ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「ビナーって、聞いたことあるかい?」
先生の発した言葉にカヤツリは自分の耳を疑った。聞いたことがあるどころか、良く知っている。あの出来事を忘れるはずがないからだ。
カヤツリがアビドスに来ることになった切っ掛けでもある砂漠の鯨。かつて、先輩とホシノの三人で撃退した怪物。
先生の言葉を聞いた後輩たちは首を捻っているが、それも当然だった。
ビナーという名前は黒服から聞いた名前だからだ。ホシノも先輩もカヤツリが知っているから知っていたのだから。だからこそ、先生がその単語を知っているのは変だった。
もしかしたら、カヤツリの想像するビナーと先生の言うビナーは違うのかもしれない。
そんな淡い期待を込めてカヤツリは口を閉じたままにした。
ちらりと寝ているであろうホシノの方を伺う。ホシノはノノミの膝の上なのに、どこか身体が強張っているように見えた。さっきまで寝ぼけ眼だったくせに、今の単語で目が覚めたらしい。
「それで先生。そのビナーと言うのは? それが今回の依頼に関係する事なんですか?」
「そうだね。まずは、これを見てくれるかな」
アヤネの質問に先生は口頭では答えずに、手持ちのタブレットで映像を再生した。一応先生は動けないノノミの為だろうか、見えやすいよう真ん中のテーブルにタブレットを立ててくれている。おかげで寝たふりをしているホシノも良く見えるだろう。
映像は思ったよりはっきりしていた。上空を飛んでいるドローンからの映像のようで、画面には一面の砂原が広がっている。そこを一台の車が走っていた。車の後ろには大きな砂煙、そこから大きな白い何かが顔を覗かせているのが分かった。
それは車に向かって何か光線のようなものを横薙ぎに吐いたり、ミサイルを発射したりしている。車はそれを全部躱して、お返しにと青い光線のようなものを打ち込んでいた。
カヤツリはその映像の続きがもう見なくても分かった。あの日の映像だ。誰がどうやって撮っていたのかは知らないが撮影されていたらしい。それがどうして先生の手にあるのかはどうでもいい。
問題は何故今更になって、この映像を先生が対策委員に見せているかという事だ。直前のビナーを知っているかという言葉もカヤツリの嫌な予感を加速させていた。
「この大きくて、白っぽいのがビナー?」
「そうだと言われてるね」
シロコの質問にもあいまいな答えだった。先生もビナーというモノを詳しくは知らないようだ。そうでなければ”言われている”なんて言葉を選ばないだろう。誰かが先生にビナーの事を吹き込んだのだ。
ホシノの方に視線をやると、薄目を開けたホシノと目が合った。何かを訴えかけるような眼差しだ。
──どうする?
どうせ、その類の事を聞いているのだろう。どうするも何も今やるべきことは変わらない。まずは自分たちが何に巻き込まれようとしているのかを知る必要があった。それはアヤネが先生に問いかけてくれていた。
「……それで、先生の依頼というのは何なんですか?」
「このビナーの調査を手伝って欲しいんだ」
先生の答えを聞いてカヤツリは動くことに決めた。ホシノもカヤツリを見て何かを察したようで目を瞑って何かを考えている。とりあえず全容の把握が必要だった。
「先生。少しいいですか?」
「カヤツリ?」
先生がカヤツリの様子を見て不思議そうな顔をしていた。はっきり言って先生には意味不明だろう。急にカヤツリの雰囲気が暗くなったように見えるだろうから。
「これが、アビドス砂漠にいるって事ですか? 今?」
「らしいよ? この映像はカイザーの本社から引っ張ってきたみたい」
「映像は、これだけですか?」
半分くらいは祈るような気持ちで聞くが、あっさりと先生は返答をする。
「あるよ? 一番綺麗に写っているのが今のやつで、一番古いのだね。新しいやつは……一月くらい前のだね」
「見せて貰っても?」
先生は笑顔で頷いて、新しい動画を再生する。
映像はさっきの俯瞰視点とは違って、誰かの主観視点だった。場所はどこかの基地だろう。先生は映像をカイザーから引っ張ってきたと言っていたから、場所を考えればPMCのカメラか何からの映像に違いなかった。
映像はしばらく基地内を移動しているようだったが、カメラの端で何かが光った。
次の瞬間には基地内の建造物が半壊した。ある一定の高さから上が焼けたように消し飛んでいる。慌てたように揺れた映像は、いきなり大きく乱れて見えなくなった。
カヤツリは大きく息を吐く。間違いなくビナーだ。
最後の映像はPMC基地を熱線で横薙ぎにした後、基地に向かってのミサイルか体当たりを敢行したに違いない。
この映像は一月前だと言う。カヤツリ達がリゾートに行っていた時期だろう。そうでなければ流石に気がつく。ただ一番大事なのは一つだ。
ビナーが生きている。
あの砲撃が直撃して大穴に消えるのをカヤツリははっきり覚えている。ただ、機体は回収できなかったと黒服は言っていたから、瀕死の機体で逃げ果せたのだろう。相も変わらず生き汚い。
「カヤツリ先輩?」
頭の中で考えと、ビナーへの罵倒ををこねくり回しているとシロコが心配そうな顔で名前を呼んでいた。我に返ると寝たふりをしているホシノを除いた全員がカヤツリをみつめていた。
「先輩何か知ってるでしょ。ちゃきちゃき喋ったらどう?」
「ん。さっさと話すべき」
セリカとシロコが不機嫌そうな顔でカヤツリを問い詰める。カヤツリとしては隠そうとしているわけでは無い。単純に説明することが多すぎるし、先生に依頼したのが誰なのかも問題だ。少なくともある程度の情報が出揃ってから話そうと思っていたのに。
よりにもよってカヤツリは前科持ちだ。どうにも視線が冷たい。特にシロコとセリカの。
先生も少し困ったような顔をしている。ノノミやアヤネもカヤツリが隠そうとしているわけでは無いことを察してはいるようだが、何も知らないのだから助け船の出しようがない。
「うへ~。話せることから話したらいいんじゃない? 先生もまだ話の途中でしょ? カヤツリを吊るし上げるのは二人の話を全部聞いてからだよ。早とちりは、おじさん感心しないな~」
「うわっ」
ホシノがノノミの膝の上からカヤツリに助け舟を出した。カヤツリ以外はホシノが寝たふりをしたことに気がついていなかったようで、セリカなどは驚きの声を上げていた。ホシノは皆に隠れて、カヤツリにウインクなどしている。
カヤツリとしては助けられたことに感謝はしているが、そもそもホシノも一緒に説明すべき案件ではないだろうか。単純にホシノが半分寝ていたから、こんな状況になっただけだ。けれど、ここでうだうだ言っていても仕方がないので、カヤツリの知っていることから話すことにした。
「……ビナーなら知ってます。ホシノだって知ってます。丁度、二年前に戦いましたから。その映像の車に乗ってるのは俺とホシノですよ」
驚きの声を上げる後輩たちの反応を背に、カヤツリは淡々と事実だけを話す。二年前の戦いの顛末を。先輩の事はぼかしてだが。
「それでですね、先生。先生にも聞いておきたいことがあるんですよ。むしろ黙ってたのはこれがあったからです」
「私に?」
どこか驚いたような先生に、カヤツリは真面目な口調で核心をついた。
「誰ですか? こんな依頼を先生に任せたのは」
カヤツリが知りたいのはそれだった。どう考えてもただ者ではないからだ。先生に依頼を出せると言う事は生徒だろう。けれど、タダの生徒がビナーの事を知っているのはおかしい。それに、さらっとカイザーの本社のサーバーをクラックしている。カヤツリには危険な香りしかしなかった。
「ミレニアムの生徒だよ。正確には特異現象調査部の部長だね。今回、私は特異現象調査部の依頼を受けて動いているんだ」
カヤツリには聞き覚えのない部活だった。ただ部活の名前からして、オカルト研究部のようなものだろうか。
「興味本位でビナーに手を出すと言うなら協力はしませんよ。また撃退できるとは限りませんし、準備も出来てないですから」
「おじさんも、それは賛成かな。あれの相手は辛いんだよ~。最近は腰に来るからねぇ」
はっきりとカヤツリはここで自分の意見を表明した。ホシノも同じ意見らしく、ノノミの膝から離れて椅子に座っていた。ホシノの口調はふざけているが拒絶の意志が見て取れる。
先生には、ビナーの危険性と脅威。二年前の戦闘の様子を伝えている。生半可な用事であればここで退くだろう。
「うん。カヤツリとホシノの意見は分かった。でも、今回は重要案件なんだよ。ホントはあんまり喋っちゃいけないんだけどね。私も手伝って欲しいから、情報を共有するよ」
始まりは、ミレニアムの誇る通信ユニットAI。通称ハブがハッキングされたことだという。時間にして0.00000031秒。カヤツリも一応はハッカーの端くれだ。これが人間業でないことくらい分かる。
ミレニアムの技術の結晶である”ハブ”を極短時間でハッキングしたのは、デカグラマトンというAIらしい。それは、ハブについて調べている先生たちにハッキングを仕掛けて宣戦布告してきたのだという。
「AIがそう名乗ったんですか? わざわざ、真正面から? それに自分が神であることを証明する? 随分と人間臭いと言うか……」
「うん。多分自信があったんだろうね。確かに、私がいた特異現象調査部の部室が一瞬で乗っ取られたから。でも、これには勝てなかったみたい」
先生はタブレットを指さした。それにハッキングしたデカグラマトンは返り討ちに遭ったらしく、困惑の声を上げて何処かへ逃げた。そして、先生たちは色々調べた結果、カイザーPMCからビナーに辿り着いたという事だった。唯一所在が分かっているビナーから、デカグラマトンを探すのだと。
「どういうことです?」
カヤツリは疑問の声を上げる。ビナーの行動には確かに生物臭さを感じるが、さっきのデカグラマトンのような尊大さは感じない。デカグラマトンとビナーが繋がっている理由が分からなかった。それについて、先生は真剣な顔で”感化”について説明を始めた。
「特異現象調査部の部長。ヒマリが言うには、デカグラマトンは他のAIにハッキングはするけど、洗脳してるわけじゃないんだって。分かりやすく言うと説得して仲間にしているみたい。だから、デカグラマトンを倒しても、他の感化されたAIは止まらないんだ。それで仲間になったAIは、大昔の伝承にある名前になる。その中にビナーの名前があるんだよ」
先生と特異現象調査部がビナーに接触したい理由は理解した。先生が対策委員会を頼った理由も理解はできる。アビドス砂漠に生息するビナーを追えるのは対策委員会位だ。カヤツリならビナーがいるであろう場所も見当がつくし、そこまでの足もある。確かに適任といえば適任だ。
「先生がここまで来た理由は分かりましたけど、準備がいりますよ。先生もそれは分かりますよね?」
「うん。流石にね、ちょっと出直そうかと思ってるよ」
先生もカヤツリの言いたいことが分かったのか、タブレットを懐に仕舞い始めている。それを見たセリカが不満を漏らす。
「何でよ? 先輩たちが一度は倒したんでしょ。今なら私たちもいるし、何とかなるんじゃないの?」
「セリカちゃん。気持ちは嬉しいけど難しいと思うな~。ああいや、セリカちゃんの実力不足ってわけじゃないから安心して?」
ホシノがセリカを窘めるが、実力不足と勘違いしたのかショックを受けた様な顔になるセリカに慌ててフォローを入れる。カヤツリも援護射撃を忘れない。
「セリカ後輩。確かに数は力だし、前よりも楽だとは思う。ただ、火力が足りないんだよ」
それは以前にも直面した問題だった。あの時にはレールガンがあったが、今はもう無いのだから。今の対策委員会の装備で火力が通るにしても、脆い口内への射撃か、雨雲号の武装くらいだろう。おそらく、それではビナーは壊しきれない。迫撃砲の雨も、あの主砲も耐えきっているから、並みの火砲では大した痛打にもならない。
「じゃあ、どうするのよ」
「だからミレニアムに情報を持って行って、装備か何かを借りるしかない」
ミレニアムはキヴォトスでは上位の技術力を誇る。それなりの装備を貸与くらいはしてくれるだろう。
「カヤツリ、そういえばさ。前にエンジニア部に紹介を頼んでたのって、そういうこと?」
ふと、何かを思いついたかのように先生が呟いた。カヤツリはそれを肯定する。
「そうですよ。この事態を想定していたわけでは無いですけど。ビナー戦の時のレールガンはミレニアムのエンジニア部にあります。正確にはそのジャンクですが」
「直せないの? お金なら、ある程度は経費で落とすけど……」
「話が変わったんですよ。彼女たちが言うには完璧には直せないそうです。それをするくらいなら、まだ光の剣を一から作った方が良いと言われましたよ」
前は金銭の話だったが、今となってはまた違った話になっていた。あのジャンクは外装はそうでもないが、中の回路や部品が焼き切れているのだ。
ただ、最近になって話が変わってきた。幾らなんでもその金額は払えずに諦めたカヤツリは、エンジニア部に断りの話をした際に逆に謝られたのだ。
──すまない。完全にはおそらく直せない。
部品の一つがどうしてもわからないのだと、彼女たちは言う。その部品がおそらく出力に関連するもので、それをどうにかしない限りは劣化品にしかならないと。あれは黒服のお手製だから納得の結果ではあった。
「カヤツリの求める火力はどれくらいなの?」
「そりゃあ、もちろん。前のレールガンくらい、それか光の……先生。まさかとは思いますけど……」
カヤツリは先生の言いたいことが何となく分かった。ただ、それはどうなのだろう。向こうが納得するだろうか。
「うん。だからさ、カヤツリも着いてきてよ。ミレニアムに。私が頼んでもいいけど、これはカヤツリが頼むべきじゃないかな。ダメならダメで、装備だけ貸してもらおうよ」
カヤツリは黙り込んで考えるが、否定材料が思い浮かばない。あるにはあるが、彼女に頼んでからになるだろう。
「それにさ、ヒマリにも説明するのにカヤツリが居た方が助かるんだよ。私じゃうまく説明できないかもしれないからね」
退路を塞がれたカヤツリは渋々頷いた。
□
ホシノは少し不機嫌だった。
別にそれは仕方が無いことだと理解はしているが、理解と納得はまた別の話だ。
今日もカヤツリとゆっくりできると思ったのに、先生が来て風向きが変わってしまった。
必要性は理解する。ビナーの危険性はホシノも重々承知している。対処は必要だろう。ただ、今の時点でホシノの出番はない。しばらく後輩たちと共に留守番だ。行き先はミレニアムだろうし、ここからの距離からして今日中に帰ってこれるか怪しい。ここでも留守番、家でも留守番だ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ん。行ってらっしゃい」
目の前の昇降口で、カヤツリとシロコがやり取りをしている。ホシノもせめて見送りくらいはしたかった。教室に戻るシロコと入れ違いにカヤツリへと近づく。足取りはとても重い。
「今日中に帰れそう?」
「向こうで泊まるかも。シャーレに泊めてもらうよ」
カヤツリの答えに、ホシノの気分が急降下する。これで今夜は独りぼっちが確定したからだ。なんだか平気そうなカヤツリに腹が立つ。
──”一人だと寂しいからな”って、言ったくせに……
随分と余裕そうなカヤツリが癪に障る。確かに以前、”もう焦らなくていいから余裕がある”みたいなことを言ったけれど。これは話が違う。
ホシノは寂しいと思っているのに、カヤツリはそう思ってくれないのだろうか。嫉妬ではないが、断じてそうではないが、何だか気に入らない。
ホシノは、そんな不満を押し殺して、カヤツリに向かって笑う。
「じゃあ明日、早く帰ってきてね」
「何言ってるんだよ? ホシノも行くんだよ」
「へ?」
思わぬカヤツリの返答に、ホシノは変な声が出た。カヤツリの言っていることを理解するのに少しかかった。理解して、”何で”と叫ぶ。
「いや、ホシノは対策委員長だろ。アビドスの代表だぜ。一緒に行かないでどうするんだよ」
「いいの? カヤツリと先生で事足りるんじゃ……」
「良いも何も、俺がついてきてほしいの。これから一緒に行動することが増えるんだよ。さっきも言ったけどホシノと俺は、アビドスの代表なんだよ。他校の話し合いには一緒に行くに決まってるじゃないか。それに……」
「それに?」
淡い期待を込めてホシノはカヤツリに聞き返す。カヤツリは目を逸らしながらもポツリと呟く。
「今回は仕事だけど。一緒に積み上げるんだろ? ホシノが言ったんじゃないか……」
まるで当然のように、そう言ってくれるカヤツリがホシノは嬉しかった。さっきまでの落ち込んだ気分が嘘のようだった。
カヤツリはホシノに着いてきてほしいのだと言う。こんなことは初めてだった。初めての仕事だ。緊張もあるけれど嬉しさが勝っていた。
これからはと、カヤツリは言った。それはつまり、こういったことが何度もあるという事で、カヤツリと一緒に仕事ができるのだ。これからずっと!!
それなら、ホシノがすることは決まっていた。
「準備してくる!」
「慌てて忘れ物をするなよ。先に先生と車で待ってるから」
ホシノはカヤツリへの返事もそこそこに、準備をするために教室まで戻っていった。足取りはさっきまでと違ってとても軽かった。