ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
幸いなことにビナーの縄張りまでは何事もなく着いた。辺りには砂原だけが広がっていて、風がひたすらに吹き付けて砂ぼこりが舞っていた。車から降りるとむわっとした熱気がカヤツリの身体を撫でた。
先に車を停止させたアヤネは自分が乗っていた車に何かの細工をしている。縄張りに突撃させる車だから、誰も乗っていなくても走り続けられるような仕掛けをしているはずだった。
カヤツリも自分が乗ってきた車の荷台に上がる。荷台は少し大きめの広さで、そこにはカヤツリのレールガンが固定されていた。固定を一つずつ解いているとホシノも荷台に上がってきた。
「前とは違うの?」
ホシノは真面目な顔で淡々とレールガンの事を聞いてくる。車内の時とは雰囲気が違っている。車内で冷えた身体も砂漠の熱気で温まってきているし、ホシノはしっかりと切り替えたようだったから、カヤツリは安心して答えられた。
「違う」
「どこが?」
「多分、威力が上がってる」
ミレニアムでの点検が終わった後に試し撃ちをしているが、エンジニア部が用意した的は粉微塵になった。カヤツリの主観では多少反動がきつくなった感があって、そこから威力が上がったんじゃないかという勝手な予測を立てていた。
「じゃあ、セリカちゃんの出番はないかもね。やっぱりカヤツリはそっちの方が良いの?」
「……どっちもどっちじゃないか?」
ビナーにどれほど効くかは分からない。一撃で機能停止に追い込めるのなら、それでいいが。その場合はホシノの言う通りにセリカの出番はない。セリカとしては拍子抜けだろう。逆に、何かあってビナーが逃走を選んだとして。セリカが活躍できるかはまた別の話だ。
チャンスが端から無いのか、チャンスは与えられるが生かせるかは自分次第。その違いだけだ。セリカにとっては、どちらが良いということは無いだろうなとカヤツリは思う。
そんな事を話していれば、レールガンの拘束は全て解けた。が、チャージはまだしない。ここでチャージなどしたら囮の意味が無くなってしまうからだ。だから、二人とも荷台の上で手持無沙汰だった。ホシノは盾を組み立て終わっているし、カヤツリもアヤネの準備が終わっていないなら動けない。
二人で後方を眺めていると、ホシノが上空の機影──ヘリを見て呟いた。
「私はセリカちゃんの出番が来ればいいなと思うよ。不謹慎だけどね」
本当に不謹慎で、カヤツリはジト目でホシノを見る。幾ら先生の指揮も入るとはいえ、リスクは極力減らしたいのがカヤツリの考えだからだ。
ホシノとしては、皆と先生が居れば何とでもなるとでも思っているのかもしれない。昔から、ホシノはそうだった。
口では現実的なことを言うくせに、奇跡など信じないと言うくせに、誰よりも夢を見ていた。そうでなければ、砂漠で宝探しなんてしなかっただろうから。カヤツリは、そんなことが言えるようになったホシノが嬉しくもあり、不安でもあった。決して前の、先生赴任前のホシノの方が良かったなどとは口が裂けても言わないが。
悪魔は幸運の絶頂に住むと言う。上手くいっている時ほど気を抜いてはいけないのだ。気を付けていれば踏み抜かないモノも、浮かれていれば踏み抜くこともあるかもしれない。
「……怒っちゃった?」
ホシノが少し気まずそうな顔でカヤツリを見ていた。カヤツリが難しい顔をしているから、怒らせたのだと思ったのだろう。
「いや、全く?」
言葉の通りにカヤツリは全く怒ってはいない。ホシノの不謹慎発言は問題と言えば問題ではあるが、その機会を作ってこなかった自分のせいでもあるのだから。さっきの車内のホシノの言葉を思い出す。ホシノは過保護と言ったように。結局のところ問題の根は同じだ。カヤツリの性分の問題なのだろう。早々は変えられない。ただ、あの時のホシノの言葉を冗談のままにしておくためにも、努力は必要だ。
だから、まだ少し気まずそうなホシノに向かって、こう言った。
「そんなに気に病むなら、背負ってもらおうかな」
「え?」
カヤツリは周囲の物音を確認する。囮用の車からの作業音が途絶えて久しい。そろそろアヤネの準備が終わる頃合いだ。もう少しで作戦が始まる。呆気にとられたようなホシノに言葉を続ける。
「だから、しっかり守ってくれよ。ホシノが頼りなんだからな」
「うん。分かった。任せてよ」
ホシノが頼りになるなんて、そんな当たり前の事を、口に出さなくても当然のことを。ただそれだけを伝える。言葉にするのは簡単だけれど、カヤツリにとっては重い言葉だ。自分の責任を他者に背負わせる言葉だ。
でも、ホシノにはすんなり言えたことに驚かない自分がいた。何となく理由が分かって、なんだか恥ずかしい。だから、やる気が漲ったようなホシノに気がつかれないように。小さくカヤツリは呟くのだ。
「よく知ってるよ」
□
「……反応ありません」
アヤネが仕掛けを施した車を縄張りに突撃させて数十分。カヤツリの目の前の砂漠には何の反応もなかった。準備の時と同じような光景が広がっているだけだ。
『ん。上からも何も見えない』
ヘリからも同じような物しか見えないようで、代表してシロコが無線で、そう教えてくれる。
「……カイザーPMCの時はどれくらいだったんですか?」
『部長は十分くらいで来るって予想してた。何か、私たちの知らない何かがあるのかも』
アヤネの疑問にはエイミが答える。作戦会議でもそのくらいの時間を予想していた。ただ、今そうなっていない。カヤツリの中で嫌な予感が広がっていく。
「アヤネ後輩。エンジンを掛けておいてくれ」
「……分かりました。直ぐに発進できるようにしておきます」
「私は? 荷台で待機する?」
「そうしよう。俺も乗るから」
カヤツリ達三人は、いつでもこの場から動けるように準備をする。アヤネは運転席に乗り込んで、ホシノとカヤツリは荷台へ上がる。そして、カヤツリはヘリへ無線を繋いだ。
「先生。頼みがあるんですけど」
『私にできる事なら、何でも言って』
先生の端末は特別性で指揮の時にはゲームのような画面になると聞いたことがあった。それなら、索敵代わりに使えるはずだ。ビナーが近づいているのなら、それに引っかかるはずだ。そこまで都合の良い機能があるかは定かではないが、試すならタダだ。
『なるほど、分かった。やってみるよ』
「お願いします」
その間に、カヤツリはレールガンのチャージを開始した。レールガンの外装が展開していくのを見て、ホシノが目を剥いた。
「それはまだ先だったんじゃないの?」
「ビナーが囮に気がつかないなんておかしいと思わないか? あんなに執念深い奴だったのに」
「……それもそうだね。見るからに機械だし、寝てるなんてことは考えにくいよね……」
カヤツリもビナーが寝ている図は想像できない。おそらく気がつかれている前提で行動する。今一番避けたいのはこちらが初撃を貰って混乱することだ。火力と耐久は圧倒的に向こうの方が上で、この砂漠はビナーのホームグラウンドなのだから。こちらが先制攻撃を仕掛けてようやく互角と言って良い。
カヤツリは、ビナーが何処からか突然現れやしないかと辺りに目を配るが、全く気配を感じない。ホシノも気配を探ってくれているが、首を横に振っている。
『カヤツリ。結果が出たよ。よく分からない事になったんだけど』
無線から、先生の声がする。”よく分からない事”というのが良く分からない。
『うん。敵性反応はあるんだ。大きいのが一体ね。たぶんこれがビナーなんだと思う』
先生の一言に三人の空気が張り詰めた。今もどこかで自分たちを狙っているのかもしれない。肝心の場所が知りたくて、カヤツリの口調が速くなる。
「どこにいるかわかりますか?」
『そこが良く分からないんだよ。反応が辺り一面から出てるんだ。今、アロナに聞いてるんだけどね。……え? ……早くその場から離れて!!』
先生の焦ったような声を聞いたカヤツリは取り繕うのも忘れて、アヤネに叫んだ。
「アヤネ後輩! 前に突っ込め!」
”何で”とも、”どうして”とも聞かずに、無言でアヤネは前方、ビナーの縄張りへと急発進した。車が勢いよく揺れるが、ホシノも承知だったのか。そのことについての文句は無かった。瞬く間に、さっきまでいた場所から遠ざかっていく。
そして、さっきまでいた場所に光の柱が立った。あの光はよく知っている。
──ビナーの熱線だ。
『皆! 大丈夫!』
また無線から先生の声がする。大丈夫と、三人が応答すると先生が安堵のため息が漏らすのが聞こえた。
カヤツリの視線の先では、焼けた砂原の下から巨大な影がせりあがってくるのが見える。そのまま砂をかき分けて、ビナーがこちらに向かって突撃してきている。
内心でカヤツリは舌打ちする。待ち伏せされていたのはこちらだった。砂漠の奥深くに潜って、地下から熱線で焼こうとしたのだろう。まるで一年の時の奇襲をそのままやり返された形になる。
レーダーが届かない地中からというのが性質が悪い。先生の端末が無ければ三人仲良くローストされていた。
「あとどれくらい!」
「あと三十秒!」
こちらに向かってくるビナーを睨みつけながら、ホシノがカヤツリに聞いてくる。レールガンのフルチャージまでの時間だ。先んじてチャージを始めたから、もうすぐ終わる。ただ、ビナー相手に三十秒は厳しいものがある。ただ、カヤツリは心配していない。
前と同じようにビナーの影響で砂原は荒れた海のように波打っている。けれど、車は横転するようなこともなく走り続けている。しかも、スピードが落ちるようなこともない。アヤネが上手く車を乗りこなせているのだ。
『熱線が来ます!』
無線からノノミの叫ぶような声が聞こえる。以前のような横薙ぎではなく、ビナーは頭をこちらに向けて偏差射撃の構えをとっている。前回の戦闘経験から、まだこちらが撃てない事を察しているのだ。
ちょうどレールガンのチャージが終わり、外装が完全に展開する。上下に銃身が別れながら伸びていく。何かが吸われる感覚と共に銃身全体に紫電が走る。もういつでも撃てる状況だった。
ただ、ビナーの方が狙いをつけている分、カヤツリより一手早い。狙いをつけていないカヤツリでは一呼吸分が間に合わない。
カヤツリの予想通りに、車両を飲み込もうとビナーから発射された熱線が迫る。このままではさっき回避した未来に逆戻りだ。苦し紛れにレールガンを放てば相殺できるかもしれない。運よくビナーの頭部に当てられれば衝撃で熱線がズレる可能性もある。
ただそれは悪あがきだ。それではビナーを仕留めきれない。あの装甲の欠けた左目に直撃させなければダメだ。頭部に当てて、上手く逸らせても同じ状況に陥るだけだ。次は冷却しなければならない分、チャージは間に合わない。
だから、カヤツリは間に合わないことを承知で、ビナーの左目に狙いをつける。
焦る必要は無いのだ。視界の片隅から、ホシノが盾を構えて前に出る。盾よりも熱線の方が大きいのに、車ごと飲み込まれるのが分かっているのに。カヤツリに不安は無かった。
ホシノは出来ると言ったから。任せてと言ったから。それなら、カヤツリはホシノを信じるだけだ。
ホシノを信じて、カヤツリはビナーに向けてレールガンを構えた。
□
「アヤネちゃん! 避けて!」
セリカは無線機に向かって叫んだ。セリカが乗っているヘリからは地上の戦闘が良く見えた。地面からそびえる光の柱から三人の乗った車両が危うく逃げるのも、今まさに、その車が熱線に飲み込まれようとしているのも。
けれど、車は熱線を避ける様子はない。ヘリ内部の、先生含めた全員が息をのむ。このままでは丸焦げだからだ。
そんな光景を見ていられなくて、セリカは目を背けようとするが。その直前に車を何かが覆うのを見た。
ハニカム状のもので構成された光の幕だった。それに熱線が直撃するが、コンクリートの壁に当てられたホースの水のように熱線が霧散していく。そして、熱線が終わった瞬間。お返しというように車の方から青い光が輝いた。
それを見たビナーは、身じろぎしたようにセリカには見えた。その証拠に進行速度が多少落ちているように見える。続けて”カォン”と聞きなれない音が聞こえた後、轟音とともにビナーの巨体が吹き飛ばされるように揺れて転倒した。
その衝撃で砂煙が舞い上がって姿が見えなくなる。
「ん! やった!」
シロコが直撃を確信したようで、歓喜の叫びをあげる。一緒に乗っているノノミも声には出さないが嬉しそうだし、操縦席のエイミも無表情だが口元が微笑んでいる。
セリカも同じ気持ちだった。流石カヤツリが豪語していただけあって凄まじい威力だった。反動で車は蛇行運転を繰り返しているし、車からビナーの間の空間には射線の痕に紫電が走っている。
「いや、まだだよ。セリカ。準備して」
先生はそう思っていないようだった。持っている端末の画面を険しい画面で見ながら、セリカに準備を促している。
セリカはうろたえた。
なんで先生はそんな事を言うんだろう。あれだけの威力を持った攻撃だ。どう見たって直撃したように見えるのに。セリカの出番はビナーを仕留めきれなかった場合の話だ。どう見たって致命傷だろう。
「よく見てごらん」
そう言って、先生は窓の外を指さした。砂煙が晴れて、ビナーが良く見えた。
──動いている。
地上のカヤツリ達も気づいたのか、レールガンの再装填を始めたようだった。
「直撃したのに? ……威力が足りなかったってことですか?」
ノノミが信じられないモノを見るかのように、茫然とした顔で言う。それに対しては先生は否定した。
「威力は足りてるよ。寧ろ過剰なくらいかもしれない。ビナーの尻尾の方をよく見てごらん」
尻尾? 尻尾なんて見えるはずがない。だって砂の下だ。砂漠を泳いで移動していた以上は、尻尾は砂の下にあるはずだ。
そんな風に思って、地上を見たセリカの目にはビナーの尻尾が映った。何かが貫通したような二つの大穴が開いて、その間の部位が滅茶苦茶に歪んで、力なく地面に横たわっているように見える。どうしてと、混乱するセリカに先生は言う。
「盾にしたんだよ。きっと躱せないと思って尻尾を射線上へ垂直に配置したんだ。それでも貫通した弾丸が直撃して転倒させるくらいまでは出来たけど、一撃で機能停止させるまでは行かなかったみたいだね」
「じゃあ、二発目を直撃させれば……」
「いや、間に合わないよ。身体の半分があの有様だから。多分、逃げようとしてる。だから、逃げられる前にやらなきゃいけないんだよ」
そう先生がセリカを見て言う。理屈は分かる。作戦会議の通りだ。逃げようとしたビナーに発信機を撃ち込む。それがセリカの役割だった。それに必要な道具は揃っているし、準備もできていた。あとはハッチを開けて狙撃するだけだ。
「ふーっ」
ヘリの床に腹這いに寝そべって、セリカは深呼吸した。身体と銃は器具で固定してある。ヘリが傾いても落ちる心配は無かった。けれど開いたハッチからの風とローターの音が集中の邪魔をする。
「ふーっ。ふーっ」
両脇の先生と対策委員会の視線がとても気になる。それを知らないふりをして、セリカは銃のスコープを覗いてビナーを見る。装甲の隙間と言っていたから、それを探さなければならない。
それはすぐに見つかった。左目に大きな亀裂がある。心なしかさっきよりも亀裂がかなり大きく見える。恐らくカヤツリのレールガンが直撃したせいだろう。尻尾で威力を殺されても、ビナーの装甲を滅茶苦茶にすることはできていたらしい。
「ふーっ。ふーっ。ふーっ」
対策委員会は良いグループだとセリカは思っている。先輩たちは優しいし、居心地がいい。自分のやりたいこともできている。ただ、それ以上に所属しているメンバーのレベルが高かった。
シロコは強いし、ノノミはあんまり使おうとはしないが資金力があって、それに裏打ちされた知識もあるし配慮もできる。カヤツリは大人との交渉とか、オールラウンドにできるし、ホシノは普段だらけているけれど、シロコよりも強いし、まとめ役もできる。この四人は先輩だからまだいいのだ。
アヤネは強くはないが、後方支援は何でもできる。セリカと同級生なのに。セリカとてアヤネが努力して今がある事は知っている。けれど、劣等感を感じないと言えば嘘になる。
セリカだって頑張ったのだ。自分にやれることを探して、精一杯頑張っている。皆は、先生もそれは凄いことだと、中々できる事ではないと言ってくれる。でも、それはセリカにとっては出来て当たり前の事なのだ。当たり前のことを褒められても自信にはならない。だってできて当たり前だから。
セリカのやったことは他のメンバーと違って目に見える成果が出にくい。バイトを掛け持ちしたところで稼げる金額はたかが知れている。それは確かにアビドスに対する貢献だったが、本当にわずかなものだ。セリカは皆と肩を並べていたかった。誇れる何かが欲しかった。”私は対策委員の一員なんだ”と、胸を張って言える何かが。
だから今回の狙撃役も嬉しかったのだ。作戦会議の時はああ言ったけれど、確かに嬉しい自分もいたからだ。
でも、手が震える。セリカは作戦会議での事を後悔し始めていた。ホシノの挑発に乗らなければ良かった。おとなしく、カヤツリの提案を聞きだしておけばよかった。
確かに狙撃はセリカの得意分野だ。それは間違いない。ただ、それはいつもの場合の話だ。今は状況が違う。銃も違う。責任の重さが違う。
責められるのは怖いが、それよりももっと怖いものがある。それは、期待に応えられなかった自分自身だ。きっと皆は失敗しても笑って許してくれるだろう。セリカもホシノが言った事を嘘だとは思っていないし、そんなことを言われなくとも。皆がそうしないと信じている。
そうやって、失敗することが当然になって、自分もそれに慣れてしまったら。セリカにとってそれが一番怖い事だった。そうなったら本当に皆と一緒には居られない。
「……ああもう!」
スコープの先でビナーが地面に潜ろうと動き回っている。ビナーの動きに合わせて砂煙が立ち始めていた。このままでは視界が砂で潰れて狙えなくなる。だから、早く撃たなければならないのに、手が震えて上手く狙いが付けられない。
狙撃は落ち着かなければうまくいかない。これはセリカも知っていることだし、カヤツリも言っていたことだ。今の状況では成功する未来が全く見えない。そのせいで自分の焦りが加速する。焦るから上手くいかない。負のスパイラルに入り始めていた。
自信があればこんなことにはならないのに。そのための自信を手に入れるために、こんなことをしているのに。
『セリカ後輩。できなさそうか?』
突然に無線からカヤツリの声がした。その声を聞いたセリカの気持ちが落ち着く。落ち着いた自分にセリカは嫌気がさした。カヤツリは大体は代わりの案を用意しているものだ。だから、今回もできないセリカに代わって何とかしようと言うのだろう。
それで、安心してしまったのだ。これではいつまでもセリカは変わらないままだ。情けなくて、セリカは唇をかみしめながら、カヤツリの言葉を待つ。
『でもセリカ後輩がやるしかないぞ。代替案は無い。正真正銘セリカ後輩がやるしかないんだ』
「え?」
返ってきたのは予想だにしない言葉でセリカは茫然とした。それはセリカの責任を増やす言葉だったからだ。余計に身体が固くなる。
『セリカ後輩ならできる。だから、任せたんだからな』
そんな言葉を残して、カヤツリからの無線は切れてしまった。カヤツリにしては珍しい丸投げだった。いつもは代替案を用意しているのに。セリカは何度もそれに助けられている。でも、今回は用意していないのだと言う。それは、カヤツリの言う通りにセリカならできると信じたからではないのだろうか。
「……よし」
スコープを覗き直す。まだ砂煙は広がっていない。まだビナーの装甲の亀裂は見える。まだチャンスは残っている。失敗してからのことは失敗してから考えればいいのだ。元々考え込むのはセリカの性分ではない。できる事をやるのがセリカの取り柄で、それはセリカも他の皆も言っていることだ。
できるとカヤツリは皆は信じているのだ。だって皆はセリカに任せたのだから。
気がつけば、セリカは何も気にならなくなっていた。自分とビナーしか意識が向かない。狙撃を教えてもらった時に、カヤツリに教えてもらったこと。
──標的と自分だけの世界に入れたら、もう一人前だよ。絶対当たるからな。
これがそうなのだろうか。セリカは今までそんなことは無かったから眉唾物だと思っていた。でも、それは実際に今起こっている。じゃあ、カヤツリの言う通りに絶対に当たるのだろうか。
なんだか夢うつつな気持ちのまま、セリカは引き金を引き絞っていく。こんな気持ちで狙撃をするのは初めてだった。でも、なぜか本当に当たるという感覚がするのだ。
「……」
銃声と共に銃のストックが肩にめり込んだ。結構な衝撃と痛みだったがセリカは気にもならない。ビナーは何の反応も示さずに砂煙の中に消え、砂の中に潜っていく。砂煙が晴れるとビナーの姿はすっかり消えていた。
ヘリの中では誰も言葉を発さなかった。ハッチはもう閉じているから、エイミが発信機の反応を確認するために端末を使う音しかしない。皆は固唾をのんで見守っているが、起き上がったセリカにはなんだか妙な安堵があった。
「うん。反応あり。ここから凄い勢いで離れてる。……作戦成功だね」
エイミの報告に皆が歓声を上げた。セリカは満足感と心地よい倦怠感、抱きついてくる皆を感じつつ目を閉じる。なんだか次に目を覚ました時には、セリカは恥ずかしくない自分で居られる気がした。