ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「よくも、よくもこのマコト様をだましたなぁぁあ!」
万魔殿議長──羽沼マコトが怒りのままに怒号を上げていた。
マコトは病み上がりにもかかわらず、ベッドから跳ね上がるように起き上がり、自分を騙した元凶──アリウスに報いを受けさせようとベッドから起きようとしている。
それを見て、万魔殿二年生──棗イロハはため息をついた。同じようにベッドで寝ている身ながら、どうしてこんなに元気なのか想像もつかない。
「……もう全部終わってるみたいですよ? それに、その恰好を何とかした方が良いと思いますけど」
「恰好?」
マコトは自分の頭と格好を見て、また絶叫を上げる。格好はいつもの制服ではなく病院着で、自慢の長髪も爆発でアフロの如くに縮れていた。
「当り前でしょう。火に包まれたんですから……」
もう、調印式の日付から数日が経ち、イロハが目覚めた時には全てが終わっていた。シャーレと風紀委員会、正義実現委員会、シスターフッド、後よく分からない強盗団。彼女たちの働きで、アリウスの襲撃は撃退されアリウススクワッドは行方不明という報告書がイロハに上がってきていた。
マコトよりも先に目が覚めたイロハは目をもう通している。これを読んだらまた、マコトは叫びだすだろうなと思いつつも、一応は先輩で上司であるマコトに報告書を投げる。イロハの予想通りに報告書を読んだマコトが叫びだす。
「これでは、また、風紀委員会が目立ってしまうではないか!」
「ああ、やっぱり……」
イロハはまた、大きなため息をついた。エデン条約調印式に向かう飛行船の中で、マコトの計画を聞いた時と同じようなため息だった。
あのミサイルが古聖堂に直撃したとき、イロハたち万魔殿は上空を飛ぶ飛行船の中に居たおかげで無傷だった。そこで、マコトが上機嫌になったのか急に計画を語りだしたのだ。
アリウスと取引したと。
取引内容は調印式の会場をあの古聖堂に変更する事。見返りとして、今自分たちが乗っている飛行船が贈られた事。
マコトは風紀委員会が嫌いだ。特にヒナの事を嫌っている。だから、ヒナが主導で進めた計画を邪魔するのも、同時にトリニティも嫌いだから、アリウスとの取引に乗ったのも分からないでもない。
ただ、それは元トリニティであったアリウスも一緒だ。ゲヘナがトリニティを嫌うように、アリウスもゲヘナを嫌っている。アリウスから贈られたという飛行船に仕掛けが無いはずがない。イロハの予想通りに、飛行船には可燃性物質が仕掛けられており、それに引火した結果が今のイロハたちの状態だった。
だから、騙されたとマコトは叫んでいるのだ。
「ええい。イロハ! アレだ。アレを出せ! やり返さなければ気が済まん!」
「今更、叫んだって遅いですよ。大体誰にやり返すって言うんです」
アリウスはもう撤退している。聖堂の地下に逃げ込んだようだが、道が入り組んでいていて、どうしようもないらしい。それにアリウスをわざわざ探すなんて、そんな面倒くさいことはやりたくない。そんなものはトリニティに任せておけばいい。
ただ、そうイロハが諭しても、マコトの怒りは収まらないだろう。イロハとしては自業自得だとも思うし、トリニティを巻き込んだエデン条約を妨害するのはやり過ぎじゃないかとも思う。ただ事実を突きつけてもマコトには意味がない。責任転嫁して終わりだ。
だから、こういう時のための切り札があるのだ。
「ほら、イブキが何回かお見舞いに来てくれたんですよ。マコト先輩と私たちで庇ったおかげで、ほぼ無傷でしたし、そろそろ来てくれる時間ですから……」
「……何?」
効果は覿面で、マコトは静かになった。丹花イブキ。万魔殿の最年少の少女である。彼女は背丈も小さく性格も天真爛漫と、万魔殿のマスコット的な地位に落ち着いている。そんな地位にあるのと本人の性格もあって、万魔殿のメンバーからは猫かわいがりされていた。勿論、イロハやマコトにも。特にマコトの可愛がり様は群を抜いていた。イブキのお願いなら、自分を曲げさえするのだから。
「ほら、来ましたよ」
病室の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。いつもイブキが来る時と同じだった。ただ、イロハは妙な違和感を感じた。はっきりと言えるものではないのだが。
「あ! マコト先輩! 目を覚ましたの?」
いつものようにイブキが扉から顔を覗かせていた。マコトはと言えば感激のあまり口をパクパクさせている。そんなマコトにイブキはトテトテと近づいてマコトの方を見上げる。
「マコト先輩? 傷が痛いの?」
「……キキキッ。イブキが来てくれたおかげで、すっかり治ったとも!」
「え! よかったぁ~」
微笑ましい光景にイロハも笑顔になる。マコトの機嫌も直ったようだし、これで一件落着だった。妙な違和感も気のせいだろう。マコトも何か感じたのか一瞬固まったがいつもの様子と一緒だ。
「あ! そうだ! イブキ。マコト先輩に聞きたいことがあるんだった」
「お~お~イブキ。何でも答えてやるとも。何が聞きたい?」
「どうして、アリウス分校と取引したの?」
三人だけの病室の空気が凍り付いた。イロハの頭があっという間に冴えていく。それはマコトも同様なのか、険しい顔になっている。イブキはアリウスとマコトが取引したことを知らないはずだからだ。イロハも話していないし、マコトなど話すわけもない。
「誰ですか? 貴方。イブキじゃないでしょう」
「イブキだよ? 万魔殿一年の丹花イブキ。そうとしか見えないでしょう?」
こてりと可愛らしく首を傾げて、イブキに似た誰かはそう言うが、もう取り繕う必要性を感じないのか、声色はイブキそのままに、どこかからかう様な発言だった。
「……マトだな」
「おお、よくわかったね。結構自信があったんだけど、あっさりバレたか。二人とも違和感を感じてたみたいだしね。即興ならこんなもんかね」
マコトがイブキの正体を看破する。イブキの変装をした誰かは否定しない。それも声色も元に戻っていた。
「マト先輩。悪い冗談はやめてくださいよ……」
イロハは緊張状態だった身体を元に戻す。ただ、マコトは険しい顔のままで、マトもどこか変な雰囲気だった。
「悪い冗談? 面白いことを言うねぇイロハ。それはこっちの台詞だよ」
イブキの変装をしたままではあるが、変装の向こうからマトの怒気が伝わってきた。それにイロハは冷や汗を流す。
イロハはマトが留年生であるという事しか知らない。本人も普段はだらだらしている様子しか見ないし、風紀委員会と万魔殿の両方によく顔を出している。それは彼女がその両方の仕事を手伝っているのもあるのだろう。イロハは普通の人にしか見えなかったが、マコトやヒナはどこか一目置いていそうな雰囲気を良くしていた。どこか、恐れているような。
たぶん、今のこれが、その片鱗なのだろう。
「マコト。アンタの悪事をずっと見てたよ。本当によくもやってくれたね?」
マトは単純に激怒していた。
マコトはといえば、飄々とした態度を崩さないが、冷や汗が横顔を垂れていくのがイロハには見えた。
「キキキッ。お怒りなのは結構だが。証拠は? 無いなら言いがかりは止めてもらおうか」
「無いよ。そんなものは。ここに来たのは私の独断だし、もう我慢の限界だよ。今までは理由があって、それもちゃんとしたものだったから見逃したけど。今回ばかりは火遊びがすぎる」
イロハにはマトがこんなにも怒っている理由が想像がついた。
今回のエデン条約の顛末。様々な陣営のおかげで大きな犠牲もなく収束した。ただそれは結果論だった。そもそも、マコトがアリウスの取引に乗らなければここまでの事にならなかった可能性がある。
やったことがやったことなのだ。トリニティ憎しとはいえ、風紀委員会も嫌いだとしても、アリウスというテロ組織の誘いに乗ることは、ゲヘナの長としては論外なのだ。自分の都合で学園全体を危険にさらした。
イロハはマトの事をよく知らない。けれど、ゲヘナが好きなのだろうなという事は伝わる。何故かって、生徒たちをまるで微笑ましそうに見ていることが多いから。そんなマトの前で今回のようなことを仕出かせば、ここまで激怒するのも納得ではあった。
「なら、お帰りいただこうか。憶測で物を言うのは、幾ら先輩とは言えども……」
「気にならないかい?」
マトを追い返そうとするマコトにマトがポツリと呟いた。マコトもイロハも怪訝な顔になる。言っている意味が分からない。
「この服はどうやって手に入れたと思う? ほら、この銃も」
マトが取り出したものを見て、二人の顔が真っ青になった。イブキの銃だ。この世に二つともないイブキの銃。それがここにあるということは……
「イブキに手を出したのか! 万世マト! あの娘は関係ないだろう!」
怒号と共にマコトがマトに掴みかかろうとする。それをひらりとマトは躱して、嘲るように言う。
「アンタが言えた口かい? 今回アンタは自分の都合で何人巻き込んだ? 私はアンタにやられたことをやり返しただけだよ。アンタがやったことはこういう事なのさ。何、安心しな。どうせすぐ忘れるだろう? なら、アンタが好きにやるように私も好きにやるだけさ」
「マト先輩……。本当にイブキに手を出したんですか」
イロハは怒りを抑え込んで、マトに聞く。もしそうならイロハもマコトに加勢せねばならない。マトはこともなげに言う。
「私はお願いしただけだよ。服を交換してくれってね。後はもう分かるだろう?」
ケラケラと、狼狽えて怒りに震える二人の様子が面白くて仕方がない。そういった風にマトは笑う。そして、二人に殺気を叩きつけた。
もう戦うしかない。イロハは覚悟を決めた。向こうは一人でこちらは二人がかりだ。勝機はあるだろう。兎に角イブキの居場所を聞き出さなければならなかった。
「凄い! イブキが二人いる!」
扉からイブキが覗いていた。よく見ればいつもと服が違う。風紀委員の物を着ていた。イブキを見て殺気を霧散させたマトはため息をつく。
「イブキ。もう少し後のはずじゃなかったかい。二人で現れて驚かせる算段だっただろう。預けたヒナはどうしたんだい」
「うん。ヒナ先輩がね。マト先輩がやり過ぎてないかって心配してたの。それでイブキも来たんだよ。何があったか分からないけど、喧嘩は嫌だよ……イブキのせい?」
少し泣きそうなイブキを見て、マトが宥め始める。
「いいや、イブキのせいじゃない。私はちょいとあの二人に話があるからね。終わったら元通りさ。ちゃんと私からも謝るよ。これで安心だろうイブキ? それと、借りた銃も返すよ。大事なものを貸してくれてありがとうね」
こくりと頷くイブキを部屋の外に送り出して、マトは二人に向き直った。イブキの乱入のせいか、怒りは少し収まったように見える。
「は? これは……どういう」
混乱するマコトにマトはあっさりと答える。
「言っただろう。お願いしたって。そのままの意味さ。アンタたち二人はそうは取らなかったみたいだけどね」
「何でこんなことを……」
少し怒りを滲ませてイロハはマトに食って掛かるが、マトは気にした様子もない。
「その反応が見たかったんだよ。報復かと思ったかい? そうならそれをされる覚えがあるってことだね。単純に騙されただけなのか、それとも途中までは故意だったのかが知りたかったんだよ。だから、さっさと詳細を吐きな」
もう、誤魔化せない。けれど、マトは何かする気はないようだった。まだ混乱しているのかは知らないが、黙りこくったマコトに代わってイロハが話す。マトなら悪いようにはしないだろうから。あの飛行船でマコトが語った内容を思い出す。
──何を隠そうマコト様はトリニティを恨んでいるアリウスと前から結託していたのさ。
──ティーパーティの内紛も、クーデターも、私は最初から全てを知っていた。全ては今日の計画の為に!
──いつまでたっても姿を現さないティーパーティの奴らをおびき出すために、あくまでも条約に同意するフリをしていたのさ。
──そのついでに、ヒナまで片付いた。こんなにラッキーなことは無い! キキキッ!
それを聞いたマトは数回頷いて、イロハに確認する。
「あくまで、本命はトリニティで、ヒナはおまけだったわけだね。……ふむ。マコト。さっさと戻りな」
「ぐおっ」
未だに固まったままのマコトにマトはチョップを叩き込む。キレイに斜め45°で入ったせいか妙な音がしてマコトが再起動する。そんなマコトにマトは指を二本立てて聞いた。
「アンタたち二人に二つの質問がある。真実を答えな。納得したら私はもう何も言わない。けれど、嘘をついたり、クソみたいな答えを返したら、分かってるね」
「何が聞きたい。マト先輩」
観念したようにマコトが返答した。イロハが初めて見る姿だった。
「ふん。さっきとは大違いだね。先輩呼びかい。まあいい。まずは、アンタはユスティナ聖徒会の事は知っていたのかい」
「いや、知らない」
「よし、最後だ」
ずいと顔をイロハに近づけて、マトは聞く。
「アリウスからの飛行船。最初に乗ったのはマコトかい?」
「はい。議長である私が最初に乗るとか言って……」
妙な質問だった。イロハには質問の意図が全く分からない。しばらくマトは何か考えているようだったが、何か決めた様に頷いた。
「よし、まあ納得はできる理由か……。相変わらずだねぇ。私もやり過ぎたし、まぁ良いか」
なんだかよく分からないが、許されたらしい。イロハは安堵するが、マコトは嫌そうな顔をしていた。その罰を聞いたイロハも同じような顔になった。
□
「話を聞いた感じ、権力欲をこじらせたバカにしか見えないんだが」
アビドスの来客室代わりの空き教室で、目の前のカヤツリが呆れた様に言う。それも真実ではある。羽沼マコトは権力欲が強い。自分が一番でなければ気が済まないし、ゲヘナと言えば風紀委員会。ゲヘナと言えばヒナ。そういった現状に腹が立っているのも事実ではある。だから風紀委員会に嫌がらせしたり、ヒナ個人に嫌がらせをしたりするのだが。
「まあ、そうなんだけどね。でもアンタも知ってるだろう? 本当に権力欲だけのバカだったら生徒会長なんてできないってことは。それを補うに足る何かがあるのさ。それをカヤツリ、アンタはよく知ってるだろ」
「……そうだな」
カヤツリが誰かを思い出すかのように言う。少し悪いことをしたかもしれない。
「マコトの場合はね。情報収集だよ。計画の立案というか。悪だくみは得意なんだよ。他人が自分と同じように動くと過信して計画倒れになる事が多いけどね。あとゲヘナのモットーを大事にしてるのさ。自由と混沌って言うのをね」
「それに、今回の事件と何の関係が? ヒナより上に立ちたいなら、ヒナみたくやればいいだろう。仕事なんか投げずにな」
「そこさ。ゲヘナの外ならアンタが正しいよ。でも、ゲヘナじゃ違うのさ。ゲヘナじゃヒナの方がおかしいんだよ」
妙な顔をするカヤツリに分かりやすく言う。
「ほら、美食研究会や便利屋68。よく知ってるだろ。ああいったのがゲヘナじゃ普通なのさ。自分のやりたいことをやる。他人の迷惑なんか気にしない。個人の自由を突きつめて、それを尊重する。それがゲヘナなのさ。他人の為に頑張るとか、我慢するって言うのは異端だよ。ヒナにとってはそれが、やりたい事なんだろうけどね。ただ、マコトが目指すゲヘナはそうじゃないってだけさ」
「……だから、風紀委員会の予算を削るのか?」
「そうだろうね。治安維持も大事だけど。あんまり精を出されちゃ、それは恐怖政治だから。それはゲヘナ生を抑圧することだから、最低限しか出さないのさ。本当に足りないときはヒナが直談判するからね。そうすれば嫌味は言うが出すんだよ」
「じゃあ、今回のは? ミサイルを撃ち込むのはやり過ぎだろ」
カヤツリは不満そうに言う。それは尤もだ。ただ、今回ばかりはマコトだけでなく、マトたちも知らない事が多すぎた。
「エデン条約はね。前連邦生徒会長の策だったんだよ。雷帝対策の」
ゲヘナの雷帝。今から二年前までのゲヘナの生徒会長。ゲヘナで鉄拳政治を敷いた人物だったが、もういない。卒業して、キヴォトスの外にいる。
兎にも角にも厄介な人物だった。トリニティと全面戦争を起こされでもしたら困るから、前連邦生徒会長はエデン条約を持ち込んだ。
両陣営から人員を出して、エデン条約機構という独立部隊にする。そうすれば、雷帝の手駒を削れるし、何かあってもエデン条約機構で押さえることができる。
けれど、それは雷帝が居たらの話だ。もういない今ではエデン条約を推し進める旨味は薄い。前連邦生徒会長ももういないし、連邦生徒会もエデン条約には干渉しないとも。だから、万魔殿は条約に反対した。それは、雷帝の事を思い出したくなかったのかもしれないし、トリニティと手を結ぶのが嫌だったのもあるだろう。
「外交は万魔殿の仕事さ。風紀委員会の仕事じゃない。ヒナがあそこまで頑張る必要はなかったし、頑張っても無駄だっただろう。万魔殿はエデン条約を結ぶ気はなかったから。トリニティがいくら乗り気でも、本来なら立ち消えになる話だったんだよ」
「……先生か」
「そう。先生が来て狂ってしまった。残っていたトリニティの問題を何とかしてしまった。本来なら無理だったことを何とかしてしまった」
エデン条約は前連邦生徒会長失踪で有耶無耶になりかけた。トリニティは暗殺騒ぎがあったし、本来なら上手くいくはずがないそれが上手くいってしまった。トリニティの事態を把握していたマコトからすれば、何か恣意的な流れを感じるのも仕方がないだろう。トリニティの問題を押し付けられるか、ヒナと先生が共謀して何かやらかすとでも思ったのかもしれない。
「そこで、アリウスがマコトに取引を持ち掛けた。一緒にトリニティを潰さないかってね。そこで万魔殿とゲヘナを守るのにマコトが取れる手段は一つだけだ」
断るならそこで話は終わりだが、乗ればアリウスの行動をおおよそは知ることが出来る。悪くはない手だった。
「マコトにとって計算外だったのは。相手が本気だった事だね。最初はトリニティを落とすのに注力してから、ゲヘナに攻めてくると思ったんだろうし。あのミサイルでヒナが重傷を負うとは思わなかったんだろう」
おそらくマコトはミサイルの事は知っていただろう。万魔殿の構成員の装備が対爆装備で固められていたし、外縁部には救助部隊が多く詰めていた。まるでそのことを知っていたみたいに。飛行船も殺す気でアリウスは可燃物を積んだはずだ。ただ搭乗していたメンバーは軽傷。イブキを庇ったマコトが多少怪我が多い程度だった。マコトが先に乗って可燃物を少しづつ減らしていたのかもしれない。
計算外だったのはミサイルの威力。トリニティの調査結果では未知の技術の塊らしく、解析不能という事だった。アリウスはヘイロー破壊爆弾なるモノも所持していたようだし、普通のミサイルならヒナもあそこまでにはならなかっただろう。
「マコトも生徒数で劣るアリウスがゲヘナとトリニティの両面作戦をするなんて思わなかった。計画に乗って、良いところで裏切るつもりが先手を打たれた感じだね」
「……つまりはあれか。自分の都合の良いように考え過ぎて失敗した感じか。今回はイレギュラーが多いせいもあるだろうけど……」
「そうだね。だから、カヤツリ。安心していいよ。列車砲をマコトは変な事には使わない。マコトもアレが、自分の手に負えない事くらいは分かってる。破壊の取り決めを反故にはしない。それにアンタが言った言葉を伝えたら実に嫌そうな顔をしてたよ」
貸し一つでいいと報酬を聞くマトにカヤツリは言ったのだ。こういう時は厳密に決めない方が良い。相手に非があるときは特に。カヤツリとしては今回の万魔殿の対応に不安になったのだろう。だから、報酬に金銭でなく貸しという形にしたのだ。
「それと、これももぎ取ってきた」
マトはそう言って一枚の紙切れをカヤツリに渡した。受け取ったカヤツリは書かれた数字に顔を顰める。
「小切手ってやつ? 凄い額だけど」
「文字通りね。今回の協力における迷惑料ってところだね。万魔殿の予算からだから安心しな。それに、そろそろ風紀委員会も休息が必要だ。万魔殿には休んだ分は仕事をしてもらう。風紀委員会が居なくなったらどれだけ仕事が増えるか、身体で覚えてもらうよ。マコトが忘れても、周りが止めるように」
「まあ、貰えるものは貰うよ。それで? いつ頃になるんだ? 後、ネフティスの件も」
カヤツリが言うのは列車砲の調査だ。場所を確認しなければ話にならない。ただ、今回のエデン条約の後始末にはそこそこの期間が必要だろう。あと数ヶ月は必要だった。
「あと数ヶ月は時間が欲しいね。それとネフティスだったね。十六夜ノノミ経由の依頼が気になるって?」
「そう。聞いたら終わるタイプの依頼とかあるから。その場所に行った事実だけでゴリ押されそうな気配がする」
「条約前の時間に調べたけれど、社員周りでそんな話は出ていないね。精々が十六夜ノノミが戻らない問題くらいかね?」
それを聞いてカヤツリは腹を抱えた。顔が歪んでいる所を見るに腹痛らしい。小切手を見た時の顔も腹痛のせいかもしれない。
「……大丈夫かい?」
「昨日から腹痛が酷くて……。レタスが痛んでたかな? ホシノが作ってくれたんだけど……」
「ああ、経緯はいいよ。口の中がとんでもないことになるからね」
マトはそれを聞いて話を切る。コーヒーが欲しくなる事態は避けたいからだ。ただ、本当に辛そうに見えた。
「……一旦、ここで中断しようか。腹痛が酷いなら、しっかり休みな」
「ごめん。またの機会にお願いする」
よろよろと教室を出ていくカヤツリをマトは見送る。
この時点のマトは、翌日にカヤツリが泣きついてくるとは思いもしなかったのだが。