ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
ゲーム開発部と先生は、部室前の廊下に佇んでいた。先生たちのいる廊下の雰囲気は重い。外の良い天気とは正反対だった。
「アリスは?」
「ダメです。私たちじゃあ……」
「……もうずっと部屋から出てきません」
ミドリとユズは力なく俯いている。こういう時、口が上手いカヤツリか、あえて空気を無視して突撃できるモモイが居れば良いのにと先生は思う。今のアリスにとって先生やゲーム開発部には合わせる顔がないだろうから。
だが、二人はここには居ない。モモイはシャーレの医務室に、カヤツリは病院にいる。
あのアリスの暴走から二日が経っている。先生たちが瓦礫の中から這い出てきた頃には全てが終わっていた。
這い出た先生が目撃したのは、地面に倒れ臥すカヤツリとアリス。周囲を警戒するC&C、そして、意識の無いモモイに縋り付くミドリとユズの姿だった。ゲーム開発部、ヴェリタスは怪我らしい怪我も無い。それは先生も同様だ。モモイを除いては。
アリスの砲撃で天井が崩落した時、先生はモモイに突き飛ばされたのだ。きっと瓦礫から先生を守ろうとしての行動だろう。そのおかげで先生は瓦礫に潰されることなく無事だった。
逆にモモイは瓦礫の直撃を頭に受けた。頭のコブ以外は外傷もないので、直ぐに意識が回復するとの事だった。しかし、もう二日も経つのにモモイは目を覚まさない。
カヤツリの状況はもっと悪い。モモイとは違って身体に異常は無いのに目を覚まさない。異常が無いから目を覚まさない理由も分からない。お手上げだ。
カヤツリが事故にあったと、目を覚まさないと。アビドスに連絡した時のホシノの反応が忘れられない。声にならない掠れた音しか電話口から聞こえなかった。途中からノノミに替わるまで、その声を聞いているのは先生にはとても堪えた。この二日間、面会時間ずっとホシノはカヤツリの病室にいる。中からはすすり泣くような声も聞こえて、先生は声もかけられなかった。
事故の内容すらしっかり説明できないのだ。そんな先生がホシノにどんな言葉を掛けてあげられるのだろう。カヤツリは瓦礫に埋まった皆を守るためにああなったのに。先生があの場にいなかったら、モモイもカヤツリもどうにもならなかったのかもしれないのに。
先生もこの二日遊んでいたわけでは無い。エンジニア部やヴェリタス、使える伝手を総動員した。ただ分かったことはそんなに多くない。その中にはアリスがああなった原因ははっきりとは分からなかった。
「アリス。入るよ」
返事のない部室に先生は突入する。部室の中はカーテンが閉め切られていて真っ暗だった。先生が開けたドアからの光が暗闇を切り取っている。その中にアリスは膝を抱えて座り込んでいた。
「……食事もしないで、ずっと部室に篭ってるって聞いたよ」
我ながら酷いことを聞くと自嘲する。アリスがこうなっている理由は明白なのに。それでも、アリスをここから出さなければならない。ここに篭っていたって何も解決しないからだ。
「……せ、先生」
「皆、心配してるよ」
泣き続けたのだろう。目の周りが赤く腫れているアリスに、先生は優しく笑いかける。扉の外ではミドリとユズが心配そうに覗き込んでいた。
「アリスは……アリスの……せいで……モモイとカヤツリが怪我をしました。ヴェリタスの部室も無くなってしまいました……」
けれど、アリスは”行けない”と言うようにその場から動こうとしない。その理由は今のアリスの言葉が全てを物語っていた。
「……どうして、こうなったのか……アリスにも、分かりません。あの時の事をアリスは何も……」
「……覚えていないのかい?」
こくりとアリスは頷く。アリスは俯いたその姿勢のままで、きっとアリスが分かる事だけをぽつりぽつりと言葉に出していく。
「まるで……まるで、アリスの知らない”セーブデータ”がアリスの中にあるかのような……」
「……」
アリスの言う”セーブデータ”には心当たりはない。しかし、怪しいものはあった。モモイのゲームガール。アレがアリスが暴走する前、モモイがカヤツリの方へ行く時に勝手に起動したのをミドリが見たのだと言う。アレにはG.Bibleが入っていた。G.Bibleはアリスの眠っていた廃墟で手に入れた物だ。もしかしたら、あの廃墟からダウンロードする時にウイルスか何かが入っていたのかもしれない。
「あのロボットを見た時にアリスの身体は反応しました。動きました。そこから先は覚えていません……でも!」
「アリス。落ち着いて」
今にも泣いて叫びだしそうなアリスを制止する。分からないことも、やるべきこともある。ただ、今ので分かったこともある。兎に角、あの暴走はアリスの意図したものでは無かったと言う事だ。そうであるとは初めから分かってはいるが、はっきりと確認できたことは良いことだ。
原因は不明だが、少なくともあのロボットに触れれば、ああなってしまうかもしれない事は分かった。ならば、それを避けてゆっくり調べていけばいいだけだ。そのうちにモモイもカヤツリも目覚めるだろう。そうであってくれなければ困るし、目覚めないなら手段を選ばない覚悟が先生にはあった。
「でも、アリスはどうしたらいいんですか!? アリスは皆を傷つけてしまいました……。アリスはただ……」
”皆と一緒に居たかっただけなのに”そう、絞り出すようにアリスは言葉を吐き出す。
その答えを先生は知っている。けれど、それをアリスに言ったところでアリスは救われないだろう。そうする意図が無かったとはいえ、やったことは変えられないし、過去には戻れない。アリスが求めるような、全てを帳消しにできる魔法のような解決策は存在しない。
今できる事は原因の究明と対策だった。そして目覚めたモモイとカヤツリに対する謝罪くらいだろう。地道で終わりの見えない作業だがやるしかないし、アリスにも協力してもらわなければならない。また、同じような事になるのはお互い嫌だろうから。
だから、これから皆と一緒に居るために必要な事を、これからやらなければならない事をアリスに伝えようと、先生が集中し始めた時。
「取り込み中の様だけど、少しいいかしら、時間はあまりとらせないわ」
先生の後ろ、部室の扉から聞きなれない初めて聞く声がした。声の方へと振り向けば、一人の女生徒が立っている。長い黒髪を下ろした切れ長の瞳が印象的な生徒だった。少なくとも先生にとっては初対面の生徒だ。
ただ、ミドリとユズは彼女が誰なのか知っているようだった。二人の様子から困惑と疑念が見て取れる。
「会長……?」
今の言葉で彼女が誰なのかは先生は気がついたが、確認の意味も込めて目の前の彼女に問うた。
「君は……?」
「私の名は調月リオ。ミレニアムサイエンススクールの中枢──セミナーを率いる者」
リオの答えに先生は自身の勘が当たっていたことを確信する。つまりはミレニアムの生徒会長だ。ミドリが会長と言ったのも頷ける。生徒会長であるリオがここにやって来る理由も想像はできるし、恐らく当たっているだろう。
「貴方が噂のシャーレの先生ね。初対面がこんな突然で申し訳ないわ。本来なら正式に挨拶を交わす機会を設けたかったけれど、今回は別の用事があるからまたの機会にさせて頂戴」
「別の用事とは何かな?」
「先生、貴方たちに真実を告げに来たのよ」
先生は表情に出さないまでも驚いた。先日のアリスの暴走の件についての沙汰か何かを通告しに来たのだと思ったのだが。それよりもリオは”真実”が重要らしかった。先生やゲーム開発部を視界に収める位置から静かな口調で話し出す。
「貴方たちは先日の騒動で一つの考えに到達したのではなくて? 今まで友人だと思っていた彼女の見せたことのない異なる姿、それによって引き起こされた破壊と混乱。それらを通してこう思ったのではないかしら」
リオの視線が先生から逸れた。先生の後ろのアリスの方へと視線が向く。
「”今まで友人だと思っていたものはそうではないのかもしれないと”そうでしょう? シャーレの先生?」
「一体何を言っているのか分からないな。そういった話は、それこそ今じゃない方が良いと思うよ」
リオの言っていることが分からないふりをする。リオが言おうとしていることは分かる。この様子だとアリスの経歴も知っているのだろう。出自不明の廃墟から発見されたロボット。それが突然暴走したのだ。リオから見たら危険な兵器にしか見えないだろう。ただ、今のアリスにそれを聞かせるわけにはいかなかった。いつかは言わなければならない事だが、それは決して今ではない。それが真実なのだとしても、今のアリスはきっと受け止めきれない。
「時間もあまりないし、単刀直入に言わせてもらうわ」
リオは先生の言葉を意にも介さない。リオに先生越しに見つめられたアリスがびくりと震えるのを先生は感じる。
「貴方たちがアリスと名付けたそれは、生徒ではないわ。未知から侵略してくるDivi:Sionの指揮官であり、”名もなき神”を信仰する無名の司祭が崇拝するオーパーツであり、古の民が遺した遺産」
リオはそこで一度、言葉を切った。そして、アリスをしっかりと見つめながら、アリスの正体を言葉に乗せた。
「名もなき神々の王女──AL‐1S。それが、彼女の正体よ」
「ふざけたことを言わないでください!」
先生が何かを言う前にミドリが叫ぶ。
ショックを受けて両目から涙がぽろぽろ零れるアリスを庇うように、ミドリがリオに食って掛かった。ユズが止めるがそれすら振り払う。
「お姉ちゃんみたいに脳内設定を話さないでください! 勝手にアリスにそんな設定を付与しないで!」
「……ごめんなさい。こちらの配慮が足りなかったわね。分かりやすいように、貴方たちの好きなゲームに例えましょうか」
ミドリの怒りにリオは謝罪するが、根本的にズレていた。わざとそうしているのかもしれない。兎に角、リオは自らの考えを曲げる気はないし、話を止める気もないようだった。
「つまりはアリス。貴女はこの世界を滅ぼすために産まれた”魔王”なのよ」
「……アリスは……アリスが……?」
「違うよ」
先生はリオの言葉を否定した。生まれはそうなのかもしれないし、リオが言う通りなのかもしれない。けれど、今のアリスがそうであるとは限らない。勇者を目指して日々努力するアリスの姿は嘘ではないと先生は信じていた。
「違わないわ。先生。私はセミナーの会長よ。ミレニアムを守る責任がある。それなら、私はアリスに対処しなければならないの。今回は運よくミレニアムの被害は最小限で済んだ。けれど、アビドスはどうなのかしら。彼はまだ目を覚まさないのでしょう? まだ向こうから音沙汰は無いけれど、もう外交問題に発展しかけているわ。これがまた他の場所で起こらないと誰も保証できないのよ」
「……」
ぐうの音も出ない先生にリオは情報を叩きつける。
「それに先日のあの光景を見たでしょう? あれは完全にこちらの不手際だったのだけれど」
「……不手際?」
「ええ、あの壊れかけのDivi:Sionを回収できなかった。今まではC&CとAMASで対処していたのだけれど……。あれは廃墟から湧き出る物なの。監視網をすり抜けて今までとは違う動きをしたのはきっとアリスを求めて移動したのでしょうね。そして接触した。その結果が先日の暴走に繋がった。不手際とはそういうことよ」
「……そのDivi:Sionに触れなければ、アリスはああはならなかった? それなら……」
「ええ、完全にDivi:Sionから隔離すれば、暴走は防げる可能性はあるわ。でも非効率的で不確実よ」
リオは先生の口に出そうとした提案を非効率の一言で両断した。つらつらと、リオは問題点をあげつらう。
「一か所に閉じ込めて、見張りをつけるだけでも非効率だわ。何時までそれを続けるのかしら。それに見張りもある程度の実力者でなければいけない。それこそ、ネルくらいの。見張りの生徒の貴重な時間をそれの為に浪費させるのはお互いに不幸なのではなくて? それなら、私は確実な方法をとるわ」
「それ以上はダメだよ。リオ。私も協力するし何か他に方法があるかもしれない」
「無いわ。もう時間もないかもしれない。今も破滅へ向けて秒針が進んでいるの。それなら方法は一つだけよ」
リオは聞く耳を持たない。ここまで言われれば先生にもリオが何をしようとしているか分かった。それを口に出しては欲しくなかったし、そうせざるを得ない状況とリオを納得させられない自分の無力感が虚しかった。
「アリス。私は貴女を消さなければならないの。貴女はここに存在してはいけない」
冷たい仮面のような、さっきから変わらない表情でリオは淡々とアリスに告げる。そう告げられたアリスは、それを否定するかのように涙交じりの声でうわごとのように言葉を絞り出す。
「アリスは……ただ……勇者に……」
「私は余りゲームには詳しくはないけれど、”勇者”とは友人に剣を向ける存在かしら? むしろ、貴女のやったことは”魔王”の役割だと思うのだけれど。貴女は自分の剣の威力を分かっていたのかしら。エンジニア部とヴェリタスの調査結果を見たけれど、建物の破壊痕から、貴女の剣は威力も以前とは比べ物にならない程に上がっているそうよ。本来なら瓦礫の下の先生たちも大けがをしてもおかしくなかった。それがアレで済んだのは運が良かったに過ぎないわ。次もそうとは限らないのよ」
あまりの切れ味を誇る言葉にアリスは俯いてしまった。それにミドリは憤りも隠そうともせずにリオに噛みつく。
「変わり者だとは聞いていたけど。こんな人だとは思わなかった!」
「……先生。どうしよう……!」
この険悪な雰囲気に耐えきれないのかユズは震えていた。状況は最悪だった。リオは考えを変える気はないようだし、ミドリは怒り心頭。アリスはもう心身ともにボロボロだ。こんな状況で答えを出すのは早計だった。
「リオ。さっきも言ったけれど、その結論を出すにはまだ早いんじゃないかな。だから……」
「いえ。その思いやりは優しさではないわ。それは現実逃避に過ぎない。そうやってずるずると結論を引き延ばして、取り返しのつかない事態になるくらいなら。先生の言うように、さっきも言ったけれど私は確実性を取るわ。それが合理的よ」
「合理、非合理じゃなくて……」
「……そもそも、彼女は貴方の生徒ではないでしょう? どうして機械の身体にヘイローがあるのかは理解できないけど……あの狂気に侵されたAI。預言者たちと一緒の理屈かもしれないわね」
あまりの発言に先生は叫びだしそうになった。リオのアリスを生徒とは見なしていないような発言の数々が悲しくて仕方が無かった。そして、さらに混沌とした状況をアリスの声が切り裂いた。
「アリスは! ……アリスは、どうすれば良いんですか?」
「結論は一緒よ。アリス。貴女が消えればいい。貴女をしかるべき場所に連れていくわ。爆弾は安全な場所で解体するべきだもの」
「……それ以上の言葉は聞き逃せないよ」
その言葉は先生としては看過できなかった。きっとリオも必死なのだろうと言う事は分かるけれど、それは言ってはいけない事だからだ。リオにとってはそうでなくとも、先生にとってアリスは生徒だった。もちろんリオも。まだ、方法はあるはずだった。だって、先生はリオの言った事を何も知らないからだ。無名の司祭も名もなき神の事もだ。知らなければ何も判断はできない。アリスを殺すなんていう最終手段を切る判断を下せない。
「気に障ったのなら謝罪するわ。先生」
少しリオは傷ついたかのような表情を見せた。さっきまでとは違う口調で俯いている。どこかさっきまでの冷徹な表情の仮面が剥がれているように見えた。
「きっと私に問題があるのでしょう。昔から私は嫌われているから。でも退かないわ。私はこのミレニアムを皆を守りたいだけ」
ただ、それは一瞬のことで、俯いた顔を上げたリオに迷いは消えていた。そしてその覚悟を表すかのように、先生にとって聞き覚えのある名前を呼んだ。
「ネル」
「……」
部屋の入り口に美甘ネルが立っていた。メイド服を着た小柄な彼女は両手に愛用のサブマシンガンを持って、不満そうな顔をしている。
「幾ら貴方たちでも、ネルには太刀打ちできないでしょう?」
リオの言葉は真実だ。ネルはC&Cのリーダーだ。ミレニアム最強の戦闘力を誇る生徒で暴走状態のアリスを止めたのも彼女だった。今のゲーム開発部では先生の指揮があっても太刀打ちできるかは怪しかった。
絶望に震えるゲーム開発部たちにリオは申し訳なさそうに言葉を掛ける。
「悪く思わないでやってね。C&Cは私直属の部隊なの。だから命令の執行に自己の判断が挟まる余地はないわ」
だから、ネルは悪くないと。そうリオは言っているのだ。その不器用な優しさから、リオがアリスに向ける態度は異常なのだとは分かる。むしろ優しいからこそこんなことになっているのかもしれなかった。
「やってられるか!!」
突然ネルはそう怒り出す。そのまま、アリスを背にリオに向かいあった。
「今の今まで命令に従ってきたけどよ……。これはないだろ! 何もわかってないチビスケを追い詰めて連れていけってか!?」
「貴女も裏切るの?」
「ハッ。違うね。テメェの指示が気に入らないし。協力してほしいなら、事前にもっと説明しろって言ってるんだよ!」
不機嫌さを前面に押し出して、ネルはリオに怒鳴る。ネルもリオの指示には不満があったらしく、それが今爆発したのだろう。曲がったことが大嫌いで、後輩想いのネルらしい選択だった。リオはネルの行動に対してため息をつく。
「らしいといえばらしいわね。ネル。貴女のいつ爆発するかわからない、そのかんしゃく玉のような側面に私は助けられたこともあったわ。だからこそ、次善の策を用意しておくものよ」
「あん? なんだって」
「最初から、C&C全員じゃなく。貴女だけを呼び出しておいて良かった。そういうことよ。トキ!」
「ネル先輩!」
ミドリがリオの後ろから現れた人影を確認して警告する。もちろんネルは気がついて、その人影に向かって突撃する。二人は廊下にもつれ合って見えなくなった。激しい戦闘音が響いた後、ネルの叫び声が聞こえて静かになった。
「……初めから相手が分かっていれば対策の一つや二つは用意できるわ。ネル。貴女用の特殊兵装と収集した戦闘パターン。それだけあれば完封も容易い」
「……あ」
廊下に出た先生たちが見たのは、拘束されているネルだった。トキと呼ばれたリオの仲間だろう。メイド服を着た彼女がネルを抑え込んでいた。
「動かない方が良いですよ。腕が動かない方に曲がりますから」
「……ッ」
また状況はさっきと同じに逆戻りしてしまった。周りはいつの間にか、リオの護衛だろう機械で囲まれている。
「AMAS。アリスを連れて行きなさい」
「どうしても考えを変える気はないのかい。私は幾らでも手助けするし、人手があれば……」
「その手には乗らないわ。先生」
徹底しているリオに先生は確認する。けれど、リオははっきりと先生の提案を断った。
「これは私の、ミレニアムの問題よ。内々で、内密に処理をしなければならない。ミレニアムが世界を崩壊させる兵器を抱えていたなんて知られるわけにはいかないわ。他の生徒に迷惑が掛かる。シャーレの手を借りれば、どこから洩れるか分からない。だから先生には頼らないわ。そうすれば貴方は何もできないでしょう?」
「……」
先生は反論できなかった。シャーレは確かに超法規的な組織だ。けれど、それには確かに枷がある。それは先生一人ではどうしようもできないのだ。依頼があって初めて、先生はシャーレとして動くことができる。それはアビドスもエデン条約も、ゲーム開発部の最初の依頼だってそうだった。
だから、今のリオのように助けがいらないと言われてしまえば。先生には何もできない。無理に動けば、それは内政干渉に当たるからだ。生徒を煽るなどはもってのほかだ。それでは黒服やベアトリーチェと何も変わらない。自分の都合で生徒を利用したことになる。
アリスを取ればリオの願いを踏みつぶし、リオを取ればアリスの命を失う。これはそういう選択だった。
「アレは貴方の背負うべき生徒ではない。世界を崩壊に導く兵器。だから、貴方の出る幕は無いわ」
「違うよ! アリスちゃんは兵器なんかじゃない!」
「……何故、そう思うのかしら」
ミドリがリオの言葉を否定するが、リオは気にする様子もない。静かにミドリの発言を問いただす。ミドリは怯んだが、リオに向かって言い返す。
「だって! アリスちゃんは光の剣を……勇者の証であるスーパーノヴァを持っているもの! だから、魔王でも兵器でもない!」
それは屁理屈だった。その証拠にリオには全く効いていない。本当に不思議そうにリオは首を傾げている。
「ああ、エンジニア部が作ったおもちゃの事? そうね。それが貴女が勇者であることの根拠なのね」
「あ……」
リオとトキを除いた全員が息をのんだ。光の剣の電源が切れて動かなくなったからだ。今の言動からして、リオが何かをやったのは明白だった。
「これで、光の剣は無くなったわ。証明も終わり。むしろ勇者の剣はあっちなのだけれどね……」
「あ……あぁ。アリスの剣が……ゆうしゃの、あかしが……」
アリスは動かなくなった光の剣を見て崩れ落ちる。その時に先生はアリスの芯がポッキリ折れる音が聞こえた気がした。ふらりとアリスは立ち上がって、涙で一杯の瞳で辺りを見渡した。とてつもなく嫌な予感がして、先生の背中が冷たくなる。アリスの表情はなにか取り返しのつかないことを決めた顔だったからだ。
「ダメだよ ! アリス!」
「……いえ、先生。アリスが消えるとします。アリスは勇者じゃないですから……」
「違うよ! アリスちゃん! そんなことをする必要は……」
「アリスちゃん!!」
先生とミドリ、ユズを遮るようにAMASが三人を遮る。たかだか数台のロボットなのに、それがどこまでも高い壁に先生には見えた。
「いいえ。大丈夫です」
「大丈夫なら、そんな顔をするんじゃねぇ! チビスケ! 抵抗しろ! お前はそれで……!」
「でも、アリスのせいでこんなことになっています。モモイとカヤツリは目を覚ましません。ネル先輩も、ミドリもユズも、先生も、辛そうです。だからアリスが居なくなります。アリスはミレニアムの生徒ではないので……いなくなっても大丈夫です」
アリスが本当に生命体でないなら、リオの言う通り兵器であるのなら。こんな選択はできないはずだった。涙を流して、自分の意志を押し殺して、自身を捨てる選択は取れないはずだった。
「これまで、本当に楽しかったです。アリスにとっては夢のような日々でした。みんな、アリスと一緒に冒険してくれて、ありがとうございました」
「アリス!」
「「アリスちゃん!」」
「チビスケ!」
先生と他の皆の声は届かない。そのまま、アリスとリオは先生たちの前から消えてしまった。先生の身体を無力感が襲う。それでも、先生にはまだやれることがあるはずだった。シャーレとして介入は出来なくとも、リオが何をしようとしているのか、彼女の言った事が何なのか、本当にそれしか方法は無かったのか。リオとアリスを救う選択肢は無かったのか。
先生にはそれを知る手段が一つだけあった。きっと代償を払う事になるだろう。先生は決意と共に拳を握りしめた。