ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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毎回の誤字報告や感想ありがとうございます。


121話 取引

 誰もいない廊下に先生の足音だけが響いていた。先生は目的地に向かって迷い無く足を進める。目的地であるカヤツリの病室まではもう少しだ。そこに着くまでの時間に先生はあの後の事を思い出していた。

 

 しばらくしてからモモイが目覚めたことは、アリスが居なくなった後の先生たちにとっては唯一の朗報だった。

 

 アリスが連れて行かれたゲーム開発部は迷う事になる。アリスを連れ戻すべきなのは分かっていても、本当にそうして良いのか。それが分からないからだ。人道的にはリオの手段は下の下ではある。それだけなら、きっと彼女たちは迷い無くアリスを連れ戻す事を選べた。しかし、ミレニアム、それこそキヴォトスの事を考えれば頭ごなしに否定は出来ない。危機を回避する。その点に関しては圧倒的にリオが正しかったから。

 

 あの後、ゲーム開発部、ヴェリタス、エンジニア部、C&C、セミナー、その他諸々。アリスが関わった全ての生徒たちが、アリスを救う為に集まった。流石ミレニアム生で、アリスとリオの居場所、侵入方法などは直ぐに纏まる。後はそれを実行するだけ。

 

 が、全員が二の足を踏む。リオの手段に賛同はできなくとも、リオの想いは全員分かっている。本当に実行すべきなのか迷っていた。アリスを連れ戻すということは少なからずは、リオの想いを踏み躙るという事だから。

 

 だから皆は先生に聞くのだ。”私たちはどうしたらいいのか”と。

 

 その問いに先生は答えることはできないのに。

 

 先生は生徒の選択を尊重するし、それを全力でサポートする。それが先生にとっての責任だからだ。でも、生徒の代わりに選ぶ事はできない。それは生徒の選択ではなく、先生の選択だ。

 

 それに、自分たちで決めた結論でなければ、リオやアリスを説得できないだろう。きっと二人共、自分たちが間違っているのは分かっている筈で、もう止まれないのだという事も全員分かっている。そうでなければ、アリスは泣きながらあんな事を言わないし、リオもあんな露悪的な言い方もしなかったに違いない。

 

 生徒は決められず、先生も誘導はできない。そんな進まない現状を、モモイの言葉が全てを変えた。

 

 

 ──そんな事はどうでもいいの! 私は納得できないよ! 私はアリスと離れ離れになりたくない! 会長の言う事なんて知らないよ! 私はそんなことを頼んでない! 私はアリスともう一度話したいよ!

 

 

 事情を把握したモモイの言葉は、皆が思っていてもうまく言えなかった事だった。きっと皆が思っていた事。きっと二人を説得できるかもしれない唯一の言葉。ミレニアムの生徒でゲーム開発部、アリスと共に過ごし、アリスによって被害を受けた一人。唯一人、アリスを許して、ミレニアムを想うリオの願いをそれでもと突き返せるのがモモイだった。

 

 あの言葉で全員に理由ができた。ならもう、後は進むだけなのだ。

 

 モモイの言葉で事態は急速に動き始めている。後は準備が出来次第、正確には夜が明けたら、生徒たちと共にリオの待つ場所へ突入するだけだった。

 

 けれども、その前に先生はまだやる事がある。今の今まで進めていた足を止めると、そこにはもう相手が待っていた。

 

 

「こんばんは。先生」

 

「黒服……」

 

 

 消灯時間を過ぎて、足元の非常灯だけが病院の廊下を照らしていた。その薄暗い中で呼んでもいない黒服が立って先生を待ち受けている。

 

 

「何の用だい?」

 

「クックックッ……それは私の台詞の筈ですよ? 先生。だから、カヤツリ君の居るここまで来たのでしょう? 私との連絡先を知っているのは、彼だけですから」

 

 

 暗闇の中、服装も相まって顔の亀裂しか見えない黒服は、どこか嬉しそうにも見えた。

 

 実際その通りで、先生は歯噛みする。リオの言った無名の司祭やその他諸々は結局、先生の伝手では分からなかった。唯一知っていそうなヒマリは連絡がつかず、エイミに聞いても”リオ会長の所へ行った”としか情報が無かった。きっとリオに捕まってしまったのだろう。

 

 それならもう残っている手段は黒服だけだった。彼ならきっとリオの言った言葉の意味を知っているはずだからだ。

 

 

「電話で連絡を取ろうとする貴方の考えは分かりますよ。ホシノさんには絶対に知られるわけにはいかないでしょうからね。それは当然のことです」

 

 

 先生は無言で通すが黒服の言う事は当たっていたから、これは強がりだった。先生は黒服のオフィスの場所を知っているし道も覚えているが、今は時間が無かった。アビドスのオフィスまで行けば余裕で日を跨ぐだろう。アリスがリオの手で破壊されるまで時間がない以上、悪戯に時間を消費することはできない。そして、対策委員会が居なければ遭難の危険性がある。対策委員に頼ると言う事はホシノに頼ると言う事だ。

 

 先生はホシノの事が心配だった。カヤツリが昏睡状態になってまだ二日だから、ホシノの心情は滅茶苦茶だろう。他の事を気にする余裕はないはずだ。けれど、先生が黒服の所に行くと言い出したらどうだろうか。もしかしたら、とんでもない手段に手を出すかもしれなかった。例えば今の先生のように黒服と取り引きするとか。

 

 だから先生は、こんな真夜中に病院に頭を下げてカヤツリの病室まで来ているのだ。ホシノに秘密で黒服と連絡を取るために。

 

 

「私は今回の事情をすべて把握しています。きっと貴方の期待に応えることが出来るでしょう。ただし分かっていますね。私に取引を申し出るとはどういうことか」

 

「分かってるよ。何が望みなんだい?」

 

 

 先生は黒服へそう返すと、黒服は満足そうに頷いている。黒服のいう事は知っていた。対価だ。黒服から情報を得ると言う事はそれに見合った対価が必要だった。

 

 

「そうですね……ゲマトリアへ加入していただくと言うのはどうでしょうか?」

 

「それほどの情報なのかい?」

 

 

 黒服の要求に、先生は言い返す。黒服の要求は以前と同じだった。それは黒服の一番の望みのはずだから、それを対価にすると言う事は相応の価値があるのだろう。緊張感を滲ませる先生に、黒服は堪えきれなくなったかのように笑い出した。

 

 

「何を……」

 

「クックックッ……いえ、揶揄っただけなのですが、あまりにも本気の表情をするものですから。やはり、貴方は変わらないと思いまして。相も変わらず理解ができない……」

 

 

 しばらく咽たように笑う黒服だったが、十分に笑い終えたようで先生に再度の確認をする。

 

 

「今一度確認しますが、先生。貴方の要求は、無名の司祭と名もなき神々の王女についてでよろしいのですか?」

 

 

 面白いほどに当たっている。ずっと見られていたようで、少し気持ちが悪いが、黒服の事だから仕方がない。これはこういう男なのだ。

 

 

「そうだよ。それで対価は?」

 

「私の実験に協力していただきたい」

 

「内容を聞いても?」

 

 

 ここでの確認を忘れない。先生は何でもやる気ではいるが、生徒を不幸せにするようなことは許容できない。

 

 

「カヤツリ君を目覚めさせます。このままでは私にとっては不都合でしてね。少なくとも今回の騒動が終わる前までには目覚めていてもらわないと困るのですよ」

 

「何を企んでいる」

 

 

 先生は語気を強めて、黒服に問いただした。カヤツリに何かをするつもりなのだろう。目覚めるのは喜ばしい事ではあるが、黒服のやることだ。何か裏があるに違いなかった。

 

 

「ええ、企んでいますよ。色々とね」

 

 

 あっさりと黒服は企みを認める。そもそも隠す気自体が無いようで、その態度がさらに先生の不信感を加速させた。

 

 

「だから、それが対価になるのですよ。貴方は自身の事ならいくらでも捨て身になれるのでしょうが、生徒相手ではそうもいかないでしょう? 貴方が私を信じるか。そうでないか。それだけの話です。私は、貴方が私の事をどう思っているのかが知りたいのです」

 

「……カヤツリに害は無いんだね。他の誰にも悪影響は無い?」

 

「ええ、約束しましょう。カヤツリ君にも、他の誰にも、害はありません。さっきも言った通りに、私の今の目的はカヤツリ君が目覚めることなのですから」

 

「……どうして私に聞くんだい?」

 

 

 黒服の事だから、先生にバレずにカヤツリに何かするのは朝飯前だろう。現に今、誰にも気づかれずにここまで来れている。

 

 

「もう彼は私の手を離れている。もう私は彼の保護者ではない。先生たる貴方の許しなく手を出すことはできませんよ。その資格はもう私に無いのですから」

 

 

 そう答える黒服は、先生の目にはどこか寂しそうにも見えた。

 

 ならば迷う事は何もない。答えは一つだった。

 

 

「分かった。情報を聞かせてほしい」

 

「それは、肯定ととってもよろしいのですか?」

 

「そうとってもらって構わないよ。さっき言った範囲内で好きにすると良い」

 

「ほう? 案外簡単に私を信用するのですね。もっと不信感を抱かれているかと思いましたよ」

 

 

 さっきまでの先生のように、今度は黒服が訝し気に先生を見る。先の寂しそうな雰囲気は無くなっている。思い通りになったのに、それが不満なようだった。

 

 

「黒服。君は契約や約束事に関しては嘘をつかないと、カヤツリから聞いたからね。君は信用できないけれど、カヤツリの言った事なら信用できる。それなら、約束事の中で、君が言う事は信用するに値するってだけだよ」

 

「……クックックッ……やはり貴方は悪い人だ……」

 

 

 悪い人と言う言葉通りだ。言葉を綺麗に飾ってもカヤツリの知らないところで、先生は勝手に決めたのだ。本当に黒服は変なことはしないだろうが、いい気分ではない。アリスとカヤツリを天秤にかけて、アリスを取ったことには変わりない。この騒動が終わった後には謝らなくてはならない。カヤツリにもホシノにも。

 

 その間にも黒服は暫く考えていたが、答え自体は納得いくものだったようで、身体を震わせて笑っている。しばらく、それが続いた後に黒服はカヤツリの病室の扉を指さした。

 

 

「それでは、口約束ですが、約束は約束。仕事にかかるとしましょう。着いてきてください先生。作業がてら説明しますよ。最初からね」

 

 

 病室に入った先生と黒服が部屋に入ると勝手に電気がついた。そこそこの広さの部屋には、食べ物やら丸っこい機械やらの、お見舞い品がのった小さな机と、ホシノが使ったであろう椅子、そしてカヤツリの眠る大きなベッドがあった。カヤツリは部屋の電気がついても目を覚ます様子は無かった。死んだように眠っている。

 

 黒服は遠慮なくカヤツリに近づいて、懐から器具を取り出し、何かを調べ始めた。

 

 

「なるほど、ほぼ予想通りと言ったところですね。これなら以前と同じ、何とかなるでしょう。彼にとっては理事に感謝と言ったところでしょうか……」

 

 

 黒服はどこか見覚えのある青さの何かが入った注射器を取り出して、消毒の後カヤツリに注射した。シリンジの中の青い何かがカヤツリに入っていくにつれて、カヤツリの何かが変わっていくような感じがした。

 

 

「カヤツリ君の症状は簡単に言えば神秘不足です。まあ簡単に起こるモノでもないのですが……」

 

「神秘不足?」

 

 

 聞き覚えの無い症状におうむ返しに先生は呟く。これまでのことを思い出すが、キヴォトスに来てからも聞いたことが無い。

 

 

「栄養不足とでも言いましょうか。肉体のではなく、存在のとでも言うべきでしょうか。今先生の懇意にしているゲーム開発部にのっとるのなら、MPと言ったところでしょう」

 

 

 まさか、黒服もゲームをするのだろうか。脳内でゲームをする黒服の図が浮かぶが、驚くほどに似合わない。そんな想像を振り払って、先生は原因が気になった。MPだと言うのなら、それを消費する行動があったはずだからだ。

 

 

「おおよその想像は着いているのではないですか?」

 

「カヤツリのレールガン?」

 

「正解です」

 

 

 いつかのように、パチパチと黒服が拍手する。嬉しさなど微塵も湧いてこない上に、嫌な気持ちになる。

 

 

「そんな危険な物をカヤツリに渡して使わせたの?」

 

「おや、心外ですね。先生はそれに守られたでしょう? あの名もなき神々の王女の攻撃でなければ、守るべき対象がいなかったなら、カヤツリ君はこうはなっていませんよ」

 

「そもそも、あれは何なんだい」

 

 

 少し黒服は作業の手を止めて考えた様子だ。そして、作業を再開しつつ答え始めた。

 

 

「この情報はサービスとしておきましょうか。あれは、カヤツリ君の王権ですよ。領地、権力の証。そう言い換えても良いかもしれませんね」

 

 

 それは前の事件と関係しているのだろうか。アビドスの王権を巡るあの事件。ただ王権はホシノへと移譲されたはずで、カヤツリにその資格は無いはずだった。黒服は先生をちらりと見て、説明を続ける。

 

 

「あれは、Lord of Ombos(ロード・オブ・オンボス)といいます。オンボスの領主。かつて、セトの領地であった都市──オンボスの領主の証、神権と権威の象徴であるウアス。元々はセトの持つそれ。その要素をテクストに起こしてゴルコンダとデカルコマニーに書き込んでもらったものです。素体は私があの列車砲を参考に作ったデッドコピーですが。雷を撃ち出せる銃など、私はあれしか知りませんので」

 

 

 専門用語が多すぎて、半分の意味も分からない。けれど、それは黒服も承知の様だった。

 

 

「アビドスはオシリスの地です。セトの領地ではない。だからこそ、私は安定し始めたカヤツリ君にアレを渡しました。そうでなければ、あの時の彼には悪影響でしたから。それに、セトと同一視されるバアルと戦わせればとの考えもありました。それは成功した訳ですが」

 

 

 つまりですねと黒服は息を吐き出した。

 

 

「アレがあれば、カヤツリ君は全力を振るえます。アビドスの守護者としての力をね。今回は相手と対応が悪いだけです。次からはこんなこともないでしょう」

 

 

 話しているうちに作業は終わったようで、黒服はカヤツリの傍から離れていく。カヤツリの様子は先ほどとは違ってどこか生気が漲っているような様子だった。

 

 

「これで、私の仕事は終わりです。今日中には目を覚ますでしょう。話は戻りますが、無名の司祭についてでしたね」

 

 

 先生の求めていた答えが黒服の口から語られる時が来た。リオが恐れて何とかしようとしたものの正体を先生は知りたかった。そうでなければ、リオに寄り添う事は出来ないからだ。彼女が感じて、ここまでの強硬手段に走った理由。それを先生は知らなければならなかった。

 

 

「かつて、このキヴォトスが学園都市になる前。その時に存在していた先人たち。それが無名の司祭です」

 

「先住民族?」

 

「ええ、そういう風に言えるでしょう。その末路も同じようなものです。生存競争というには語弊がありますが、彼らは戦いに敗れ、このキヴォトスから追い出されたのです。彼らの目的は、今のキヴォトスを破壊する事。そのための兵器が名もなき神々の王女。貴方がアリスと呼ぶ少女です」

 

 

 おおむねリオが語ったことと詳細は違うが一緒だった。

 

 

「名もなき神というのは?」

 

「無名の司祭が信仰した神です。それは、自然を象った形で顕現すると言われています。今後とも目にする機会は無いでしょうがね」

 

「なぜ?」

 

「言ったでしょう? 彼らは負けたからですよ。忘れられた神々たちにね。だからこそ、無名の司祭たちはこのキヴォトスを破壊しようとしているのです。今のテクスチャを破壊しなければ、名もなき神は顕現できませんから」

 

 

 つまりは追い出された復讐にキヴォトスを破壊しようとしているのだろう。リオの言う通りで、説得には骨が折れそうだった。

 

 

「名もなき神々の王女については?」

 

 

 半分藁にもすがる思いで、先生はアリスの事について口に出した。リオはアリスの危険性を第一に考えていた。無名の司祭はおそらく直接干渉は出来ないのだろう。だから、アリスを使った。それならば、アリスを何とか出来ればどうとでもなるはずだ。リオのように破壊一択の答え以外のモノが出てくるかもしれない。

 

 

「アレについては私も詳しくは知りません。実際に調べたわけでは無く、探させたようなものですからね。ただ一つ言うなら、あれは爆弾ですよ」

 

 

 爆弾だと黒服は言う。その言葉を聞くたびに先生の中で嫌な気分が膨れ上がる。アリスはそんなものではないからだ。兵器なのだとしても、それ以外のなんだって彼女はなれるから。ただ、それを黒服にぶつけても意味は無い。それはリオやアリスにぶつけるべき言葉だった。

 

 

「爆弾なら解除はできるはずだよ」

 

「厳密には爆弾ではありませんが……アレは二つで一つ。爆薬とそれを起爆させる雷管で構成されています。爆薬は機体で、雷管は鍵。ミレニアムの彼女は二つとも破壊する気でしょうが」

 

「鍵?」

 

「王女は二つで一つなのですよ。箱舟を制作するオーパーツである機体とそれを起動させるトリガーAI。そうでなければ、このキヴォトスには居られません。態々、二つに分けたのは学園都市のテクスチャに対応させるためにはそうするしかなかったのでしょう。世界を破壊する爆弾は生徒ではありませんからね」

 

 

 黒服の興奮したような解説を聞きながら、先生は気になる点を声に出した。 

 

 

「……それなら、どちらか一つでも欠けたらできないってこと?」

 

 

 もしそうであるのなら少しの希望が見えた気がした。自分の声に元気が戻った気がする。

 

 

「……水を差すようで悪いですが、先生。貴方は分かっていますか? 確かに機体は貴方がアリスと呼ぶ少女です。それは間違いありません。しかし、鍵の方。機体を操って暴走させた方には考慮しないのですか? あれはただの機械だから、壊しても構わないと。そう考えるのですか?」

 

「違うよ」

 

「どういう事です。片方を機能停止させると言う事なのでしょう?」

 

「アリスと、その鍵が協力しない限り。ああはならないんだろう?」

 

 

 先生の質問に黒服は不可思議な顔をしながらも、答える。

 

 

「そのはずです。乗っ取ることが出来たのは、王女の方が鍵の存在を知らなかったからでしょう。不意打ちを受けたようなものです。かつてのカヤツリ君と同様に。鍵は鍵でしかありません。鍵は王女にはなれない。あくまで主体は王女なのです。つまり王女を無力化するのなら、鍵を壊す。そう言った話では無いのですか?」

 

 

 先生は笑って首を振った。先生が知りたかったのはアリスがああならなくていい方法だった。それに、どうすれば良いのかは黒服が自分で言ったからだ。かつてのカヤツリと同じだと黒服は言った。カヤツリとセトの関係と一緒なのだろう。それなら希望はあった。それはカヤツリが証明してくれている。

 

 

「……まさか、先生。鍵を説得するつもりですか? それはお勧めしません。カヤツリ君の場合は元々は一つだったからです。セトはカヤツリ君の生存が一番だから上手くいったにすぎません。けれども鍵は違います。鍵は王女が一番などではなく本能に刻まれた使命が最優先のはずです。説得など無意味です」

 

「できれば、そうできればいいと思うよ。でもそうならないかもしれない。私が欲しかったのは可能性だよ。絶対の解決策じゃない。アリスが主体だと言うなら、アリスが自分を取り戻せば望みはあるってことだ」

 

 

 黒服はまた信じられないモノを見る目で先生を見て、さっきと同じように笑い出した。

 

 

「クックックッ……それはいつ爆発するか分からない不発弾を抱え続けると言う事ですよ? もし爆発すればキヴォトスごと吹き飛んでしまう類の爆弾です。貴方はその責任をとれるのですか?」

 

「それが生徒の願いだからね。それに絶対に爆発するといった保証もない。皆で考えればいい手が見つかるのかもしれない。なんでもすぐに切り捨てるっていう考えはあまり好きじゃないんだ」

 

「……先生だから。ですか……最悪の場合、貴方はアレを使うのも厭わないのでしょうね……」

 

 

 黒服が言うアレは大人のカードのことだろう。今までに三回使ったが、そのことについて先生は後悔していない。アレを使った反動はよく分からないが、それで生徒の笑顔が守れるのなら先生は満足だった。

 

 

「知っている事はこれで全部かい?」

 

「ええ。先生が必要そうな情報はこれで全てです。突き詰めれば三回ほど夜が明けてしまいますから。それは先生にとっては困るでしょう?」

 

 

 黒服は先生を通り過ぎて、廊下の方へと戻っていく。早々に退散するつもりの様だった。

 

 

「それでは健闘を祈っていますよ。先生。私もキヴォトスが消滅するのは困りますので」

 

 

 黒服が薄暗い廊下へ出ると一瞬で気配が消えた。またぞろ謎の技術で帰っていったのだろう。本当にカヤツリに処置をするだけで帰ってしまった。

 

 ……黒服は自分がしている事に気がついているのだろうか。今回、先生はタダで情報を手に入れたようなものだ。カヤツリが目覚める分には先生にとっても得しかない。黒服には先生の思いもしない思惑があるのだろうが、それは黒服が結論を出すべきことだし、黒服もそれでいいのだろう。黒服は黒服の、先生は先生の目的を達成するために動くだけなのだから。

 

 そう思って、先生は身じろぎを始めたカヤツリを横目に、ナースコールのスイッチを押した。

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