ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
ジェネラルは上機嫌だった。
全てが予定通りに進んでいる。防衛室の底の浅い嫌がらせに便乗する形での、連邦生徒会襲撃が成功したのもある。まさか、先生の拉致が連邦生徒会の機能を停止させるまでの影響を及ぼすとは思いもしなかった。
目の前には、連邦生徒会長代行がこちらを睨みつけるでもなく項垂れている。
想像するに、敵意を向けるよりも先に、この状況の詰み具合を察して反抗する気が折れたようだ。流石に代行だけあるとジェネラルは感心する。あのカヤとかいう防衛室長よりも、しっかりと現実が見えている。
「……そろそろか。シャーレの部隊から連絡は?」
「はい。現在はプレジデントのおっしゃった通りに、シャーレ地下にあるクラフトチェンバーでの作業が進行中です。後、数十分で作業は完了するとのことです」
部下の報告にジェネラルは満足して頷く。全てが順調だ。このまま行政制御権を奪い、サンクトゥムタワーの制御権を頂く。アビドス砂漠から掘り出した古代兵器の起動に必要という理由もあるが、サンクトゥムタワーの制御権にはそれ以上の意味がある。
アレを手に入れるという事はキヴォトスの支配者である事も同義だ。つまり、キヴォトスの支配というカイザーの悲願が目の前にある。上機嫌にもなろうというものだ。
そして数十分後に、ジェネラルに最高の知らせが舞い込む。クラフトチェンバーの方の準備が終わった知らせだ。
「終わったようです。いつでもいけます。プレジデント」
『やれ』
「了解しました」
ジェネラルは部下へ行政制御権の移譲を命令する。しばらくすると、部下から成功の連絡が入った。しばらくして、サンクトゥムタワーからの光が弱まる。
──成功だ。
勝利を確信したジェネラルは、喜びを隠し切れない声でプレジデントに報告する。
「これで我々の勝利です。プレジデント」
『フフ、遂にか。キヴォトスにとっても学園都市より企業都市の方が響きもいいだろう。これでカイザーに刃向かう者はもういない』
部屋の中に、プレジデントとジェネラル。大人二人の笑い声が響く。
あまりに呆気ないが、勝利とはこういうモノなのかもしれない。いつもの仕事と同じで、終わってしまえば何という事はない。
『早速、黒服とやらが言う箱舟を起動しよう。祝砲は派手な方が良い。サンクトゥムタワーの制御をこちらへ寄越せ。直ぐに起動する』
プレジデントの浮ついた声に、同じように”了解しました”と返そうとしたジェネラルは、部下の差し出す端末を受け取って、頭が真っ白になる。
『どうした? 早くしろ』
催促するプレジデントの声も遠くに聞こえる。あり得ない事態が起こっている。
「……ありません」
『何?』
「……サンクトゥムタワーの制御権がありません! それどころか行政制御権すら……!」
やっとのことで絞り出したジェネラルの声にその場は凍りつく。それはあり得ない事態だった。確かにクラフトチェンバーの操作は成功したはずだ。
その証拠に、サンクトゥムタワーからの光は弱まっている。それは確かに制御権が変更された証だからだ。
『貴様! 何をした!』
プレジデントは代行を怒鳴り付けるが、彼女は固まっている。恐怖よりも驚きでだ。彼女ではない。代行の権利を失った彼女には何も出来ない。だから、彼女も驚き固まっているのだ。
カイザーでも、連邦生徒会でも、代行でも無い。制御権はどこへ行ってしまったのだろうか。
その場の全員の疑問に答えるように、部屋のスピーカーが音を立てた。
『ラジオやテレビ、パソコン、もしかしたら携帯の前の、キヴォトスにお住みの皆さん。こんばんは』
女の声だった。どこにでもいる少女のような、至って普通の声。誰でもない誰か。街中や電車の中で良く聞くそれ。それがジェネラルやプレジデント、PMC兵たちがいる部屋だけでなく、連邦生徒会本部中に響いていた。
『ラジオや外出中の方はごめんなさい。音声だけのお届けになってしまいますが、どうかご容赦ください』
「……何だこれは」
茫然とジェネラルは言葉を漏らす。だって、考えても見て欲しい。もう少しですべてが手に入りそうだったのに。それは自分の手から零れ落ちて、こんな訳の分からない放送を聞かされているのだから。
「……ジェネラル。どうやら、D.U.地区だけでなく、キヴォトス全ての回線や動画サイトにこれが流れているようです。ここは音声だけですが……」
「見せろ」
ジェネラルは部下のPMC兵から私物であろう端末を奪い取る。その端末では動画サイトが開かれていて、画面の中では紙袋に覗き穴を二つ、目の様に空けて、額の部分に数字の5が書かれた物を被った人物が。暗く、後ろに光源代わりの大量のモニターが点灯する部屋。その中に”それ”は椅子に座っていた。
”それ”の首から下は、カーテンか何かのような布で覆われて、体の大きさも分からない。ぱっと見れば、出来の悪いテルテル坊主のようにも見える。
”それ”の名前を。それが属する集団の名前を。ジェネラルは知っていた。
『私の名前はファウスト。いたって普通の、善良なキヴォトス市民です。今日は私と同じくキヴォトス在住の皆さんに、とても大事なお知らせがあります』
ジェネラルは大きく舌打ちした。何が”いたって普通の、善良なキヴォトス市民”だ。嘘も大概にして欲しいものだ。彼女が、彼女たちがやったことは良く知っている。
ブラックマーケットからの現金強奪。それも、よりにもよって今まで難攻不落だった闇銀行からだ。あれの後始末は思い出したくもない。
カイザーローンの現金輸送車が全ての発端だったことが、他の闇企業に発覚し、ブラックマーケットでのカイザーコーポレーションの立場は大打撃を受けた。禊の為に犯人達を捕まえようにも、足取りが全くつかめない。監視カメラ映像は消されていたし、盗み出した多額の現金も使われた形跡がないから、どうしようもなかった。彼女たちは特徴的な服装をしている。大きな数字の入った目出し帽。実に特徴的なそれに、目を奪われて他の特徴を覚えられないのが厄介だった。
おかげで、彼女たちは伝説になってしまった。伝説の銀行強盗団、覆面水着団として。ファウストはそれのリーダの名前だ。
『今、私はサンクトゥムタワーの制御権を手に入れました! はい! 皆さん拍手! ……あはは、してもらっても私には聞こえないんですけどね。でも、これでこの放送が皆さんの元に届けられている事に納得ができたと思います』
ジェネラルは眩暈がした。何をどうしたか知らないが、自分たちが手に入れた物は目の前で掻っ攫われたらしい。確かに、サンクトゥムタワーの制御権があればこれくらいの芸当は朝飯前だろう。
『皆さんは訳が分からないでしょう。どうしてそんな事をするのかと。私は優しいので、何人かいるかもしれない万年補習組の皆さんでも分かるように、初めから説明しますね』
画面の中で、ファウストは座った椅子でくるくる回っている。そのこちらをおちょくる様な態度に、端末を持つジェネラルの手に力が入る。
『連邦生徒会長代行の不信任決議案。それによる連邦生徒会の機能停止。あれが始まりでした。機能停止した連邦生徒会には最低限しか人はいないと思いまして、何か面白いものは無いかなと。まあ、散歩に行ったわけです。防衛室長も行方不明ですから、なおの事ですね』
ジェネラルの背中に悪寒が走る。何かこいつはとんでもないことを言おうとしている。そんな予感だ。
『そうしたら、面白い物を見つけまして。口で言うよりも見た方が早いですよね。百聞は一見に如かずとも言いますから』
画面が切り替わり、そこには見覚えのある背中が映っていた。あまり見る機会はないが、良く知っている。それはジェネラル自身の背中だったからだ。勿論周りの大勢のPMC兵も、脅されている代行もしっかり映っている。角度からして、部屋内の監視カメラだろう。
『はい。皆さんご存じ。いや、ご存じでない方もいるかもしれませんが。カイザーPMCの皆さんです。中々面白いことをしているようで、脇から、こっそり、お話を聞かせていただいたのですが……はい。驚きました。防衛室に任命された、栄えある治安維持組織の皆様がねぇ? 赴任当日にクーデターとは……しかも、代行を脅して、行政制御権とサンクトゥムタワーの制御権を要求? 面の皮が厚いと言いますか……まあロボットに面の皮は無いので、当然かもしれませんね?』
ジェネラルの握力に耐えかねて、遂に端末の画面にひびが入った。画面はかなり見づらくはなったが、憎たらしい紙袋は良く見える。紙袋はまだまだ、戯言を囀っている。
『そこで、善良なるキヴォトス市民の私が、間一髪でサンクトゥムタワーの制御権をかすめ取ったわけです。それが、今私が制御権を持っている理由ですね。私がいる場所も、もう分かったでしょう?』
このふざけた紙袋は、この建物内に居るのだ。それを察したジェネラルは部下に合図をする。彼らは頷いて、半数ほど部屋から静かに出て行った。
映像が切り替わった紙袋はクルクル回るのを止めていた。そのまま、紙袋のせいで表情が読めないが、恐らく笑っているのだろう。そんな声でこちらに問いかける。
『これが”とても大事なお知らせ”の内の一つです。”なんだ、こんなものか”と不満に思っていた皆さんも安心して下さい。まだまだありますから、きっとご満足していただけると思います。時に、話は変わりますが。皆さんは新しいおもちゃを手に入れたらどうしますか? 使ってみたくなりませんか?』
クスクスと紙袋は笑い声を出す。その割には身体は全く動いていないから、本人も面白いとは思っていないのだろう。
『ああ、皆さん”もう使っているじゃないか”なんて思ったでしょう? まあ、それは確かに部分的にはそうなのですが。キヴォトス全ての回線のジャックなんて序の口ですよ。準備にすぎません。やっぱり、こういうものはパーッと使わないと。あぶく銭なんてそんなものです。あぶく銭で思い出しましたが、私の趣味の話をしましょうか。皆さん何だと思います?』
答えなど返ってくるわけでもないし、どうせ碌でもない答えに決まっている。それをジェネラルは良く知っていた。今、嫌というほど思い知ったからだ。
目の代わりに二つ穴が空き、額に数字の5が書かれた紙袋。ファウストの身体的外見はそれだけだ。だから、伝説にあやかったのか、成り変わろうとでもしたのか。大量の模倣犯が出た。ジェネラルはそれらを全て確保して確認している。中に本物がいるかもしれなかったからだ。
だから、ジェネラルは確信できた。アレが本物だ。今までのような木っ端ではない。アレなら、難攻不落の闇銀行に襲撃を掛けてもおかしくない。
『これでも私は銀行強盗を趣味にしていまして、最近のはあれですかね。ブラックマーケットの闇銀行。覆面水着団とか名前だけなら聞いたことあるでしょう? それでですね。目標は高くと言うのが私の信条でして、闇銀行以上の目標を中々見つけられずにいたのですが。ついさっき良いことを思いついたのです』
ジェネラルは聞くに堪えない会話をギリギリのところで聞くことが出来ていた。プレジデントは、カメラ映像に切り替わった瞬間に姿を消している。彼特有の勘が警鐘を鳴らしたのもあるし、怒りが抑えきれないのかもしれない。
ジェネラルが我慢できる理由は簡単だ。放送が始まってから、この場を離れた部下のPMC兵から、部屋の見当がついたと連絡が入ったからだ。それなら、画面の中のこいつは哀れなピエロだ。怒りよりも憐れみと嘲りの感情が先に来る。
『私は銀行強盗がしたい。でも、闇銀行以上の銀行は無い。それなら、難度を上げるしかありませんよね。縛りプレイと言う奴です。ですから、ゲームをしましょう! 今からD.U.地区の銀行全てを襲います!』
中々、イかれた事をいうモノだと思う。D.U.地区の銀行はD.U.地区だけでなく、他自治区の取引のための金銭や、連邦生徒会の運営資金を保管している。それを根こそぎ奪われればD.U.地区だけでなく、他自治区の経済や連邦生徒会の運営にも影響が出るだろう。
つまり、他自治区の学園がなだれ込んでくる。その中で銀行強盗をしようというのなら、確かに縛りプレイだ。ただ、それなら、行政制御権やサンクトゥムタワーの制御権だけでも十分な気がする。
『さすがにそれは縛り過ぎなので、私も色々使います。あ! 今、何人か”サンクトゥムタワーを使うのはずるい”なんて思ったでしょう!? 大丈夫! 安心して下さい! それを使うのは、今のと次が最初で最後です。使うのは別のおもちゃですよ!』
「待て……貴様。まさか……」
ジェネラルは、その”おもちゃ”に心当たりがあった。その答え合わせはすぐに終わった。
『丁度良く、カイザーPMCの皆さんが使えるので。クーデターを企てたとはいえ、一応はまだ、D.U.地区の治安維持組織ですから。攻めてくるであろう他の学園の皆様の壁になってもらいましょうか。銀行強盗は時間が命。その大事な時間を稼ぐ役割を、信頼できる仲間ではなく、赤の他人に任せるのですから。これは立派な縛りプレイですよね!』
「この……どこまでも我々をコケに……!」
ジェネラルは限界に近づいていた。カイザーPMCをおもちゃ呼ばわりしたばかりか、壁扱いにしようと言うのだ。
心情的にはあの異常者に従いたくなどない。けれど、契約は絶対だ。このままでは、壁代わりにすり潰される未来が待っている。
『ジェネラル。奴がいるだろう部屋の前まで着きました。中から、声も聞こえます』
奴の居る部屋に向かった部下のPMC兵の声に、ジェネラルは平静さを取り戻した。奴を潰せば何とかなるのだ。契約はカイザーPMCを治安維持組織と認める事。治安維持組織である以上はD.U.地区を守らねばならないが、別に雇い主に歯向かうなとか、そう言った事は書いていないのだ。
それなら、今、部屋の中でふんぞり返っているであろう奴を潰してからでも遅くはない。アレがすべて悪いのだと、あの映像は偽造だと、奴に無理やり命令されたのだと言い訳が効く。かなり苦しいが、すり潰されるよりはマシだ。
『それでは、皆さん! 頑張ってください! ゲーム開始です!』
『もうすぐ突入します。三・二……』
実に機嫌が良さそうに、別れの挨拶をするのが滑稽だった。もうあと、ワンカウントでPMC部隊が突入する。実力は未知数だが、数の差というモノがある。どうとでもなるだろう。
『ああ、そういえば。言い忘れていました。この映像の私ですが……』
『一! 突に……』
『途中からお人形ですから。もう、そこに私はいませんよ? カイザーPMCの皆さんが、態々感想を言いに来てくれたのは嬉しいですけどね』
「は……?」
ジェネラルは思考停止した。さっきまで端末のこいつははっきりと動いていた。人形などであるはずが……
『カメラ映像の時にトイレに行きたくなっちゃいまして。居ないというのも見栄えが悪いでしょう? それで、直接会いに来てくれた方に何もないと言うのも悪いですよね。なので、お土産を置いておきました。そろそろ、分かるんじゃないでしょうか』
その瞬間、轟音と共に部屋が大きく揺れた。椅子や机は大きく動き、天井から埃が落ちてくる。無線に声を掛けるが、応答はない。
この振動と轟音からして、爆弾だろう。それに部下は巻き込まれたに違いない。
『あはは……えっと、それなりに楽しかったですよ。ジェネラルさん。貴方とのごっこ遊びは』
無言でジェネラルは端末を握りつぶした。私物を破壊された部下が呻き声を挙げるが、そんなことを気にする余裕はない。
「SOFを呼べ」
「と、
「そうだ。本来はあの”狐”用だったが仕方あるまい。奴をここで確保しなければ、我々に先は無い。ならば、カイザーPMCの決戦部隊という切り札を、今ここで切る」
シャーレや、他の場所に詰めているPMC部隊は迎撃に回さなければならない。逃げようにも自分たちの方が数が多く、そのせいで動きが鈍い。全員が撤退する前に他自治区からの戦闘部隊がやって来る。
このままいけば、プレジデントは自分を切り捨てるだろう。自分の前任の理事と同じように。ただ、先の放送でもカイザーにとっては少なくないダメージだ。それだけで済むかどうか。
奴を探し出して、確保しなければ、自分たちに先は無い。他自治区からの戦闘部隊にすり潰されるか、さっきの映像のせいで社会的に死を迎えるかのどちらかだ。
「コイツはどうしますか」
部下が代行に銃を向けている。
ジェネラルは少し悩んだ。代行が権利を持っているなら使いようがあった。けれど、今の彼女はただの一般生徒だ。むしろ足手まといになる。他の室長を使えば、代行の権利を復活はさせられるだろうが。それをやっている時間がない。かといって放置するのも危険だ。
「シャーレにでも監禁しておけ」
ジェネラルは少し悩んだ挙句に、シャーレの防衛部隊に押し付けることを結論付けた。あそこは一番多くのPMC兵が詰めているし、先生もまだ監禁場所にいるはずだ。少なくとも一日は時間が稼げるはずで、一番先生を見つけられる可能性のある、あのイかれた紙袋が先生に興味があるとは思えない。先生が居なければ、まだ何とかなるだろう。
その場のPMC兵と、他階のPMC兵に連絡を取りつつも、ジェネラルはとうとう怒りを隠しきれなくなってきた。さっきまでのいい気分はどこかに消え去ってしまった。残っているのは宝物を目の前で取り上げられて、こんな状況に叩きこまれた理不尽に対する怒りだけだ。奴に思い知らせなければ気が済まない。
「我々カイザーを舐めたこと。それを精々後悔するがいい。ファウスト!!」
□
『クキキキッ……ウハハハッ……ウッ、ゲホゲホ』
『笑い過ぎですよ。マコト先輩』
『仕方ないだろう、イロハ! キヴォトス中を巻き込んだ祭りだぞ!? これを笑わずして何といえばいい! まさか本当に、本当にいるかどうかも分からない都市伝説の犯罪者のフリをやるとはな! 私も台詞の案を出した甲斐があったというモノだ! ウッ……』
『ああ、もう。笑い過ぎで呼吸困難になっているじゃないですか。まあ、私も気持ちは分かりますが。……ふふ』
万魔殿の二人のコントを聞きながら、セイアはため息をつく。あの噂を元にした偽物のそれらしい台詞なら、ほとんど自分とカヤツリ発案だ。マコトが考えたことなど、最後の爆弾位だ。
ただ、まあ、あの二人が笑いたくなる気持ちもわかる。これからD.U.地区で始まるのは、キヴォトスの学園のほとんどを巻き込んだ鬼ごっこだ。傍から見ている分には楽しいだろう。
「しかし、大丈夫なのですか? セイアさん」
「何がだい? ナギサが気にするようなことは何もないと思うが。ついさっきも、ミレニアムから先生の居場所が絞れたと連絡が来たところだ。ゲヘナは風紀委員会、ミレニアムはC&C、私たちは正義実現委員会を出すし、剣先ツルギは話が分かる生徒だろう? 戦闘部隊のトップ層には話を通している以上、手加減はするはずさ」
「いえ、そうではなく」
どこか不安そうなナギサの表情を見て、セイアは不安に襲われる。何か見落としがあったのだろうか。
「何故、カヤツリさんはあんな口調で話を? あのような特技があるのは知りませんでしたが、態々ヒフミさんに似せなくとも……」
「……? 何を言っているんだい? 似せるのは当然じゃないか。ああすることで、今頃は寮にいるであろう阿慈谷ヒフミの潔白が証明される。人は同時には存在できないからね」
ファウストの名前を勝手に使う以上。ヒフミに迷惑は掛けられない。十分にもう掛けている気もするが、犯人候補からは外れるように配慮はしたのだ。そうすればナギサも安心だろうと思っての配慮だったのだが。
「セイアちゃん! ダメだよ!」
「ミカ?」
ミカが焦った様子で、自分の言葉を止めた。意味が分からない。悪いことを言っているわけでは無いはずなのに。ミカから目を離して、ナギサの方に視線を戻すと、どこか様子がおかしい。
「ナギサ……?」
「いえ……いえ……ヒフミさんは決してそんなことを言うような人では……ファウストなんていう犯罪者では……アレはタダの疑惑のはず……先生もカヤツリさんもヒフミさんも。そんなことは無いと……」
ナギサの顔が真っ青だ。ティーカップを持つ手が大きく震えて、中の紅茶が零れそうになっている。
「いや、ナギサ。エデン条約調印式で……」
「セイアちゃん!!」
”エデン条約調印式のアリウススクワッドと、補習授業部たちの顛末を見ていなかったのかい?”そう言おうとしたセイアは、己の愚かしさにようやく気がついた。
アレを知っているのは、先生と覆面水着団、アリウススクワッド、それと夢で一部始終を見ていた自分だけ。つい、先生やカヤツリと話すノリで話してしまった。あの二人は知っているからだ。
ナギサは知らない。寧ろナギサにとっては鬼門だ。だから、あの三人はナギサに嘘をついたのだ。”ファウストの正体は阿慈谷ヒフミではない”という嘘を。エデン条約調印式、ヒフミ、さっきのファウストの振りをしたカヤツリの演説。それでナギサの脳裏に浮かぶのはセイアの想定したそれではなく、もっと別のものだ。
──あはは……えっと、それなりに楽しかったですよ。ナギサ様とのお友達ごっこ。
これはかつて、補習授業部の浦和ハナコが、ナギサへの意趣返しの為に、ヒフミの振りをして言い放った言葉だ。内容自体はハナコの捏造で、ヒフミはそう思っているわけでは無いが、あの時のナギサには、そんなことに考えが及ぶ暇は無かったから。
しばらくは酷かった。ヒフミに会うたび、笑い声を聞くたびに顔が青くなって、失神しそうになっていたナギサは。カヤツリと話すようになったのも、やたらとヒフミとナギサを引き合わせようとする姿に疑念を抱いたからだ。あれ自体はナギサとヒフミの願いだったわけで。カヤツリに、それはもう謝罪済みなのだが。
最近はナギサに、そんな様子は微塵もなかったから。すっかり忘れていた。むしろ最近まで謹慎していたミカの方が、酷かった時のナギサのイメージが強いのだ。だから自分に警告した。
ミカの思う通りに目の前の光景を見る限り。ナギサは乗り越えたわけでは無く、記憶に蓋をしたに過ぎなかったのだろう。
「いや、ナギサ。落ち着いて聞いてくれ。決して彼女が、お友達ごっこなどという………………しまった」
「お友達ごっこ……!! うっ、う~ん……」
「ナギちゃん!」
「ナギサ!」
自分の失言で忌まわしい記憶を思い出したのだろう。遂にナギサは倒れてしまった。口の端から紅茶色の泡を吹いて、白目を剥きながら、ビクビク痙攣している。
「セイアちゃん! 私、ダメって言ったよね!」
「すまない……」
「早く、救護騎士団を呼んで!」
「分かった……」
自分のあまりのバカさ加減に、のろのろとセイアは携帯を取り出した。自分の後ろではミカがギャーギャー文句を言っている。
いつかの、ミカが、クーデターを起こす前の。そんな三人の日々を、ふとセイアは思い出した。ミカがバカな事を言って、自分がそれに皮肉で返して、ナギサがそれを仲裁する。今となっては、難しいと思っていたそれに、少しだけ戻れた気がして、セイアは微笑んだ。
「何笑ってるの!? セイアちゃんのせいなんだからね! 早く電話して!」
今は、すっかり立場が逆転している事は目を瞑り、セイアは携帯の番号を押した。