ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
連邦生徒会が用意した場所は、人でごった返していた。
自治区を持つほとんど全ての学園が集められているのだ。席は多く用意されているとはいえ、全ては入りきらない。何回かに分けて開催するようだが、席に着くまで移動する都合上、こうなるのは当然だった。受付で出席確認を済ませて、アビドスの席を探すが、人混みのせいで席に置かれた名札すら分からない。
そんな、自分の席を探して彷徨うカヤツリを聞き覚えのある声が引き止めた。
「こっちよ。貴方の席はここ」
声の方を振りむけば、リオがカヤツリに向かって手招きしていた。リオの言う通りに、ミレニアムの隣にアビドスの分の名札が置いてあった。ただどうにも違和感がある。他の名札と比べて何か位置がずれているような、いないような……
「数週間ぶり……?」
「ええ、久しぶりね」
深くは追及せず席に着き、隣のリオに挨拶を返す。するとリオも少しだけ微笑んで挨拶を返した。最後に直接会ったのはアリスの件以降だが、あの時よりもどこか雰囲気が軽い気がする。あの時と比べても口調も柔らかい。
お互いに挨拶を交わしたことでスイッチでも入ったのか、リオは固い口調に戻る。
「貴方とこのまま非常対策委員会が始まるまで、雑談をしていてもいいのだけど。連邦生徒会の用意した手元の資料を見て頂戴。そのことについて話があるの」
リオの言葉に従って、資料を流し読みしていると、少し離れた、正確にはリオの隣から小さな話し声が聞こえる。
「……会長の言う通りに怒らないわね……気がついてないの? それとも気にしてないの?」
「……違うと思いますよ? ユウカちゃん」
「だってノア。会長だから仕方ないし、私たちは慣れたけど。普通は怒るわよ。自分の都合を押し付けすぎよ……」
「ふふ……ユウカちゃんも会長も可愛いですねぇ」
「ええ……私がおかしいの?」
声の主はリオと一緒に来ているセミナーの仲間だろう。
確かに席に着くなり、ああしろこうしろと無遠慮に言うのは失礼だと思う。ただしそれは相手によりけりだ。リオの場合は仕方ない。むしろ要求を普通に言っている分、以前より大分いいのではないだろうか。
前だったら、”資料を見て”で終わっていた。リオは頭の回転が速いし、出来もいい。だから発言が圧縮言語になりがちだったが、今の様子を見る限りは上手くやっているらしい。
「どう? 今回の招集理由は把握したかしら?」
「……貴女なら気になるだろうな」
「ええ、理解してくれたようで嬉しいわ」
キヴォトス各地に、超高濃度のエネルギー反応が確認されたと資料には書いてある。それだけなら連邦生徒会も招集はかけなかったはずで、リオも資料を早く見ろなどとは言わない。このエネルギー反応には異常な事が一つあった。
見えないのだと言う。反応としては、確かにそこにあり、質量すらあるのに。目視も出来ず触れもしない。そういう異常が確認されていた。
「貴方には覚えがあるのではないかしら? 接触出来ないのに、確かにそこにあり、莫大なエネルギーを持つもの」
「……アリスの時の?」
「一部正解よ」
リオは分かっていても、カヤツリには分からない。半分は当てずっぽうで言ってみたが正解だったようで、機嫌が良さそうな声だ。
「アリスの王女としての力。それは、情報リソースから物的リソースへの変換よ。情報リソースという、確かにそこにあるけれど見えない物を、物質へと変換出来るの」
「今出現しているそれが、そのリソースだと?」
「少し違うわね」
リオの切れ長の瞳がどこか期待するような色を込めて、カヤツリを見る。
「似ていると言ったけれど。似ているだけ、同一の物ではないわ。今、観測されているものは情報リソースそのものではない。情報リソース自体はエネルギーを持たないもの」
「まさかとは思うけど、変換途中ってことか?」
「ええ、正解よ。おそらくそうでしょうね。変換途中だから、エネルギー反応はあるのに、実体がないの」
「アリスがまた何か……?」
リオの言葉の通りなら、アリスの仕業ということになる。かつて、リオが語り、危惧していた最悪の自体ではないだろうか。焦るカヤツリとは違って、リオは落ち着いた様子のままだ。
「いえ、アリスではないわ。もちろんケイでもない」
今、リオが口にしたケイという名は、鍵の名前だ。モモイが読み間違えたそれを、鍵の名前にしたと、後から聞いた。
鍵──ケイはアリスの中に引き篭もり、アリスが話しかけても返事もしないらしい。使命を邪魔されたのだ。燃え尽きて、何をする気力もないのかもしれない。
「今はアリスだけでも、ケイだけでも。プロトコルは実行できない。そのためのリソースもないの。だから、他の要因よ」
「それは?」
「分からないわ」
リオははっきりと首を横に振る。それは残念そうでもあったが、あの時のような諦めは無くて。それを嬉しく思う自分がいた。
「だから来たのか。皆で、話し合って解決策を見つけるために」
「私だけじゃ不安だっただけよ。それに貴方が言ったのでしょう?」
「そうだったな……」
スイとカヤツリはリオから目線を逸らした。少しだけ気恥ずかしかったからだ。カヤツリはただ、自分勝手に言いたいことを言っただけで、ここまで感謝の念を感じる微笑みを向けられるとは思わなかった。
「でも、残念ね。この様子では話し合いになるかどうか……」
リオは、前方に広がっている光景を見て、深く息を吐く。微笑みは消えて疲れた顔だ。隣の、さっきまで、コソコソと内緒話をしていたセミナー二人も同じ顔だ。きっとカヤツリも。
「予想はしてたけど、ここまでとは……」
カヤツリの眼前には、どうしようもない光景が広がっていた。
司会を務める代行の席とシャーレの名札がある空席を挟んで、ゲヘナとトリニティの席がある。両者睨み合うといった物々しさはないが、お互いを歓迎していない事はよく分かる。
ゲヘナ側は挑発なのか寝ているのが何人かいるし、その内一人は見知った顔だ。
トリニティ側は気にしていないのか、そもそも眼中にないのか。紅茶を飲んでいたり、ペットに構っていたり、態度も悪く肘をついていたりと散々だ。こっちも見知った顔が二人もいる。
カヤツリ達の席は代行の席の正面だから、嫌でもそれが良く見えた。
「……先生は来ないのかしら」
「間に合わないかもしれない……」
代行の隣の空席を見てのリオの呟きに、カヤツリは壁の時計を指差した。あと数分で始まってしまう。何時もの先生なら、既に席に着いていないとおかしいのに。
先生無しでは、まともに進まないだろう。きっと先生が来るからと、その理由で来た学園もあるはずだから。その事態は最悪だ。カヤツリにとっては最も避けたい事だった。
そして、その席は空席のまま、時計は始まりの時刻を指した。
□
会議はカヤツリの予想通りにまともに進行しなかった。
代行が資料に書いてあることについての詳細を説明し、各校に協力を仰いだところまでは良かった。その次にトリニティ側から放たれた言葉が、切っ掛けでもあり崩壊の始まりだった。
──先生はどこにいらっしゃるのですか?
それに、代行はすぐさま答えられなかった。その間にゲヘナとトリニティの小競り合いが加速する。その中でゲヘナ側が言い放った一言──連邦生徒会の陰謀。それに動揺する各校を抑えるために、代行が選んだ言葉が致命傷だった。
──先生の行方はこちらも探している。
つまりは先生がこの場に居ないのは連邦生徒会も意図しない事だったということだ。だからいつまで待っても先生は出てこない。それで先生目当てで来た学園は興味を失った。
後は、先生が居ないなら意味がないと言い放ち、帰る準備を始めようとしたゲヘナを皮切りに、クーデターの鎮圧に帰ると言うレッドウィンターなどで、もう話し合いどころではなかった。
そして、グダグダになった会場で、カヤツリとミレニアムの三人は途方に暮れていた。
「私たちも帰った方が良いの?」
「ユウカちゃん……そうですねぇ……この様子では話し合いどころではありませんし……会長?」
セミナーの、ノアと呼ばれていた方の生徒が、リオに向かって声を掛ける。リオはと言えば座った姿勢のまま、何事かを考えているようだった。
「次の話し合いはいつになるのかしら」
「今すぐってわけにはいかないだろうな。少なくとも数日は掛かるだろう」
カヤツリの答えにリオは覚悟を決めたように立ち上がった。余りに勢いよく立ち上がったものだから、机が揺れて資料がバサバサ落ちる。
「それでは間に合わないわ。このまま放置すれば、何かが顕現するのは目に見えているの。それに対して手をこまねいているだけだというのは合理的ではないわ」
「でも会長。どうするんですか。この様子じゃ……」
ユウカと呼ばれた方の生徒が、どうしようもないと言うように辺りを見回す。周りは来た時と同じようにごった返している。来た時とは逆に、今度は帰る生徒でだが。
「少なくとも、私たちミレニアムだけじゃ無理。私たちは調査はできて対策もある程度は立てられる。でもエネルギー反応は六ケ所よ。手が足りなさすぎる」
明らかになったエネルギー反応は六つ。アビドス砂漠、D.U.近郊の廃墟化した遊園地、ミレニアム郊外の閉鎖地域、トリニティとゲヘナの境界付近、ミレニアム近郊の新しい都市、そしてD.U.のサンクトゥムタワー。余りにも距離が離れすぎているし、リオの言う通りに手が足りない。アビドス砂漠に反応がある以上、対策委員会も無関係ではいられないしシロコの事にも関係があるかもしれない。
カヤツリ達が手を貸すとしても、今は五人しかいないから焼け石に水だろう。
「どれだけあればいいんだ」
「少なくとも、反応がある自治区の学園には協力してほしいわ。今のままでは実地調査ができないから」
という事は、トリニティとゲヘナの協力がいる。他の学園ならお手上げだったが、カヤツリはこの二つなら何とかできる伝手があった。
「出来るぞ。トリニティとゲヘナなら。もちろんアビドスも」
「……アビドスは分かるわ。けど、トリニティとゲヘナも? 貴方が嘘を言うとは思わないけど……本当に?」
「条件があるけど」
その答えにリオの顔が曇る。別にこれは意地悪で言っているわけではない。カヤツリだけでも無理なものは無理なのだ。
「良いわ。言ってみて」
「この現象を説明する必要がある。この現象がどれだけ危険で、キヴォトスに何をもたらすのか、納得させなきゃならない。トリニティとゲヘナ相手に。できるか?」
セミナーの二人が息をのむ。
それは、かつてリオができなかったことだった。顔見知りであるセミナーやC&C、ヒマリにすらできなかったことを、カヤツリはリオにやれと言ったのだ。
説明はカヤツリだけではできない。説得力を持たせるためにはリオの肩書と説明が必要だった。
「やるわ。それだけでいいのなら。案内して頂戴」
カヤツリの予想に反して、リオは毅然とした態度だった。それどころか曇った表情が晴れてすらいた。驚くカヤツリに対して、リオは不敵に笑う。
「あの時に比べれば、この位何ともないわ。今の私には後輩たちと貴方がいるもの」
はっきりとそう告げるリオに、カヤツリは何も言わずに、トリニティの方へと足を進めた。カヤツリからリオに言う事はもう何一つとして無かったからだ。
□
「おや? 久しいね。カヤツリ。さっきのお茶会の感想でも聞きにきたのかい?」
トリニティ側の席にやってきたカヤツリ達を迎えたのは、セイアのいつものじゃれあいだった。
「お茶会? 場末の酒場の乱闘か何かだっただろう? トリニティではアレをお茶会というのか?」
「ふふ。アレを見て場末の酒場と言うあたり、君に馴染み深いのはそこなんだね。なら銃が出ないだけ上品だろう?」
「ふん。言葉の弾丸か実弾かの違いだ。向けて飛ばして相手を傷つけると言う意味じゃ大した違いは無いと思うね」
「じゃあ、私たちは同じ穴のムジナという事だね。それならお互い様ということだ。特に君は口も回るし腕も良いと聞いているよ」
「その耳で上手いこと言ったつもりか? それと質の悪い冗談はやめろ」
「少々強引だったかな? ふふ……また振られてしまったようだ」
隣でリオが、向こうでも桃色の髪をした生徒が目を白黒させている。いきなり喧嘩染みた言葉の応酬だ。驚くのも無理はない。ただ、これがカヤツリとセイアのいつものじゃれあいだ。向こうも本気でないしカヤツリも本気ではない。
「はぁ……カヤツリさん。セイアさんといつものをやりに来たのなら、向こうでやってください。私たちもこれからの事で忙しいのです」
「悪い」
ため息をつきながら、紅茶をたしなむナギサにカヤツリは謝った。ナギサは軽くリオに目をやった。どことなく品定めをする目だった。その視線を感じたのか、リオの雰囲気が固くなる。
「ミレニアムのビッグシスター……彼女を連れて来たのですから、先ほどのエネルギー反応についてですか……いいでしょう。お互い自治区内に問題を抱える身です。ひとまずは情報の共有をお願いできますか? 調月リオさん」
「情報を聞く前に、一ついいか?」
カヤツリはリオから話を聞き出そうとするナギサを止めた。理由はいくつかある。情報の安売りを防ぐためとか、話だけ聞かれて”はい、さよなら”を避けるとか。ナギサは公私をある程度は分けられるタイプだ。非常事態ではトリニティを優先する。
だから、彼女たちの目的を聞きだす必要があった。それにはある程度の予測は着いている。目的の内容ではなく、必要なモノではあるが。
「なんでしょう? 問題に対する情報共有が先だと思いますが。それはアビドスの貴方も同じでしょう?」
ナギサは悪い人物ではない。それは何となく分かる。だがトリニティは保守的なきらいがある。協力しようとカヤツリが言ったところで難色を示すだろう。だから餌をぶら下げる。
「先生に用があるんだろう? でも、居場所が分からない」
「ええ。その通りですが、カヤツリさん。貴方に先生の居場所がわかると? 連邦生徒会でも分からないのに?」
会議の内容を聞いておいてよかったとカヤツリは思う。シスターフッドの代表とセイアは先生に用があるとしきりに言っていた。それ目当てで今回の招集に応じたのだろう。
「居場所は分からないが、探し方は分かる。セントラルネットワークだ。あれを使う」
かつて、セリカが誘拐された時に先生が内緒で使ったと言うアレ。連邦生徒会の管理する通信網。あれを使えば、リオもいるのだ。先生の持つ端末の反応から位置を特定できるだろう。先生があの端末を離すのをカヤツリは見たことがない。それに、シロコも隙を見て探せるだろう。
「それなら、確かに先生を探せるでしょうが……連邦生徒会が使わせると思いますか?」
「出来ないだろうね。ここにいる俺たちだけでは」
ナギサはカヤツリの答えに、得心が言ったように目を閉じる。
「……ゲヘナですか。彼女たちを協力させると、そういうことですか? ミレニアム、アビドス、トリニティ、ゲヘナで先生の捜索を連邦生徒会に要求すると?」
「そうだ。引き換えに非常対策委員会。これを四校を主体に協力する」
それを聞いたナギサは少し紅茶を口に運ぶ手を止めた。そして最大の問題点を口に出す。
「それは、ゲヘナが協力すればの話でしょう。私たちはアビドスには恩がありますが。ゲヘナには、特に万魔殿に恩はありません。逆の物なら沢山ありますが。何より、他の者が納得しないでしょう」
ちらりと、ナギサは隣の桃色の髪の少女に目をやった。さっき目を白黒させていた生徒だ。きっと彼女が聖園ミカなのだ。自分の立場を分かっているのか口は出してこない。でも会議での態度を見る限り、大のゲヘナ嫌いだと言う噂は本当らしい。きっと彼女だけではなく、同じような生徒が大勢いるのだろう。それを納得させろとナギサは言うのだ。
「ゲヘナを表向きはリーダーにする」
「ああ……なるほど、貴方ならできそうですし……ゲヘナへの人参としては十分でしょう。裏の意図も理解すれば、不満はそれほどは出ない……」
「やっぱり、お互い様のようだね」
セイアが珍しく口を挟んできた。普段はそんなことをしないせいもあって、ナギサも少し驚いたようにセイアを見ている。
「カヤツリの言うように、私たちは先生に用がある。そしてこれは今回の高エネルギー反応と密接に関係していることだ」
とつとつと話し出すセイアを、ナギサは止めなかった。つまりはOKということだろう。折れたのかもしれない。
「カヤツリ。君は予言というモノを信じるかい?」
「……信じるも信じないも、信じなきゃ話が始まらないだろう」
「君のそういう柔軟なところは好感が持てるよ。キヴォトスの終焉に関わるものがある。先生に相談したかったのはそれのことだ。それを聞いてから、そこのミレニアムの彼女の説明も聞かせてほしい」
その予知の事をセイアは語る。赤い空、迫る何か、六つの大きなサンクトゥムタワー、最後に銃を向ける歪なヘイローの生徒と黒い大きな鳥。ほとんどの事は分からないが、一つだけわかる事もある。
「六つ?」
「そう、六つさ。気がついただろう? エネルギー反応の数と同じ。偶然で片付けるにはいささか早計だと思うよ。それに彼女の説明を聞いた後だと信憑性が増すんじゃないかい」
「貴女の言う、その柱が生成されると。そう言う事ね。まだ推測の域を出ないけれど、切り捨てるには材料が足りないわ。情報が足りない」
リオはナギサとセイア、ミカの方を向いて、はっきりと告げた。
「ミレニアムに、エネルギー反応を調べさせてほしい。勿論情報は共有するし、協力も惜しまないけれど、貴方たちも協力してほしい。私たちだけでは手が足りないの」
「私には反対する理由が無いよ」
「そうですね。同じく反対する理由はありません」
セイアとナギサは賛成の様だった。残るは聖園ミカだが、ポツリと呟くだけだ。
「先生やナギちゃんたちの助けになるなら、いいよ」
「ありがとう。早速、準備を始めるわ」
張り切った様子で、リオは後輩たちの方へと戻っていく。リオの思うようになって実に喜ばしいが、カヤツリにはまだやることが残っている。実に面倒くさい作業が。
「頑張ってくるといい。幸運を祈るよ」
セイアの、面白がるような声を背に、カヤツリはゲヘナの方へと向かった。
□
万魔殿はまだ帰ってはいなかった。帰ろうにも出口がごった返していてどうしようもないらしい。万魔殿にとっては不運だが、カヤツリにとっては幸運だった。
「……キキッ。カヤツリか。トリニティ共との話は楽しかったようだな。えぇ?」
「先に来なかったぐらいで怒ってるのか?」
マコトは不機嫌そうだった。前に傾いた軍帽から鋭い目が覗いて、カヤツリを睨んでいた。マコトは声を荒げて、騒ぎ出す。
「当然だろう! 貴様はゲヘナを優先すべきだ。トリニティ共はアビドスに何もしないだろう? 会合の邪魔をした連邦生徒会共もだ。ならば、ゲヘナの、この万魔殿のトップである、このマコト様の所に最初に来るのが筋というモノだ」
「珍しく、筋の通ったこと言うな……」
用意された椅子にふんぞり返るマコトに、カヤツリはたじろぐ。こればかりは筋が通っていたからだ。今から、このマコト相手に、トリニティとの協力を飲ませなければならないのだ。非常に骨が折れそうだ。
「話を一つ持ってきたんだが」
「ミレニアム、トリニティとの協力の話か? 断る!」
「一応、理由は聞くがなんでだ?」
大体の理由は想像できるが、会話のフック代わりにカヤツリは答えを待つ。マコトは当然と言うように宣言する。
「トリニティと同格というのが気に食わん!」
「リーダーにすると言っても?」
「……いや。断る!」
リーダーという響きにマコトは迷ったようだが、何かに気がついたのか、考えを変えなかった。
「なぜ、面倒な仕事をしなければならん。ゲヘナの仕事ではなくミレニアムやトリニティのための仕事など真っ平ごめんだ!」
「チッ。勘のいい……」
表向きのリーダーにして、面倒そうな仕事を押し付ける算段だったのだが。当てが外れてしまった。我儘な子供をなだめる気分だ。
「はぁ。いいよ。じゃあ頼まない。どうなっても知らないが」
「私を脅す気か?」
マコトが逆にカヤツリに対して恫喝するが、カヤツリはそんなつもりは無い。カヤツリが何かをする訳では無いけれど、脅しには変わらないのだが。
「良く考えてみろよ。これは先生不在の緊急事態なんだ。まさか本当に連邦生徒会の陰謀だと思ってる訳じゃないだろうが、少なくとも何かに巻き込まれてる。それを放置するのは勝手だよ。でも他の学園から見たらどう見えるかな」
決していい方向には見られないだろう。でも参加すれば逆の結果になる。カヤツリが何かをしなくても、この状況になった時点で選択肢はあまりないのだ。
「貴様……」
「嵌めておいてなんだが、実際何が気に入らないんだ? どうせある程度は盗み聞きしてたんだろ」
苦虫を噛みつぶした表情のまま動かないマコトに、カヤツリはしびれを切らした。マコトはバカだが救いようのないバカではない。これを断るメリットもデメリットも分かっているはずだ。その証拠に、様子を見ているイロハも訳の分からなそうな顔をしている。ここで意地を張ったところで万魔殿の株が落ちるだけだ。
「貴様のそういうところは気に入らん。見るに堪えん。貴様ならゲヘナの諜報部の実力は知っているだろう? 連邦生徒会の木っ端共やトリニティ共に媚びを売る必要はないはずだ」
「媚びを売る? そっちには、そう言う風に見えているわけか」
「見えるも何もその通りだろうに」
「後輩が行方不明なんだよ。取れる手はすべて使う。先生を探すのも、他の学園に頼るのも。もちろん一つの手ではあるけれど、手段を選ぶ余裕はない。だから、ここには最後に話を持ってきたんだ」
カヤツリとしては、連邦生徒会がどうなろうが、自身のプライドとか、万魔殿にどう思われようが、今はどうでもいい。大事なのは先生とシロコの行方と安否だけだ。だから断れないように嵌めた。ただ、カヤツリの答えにマコトの表情が変わった。いけ好かなさそうな表情から、いつものモノに戻っている。不敵な笑みに。
「……クキキッ。なるほど? 貴様は万魔殿を、私を、そこまで評価したわけだな? この非常事態で、トリニティではなくゲヘナへ。だからこそ最後に話を持ってきた。いいだろう。貴様の考えに乗ってやろうではないか。寛大な私に感謝するといい!」
どういった心境の変化か知らないが、マコトの機嫌が直っている。正直、カヤツリにはその理由は分からない。はっきり言って、重要なピースではあるが、対応がめんどくさいから逃げられないように嵌めたと言っているのに。マコトが喜ぶ要素が分からない。まさか本当に、後回しにされたから腹が立ったのだろうか?
「クキキキッ。行くぞイロハ! 私達の前座にされたトリニティの間抜け面を拝みに行こうではないか! 真打の登場だ!」
「本当に、めんどくさいですねぇ」
意気揚々とトリニティの方へ向かうマコトの笑い声と、それを眺めるイロハの面倒くさそうな声が。やけにカヤツリの耳に残った。