ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
128話 先輩からの贈り物
久しぶりにカヤツリは日常を満喫していた。まだ昼前の空は晴天で、適度な風も吹いているから涼しくて心地よい。面倒な仕事もないし、前のように武装勢力が攻めてくると言う事もない。学生らしい日々は本当に久しぶりだった。
だから、今日の対策会議は休みだ。シロコは趣味のサイクリングに出かけているし、ノノミ後輩は買い物に行っている。各々が自分の好きな事をしていた。
それもあってか、カヤツリの今日の仕事の進みは速い。この速度なら先輩の宿題にも手を付けることが出来そうだ。計画がトントン拍子に進むのは良いことだから、鼻歌まで飛び出していた。
「何かいいことあったの?」
携帯でバイトを探していたセリカ後輩がカヤツリに声を掛けてくる。どこか顔つきが引きつっている所から見て、不気味でしょうがないのだろう。
「セリカちゃん……」
「何よ……?」
そんなセリカ後輩を、騙されないように付き合っていたアヤネ後輩が少し焦ったように小突いている。セリカ後輩はそうされる理由が分からないのか不満と困惑混じりの表情だったが、彼女の中で何かに思い至ったのか、ゲッソリとした表情に変わった。
「あー……そういう事?」
「……!」
コクコクと無言でアヤネ後輩が頷いている。なんだか二人共悪い事を聞いたみたいな雰囲気だ。カヤツリには全くその自覚はない。
「何で、先輩の方が不思議な顔をしてるのよ……」
「別に普通にしているだけじゃないか」
「ええ……呆れた」
セリカ後輩はさっきとは打って変わった表情でカヤツリをじっとりとした目で見て、カヤツリの方を指差した。
「そんな事してるから、機嫌が良さそうなんじゃないの?」
セリカ後輩が指差した先。教室の椅子で急造したベンチ。それに座るカヤツリの膝の上で、ホシノが昼寝をしている。おそらくはヘイローの気配がないところを見るに、普段の半覚醒ではなく熟睡していた。
穏やかな表情で、時折むにゅむにゅ寝言を呟いている。非常に珍しい光景ではあったが、セリカ後輩の想像とは違う。
「仕事が上手くいっているから機嫌が良いんだ。ホシノは半分くらいしか関係ない」
「それはちょっと……」
「違うなら、もっと先輩が気をかけてあげなきゃ。そんな調子じゃホシノ先輩が可哀想よ」
カヤツリの答えを聞いた後輩二人が物申す。あの五日間の後、ホシノは後輩たちの前でも、時々ではあるが甘えるようになった。もちろん時と場所はわきまえてだ。そのおかげで後輩たちのほとんどがホシノ側に回ることが多くなっていた。特にこの二人はホシノから話を聞き出しているから、この反応も分からないでもない。
「彼女なんだから、もっと気にかけて構えと。そう言いたいわけか?」
「分かってるじゃない。先輩は女心を知るべきよ」
「セリカ後輩の方が分かってない」
セリカ後輩は真っ向から否定されたのが不満なようで、ムッとしている。
「何が分かってないのよ。気にかけてほしいのは当然の想いじゃないの?」
「時と場合によるし、構わない事が気にかけていない訳じゃない。そう見えないってだけだよ」
膝の上でくぅくぅ眠るホシノを片手で撫でる。ホシノはくすぐったそうに身動ぎして、その姿にカヤツリは静かに微笑んだ。
「仕事を加減して、こういうのをしろって、セリカ後輩は言うのか?」
「そうよ。嬉しそうじゃない?」
少し得意げにセリカ後輩は頷く。確かにそうだが、カヤツリはそうは思わない。
「でも、それだけだろ? それだけやってれば幸せなのか? そいつは違うんじゃないか。そうあれる環境を整えるのも構う事に入るだろ」
ただ可愛がればいいなど、ペットか何かだ。それはその場しのぎでしかないとカヤツリは思うのだ。
「構っていないように見えるのは、仕事があるからだ。この心地いい環境を保つ為の仕事。それは、セリカ後輩もやっている事だろう?」
「でも、この前ホシノ先輩に締め上げられてたじゃない。ホシノ先輩はそう思ってないんじゃない?」
セリカ後輩が言っているのは、携帯チェックの件だろう。あの時は身の危険を感じたし、ホシノも不満なのは間違いない。けれど分かっていないわけではない。
「あれは拗ねてるだけだよ。ホシノだって分かってる。あれは言い掛かりだって事くらいは。だから、あの反応なんだよ」
「本気で怒ってたと思うんですけど……?」
アヤネ後輩はあまり納得がいかないようだが、カヤツリは知っている。ホシノがカヤツリに本気で怒った時どうするのか。身をもって一年前に体感した。
本気で怒っていたら、皆や先生がいる場所ではやらない。家に着いて油断したカヤツリを問い詰めて好きなようにするだろう。非はカヤツリにあるかもしれないが、あまりやり過ぎれば止められるかもしれない。それなら邪魔が入らなくなるまで待つ。そのくらいの頭は回るし、それだけの精神力もある。何より家に帰っても、要求が桁違いに多かっただけだ。
「私を放っておかないで。みたいなことしか言わなかっただろ。俺が悪いと思うなら、その点を突きつければいいのに。最初だけじゃないか。分かってるんだよ。分が悪い言い掛かりだって、だから味方してくれそうな皆がいる前で拗ねて見せた。怒ってはいるのは確かだけど、本気じゃない」
「ええ……普通に言えばいいじゃない」
セリカ後輩の呆れた答えが可笑しくて、カヤツリの口から笑いが漏れた。
「何が可笑しいのよ……」
不満そうなセリカ後輩にカヤツリは笑いを噛み殺す。そうストレートに言えるセリカ後輩が微笑ましかったからだ。
「恥ずかしくて言えなかったんだよ。だから拗ねて察して貰おうとしたんだ。分かってくれるって信じて甘えてた。俺だって言わなかったのは甘えだよ。そんな怒らないかなっていう。中々恥ずかしくなるけど、そうやって付き合い方を考えるのは嬉しいものだよ。セリカ後輩にはまだ早かったかな」
「むぅ……」
子供扱いされて、セリカ後輩は唇を尖らせて、アヤネ後輩の方を見ていた。なんとかしてカヤツリの事を言い負かしたいのだ。女心が分からないカヤツリをとっちめる目的から大分逸れている。
「でも、怒らせるようなことをしたのは事実ですよね。先輩。それに宥めるのに五日間も掛かっています。素直に言えるなら言った方が良かったのでは?」
「……そうだな」
眼鏡のつるをくいっと上げて、アヤネ後輩がカヤツリを追求した。分が悪いから、カヤツリは肯定するが彼女の追及は止まなかった。
「それと、あの時少しホシノ先輩に怯えていませんでしたか? あの時点ではカヤツリ先輩もホシノ先輩の本音を図りかねていたんじゃ?」
「うっ……」
今になったら言えるが、あの時は拗ねていることは分かっていた。けれど、どこまでホシノが怒っているのかは分からなかった。家に着いた時と、五日間の間の要求である程度察することができたのだ。怒らせないことが出来るならその方が良い。アヤネ後輩の言う通りだった。
「ホシノ先輩とカヤツリ先輩の関係が上手くいっているのはよく分かりましたし、カヤツリ先輩のしたことも悪い事ではありません。ホシノ先輩が敏感なだけとも言えますが。カヤツリ先輩の事ですから、ある程度予想はついていたでしょう? なら早く言っておけば、まとめて爆弾が起爆することもなかったのでは?」
「ううっ……」
「アヤネちゃん……! そうよ。それ! それが言いたかったの!」
カヤツリを正論でボコボコにしたアヤネ後輩にセリカ後輩は感激しており、アヤネ後輩は鼻を膨らませている。知らない間に随分と口が達者になっていて、ある意味安心だった。
しばらくアヤネ後輩は得意げにしていたが、はっとした表情の後に真面目な雰囲気に戻る。突然に同級生が豹変するものだから、セリカ後輩は目を白黒させていた。
「一つ聞いてもいいですか? カヤツリ先輩。ずっと気になってたことがあるんです」
「……いいよ。何が気になってるって?」
頭が切れるアヤネ後輩のことだ。今までの話題の流れからして、聞きたいことの予想はある程度ついていた。
「カヤツリ先輩は半分と言いましたが、ホシノ先輩と釣り合う仕事ってなんなんですか? カヤツリ先輩にとってのホシノ先輩に相当するんです。重要な物なんでしょう? でも、私もセリカちゃんも知りません」
「それを知りたいって?」
大きく頷くアヤネ後輩を見て、少しだけカヤツリは考えた。先生やホシノには部分的にしか言っていない。それなりの厄ネタを含むからだ。全容を予想しているのはマトくらいだろう。でも、今なら言ってもいいのかもしれない。もうすぐその仕事は終わるのだから。それに、ある意味手間が省けるだろう。
「……いいよ。話す前に、扉と窓、カーテンを閉めてくれ」
二人が窓と扉を閉めている間に、カヤツリは携帯から適当な曲を選んで適正音量で流し始める。この部屋に盗聴器の類が無いことは定期的に確認しているし、ぼかして話すが、やれることはやるべきだ。
「……そんなに危ないんですか?」
「話題によっては。ぼかして話すけど、用心には用心を重ねるべきだろ。どうする? やめるか?」
少し怯えた様なアヤネ後輩だったが、覚悟を決めたのか席を立たなかった。セリカ後輩は迷うそぶりも見せない。カヤツリは膝の上のホシノを撫でながら、前提条件から話すことにした。
「このアビドス自治区がこうなっている問題は何だろう? セリカ後輩は分かるか?」
「借金でしょ。当たり前じゃない」
「セリカちゃん……」
自信満々に答えるセリカ後輩にアヤネ後輩は苦笑いだ。勿論それもそうだが、それは結果だ。そもそもの原因は違う。
「砂嵐と人がいない事だよ。正確には産業が無い。人が集まる要素が無いわけだな。そもそも借金は復興費用の補填が膨れ上がった結果だ」
「借金を返しても、その二つを何とかしなければならない。正直言って、茨の道どころではありません。利子は減って借金は私たちで何とかなるとしても、人が居なければ新入生が入ってきません。新入生が入らないまま私たちが卒業すれば、そのままアビドス高校は廃校になるでしょう」
淡々とアヤネ後輩が告げる事実に、セリカ後輩の顔が真っ青になった。そして、そのままそわそわし始める。現状のマズさに気がついて、何とかしようと思っても方法が分からなくて困っているのだ。
「私にはどうすれば良いのか分かりませんでした。砂嵐は最近止まりましたが。今できる事、借金返済を続けていくしかない。でも、カヤツリ先輩だけは何かを見据えて行動している。何か秘策があるんですか? それはもしかして、ゲヘナと関係しているのではありませんか?」
「まあゲヘナと距離が近いから、そこからバレるか」
「はい。あの時の。まだ先生が来る前のアビドスに、ゲヘナが興味を抱くだけの何かがあったはずなんです」
カヤツリは心の中で拍手喝采をアヤネに向けて送っていた。本当にこの後輩は傑物だった。新入生として入ってきてくれて感謝しかない。
「アヤネ後輩の考えは大体は当たっている。ゲヘナが関係しているのもそうだし、厄ネタもそれ関係だ。まずは何から話そうかな……」
カヤツリはこんがらがった事態を説明するのに頭を捻り、まずは目的から説明する事にした。
「俺がやっていることは、砂漠横断鉄道の施設使用権の買取だよ。それを買い取って、対策委員会の所有にする。それが俺の目的であり、先輩からの宿題なんだよ」
アヤネ後輩は、それが予想外だったのか瞬きを何度も繰り返す。そして、おうむ返しに言葉を返した。
「砂漠横断鉄道? 確か数年前にセイント・ネフティスで進められたという……でも、それは中止になったはずです。そんな権利を手に入れたって……」
「計画された以上。意味はあったはずなんだ。アレは鉄道事業の後で持ち上がったんだから。最初は分からなかった。でも、エデン条約の時に気づいたんだ」
「なんで、エデン条約が出てくるのよ」
セリカ後輩が分からないのか、難しい顔をしている。アヤネ後輩も同様の表情だった。それは仕方がない。カヤツリも偶々気がついたのだから。
「トリニティからゲヘナへ進むユスティナ聖徒会を足止めしたときに、俺たちはかなり余裕を持って先回りできたはずだ。何故だと思う」
「それは、向こうが徒歩だったからじゃないの? 私たちはヘリだったんだし当然じゃない。しかも直線距離で来れたんだから……」
「それだよ! セリカちゃん! 確かにそれなら……!」
アビドスは北に大きく離れてミレニアム。間にヴァルキューレ。東にゲヘナ。北西にトリニティ。南にワイルドハントと、そこそこ大きな学園に囲まれている。だから、ユスティナ聖徒会はトリニティからゲヘナへ行く際にアビドス自治区を横断してきたのだ。彼女たちの思考は最短距離を進むようになっていたのだろう。
それでは普通ならどうするだろうか。そのままアビドス砂漠を近いからと言って横断するだろうか。
答えは否だ。そんな事で命を危険には晒せない。それなら素直に遠回りするだろう。その分金や時間はかかるはずだ。それは人だけでなく荷物もそうではないのだろうか。
「砂漠横断鉄道の権利を買い取り開通させる。確かにアビドスに降りる人間は居ないだろう。でも、輸送路としてなら? 三大校の輸送路の中継地点として、上手くすれば物流の中心になれるかもしれない」
アビドス砂漠を突っ切って荷物を運べるものなどもう居ない。もしもできればやっているはずだからだ。今までよりも速く、安く物が運べる輸送路。需要はおそらくあるはずだ。
それは確信に近かった。だって、それはまだ先輩とホシノに会う前のカヤツリがやっていたことだったからだ。あの時でさえ、仕事をえり好みできるほど需要はあったのだから。
「中継点であれば、輸送以外の需要も発生する。交代の運転士の休憩場所や娯楽施設。荷物の集積所やそれを管理する人員のための施設もいるはずだ。一気に鉄道沿線の土地の価値が上がる」
鉄道を再開する前に、借金を返し、その土地を何とかして買い戻す。そうすれば、その土地を貸し出して他の学園がやっているように使用料をとれるだろう。鉄道の使用料からも同様だ。ハイランダーに多少は持っていかれるだろうが些細なことだ。そして一気に経済が回りだせば、復興も夢ではない。
これがカヤツリが渡された先輩からの宿題だった。先輩が善意で用意した物が、何の奇跡か復興の切っ掛けになろうとしていた。偶然が回りまわって良い方向へと転がるのは先輩の十八番だったが、最後までそうだとは思いもしなかった。
「どうだ? 先生や色々な人に相談する必要もあるだろうし、大変だろうが……希望が見えてきただろう?」
コクコクと二人の後輩が勢い良く頷いた。本当に嬉しそうに頷くので、カヤツリも笑顔になる。
「もしかして、三大校のトップとの連絡先を持っていたのは……?」
「いや? それは偶然だし、目的は別なんだ」
カヤツリはアビドスの外交をやるようになって、気がついたことがある。それは、大人相手にやるのとは全く違うと言うことだった。基本、黒服以外の大人は敵だった。だから、対応は一つで良くて楽だった。あの時のカヤツリの守るものは自分の身一つだけだったのも幸いした。
ただ、ホシノと二人になってから、対策委員会ができてから、先生がやってきてからの外交は全く違った。なにせ、こちらが弱いのだ。全く対等でない。ダーティな手段も使わなければならない所は大人相手と同じだったが、やり過ぎてはいけなかった。やりにくいことこの上なくて、初めのうちは歯噛みしたのを覚えている。
でも、良いところもあった。それは信用できる者は信用できると言う事だった。それはマトであったりヒナであったりした。自分と所属を知ってもらうというのは大事なことなのだ。
だから、カヤツリはティーパーティや万魔殿に絡まれたときも逃げなかったし、誠実に対応した。
先日の絶大な威力のレールガン。あれはホシノと一緒で、撃つ対象も箱舟レベルでなければ撃てない。そう言う確信があった。ミレニアムに協力してもらって、調査結果と報告書もシャーレに提出済みだ。でも、それは他の学園にとっては関係が無い。何時それが自分たちに向けられるか恐ろしくてたまらないだろう。ゲヘナもトリニティも目と耳は多い。ミレニアムの騒動もある程度の情報は掴んでいるはずだ。
あの時の出来レースの状況と一緒だった。あの時のアビドスは得体が知れない自治区だった。借金で潰れかけの目的も何も分からない自治区。そんな自治区が戦略兵器を手に入れたら。まあいい想像はできない。だからこそ、マトとカヤツリはああしたのだから。
でも今はあの時とは違うのだ。多くの自治区がアビドスの事を知っている。ゲヘナもトリニティも、調印式の件で義理を大切にする自治区だと認識しただろう。今回は自主的に報告書も出している。それなら、ある程度は信用してくれるのだ。いきなりこちらに向けるような無体はしない。そういう信用がある。
信用があると言う利点はそれだけではない。カヤツリはアヤネ後輩の考えに同意する。
「でも、アヤネ後輩の思う通りに、お友達価格で運ぶこともあるかもしれないし、向こうも何かを頼むことがあるかもしれないな? 鉄道の運営はハイランダーだが、自治区内の治安維持やそこらは提携してもいいんだ。幸いなことに、治安維持は対策委員会の十八番だろう?」
「そうですね! 色々な案が浮かんできました!」
「良いじゃない! 一緒に考えましょ!」
アヤネ後輩とセリカ後輩の興奮は最高潮に達しようとしていた。
この様子にカヤツリは安堵のため息を漏らす。きっと、ゲヘナの事や厄ネタの事。ネフティスの事と、そのための費用の調達方法は二人の頭から抜けているだろう。詳しい説明は全員が居る時、先生やマトやヒナが居る時が一番いいのだ。契約満了まであと一ヶ月。ここは我慢のしどころだった。
「あー……二人とも満足したか?」
二人は早く何処かへ行きたそうにウズウズしていた。カヤツリの質問に頷くと、挨拶をして部屋を出て行った。図書室辺りで話をするのだろう。
カヤツリは二人を見送って、膝上のホシノに聞こえるような声量で呟いた。
「ご満足頂けましたか? お姫様」
ビクリとカヤツリの膝の上でホシノが震えた。カヤツリが頭をなで始めたあたり、鉄道の事を話し始めたあたりで目を覚ましていたように思っていた。手間が省けると言うのはそう言う事だ。
のそりとホシノは膝から起き上がって、そのままカヤツリにもたれ掛かった。いつものホシノの好きな体勢だった。カヤツリの顔を見ないで、信じられないような声色で呟いた。
「今の本当?」
「嘘なんて言ったことないだろ」
「そうだったね……」
喜ぶと思ったが、そうでもないようだった。下を見れば、ホシノは上を、カヤツリを見上げるようにしていた。ごく近くで二人の視線がぶつかる。
ホシノはどこか不安そうな、嬉しそうな、自分でもよく分からないような、色々な感情が混じったかのような。喜びと悲しみが交じり合った。そんな顔をしていた。
「なんだか、実感わかないや」
「まだ、実現したわけじゃないからな。計画だけだ。上手くいかないかもしれない」
「でも、大違いだよ」
何となく、カヤツリはホシノの気持ちが分かった。きっと不安なのだ。今までずっと頑張ってきた。それは自分がそうしたいのもあるだろうし、先輩の願いというのもあるだろう。それなりの重責だったはずだ。それをいきなり取り上げられたようなものだ。余りの軽さに戸惑っている。足元が浮ついて、地に足がつかなくなった。
「これは、先輩からホシノへの贈り物だよ。先輩はプレゼントだって。そう言ってた。先輩は、今回俺が言ったみたいなことは考えてなかった。ただ、ホシノに何かを残してあげたいって。私にはこれくらいしかできないからって」
「……ユメ先輩」
ポツリとホシノは呟く。きっと昔の事を思い出しているのかもしれなかった。そこで、カヤツリは重荷を投入した。ホシノが迷わないように、やりたいことが出来るように。
「だから、今回は俺たちが残す番だよ」
「え?」
驚くホシノに、カヤツリは、きっと先輩が想定したことを想像して言葉に起こす。
「先輩が俺たちに鉄道の使用権を残した。だったら、俺たちはそれを元にしてもっと良い物をシロコやノノミ後輩に残すんだよ。きっとあの二人もセリカ後輩やアヤネ後輩に向けてそうするだろう。もし、新入生が来たらあの二人もそうする」
「思いが繋がるって……先輩言ってたっけ……」
ホシノは頭を元に戻して俯いた。表情は見えないけれど、どこかさっきとは違う雰囲気だ。しっかりと地に足着いたような気がする。
「うん。じゃあ、頑張らなきゃね。もう少しかかるんでしょ?」
「あと一ヶ月」
「じゃあ、それまでの辛抱だね」
ホシノはそう言って、またカヤツリの膝を枕にして横になってしまった。カヤツリは少し嫌な顔になる。流石に足が痛くなってきているからだ。
「ホシノ。そろそろ……」
「聞こえないよ。もっと女心を知るべきだっけ? セリカちゃんは良いこと言うね」
「前から起きてたわけね……」
ホシノは退く気配はない。何か要求をしたいのだろうが、カヤツリには想像がつかない。何故なら、あの五日間で大概の事をやったからだ。昔、先生がセリカ後輩にお姫様とか言ったのをホシノが思い出したおかげでカヤツリの財布は大分軽くなったし、色々な所に行ったせいでまだ身体が怠い。楽しかったのは否定しないが、ホシノに言うとどうなるか分からない。
「私はお姫様なんでしょ? あのお休みの時も、そうしてくれたもんね。なら、もう分かるんじゃない?」
「甘えん坊め……」
カヤツリはため息をつく。別に魔法にかけられたわけでも、指先を針で刺したわけでもないだろうに。確かにお姫様にこれはお決まりの展開だが。
膝上のホシノを盗み見れば、期待しているかのように目を閉じている。
カヤツリは周りを見渡して、ホシノが想像している通りのことを実行する。昼を告げるチャイムが鳴るまで二人はそうしていた。
地理は2nd.PVを参考にしています