ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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113話 光の剣

 モノレールを乗り継いだカヤツリは一人で、アリスがいるであろうゲーム開発部の部室へと向かっていた。

 

 エイミは部室の場所を教えた後にふらりといなくなってしまったし、ホシノはホシノで先生のところに戻ってしまった。もしかしたら、先生に色々聞きに行ったのかもしれない。流石に開幕のあれは露骨すぎた。汚い大人ならまだしもミレニアムがそんなことをやる意味は無いし、大した悪意も感じなかった。

 

 きっと、先生が何かしたのだろうと思う。先生とホシノは何事かを話していたから、おそらく先生のやりたかったことはそれなのだろう。

 

 カヤツリはヒマリとの会話に集中していたから、ホシノと先生がどんな話をしていたのかはよく分からない。

 

 ただ、ホシノはどこか晴れやかな顔をしていたから、良い話だったことは確信できた。

 

 

「ただなぁ、一人でやるのはなぁ」

 

 

 カヤツリは歩みを止めないままにため息をつく。ヒマリや先生は、アリスが快く”光の剣”を貸してくれると思っていそうだが、カヤツリはあまり気が進まなかった。きっと確率は半々だろうから。

 

 口説き文句や代替案はあるが、それをアリスに言うのは憚られる。別に悪いことに使うわけでもないし、借りたまま返さないわけでもない。カヤツリの良心の問題だった。こんな気分になるのなら、あの場で反対しておけばよかった。

 

 これがアリス以外だったら。それこそ軽々とできただろう。それか、借りるのが”光の剣”でなかったなら。それこそ、ただのゲームソフトとかだったらよかったのだ。

 

 

「ここか……」

 

 

 そんな事を考えているうちに、薄暗く奥まった廊下に入っていた。おそらくここが部室棟だろう。薄暗い廊下にドアがいくつも並んでいる。

 

 ついに部室らしき場所についてしまった。その部屋は貼り紙塗れのドアと、その脇には白いデフォルメされた猫と”GAME DEVELOPMENT DEPARTMENT”と刻印されたプレートが掛けられていた。

 

 カヤツリはドアノブに手を掛けようとして、部屋の電気が消えているのに気がつく。曇りガラスの向こうは灰色だ。つまりは皆、不在ということになる。

 

 無駄足ということで本来は良くないはずなのに。何処か安心した自分が居て、カヤツリはなんだか不愉快だった。悪いテストの点数を見せなくて済んで安心している子供の様だ。いつか、その時はやって来る。ただ先延ばしになっただけだ。

 

 が、居ないものは居ないのだから仕方がない。来た道を戻ろうとすると、廊下の先に誰かが立っていた。

 

 

「む、アリス。カヤツリとエンカウントしました!」

 

「……」

 

 

 この特徴的な話し方を間違える筈もない。声の主は、カヤツリの思った通りにアリスだった。何時ものように、その小さい体躯に不釣り合いな大きさのレールガン──光の剣を背負っている。

 

 

「ミレニアムでカヤツリとエンカウントするのは珍しいです! 今日はアリス、ラッキーなのかもしれません!」

 

 

 そんな事を言いながら、小走りでアリスが駆け寄ってくる。

 

 カヤツリは駆け寄ってくるアリスに、ひとまずは声を掛けた。挨拶は大事だから。

 

 

「あー、おはよう。アリス」

 

「はい! 今日もアリスのコンディションは最高です!」

 

「それは良かった」

 

 

 おはようには遅い時間だが、アリスは気にならないようだった。カヤツリはワンクッション置きたくて、アリスに疑問を投げた。

 

 

「部室には誰もいないのか?」

 

「はい。今は制作の進みが良くありません。なので、モモイが気分転換しようと言いました」

 

「……良いのか、それは?」

 

 

 アリスの話から考えれば、ゲーム制作が行き詰まったから、気分転換に遊びに出ているのだろう。

 

 大体そういう時は息抜きが本題になる。モモイとやらが後で泣きを見そうだが。居ない彼女にそこまで指摘する義理も無い。過去にヒモ呼ばわりされた恨みもある。

 

 

「アリスはいいのか? 前にも言ったけど、後回しにすると……」

 

「はい! 問題ありません! アリスの仕事はまだですから!」

 

「まだ形にもなってないのに大丈夫か……?」

 

 

 アリスの仕事はデバッグだ。仕事が無いということは、まだゲームの形にすらなっていない可能性が高い。期限がいつだか知らないが、そんな状況で息抜きしていいのだろうか?それは息抜きでなくて、現実逃避というのではないだろうか?

 

 

「カヤツリは何のクエストで来たんですか? モモイ達と同じように、息抜きですか?」

 

 

 アリスの言葉に、カヤツリは冷水を浴びせられた気分になる。なぜなら、これから、言いたくもない事を言わねばならないからだ。

 

 

「いや、クエストだよ。アリスに用があるんだ」

 

「アリスにですか?」

 

 

 アリスは、不意を突かれたのか。キョトンとした顔の後に、パァ、と花が開いたような笑顔になった。

 

 

「何ですか? アリスが出来る事なら何でも言って下さい! アリスは勇者ですから!」

 

「光の剣を貸してほしい」

 

 

 ──言ってしまった。

 

 

 それを聞いたアリスは黙り込んでしまった。どうにも困った顔だ。

 

 そうでは無いことを願っていたカヤツリではあったが、この反応という事は、おおむねカヤツリの予想通りという事だろう。

 

 

 ──アリスは勇者になりたいです。

 

 

 これはアリスの口癖だ。

 

 なりたいと言う事は、まだアリスは勇者ではないのだ。弱きを助け強きを挫く。困っている人が居たら助ける。それこそゲームの中の勇者にアリスはなりたいのだろう。

 

 だからこそ、クエストという名目で様々な人物の手伝いをしている。現実はゲームの様にいかないが、その経験は確かにアリスを成長させてくれている。

 

 その積み上げた実感が、いつか勇者アリスを肯定するのだろう。それ自体は素晴らしいことで、カヤツリも文句をつけるつもりはない。

 

 

「……光の剣を、ですか……?」

 

「そう。一日で返す」

 

 

 どこか、自信なさげな、そんな顔でアリスはカヤツリを見ていた。

 

 このキヴォトスでは個人持ちの銃を貸し借りすることはあまりない。カヤツリはそうではないが大体の生徒が銃に名前を付けているし、個人用に調整されたものだ。それに皆が持っていて当たり前の物だからだ。だからと言って、マナー違反ということは無い。精々がハンカチだとかそういうものだと思えばいい。

 

 だから、アリスのこの反応は少しおかしいのだ。普通なら、”何に使うのか”とかの質問が飛び出るはずだ。でも、アリスはそもそも光の剣を手放したくはないのだろう。

 

 カヤツリはアリスの事を良くは知らない。ミレニアムの生徒であること、ゲーム開発部であること、勇者を目指していること、良い娘だと言うこと。それくらいしか知らない。アリスと交流するにあたって、それくらいあれば十分だからだ。

 

 それでも、察せられるものはある。

 

 きっとアリスは何もないのだろう。今は違うのかもしれないけれど、少なくともカヤツリと会ったばかりの頃は何もなかった。

 

 余りにも物を知らなさ過ぎた。アリスと接して思ったのはこれだった。それこそ生まれたばかりの赤子だった。

 

 常識もない、知識もない、きっと思い出も記憶もない。アリスがアリスとして持っていたものは何もないのだろうと。そうカヤツリは思ったのだ。アリス風にいうのなら、まるで、ゲームを遊ぶ時”はじめから”を選んだような。

 

 だから、カヤツリはアリスに世話を焼いたのだ。面白いように知識を吸収するのもあったが、一番の理由は違う。

 

 アリスはいつかのカヤツリだったからだ。運び屋に拾われる前の何も知らなかった、何もなかったカヤツリだからだ。

 

 だから、あの時のカヤツリがやってほしかったことを、教えてほしかったことを、アリスにやっていた。結局はカヤツリの自己満足で、ただの代償行為だ。

 

 そんなだから、カヤツリはアリスの気持ちがある程度は想像できる。

 

 アリスにとって、”光の剣”は勇者の証明であり象徴なのだ。文字通りに勇者の持つ、勇者であることを証明する剣。

 

 それが無ければ、アリスは勇者足りえない。決してそんなことは無いのだが、少なくともカヤツリはそう思っているのだが、アリスはそうではない。

 

 だって、何にもないからだ。自己を証明する経験も自覚も記憶もない。それが無ければ、アリスは誰でもないのだろう。それを証明する過去が何もないから。

 

 そんなアリスから、一時的にでも”光の剣”を取り上げると言うのは。まだ先輩がいた頃のカヤツリに、立場を交換してくれと頼むようなものだ。

 

 つい最近に作ったゲームが賞を取ったと言うし、アリスの話振りからミレニアムの生徒と仲良くしているようだったから。もしかしたらと思っていたが、この様子では早計だったらしい。

 

 

「あ! アリスが、ついていくと言うのはどうですか?」

 

 

 良いことを思いついたとアリスが表情を明るくするが、カヤツリは首を振る。

 

 カヤツリは別にアリスの案でもいい。けれど、ヒマリにはアリスに詳細を教えるなと言われている。上手く言いくるめろと。だから、アリスの案は却下するしかない。

 

 

「クエストレベルが、今のアリスのレベルよりも上だ。だから……」

 

「……それなら、代わりの物がほしいです」

 

「代わりの物?」

 

「そうです! ”光の剣”はアリスの大事なものです! それなら、カヤツリも大事なものをアリスに下さい! 等価交換です!」

 

 

 理にはかなっている。担保という訳だ。ただ、アリスにとっての”光の剣”と同等の価値の物となると、カヤツリには用意はできなかった。

 

 

「……ここに持ってくるのは難しいな」

 

「そんなに大きいものですか?」

 

「いや、それは物じゃないし、持ち運べるものでもないから」

 

「よくわかりません……」

 

 

 それが分かったら、光の剣を貸し渋るなんてことにはなっていないだろう。沈んだ表情のアリスを見て、カヤツリはなんだか居た堪れない気分になっていた。

 

 結局はカヤツリの都合だ。カヤツリの都合でアリスを振り回している。結局は火力があればいいのだ。安易なアリスの”光の剣”に頼るのではなく、もう少し何かいい手があるはずだった。それを考えてからでも遅くはないはずだ。やるべきことをやり切らないでいる。だから、ずっと気分が悪いのだ。

 

 

「アリス。クエストを頼んでも良いか? さっきとは別の」

 

「はい! なんですか?」

 

 

 カヤツリが場所の名前を呟くと、アリスは笑顔で頷いた。

 

 

 □

 

 

「それで、ここまで二人でやってきたと。そう言う事でいいのかな」

 

 

 エンジニア部の部室の中で、アリスとカヤツリは、エンジニア部の部長である白石ウタハと対面していた。

 

 カヤツリは彼女の問いに頷く。必要なのは火力だけで、別に”光の剣”でなくとも良いのだ。

 

 それに対し、ウタハは難しい顔をする。

 

 

「うーん。私たちはエンジニア部であって、武器制作部じゃない。アリスの光の剣を超える、または同等の火力を持つ武器は無いよ。光の剣も予算のほとんどをつぎ込んで作ったからね。予備もない」

 

 

 カヤツリはアリスから聞いた話を思い出す。確か光の剣は、宇宙戦艦を作ろうと思い至った彼女たちが、その場の勢いで作ったものだという。それなら、予備が無いワンオフなのも納得だ。

 

 

「先生にもよろしく言われているし、例のジャンクの解析に協力してくれた件もある。協力したいのは山々だけど、”光の剣”となるとね……それこそ、火力がほしいだけなら戦車やヘリでも使った方が安上がりだよ」

 

 

 光の剣の製作にはかなりの金額が掛かっていると聞く。それに昨日今日で作れるものでもないだろう。

 

 彼女の言う通りにヘリや戦車でもいいかもしれないが、戦車ではビナーに追いつけず、ヘリではミサイルや熱線を躱せない。小回りが利いて、火力もあると言うのが理想だったが、無理なものは無理なのだろう。先生に嫌な役をやってもらうしかないのかもしれない。

 

 

「無理を言って申し訳ない」

 

「いや、アレを直せない私たちも不甲斐ないのさ。君のせいじゃないよ」

 

 

 ウタハに挨拶をしてから、別の用事があると言って別れたアリスを探すと、アリスは部室の一角で何かを眺めている。

 

 

「アリス。用事は終わったか?」

 

 

 カヤツリはアリスに話しかけるが、アリスはそれを眺めるのに夢中だった。

 

 

「黒い光の剣があります。これは……」

 

 

 アリスが見つめるそれが、カヤツリのレールガンの成れの果て、ウタハの言う例のジャンクだった。

 

 特殊な台に鎖で固定され、透明なケースに銃口を上にして入ったそれは、外装は奇麗なものになっている。フォルムは光の剣と似通ってはいるが、こちらは継ぎ目がないから、黒色と相まって石版のようにも見える。

 

 

「説明しましょう!」

 

 

 アリスとカヤツリに、大音量の声が掛けられる。その声の持ち主をカヤツリは知っていた。きっとアリスもそうだろう。

 

 声の方を向けば眼鏡の生徒、エンジニア部の豊美コトリがらんらんと目を光らせて待ち構えていた。

 

 彼女の悪癖だ。彼女は説明厨なのだ。基本は善意で悪意などはないのだが、兎にも角にも説明が長い。カヤツリが止める間もなく彼女は説明を始めた。

 

 

「このジャンクは、二年前に保管されたものです。私はまだここには居なかったので、状況は伝聞でしかありませんが。このミレニアムに襲撃を掛けた集団が持っていたもののようですね」

 

 

 そんな話は初耳だった。思わずコトリに質問する。

 

 

「集団って?」

 

「おそらく、ヘルメット団かと思われますが。このジャンク。その当時は固定砲台にされていたようで、これを車両の荷台に乗せて襲撃を掛けてきたそうです」

 

「使えたのか?」

 

 

 カヤツリの頭は疑問で一杯だった。ホシノが言うには銃身が折れ曲がって、使える状態でなかったと聞いているのだが。

 

 

「いえ、使う前に気絶したそうです。彼女たちの証言では気味の悪い大人に直してもらったようですが……」

 

「……まさかな」

 

 

 カヤツリは、まあそうだろうなと無理矢理に納得する。おそらく、ジャンクのレールガンを拾ったヘルメット団はブラックマーケット辺りで金を出して修理したのだろう。黒服のセキュリティは抜けなかったようだが。黒服が直した可能性もあるが、彼がそうする理由が思い浮かばない。

 

 

「ミレニアムのロボットを撃とうと、これに触った瞬間にです。それを回収しようとした、その当時のエンジニア部員も気絶したそうですよ。どうにも素手や手袋越しでは駄目だったようで、クレーンアームなどの器具を使って、間接的に触れて、ようやくと言ったところらしいです。ですから、最初の解析が一段落した後はここで埃を被っていました」

 

「だから、こんな厳重に?」

 

 

 コトリは大きく頷いた。

 

 

「その理由も原理も、表面上の物しか、レールガンだということしか私たちには分かりません。少なくとも例の部品を除いたハードウェア上には異常は見当たりませんでした。だから、戒めを込めて、私たちはこれをジャンクと呼んでいます。これを全て解析できない私たちには、まだジャンクでしかありませんから」

 

「聖剣です……」

 

 

 アリスの呟きに同意する。まあ、触ったものが気絶するなどと言う触れ込みだ。選ばれたものにしか引き抜けない、お伽噺の聖剣そのものだろう。そのせいか、アリスの目はキラキラしている。色合いからしてカヤツリから見たら、聖剣というよりも魔剣なのだが。

 

 

「ハードウェアと言ったけど、ソフトウェアは? 調べたのか?」

 

「カヤツリさんのお陰で、そこは後回しに出来ましたから。ハードウェア面の調査がようやく終わったので、それは今度ですね。ヴェリタスには依頼してあります。近々調べてくれる予定ですので、日時が分かったら連絡します」

 

「ありがとう。だから、新品みたくなっているのか」

 

「はい。直せるところは直しました。例の部品はそのままですけど。そもそも、あの部品が壊れているかすら怪しいので、本当に直せたかも怪しいんですが……」

 

「カヤツリのお陰、ですか?」

 

 

 アリスが不思議そうにコトリに問いかける。カヤツリは嫌な予感がした。

 

 

「はい。カヤツリさんは触れるので。元の持ち主だそうですから、当たり前なのかもしれませんが。それで随分と作業が進みました。ロボットアームでの精密作業は骨が折れますし、ソフトウェアのファイアウォールも無理に破ると機密保持の機構が動くそうで、ヴェリタスが手を焼いていましたので」

 

 

 アリスの目の輝きがさらに増したように、カヤツリには見えた。

 

 

「カヤツリも勇者だったんですね! お揃いです!」

 

「言い過ぎだし、まだ直ってない。それに……うん?」

 

 

 三人の目の前のジャンクが、輝いたようにカヤツリには見えた。外装の隙間。排熱の都合上、展開する外装の隙間から青い光が漏れていた。それは、レールガンのチャージ時の様子に似ていた。

 

 

「……離れてください。私は先輩を呼んできます」

 

 

 コトリは警戒したように、ジャンクから後ずさる。カヤツリもアリスを庇いつつ、同様に後ずさる。光は段々と強くなっていき、遂には何も見えなくなった。

 

 そして、カヤツリとアリスにはとても聞き覚えのある音が聞こえた。何かを圧縮するような高い音と、何かが擦れる音。

 

 

 ──レールガンのチャージ音だ。

 

 

 二人が顔を青くして床に伏せると、轟音と共にジャンクの入ったケースごと銃口の向いていた天井が吹き飛んだ。

 

 

「「…………」」

 

 

 鈍い音を立てて、自らの重量で床に傷をつけながら。まるで地面に突き刺さる槍のように、ジャンクはかつての姿で、カヤツリの目の前に突き立っていた。

 

 そして挨拶をするように大きく光り外装が元に戻ると、それきり、眠ったように動かなくなった。

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