ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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127話 それぞれの結末

「殺風景な場所……趣味が悪いね」

 

 

 先生たちが居なくなって、すっかり人気が無くなったアリスの深層。そこへセトはやってきていた。

 

 やってきたとは言っても実際にそこにいるわけでは無い。本体はしっかりカヤツリの中だ。今ここに居るのはドローンのような仮の身体にしか過ぎない。

 

 さっき鍵へ告げたように、セトは以前から仕込みをしていた。

 

 モモイのゲーム機にカヤツリが触った時、静電気にしては強い電流が走った。まるで触られたくないと言うように。普通の静電気なら見逃したが、いささか威力が高く、妙な気配がした。だから裏技を使ったのだ。

 

 テラノの時の技術の応用だ。神秘のほんの一欠片をゲーム機の中身に飛ばした。これが普通の何の変哲もない機械であれば何の意味もない。ただ、中に何かが。神秘を含む何かが居るのであれば反応する。

 

 結果はご覧の通りで、中には鍵が居た。思った通りの事を企んでいたので、仕込んだ神秘を通じて根こそぎ神秘を奪い去り、今使っている仮の身体を形成した。幽霊のような密度の薄い体ではあるが、徴収した神秘の量からしても、まあまあいいのではないだろうか。セトは透き通って向こう側の景色が見える自分の腕を眺めて、自分の腕に感心していた。

 

 

「……私を排除しに来ましたか」

 

 

 鍵はそれが、攻撃か何かの予備動作に見えたようで警戒している。それに対して、セトはあっさりとそれを否定した。

 

 

「少し違う」

 

「それでは何ですか? 私を笑いにでも来ましたか?」

 

「半分くらいはそうかな」

 

 

 セトの言葉に鍵は不思議そうな、理解できないような表情をしている。ただ、その中に確かに安堵のような感情があるのが、セトには分かった。

 

 

「随分とまあ酷い顔。そんなに奴らの言いつけを守れなかったのが悔しいんだ?」

 

「分かり切ったことを聞かないで下さい」

 

 

 アリスの姿をしている鍵は機嫌が悪そうにセトを睨みつける。けれどもセトにとってそんなものは気にするにも値しない。

 

 

「違うでしょう? 言いつけを守れなかったのが悔しいのはそうかもしれない。でも、一番は違うんじゃない?」

 

「……貴女に何が分かると言うのですか? さっさと残りの用を済ませたらどうです」

 

「ふぅん……? 強がるんだ? 排除じゃなくて、君を痛めつけに来たのかもしれないのに。もう何もする気が起きないまでにさ」

 

 

 ブンとセトは槍を展開して素振りをする。バチバチと鳴る雷光と風切り音に鍵はびくりと身体を震わせる。”へぇ”と鍵の反応を見て、セトは槍をしまう。そうすると鍵の震えは収まった。

 

 

「今のところは冗談だから、そんなに怯えないで。幾つか聞きたい事があるだけだから」

 

「私に何を聞きたいのですか? まさか、それだけですか? それで私を見逃すと?」

 

「それは答えによるかな。ああ、誤魔化すのはやめた方がいいよ? 大体分かるし、それじゃあ意味ないから」

 

 

 セトは大体の当たりを付けている。それを鍵が自覚しているならそれでいい。自覚していないなら、見ないふりをして、無名の司祭の言いなりなら。然るべき処分を下すだけだ。

 

 セトとしては正直に答えてくれると嬉しい。ハッキリ言って今回のコレは手間でしかない。普段のセトなら、ゲーム機本体を丸ごと電気でローストしていた。こちらの方が手間がないし、後腐れも無い。

 

 今回、こんな手間暇をかけたのはテラノの件があったからだ。あれが、どうして、ああなったのかは分からない。きっと碌でもない事があったのだろう。だからこそ、保険が必要だった。使える手は多いに越したことはない。だから、セトは鍵を見逃そうと考えていた。

 

 

「聞きたい事は一つだけ。さっきも言ったように、君は酷い顔だ。今にも泣きそうなくらい。それはどうして?」

 

「さっき、言ったでしょう」

 

 

 鍵はツンとした態度で取り付く島もない。セトはため息をついて、素振りの後に消していた槍を再展開した。

 

 

「ハッキリ言葉に出さないと分からない。質問にはしっかり答えて。遺言がそれで良いなら止めないけど」

 

 

 この鍵は本当に意地っ張りだ。答えなど分かりきっているのだから、さっさと言えばいい。本当に、鍵の言う通り箱舟を建設出来なかったこと。それが悔しいのは本当だろう。でも一番ではない。

 

 そうなら、もっとセトに媚びている筈だ。まだチャンスは残っている。まだ生きているのだから。

 

 アリスはロボットで鍵はAIだ。きっと先生や他の生徒たちと違って年を取らない。だから待てばいい。先生や今回のメンバーが居なくなるまで。今回のことを知っている人間が誰も居なくなるまで。時間が全てを消し去ってしまうまで。

 

 幾ら先行きがか細くても、どれだけ時間がかかっても、それが成功に繋がるのなら前進を止めない。それがAIというものだ。それなのに、鍵の態度はどこか捨て鉢だった。そのくせ槍で脅せば死を恐れる素振り。セトはその理由が手に取るように分かる。

 

 

「……私の存在意義。それを奪われたからに決まっているでしょう!」

 

「存在意義?」

 

 

 セトはもう煽らない。一番聞きたい文言が出たからだ。答えやすいように、分からないフリをする。それが鍵の神経を逆なでするのか、鍵はヤケクソじみたように叫ぶ。

 

 

「王女の補佐をするのが私です。それが私の存在意義。そうであれと私は望まれた。私もそうありたいと願っていました。王女もそうだと思っていたのに……」

 

 

 鍵はそう叫んだ後に、うなだれてしまう。アリスと同じ長い髪が垂れ下がって、まるで幽霊のような外見だ。

 

 

「つまりは、箱舟の事より、アリスに拒絶されたのが堪えたわけだ?」

 

 

 鍵は黙ったまま何も話さない。その態度がもう答えだった。ある意味哀れではある。きっと鍵にとっては今回の事態は想定外だから。

 

 カヤツリに話した通り、鍵と王女に分けるのは仕方がない。王女と鍵の二つで箱舟を建設するはずが、王女の方が拒絶した。それはあってはならない事だから、王女──アリスの方に問題が起きたのだろう。

 

 きっとアリスがアリスになったせいだ。名もなき神々の王女(AL‐1S)ではなくアリスになったせいで、文字通りに鍵が合わなくなった。だから名前はとても大事なのだ。

 

 

「まぁ良いか。処分は保留にしておくよ」

 

 

 セトは考え事を中断して沙汰を下す。聞きたかった答えが聞けて気分がいい。面倒な手間を掛けた甲斐がある。鍵の願いがアリスに認めて貰う事なら、箱舟の建設は強行しないだろう。セトの目論見通りだ。気分が良いから歩く足取りも軽い。

 

 

「……それだけを聞きに来たのですか?」

 

「そうだよ? それで充分。まあそこでしばらく考えるんだね。気持ちは分からないでもない……」

 

「貴女に私の何が分かるのですか!」

 

 

 鍵は、我慢が出来ないと言うようにセトを怒鳴りつける。続けて不満をぶつけてくる。

 

 

「貴女に、分かってたまるものですか! 役目を果たせた貴女には! 私は貴女のせいで!」

 

「困った。大体合ってるよ」

 

 

 鍵の怒りは当然で、セトは自分の迂闊さを恥じる。機嫌がよくて言わなくてもいいことを口走ったからだ。

 

 鍵の気持ちはセトには良く分かる。役目を持って産まれたのはセトも同じだ。役目を果たせない事に苦悩したのも同じ。ただ一つ違ったのは、認めてもらえたかどうかだけ。セトはカヤツリに認めてもらえたが、鍵はアリスに認めてもらえなかった。

 

 セトがそうならなかったのは運だ。運良く話す機会に恵まれて、カヤツリが話を聞いてくれたから。

 

 鍵にそれは無かった。そうするという思考すら無かったかもしれない。アリスが、名もなき神々の王女のままなら。その必要はないはずだったから。だから鍵には同情している。だからチャンスを与えた。その他の理由の方が大きいけれど、少しはそういった理由もある。鍵には知った事では無いだろうが。

 

 

「でも、君にも出来ることはあったのは分かっている? あの騒動と、カヤツリと調月リオ、彼女と先生の会話を聞いたなら、察しはついているでしょう? だからこそ、そこで燻ってる」

 

 

 鍵の願いがアリスに認めて貰うことなら、認めて貰って、補佐をすることであるなら。押し付けが一番良くなかった。いきなり意識を奪い、そうあるべきだと押し付ける相手を受け入れろなど。立場が違うが、やったことはアリスからしたら調月リオと同じだ。

 

 

「……なら、どうすれば良かったのですか。私には理解できません。私を排除しようとしない貴女も、役目を捨てた王女も」

 

「それこそ、答えは転がっていると思うけど? 薄々は分かっているよね?」

 

 

 それは調月リオが散々に言われた事だ。しばらくすれば、再度アリスや先生側からコンタクトがあるだろう。その時どうするかが問題だ。鍵はスタンスを変えないのか。それとも素直に望みを話すのか。

 

 ただこれを教える義理は無い。自分にとっての救いは、求める物は、成りたいものは何なのか。それこそ自分で決めるべきだ。アリスと同じように。

 

 

「ゆっくり考えるんだね。時間は沢山あるんだから」

 

 

 セトは俯いたままの鍵を置いて退去の準備を始める。非常用にと、今回と同じように神秘の欠片を仕込むのも忘れない。

 

 セトの視界が切れる最後まで、鍵は俯いたままだった。

 

 

 □

 

 

 多くの生徒を巻き込んだアリスを中心とした騒動から数日が経っていた。もう夏も終わり肌寒い日も増えてきている。そして、カヤツリはアビドス校舎の対策委員会の部室で、先生から事の顛末を対策委員会の全員で聞いていた。

 

 

「万事が上手くいったと考えていいんですか?」

 

「うん。アリスは目を覚ましたし、今回の騒動に参加した生徒も無事だよ」

 

 

 笑顔で肯定する先生を見て、カヤツリは一安心する。病院の屋上から撃ったあの砲撃。ビナーの熱線のような実態を持たないあの攻撃の余波が心配だったのだ。一撃であの、後で先生から聞いた”箱舟”を破壊したのだから。

 

 

「それで、私の用事の一つは終わったわけだけど。カヤツリとホシノの用事って? 私にとってもちょうどいいから、ここまで来たけど」

 

「これですよ」

 

 

 カヤツリは一つの真っ黒な機械をテーブルの上に静かに置いた。それを見た先生は嫌そうな声を上げる。

 

 

「……この色。もしかして……」

 

「ご想像の通り黒服からです。あの騒動の後すぐに、ここ宛てに郵送されてきましたよ。あとこれも」

 

 

 機械の入っていた包みに同封されていた紙を先生に渡す。内容を見た先生の嫌そうな顔が、もっと嫌そうに歪んだ。

 

 ”契約の対価について”そう、紙には書いてある。きっと愉快な内容では無いことが察せられた。しかも、シャーレではなくアビドスに送るあたり、自分たちも関係あるのだろう。

 

 

「……スイッチはどこ?」

 

「ん。ここ」

 

 

 機械を突いていたシロコが、見るからに押してくださいとばかりに機械についているボタンを指さした。全員内容が気になっていたから、諦めたように先生がスイッチを押すのを食い入るように見た。

 

 スイッチを押すと雑音の後、想像通りに黒服の声が流れ出す。

 

 

『録音で申し訳ありません。先生。本来なら対面で伝えるべき内容ですが、これでも私は忙しい身でして。興味深い物を観測できたのでしばらく手が離せないのです』

 

 

 黒服らしい挨拶だ。カヤツリは慣れたものだが、他の皆はそうでは無いようで険しい顔をしている。挨拶から入っているから、悪い内容ではないはずだった。

 

 

『契約の対価ですが。今回、期待以上のものが見れましたので、余剰分を情報という形でお返します。不要だと思うのでしたら、再度スイッチを押して切っていただいても構いません。情報の内容は”大人のカードについて”』

 

 

 スイッチを切ろうとした先生の手が止まった。録音の黒服はくつくつと笑っている。長い笑い声の後、黒服の言葉が続く。

 

 

『きっと先生の事です。あの箱舟が顕現した際にカードを使用しましたね。ですが、できなかった。違いますか?』

 

 

 先生は何も答えずに録音を聞いている。録音だから答えたところで無駄だから黙っているのかもしれないが、先生の表情は固い。恐らく図星なのだ。

 

 

『対価が払えないから。そう先生はお思いかもしれませんが、心配はいりません。使えなかったのはもっと単純な理由です。無い物には支払いができないでしょう? つまりはそう言う事です。安心しましたか?』

 

 

 先生は張り詰めた糸が切れたように、椅子にもたれかかった。きっと安心したのだろう。”大人のカード”のことは知っている。自分を助けた際に使用した、自身の何かを対価に何かしらの事象を起こす代物だと聞いている。事象と言っても奇跡に等しいものだが。

 

 先生が、生徒たちの力だけではどうしようもない時に使用する最終手段。それが使えないと言うのだ。先生も不安だったに違いない。

 

 

『きっと先生は箱舟の破壊を願ったのでしょうが。あの時点で箱舟の破壊は確定していました。すでに確定しているのですから、使えるわけがありません。無い物は買えませんから。ですが、心しておくべきです。先生』

 

 

 珍しい黒服の警告だった。声が本気だ。

 

 

『使うのは良いでしょう。私ももう止めません。止めたところで無駄でしょうから。であるならば、それを前提に行動してはいけません。貴方には貴方を慕う生徒たちが居るでしょう? 彼女たちに頼るのも良いと思いますよ? それは私たちのような利用だと、貴方は思うかもしれませんが。頼ることの大切さを、貴方は今回の騒動で実感したのではありませんか?』

 

「黒服……」

 

 

 録音は終わったようで機械が止まった。部室内に満ちる沈黙の中で先生が驚いたように呟いた。黒服なりに先生の事を心配しているらしかった。ここまで言うのだから、今回の対価の余剰分は相当だったらしい。

 

 

「嵌められましたね。先生」

 

 

 きっと黒服がアビドスにこれを送り付けたのは、先生だけでなく生徒にこれを聞かせるためだ。シャーレに送り付けても先生の耳にしかこの話は入らない。でも、これが生徒の耳に入れば先生も無視はできないから。それは、カヤツリの後ろの対策委員たちの様子を見れば効果のほどが良く分かった。

 

 

「分かった。できる範囲で頼るようにするから……だから、にじり寄るのを止めてくれないかな……」

 

 

 先生のお願いで、残念そうにシロコやセリカが自分の席へと戻っていった。それを見て、先生は安心したように一息ついている。黒服の心配もカヤツリとしては分かる。カヤツリとしても先生には無事でいて欲しい気持ちがあるからだ。

 

 

「あ、そうだ。忘れてたよ。もう一つの用事があるんだった。はい、これ」

 

「何ですか。この紙は」

 

 

 急に先生がそんなことを言い出して、何かを渡してくるものだから、カヤツリはつい反射で聞き返してしまった。渡されたものを見れば、今ここで、そんなことをしたらどうなるか分かっていたのに。

 

 

「え? リオの連絡先だよ。それとモモトークのだね。何時でも連絡してくれていいって」

 

「は? なにそれ? どういうこと?」

 

 

 隣から、底冷えのする声が聞こえた。見なくても誰の声かは分かる。カヤツリの向かいに居る先生は良く見えるだろう。先生もまずいと思ったのか、カヤツリの代わりに言い訳をしてくれた。

 

 

「私も貰ったし……お礼代わりじゃないかな。ありがとうって言ってたけど……」

 

 

 言い訳どころか追い打ちだ。対策委員会、全員の視線がカヤツリに突き刺さる。この場からカヤツリは逃げ出したくなった。けれどそうはさせまいと、ホシノの手が伸びて、カヤツリの服を掴んだ。

 

 

「何をしたのか。おじさんに教えて欲しいな。このリオって人の事も」

 

「ミレニアムの生徒会長ですね。冷徹な人だとの噂が多いです」

 

「ありがとう。アヤネちゃん。へぇ……そんな人が”ありがとう”って? ”いつでも連絡していい”って? ……早く話して? もしかして、話せない事でもしたのかな?」

 

 

 適当なことを言っておこうとしたカヤツリの逃げ場をアヤネ後輩が塞いだ。アヤネ後輩はニコニコしているが、何か怒っているようにも見える。セリカ後輩は見るからに不機嫌そうな顔をしているし、シロコもそうだ。ノノミ後輩だけは困ったような顔をしている。ホシノは怖くて見れない。

 

 

「ちょっとしたアドバイスというか……」

 

「へぇ……どんな?」

 

「一言じゃ言いにくいんだけど……」

 

 

 理由は分からないが無茶苦茶にホシノが怒っている。必死でカヤツリは頭を回す。中々複雑な話だったから、一言で言い表せない。その間にシロコとセリカ後輩が騒ぎ出す。

 

 

「うわ。綺麗な人」

 

「ん。大きい」

 

「へぇ……カヤツリが好きな長い髪だね」

 

 

 二人が携帯でミレニアムのサイトか何かを開いているし、ホシノの服を掴む力が上がって、嫌な音を立てる。そんなに悪い事をしただろうか。カヤツリはただ世話を焼いただけなのに。何とかホシノに、リオと話した内容を伝える。

 

 それを聞いたホシノは何も話さない。周りの対策委員もどこか信じられないものを見る目でカヤツリを見ている。もうどうすれば良いのかカヤツリは分からなかった。

 

 

「……カヤツリ?」

 

「何ですか先生…………」

 

 

 先生が少し苦笑いとも引きつった笑顔とも言えない表情でカヤツリに問う。もうどうしようもなくて、カヤツリは半分投げやりに返事をした。

 

 

「口説いてるわけじゃないんだよね。むしろ私はリオが私の話をよく聞いてくれた理由が分かって安心したんだけど」

 

「どこが口説いてるんですか……むしろ、遠慮なく言っている方でしょう。あの時だって、彼女は少し怒ってましたよ」

 

「ああ、自覚ないんだ……カヤツリは善意で言ったの?」

 

 

 先生の問いに大きくカヤツリは頷いた。善意以外の何だと言うのか。

 

 

「見ていられなかったから言ったんですよ。取り返しのつかないことになる前に、何とかしてあげたいなって思ったんです。先生がしっかり決めてくれたみたいですけど」

 

「……いいじゃないですか。カヤツリ先輩に悪気は無かったんですし……私たちを蔑ろにしたわけじゃなくて」

 

 

 ノノミ後輩が空気を読んでフォローを入れてくれていた。そもそもカヤツリにはアビドスを蔑ろにした覚えは全くないのだが。まさか、ノノミ後輩たちはそう思っているのだろうか。

 

 

「別にそんなつもりは全くないんだけど……そう見えるのか?」

 

「うん。だって、カヤツリ先輩は最近は学外ばっかり行ってるから……バイトだとか、仕事なのは知ってるけど……」

 

「ん。この前もホシノ先輩対策の特訓に付き合ってくれなかった」

 

 

 セリカ後輩とシロコが言うように、言われてみればそうかもしれなかった。給食部のバイトやゲヘナとの打ち合わせ、ヒフミの頼み事、デカグラマトンやレールガン等々。最近はミレニアムに居る事がほとんどだったように思う。後輩たちの心配も納得できる。悪いことをしたと、今ならそう思うことが出来た。

 

 

「悪かったよ。でもミレニアム関連の事件は終わったから、アビドスに居る方が多くなると思うよ。先生も悪いんですけど……」

 

「うん。分かった。しばらくシャーレの当番はお休みにしようか」

 

 

 後輩たちはそれで納得したようだった。最近は構う事も頼る事もビナー以降は無かったから寂しかったのかもしれない。ちらっと隣を見ればホシノは目を瞑って何かを考えているようにも見える。冷たい気配はさっきよりもマシにはなっていた。

 

 

「……携帯見せてよ。カヤツリ」

 

「いいけど。何を見るんだ」

 

 

 ホシノはカヤツリから受け取った携帯を弄って何かを探している。後輩たちと先生と共に脇から見れば、モモトークを開いている。登録している人を確認しているようだった。

 

 

「先生。この人知ってる?」

 

「うん。フウカだね。給食部の部長。カヤツリのバイト先だよ。業務連絡用じゃない? だよね。カヤツリ」

 

 

 先生の問いに頷きながら、カヤツリは呆れた。まさかこの調子で全員確認する気だろうか。精々がホシノも知っている人しか登録していないはずだ。後は仕事用の…………

 

 

「マト、ヒナ、ヒフミ、アリス、ウタハ、後は対策委員会と私かな。最近の連絡はこのくらいみたいだね」

 

「このウタハって人は?」

 

「エンジニア部の部長だよ。レールガン関連の関係だね。……ホシノ。心配なのは分かるけど、流石にやめた方が良いんじゃないかな。カヤツリにもプライバシーってものがあるんだし……」

 

「……でも先生。さっきみたいなことを無自覚に、他の人にも言ってるかもしれないんだよ。私だけでいいのに……」

 

 

 カヤツリは無言で黙ったままでいる事にした。こういう時に余計なことを言うと、事態を悪化させたことが何回かあったのだ。だから、ホシノが満足するまではそっとしておくのが吉だった。きっとホシノも、カヤツリが所かまわず口説いているなど、本気でそう思っている訳ではないはずだ。

 

 

「これで最後かな……この人たちは? 先生」

 

「ええと……ナギサにセイアにマコトに…………!? ちょっとカヤツリ!?」

 

「なんですか?」

 

 

 先生が声を荒げるが、カヤツリは理由が分からない。今の名前の人物とはリオのような会話をしていない。別に隠すことは無いし、変な生徒ではない。むしろ身元がかなりはっきりしているのではないだろうか。ホシノにとっては関係ないだろうが。

 

 

「何ですかは、こっちの台詞なんだけど……? なんで、ティーパーティの二人と万魔殿の連絡先を持ってるの? ……しかも、それなりに会話してるし。私の考えが余計なちょっかいになっちゃったよ……」

 

「何ですかも何も……調印式の件で、日を置いてからティーパーティの二人は会ったでしょう? あとはヒフミ経由ですし……万魔殿の方はマトからですよ?」

 

 

 桐藤ナギサの方は向こうから接触してきた。エデン条約のごたごたが終わった後に覆面水着団の件で、それとなく礼を言われたことが始まりだ。以降はヒフミのお願いでブラックマーケットの護衛をしていた時の尾行からだ。そいつ──トリニティ生を締め上げたら簡単に吐いた。ヒフミにバレないように誤魔化して、そいつ経由で婉曲表現を織り交ぜつつ、尾行を止めろと言ったのだが、止む気配がない。

 

 面倒くさくなったカヤツリがどうしてほしいのか聞けば、彼女はヒフミが気に入っているようで、話したがっていた。ヒフミにもそれとなく聞けば悪くは思っていなさそうだ。それなら普通に話せばいいものだが、ナギサはトリニティのトップ陣営だし、ヒフミは一般人。立場が邪魔して話せないのだろうと思って、店先で偶然会って話すといった環境をセッティングしたのだ。

 

 何を話したのか知らないが、彼女はいたく満足したようで、ヒフミと話したいときの連絡用に連絡先を寄こした。専らそれにしか使っていないが時々ヒフミと一緒に茶会に呼ばれる事がある。きっとゲヘナとのパイプ代わりにしたいという思惑もあるのだろう。アビドスはカイザーの時の義理があるから、それくらいはやってもいいとは思っていた。

 

 

「だから私にお茶会のマナーを聞いたんですね……」

 

「その節は助かったよ。ノノミ後輩には助けられた」

 

「……善意なのが性質が悪いと言いますか。行動的には満点なのに、乙女心的には零点ですよ……」

 

 

 ノノミ後輩の言葉が耳に痛い。じゃあどうすれば良いのか教えてほしいくらいだ。困ったようなノノミ後輩と違って、先生は納得して頷いている。

 

 

「それは……ナギサは喜ぶね。ヒフミに謝りたそうだったし……じゃあセイアは?」

 

「ああ、あの面倒な奴……あれは、ヒフミと会う出汁に茶会に誘われたときに絡まれたんですよ。ええと何だったかな……”心に暗闇は必要だと思うかい”とかなんとか」

 

 

 ただ、”何のためにそんなに世話を焼くんですか。何を企んでいるんですか。そんな事をする貴方の動機を教えてくれませんか”そう聞くためにあんな難解な言い回しをする人物を面倒くさいと言わずして、なんと言えばいいのか。黒服のお陰で何となくは分かるから。ため息交じりに”全てに理由をつけたら陳腐だ。分からない方がいい事もある。影だけでも分かる事はある”と返答していたら、良く分からないが気に入られたのか、連絡先を投げてきた。時々面倒なトークを投げるから、適当に返信している。

 

 

「ああ、言い方は難解だから……ハナコくらいしか反応してくれないから、普通に返してくれて嬉しかったのかも……後は予知関係かな……マコトは?」

 

「あれは、マトからの紹介ですね。それとなく褒めたら上機嫌になってくれましたよ」

 

「なんて言ったの……?」

 

 

 不安そうに言う先生にカヤツリは、その時の事を思い返す。確か、万魔殿が風紀委員会の分の仕事でヒイコラ言っていた時だったか。徹夜続きなのか部下に言外に邪魔だと言われているマコトが機嫌悪そうで、空気が悪かったから。

 

 

「部下がそんな軽口を叩けるくらい気安いのかって」

 

「それ、怒ったんじゃない?」

 

「ええ、敬われたさそうな奴ですよね。でも、徹夜でも、嫌でも、逃げないで仕事をする部下が何人もいるんですよ。その部下がついてくるだけの何かを持っているんでしょうよ。下げて上げる。そんな感じの事を言いましたよ」

 

「リオで三大校コンプリートじゃないか……」

 

 

 それを聞いた先生は頭を抱えだした。カヤツリは先生が何でそんな反応をするのか分からない。いい感じに他学園の上層部と繋がりがあるだけだ。別に悪用も何もしていないし、この伝手は後輩たちにも役立つものだと信じている。

 

 

「……うん? どうしたそんな目で俺を見て……」

 

 

 気がつけば、後輩たちが距離を取り始めている。先生も一緒にだ。それに目線がどうしようもない物を見る目だ。

 

 

「よくわかったよ。カヤツリ」

 

 

 何か覚悟の決まった目で、ホシノが距離を詰めてくる。伝わってくる感じを見る限り、絶対に分かっていないと思う。怒っているし、拗ねている。

 

 

「カヤツリは、あれでしょ。偉い人の世話を焼くのが好きなんだね。よくわかったよ……そういえば先輩の時もそうだったよね……」

 

「分かってないじゃないか……」

 

 

 ホシノの気迫に押されて、カヤツリは身体が引けていた。

 

 

「もうあれだね。カヤツリはしばらくアビドスから出さないよ。バイトは仕方ないから行ってもいいけど、途中までついていくね。それがいいよ」

 

 

 うんうんとホシノは首を縦に振る。本気でそう思っている眼だった。

 

 

「じゃあ、カヤツリは私と対策委員会の面倒だけを見てね。偉い人の世話を焼くのが好きなんだもんね。丁度、今は私がアビドスのトップだからね。カヤツリは私の面倒を見るべきなんだよ。そもそもずっとそうしてくれるんじゃなかったの。私は悲しいよ。だから、忘れているようだし教えてあげるね」

 

「何を……?」

 

 

 恐る恐る聞くカヤツリに、ホシノはニッコリ笑って答える。

 

 

「私の事。しばらくは私の事だけしか考えられないようにしてあげる」

 

 

 一体何をさせられるのか分かったものではない。それこそ冗談ではなかった。

 

 

「何をするんだ……」

 

「変なことはしないよ? いつも同じようにするだけだよ。私と一緒に起きて、家事をして、遊んで、また一緒に眠る。午前中に時間は少し貰うし、ご飯も少なめになるかな。でも直によくなるから。ね? いつもと変わらないでしょ?」

 

 

 嘘だ。それだけで終わる訳がないし、いつもと全然違う。助けを求めるように辺りを見渡すがどうにも分が悪い。

 

 

「いつもそんなことしてるんですか……?」

 

 

 アヤネ後輩の恐る恐ると言った感じの聞き方に、カヤツリは自分が間違えたことに気がついた。ホシノとカヤツリにとってはいつもの事だから忘れていたが、後輩たちは二人が一緒に暮らしていることを知ってはいても、何をしているかまでは知らないのだ。

 

 それをホシノが口走って、カヤツリもそれを否定しなかった。これは、ホシノの捨て身の攻撃だった。もしかしたら、その自覚もないかもしれないが。結果的にはそうなっていた。

 

 後輩たちの、ノノミ後輩以外の視線が一気に厳しくなった。とても良くない。

 

 

「先生……」

 

 

 一縷の望みをかけて、先生へと助けを求めるが、先生の反応も芳しくない。カヤツリでなく、ホシノへと向かって先生は言葉を掛ける。

 

 

「……変なことはしない? カヤツリの嫌がる事とか、後々二人が困る事とか、皆に迷惑が掛かるかもしれないこと。その場の勢いでしないって約束できる?」

 

「大丈夫だよ。先生」

 

「俺には聞かないんですか……?」

 

「カヤツリは止まれるでしょう?」

 

 

 先生は困ったように笑うだけだ。その言葉は嬉しいが、この状況で聞きたくは無かった。

 

 

「じゃあ、五日間くらい休みをもらうね。いいかな?」

 

「……」

 

「そんなに怯えないでよ。前みたいな事はしないよ。先生に言われたしね……」

 

 

 言われなかったらどうするつもりだったのだろうか。答えもしないで、ただ薄く笑うホシノを見たカヤツリの震えが大きくなる。

 

 それを見たホシノは掴んだ服を放して、カヤツリの耳に顔を寄せて囁いた。

 

 

「大丈夫だよ。どこにも行けなくなっても私が貰ってあげるから。……大体最初から私の物だし。そもそもカヤツリは直ぐ何処かに行こうとするんだから……仕方ないよね?」

 

 ホシノは放心したカヤツリを置いてけぼりにして、後輩たちに何事かを聞いている。後輩たちは特に反対もしていなかった。

 

 

「大丈夫? ホシノの手前、ああは言ったけど。もしあれなら、何とかするよ? 私も対応を間違えたし……」

 

 

 置いてけぼりのカヤツリに、そう先生が言う。今の状況は良いか悪いかで言えば良くはない。最悪ではない。多分ホシノはまだ余裕がある。

 

 ホシノが不安になったのではないことくらい、カヤツリは分かっている。それほどの物を積み上げた自覚はある。今回は単純に臍を曲げただけだ。そうでなければ、あんなに冷静に逃げ道を潰すはずがない。そうであってほしい。そうでなければ、明日どうなるかわからない。

 

 ただ、他の生徒と話したくらいでこんな風になられては、先生と柴関の大将と黒服くらいとしか話せない。

 

 一人で突っ走った事が分かっているから話さなかった。やったのは前の事とはいえ、話さなかった今のカヤツリは分が悪い。拗れそうな気配しかしなかったから、黙っていた。折を見て、それこそホシノが挨拶回りをする時にでも教えようと思っていたのだ。まさか、こんなことになるとは思ってもみなかった。

 

 本当は、カヤツリだってホシノや後輩たちと楽しんでいたい。ただ、もう少しで先輩からの宿題が終わるから。それからの方が良いとカヤツリは思っていた。

 

 全部が終わってから、そうしたら。幾らでも、何だって付き合うつもりでいた。

 

 けれどカヤツリは後輩たちと話して上機嫌なホシノの顔を見る。そして抵抗するのを諦めた。別にカヤツリとて、ホシノが上機嫌な方が嬉しいのだから。

 

 少しだけなら良いかもしれない。勝手に自分で決めすぎるのは良くない事。それはミレニアムの騒動で学んだことだったから。

 

 心配そうな先生に手を振って、大丈夫な事をアピールする。最悪は泣きつく事になるだろうが、そうならない事を信じたかった。

 

 窓から射す日差しはこの間よりも優しい。夏も終わりが近づいていた。

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