ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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107話 タダ働きと尻拭い

 無性に腹が立つ。自分のせいでは無いのに、その後処理をしなければならないのは。

 

 よくもまあ、こんなことを文句も言わずにカヤツリはやっていたものだと思う。

 

 セトは久しぶりに活動していたが、愉快な気分ではなかった。活動している理由はお察しの通りに、今回の後始末であった。

 

 

「いや。悪いね。セトちゃん」

 

 

 そう、テラノがセトに手を合わせるがセトは無視した。本当にそう思っているなら、申し訳なさそうな顔一つくらいすればいいのだ。どこか、へらへらしたような雰囲気がセトの癪に障る。

 

 

「随分と寛いで良い身分だね。家主を働かせてなんか言うことないの?」

 

「だから、悪いねって。そう言ってるじゃない」

 

 

 テラノに聞こえるように、セトは盛大な舌打ちをする。それを向けられたテラノは全く気にもしていなかった。それに対しても腹が立つ。

 

 苛立ちを抑え込んでセトは仕事を再開する。

 

 二人が今いるここは、普段セトが引っ込んで眠っている精神世界だった。

 

 あの時にテラノはホシノの前から消えたが、ここに戻ってきていた。そうするようにセトがしっかりと言い含めたからだ。

 

 ここは以前にカヤツリとホシノを招待した時とは違い、アビドスの旧生徒会室ではなく、外の二人がいるだろうホシノの自宅内部に改装されていた。

 

 セトにとっては居心地が悪くて仕方がないし、自分の領域なのに自分並みに使えるというのが理解ができなくて不快だった。セトが怒っているのは、そのせいもある。

 

 眠っていたところを叩き起こされて、自分の住まいを勝手に模様替えされ、挙句の果てには、ソイツの尻拭い。腹が立たない方がおかしい。

 

 そんなことを思いながら、不満たらたらで作業をするセトの耳が、この場に相応しくない音を拾う。

 

 

「わわわ……」

 

 

 舌打ちと共に、テラノの方を振り向けば、テラノがテレビの前で慌てていた。暇だからと電源を入れたのはいいが、内容が問題だ。

 

 あれは外の世界への覗き窓。カヤツリの見たもの聞いたものが映る。

 

 だからこそ、セトはカヤツリがホシノに引きずり込まれた時に、付けていたそれを消していた。

 

 今、外で起こっていることは仕事中のBGMとしては最悪の部類だからだ。それを台無しにしてくれたテラノにセトは嫌味をぶつける。

 

 

「ここを場末のモーテルにする気? 好きでそれを見ているなら、品性を疑うんだけど?」

 

「ごめん……」

 

 

 テレビの事をテラノが謝るが、セトは我慢の限界だった。このままでは進捗に差し障るだろう。少し休憩することにする。

 

 ソファーにもたれかかって天井を見つめる。何もない無地の天井だが、それがセトの荒れた心中を落ち着かせてくれていた。

 

 流石に悪いと思ったのか、テラノが気遣わしげにセトをちらちらと見ている。

 

 

「何?」

 

 

 さっきのふてぶてしい態度は違った、セトの顔色を伺うような態度が鼻につく。さっきからのテンションの乱高下の理由はおおよその予想は着くが。それもあって口調がきつくなる。

 

 

「いや、邪魔しちゃったからさ。なんだか大変そうだし、今になって思えば、何でこんなに良くしてくれるのか分からないし……」

 

「成り行きってだけ。こうでもしないとカヤツリも私も困る。小鳥遊ホシノの為にやっているわけじゃない」

 

 

 セトが今、何をしているかと言えば、テラノの尻拭い──カヤツリから分離したときに置いて行った部分の回収だ。

 

 それを集めて、目の前のテラノに統合しなければならない。

 

 

「小鳥遊ホシノ……ああ、テラノだっけ。君がここに来た時に説明したけど覚えてる? 私が説明したことだよ」

 

「……そのまま出ると、この世界から弾き飛ばされるんだっけ?」

 

「そう。黒服が電車に例えていたでしょ。この電車は案外狭量でね。同じ存在の乗車を許さない。あまりない事態ではあるんだけど、今回みたいな場合は君が放り出される。小鳥遊ホシノの名義で無賃乗車してるようなものだからね」

 

 

 だから、テクスチャを作ったのだ。以前にセトがやったことでもある。テクスチャを被れば、ある程度はお目こぼしをしてくれるのだ。それは朝飯前だった。逸話も経験したわけでは無いが知っているからだ。

 

 ここなら、セトの記録は読めるのだ。カヤツリはセトの記録から映し出された影だから。影から大元を辿るのはここからであれば容易い。それをセトは上手く活用していた。

 

 

「……何で君が困るのさ。だったら、私なんか放っておけばよかったでしょ」

 

「あのね。ここから放り出したら、どうなるか分からないんだよ。そのまま消えてくれればいいけどね。そうでないなら困るよ。黒服にでも回収されたらどうする気だったわけ?」

 

「うっ……」

 

 

 図星を突かれたのかテラノが呻いた。まさかとは思うが、自分が善意で助けたのだと思ったのだろうか。ホシノ違いではあるが、勘違いしないようにはっきり言っておいた方が良いかもしれない。

 

 

「いい? 私はホルスが大嫌い。だから君も嫌いだし、こっちの小鳥遊ホシノはカヤツリの事もあって、もっと嫌い」

 

「うへ。分かってるよ……。こっちのセトちゃんも刺々しいよ~。でも助けてくれたよね。それが打算ありきだとしてもさ」

 

「……はぁ。思いたければ、そう思えばいいよ」

 

「うん。だから勝手にするね」

 

 

 セトはテラノに調子を崩されていた。さっきまで、どこか落ち込んでいるような雰囲気だったくせに。セトが釘を刺そうとすれば揶揄ってくる。どうにも流れがつかめない。ここが、こちらの小鳥遊ホシノとは違う点だった。

 

 

「それで、態々切り離したのを探してるの?」

 

「……本当に説明を聞いていなかったみたいで、私はがっかりだけど。そうだよ」

 

 

 セトは呆れる。幾ら、ここにやってきた時に死にそうな表情をしていたとはいえ、適当に返事をしていたらしい。確かにテクスチャを被せる際に、テラノのテクスチャを弄り、かなりのサイズダウンを図った。そのせいで、外に出る時には記憶は必要最低限しかないのは良い。ただここなら、全部覚えているはずだ。まだ統合していないとはいえ、切り離した部分はここにあるのだから。

 

 だから、覚えていないというのはあり得ない。話を聞いていないのだ。

 

 それは心外なのかテラノが慌てた様に弁解する。

 

 

「いや、だってセトちゃんの話は難しいんだよ。あの時の私にそれを理解しろって言うのは酷じゃない? 簡単に言ってって言ったら”無意味に送り返されるか、少し足掻いてみるか選んで”なんてさ」

 

「そうだったなら、自分の頭の回転の悪さを恨むんだね」

 

 

 何が嬉しいのか、罵倒されているくせに”ひどいよ~”なんて言っている。能天気そうなテラノの表情を見ていると腹が立ってきた。少しは、こちらの苦労を理解すればいいのだ。

 

 

「いい? 頭の悪い君にもう一度言うけれど。君は残滓の状態でやってきたの。その状態なら、乾燥ワカメを水で戻すみたいに、カヤツリ君の神秘を注げば復活はする。でも、そんなことをすればカヤツリ君が干からびる。それほどまでに今の君は格が高い」

 

 

 態々テクスチャを作ったのは、別にテラノにここを観光させるためではない。カヤツリが神秘を吸い尽くされないようにするためだ。テクスチャを作って格を落とさなければ、カヤツリは死んでいただろう。だから、セトにとってはとんだ疫病神でしかない。

 

 

「……そんなに? 私には実感無いんだけど……。なんの役にも立たなかったし」

 

 

 そうだろうなとセトは思う。大概の物は軽く焼き尽くせるだろう。逆にそれ以外は何もできないが。神秘なら守護か癒しが使えるかもしれないが、恐怖ではそんなものは望めない。癪なことに、その格のせいでセトはこんなことになっているのだが。

 

 

「……癪だけど、本当に癪だけどね。今の君は私の上司みたいなものだから。君の言う事をある程度は聞かなきゃいけないし、配慮もしなきゃいけないんだよ」

 

 

 本当なら、ある程度の形を整えたうえで放り出していた。カヤツリが干からびるのは、急速に戻した場合だけだ。負担が掛からない程度に神秘を横流しすれば数ヶ月で戻せただろう。そして、この電車からはじき出せたはずだからだ。

 

 そうでなければ、嫌いな奴に選択肢を用意しない。

 

 

「でも、切り離しただけならすぐ見つかるんじゃないの?」

 

 

 テラノの素朴な疑問に、セトはため息を吐く。そうであればどんなに簡単だろうか。そうできたなら、セトがカヤツリを説得する必要は無かったのだ。問答無用で新しいテクスチャを作って、行動できただろう。

 

 

「あのね。構成に齟齬が出ないようにしないといけないの。本当にめんどくさいことにね。君は複合神性なんだよ。ホルスだけじゃないの。黒服が言ってたでしょ。大ホルスって」

 

「ああ、そうだね。大きいのがあるってことは、中・小もあるの?」

 

「丼物じゃないけど、小はある。今までの、アビドスの生徒会長になる前の小鳥遊ホシノは小ホルスだった。今は違うけど」

 

 

 小ホルスは、まだ王になる前のホルス。王座をめぐってセトと相争っていた時の。だから、格も低いし、セトも言う事を聞く理由は無い。だからこそ、あの戦いがあった。

 

 大ホルスは、その後の。セトに勝った後のホルスだった。太陽の神性。太陽という共通事項を持った神性をいくつか取り込んだ複合神性。だから、他の神性の特徴が使える。その中には、セトの上司のモノがあるのだ。まあ、セトに勝ったという逸話付きでもあるから、そうでなくとも言う事は聞かなきゃならないのだが。

 

 

「複数の要素の塊である君から、今回使用したテクスチャに共通する以外のモノを切り落とした。それがさっきまでの君。そこに切り落としたモノをくっつけるのは面倒。粘土じゃないの。例えるなら、組みあがった機械をバラして組み直してるようなものだよ」

 

 

 それなりに集中力を要する作業なのに、さっきから邪魔しかしないから、こうなっているのだ。テラノは納得したようだったが、まだ聞きたいことがあるのか質問してきた。

 

 

「黒服は、私の中のカヤツリの神秘が尽きればって言ってたけど?」

 

「それでもいいんだけどね。カヤツリ君の中に、君のモノを欠片たりとも残しておきたくないの。原状復帰って言葉を知らない?」

 

「……」

 

 

 テラノは黙り込んでいるから、きっと知らないのだろう。カヤツリの中にテラノの恐怖を残しておくなど、どんな悪影響があるか分かったものではない。だから、現状復帰を図るのは当然だった。黒服も分かっているだろうが、あわよくばとも思っているのかもしれない。

 

 少なくとも、テラノが静かになったので、セトは作業を再開した。さっきとは違って作業スピードが段違いだ。休息がいい方向に作用したようだった。

 

 

「あ」

 

「何?」

 

 

 何かに気がついたかのようにテラノの声に、セトはまた作業を中断させられた。苛立ちを含んだ声で、テラノに聞き返す。どこかテラノは慌てているようだった。

 

 

「神秘は?」

 

「はぁ?」

 

「だから、私を元に戻すための神秘! このままじゃ、カヤツリが干からびちゃうんじゃ……」

 

「今更、そんなことを言うの? 全部織り込み済みで行動してたと思ったんだけど? やっぱり何にも考えてなかったんだ」

 

 

 中から、テラノの行動を見て中々やるものだと、セトは感心していたのだが。欲求のままに動いていただけだったらしい。

 

 

「心配はいらない。カヤツリだけじゃ足りないのは確か。でも、足りないなら、他所から持ってくればいいでしょ。おあつらえ向きに目の前にあるんだから」

 

「……?」

 

 

 テラノは分からないようで、あまりの察しの悪さにセトは辟易する。これ以上に悩ませるのは時間の無駄だから、セトは答えを言った。

 

 

「こっちの小鳥遊ホシノの神秘を拝借する。丁度良く、君が煽ったおかげでお楽しみ中だしね。カヤツリが干からびるって言うのも間違いじゃないか……」

 

 

 世界が違うとはいえ、同一人物の神秘だ。相性は言うまでもないだろう。そのまま入れるのも不安なので、カヤツリのと混ぜながらだが。

 

 この策はかなり効果的だった。一石二鳥どころではない。だからこそ感心したのだ。

 

 

「元は同一人物の神秘だから燃費がいい。それにカヤツリのと混ぜて入れることで、今回のカヤツリの子供っていうテクスチャと相性がいい。それに、カヤツリに迷惑を掛けなくて済むのが一番いい」

 

「迷惑って、そうだけどさ……カヤツリも抵抗しないし……」

 

「学生なのに、一時の気の迷いでカヤツリを六人家族にする気? 四日連続とか、君は我慢って物を知らないの? 今回は二人の子供っていうテクスチャを被った君がいるから、何とかできるけどさ」

 

 

 セトの遠慮ない言葉にテラノの顔が真っ赤になった。ウブなネンネじゃあるまいし、今更何を恥ずかしがっているのか分からなかった。

 

 ようやく静かになったテラノを放置して、作業を再開する。言いたいことを吐き出したおかげか作業はすぐに終わった。

 

 あとは、二人の神秘が溜まるのを待つだけだった。

 

 

「相変わらず、大した独占欲だこと」

 

 

 一息つきながら、セトが吐き捨てた。結局今回も小鳥遊ホシノに振り回された事には変わらない。別世界の小鳥遊ホシノだから、こちらの小鳥遊ホシノの約束には抵触しない。今回、セトはタダ働きさせられたようなものだからだ。

 

 

「別にいいでしょ。思うだけならさ」

 

「あれでも、まだ隠しているつもりだったわけ?」

 

 

 セトはテラノの言葉を無視しようと思ったが、予想外の言葉につい反応してしまった。テラノは何ともないような顔で思いを吐き出す。それを聞いたセトの顔が引きつった。

 

 

「ホントはね。閉じ込めて出したくないんだよ。アビドスの外に出て欲しくないんだ。私だけに優しくしてほしいし、私だけを見てほしい。そうしたら守れるものも守れないから我慢はするけどね」

 

「まだ、十六夜ノノミの方がマシだったかもね……。今となっては過ぎた話だけど」

 

「は? 何それ」

 

 

 ぼそりと呟いたセトの言葉をテラノは聞き取ってしまったようだった。何かが癪に障ったのか眼光が鋭い。話せと言う無言の圧にセトは隠すのを止めた。セトの記録の話だから、あまり関係は無いと思うのだが。

 

 

「今回は君とくっついたけど。何かがズレてたら、そうならなかったかもって言う話。元々のセトの配偶者はネフティスだったんだから」

 

「だから、ノノミちゃんてこと? ……脳が破壊されそうなんだけど。こんなの寝取られだよ……」

 

「寝てから言いなよ……って。そうだね。その反応からして、その資格はあるのか」

 

 

 まあ、寝取られたのはホルスではなくセトなのだが。最初はそうではなかったが、後付けの逸話でだ。よりによって兄に。子供もいたがいないことになった。

 

 もし、あの時にアビドス高校でなくて、カイザーでなくて、セイントネフティスに行っていたら分からなかったが、今はそうではない。カヤツリはそんな奴でないし、セトとホルスがこうなっているのだから、いらない心配だ。

 

 けれど、それは秘密にしておく。自分に迷惑を掛けた分くらい、少しは苦しめばいいのだ。

 

 

「他には?」

 

「はぁ? 話せってこと?」

 

「後は溜まるのを待つだけでしょ。早く」

 

 

 自分の失言に舌打ちする。腹立たしいが上司の命令だ。逆らえない。

 

 

「意味は無いよ。他の学校に行った場合を考えても仕方がない。記録に関連した縁なんて砂狼シロコと、それこそあの風紀委員長くらいだし。もう一つミレニアムにあるけど、あれは仕事だしね……そもそも君が気にすること? もう、君には関係ないでしょ」

 

「関係──」

 

「無い。君がそうなってるってことは、向こうの世界は碌なことになっていない。そんなの心配するだけ無駄。とっくにそんなことは分かってるはず」

 

 

 セトはテラノを突き放す。テラノの恐怖の調整をする以上は、ある程度その中身を理解しなければならない。少ししか分からなかったが、セトにはそれだけで十分だった。

 

 

「もう、そっちのカヤツリ君を絶対に君から離れられなくしたくせに。何を心配するの。君ができるのは、君の世界に帰る事だけだよ。幾ら話し相手がいなくて寂しくてもね」

 

「そうだったね……ごめん、セトちゃん」

 

「へぇ……」

 

 

 セトはある意味感心した。テラノの目に諦めは無かった。ここに流れ着いた時とはまるで大違いだった。今日一日の観光が何かいい方向に影響したらしかった。

 

 

「時間になった。ほら、準備して」

 

「うん」

 

 

 規定量の神秘が溜まった。あとはこれをテラノに供給すれば、セトの仕事は終わりだった。ただ、仕事は最後まできっちりやらなければならない。

 

 

「いい? 今から君に神秘を供給する。そしたら、直ぐにここから出て。出たら、この世界からはじき出されるけど、そっちのカヤツリ君の契約が君を離さない。黒服の言った通りになるはず」

 

「つまり、私がやるのは。ここから出ればいいってこと?」

 

「そう。じゃあ、始めるよ」

 

 

 神秘が注がれるにつれ、目の前のテラノの神性が膨れ上がっていく。そろそろのところで、セトはテラノに声を掛ける。

 

 

「まあ。精々頑張って」

 

 

 振り返ったテラノは、少し驚いた顔をしてから消えた。彼女がいなくなると同時に、精神世界が小鳥遊ホシノの自宅から旧生徒会室へと変化していく。押しつぶすような神性も消えて、いつもの様子に戻る。

 

 セトは疲れた身体を休めるために、大きく伸びをした。

 

 

 □

 

 

 テラノの身体を温かい何かが包んでいた。心地よい暖かさの、まるで誰かに抱きしめられているような。誰かの腕の中に居るような。

 

 テラノは夢を見ていた。かつての懐かしい。楽しかった頃の記憶。今はもういない皆の姿。なんだか、懐かしくて、嬉しくて、悲しい気持ちが湧いてくる。

 

 自分がこうなって、どれだけの時間が過ぎたのか覚えていない。今のように寝ていることが多いから、時間の間隔が曖昧だ。

 

 時々、カヤツリに起こされて仕事をする。そうしたら、また眠る。そういうサイクルを繰り返していた。こういった単純作業の繰り返しは確実にテラノの精神を削っていて、諦めがあった。

 

 だから、最近の記憶はあやふやだ。やらなければならない事しか覚えていない。

 

 けれど、久しぶりにいい夢を見たから。少し元気が出たような気がする。夢の中で励まされたから、夢の中で、もう少し頑張ってみようと決めたから。

 

 今いる場所から引き上げられるような感覚がする。そろそろ出番の時間だった。

 

 目を覚ませば辺りは廃墟だった。激しい戦闘行為があったようで、戦闘痕があたりに残っている。

 

 

「……っ」

 

 

 どこか押し殺した声が聞こえる。そちらに振り向けば、どこか絶望したような、追い詰められたような、どこか怯えた表情の人物が立っていた。こちらに銃を向けて、じりじりと距離を取っている。

 

 

「……」

 

 

 今は、テラノの仕事の時間だった。あまり時間は無い。だから、目の前の人物と話す余裕はない。けれど、やらなければいけない事は分かっている。

 

 

 ──後輩を守るのは先輩の役目。

 

 

 いつか自分も言われたその言葉を守るために、テラノは戦う。それは、カヤツリも一緒だとテラノは思っている。

 

 だから、泣きそうな顔で、力に振り回されている目の前の人物を止めるのが、二人のやらなければならない事だった。

 

 きっと、今の自分なら勝てるだろう。でも勝ってはいけないのだ。彼女がやりたくもないことをやらなくて済むようにするだけだ。ずっと、それを続けている。

 

 だから、今日も同じことをするだけだ。

 

 でも、今日から諦めない。いつか、彼女が止まる事を信じて、奇跡が起こる事を信じて頑張るだけだ。

 

 あの夢は奇跡だった。でも、もう一度起こらないなんてことは無い。それをテラノは知っている。

 

 そう信じて、テラノは自分のすべきことをするために。前へ一歩踏み出した。

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