだった。

 

 サオリはそんなアズサに銃を向ける。サオリはアズサのことを仲間だと思っていた。殺意を持てと言ったのは思い出して欲しかったからだ。自分たちのいる場所はここなのだと。日の当たる場所ではなく、暗く冷たく、虚しい世界。

 

 戻って来てくれると、分かってくれると思っていた。分からないなら、大事なものを一つずつ消していけば、いつかはと。

 

 それはサオリの思い上がりだった。そのせいで、アツコは、姫はサオリを庇って死にかけた。

 

 アズサは諦めないだろう。今までの問答や行動からそれは明らかだった。サオリが躊躇すれば、仲間に危険が及ぶ。今回は紙一重で助かったが、次もそうだとは限らない。

 

 だから、サオリはアズサの説得を諦めた。そのまま、引き金を引こうとして、止めた。

 

 

「誰だ。お前は」

 

 

 立てないアズサを庇うように、誰かが立っている。

 

 その誰かは、何かのキャラクターのカバンを背負って、トリニティの制服を着た女生徒だった。

 

 

「ヒフミ……?」

 

 

 アズサの呼ぶ名前にサオリは心当たりがあった。ヒフミ。アズサの新しい友達。アズサの様子を見てサオリは得心がいった。やはり、彼女がアズサの足掻く理由なのだろう。

 

 

「リーダー、どうする?」

 

 

 ぼそりと、仲間の一人である──戒野ミサキがマスクをずらして耳打ちする。見れば、何人かの生徒がアズサに駆け寄るのが見えた。

 

 

「増員ですね。数はこれで四……いえ、後ろにもっとでしょうか」

 

 

 同じように仲間の一人──槌永ヒヨリも背中の対物ライフルを手に取ろうとしていた。

 

 

「ユスティナ聖徒会の様子は?」

 

「もうちょっとだって」

 

 

 サオリは考えるまでもないと判断する。アズサを入れてたった四人だ。追加の三人も見るからに戦闘なれしていない。サオリ一人で充分だった。

 

 それなら、ユスティナ聖徒会の不具合が治るまでは待てる。この無限の軍隊に勝てる筈がないし、アズサを否定するなら、アズサの大事なものである彼女たちを否定する方が効率が良い。

 

 そう、自分に言い聞かせて、サオリはアズサたちの話に耳をすませた。

 

 

 □

 

 

 夢だろうか。

 

 アズサは目の前にいる補習授業部を見て、それが信じられなかった。

 

 

「何で……?」

 

 

 突き放した筈だ。ヒフミには殺気までぶつけたのに。他のメンバーには声すらかけなかったのに。今すぐに彼女たちに向かって飛び込んでいきたい気持ちを抑える。抑えて、あの時と同じ事をヒフミに言う。

 

 

「ダメだ。ここはヒフミのような人が来ちゃいけない……」

 

 

 あの時と同じように突き放す。ここはヒフミのような普通の人がいる場所ではない。自分のような人殺しがいるべき場所だから。けれど、あの時とは違ってヒフミは怯まない。落ち着いたようにアズサに向かって言うのだ。

 

 

「そうですね。私は平凡です。あの時見せたガスマスクの姿が、本当のアズサちゃんなのだという事も理解はしました」

 

 

 アズサの言った事は伝わっていたようだった。なら、なぜここに来たのだろう。今来れるなら、あの時にヒフミはアズサを引き留められていたはずなのに。

 

 

「でも、アズサちゃんは一つ勘違いをしています。アズサちゃんに本当の姿があるように、私にだって本当の姿はあるんです。今それをお見せします」

 

 

 そんなことを言ってヒフミはただの紙袋を被った。紙袋の額の部分には数字の五が書かれ、目の位置に二つ空いた穴からヒフミの目が覗いていた。

 

 

「私の正体は、”覆面水着団”のリーダー。ファウストです!」

 

 

 辺りを沈黙が支配した。”覆面水着団”それはアズサでも知っている。それは伝説だった。誰も成功させたことのない、ブラックマーケットからの現金強奪。それを唯一やってのけ、足取りすら掴ませなかった。伝説のアウトローだった。

 

 確かにリーダーの名前はファウストだし、見た目も今のヒフミの格好そのままだ。

 

 でも、それが何だと言うのだろう。アズサの疑問に答えるようにヒフミは言う。

 

 

「どうですか! アズサちゃんと並んだって、見劣りしない程に不気味でしょう! むしろこっちの方が怖いと言う人だっているはずです!」

 

「ヒフミ、いったい何を──」

 

「だから!」

 

 

 アズサの言葉を遮ってヒフミは叫ぶ。

 

 

「だから、私たちは違う世界に居るなんてことはありません! 拒絶されてもすぐ近くに行ってみせます!」

 

 

 こじつけにも程があった。ヒフミはこう言っているのだ。アズサが人殺しなら、ヒフミは銀行強盗だぞと。同じ悪人なのだから、一緒に居られないなんてことは無いのだと。

 

 

「私は、アズサちゃんの傍に居ます!」

 

 

 それは夢のような言葉だった。アズサはもう二度とそこには戻れないと思っていたのに。場所の方から迎えに来てくれたのだ。あまりに幸せで、信じられなくて。アズサは呟く。

 

 

「でも、私の為に、そんな嘘を言ってくれたところで……」

 

 

 ヒフミの理屈ならそうだろう。同じ悪人どうしなら、一緒に居ても問題ない。ただ、それはヒフミの正体が本当だったらの話だ。そんなことがあるはずがない。そうであったら、もうそれは奇跡だった。

 

 

「誰が嘘だって?」

 

 

 いつの間にか、ヒフミの遥か上にヘリが滞空していた。そこから、何人かが飛び降りてくる。

 

 それは、覆面を被った集団だった。それは、ヒフミを中心に左右に並んで、宣言する。

 

 

「覆面水着団。リーダー、ファウストの命により、ただいま参上した」

 

 

 どこかの制服を着た、覆面を被った六人だった。彼女たちが言う通りなら、ヒフミの命令で現れたことになる。アズサはこの六人をヒフミの用意した替え玉だとは思えなかった。アズサには分かる。この六人はいずれも戦場慣れしている。少なくとも、アズサと同じくらいには。

 

 

「アズサちゃん。私は今、すごく怒っています。すっごくです」

 

 

 それもそうだろう。アズサは自分の都合で一方的に別れを告げたから。何の説明もせずに。残された側であるヒフミが怒るのは当たり前だった。

 

 

「ですが……それ以上に、無事でよかったです」

 

 

 そんな、ヒフミの優しい言葉に、アズサとヒフミをみつめる補習授業部と覆面水着団の優しいまなざしにアズサは良かったと思った。

 

 全てが虚しいのだとしても、足掻いてよかったと。

 

 

 □

 

 

「リーダー。囲まれてるよ」

 

 

 ミサキがサオリに報告する。いつの間に立て直したのか、正義実現委員会と風紀委員、シスターフッドが、サオリたちスクワッドを包囲していた。

 

 

「知ったことか、ユスティナ聖徒会の調整が終わったようだ。この無限に増殖する力の前では等しく無意味。それに、皆にこの世界の真実を知ってもらう。ちょうどいい機会だ」

 

 

 ちょうどよく、ユスティナ聖徒会が復活した。これなら、この数が相手でも何の問題もない。

 

 

「この世界の真実を、殺意と憎しみに満ちたこの世界で、あらゆる努力は無駄なのだと。足搔こうとも何の意味もない。全ては無駄なのだという事を」

 

 

 海をコップ一つで汲み上げて干上がらすことができないように。大人に子供が勝てないように。無限に増えるユスティナ聖徒会を相手にするとはそういう事だ。慌てる必要性をサオリは感じなかった。

 

 そんなサオリを一人の生徒が睨みつけていた。さっきのヒフミとかいう生徒だった。サオリたちスクワッドを睨みつけて何かを言おうとしている。

 

 いくら覆面水着団のリーダーとはいえ、サオリにはただの普通の生徒にしか見えなかった。今でもそうだ。ただ、サオリの本能が警鐘を鳴らす。彼女に口を開かせてはならないと。

 

 どうにかしようと銃を向けるが、サオリに殺気が叩きつけられる。殺気の方向を見れば、覆面水着団の内、黒い覆面の人物がサオリに銃を向けていた。一瞬動きが固まったサオリにヒフミの言葉が届く。

 

 

「私は、貴方たちに怒っています。殺意とか、憎しみとか、それがこの世界の真実だとか。それを皆に強要して、全ては虚しいと言い続けているようですが。私はそんなお話は嫌いです」

 

 

 ヒフミは嫌だと言う。サオリの信じているこの世界の真実が。

 

 

「アズサちゃんが人殺しになるのは嫌です。そんな暗くて憂鬱なお話は嫌です。それがこの世界の本質だって、真実だって言われても、私は好きじゃないんです!」

 

 

 まるで、子供の我儘だった。嫌だ、嫌だと駄々をこねる。大人に一蹴される子供の我儘。

 

 

「私には好きなものがあります! 平凡で大した個性のない私ですが、自分が好きなものについては絶対に譲れません!」

 

 

 ぴしり、ぴしりと何かが軋むような音がする。このままいけば何かが壊れる。そんな音が。

 

 

「努力がきちんと報われて、辛い事は慰めて、お友達と慰め合って。苦しいことがあっても、誰もが最後は笑顔になれるような! そんなハッピーエンドが私は好きなんです!」

 

 

 絵空事だと、笑い飛ばせばいい話なのに。サオリは耳を塞ぎたくなった。これ以上聞いてしまえば自分の何かが壊れてしまう。そんな予感がしたからだ。

 

 

「誰が何と言おうとも、何度だって言い続けて見せます! 私たちの描くお話は私たちが決めるんです!」

 

 

 ヒフミが手を空に掲げる。空を覆う雲が割れて、青空が顔を出し、降っていた雨がやんでいく。

 

 

「終わりになんてさせません! まだまだ続けていくんです!」

 

 

 手を掲げたヒフミの後ろから光が射した。その光の中で、トリニティ、ゲヘナ、アリウスの生徒が見つめる中で、ヒフミは宣言した。

 

 

「私たちの、青春の物語(Blue archive)を!!」

 

 

 ヒフミの宣言と同時に何かが砕け散る音がした。急に晴れ渡った空にミサキとヒヨリが驚きの声を上げるが、サオリはそんなことを気にしている余裕が無かった。

 

 

「ハッピーエンドだと!? ふざけるな! それだけで、この世界が変わるとでもいうつもりか!」

 

 

 ヒフミの言葉がサオリの中の何かを踏みにじった。何を踏み躙られたのか、詳しいことが分からなくても、サオリはそれだけは理解していた。怒りのままに叫び散らす。だから、サオリは先生の言葉を止められなかった。

 

 

「ここに宣言する。私たちが新しいエデン条約機構」

 

「なっ!?」

 

 

 先生の静かな宣言と同時に、ユスティナ聖徒会の動きが止まった。どこか戸惑っているようにも見える。そして、何人かは自分の銃を自分に突き付けて、そのまま発砲した。そんな光景があちらこちらで発生している。

 

 

「まずいよ。リーダー」

 

 

 ミサキが焦ったように言うが、そんなことはサオリも分かっていた。今ので、エデン条約が締結されてしまった。あんな絵空事の。幼児が語る夢のような。あんな子供だましの宣言を、あの場にいる全員が認めたというのだろうか。

 

 今はエデン条約機構が二つある。内容は互いが相反する物。だからユスティナ聖徒会はどちらに従えばいいか分からずに自己崩壊を起こしたのだ。まだ半分は残っているが、これで、サオリたちの最大の武器が消えてしまった。

 

 ただ、今のサオリはそんなことを気にしている余裕がない。先生に向かって怒りのままに叫ぶ。

 

 

「それだけで、この憎しみが。不信の世界が変わるとでもいうつもりか! 何を夢のような話を!?」

 

「私は先生だからね。君にも言ったように、生徒たちの夢を叶えるのが私の義務。それだけが大人である私にできる事だから」

 

「っ……」

 

 

 サオリが悔しさに唇をかむ間にも戦況は悪化していく。ゲヘナがトリニティが覆面水着団が、互いに協力してユスティナ聖徒会をなぎ倒していく。サオリの語った不信の世界はそこにはなかった。

 

 

「……サオリ。もう諦めて」

 

 

 アズサがサオリに事実を突き付ける。ミサキもヒヨリも負けを認めていた。手札が無いのだ。もうどうしようもない。

 

 

「どうしてだ。どうしてお前だけ……」

 

 

 ただサオリは諦めていなかった。理性は諦めるように諭すが、本能の部分がそれを否定する。アズサだけは許すわけにはいかなかった。

 

 

「私たちは同じ地獄を見たはずだ。この灰色の世界で一緒に、私たちに意味などないのだと思い知ったはずだ。それなのに、お前だけが意味を持つのか!? 私たちを置いて、お前だけが青空の下に残るのか!? どうしてお前だけが!?」

 

 

 許さない。サオリの心中はこれで埋め尽くされていた。アツコはヒヨリはミサキは。皆一様に苦しんだのに。どうしてアズサだけ。他の皆は助からないのに。

 

 

「お前の全てを否定してやる。お前がトリニティで学んだこと、経験したこと、気づいた事。その全てを! だって、全ては虚しいのだから!!」

 

 

 サオリは助けて欲しかった者の中に、自分の名前が入っていない意味に気がつかないままに、アズサに向かって叫ぶ。

 

 アズサといえば、サオリの怒りを真正面から受け止めて、言い返した。

 

 

「サオリの言う通りに、全ては虚しいのかもしれない。でも、私は足掻いて見せる。私は一人じゃないから。サオリも……」

 

 

 サオリの耳にはアズサの言葉は、届かない。聞く気もない。

 

 だから、この結果は必然だったのかもしれない。

 

 

「くそっ……。どうしてだ。どうしてアズサだけ……」

 

 

 古聖堂の地下へと続く道を駆け抜けながら、サオリは自問自答していた。怒りと殺意のままにアズサに襲い掛かったはいいものの。先生の指揮が加わったアズサは別次元の強さだった。サオリが怒りで鈍っているせいもあるだろうが、為す術もなかった。

 

 

「ぐっ……」

 

 

 サオリの傷ついた身体が悲鳴を上げる。マダムの知り合いが作成した兵器が地下にはある。それを起動させようとしたはいいが、サオリの体力は限界だった。

 

 それがある空間はもう目の前なのに。身体が言う事を聞いてくれない。

 

 

「サオリ……」

 

 

 壁に凭れて、もう動けないサオリの前に、アズサが現れた。後ろには追いかけてきたのであろう先生もいる。アズサもサオリと同様に満身創痍のはずだが、そんな様子は微塵も感じなかった。

 

 

「……どうして、なんで……お前だけが。どうして私にはできなかったんだ……」

 

 

 サオリの口から、意図しない言葉が零れた。

 

 サオリはアズサが羨ましかった。怒りもあるが、一番は嫉妬だった。何に嫉妬したかと言えば、救われたことにだ。

 

 ただ、他人に救われただけなら、サオリもここまで怒らなかった。そうでないのなら、最初のトリニティへのクーデターの時点で急襲している。あの時までは別にいいと思っていた。どうせすぐに戻ってくると思っていた。外とのギャップに耐えきれずに。

 

 全ては虚しいという教えはそういう事だ。全てに意味は無いのだから、外に出たところで虚しさに耐えきれなくなるだけ。そう、思っていた。

 

 けれど、再び出会ったアズサは違った。全ては虚しいという教えは彼女の中に残っていたのに、彼女はそれでも諦めないことを選択したのだ。

 

 

「どうして、私はお前のようになれなかった」

 

 

 アズサは、諦めなかったから。虚しくても諦めないことを選んだから。だから、救われたのだ。自分で救いを勝ち取った。アズサにできたのなら、自分たちと一緒だったアズサにできたのなら。自分たちもできるはずだった。

 

 なら、どうしてできなかったのか。その理由はサオリ自身が良く分かっていた。

 

 自分のせいだ。自分が諦めたから。こうなってしまったのだ。サオリが弱かったから。降りかかる理不尽への怒りを、全ては虚しいという教えや、トリニティやゲヘナへの憎しみに転嫁しなければ耐えられなかった。

 

 だから、ヒフミのあの宣言が癪に障った。あれは、サオリが仲間にそうなってほしかった事だ。でも、それはアリウスではできないことだったから。サオリは諦めた。

 

 もしサオリが強ければ、アズサのように強かったのなら。他の三人はアズサと一緒にあの青空の下に居たのかもしれない。サオリが、仲間をこの地獄に引きずりこんだ。

 

 スクワッドもアズサもサオリにとっては家族だった。無条件に幸せになってほしいと思えるほどに。家族同然だと思っていた。アズサにとって補習授業部が楽園だった様に、スクワッドがサオリにとっての楽園だった。

 

 楽園から追い出された自分たちに、幸いはないと思っていた。けれど、気がついていなかったけれど、楽園は確かにあったのだ。サオリのすぐそばに。

 

 

「もう、君はなっているよ。アズサはそう思っているみたいだし、他の娘もそう思っているみたいだよ」

 

 

 先生がサオリに向かって言うが、サオリは自嘲しながらこう返す。

 

 

「……私が? マダムの言いなりになる事しか知らない私がか? どう考えても私のせいだろう。それとも先生。貴方は私以外の誰が悪いと言うんだ?」

 

「運が悪かったんだよ」

 

「……何?」

 

 

 思わず聞き返したサオリに先生は答える。

 

 

「場所が悪かった。サオリ。悪かったのはそこだけだよ。君が今こんな思いをしているのも、スクワッドの皆が救われなかったのも。だからサオリ、君のせいじゃない。君はやれる事をした。悪いのは君じゃない」

 

「ふざけるな! そんなことで……」

 

 

 そんな、運が悪かっただけなんて、そんな答えにはサオリは納得できなかった。

 

 サオリに向かって、先生は言葉を重ねる。

 

 

「私には、君たちの置かれた状況を聞いた話から想像することしかできない。けれど、大変で辛い環境だった事は分かる。そんな中で、今まで仲間達を守ってきたのは君だろう? 君はずっと戦っていたんだよ。誰の助けも無い所で。君はできる事をやったんだ」

 

 

 綺麗事だった。頑張っているから? でも、サオリは皆を救えなかったのに。

 

 

「サオリ。君は何の意味も無いと言っていたけれど、違うよ。君が頑張って、今までスクワッドやアズサを守ってきたから。その前提があったから、アズサは足掻き続けられたんじゃないのかい?」

 

 

 再び先生はサオリに言う。

 

 

「サオリが自分で、そう思っても。他の人達がそう言っても。私はそうは思わない。君たちが今まで辛いかったのは、サオリのせいじゃない。だから、自分を許してあげて。それは君の仲間にとっても辛い事だから。もちろん私も」

 

 

 先生の言葉の意味を図りかねて固まるサオリに、聞きなれた声が聞こえた。

 

 

「サオリ」

 

「姫……それにミサキ、ヒヨリも……」

 

 

 スクワッドの仲間たちだった。彼女たちが先生とアズサの後ろから現れた。逃げたと思っていたが、先生がここまで連れてきたようだった。

 

 

「もう止めよう?」

 

 

 アツコの提案にサオリは首を横に振る。それは聞けない提案だった。帰ればマダムに殺されてしまう。任務の失敗を彼女は許さない。帰るのはサオリだけでいい。自分が犠牲になれば、一時の時間稼ぎにはなる筈だった。でも、アツコはミサキはヒヨリは、サオリと一緒が良いと言う。

 

 

「うん。だから一緒に逃げよう? 全部捨てて」

 

「私は……私なんかが……」

 

 

 サオリはアツコの提案を渋った。そんな、サオリにアツコは問いかける。

 

 

「サオリは自分のせいって言うけど。違うよ。私たちは教えられた憎しみを、いつの間にか自分たちのモノだと思い込んだだけ。サオリはずっと、私たちのことを案じてくれていたのを知ってる。彼女の命令もあるけど、私はサオリだからここまでついて来た」

 

 

 自分で良いのだろうか。サオリに自信はない。今まで大人の言いなりになってきたサオリには何をしていいのかが分からない。アツコは更にサオリに言う。

 

 

「だから、皆で逃げよう? この場から、アリウスから、私たちのモノじゃない憎しみから。サオリが私たちに思うように。私は、私たちもサオリに幸せになってほしい」

 

「……分かった」

 

 

 今でもサオリは、自分が無いままだ。今もアツコの言葉が無ければ動けない。でも、そんなサオリをスクワッドの皆は嬉しそうに見ている。その後ろで先生やアズサも同じような眼差しだった。

 

 その場に弛緩した空気が流れる。ただ、その空気を断ち切るように、この場の先から何かが起動する気配がした。

 

 轟音と共に壁が崩れて、壁の向こうから、サオリが起動しようとした兵器が姿を現した。

 

 

 ──ヒエロニムス。

 

 

 赤い翼の生えた、法衣を纏い両手に杖を持った異形。マダムの知り合いが作成したという巨大な兵器。それが起動して声にならない叫びをあげる。

 

 叫び声と共に、ヒエロニムスの足元からユスティナ聖徒会が現れる。理屈は分からないがそう言う物らしかった。このままでは逃げるどころではない。アズサも巻き込まれるだろう。自分以外の全てを逃がそうとして、サオリは立ち上がろうとするが、身体が言う事を聞いてはくれない。

 

 焦るサオリとスクワッド、ヒエロニムスの間に、先生が立ちふさがった。

 

 自分たちよりもか弱いのに、一枚のカードを手に持ってヒエロニムスに立ちふさがる先生の後姿が、どこかサオリには大きく、そして眩しく見えた。

 

 

 □

 

 

「反則みたいだね」

 

 

 先生は”大人のカード”を手に取った。ここにいる生徒は満身創痍だった。戦わせるわけにはいかない。アリウススクワッドも間違いを犯したが、まだ生徒だ。幾らでもやり直せる。本人たちにもその気がある。だから、先生はサオリを追う時に全員ここに連れてきた。

 

 初めて彼女たちに、サオリに会った時に。彼女の大事なものが分かったから。今になって、それは確信に変わっている。家族を守りたい。家族には幸せでいてほしい。それがきっと彼女の望み。

 

 ならば先生であり、大人である自分はそれを叶えるだけだ。人は間違うものだから、償ってまた前に進んでほしいのだ。

 

 目の前の巨大な異形をみつめる。そして、何が必要かを考えた。

 

 大人のカードは、先生の時間を対価に何かを為すものだ。方法をイメージすればそれに沿った結果が現れる。

 

 今必要なのは力だった。目の前の異形を退けて、生徒たちを助ける力。

 

 それを想像して、先生はカードを切った。

 

 次の瞬間。まばゆい光で前が見えなくなる。数舜の後、空気を引き裂く、重い音。まるで雷が落ちたかのような。

 

 目を開けば、異形はもがき苦しんでいた。

 

 人型の、胴に当たる部分に、蒼く光り輝く巨大な槍のようなものが突きささっている。雷でできているのか、地面ごと串刺しにされているせいなのか。あるいはその両方か。兎に角も異形は動けない。足元のユスティナ聖徒会も攻撃の余波で痺れているようだ。

 

 そして突き刺さったところから、マゼンタ色の、どこか赤みがかった炎が噴き出して異形を焼いていく。炎は足元のユスティナ聖徒会にも延焼する。

 

 そして、炎と雷が異形とユスティナ聖徒会を消し去るまでに多くの時間はかからなかった。

 

 後ろの、スクワッドとアズサを振り返って、彼女たちが無事なのを確認した先生は、ふうと大きな息を吐く。

 

 こうして、波乱のエデン条約調印式は終わりを告げた。

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