ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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125話 (Key)

「本当に……貴女たちはここまで来たのね。近い将来、キヴォトスの脅威になる事が確定しているあの娘を救うために……」

 

 

 リオは、自らの前に現れた先生たちを見て目を伏せた。

 

 先生とゲーム開発部はここまで、リオが非合法な手段を駆使して建設した要塞都市エリドゥ。リオとアリスが居るその中枢、管制室までやって来たのだ。

 

 リオとて、あの場でああ言って納得して貰えたなどとは思っていない。だから、障害は幾つも用意していた。

 

 AMAS、リオお手製の防衛ロボット・アバンギャルド君、対王女用のアビ・エシュフ。

 

 合理的に考えれば、彼女たちがこれらを突破するのは不可能だった。実際、彼女たちと先生だけなら無理だっただろう。彼女たちは数多の生徒たちの協力の上で、ここに立っていた。

 

 それは、リオが望んで、そうはならなかった。そうなれなかった姿だった。

 

 

「アリスを、そんな風に呼ばないで!」

 

 

 ゲーム開発部を代表するように、モモイが叫ぶ。直接責められている訳でも無いのに、ズキリとリオの胸が痛んだ。

 

 ゲーム開発部のここまでの道中でリオは何度も警告した。ゲーム開発部だけでは無い。彼女達に協力している者全員に。全員が聞く耳を持ってはくれなかった。お前は間違っている。お前の正しさを押し付けるな。そう皆が言うのだ。

 

 リオには分からない。不確定要素を信じる事は出来ない。いつか何とかなるなど、そんな夏休みの宿題を後回しにするような真似は出来ない。正しいのは自分の筈なのに。正しければ、皆納得してくれなくとも、邪魔だけはしないだろうと、そう思っていたのに。

 

 

「私は間違っていたのかしら……?」

 

 

 間違っているから、皆邪魔するのだろうか。カヤツリは間違っている箇所しか教えてくれなかったし、全てが悪いわけでは無いと言う。なら、正解が何なのか教えて欲しかった。臍を曲げて話を切り上げた事が今更になって悔やまれる。

 

 

「君の全てが間違っていたとは、私は思わないよ。リオ」

 

「なら、どこが間違っていたというのかしら」

 

 

 数時間前にしたのと同じ問いをリオは先生に投げかけた。何となく答えは分かっていた。

 

 

「諦めた事だよ。協力するのを諦めて、リオが思う正しさをアリスに、全員へと押し付けた事。本当の自分の想いを理解して貰う努力を怠った事」

 

「私は……」

 

「分かるよ。必要以上に巻き込みたく無かったんでしょう? 皆を守りたかった。その確実で一番犠牲の少ない手段がアリスの排除だったことも。でも、皆は納得出来ないんだ。ちゃんと話してほしかった。そして話し合いたかった。だからここに来たんだ。リオが嫌いだから邪魔しに来たんじゃ無い」

 

 

 数時間前の問答と同じような事を言われて、リオの全身を後悔が襲う。

 

 だったら、あの時点で。彼の話を聞いた時点なら引き返せたのではないだろうか。まだあの段階では、先生たちとは接敵していなかった。もしも、あそこで、図星を突かれた意地を張らずに、もう引き返せないと諦めなければ。

 

 

「……私の負けよ。煮るなり焼くなり好きにすれば良いわ。……トキは私の命令に従っただけよ。彼女は責めないでやって頂戴。引き継ぎの資料は用意しておくから。最後にアリスの居場所は……」

 

 

 分かって貰えなくとも平気だと思っていた。どうせ、自分は嫌われているから。そう思って予防線を引いた。そうすれば平気だった。始めからマイナスの物が幾ら負の方向へ突き抜けても、始めから嫌われているのだから。それが酷くなったところで気にならなかった。

 

 でも、今ので気がついてしまった。本当は薄々気づいていたのかもしれないが。

 

 

 ──貴女は自分が思っているより好かれているんだと思うよ。

 

 

 あれは真実だった。あくまで想像だと一顧だにしなかったけれど。嫌われてはいなかったのだと、今気がついてしまった。目の前の先生の言葉が証明だった。

 

 ならもうここにはいられない。自分で一線を超えてしまったから、自分ではそうだと気が付かずに。

 

 守るべき仲間に対して、権力と言う名の拳を振るった。リオにも言い分はある。けれど、自分は全力を尽くしただろうか? アリスの対処を考えた時のようにやるべき事をやっただろうか? 状況が許さないと言い訳をしなかっただろうか? どうせ嫌われているからと、早々に思考を打ち切りはしなかっただろうか? だから、カヤツリの言葉が癪に触って話を切り上げたのではないのか?

 

 

「……何か無いのかしら? 言いたい事の一つや二つくらいあるでしょう?」

 

 

 あまりに先生たちが唖然とした表情だからリオは不安になってきた。まさか、罵詈雑言すら飛んでこないとは思わなかった。それほど呆れているのだろう。ヒマリ辺りなら下水だのドブだの何だのと、あのよく回る口で畳み掛けてきている筈だ。

 

 

「リオはこれからどうするつもりなの?」

 

 

 我に返って、どこか心配したような先生の言葉にリオは想像を膨らませる。

 

 

「……万が一の事態に備えるわ。廃墟に入り浸りになるけれど、貴女達にはあまり関係は無いでしょう?」

 

「それは、リオがミレニアムから居なくなるってこと?」

 

「そうなるわね」

 

 

 何を当たり前のことを言っているのだろうか。それは当然だろう。リオは守りたかった者達へ危害を加えたのだ。ちゃんと考えたなら自分を誤魔化せただろうが、そうでは無かった。これは完全に嫌われただろう。もう会う資格すらない。

 

 

「……怖いの?」

 

 

 びくりと、リオは自分の身体が無意識に跳ねるのを感じた。

 

 怖い? ずっと怖いに決まっている。正しさで武装しなければリオは耐えられなかった。そうしなければ何を言って良いのか分からない。他人を傷つけるのは嫌だ。傷つけられるのも嫌だった。

 

 

「許してもらえないと、そう思ってる? 正面から何を言われるか。それを想像したら耐えられない? それを選ぶくらいなら、もう会わない方がマシだって思ってる?」

 

 

 先生の矢継ぎ早の質問にリオは答える事は出来なかった。それでも自分の様子を見れば、それが図星であることは一目瞭然だろう。

 

 

「人と話すのが怖いのは当然なんだよ。リオ。君だけじゃない。私だってそうだ。皆だってそうなんだよ」

 

「そうは見えないわ。皆、自信があるように見える。ヒマリみたいにはなれない」

 

 

 そうなのだろうか。皆、普通に会話しているように見える。自分は間違えるのが怖いのに。だから、正しくなければいけないのに。自分はヒマリのように図々しくはなれないのだ。

 

 

「あー……ヒマリか。ヒマリが図々しいのは、あの身体だからね。ヒマリにとっては人に頼ることが当然なんだよ。それでも、本人なりに努力して今の肩書があるんだ。ヒマリは頼ることをもう前提に考えているから、その代わりに自分の価値を高めた。他の人に対して引け目を感じないように。失敗を何度もしたと思うよ。それでもめげないで、やり方を追求したのが今のヒマリなんだと思うよ。もうヒマリはやり方を確立しているから、自信たっぷりなのさ」

 

 

 先生の話だとヒマリは特殊らしい。それなら普通の人はどうしているのだろうか。リオはそれが知りたかった。

 

 

「皆だって自信は無いよ。自分の言葉が相手を傷つけないか分からない。意図しない所で傷つけるなんて日常茶飯事さ。でもね。それはお互い様なんだよ。皆傷つけないで会話なんかできない。見知らぬ他人ならそうでもないけれど、距離が近いならなおさらだよ」

 

「それなら、皆はどうしているのかしら。見て見ぬふりをするのかしら。傷つけるだけ傷つけて放っておくと言うのは、誠実でないのではなくて?」

 

「やっぱり、君は優しいね」

 

 

 何故だかとても眩しいものを見る顔で先生は言う。似たようなことを言われるのはさっきも含めて二回目だ。だからリオは胸の中に温かいものが広がる感覚に戸惑う。

 

 

「……謝るんだよ。傷つけてしまったら、もう謝って許してもらうしかない。とっても辛くて嫌な作業だけど、それは他人と関わる上で必要な事なんだ。利益だけ与えて黙らせる方が不誠実だと私は思うよ。それはその人に向き合っているようで、全く向き合っていないんだから。これだけ与えれば満足すると。勝手に決めつけているんだよ。勝手に相手の求める事を推し量って居なくなるなんて、不誠実の極みじゃないのかい?」

 

 

 グサグサとリオの心に先生の言葉が突き刺さる。とても痛い。けれど、これは必要な痛みなのかも知れなかった。ずっと自分が逃げてきて、向き合ってこなかったモノ。数時間前に言われて、聞こえないふりをしたモノ。

 

 

「……皆、許してくれるのかしら。私は、向き合わなかったのに……」

 

「リオの守りたかった皆はそんな人たちなのかい?」

 

 

 きっとセミナーの皆からは散々小言を言われるだろう。ヒマリにはまた罵倒されるだろうし、ネル辺りははたかれるかもしれない。でも、なんだか最後には笑って許してくれそうな気もするのだ。

 

 

「……やってみるわ。先生。申し訳ないのだけれど……」

 

「いいよ。私は先生だからね。そのお願いなら聞いてあげられる。なら、まずは一番の問題を片付けよう」

 

 

 なんだか肩の荷が下りた様な気がした。アリスの事はまだ何も解決していないのにだ。今までの自分なら現実逃避だと戒めていたところだが、きっとこれは違うのだろう。

 

 

「着いてきなさい。アリスの所へ案内するわ」

 

 

 ゲーム開発部と先生を引き連れて、リオはアリスの元へと足を進めた。

 

 

 □

 

 

 さほど時間はかからずに目的地に着いた。そこはリオがいた管制室のすぐ隣。コードが大量に繋がったベッドのようなものにアリスは横たわっていた。アリスは目を閉じて眠っているようにも見える。

 

 

「アリス!」

 

 

 開発部と先生がアリスに駆け寄っていく。彼女たちはアリスを揺さぶって起きないので、アリスに繋がるケーブルへと手を伸ばしていた。

 

 

「その行為は推奨しません」

 

「……アリス?」

 

 

 アリスの姿をした誰かは、起き上がって目を開く。あの時、自分がゲーム開発部の部室から連れ出した時とは違い、青かった瞳が赤く染まっている。

 

 

「誰……!?」

 

 

 モモイの言葉に、それは答えない。それと同時に、リオたちがいる部屋のモニターが、それと同じように真っ赤に染まった。

 

 

「エリドゥのシステム全体が……!」

 

 

 リオが作り上げたキヴォトスの脅威に対しての防衛都市であるエリドゥのシステムが乗っ取られていた。それは異常事態だった。簡単にハッキングできるようには作っていないし、そもそものリソース、マシンスペックが大違いで、幾ら名もなき神々の王女とはいえ勝負の土俵に立たせてもらえないなど、リオの予測を超えていた。

 

 

「アリス? それは貴方たちが王女を呼ぶ際の名称……王女に名前は不要です。名前は存在の目的と本質を乱します。ですので、王女の表層人格は内部データベースの深層に隔離済みです。これ以上のエラーは看過できません」

 

「君は……鍵かい?」

 

 

 先生がリオの知らない言葉を呟いた。それに対して、鍵と呼ばれたそれは回答する。

 

 

「ええ、私の個体名は(Key)。王女を助ける無名の司祭たちが残した修行者であり、彼女が戴冠する玉座を継ぐ(Key)です」

 

「いえ……それでも、マシンスペックはアリスとそう変わらないはず、エリドゥをハッキングできるはずが……」

 

 

 目の前のそれはアリスではなく鍵だと言う。口ぶりからして、これが自分の警戒した脅威なのだろうが、エリドゥをハッキングできるはずがない。アリスのスペックを確認して、大分余裕を持たせて作成したのだから。中身が変わった程度で覆せる差ではない。しかし、鍵は一息ついて一番聞きたくない言葉を告げた。

 

 

「ええ、貴女の言う通り。そのままであれば私は手が出ませんでした。ですが貴女たちの争いで、私を抑え込んでいたこの都市の処理リソースが大幅に削がれたので」

 

「まさか……アビ・エシュフ」

 

 

 リオが対王女にと用意したパワードスーツ、アビ・エシュフ。あれはこのエリドゥのリソースを使用して未来予知にも等しい行動予測を立てることが出来た。しかし、あれは先生たちとC&Cのネルによって突破されていた。

 

 あくまでアレは陸戦機。空中戦闘は想定していなかった。そのため、彼女たちは行動予測を妨害するために、高所落下での戦闘に引きずり込んだ。それにより処理が限界を迎えたアビ・エシュフは撃破されていた。

 

 その時に、演算でリソースが減ったその時には、もう乗っ取られていたのだろう。最悪の想像がリオの頭で身じろぎする。

 

 

「コードネーム”アトラ・ハシースの箱舟”の起動プロセスを実行します。追従者の起動を確認。王女に接続された防衛都市エリドゥの全体リソース、一万エクサバイトのデータを確認。これよりプロトコルATRAHASIS(アトラ・ハシース)を稼働」

 

 

 まさか、そういう事なのだろうか。さっきから想像していたリオの嫌な想像が現実のものになろうとしていた。

 

 

「私の……せい?」

 

 

 初めからこんなことをしなければ、こうはならなかった? 自分が折れていれば、こうはならなかった? エリドゥを建設しなければこうはならなかった? そんなもうどうにもならない思考が渦巻くリオの前で、鍵が勝利宣言のように言葉を紡ぐ。

 

 

「王女は鍵を手に入れ、箱舟は用意された」

 

「いけない……このままでは、世界が滅びる!」

 

 

 リオは頭を切り替えた。手段はまだ残っている。けれど、それをするには先生たちが邪魔だった。

 

 

「何をするつもり!?」

 

「この都市には万が一の為に、自爆装置が仕掛けてあるわ。箱舟がエリドゥのリソースを使って建設される前に、エリドゥを停止するの。そうすれば材料を失った箱舟は消失する」

 

「じゃあ、私たちに手伝えることは?」

 

「……ないわ。早く逃げて頂戴。巻き込まれるわよ」

 

 

 リオは先生の顔を見ないようにして、返事をした。この言葉は嘘だが、顔を見せないなら誤魔化せるはずだった。

 

 

「それなら、私はリオを待つよ。先生だからね」

 

「……お見通しという事ね」

 

 

 リオは先生に向き直る。きっと酷い顔だ。恐怖を押し殺しているようなものだからだ。自爆装置はアナログだ。ハッキングを想定しているのだから、そうするのは当然だった。自爆装置の元まで行き、そのスイッチを入れなければならない。

 

 おそらく、スイッチを入れた人間が退避する時間は無い。目的地までは廃墟から湧き出たあのロボットが徘徊しているだろうし、それより先に箱舟が完成するだろう。それでは自爆しても手遅れだ。

 

 だから、自分一人で行くつもりだった。それが、この事態を招いた自分の責任だったからだ。でも先生はそれを許さないだろう。それは逃避だ。今のリオにはそれが分かっているが、方法が思い浮かばなかった。

 

 

「エリドゥを起動停止すればいいの?」

 

「それか、箱舟を破壊すればいいのだけれど」

 

 

 あとはアリスを破壊すればいいが、きっと先生は止めるだろうし、自分にとってもそれは最終手段だ。起動途中のそれを強制終了すればどんなことが起こるか分からない。それなら、一番の手はエリドゥの機能停止だった。

 

 

『先生! 準備できました!』

 

「お願い!」

 

 

 先生の端末から、リオにとっては聞き覚えのある声が聞こえた。セミナーの後輩の声だ。先生が了承すると同時に、部屋の電気が消えた。

 

 

「エリドゥ全体の電力喪失を確認。非常電源稼働」

 

 

 おそらく外部から、エリドゥへの電力供給を断ったのだろう。しかし、それは甘いとリオは考える。その程度は想定済みなのだ。今ばかりは自分の用意周到さを恨んだ。

 

 

「非常電源から内部発電に切り替え。リソース獲得効率30%まで低下。続行に支障なし。プロトコル続行」

 

 

 電力はエリドゥの急所だ。内部に発電所くらい用意している。全体のスペックは落ちるが十分に稼働は可能だ。だからこそ、そこと外部からの送電装置に自爆装置を仕掛けてあるのだ。幸いにも、これで多少なりともプロトコルの進行速度は低下したが、退避時間は稼げない。

 

 

「やはり、自爆しかないわ。先生は皆を連れて早く逃げて頂戴!」

 

「……前にも言ったけれど、一人で抱え込む必要は無いんだよ。そのために私たちは来た。まだリオは皆を信用できない?」

 

「そんなわけないでしょう! もう手がこれしかないの! 少ない犠牲で済ますには、もうこれしか……」

 

「それでも、私は全員で力を合わせて”全てを救う”選択肢を選びたい」

 

 

 甘い言葉だった。この鉄火場で言うべき言葉ではない。ただ、リオは迷ってしまった。前なら迷わなかったのに。

 

 

「そんなこと……失敗したことを考えれば、私にそんな責任は負えないわ」

 

「責任は私が負う。だから、リオの思った事を言ってほしい。私はそれを叶えよう。先生は生徒の願いを聞くものだからね」

 

 

 言葉ならどうとも言える。だから、今までリオは行動で示してきた。それが誠実さだと信じてきた。けれど、今の先生の言葉は信用してもいい気がした。ずっとずっと、我慢していた言葉がリオの口から漏れた。

 

 

「助けて頂戴。先生。私はもうどうすれば良いのか分からない……」

 

「ありがとう。リオ。それなら、手伝って欲しいことがあるんだ」

 

 

 □

 

 

「私は何をすればいいのかしら」

 

 

 どこか憑き物が落ちたかのような顔でリオが先生に問いかける。それが先生は嬉しかったが、その喜びを噛み締めるのは後だった。

 

 

「自爆装置を作動させるのは変わらないよ。ただ、重要なところだけを吹き飛ばす。アリスもリオも犠牲にしない」

 

「時間が足りないわ。そこはどうするの」

 

「箱舟の建設をハッキングで妨害する。阻止は出来なくても時間稼ぎはできるはずだよ」

 

 

 リオは納得できないようで反論する。

 

 

「私一人では足止めもままならないわ。せめて私と同等の腕を持つ人間がいる」

 

「そこで、超天才清楚系病弱美少女ハッカーである私の出番という訳です」

 

 

 部屋に車いすに乗ったヒマリが入ってくる。エリドゥ内に軟禁されていたヒマリはエイミによって助け出されていた。この部屋に突入する前にはもう合流していたのだ。ヒマリなら腕の不足は無いだろう。リオとの相性が心配ではあったが。

 

 

「……ヒマリ。私に言いたいことは色々あると思うわ。けれど、今は何も言わずに協力して頂戴」

 

「……ええ。可愛い後輩と先生の要請ですから」

 

 

 ヒマリはまさかそんな事を言われるとは予想外だったのか、開いた口が塞がらないようだった。何とか言葉を絞り出している。いつもの流れるようなセリフが出てきていない。中々珍しい光景だったが、今は時間が無い。先生は説明を急ぐ。

 

 

「自爆装置までは、C&Cに行ってもらう。彼女たちも満身創痍だから、露払いはエンジニア部が、鹵獲したアバンギャルド君でやってくれる」

 

「あとは時間との勝負。そういう訳ですね。私は異論はありませんよ。リオ。貴方は?」

 

「無いわ。時間が惜しいから、早く始めましょう」

 

 

 二人は準備ができたようだった。先生の端末の向こうからは、アバンギャルド君とC&Cが暴れまわっているだろう戦闘音が聞こえる。

 

 

「アロナも。お願いしてもいいかい?」

 

『はい! 先生。お二人のサポートを開始します!』

 

 

 止めに、デカグラマトンのハッキングすら弾いたアロナも投入する。遠隔からだから、スペックは多少落ちるだろうが二人の助けになるはずだ。

 

 全員で笑って帰るための戦いが今、始まった。

 

 

 □

 

 

『自爆装置のセット完了しました!』

 

 

 今のところは順調だった。今自爆装置のセットが終わった旨の連絡が来る。後は退避してもらうだけだ。

 

 

「リソース獲得……90%」

 

 

 鍵のアナウンスは続いている。このペースなら十分に間に合いそうだった。リオとヒマリが必死の形相で妨害をしているおかげだった。

 

 

「リソース獲得……95%」

 

 

 鍵も必死なのか本気を出してきたのか、リソース獲得速度が上がった。もしかしたらギリギリかもしれない。

 

 

『退避完了しました!』

 

 

 その声と同時に、先生は起爆スイッチを押した。遠くの方で地響きが響き、建物が揺れる。そして、モニターや電灯の電源が落ちて部屋が暗闇に包まれた。

 

 

「……上手くいった?」

 

 

 誰ともつかない呟きが部屋の中から漏れる。それに対して誰も答えない。鍵のアナウンスも聞こえない。

 

 

「そんなわけがないでしょう?」

 

 

 静寂を切り裂いた、その声と共に電源が復旧した。確かに発電施設は吹き飛んだはずだった。それは端末の向こうから聞こえる声から分かる。電気が無ければ向こうもどうしようもないはずだ。

 

 黙って固まった全員に対して、鍵は呆れた声で告げる。

 

 

「私は王女の好きなゲームの悪役ではありません。なぜ、敵である貴女たち相手にアナウンスを正確に行う必要があるのですか? 私はAIではありますが嘘をつけないわけではありません。危ないところでしたが、急造で箱舟の建設は終わりましたから、もう電力などいくらでも。機能は最低限しかありませんが、これだけであれば十分です。視覚情報の獲得手段がモニターのみというのも、騙しやすくて助かりました」

 

 

 復活したモニターに出来損ないのコマのような構造物が映る。巨大なそれはエリドゥ上空に浮上していた。先生たちは間に合わなかったのだ。それならば、先生がやる事は一つだった。

 

 

「……先生? そのカードは?」

 

 

 先生が取り出したカードを見てリオが呟く。

 

 

「責任は私が負うからね……」

 

 

 先生はカードを構える。リオは代替手段として箱舟の破壊を挙げていた。鍵が言う通りなら、まだ箱舟は完全体ではない。それなら、カードを使えば。先生である自分が代償を払えば何とかなるはずだった。

 

 大人とは責任を負うものだから。

 

 恐らく、凄まじいまでの代償を要求されるだろう。それが何なのかは分からない。けれど後悔は無かった。そのまま、カードを使おうとした先生は固まった。

 

 カードが反応しなかった。今までにあった手ごたえが感じられない。まさか、代償を払いきれないと判断されたのだろうか。

 

 

「これより無名の司祭の要請により、この地に新しい”サンクトゥム”を建立する」

 

 

 鍵の勝利宣言を絶望的な心境で聞く先生は、モニターの異変に気がついた。箱舟の後方から光が射している。初めは夜が明けて太陽が出たのかとも思った。

 

 けれど、方角がおかしい。東から太陽は昇るものだ。しかもその光はどんどん強くなっている。

 

 

「その到来により、全ての神秘はアーカイブ化され………………?」

 

 

 鍵もそれに気がついたのか、口上を止めて困惑したような声色だった。そしてすぐに焦ったような雰囲気が感じ取れた。

 

 

「ああ、どこまでも邪魔を……!」

 

 

 放たれた光は巨大な箱舟を飲み込んで。その直後、箱舟は炎に包まれて墜落していった。

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