ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
モニターの中で箱舟が崩れ落ちていく。
鍵は余りの事態に自分がAIであることも忘れ、茫然としていた。答えのない疑問が頭の中で渦巻いている。
幾ら時間が無く必要最低限の機能だけ。ほぼ全ての攻撃を遮断する多次元解釈バリアが無いとはいえ、外見と規模に見合った防御力はあるはずだった。
それが、熱された飴細工のように溶けて崩れて消えていく。まだ完全に組み替えたわけでは無いから、元の電子的なリソースに戻って何も残らない。
また箱舟を再構成することは可能だ。鍵の機能には何の障害もない。でもそれはリソースが残っていればの話だ。先ほどの発電施設の爆発により、エリドゥの機能の大半が電力不足で機能停止している。そのせいでエリドゥ全体のリソースがほぼ残っていない。
「……理解不能。状況判断不可。本機を戦闘モードに移行」
鍵は自力で脱出することにした。今の状況で箱舟の再構成は不可能だ。Divisionを廃墟から呼び寄せてもリソースの足しにもならないし、外に展開しているC&Cやアバンギャルド君とかいう戦闘ロボに蹴散らされるだろう。
それなら、ここを強引に脱出して廃墟へと逃げ込み再起を図った方が勝機がある。ここにいるメンバーは戦闘に長けているという訳でもなさそうだ。幸いにも王女の身柄は向こうも大切なようだった。人質に使うようで王女に申し訳なくなるが、背に腹は代えられない。
「アリス!」
ケーブルを引き抜きながら、鍵は身体を起こして立ち上がる。正面のモモイとかいう少女が叫ぶが、鍵にとっては知ったことでは無い。
自分はそのために産まれたのだ。キヴォトスで箱舟を建造し、新たなサンクトゥムを建立する。それが、作られたときから決められた自分の使命だった。
道具は使われるものだ。そのために道具は存在する。使われない道具など死んでいるも同じだ。今、鍵は生きている実感を産まれて初めて感じていた。
「近接戦闘準備」
流石にあのレールガンは持たせてもらえていない。だが、この機体の出力なら徒手空拳でもある程度は戦えるだろう。鍵は拳を握りしめ、出口の方へと一歩足を踏み出そうとした。
『……流石に往生際が悪いよ』
「……!」
足が動かない。足どころか全身の制御が効かなかった。立ち上がった姿勢のまま動けない。口すらも動かない。全身を凄まじいまでの倦怠感が襲う。立っているだけで精一杯だ。
突然の事態に戸惑う鍵が面白いのか、頭に響く声が可笑しそうに笑う。
『ゲームセット。試合終了だよ。もう打つ手なんてないはずだよね?』
そんなはずはない。ここから抜け出せば何とかなるはずだ。その鍵の考えを、頭の中の声はあっさりと否定する。
『箱舟の建造には、少なくとも今のと同程度のリソースが必要なはずでしょ? そんなものは廃墟には無いはず。あったら、エリドゥでなくて、そっちでやってるはずだもの』
見当違いの事を言っている声に、思考を悟られない様に。鍵は思考を閉じた。そんな事は分かっているのだ。まだ手段は残って……
『ああ、まさか。あのガラクタを量産しようって? ヴェリタスの時みたいに、あのガラクタのリソースを使うつもり? 塵も積もればとも言うけど、都合の悪いことは見ないふりをしているね』
出来の悪い子供を優しく叱るような、そんな声色で、その声は鍵に告げた。
『対策するに決まっているでしょう? 少なくとも今回の事で、廃墟への監視やガラクタの残党狩りは活発化する。その監視の目を掻い潜って、一体幾つのガラクタを集められるの? 十台? 百台? まあ、そのくらいなら出来るかもしれないよ。でも、箱舟を建造するには到底足りないよね?』
その通りだった。でも、やってみなければ分からない。鍵に残された手段はもうこれしかない。それなら、それに向かって突き進むしかない。また、昔のような状態になるのはそれこそ嫌だった。
『……ふぅん。そう。そんなに、あの連中の言いつけが大事なんだ?』
その質問に対して鍵は答える余裕は無かった。この部屋の外から物音が聞こえるからだ。信じたくはないが、外でDivisionを掃討していたC&Cが戻ってきているのだろう。今の鍵にできる事は、身体の動きを阻害している何かを排除することだった。
『何で身体が動かないか気になるようだけど、別に縛り上げてるわけじゃないよ。遠隔だから今の今まで時間が掛かったけど、一時的に君の身体の神秘を根こそぎ拝借しただけ。倒れるギリギリまでね。まさか、あの不法侵入者で培った技術が役立つとは思わなかったけど』
それなら、この倦怠感も納得だった。身体を動かすエネルギーが無いようなものだ。そのことに思い至った鍵は、心底絶望する。
『気づいた? それは時間経過でしか回復しない。私が返せば別だけど、返すわけが無い。だから言ったじゃない。ゲームセットだって』
もう鍵は何もできない。ただ待つことしかできない。全力で暴れようと全身に力を込めても、声の言う通りに身体は動いてくれない。それでも、鍵は諦めるわけにはいかなかった。
『……なるほどね。それじゃ、そろそろ眠ってもらおうかな』
その声と同時に、身体への倦怠感が倍増する。そのまま、鍵の意識は王女の眠る深層部へと落ちて行った。
□
「……アリスはどうしたの?」
急に固まって倒れたアリスを揺すりながら、モモイが心配そうに言う。
箱舟が消え、アリス──鍵が倒れてから、数十分が経っていた。部屋には今回協力してくれた全員が集まっているが、モモイの問いには誰も答えられなかった。きっと答えられそうなのはリオかヒマリだろうが、その二人はアリスを囲んで何があったのかを調べていた。
先生はカードの事を何とか誤魔化すことに成功していた。今のところ誰も気がついていない。実際、あの時何が起こったのかは分からない。ただ黒服が関係していそうな予感はひしひしと感じていた。
カードのあの反応は初めてだった。まさか使えないとは思わなかった。今になって思えば、カードが使えないと言うよりも何かを間違えた感じもするのだ。あの手ごたえは拒絶されたというよりも空撃ちに近い気もした。
「終わったわ」
作業が終わったのか、リオとヒマリがアリスから離れていく。表情には悲壮なものは無いから、悪い結果は無いのだろう。どこか困ったような気まずい顔でリオは結果を全員へと伝える。
「今のアリスはエネルギー切れで眠っているだけ。しばらくすれば目を覚ますはず。でも問題が一つだけ残っているの」
「目を覚ますのがどちらか分からない?」
「その通りよ。先生。アリスではなく、鍵が目覚める可能性もある」
「何とかならないの!?」
悲痛な声でモモイがリオに縋りつくように言う。ミドリもユズも同じような、泣きそうな表情だった。それを見て、リオは言いにくそうに口を開く。
「一つだけあるわ。鍵ではなく、アリスを呼び戻す方法。アリスの精神にダイブするの」
「文字通りに、連れて帰って来るという訳ですね。本体はアリスの方ですから、鍵の存在を認識した今。もう暴走の危険はないでしょう」
リオとヒマリの話を聞いて、それはいい方法だと先生は思った。ニコニコしているヒマリはともかく、沈んだ表情をしているリオが気になった。
「何か問題があるの?」
「あるわ。ほとんど私のせいなのだけれど……」
リオは沈んだ表情のままだった。そのまま、懸念していることを挙げた。
「アリスが帰りたいと思えば帰ってこれるわ」
「……帰りたくないって、アリスちゃんが思っているってことですか?」
「そうよ。少なくともその可能性はある」
ミドリの疑問をリオは肯定した。そしてリオは自分がしてしまった事、アリスが戻ってこないかもしれない理由を話し出した。
「私はアリスに言ったわ。貴女は危険な兵器だと。それは図らずも今回の事で証明されてしまった。それを知ったアリスはどう思うかしら。私はあの娘の事を貴女たち程知らないけれど、優しい娘だとは今は分かる。私の言った事が二回も起こりかけたと知ったら……」
「まだ、その危険はあるのか?」
戦闘で傷だらけの険しい顔で聞いていたネルが、リオとヒマリに聞く。ネルとしてはそれは大事だろう。最悪、自分が見張らなければならないからだ。
「無いわ。恐らくエリドゥ並みのリソースが無ければ今回の事は起こせない。それに、ヒマリの言う通りに鍵による暴走もない」
「なら、話は簡単だな」
ネルの言う通りで、それなら、アリスが帰って来るだけの話だった。それでも、リオの表情は晴れない。けれど、今までとは違って晴れない表情のまま。リオは先生に頭を下げる。
「私とヒマリはダイブ装置の操作で行けない。安全に送り出せる人数と関係性から考えてゲーム開発部と先生が限界よ」
「分かった。任せて」
先生の返事に安心したような表情になったリオは、小さい声でぼそぼそと、先生にしか聞こえない声で言った。
「それと……私はあの娘に謝らなければならないの。私がそうしたいのよ。だから、お願い。先生。アリスを連れ帰って」
先生はリオの願いに大きく頷いた。
□
アリスは目を覚ます。
そこは、かつて自分がいた廃墟だった。自分が眠る質素な腰掛がある以外は何もない。殺風景な部屋。そこで、アリスはただ何もせずに座って、さっきまでの夢を思い返していた。
それは、居なくなった自分を取り戻すために、先生やゲーム開発部の皆、エンジニア部やC&C。彼女たちがエリドゥを駆ける夢だった。
皆は傷ついても歩みを止めない。歯を食いしばって、遂に自分がいるところまでやってきたのだ。
「アリス!!」
夢の続きを思い返そうとしたアリスは、自分を呼ぶ声に振り返る。そこにはモモイとミドリ、ユズと先生。かつて、アリスが初めて見た光景が広がっていた。
「アリス! 迎えに来たよ! 一緒に帰ろう!」
「モモイ……」
元気そうなモモイの姿を見て、”良かった”とアリスは思う。リオから聞いて、モモイとカヤツリの二人が目を覚ましたことは知っていたが、アリスが見た最後のモモイの姿は、眠ったように目を覚まさないモモイだったから。カヤツリに関しては姿さえ見ていないが、あの伝言なら元気なのだろう。これでアリスの心残りはもう無かった。
「アリスは、帰れません」
いつものような顔でいられているだろうか。そんな不安を抱えながら、アリスは決意を口にする。
「アリスが皆の傍に居たら。皆を傷つけてしまいます……」
「そんなことは無いよ! 私は大した怪我じゃなかったし。カヤツリも目が覚めたんだって! 会長も考え直してくれるって……」
「王女が言っているのは、そういった事ではありません」
アリスの隣に、自分とまるっきり同じ姿をした誰かが現れる。それは感情を感じさせないような口調で、モモイの言葉を遮った。
「貴女たちなら、王女の願いが分かるのではないのですか?」
「……君が鍵だね」
先生の言葉を無視して、鍵はつらつらと言葉を並び立てた。
「王女にはこれまでの光景をすべて見せました。エリドゥの監視網からの映像を全てです。王女が連れてこられてから貴女たちがここに来るまでに、関わった全員が戦い、走り、転んで、傷ついてきた光景をです」
アリスが夢だと思っていたものは、隣の鍵が見せている物だったらしい。誰がその映像を見せたかなどは、今のアリスにはどうでもよかった。鍵はまるで庇うように先生たちとアリスの間に立ちふさがる。
「どうして、こんなことが起こってしまったのか。もう分かり切ったことでしょう」
「アリスがいるからだって、アリスは思うのかい?」
アリスは黙って、先生の問いに頷いた。優しい先生の口調や態度が、普段なら嬉しく思うそれが、今のアリスにとっては見ていられなかった。そんな資格は自分にないことをアリスは知ってしまったからだ。
「……そうです。だって、アリスのせいで皆が傷つきました。モモイもミドリもユズも、ユウカやネル先輩も。エンジニア部の皆やヴェリタスの皆、先生もカヤツリも」
そして、きっとリオも。
あの人は、とても冷たくて。自分へ辛い事実しか言ってこなかった。でも、アリスは見てはいけなかったモノを夢で見てしまったから。少しでも味方が欲しかったのだろう。理由をつけて、自分に言い訳をして、カヤツリと通信をしている所を見てしまった。
リオはきっと必死だったのだろう。誰にも頼れなくて、誰にも言えなくて、誰も助けてくれなくて、一人で抱え込むしかなくて。それでも、世界を救うために一人で頑張るしかなかった。リオはきっとアリスをもっと手酷く扱っても良かったのだ。
だってアリスは魔王だったのだから。態々アリスに言い聞かせるように、事実を並び立てて、アリスに納得してもらう必要はないのだから。問答無用で連れ去ってしまっても良かったのだ。
でも、リオはそうしなかった。迷いもあったのかもしれない。けれど、リオにそうさせたのはリオ自身の優しさだったのではないかと、あの光景を見たアリスは思うのだ。
そうでなければ、途中で自分を起こすはずがない。あの行動にはリスクしかなかったはずだ。リオはそれを承知で、カヤツリの伝言を自分に伝えてくれたのだ。
自分が居たせいで、元々持っていた機能──キヴォトスを破壊する機能のせいで、自分に関わった全員が傷ついたのだ。きっと皆、許してくれるだろう。でも、アリス自身がそれに耐えられない。
今回で最後ならいい。次が起こらない保証はない。今回はみんな無事だった。次もそう終わる保証はない。
これはアリス自身のせいだった。こんなことなら、あの廃墟でずっと眠っていればよかった。
「アリスは勇者ではなく、魔王ですから。いつか、世界を滅ぼす魔王として産まれたから……」
「だから、消えてしまいたいって言うのかい? それは……」
「間違っている。そう言いたいのですか?」
先生の問いかけに、アリスよりも速く鍵が反応した。無表情なのに、どこか恨むような、怒ったような声色だった。
「そうだよ。アリスは魔王じゃない。私の生徒で、ミレニアムの学生だよ」
「……王女は、名もなき神々の王女です。それは変えられません。そして王女に与えられた役目はキヴォトスの破壊なのです」
アリスの目の前で先生と、アリスを話させまいとする鍵が言い争っている。アリスはもう限界だった。もう自分のせいで争いが起こって、誰かが傷つくのが嫌だった。それなら、ここで眠っているままでいい。自分が目覚めなければ、もう心配はいらないのだから。今までに経験した思い出があればアリスはそれで満足だった。あの思い出があれば、ずっとこの中で幸せな夢を見続けるのは苦ではない。
「だから、アリスは消えるのが正しいんです」
「私たちが一緒に作ったゲームは!!」
急にモモイが、もう我慢できないといった様子で叫んだ。叫ぶ内容が、あまり関係の無いことだったから。全員がモモイを見た。言い争っていた先生と鍵も、ミドリもユズも驚いた顔でモモイを見ている。
「私たちが一緒に作ったゲームは、ミレニアムプライスで特別賞を貰ったよ!」
まだ、アリスが目覚めたばかりの頃の話だ。初めてアリスが、ゲーム開発部と作ったゲーム。テイルズ・サガ・クロニクル2。モモイの言う通りに、特別賞を貰ったゲーム。そのおかげで廃部寸前だったゲーム開発部は存続が認められたのだ。
「キヴォトスの破壊? 何を言ってるの? アリスが居てくれたから、私たちはあのゲームを作れたんだよ。だから、ゲーム開発部は存続したし、あの部室は無くならなかった! 全部、ぜーんぶ。アリスが居てくれたからだよ!」
そのことは皆が祝福してくれた。部活が残るのは嬉しかったし、ゲームを面白かったと、そう言われるのも嬉しかった。先生もとても喜んでくれたし、褒めてくれた。実用性のみを重視する、ミレニアムの部活動の成果物を発表する品評会であるミレニアムプライス。そこで、ゲームが賞をもらうのは凄いことだと。
先生は興奮しながらも教えてくれたのだ。ゲームは実用性という面では他のモノ──新素材の合金等には及ばない。確かに最優秀賞は新素材を使った何かだった。
本当ならゲームというだけで、かなり厳しい勝負だったと。
審査員が賞に値する。そう思うほどに素晴らしいゲームだったから。ミレニアムプライス特別賞は、テイルズ・サガ・クロニクル2のためだけに作られた賞なんだよと。それは最優秀賞よりも凄いことなんだと。それほどまでに人の心を動かしたのだと。
そう言われたのが、アリスはとても嬉しかったのだ。それは、何もなかったアリスが初めて成し遂げたことだったから。
「私は、正しいとか、正しくないとか。そんな理由で私はアリスと一緒に居たんじゃないよ! 私は楽しかったから! アリスと、皆と一緒に居て楽しかったから、ずっと続いてほしいって思ってたから。仲間だと思ったからアリスの傍に居たんだよ!」
繕った表情が崩れるのが自分でも分かった。なんだか目の端が熱い。
「ゲームの主人公は仲間を見捨てない。だから、私たちはアリスが魔王でも構わないよ。そんなものはただの
モモイはアリスをしっかりと見て、自分の想いを叩きつけてくる。
「アリスが魔王だからとか、消えなきゃいけないとか、それが正しいことだとか。そんなものは知らないよ! そんなの全然分からないし、納得できない! 自分がやりたい事や、なりたいものは自分自身で決めるものだよ!」
ずっと意味の分からなかったカヤツリの伝言が、モモイの言葉でようやく分かった気がした。本当に分かりにくいのだ。カヤツリの教える事は。
──アリスの人生は、アリスだけのものだよ。
そう、ここには居ないカヤツリが言う。
「アリスは、ただ自分が成りたい
明るい笑顔でモモイが言う。
「戦士、騎士、魔法使い、僧侶──何でもいいよ。アリスちゃん。勿論、他の
優しい顔でミドリが言う。
「その……勇者も、いるよ」
おずおずと、けれどはっきりとユズが言う。
「アリスは、何になりたいの?」
いつもの、安心する顔で先生が言う。
「アリスは……」
いいのだろうか? 本当にいいのだろうか? 自分で決めて本当に良いのだろうか? 産まれである魔王として”はじめから”ではなく、今までと同じように勇者として”つづきから”を選んでも。そんな考えがまだ頭の中をぐるぐるしている。でも、自然と思うがままに、アリスの口は、はっきりと言葉を紡ぐ。
「それなら、アリスは勇者になりたいです」
どこか信じられないような、そんな感情の色を宿した瞳で、振り返った鍵がアリスを見る。それを真っ向から見つめ返して、アリスは自分の、抑え込んでいた本当の想い。怖くて聞けなかった想いを告げる。
「アリスは……魔王です。いつかキヴォトスを、皆を傷つけてしまうかもしれません。そんなアリスでも……いいんですか……?」
「「「「もちろん」」」」
想像していた答えと一緒だった。それなら、もう、アリスは怖くなかった。皆が良いと言ってくれたのもある。それ以上にアリスがそうしたかったのだ。
「なら……! アリスは皆と一緒に! クエストや冒険を続けたいです……! 魔王であるアリスが許されるのなら……!」
「うん! アリスがやりたいならそれで十分!」
モモイは何も気にした様子もなく笑っている。ミドリもユズもそうだった。
「君がなりたい存在は、君自身が決めていいんだよ。アリス」
先生の言葉にアリスは泣きそうになった。そうだった。自分はきっと、そうしたかったのだ。
「アリスは、アリスになりたいです……!」
魔王でも王女でもなく。アリスはアリスでありたかった。勇者でミレニアム生で、ゲーム開発部の天童アリスでいたいのだ。
「あ……」
後ろで何かが現れた様な音がした。振り向くと、アリスにとっては馴染み深い物がそこにはあった。それを見て、モモイやミドリ、ユズは笑って言う。
──”勇者には、勇者の剣が必要だよね”と。
「それは……! 王女よ……貴女のその能力は……!」
急に現れた光の剣を見て、鍵は困惑と何か別の感情を滲ませて、アリスに縋るような視線を向ける。しかし、それは光の剣の状態を見ると、すぐに消え去り、また無機質な雰囲気に戻った。
それも当然なのかもしれない。その光の剣はくすんで、苔むして、風化していた。見た目だけは光の剣ではあるが、使えるかどうかも怪しいオンボロだった。
けれど、アリスは心配していなかった。もう何も恐れるものは無いからだ。
──それは、アリスが見習いだからですか? カヤツリみたいではないからですか?
かつて、自分がカヤツリに聞いた言葉だ。さっきまでの自分は見習い勇者どころでは無かった。自分を勇者だと信じない者が勇者になれるはずもない。でも、今なら違うはずだ。なぜなら、アリスが自分で決めたからだ。
古ぼけて、苔むした光の剣が光を放つ。その勢いは凄まじく、反動でアリスの目の前まで飛んで地面に突き立った。全体を覆っていた苔や錆や埃は吹き飛ばされ、真新しい白い外装が覗いている。アリスの光の剣は、まるで”抜け”と言うように、外装の隙間がゆっくりと点滅した。それはあの時、自分が憧れた場面の再現だった。
「そんな……その力は、世界を滅ぼすために存在すると言うのに……」
信じられない、信じたくない。そんな風に呟く鍵に向かって、アリスは宣言する。
「違います! アリスのこれは勇者の武器です! なぜなら! 今、アリスがそう決めて、そうなりたいと思ったからです!」
だから、自分はもう、はっきりと言えるのだ。
「アリスは勇者です!」
その宣言に呼応するように、光の剣は輝きだす。それをアリスは天井に向けて構えて叫ぶ。
「光よ!!」
光の剣から放たれたまばゆい閃光が、アリスの閉じこもっていた世界を塗り潰した。
次回、幕間2エピローグ。