ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「それで、此処まで来たわけですか。クックック、青いですね」
「操作の邪魔なんですけど」
オーナーのオフィスで、床に座り込んだカヤツリはキーボードを叩いていた。長距離飛行のドローンをオーナーから購入して、アビドス砂漠へ何機も飛ばしている。貯金残高が目に見えてゴリゴリ減っていくのは、心の健康に良くなかったが背に腹は代えられない。今が使い時だった。
オーナーは暇なのか、椅子に座ってくつろぎながら、ドローンの操作中のカヤツリの後ろで時々カヤツリに質問を投げていた。ドローンの購入を要求したときに質問に答えるように要求されたのだ。もちろんカヤツリは抵抗したが、ドローンの価格を半額にされては折れるしかなかった。金は大体の物より重いのだ。
ちょうど、3日前の生徒会室でのやり取りを話し終えたところで、今日もドローンがアビドス砂漠に着いたようだった。特に異常はなくいつもの静かな砂漠の景色が広がっている。
「……今日はやけに静かだな」
「そのようですね」
これまでのように、お祭り騒ぎのごとく爆発物が爆発しているものだと思っていたのだが、どうにも静かだった。アビドス砂漠は広大だからかもしれないが、行き帰りの距離を考えればそんなに遠出はできないはずだ。あまり砂漠の奥深くへ行ってしまえば、遭難してしまうからだ。
「さっきから何なんです。オーナー」
「いえ、偶には、貴方と話すのも悪くないと思いましてね。こういった機会もなかなかないでしょう?」
やけにオーナーのカヤツリへの声かけが多い。何かいいことでもあったのだろうか。表情はあの顔なのでよくわからないが、機嫌がよさそうな声なのだ。ドローンをオート操作にして、砂漠の上空を旋回させる。何かあれば教えてくれるだろう。カヤツリはオーナーの方へ向き直るとオーナーが声を発した。
「3日前の朝、貴方はアビドス砂漠で、迫撃砲に向かってレールガンを撃ったでしょう?何故撃ったんです?」
「オーナーが押し付けてきたんでしょう?」
オーナーが訳が分からないことを言うのはいつものことだが、今回はさらに訳が分からなかった。新しい武器をもらったなら試射位するだろう。そうでなければ危なくて使えたどころではない。
「ええ、私は貴方にあれを渡しましたが、別にここでも試射くらいはできますよ。貴方はいつもそうでしょう?」
「別にそんな気分じゃなかったんですよ」
苦しい答えだった。確かにいつもはオーナーのオフィスで試射をしている。その方が不具合があった時にすぐ対応してもらえるからだ。ただカヤツリはその日だけ何故、試射をしなかったか説明できなかった。
「そもそも、迫撃砲相手に撃つには威力が過剰すぎます。何故、回路が焼き焦げるほどの威力で撃ったのですか?」
あの時のレールガンは迫撃砲を破壊した後、煙を上げて動かなくなってしまった。今もオーナーの元で修理中である。カヤツリとしては普通に使ったつもりだったのだが。
「あれは、普通に使ったら壊れたんですよ。もういいですか。聞くことはもうないでしょう」
「私にはありますので、質問を続けても?」
カヤツリは頷くしかなかった。ドローンからは特に通知もない。パソコンの排気音しかしないオフィスでオーナーの声が響く。
「貴方は3日前から、ずっとアビドス砂漠を調べていますが何故です?本当は最初から分かっているのでしょう?今砂漠で何が起こっているのか」
「完全には分からないから、調べているんですが」
のらりくらりと質問をかわすカヤツリにオーナーは怒るどころか、さらに機嫌がよくなったようだった。
「しかし、見当はついているのでしょう?貴方はそこまで浅慮ではありませんから」
「鯨を追い立てているんでしょう?」
カヤツリは吐き捨てた。3日間の爆撃位置と日時だけで十分だった。鯨の縄張りから、よりにもよってアビドス校舎方面の砂漠へ追い立てるように爆撃しているのだ。武器が違った理由も単純に射程距離の問題だった。戻ってこれない位遠くや危険な場所は迫撃砲で、近くはロケットランチャーでといった具合だった。
「ええ、正解です。貴方がいう鯨。いい機会なので教えておきますが、あれの名前はビナーです。覚えておくといいでしょう。いつか役に立ちますよ」
パチパチと小さい拍手をしながらオーナーが褒める。カヤツリは全く嬉しくなかった。それに一番知りたいのはそういう事ではなかった。
「どうせ、そのビナーを追い立てている目的は教えてはくれないんでしょう?」
「ええ、すべて話すと向こうとの契約違反になりますから」
カヤツリは心の中で舌打ちした。もう答えを言っているようなものではないか。
「どうせ、企業の連中でしょう?強欲なカイザーか潰れかけのネフティスか、その他の木っ端かは知りませんが」
犯人は大体の見当がついていた。ヘルメット団にあんな装備をばらまける存在など、企業くらいしかいないからだ。目の前のオーナーもできそうだが、やるならもっとスマートにやるだろう。
「貴方の想像に任せますよ。まあ、貴方がいなければ、こんな杜撰な計画も成功しなかったでしょうが」
「何言ってるんです」
オーナーの言葉にカヤツリは食いついた。聞き捨てならない言葉が聞こえたからだ。オーナーは未だに機嫌のよさそうな声で続ける。
「貴方は”よく”知っているでしょうが、ビナーはアビドス砂漠の頂点です。生半可な火器は通用しませんし、あの巨体ですから接触しただけで大抵のものは破壊されるでしょう」
カヤツリには分かり切った情報だった。今迄何回戦ったかわからないからだ。不満が滲んだカヤツリの視線をオーナーは見つめ返して問いかける。
「そんな存在が、たかだかヘルメット団の迫撃砲やロケットランチャー程度に逃げ回ると思いますか?直撃したところで大した損傷も与えられないでしょうし、その程度など動物であっても無視します。機械ならなおさらだとは思いませんか?」
「俺の時は違いましたが」
それだったら、カヤツリはこんなことにはなっていない。あの日の夜に縄張りに近づいただけで反応してきたから、こんなことになっているのに。
「それは、貴方だったからですよ」
「……は?」
「おや、気づいていませんでしたか」
オーナーの言葉にカヤツリは茫然とした。予想だにしない言葉だったからだ。オーナーは不思議そうな雰囲気だった。
「機械とはいえ、何度も自らの襲撃をかわされ、毎回手痛い反撃をもらっているともなれば、本気で排除しようと動くに決まっているでしょう?まあ貴方とビナーはお互い半死半生で終わりましたし、他にも理由はありますが」
「……それが、何の関係があるんです。3年も昔の話じゃないですか」
「本当に分かりませんか?」
聞き返すオーナーにカヤツリは怯んだ。3年前のあの日の夜、ビナーが襲ってきたのがそんな理由だったのなら、あの時のオーナーの発言の意味が分かったからだ。
「だから、”しばらくアビドス砂漠に入らない方がいい”って言ったんですか」
「ええ、あの時はまだ確証がなかったので。爆撃中に貴方が縄張りに足を踏み入れさえしなければ、私も再起動したビナーが動かないと思っていたのですよ。これを貴方が持ってきた時に考えが変わりましたが」
オーナーは自身の斜め後ろを見やった。それはカヤツリが壊したレールガンだった。
「貴方これをアビドス砂漠に撃ちこんだでしょう。迫撃砲を貫通して砂漠の地面に大穴が開いたとも言いましたね」
「言いましたが」
「私はこれに測定器をつけていました。貴方の神秘の出力の測定用ですが、ご覧の通りですよ」
オーナーが壊れた部分を指で指す。どうもレールガンが壊れたのは測定器の破損が原因のようだった。
「だから、貴方に聞いたのですよ。どうしてそんな出力で撃ったのかと。貴方は無意識だった様でしたが、全力で撃ちましたね?」
撃った時の倦怠感はその所為だったらしい。ただそんなつもりはカヤツリには全くなかったのだ。目をそらすカヤツリにオーナーは”気にしなくていい”と首を振る。
「貴方のそれが故意かそうでないかはこの際、関係はあまりありません。問題はそれで、貴方の存在をビナーに感づかれたという事です」
「どうなるんです」
「結果は火を見るより明らかではありませんか。かつて自分が殺されかけた相手からの特大の神秘が籠った攻撃ですよ。自分ではなく砂漠に大穴が開いただけとはいえ、宣戦布告と受け取ってもおかしくありません。そうですね……。貴方の神秘を感知次第、そこへ向かってくるでしょう」
カヤツリは頭を抱えた。これではまともに活動ができない。ビナーが諦めるまでアビドス校舎にずっと引きこもっていろとでもいうのだろうか。そんなカヤツリを見ながらオーナーが呟く。
「困っているようですが、忘れていませんか。貴方の攻撃から3日経ち、その間アビドス砂漠で何が起きていたのか」
──ヘルメット団の爆撃だ。最初にオーナーは何と言っただろうか。杜撰な計画でカヤツリがいなければうまくいかなかったと言ったのだ。自分がレールガンをアビドス砂漠へ撃つまではそうだったのだろう。撃った後も爆撃は3日続いている。カヤツリは恐る恐るオーナーに問いかける。
「爆撃も俺からの攻撃だと思っている可能性があるってことですか」
「ええ。その可能性が高いでしょう。それに今日だけアビドス砂漠が静かなのもそういう事でしょうね」
作戦が成功したから、ヘルメット団への支援を打ち切ったのだろう。だから今日はこんなにも静かなのだ。作戦がうまくいったというのなら、今ビナーはどこににいるのだろうか。
どうするべきか悩んでいると、パソコンが音を発し始めた。ドローンからの通知だ。何かがあったようだった。画面を見て何が映っているのか把握した瞬間、カヤツリは叫んだ。
「なんで!いるんだよ!」
パソコン画面に映っているのは、ホシノと先輩だった。ドローンの映像で多少粗いが制服とシルエットで分かる。何故だかわからないがアビドス砂漠まで出てきているらしい。とてもマズイ。このままでは二人がビナーに遭遇する恐れがあった。
焦るカヤツリにオーナーが一声かけた。
「貴方の知り合いですか?それでしたら、あまり焦る必要はありませんよ」
「どうしてですか。そこらをビナーが徘徊しているかもしれないのに」
オーナーは珍しいものを見るような雰囲気で、焦るカヤツリを見つめた。
「今のビナーの狙いは貴方だけですから、余程の攻撃をされない限りは相手にしないでしょう。それに3日前から私の妨害で縄張りに戻っているはずです」
「なんで、そんなことが分かるんです」
「逆に聞きますが、何故私が、今情報を貴方に話していると思いますか?」
オーナーの雰囲気が突然変わり、カヤツリは口を閉じた。確かにオーナーにしては変だった。普段なら”契約ですので”とでも言って煙に巻いてくるのに、今回はやたらと丁寧に教えてくれている。
さっきまでのオーナーの機嫌の良さは鳴りを潜め、今度は少し不機嫌そうだった。何か腹に据えかねているような様子だった。
「結論から先に言いますが、後2・3日でビナーはアビドス砂漠からアビドス市街へ進行してくるでしょう。もちろん途中のアビドス校舎やこのオフィスを更地にして」
カヤツリは無言で先を促す。色々、聞き捨てならないことが聞こえたが、今はオーナーの話が優先だった。
「ですので黄昏のセト。貴方に追加の依頼です。内容はビナーの破壊もしくは撃退。装備や物資は好きなだけ言ってもらって構いません。全てこちらで用意します」
「大盤振る舞いですね」
「今回は契約相手を見誤った私の不手際もありますから。こちらの忠告も聞かないほど愚かとは思いませんでした。貴方にはその尻拭いをしてもらうのです。このくらいは当たり前でしょう」
オーナーの機嫌が悪い理由が分かった。契約相手が余程の考えなしだったのだろう。オーナーはビナーの誘導までは許容範囲で静観していた。うまくいくわけがないと思ってもいただろうし、カヤツリにも忠告をしてできる安全策はとっていたのだ。
それが今、カヤツリのレールガンの所為で成功したばかりか、アビドス市街まで進行してくるとなれば話は別だ。だから、契約の範囲内で話せる範囲を話してくれている。たぶんビナーの誘導場所も、もっと別の場所だったのではないだろうか。まあ、オーナーも心穏やかではないだろうなとカヤツリは同情した。
「受けますよ。欲しいものは後でメールでまとめて送りますから、準備しておいてください」
「ええ。お願いしますよ」
依頼を快諾したカヤツリに、オーナーは面白がるような声色で言葉を続ける。
「逃げないのですね?」
──いきなり何を言い出すのか。一度アビドス校舎へ帰るために、機材を片付けていたカヤツリは抗議の視線を向ける。
「いえ、数ヶ月前の貴方なら、アビドス校舎が無くなるのだから”あの依頼”は無効にして欲しいくらいは言ってくると思っていたので。それに今回この事態になったのは私の所為でもありますから。それに貴方、以前ならアビドス自治区がどうなろうと何も思わなかったでしょう?」
心変わりした理由はあるが、それをオーナーに答えるのは非常に癪だった。たぶん、本心はオーナーにはバレているのを承知でカヤツリは答えた。
「自分の人生を滅茶苦茶にしたやつに復讐して何が悪いんですか」
「……クックックッ、今はそういうことにしておきましょうか。私としては貴方がエイハブのようになるのは面白くないので。モビーディック役は、幾らビナーとはいえ荷が勝ちすぎているでしょうから」
嬉しそうな声色で、また訳の分からない事を言うオーナーにカヤツリはため息をついた。