ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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105話 未来に対する恐怖

「相変わらず、ヒナちゃんの攻撃は怖いね。でも、一目見れてよかったよ」

 

「死ぬかと思った……」

 

 

 ヒナの猛攻を潜り抜けてトリニティ自治区まで逃げてきたカヤツリは気疲れしていた。テラノは楽しそうにしている。乗っている分には遊園地のアトラクションのようなものだから。運転するこっちは気が気でなかったが。

 

 

「浮気だー。とか言ってそうだね」

 

 

 トリニティへの道をバイクで走行している最中に。ふと、テラノがそんなことを言った。

 

 テラノの、その発言にはカヤツリも同意するしかなかった。ヒナの追撃を振り切って落ち着いていた心臓がびくりと跳ねる。

 

 

「しょうがないじゃないか……」

 

 

 半ばやけくそにも聞こえる声で、カヤツリは呟く。

 

 そりゃあカヤツリだって、ホシノの言う事は優先してやりたいが、そうもいかない事態もある。今だってそうだし、これから先もあるだろう。その度にホシノはそうやって騒ぎ立てるのだろうか。

 

 今回はカヤツリが悪い。それは分かっているし、今日が終われば埋め合わせをするつもりはある。今回はそれで終わるだろうし、またテラノがやって来るかのような事態はそうそう起こらないはずだ。

 

 

「別に置いて行ったりなんかしないのに」

 

 

 あの時に約束したし、お互い口にも出した。何を今更騒ぎ立てるのか。一緒に暮らしてさえいるのに。これ以上はカヤツリに差し出すものは無い。

 

 ……あるにはある。ただ、出費が嵩む。三ヶ月分などかなりの金額だ。そこまで行けば契約した方が良い。絶対に破れないのだから。

 

 カヤツリにはホシノの気持ちが分からなくなってきていた。好意がどうこうというよりも、不安にさせてしまったという側面でだ。

 

 

「……そりゃ、カヤツリから見たらそうだろうね。でも、私から見たカヤツリもそうなんだよ?」

 

 

 テラノが運転中のカヤツリにも聞こえるように、そう言葉を零す。さも当然と言った言い方に、カヤツリは嫌な顔になった。

 

 

「知りたい?」

 

「何を」

 

 

 少し、揶揄うような。これから悪いことを計画する子供のような顔でテラノは、カヤツリに聞く。何のことだか分からなくて聞き返すカヤツリにテラノはさっきとおんなじ顔で言う。

 

 

「こっちの私がカヤツリに話していない事。あとは……まあ、色々? おじさんの秘密ってやつだね」

 

「……別にいい」

 

 

 カヤツリはテラノの提案を退ける。本人がいない所でそういったものを聞くのはマナー違反にも程があるし、聞いたところでどうしようもできないだろう。だから聞く必要が無い。聞いてホシノとうまく接することが出来なくなったらどうするというのだ。それに自分の内心を暴かれそうな嫌な予感がする。

 

 けれど、テラノはカヤツリの返答を気にもしていないようだった。

 

 

「でも、一方的にカヤツリが悪いって言うのもあれだから。フェアじゃないし、勝手に喋るね」

 

「聞いた意味は……?」

 

 

 カヤツリは呆れた。それなら最初の質問は聞いた意味がない。ただ、テラノにはちゃんと意味があるようで、カヤツリに理由を告げる。

 

 

「んーとね。確認かな。やっぱりカヤツリはカヤツリだっていうのと。こっちの私も大事にされてるなって。まぁ、今回はそのせいでもあると思うんだけど」

 

「……わけが分からない」

 

「だろうね。カヤツリも悪いって、たぶん皆は言うけど。私もあんまりよくないんだよ。フェアじゃないっていうのはそういう意味」

 

 

 テラノはどこか懐かしいものを思い出すように続きを話す。

 

 

「カヤツリはさ。あんまり素を出さないでしょ? 皆の前でも、先生の前でも、こっちの私の前でもそうなんじゃない?」

 

 

 当然の事をテラノは言う。人は誰しもそうやって生きている。ホシノだって人の事を言えないはずだった。おじさんなど、そういうキャラを作っているのはホシノだってそうだからだ。

 

 

「けど、カヤツリの前では違うと思うよ? こっちの私がどうだか知らないけどね。でも、少なくとも私はそうだった」

 

「……だから、素を出せって? 十分出してる」

 

「前と比べたらの話でしょ。それでも頑張ってると、今の私は思うんだけど。こっちの私はそうじゃないんだよ」

 

「そうじゃないって?」

 

 

 不満一杯の声をカヤツリは漏らした。それを聞いたテラノの小さい笑い声が聞こえる。

 

 

「こっちの私はね。カヤツリに甘えてほしいんだよ。我儘を言ってほしいの。頼りにしてほしいの。カヤツリの一番になりたいの」

 

「それはもう……」

 

「うん。分かってる」

 

 

 なってる。と続けようとしたカヤツリの言葉をテラノは遮る。分かってると言うのなら、とそう続けようとしたカヤツリは気づいて固まった。

 

 

「気がついた? 最初に電話して、助けを求めたのはこっちの私じゃないよね? 順番的には私だけど、あれは、安全確認のため。頼ったのはマトちゃんだもんね」

 

 

 ホシノが怒るだろうなと思って、マトに仲介を頼んだ。その逃げの選択肢が良くなかった。じゃあ最初にマトから、ホシノへ電話を代わるように言っていれば、そうすれば、こうならなかったのだろうか。

 

 苦々しい顔のカヤツリに、テラノは予想外の言葉を放つ。

 

 

「いや? そうしても、きっとこっちの私は怒るよ。おんなじ小鳥遊ホシノとはいえ。優先したのは私だからね」

 

「……どうしようもないじゃないか」

 

 

 いわゆる詰みの状態だった。そんなカヤツリをテラノは肯定する。

 

 

「そうだね。今回はもうしょうがないよ。あの状況じゃあ、こっちの私は感情的になって話を聞かないから。でも、大事なのはここだよ。カヤツリ。なんで私は、ここまで感情的になると思う?」

 

「俺が素を出さないから?」

 

 

 さっきテラノが言った答えを答えるが、テラノは微妙な顔だ。

 

 

「半分合ってて半分間違ってる。それは一要素でしかないよ。そりゃあね。普段はそうだよ? 人だもの、キャラを作るよ。でもカヤツリは、私相手にもそうするじゃない。一線超えた時ですらさ。隠しても無駄だよ。そっちの私はまだしも私は知ってるから」

 

 

「……つまり?」

 

 

 最低の未来知識の使い方だった。でも、手加減したからとか、そんなくだらない理由ではないはずだった。テラノは分からないカヤツリに呆れたように言う。

 

 

「そっちの私はね。不安なんだよ。カヤツリがいなくならないか。幸せが逃げてしまわないかが不安なの」

 

 

 テラノの言葉に、カヤツリは間違っていると思った。だから、テラノに向かって反論する。

 

 

「ホシノの自信の話だろう。それは、俺が頼らなかったからだろ。俺が何もやらせなかったから。でも今は違う」

 

 

 昔の話だ。カヤツリが何もホシノにやらせなかったせいで、ホシノの自信が喪失したこと。そのせいで、危うく黒服の取引に乗りそうになったこと。

 

 でもそれはもう終わった話だ。今は違う。

 

 カヤツリもノノミとホシノに教えているし、ホシノも対策委員長の仕事もできるようになってきた。カヤツリも仕事を任せたりすることもある。今はまだ時期ではないが、各校代表者同士の話し合いの場にでても恥ずかしくはない。今回だって、後輩たちと相談して便利屋やマトを呼んだりしている。過去とは違って、成功体験が積みあがっているはずだ。それなのに何が不安だと言うのか。カヤツリには分からなかった。

 

 

「カヤツリの言う通りに、後輩たちやアビドスの事はいいよ。おかげで借金も減ってきているんだろうし、さっきの対応も凄いと思う。前の私じゃ考えられないよ。でもね。そっちじゃないんだよ」

 

 

 カヤツリには、テラノの言うそっちが分からない。テラノは仕方なさそうにカヤツリに教える。

 

 

「カヤツリ個人の間の事は? そっちの私とカヤツリは、二人の間に何かを積み上げられたの? アビドスのことや後輩たちのことしかないんじゃない?」

 

「……一緒に暮らしてるだろ。デートだってしたし……」

 

「苦し紛れの答えは止めなよ。ホントは分かってるでしょ」

 

 

 テラノの、カヤツリの言い訳を咎めるような言葉が、カヤツリを突き刺す。カヤツリは口籠った。テラノの言う事は、その通りだからだ。

 

 確かに一緒に暮らしているし、デートだってした。あまり大っぴらには言えないけれど、一線を越えた。

 

 でもそれは、大体が偶然が重なったり、必要に迫られていたり、ホシノが理由をつけて押してきたりと、二人で決めたことでは無い。同居はカヤツリの家が吹き飛んだ流れでだし、デートは終わりが締まらないから。一線は強いホシノの要望によるものだ。それにカヤツリは抵抗しなかっただけだ。

 

 言われてみれば、後輩たちやアビドスの事とは違って、ホシノとカヤツリの間で積み上げたものはあまりない。成り行きや、片方のごり押しで成ったものばかりだ。

 

 

「もう、分かったと思うけど。そっちの私とカヤツリの間の事はね。前とあんまり変わらないんだよ。カヤツリは私に我儘を言わないし、私に助けられることなんてない。カヤツリにとってはそうじゃないんだろうけど。そっちの私もまだはっきり自覚してないしね」

 

 

 ホシノがはっきりと分かっていないのはそうだろうとカヤツリは思う。今のホシノなら、そうと気がついた瞬間に言ってくるはずだから。それはテラノも頷く。

 

 

「そっちの私が気づけばね。さっき言ったでしょ。一番になりたいって。それはずっとそうなんだよ。それはここ最近に始まった話じゃないんだ。言えるなら多分言ってるんだよ。でもね、無意識に蓋をしてるんだよ」

 

「どうして?」

 

 

 カヤツリの質問に、テラノは少しだけ声を固くして答える。

 

 

「初めに私がそれを自覚したのはビナー戦の後だよ。でもあんなことになったからさ。気がつかないふりをして、押し込めた」

 

「……それは、まさか」

 

「うん。カヤツリの予測は当たってると思うよ」

 

 

 テラノの声が固い声から、空元気の混じった声になった。そのまま一息にテラノは言う。

 

 

「ユメ先輩と喧嘩した事。あの時期はさ。私の機嫌が悪かったでしょ。あれは、ユメ先輩に嫉妬してたんだよ。嫉妬してたから、喧嘩したの。普段は流せるユメ先輩の夢物語を私は流せなかった。カヤツリを独り占めしたユメ先輩を許せなかった。こっちの私の秘密はそういう事だよ」

 

 

 カヤツリは何も言えなかった。これはホシノの爆弾だった。喧嘩をしたことは知っているけれど、理由までは踏み入らなかったから。でも、これは知らない方が良い事だった。ホシノがきっと隠したかったもの。テラノは一体どういうつもりなのか、カヤツリは問い詰める。

 

 

「それを俺に言ってどうするんだ。テラノから聞いたって言って、慰めろとでもいうつもりか? そんなことで俺がホシノが喜ぶとでも思ったのか?」

 

「必要だから言ったんだよ。カヤツリも、そっちの私にもね」

 

「何?」

 

 

 一粒もふざけた様子もない声でテラノが言うので、カヤツリは虚を突かれて、一言だけしか出なかった。

 

 

「さっきも言ったけど、そっちの私はね。不安なんだよ。今は幸せだよ。後輩たちもいるし、アビドスも順調。カヤツリもいてくれる。これ以上は無いってくらいにね。でも、それは前もそうだったんだよ。ユメ先輩とカヤツリがいる時もそうだった。本当に私は幸せだったんだよ」

 

 

 カヤツリも知っていることを。カヤツリもそう思っていることをテラノは語る。けれど、カヤツリはその続きを知っている。テラノも、もちろんそうだろう。

 

 

「でも、それは砂のお城みたいに崩れちゃったんだ。私が嫉妬したから、欲張ったから、我儘を言ったから、あんなことになったんだよ。私は自分で壊したんだよ。ここまで言えば理由はもう分かるでしょ?」

 

 

 ここまで言われれば、カヤツリも分かった。だから、テラノはホシノの秘密を話したのだろう。

 

 無意識に蓋をしているとテラノは言った。それはそうだ。自分が我儘を通して、感情を抑えなかったから、先輩はああなった。偶然とミスが重なった事態とはいえ、ホシノの中ではそうなのだろう。

 

 だから、カヤツリに言わないのだ。うっすら気がついていても、もっと頼ってほしいと思っても、甘えてほしいと思っても。それはホシノの我儘だから。また、我儘を通せばカヤツリが先輩のようになるかもしれない。そう思っている。

 

 普通に考えればあり得ない話だ。ゲームのフラグではないのだから、そんなことは起きやしない。でも、ホシノにとってはそうではない。

 

 

「このまま我慢したら、お互いに、いつか取り返しのつかないことを起こすと思うよ。ずっと我慢できるものでもないしね。それに兆候はあったでしょ。デートの後とか、リゾートの後、それに調印式の時もね」

 

「あれは、我儘じゃなかったのか……俺は何にも……」

 

 

 カヤツリは言葉を吐き出した。

 

 上手くやっていると思っていた。ホシノも我儘を言えるようになったと。二人でうまく積み上げていけたのだと。そう勝手に思っていた。とんだ思い上がりだ。

 

 実際はホシノに無理を強いていた。もっとカヤツリが気がついてやるべきだったのに。

 

 一緒に寝るようになったこと、一線を越えるのを強請られたこと、契約についてしつこく聞かれたこと。あれは我儘だと思っていたが違ったらしい。テラノもそうだと言うように息を吐き出した。

 

 

「我儘ならね。そう言えばいいんだよ。あれがやりたい。これがやりたいってね。でもそうじゃなかった。全部に理由があったでしょ。そうする理由があれば、私の中ではセーフなんだよ」

 

 

 そうだ。我儘なら言えばいいのだ。唐突に、理由もなく、思うがままにそう言えばいい。それが受け入れられるにしろ、そうじゃないにしろ、言うだけならタダだ。それにカヤツリもそんなことで目くじらを立てたりしない。

 

 でも、ホシノは言えないのだ。そうすれば、悪いことが起こると思っている。だから、理由をつけるのだ。そうすれば我儘ではないから。そうすれば悪いことは起きないから。まるでジンクスだ。それも質の悪い。

 

 カヤツリの家が吹き飛んで、同居するようになってから思いついたのかもしれない。いつかはとホシノは思っていたけれど言えなかった。そこに丁度良くカヤツリの家は吹き飛んだから。ホシノにとっては、ある種の賭けだったのだろう。それで、何も起きなかったから味を占めたのだ。

 

 デートの時はカヤツリが”何でも言って良い”と言った。リゾートの時は我儘とホシノは言ったけれど、前提にはカヤツリが寝不足だとか、鯨の求愛行動をしたとかなんとかの屁理屈。調印式の契約の事を聞いたのはジンクスと何か関係があるかと思ったのかもしれない。

 

 

「でも、カヤツリが落ち込むことは無いんだよ。お互い様なんだから」

 

 

 ホシノの状態に気がつかなくて落ち込むカヤツリにテラノは言う。

 

 

「我儘はエスカレートしてるから。一線超えた時なんかはもう屁理屈だからね。そろそろ何もないって気がつく頃かな。そっちの私も分かってるとは思うんだけどさ。それはカヤツリのおかげなんだよ。カヤツリが一緒に居てくれたおかげなの」

 

「そうかな……」

 

「そうだよ。そのまま行けば、あと少しでお互いに気がついて話したと思うんだけど。私が来て拗らせちゃったからね。お詫びってところかな。だから、カヤツリの理由は聞かないでおくね。それは、こっちの私が聞くことだからさ」

 

 

 少なくとも良くはなっているらしい。でもどうすれば良いのか。何にも分からなくてカヤツリは渋い顔になる。

 

 それを見てテラノは笑ったようだった。そんな声が隣から聞こえる。

 

 気がつけば結構な長話だったせいか、目的地はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 □

 

 

「ほら坊主。まずは一つできたから持っていきな。もう少しでもう一つもできる」

 

「ありがとう。大将」

 

 

 柴関ラーメンの屋台から、カヤツリは一人分のラーメンを受け取った。それを近くのテーブルで待っているテラノに渡すと嬉しそうに受け取っている。

 

 

「ああ、この味だよ。この味。おいしいねぇ」

 

 

 そんなことを言って、テラノはおいしそうにラーメンを啜っている。嬉しそうに食べるテラノを見るとカヤツリも嬉しくなる。大将がラーメン屋をやっている理由がわかる気がした。

 

 

「できたぞ」

 

 

 そう大将が呼ぶのでテラノを残して、屋台へと戻る。大将は屋台のテーブルに器を置いて待っていた。ただ、器は空っぽだった。文句を言おうと顔を上げたカヤツリをじっと大将が見つめて口を開いた。

 

 

「何か話したい事でもあるんだろ。ほら、ホシノの嬢ちゃんとか。髪を切るなんて何かあったんじゃないのか」

 

 

 相も変わらず、大将はお見通しのようだった。カヤツリは諦めて、屋台の方の席に着く。大将はテラノのことをホシノだと思っているらしい。厳密には違うのだがここで修正しても話がややこしくなるだけだから。後日、改めて言えばいいだろう。

 

 

「ちょっと喧嘩してまして……」

 

 

 そういう設定で行く。並行世界などの難しい設定は抜きで。さっきのテラノとの話を分かりやすくすればいい。

 

 ホシノと喧嘩したこと。カヤツリは積み上げられていると思っていたものがそうではなかったこと。ホシノが我儘を言えないこと、それを気がつかないふりをしていること。今まで通りでいいのか、それとも、甘やかした方が良いのか分からないこと。もうどうすれば良いのか分からなくなって、自信が無くなってしまったこと。今は怖くてたまらないこと。

 

 

「……随分と遠くに行っちまったな。坊主は。そんな事に悩むようになったのか」

 

 

 どこか大将は遠い目をしていた。しばらく遠くを見つめた後に大将は言う。

 

 

「聞いておいてなんだが、独り身の俺に言えることはあまりない。それでもいいって言うなら伝えるが。どうする」

 

「お願いします」

 

 

 今は何でもいいから、意見が欲しかった。大将は前にもカヤツリを助けてくれたから。カヤツリを見て大将は大きく長く息を吐く。

 

 

「俺から言えることはこれだけだ。嬢ちゃんから逃げるなよ。坊主」

 

 

 大将の言葉は静かだったけれど鋭かった。そのせいでカヤツリの胸によく刺さる。固まるカヤツリに向かって大将は言葉を放つ。

 

 

「それは、その答えは坊主が自分で出すもんだ。俺に聞くもんじゃない。そうして出した答えは俺の答えであって、坊主の答えじゃない。きっと先生だってそう言うだろうさ。坊主が話すのは、相談するべきなのは一人だけだ」

 

 

 それは実際その通りで、カヤツリは小さくなった。

 

 ホシノと相談するべきなのだ。さっきまではできただろうが、今はどうにも難しい。カヤツリはホシノの事を理解したと思って、全くできていなかったから。テラノに言われて気がつく体たらくだ。

 

 そんなカヤツリがホシノと話してどうなるのだろう。事態がもっと拗れるかもしれないし、とんでもないことを起こすかもしれない。どうにもカヤツリは怖くなった。もしかしたら、最初から怖かったのかもしれない。だから、カヤツリから踏み込めない。自覚した幸せを、失敗して幸せを失うのが恐ろしい。

 

 

「……怖がっているのが坊主だけだと思うなよ。きっとホシノの嬢ちゃんだってそうさ。だから嬢ちゃんも我儘を言えないんじゃないのか。怖くないなら言えるはずだ。そうじゃないから、今こうなっているんじゃないのか」

 

 

 どうすればと、言いそうになったカヤツリは口を閉じた。これはホシノ相手でなければ意味がないのだ。すっかり小さくなったカヤツリを見て、大将は言う。

 

 

「……坊主が自分で言っただろう。それが、二人で積み上げていくってことじゃないのか。そうすれば怖くなんてなくなるんじゃないのか。上手くいかなくても、積んだことには変わりない。失敗を積み重ねていくもんだろう。それは少しづつかもしれないが、確かに進んではいるんだ。積んでいるわけだからな。違うか?」

 

「そうですね……」

 

 

 呻くように言うカヤツリを見て言い過ぎたと思ったのか、大将が別の話を始めた。

 

 

「ラーメンも一緒さ。俺のこの味も最初からそうだったわけじゃない。ベースの味があって、少しずつ少しずつ変えていった。マズいと言われたことも一度や二度じゃない」

 

「え?」

 

 

 初耳だった。大将のラーメンはこんなにおいしいのに。驚くカヤツリに向かって、大将は目を細めて言う。

 

 

「悔しかったし、怖かった。でも俺は諦めなかった。だからこそ、この味が、俺の求めた味が、今ここにある」

 

 

 つい先ほどに、同じ話を聞いたばかりのような気がした。黒服の話とどこか似ているような、そんな気がした。まさか、黒服がこの事態を見越していたとは考えにくいから。気のせいだとは思うが。気のせいでないなら、見透かされるまでに分かりやすいということだ。だから、未来の話に食いついたのかもしれない。

 

 

「きっと最初からうまくはいかないだろう。それが普通だ。喧嘩だってするだろう。でも、そんなんことで終わるほどに坊主とホシノの嬢ちゃんの関係は浅いのか? 俺はそうは思わない。それは坊主が一番知っているだろ。それを坊主が信じてやらなくてどうするんだ」

 

 

 厳しい言葉なのにどこか温かった。まだ不安はあるが、カヤツリは、やるべきことはもう分かっていた。

 

 

「ああは言ったがな。少なくとも坊主は俺よりも大変なんだ。なんだかんだで俺は独り身だ。取るのは自分の責任だけでいいし、ラーメンはものを言わない。それに、この腕があれば大体のところでは生きていける」

 

 

 大将はカヤツリが怯えていることを避けるように話をする。

 

 

「坊主は自分の事だけじゃない。嬢ちゃんのことやアビドスのこと、セリカちゃんみたいな後輩たちまで背負わなきゃならない。俺にはきっとできないだろう。本当は俺に坊主なんて呼ぶ資格はないんだ。でも俺は坊主ならできると思う。慰めじゃなく坊主ならできると思ってる」

 

「どうして、そう思ってくれるんですか?」

 

 

 大将は何も知らないはずなのに、今の怯えているカヤツリしか見ていないはずなのに、カヤツリならできると言うのだ。

 

 

「だって嬢ちゃんのことが一番好きなんだろう? 坊主は嬢ちゃんが、ここが、セリカちゃんたちが好きなんだろ? 嬢ちゃんだってそうだろうさ。俺が側から見てそう思えるんだから、そうなんだよ。だから、今まで頑張れたんだろう。なら好きなら頑張れるはずだ。俺がそうだからだ。ラーメンと比べるのは失礼だがな。でも、必要なのはそれだけだ。それが一番難しい。でも坊主はできている。ならできるはずだ」

 

 

 カヤツリは胸やら目や鼻の奥が熱かった。大将に気づかれないように下を向く。視界の外で器や調理器具がぶつかる音がした。

 

 

「……ほら、注文のラーメンだ。熱いからな。少し冷ましてから戻るといい」

 

 

 カヤツリの顔を見て、大将はラーメンを出す。もう何も言う気は無いようで、いつものような表情で、少し笑ってカヤツリを見ていた。

 

 カヤツリは器を持つ。確かに少し熱くて、テラノの所に戻るのに少し時間が必要そうだった。レンゲでちびちびと熱いスープを啜る。

 

 それは、いつもよりも少しだけ塩辛い味がした。

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