ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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132話 連邦生徒会襲撃

「まさか、カヤツリがシロコちゃんみたいなことを言うとはね……ほら、持ってきたよ」

 

 

 あの電話から数時間後に、ホシノは約束通りカヤツリの所まで来てくれていた。呆れとも、何ともつかない表情で、ドサリとホシノは頼んでおいた荷物を下ろす。そこにはカヤツリの望み通りの物がしっかりと入っていた。カヤツリは中身──かつての装備を身に着けていく。

 

 

「それで、説明してくれるんでしょ? まさか、電話口のあれだけで終わりなんて言わないよね」

 

 

 ため息交じりにホシノは、頭上を見上げながら言う。ホシノの視線の先にはすっかり人気のなくなった連邦生徒会本部とサンクトゥムタワーがそびえている。今から二人でここに忍び込むのだ。ホシノの疑問も当然ではあるのだが、嫌な予感がする。電話の時とは違って不機嫌そうからだ。

 

 

「納得も何も、先生とシロコの場所を……」

 

「それは分かってるよ。私が聞きたいのは、どうして今ここに私とカヤツリしかいないのかってこと。ミレニアムとゲヘナ、トリニティは? まさか押し付けられたんじゃないよね?」

 

 

 ホシノは怒ったように辺りを見回す。どんなに探しても彼女たちは見当たらない。ここには居ないからだ。

 

 

「役割分担だよ。皆で仲良くここに突撃するわけじゃない。いつかの銀行強盗じゃないんだからな」

 

 

 別にここを占領したいわけでは無い。ただ、セントラルネットワークにアクセスしたいだけ。そのために連邦生徒会本部の占領は本末転倒にすぎる。リスクとメリットが釣り合わない。

 

 

「人気が無い時間まで待ったとはいえ、まだ室長連中が中に残ってる。多分、明日の不信任決議案の話し合いだろう」

 

「そいつらを脅して、黙らせて、そのセントラルネットワークを使うんでしょ? 人数が少ないからって、他の学園は高みの見物? それこそ人手がいるのに。カヤツリだけに泥を被せようとしてない?」

 

 

 ホシノは真剣に怒っている。言動からして、自分たちが捨て駒にされると思っているらしかった。

 

 

「そうなら、私は許さないよ。他の学園からそんな事を考えた奴を引き摺り出すまで許さない。出しても許さないけど」

 

 

 ヤケにヒートアップしている。流石に電話口で、連邦生徒会の襲撃とそれに必要なものしか言わなかったのはマズかったかもしれない。

 

 電話口でホシノは聞き返さなかったから、てっきりアレだけで理解できたのかと思って感心していたのだが。明後日の方向へと理解がいったようだ。アビドスの銀行強盗と同じように考えているようにも見える。

 

 

「まだ向こうの準備に時間が掛かるから、最初から説明する。ここで騒ぐと気づかれそうだし……」

 

 

 荷物を漁る手を止めて、カヤツリはここから少し離れた場所を指差した。ホシノはまだ険しい顔のままだったが、言うことを聞いてそこまで移動してくれた。

 

 

「前提条件として、今回の連邦生徒会の襲撃は隠密作戦だ。ブラックマーケットの時とは違う」

 

 

 求めるものが難しい場所にあり、力づくで手に入れるしかない。その点ではあの時と同じだ。唯一違うのは相手の立場だった。

 

 

「あの時の相手は犯罪者だった。だから、ある程度バレても逃げ切ることが出来た。向こうも痛い腹を探られたく無いからな。深追いはしてこない」

 

 

 でも今回は違う。反体制側ではなく体制側だ。それは向こうの方が正しいと言う事だから、侵入がバレればしつこく追ってくるだろう。ならば、終わった後の事や、もしもの事を考えなければならない。

 

 

「これは明確なクーデターだ。幾ら正しい目的の為とはいえ、連邦生徒会に襲撃をかけた事には変わりない。足がつくような事は減らしておくべきだ」

 

「だから、私たちだけなの?」

 

「足手まといはいない方がいいだろ? それにホシノなら安心だからな」

 

 

 潜入には慣れているし、昔に何回もやった事だ。ただ久しぶりではあるからフォローは出来そうに無いし、一人は流石に不安だ。だから、ホシノに来てもらったのだ。

 

 

「へぇ……ふぅん……そうなんだ。じゃあ、他の学園には何をさせたの? 役割分担とか言ってたよね? その言い方だと他の仕事があるみたいだけど」

 

 

 急にホシノの機嫌が良くなった。当たり前のことを言っただけなのに。険しかった表情が随分柔らかくなっている。

 

 

「ミレニアムは電子面を担当する。セントラルネットワークの捜索はすぐには終わらないからな。終わった後は痕跡を消すために、電子データと履歴の改竄をしてもらう」

 

 

 カヤツリは小さな手のひらサイズの機械を取り出す。これを使えば遠隔で、リオが先生とシロコの分のデータを探してくれる。今回、侵入してやる事はこれだけだ。

 

 

「ゲヘナは? ミレニアムみたいに器用なことは出来なさそうだけど」

 

 

 さらっと酷いことを言うホシノに苦笑する。確かにそうかもしれないが、言い方というものがあるだろうに。

 

 きっと、連邦生徒会襲撃案もゲヘナが出したと思っているのだろう。実際はトリニティからだと知ったらどうなるのか、多少の興味はあるが。今はそれどころではない。

 

 

「ゲヘナに頼んだのは戦闘部隊だ。先生救出のためのな」

 

「トリニティじゃダメなの? 目的を見失って先生ごと撃ちそうなんだけど?」

 

「ゲヘナじゃなきゃダメだ。ここはD.U.地区なんだ。アビドスでも、トリニティでも、ミレニアムでもない」

 

 

 D.U.地区は連邦生徒会管理だ。だから、トリニティは正義実現委員会などの下部組織を動かせない。組織だった戦闘部隊を普通に送り込めば領域侵犯になる。それはアビドスもミレニアムも例外ではない。ゲヘナだけが例外だった。ゲヘナだけが、それらしい理由をつけられる。

 

 

「ゲヘナには居るだろう? 他の学園の敷地に入っても、あまり違和感のない集団が」

 

「便利屋68? でも、人数が……」

 

「理由があればいいんだよホシノ。領域侵犯しても誤魔化せる理由が。それを俺たちはされたことがあるだろう?」

 

「風紀委員会の時……!」

 

 

 納得がいったというように、ホシノは正解の答えを呟いた。あの時の風紀委員会はアビドスへ、正確にはカイザーの土地への領域侵犯だが。あの時にやられたことをそのまま繰り返す形になっている。実は美食研究会をデマで釣って突っ込ませる案も出たが、あまりにも動きの予想ができないため没になっていたのは秘密だ。

 

 

「自治区の不良生徒を追っていたら、うっかり自治区に侵入してしまいました。偶々、本当に偶然、拉致された先生を見つけました……そういう筋書きになっている」

 

「まさか、全員に伏せたまま?」

 

「ヒナとマト、それとムツキとカヨコには言ってある。先生が行方不明であることと、D.U.地区への侵入と捜索。その言い訳の為に力を貸してほしいって」

 

 

 細かいところの調整と連邦生徒会への言い訳は万魔殿がすることになっているし、大まかな場所の見当はついていた。カヤツリはその理由をホシノへ説明する。

 

 

「今回の実行犯は防衛室だろう。誰が主犯かは知らないが。それなら、監禁場所には自分の息が掛かったところを使うはずだ。文字通りの牢屋をな。その中の一つに先生は居るはずだ。恐らく看守もいる」

 

 

 その意見は全員一致したのだが、問題は数だった。D.U.地区には数えきれないほどに留置所とそれを備えたヴァルキューレの詰所があった。距離も相応に離れているときている。あの言い訳では全てをしらみつぶしに探すことはできないから、セントラルネットワークで捜索範囲を絞る必要があった。

 

 

「それで、トリニティは? 正直、何をさせたのか全く分からないんだけど。ゲヘナの手伝い? 絶対やりたがらないよね?」

 

 

 ホシノの言葉の通りだ。彼女たちはゲヘナの尻拭いなどはやらないだろう。かといって、自由にできる戦力も今は無い。でも、ゲヘナとは違う強みが彼女たちにはあるのだ。……決して褒められたものではないかもしれないけれど。

 

 

「トリニティの役割は、侵入経路の確保だよ。ほら」

 

 

 カヤツリは、本部の入り口の脇。しっかりと閉まっているように見える窓を指さす。よくよく見れば鍵が開いている。実際には開けてもらったのだが。

 

 

「ああ、連邦生徒会役員にもトリニティ出身の生徒は多いんだね。その人に開けてもらったの?」

 

「そう。それに向こうが独自に気を利かせたらしくて、性格が悪いと言うか……」

 

 

 自信満々に方法を説明するセイアとナギサを思い出す。中々に人の心がないと言うか、むしろ分かっているから、ここまでできると言うか。カヤツリは少し身震いする。

 

 

「一人じゃなくて、複数人に。それも役職持ちじゃなくて、ヒラの役員に。それも簡単な事だけをやらせてるんだよ」

 

 

 一人に全てを任せれば、秘密を抱えきれないだろう。役職持ちに任せれば、トリニティではなく自分の役職への保身に走るかもしれない。複雑なことを任せれば、ミスだってするかもしれない。

 

 だったら、そうならないように。一人ではなく、複数人で。責任がある役職持ちではなく、責任がないヒラの役員に。複雑な多くの手順ではなく、簡単な単純作業を複数に。

 

 それは、トリニティらしい。一般人の、本当にそこらを歩いている人間の思考をよく考えた手だった。複数人なら責任は分散する。責任がないのなら自分の身を優先する。そして簡単な物なら良心の呵責は無いに等しい。

 

 もし見つかっても、言い訳があるのだ。”鍵を閉め忘れただけなんです”、”警報装置の電池の入れ替えを忘れていたんです”、”少し監視カメラに物をぶつけてしまっただけなんです”、などなど。

 

 一つ一つは単純だ。何という事はないミスだ。けれど、それが積み重なって、連邦生徒会本部への侵入経路が形成されていた。

 

 

 ──目撃者全員が共犯なら、それは完全犯罪なのさ。急行列車の殺人事件のようにね。

 

 

 そう言いながら、あの時のセイアは人の悪い笑みを浮かべていた。その笑顔と雰囲気に、マコトすら引いていたのを思い出した。外の寒さとセイアのせいで腕に鳥肌が立っている。腕時計を何ともなしに見れば、説明を始めて数分が経っていた。そろそろ自分の準備が終わるから、ホシノにもインカムを投げ渡す。

 

 ホシノは黙ってそれを受け取って、耳に付けている。ホシノの全身を見れば、防弾ベストにハンドガン、グレネード各種。いつものショットガンとシールドと本気の装備だった。自分が頼んだとはいえ、詳しい説明もなしに、その装備をしてきてくれるということは。途中で説明を求めたり、他の学園に怒ったりもしていたけれど、なんだかんだ言って乗り気なのだ。だから、説明を途中で聞いてこなかった。浮かれていたのかもしれない。

 

 これまでの説明で満足したようなホシノを温かいまなざしで見ていると、インカムから雑音がし始めた。

 

 

『こちら側の準備は出来た。そろそろ作戦を開始してくれ』

 

「分かった」

 

「ほら、カヤツリ。行くよ」

 

 

 オペレーター役のセイアの宣言と同時に、ホシノとカヤツリの二人は立ち上がって、侵入経路である窓へと向かう。もう説明も必要ない。二人も、ここに居ない各々も。やるべきことは分かっているし、それぞれがベストを尽くすだけだからだ。

 

 そうして、ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム、アビドスによる連邦生徒会への襲撃、もとい潜入が始まった。

 

 

 □

 

 

 トリニティの仕込みのお陰で、目的の部屋にはすぐ着いた。道中誰にも出くわさなかったし、細工されて拡大したカメラの死角を通り抜けてきたから、潜入は完璧だった。幸いにも部屋の中には誰もいない。

 

 恐らくこれだろうと言う端子を見つけて、例の機械を繋ぐ。それと同時に、幾つもあるモニターが明滅した。

 

 

『ミレニアムが仕事を始めたよ。しばらくこの状態を維持しておいてくれ。向こうから終了の報せが来たら、また連絡する』

 

 

 セイアの言葉の通りにモニターの幾つかで処理が進んでいるようにも見える。自分では到底出せない速度でウィンドウが流れていく。

 

 

「後は待つだけ? 簡単に終わったね」

 

「少なくとも誰かと出くわすとは思ってたんだけどな……」

 

 

 カヤツリは不満そうな声を漏らして、自分の頭を覆う覆面を弄った。勿論ホシノの頭にも装着済みで見た目だけなら本当にあの時の銀行強盗だった。あの時とは違って、先生とシロコは居ないが。

 

 

「シロコちゃんが後から聞いたら、悔しがるだろうね。”どうして連れて行ってくれなかったの!”って」

 

「……簡単に想像できるな。しばらくはご機嫌取りに苦労しそうかな」

 

 

 頭の中でシロコがふくれっ面をしている。これはあくまで妄想ではあるが、現実の場合でもしばらくは機嫌を直してくれないだろう。

 

 

「それにしても、シロコちゃん。どこに居るんだろう……」

 

 

 ポツリとホシノがそう呟いた。それに対して、カヤツリはすぐに声を掛けられない。

 

 何も分からないからだ。だから、今ここに来ている。それに、適当な予想を言うのはカヤツリは嫌いだった。それはホシノも分かっているのか、それ以降は黙ったままだ。答えを期待しての言葉ではなく、思わず出てしまったといった感じだ。

 

 

「そういえばさ」

 

 

 流れる沈黙に居た堪れないのか、ホシノが少しだけ明るい声で話を切りだした。

 

 

「……どうして、カヤツリは今回の黒幕が防衛室だと知ってるの? 隠してたことは怒らないから、言ってみなよ」

 

 

 静かに、微笑みながらホシノがカヤツリに言う。ホシノはどこか確信めいたものを持っているようだった。半端な誤魔化しは聞かないことがすぐに分かる。

 

 

「理事がPMC基地で言ってた事を覚えてるか?」

 

「うへぇ……私への悪口? あまり思い出したくないんだけど」

 

 

 カヤツリは思わず小さく笑う。それに対して、ホシノは不満そうに、声を落として反論した。

 

 

「何がおかしいのさ。そりゃあ、今から思えば、とんでもない醜態ではあったけどさ。そこまで笑うことは無いんじゃない?」

 

「いや、悪い。そっちじゃない方だったのに。ホシノが変な勘違いをするから……俺に言った方だよ。一緒に仕事をしようとか何とか」

 

 

 ──私の所へ戻るといい。また昔のように一緒に働こうじゃないか。

 

 

 かつての言葉を思い出す。一緒に働いたと、彼は言ったが。別に理事の秘書のようなことをやっていたわけでは無い。むしろ今のようなことが多かった。セイアの後ろにいるだろうナギサの立ち位置が理事に替わっただけだ。

 

 

「まぁ、悪いことを色々やったんだが。悪い大人の護衛とか、ライバル会社への破壊工作とか、PMCの仕事とか。時々、エス……なんだったかな? 何とかの訓練とかもやった」

 

 

 今の装備はその時の装備だ。先輩に会ってしばらくしてから、全く使わなくなって旧生徒会室で埃をかぶっていた物。ホシノとの初仕事のドローンだってそうだ。今回はミレニアムに電子関係を任せる都合上使えなかったが。

 

 

「それで、その仕事をやる前に、必ずと言っていいほど、絶対にやることがあったんだよ。理事からやれって教えられたんだけど」

 

「何? 碌でもない事なんだろうけどさ」

 

 

 ホシノの言葉に心の中でカヤツリは同意する。確かに碌でもない事だから。碌でもないからこそ、今回の事に思い至ったのだし、連邦生徒会の事をハナから信用などしていなかったのだ。

 

 

「”防衛室に鼻薬を嗅がせる事”つまりは賄賂だな。それでお目こぼしをしてもらってた。早い話が腐ってたのさ。ここ最近じゃなくて、ずっと前から。数年単位で」

 

「えぇ……だから? だから怪しいって思ったの?」

 

「うん。だって疑う余地はないだろう? 全身腐ってたのか、末端までなのか、頭だけなのかは知らないけどさ」

 

「呆れた……」

 

 

 ホシノは呆れかえって、これ以上の言葉がないのか。目を丸くして大口を開けたまま固まっている。当然ではあるが、そうなのだ。治安維持組織が犯罪組織とズブズブなど笑い話にしては出来が悪い。最悪なことにこれは現実の話なのだが。

 

 

『待機中悪いが、緊急事態だ。ミレニアムとゲヘナにも繋いでいる』

 

 

 インカムから、セイアの焦ったような声が聞こえる。セイアが焦るのは珍しいから、余程の事だ。カヤツリの全身に緊張が走った。

 

 

『まずはモニターを見て頂戴。ついさっきの映像よ』

 

 

 モニターの一つが切り替わる。この建物内の監視カメラの映像らしく、上から取られた映像だ。

 

 部屋には見覚えがあった。午前中に使用した会議室だ。そこには複数の人物が向かい合って立っていた。密談と言った雰囲気ではない。もっと物々しい。

 

 連邦生徒会長代行が、ホログラムのロボットと軍服を着たロボット、銃を持った戦闘員に囲まれている。カヤツリはそのロボットに見覚えがあった。

 

 

「プレジデントとジェネラル……」

 

 

 カイザーコーポレーションのトップであるプレジデントと、理事の後釜でPMCを統括しているジェネラルだ。連邦生徒会に何故いるのか。その理由はカヤツリには分からないが、それはすぐにリオが言ってくれる。

 

 

『監視カメラ映像を遡って確認したわ。私たちが来るより前に侵入していたようね』

 

「だから、人気がこんなにもなかったのか……」

 

 

 恐らく、道中で誰にも会わなかった理由がこれだ。きっとどこかの部屋に監禁されているのだろう。カヤツリの呟きを聞いたのか、セイアが彼らがここにいる理由を話し出す。

 

 

『防衛室が治安維持を民間企業に委託したと言っただろう? いくつもの子会社で隠蔽してはいたが、大元は全てカイザーPMCだ。君の話を聞いてから、こちらでも調査した結果が今目の前で起きている”これ”さ』

 

「雇用契約で縛ってるからって、安心してたのか?」

 

『……きっと、表面上は知っている気になって、本当の意味では知らなかったんだろう。彼らが、いとも容易く裏切る怖い大人だと。だから、自分たちが賢いと思っていた子供──防衛室は食い物にされたのさ。室長や先生が行方不明なのもカイザーのせいかもしれないね』

 

 

 確かにこの世界は契約が強い力を持つ。それはカイザーとて同じことだ。だから、防衛室は安心していたのかもしれない。ただ、契約はそこまで気が利くわけでは無い。抜け道などいくらでもある。雇用契約などでは完全に縛れない。自分なら抜け道がいくつも思いつく。

 

 

『悪い報せというのは、まだあってね。リオが言うには、今。シャーレからサンクトゥムタワーに電子上で要請が来ているらしい。”行政権を渡すように”と。今、システムに侵入しているミレニアムが必死で止めてくれているが時間の問題だ。長くはもたない』

 

『……クキキ。盗み聞きした範囲では、彼奴らは防衛室に任命された治安維持組織として、キヴォトスを統治すると言う寝言を言っている。おそらくは行政権を奪った後に、戒厳令を出すつもりだ。その後は古代兵器とやらを起動するらしい』

 

「敵の数は?」

 

『カイザーPMCのほぼ全ての兵力ね。各階にかなりの数が詰めているわ。きっとシャーレや他にもいるでしょう』

 

 

 ちらりとホシノを見るが、ホシノは首を横に振る。流石にこの数は二人で相手するのは無謀だと言わざるを得ない。カヤツリに追い打ちをかけるように、さらにセイアが悪い報せを持ってくる。

 

 

『こちらも急いで自治区からD.U.地区に追加戦力を向かわせているが……私たちの自治区よりも近いとはいえ便利屋68も風紀委員会もまだD.U.地区の外だ。おそらく間に合わない。戒厳令が出されてしまえば、交通機関が全て止まり、通信網も使えず、D.U.地区は陸の孤島と化す。そうなれば今の君たちしか戦えない』

 

 

 詰みだ。どうしようもない。

 

 カイザーを撃退するには戦力が必要だ。戒厳令が出される前には間に合わない。出されたらD.U.地区には入れない。戦力は用意できるが、その権利がない。

 

 

「要請の足止めしかできないのか?」

 

『そうね。先生が要請をするための何かがシャーレにあるのでしょう。権限は向こうの方が強いから、要請自体を却下はできない。今は無駄な認証を挟んで回り道をさせているに過ぎないのよ』

 

『案外、ミレニアムも役に立たんな。これなら、最初の予定通り全員でクーデターでもした方が良かったのではないか?』

 

「今、なんて言った!?」

 

 

 カヤツリの口から、思わず強い言葉が漏れた。向こうでマコトの息の飲む音がする。

 

 

『気持ちは分かるが、カヤツリ。当たるのはよし給え……』

 

「違う! こっちで要請はできないのか!」

 

 

 今度は、この場にいる全員の息の飲む音がした。

 

 

『……向こうの要請に便乗するわ。今、実際にサンクトゥムタワーに居るのは貴方たち。連邦生徒会は機能停止中。誰に渡すかは要請の中には含まれていない。それならできるかもしれない。いえ、やってみせる』

 

 

 それができるなら、何とかなるはずだった。カイザーよりも先に、こちらがD.U.地区の行政権を奪い取るのだ。そして、全学園に対して宣戦布告でも、全学園に対する銀行強盗でも、なんでもすればいい。そうすればカイザーは逃げられない。治安維持組織として統治すると言ったなら、行政権を持つこちらの命令には従わなくてはならない。そうするつもりだったのなら、防衛室ともそういう風にとれる契約をしたはずなのだ。

 

 

『行政権によるカイザーPMCを兵力とした全学園に対する敵対宣言……確かにそれなら、何とかなるだろう。行政権は簡単に移譲できるものではない。だとすれば時間稼ぎとしては申し分ない上に、我々も部隊を出すに足る理由になる。だが、その意味を分かっているのかい? 君たちは追われる身になる。カイザーからも、事情を知らない他校の生徒からも』

 

「他に手があるか?」

 

 

 セイアは黙り込んだ。他に手は無いからだろう。よく考えればあるかもしれないが、今はその時間がない。セイアに続いてリオも心配そうに告げる。

 

 

『行政権を貴方たちに譲渡させた後、先生の行方を最優先で捜索するわ。先生なら、収拾が付けられるでしょう。それまで、貴方たちはカイザーからも、他校の生徒からも逃げなければならないのよ?』

 

『クキキキッ。良いではないか! こういうのは派手にやらんとな! 骨くらいは拾ってやろう!』

 

 

 マコトが通信の向こうで大笑いしている。それくらいの方が、カヤツリにとっては気が楽だった。カヤツリが考えを変える気がないと分かったのか、通信は一旦切れる。

 

 後は、戦闘の準備をするだけだが、その前に大事なことがあった。

 

 

「ホシノ。ごめん」

 

 

 カヤツリはホシノに向けて頭を下げた。ホシノを巻き込んでしまったからだ。カイザーと生徒がごっちゃになった、地獄の鬼ごっこに。

 

 

「私に悪いと思ってるの? 本当に分かってないね。カヤツリ」

 

 

 ホシノは気まずそうなカヤツリとは逆に、嬉しそうだった。今までにないくらい上機嫌かもしれない。

 

 

「こんな大事件に置いて行かれた方が嫌なんだよ。前にも言ったけどね。私には幾らでも迷惑を掛けていいの。クーデターでもいいよ。今回は理由が理由だしね」

 

 

 ゆっくりとホシノはカヤツリに近づいて、顔を上げさせる。覆面でよく分からないけれど目は笑っている。

 

 

「やっと、最初からカヤツリと一緒に何かできるんだよ。それも、私の得意分野。これが悪いってカヤツリは思うの?」

 

「……思わない」

 

「なら、気にしないで。一緒に居るって約束したでしょ。それなら私に悪いと思うよりも、考えることが沢山あるんじゃない? 今はそうした方が良いと、おじさん思うな」

 

「分かった」

 

 

 それなら、もう気にしない。はっきりとカヤツリが覚悟を決めると同時に、リオから通信が入る。

 

 

『準備ができたわ。行政権の移譲先の名前を言って頂戴』

 

 

 移譲先は実在するものでなくてはならない。適当な名前や即興で考えた名前は使えない。かといって、本名や学校名を使うわけにはいかない。でも、カヤツリには一つ丁度いいのが思いついていた。ホシノもそのようで、笑いながら呟いている。

 

 

「ノノミちゃんや皆、ヒフミちゃんにも謝らないとね。それと、シロコちゃんにも」

 

 

 それはその通りかもしれない。けれど、それは全てが終わってからだ。カヤツリはリオに、はっきりと移譲先の名前を告げた。

 

 

「移譲先の名前は覆面水着団。覆面水着団だ」

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