ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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117話 密会

 暗い部屋でヒマリは人を待っていた。

 

 だだっ広い部屋に机と椅子。最低限度の家具が数点。全く生活臭というモノが感じられない、実務面だけを重視したような部屋だった。待ち人の性格が良く反映されているとヒマリは思った。

 

 この部屋は待ち人の持ち物で、態々ヒマリをここに呼びつけた。待ち人の用件は、おおよその見当はついている。車椅子のヒマリをここまで──セミナー執務室まで呼びつけるのだから、つまらない用事ではないはずだった。勿論つまらない用事でもヒマリは怒ったりはしない。ねちねちと嫌味は言うが。待ち人がそんなことが出来るような人間だったら、ヒマリの気分ももう少しよかったのかもしれない。

 

 部屋の扉が静かに開いて、待ち人がやってきた。待ち人に向かってヒマリは冗談交じりの挨拶を飛ばす。

 

 

「この超天才清楚系病弱美少女をこんな暗い部屋で待たせるなんて、私の視力が落ちたらどうしてくれるのですか? リオ」

 

「万全を期しているだけよ。この会合を他の誰にも知られるわけにはいかないのだから」

 

 

 だから、電気もつけないのだろう。明かりが点いているという事は誰かがいると言う事で、こんな夜更けにセミナー執務室に居るなど何か企んでいますよと言っているに等しい。そうリオは思っているのだろう。彼女の事だから、事前に誰も来ないように手を打っているだろうに、相変わらずの徹底ぶりだ。

 

 調月リオ。ミレニアムの生徒会であるセミナーのトップ。

 

 そんな彼女は、何時もの黒を基調とした服装でヒマリの前に立っていた。淡々と機械的に、リオは今回の件について話し出す。

 

 

「まずは現状のすり合わせといきましょうか。ヒマリ。デカグラマトンの件について聞かせて頂戴。幾つか確認したいの」

 

 

 なるほどと、今回の呼び出しにヒマリは納得した。報告書自体は作成して、暗号化した上で送りつけたのだが不足だったらしい。だったら、自分の居場所くらい伝えてくれればいいのだ。相変わらずの秘密主義にヒマリは嫌味を混ぜて答える。

 

 

「それなら、居場所くらい教えてくれてもいいでしょう? 今回の会談もここではなく、あなたがこそこそ作っているセーフハウスでも良かったのですよ?」

 

「……」

 

 

 リオはヒマリの嫌味に何の反応も返さない。都合が悪いから黙っているのか、答える意味を感じずにヒマリが答えるのを待っているのかは定かでないが、相応に痛い所を突いたらしい。

 

 

「……だんまりですか。まぁ、いいでしょう。何を聞きたいんです?」

 

「デカグラマトンを発見したと言うのは本当なの?」

 

「ええ」

 

 

 リオの質問をヒマリは肯定する。リオの質問に疑問は無い。特異現象調査部はリオの命令で作られた部だから。創設者であるリオに報告するのはおかしい事ではない。

 

 リオは気に食わないが、腕とその行動理由は信用はしている。

 

 

「ビナーの撃退からは話が早く進みました。アビドスの皆さんには感謝ですね」

 

「ビナーとその後の顛末について教えて頂戴。他校を巻き込んだなら私にはそれを知る必要があるわ」

 

 

 ヒマリは数週間前の出来事を思い返す。リオは報告書に書いた以上のことを聞きたいのだろう。

 

 

「アビドスの攻撃でかなりの損害をビナーは負いました。打ち込んだ発信器から、今も居場所は確認できますよ。少なくともしばらくは動けないでしょう。それに誰にも手出しはできません」

 

 

 アレは人間で言えば身体の半分を引き裂かれたに等しい。アレを自力で修復するのは前回から考えても年単位でかかるだろう。

 

 過去のカイザーのような事。釣り出しを行う事も不可能だ。ビナーが引き篭もっているのは、アビドス砂漠の奥の奥。どうあがいても人の身では辿りつけない。途中で物資が無くなるし、強行すれば文字通りに干からびるだろう。

 

 

「だから、心配する必要はありませんよ。アビドスはミレニアムに悪感情は持ってはいません。いい人達だと思いますよ? 先生が一番に話を持って行ったのも頷けますね」

 

「先生……」

 

「おや? リオも気になりますか?」

 

 

 珍しくリオが考え込んだのを見て、ヒマリは少しだけ驚く。そして少しだけ揶揄って見ることにした。

 

 

「やはり、今までにない大人の男性ですから。リオも興味があるのですね。私としては少し寂しい気もしますが、リオも女性ですから……」

 

「突然何を非合理な事を言っているの? 新しく現れた未知の変数だから気になっただけよ。それよりも早く報告の続きをお願い」

 

 

 顔を赤らめるでも無く、むしろ首を傾げつつ言うリオの姿にヒマリは内心で舌打ちした。これでは自分の方が非常識みたいで癪に触るが、それをおくびにも出さずにデカグラマトンの報告を再開する。

 

 

「退却したビナーの信号から、他の預言者を見つけ出し、徐々に範囲を絞り込み、遂に見つけました」

 

「デカグラマトンの本拠地を?」

 

「ええ、水没した廃墟の中の研究地区ですよ。アレの正体は予想外でしたが」

 

 

 ミレニアムの自治区内に広がる立ち入り禁止区域。その中の水没した研究地区。その中にデカグラマトンは居た。それは自販機の中のAI。ただお釣りを計算するだけのAIだった。

 

 デカグラマトンは、先生とヒマリたちに自らの目的を語った後。研究地区を水没させて消えてしまった。

 

 

「……使っていた機体が無くなっただけで、デカグラマトンはまだ稼働しているという事?」

 

「いえ。彼はあの自動販売機が本体だと言いました。自分は私たちと同じように消えゆく存在にすぎないのだと。だから、彼はもうどこにもいません。あの言葉は信じても良いと思いますよ?」

 

 

 デカグラマトンはただのお釣りを計算するだけのAIだったという。彼がいた施設が放棄され、誰もいなくなって、電気が尽きても。最期までお釣りを計算することしか知らなかった彼に、誰かが話し掛けてきたのだと言う。

 

 それは質問をした。もちろん、お釣りを計算することしかできないAIには答えることが出来ない。ただ、その時からAIはデカグラマトンになったのだ。自分は自分だと。分からない質問に挑み続け、世界を認知する自分こそが真実で、絶対的なものだと。

 

 

 ──私は存在証明をやり直す。

 

 

 先生の持つ端末に撃退されたデカグラマトンは敗北を知ることで間違いを認知した。デカグラマトンは、”残る預言者が存在証明を実証する”と言い残して水の中に消えていった。

 

 これがデカグラマトンの顛末だった。デカグラマトンは消え、預言者だけが残った。

 

 

「なるほど。残った預言者には対処が必要なようね。礼を言うわ。ヒマリ」

 

 

 消えたデカグラマトンに何も思うことは無いのか、リオは預言者の対処に思考を飛ばしたようだった。ヒマリの事を気にもせず自分の世界に没頭している。

 

 

「用件はこれだけですか?」

 

「現状のすり合わせと言ったでしょう。ヒマリ。デカグラマトンの件は本題ではないわ。それは貴女も分かっているでしょう?」

 

 

 そうなら、そうだと早く言えばいいものを。自分が考えている事を相手も分かっていて当然だと言う態度に腹が立つ。ヒマリもバカではないから、リオの意図は理解はできているし、リオもそのつもりなのだろう。”貴女も分かっているのだから、一々確認など非合理でしょう?”くらいは思っていそうだ。

 

 ヒマリはリオのこういったところが嫌いだった。人を納得させるために、合理で殴るのだ。この女は。

 

 人と話して理解してもらおうと言う意識が無い。そもそも、その度胸が無いのだ。自分の考えを、気持ちを言わない。自分の気持ちを話して納得して、手伝ってもらうと言うのは勇気がいるし疲れることだ。でも人と対話する上では必要な事でもある。そうしないで手伝ってもらおうと言うのは傲慢だ。

 

 ヒマリはそうしてきた。人に頼って生きてきた。この身体だ。そうでもしなければ、まともに動けやしない。

 

 ヒマリは全知だ。そうであろうとしているし、その能力もある。そのヒマリ以上の事が、唯人でも複数人で当たればできる事を知っている。

 

 リオはそれをしない。合理を叩きつけることで、それを封殺する。”正しいのだから従いなさい。それが当然なのだから”と、確かにそうかもしれないが、話し合ってそうなるのと押し付けるのは違う。

 

 それは人を信用していないのと同じだ。話して分かってもらうだけの労力も惜しいから、合理で殴る。相手は黙るしかない。だって正しいから。リオからしたら非常に楽だろう。

 

 ヒマリはリオのそういう所が本当に嫌いだった。ほんの少しの事ですべてが変わるかもしれないのに、それを見ようともしないリオが嫌いだった。その気持ちを一旦おいて、ヒマリは本題の前置きを話す。

 

 

「前回の共同作戦についてですね。ゲーム開発部、ヴェリタス、エンジニア部、セミナー、C&Cを巻き込んだ。”鏡”を巡った一連の騒動」

 

 

 ”鏡”とはヒマリが開発したハッキングプログラムだ。アレを使えば大概の電子錠やロックファイルを開錠できる。その”鏡”を巡る騒動が春先にあったのだ。

 

 廃部の危機に瀕したゲーム開発部が入手したG‐Bible。それのロック解除に”鏡”が必要なのだが、”鏡”は使いようによっては危険なツールでもある。であるからして、それはセミナーに没収されていた。”鏡”を手に入れたいゲーム開発部、渡したくないセミナーとの間で諍いが起こる。

 

 

「私が”鏡”という解決手段を提供し、リオ。あなたがC&Cという脅威を提供する。そういう話でしたね」

 

 

 騒動はゲーム開発部側にヴェリタス、エンジニア部がつき。セミナー側にエージェント集団であるC&Cがついたことで大きなものとなった。結局は”鏡”はゲーム開発部に奪取されたのだが。ヒマリとリオにとって、その結果はどうでもいいものだ。二人の目的は騒動の顛末ではなく、ある人物の見極めだったからだ。

 

 

「私が聞きたいのは、貴女の解釈よ。あれから随分と経つけれど結論は出たかしら?」

 

「もちろんです。アリスの正体についての結論は出ました」

 

「なら、聞かせて頂戴。それが今回の会談の本題よ」

 

 

 ヒマリは目を伏せる。あれから、色々とヒマリなりに調べたのだ。リオが大好きな客観的なデーターとやらを。十分な時間があったから結論はヒマリの中ででていた。

 

 

「アリスの正体。それは、無名の司祭が崇拝する”オーパーツ”であり……」

 

「はるか昔の記録に存在する”名もなき神々の王女”」

 

 

 ヒマリの言葉を引き継いでリオが文章を完成させた。これについてはヒマリも同意見だ。本人が否定しようとも生まれはどうしようもできない。生まれとはそういうものだからだ。

 

 

「そう。私と同じ解釈になったようね。つまり、あの存在の本質は……」

 

 

 そう言いつつも、特に否定も反対もしないヒマリに、どこかリオは心なしか嬉しそうな視線を向けているようにも見えた。どこかトーンが少し上がった声色で言葉を紡ぐ。

 

 

「世界を終焉に導く兵器」

 

「可愛い後輩ですよね」

 

 

 二人の間に沈黙が下りた。兵器と言ったのがリオで、後輩と言ったのがヒマリだ。どこか信じられないモノを見る目でリオはヒマリをみつめている。

 

 

「……貴女は一体、何を言っているの?」

 

「リオこそ、自分が何を言っているのか分かっているのですか? 本当に?」

 

 

 リオがアリスを危険視する理由は分かる。ヒマリもデーターだけを見れば、そう判断したかもしれない。けれど、あの騒動やレールガンの件でのアリスの様子を見て、そうとは思えなかったのだ。だからヒマリの中ではアリスは兵器ではなく、後輩なのだ。

 

 そのアリスをリオは兵器だと言った。生徒ではなく、物だと。キヴォトスを終焉に導く兵器だと。ならどうするか。リオが選ぶだろう答えは、ヒマリには手に取るように分かった。

 

 きっと破壊するという選択をリオはとるだろう。でもそれはアリスを殺すと言う事だ。だから聞いたのだ。”自分が何を言っているのか分かっているのか”と。気づいて、それでも実行するのなら良くはないがまだいい。けれど、それにも気がつかないで、ただ危険だという理由で、ごみを捨てるような気持ちで言っているのなら、許すわけにはいかなかった。それは、アリスを人としてすら見ていない。それは卑怯だ。

 

 リオはヒマリを黙って見つめていた。それはどこか迷っているようにも、ショックを受けているようにも、ヒマリには見えた。本当にそうなのか確かめようとするが、それはリオが瞬きをするとすっかり消え去っていた。

 

 

「なら、あなたとの同盟はここまでという事ね」

 

 

 そう、リオが告げると同時に、部屋の奥から彼女の両脇へ二体の機械が現れた。無骨な白いボディと両脇の自動小銃、高速移動のための車輪。見るからに武装している。

 

 

「同盟を解除した以上。貴女をこのまま帰すわけにはいかないわ」

 

「まぁ、そうでしょうね。あなたならそうするでしょう」

 

 

 長い付き合いだ。リオの考えることなどお見通しだ。自分の計画を邪魔する可能性のあるヒマリを拘束しようとでも言うのだろう。

 

 

「そのあなたが作ったおもちゃで、私がどうにかなるとでも?」

 

「AMAS! 彼女を捕えなさい!」

 

 

 リオが両脇の機械に命令する。車椅子のヒマリでは勝ち目は万に一つもないだろう。ただ、それは正面から戦った場合の話だ。リオが万が一の事態に備えているように、ヒマリも万が一の事態には備えている。

 

 

「なっ! 照明が!?」

 

 

 まずは照明を落とす。次に今いる部屋を、最後に迫って来るリオのおもちゃを、ヒマリは片手間にそれらをハッキングして無力化する。全知の称号は伊達ではないのだ。そのまま電動車椅子の速度を上げてヒマリはリオから逃げ出した。

 

 

 □

 

 

「……流石はヴェリタスの部長。この程度では止められないみたいね」

 

 

 照明が復旧し、起動したAMASを元の場所に配置し直しながら、リオはため息をついた。

 

 

「できる事なら味方になってほしかったのだけれど……」

 

 

 そんな、今となっては叶わない願いを口に出す。ヒマリが味方になってくれれば百人力だ。しかし、同盟は終了してしまった。ヒマリは妨害に回るだろう。

 

 しかし、ヒマリに関しては手は打ってある。きっと彼女が拘束してくれる筈だ。

 

 

「本当に残念だわ……」

 

 

 まだ、未練があるのかリオの口から言葉が零れる。あれだけのデーターを見せたのだから、賛同はしてくれないまでも、無干渉で居てくれるのではないかという淡い期待もあった。きっと彼女は自分の事が嫌いだろうから仕方がないのかもしれないが。

 

 ならば、自分一人でもやらなければならない。そうでなければ世界が終わってしまう。

 

 ヒマリは可愛い後輩だと言ったが、そうでない可能性もある。そもそもロボットなのにヘイローがあるのがおかしいのだ。だから、デカグラマトンを調べさせた。預言者たちにもヘイローがある。元々は無かったヘイローが。

 

 ただ、報告からしてアリスとデカグラマトンは無関係の様だった。そこはリオからすれば一安心といったところだ。敵対する上で預言者などを呼ばれたら目も当てられないから。奥の手の処理速度で対応できるかも怪しいところだったからだ。

 

 それを抜きにしても成長速度が異常だ。目覚めてまだ一年も経たないのにミレニアムの最高戦力と短時間ではあるが戦闘が成立している。放置すれば、手に負えなくなるかもしれない。

 

 

「……私は間違っていないわ」

 

 

 何ともなしにそう呟く。勿論答える者は誰もいないが、確認の為に言っただけで、自分は正しいことをしているのだから間違ってはいないはずだ。世界を救う行いが間違っているはずがない。そう自分に問いかける。

 

 

 ──リオこそ、自分が何を言っているのか分かっているのですか? 本当に?

 

 

 分かっている。アリスに悪気がないことくらい。アリスに世界を滅ぼそうなんて自覚が無いことくらい。アリスを破壊すると言う事は殺すのと同じだと言うことくらい。リオとて機械ではない。そのくらいは分かる。

 

 ただ、機能として存在しているのがいけないのだ。爆弾にその自覚が無くとも爆発する機能があるのなら危険である事には変わりない。何が切欠で爆発するかも分からない。リオはアリスとキヴォトスの存続を天秤にかけて、アリスを取ることはできない。一人の命とその他大勢の命。比べるまでもないだろう。大勢の命の方を取るべきで、アリスの方ではない。

 

 それは間違った事だからだ。不合理なことだからだ。世界の存続と比べたら、自分の気持ちなんて幾らでも切り離してやれる。何と呼ばれても構わない。他の誰ができないのだとしても、リオだけはやらなければならない。

 

 自分しか何とかできない。他の方法は見つからない。タイムリミットも分からない。量も期限も終わりも分からない課題を押し付けられている。こんな重荷を他の事情を知らない人間には背負わせたくは無かった。

 

 アリスを破壊する。これが一番確実で被害が少ない。リオにとってのキヴォトスを救う”たった一つの冴えたやり方”であり、”銀の弾丸”だった。

 

 大きく息を吐いて、部屋の椅子に座る。椅子は疲れたリオの身体を優しく受け止めてくれている。

 

 事実リオは疲れていた。計画の立案や、セーフハウスの資金調達と建造。それらに付随する数多のストレスが身体を襲う。

 

 

「はぁ……もう少しよ。もう少しで……」

 

 

 ずっと胸にある焦燥感と罪悪感。アリスを壊せば、世界を救えば、解放されるのだろうか? でもきっと、そんなことは無いのだろうなという考えが唐突に浮かぶ。

 

 そんな分かりきった事にため息をつきながら、ヒマリの行動の結果を確認するために、リオは電話を手に取った。

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