ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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142話 アビドスに眠るモノ

「クックック……待っていましたよ。先生」

 

 

 オフィスに響くのは、いつもの黒服の笑い声だ。扉を開けた途端の声から察するに、向こうも先生の事を待っていたのだろう。

 

 このオフィスへ来るのはアビドスの事件以来だが、記憶と全く違わない。あの時のように薄暗く、怪しい雰囲気だ。

 

 先生は黒服に用があって、カヤツリに頼み込み、この場所へ連れてきてもらっていた。カヤツリも先生の必死さを感じ取ったのか、誰にも内緒で、何も聞かずに案内してくれたのだ。

 

 

「黒服──」

 

 

 黒服の用意したであろう席に着き、口を開こうとした先生を、椅子に座った黒服は片手を上げ、待ったの形で突き出すことで止めた。

 

 

「前置きは無しにしましょう。貴方にも、私にも、余り時間は残されていないのですから。用があって私を訪ねてきたのでしょう?」

 

「手を貸してほしい」

 

 

 単刀直入に先生は黒服へ切り出した。それを聞いた黒服は満足そうに頷く。

 

 

「手を貸すと言っても、私に何をしてほしいのですか? 虚妄のサンクトゥムは全て破壊できたでしょう?」

 

 

 ここまで知っているのなら、自分たちが直面している問題も知っているだろうに。

 

 確かに、虚妄のサンクトゥムは全て破壊できた。此方には被害らしい被害もない。ここまでは上手くいった。

 

 ただし、虚妄のサンクトゥムは中継地点に過ぎない。六本全てを破壊しても、また別の場所に高濃度エネルギー反応が現れたからだ。これでは幾ら潰して回ってもキリがない。だからこそ、エネルギーを供給している大元を叩く必要があったが、その大元が問題だった。

 

 

「攻略法を教えてほしい。あそこまで辿り着く方法を」

 

 

 リオとヒマリ、ヴェリタスの全員が、虚妄のサンクトゥムにエネルギーを供給している物を見つけ出した。キヴォトス上空、七万五千メートルの高みにそれはあった。

 

 その正体を先生たちは知っていた。以前に相対したそれ。かつて、アリスが顕現させた超兵器。

 

 

「アトラ・ハシースの箱舟ですか。それに、あの時のような未完成品ではなく完成品。名もなき神々の王女が顕現させたものではなく、あくまでもコピーでしょうが。両者とも性能は変わらない。確かに、あれは貴方であっても梃子摺るでしょう」

 

 

 やはり黒服はこちらの事情を把握していた。驚いた様子もなく感想を呟いている。きっと先生たちが、何に困っているのかも知っている。

 

 

「箱舟の防御機構ですね? 先生が知恵を貸してほしいというのは?」

 

「そうだよ」

 

 

 先生たちも、全く手を打たなかったわけではない。リオが、いつの間にか隠し持っていた巡航ミサイルを箱舟に撃ち込んだが、効果がなかった。効かなかったというわけではない。そもそも当たりすらせずにすり抜けた。

 

 

「あれは概念ですから、物理的な手段は通じないでしょうね」

 

 

 当然の結果だと、黒服は言うが、先生もそれは理解していた。理屈は生徒たちが説明してくれたからだ。

 

 アトラ・ハシースの箱舟を覆う黒の膜。あれを何とかしないといけないのだと彼女達は言う。

 

 あれの内側は多次元解釈。数多の分岐世界、可能性が分岐しないままに、実在と非実在が混じり合う、不確かな空間。

 

 簡単に言えば、幽霊のようなものだ。その正体が枯れ尾花でも、正体を暴くまでは幽霊として扱わざるを得ない。そして不確かなものに対しては物理法則というこちらの理屈は通用しない。

 

 

「演算装置を貸してほしい」

 

 

 だから、幽霊の正体を暴くための道具が、今回の場合は高性能な演算装置が必要だった。

 

 アトラ・ハーシスの箱舟を覆う黒の膜。それを分析して、同じ波長を纏う事ができれば、あの膜を突破することができる。

 

 ミレニアムにも、スーパーコンピューターくらいはあるが、多次元の解釈など前人未到の領域だ。到底スペックが足りなかった。一から作るにも時間が足りない。完成するまでにあと何回、虚妄のサンクトゥムを壊さなくてはならないのか。そう考えるだけで、気が遠くなる。

 

 だが黒服なら。研究者である黒服なら、そんな代物を持っていてもおかしくない。

 

 きっと対価を要求される。それも、大きなものを。けれど、先生はそんなことは構わなかった。これでキヴォトスを救えるなら安いものだからだ。

 

 先生は対価を告げるだろう黒服を見たが、黒服の言葉は予想外のものだった。

 

 

「すいませんが、先生。その頼みは聞けません」

 

「対価の事なら……」

 

 

 きっと対価を払えないのだと勘違いしている。そう思った先生は、”どんな対価でも受け入れる”と口を開こうとした。それを黒服はまた手で止めた。

 

 

「いえ、違います。演算装置は無いのです。先生。正確には”あった”ですが」

 

「まさか……」

 

 

 先生の中に最悪の想像が浮かんだ。黒服はひび割れのせいで表情は読めないが、恐らく苦笑しているのだろう表情で言う。

 

 

「ええ。先生の想像通りです。我々の成果物が強奪される際に破壊されてしまいました。行きがけの駄賃とばかりにね」

 

 

 先生の口からは言葉が出なかった。黒服が言ったのは、きっとシロコだ。彼女は目ざといから、そんな事をしても不思議ではない。しかし、これでは、打つ手は無くなってしまった。先生がいくら覚悟を決めようと無駄である。だって、先生がいくら代金を積もうとも、黒服はその商品を持っていないのだから。

 

 

「手を貸すことは出来ませんが。知恵を貸すことはできます」

 

「……何だって?」

 

 

 黒服は、いつもの雰囲気。取引を持ち掛ける悪魔のような。そんな雰囲気で先生へ告げる。

 

 

「取引をしましょう。先生」

 

「内容を聞かせてくれるかい? 黒服」

 

 

 きっと碌なことを要求されないだろうが、ストレートに要求を聞く。先生には後が無かった。溺れる者は藁をもつかむ。先生にとっては黒服の差し出した物が藁だろうが、何だろうが掴むしかないのだ。ごねたところで時間の無駄だ。いつまた、虚妄のサンクトゥムが再出現するか分からない以上、時は値千金だった。

 

 

「クックック……そんなに気を張り詰めずとも、大したことは要求しません。手助けなら別ですが、今回は本当に情報だけですので。ただ、一つ聞きたいことがあるだけです」

 

 

 一呼吸おいて、黒服は本当に普通のことを聞いて来た。

 

 

「なぜ、そこまでするのですか?」

 

「そこまで?」

 

 

 あまりに質問が抽象的で、先生は聞き返す。

 

 

「アヌビス。いえ、シロコさんでしたか。彼女の事ですよ。彼女は、どうするのかと聞いているのです」

 

「もちろん。シロコは何とかするよ。そのために箱舟をどうにかしなければならないんだ」

 

 

 先生の答えに、黒服はくつくつ笑う。

 

 

「箱舟の事は良いでしょう。あれは目下最大の脅威ですから。けれども、そろそろ現実を見ましょう。先生」

 

 

 黒服は決して知らないはずの事を先生へと言うのだ。

 

 

「彼女は操られているわけではない。自分を見失っているわけでも、色彩に強要されているわけでもない。彼女は自分の意志で、このキヴォトスを滅ぼそうとしている。そんな彼女をどうするのか? それを私は聞きたいのですよ」

 

 

 先生は息が詰まった。それは黒服が知りようのない事だったからだ。

 

 虚妄のサンクトゥムが全て破壊された時、先生はシャーレで指揮を執っていた。道中様々なハプニングがあったものの、作戦が無事終了して、一息つく先生の前に、居なくなったはずのシロコが現れたのだ。

 

 

 ──私の役割は、全ての命を別の場所(あの世)へと導くこと。

 

 

 黒いドレスを着て少し大人びたシロコは、先生にそう言って、異空間の中に姿を消した。今やっていることは自分の意志で、色彩に利用されているのではなく、むしろ色彩を利用しているのだと。

 

 

「箱舟を破壊する。それは良いでしょう。しかし、彼女は諦めませんよ。それは彼女にとっての役割だからです。それは彼女のやるべき事だからです。生徒のやりたいことを手助けするのが、貴方の役割でしょう? それを邪魔するのですか?」

 

 

 黙ったままの先生に、黒服は言葉を重ねる。

 

 

「それとも、他の生徒の迷惑だからと、彼女を否定しますか? 彼女はもう以前の彼女ではない。力も存在も別次元の存在です。彼女は生徒ではないと、そう言って遠ざけるのも良いと思いますよ? どうか、答えを聞かせてください。先生。貴方は、彼女をどうするおつもりですか?」

 

 

 ”ふぅ”と先生は息を吐く。先生の中では、最初から、答えは決まり切っていた。

 

 

「私はどうともしないよ。私はただ、シロコに話を聞きたいだけだ」

 

「受け入れると? 彼女が世界を滅ぼすとしても?」

 

 

 先生は首を横に振る。そういう意味で言ったのではないからだ。

 

 

「シロコがキヴォトスを滅ぼさなければいけないのなら、その理由を聞くよ。きっと意見がぶつかるだろう。喧嘩や戦いにだってなる。私たちは他人なんだから、必ずしも考えが一致するとは限らない」

 

 

 黒服と先生はさっきと立場が逆転したかのようだった。黙り込む黒服に、先生は言う。

 

 

「それにね。黒服。やるべき事とやりたい事は違う。シロコは役割とは言ったけど、やりたい事とは一言も言わなかった。だから、私はその理由を聞きたいんだ。もしかしたら妥協案が見つかるかもしれない」

 

「もし、それが見つからなかったとしたら? そのために貴方が代償を支払うのだとしても?」

 

「見つかるし、見つけて見せるよ。そのために、私が居るんだ。シロコは私の生徒だ。だから私は何でもする。それが私のやりたい事なんだよ。やるべきことではなくてね。だから、黒服。君の質問には、まだ完璧には答えられない。まだ私はシロコから何も聞けないでいるんだから」

 

 

 先生の答えに黒服は笑い出す。

 

 

「クックック……それが貴方のやりたい事だと、そう言うのですね。あの時と変わらない。大人とは責任を負う者。その考えは未だに到底理解はしかねますが、分かりました。良いでしょう。貴方のその答えと、ここまで来た意思を対価としましょう」

 

 

 黒服は満足いくまで笑ったのか、短く一言、先生に向けて言う。

 

 

「アビドス砂漠に行くと良いでしょう」

 

「アビドス砂漠?」

 

 

 聞き返す先生へ黒服は頷く。

 

 

「今、天に座す空中要塞──アトラ・ハシースの箱舟、勿論それを生み出す”名もなき神々の王女”やデカグラマトンに感化される前の物。あれらはこの大地に埋葬されし、古のキヴォトスの民──”名もなき神々”の遺産です。もはや淘汰されて久しく、我々にとっては敵ですらない者だったのですが……」

 

「それに類するものが、まだ?」

 

 

 少しの疲労を滲ませた声に、黒服はやんわりと否定する。

 

 

「いえ、さっきも言いましたが、アレはただのコピーです。色彩の嚮導者──プレナパテスはキヴォトスで観測された神秘を自分の物にできるようですから、アトラ・ハシースの箱舟も、ヒエロニムスやデカグラマトンの預言者たちのように複製した物でしょうね。あれ以上の物はおそらく出てこないでしょう」

 

 

 安心した先生は大きく息を漏らした。黒服はそれを気にもせずに話を続ける。

 

 

「話が逸れましたが、あれが名もなき神々の遺産である以上は、現状のキヴォトスの兵器では対抗できるものはありません」

 

「対抗できるものが、古代兵器が、アビドス砂漠に?」

 

 

 ”ええ”と黒服は頷いた。

 

 

「お察しの通りに埋まっていますよ。アトラ・ハシースの箱舟と同様に、キヴォトスの起源の名が込められた超古代兵器、ウトナピシュティムの本船が」

 

「それは、どこに?」

 

「カイザーPMC基地です。なにせ、今回のカイザーの計画は、これが見つかったからなのですから」

 

 

 黒服は詳細を話し出す。それは、今回の始まりに大きく関係することだった。

 

 

「あの時、まだ先生が来る前の私にとって、箱舟。いえ、本船は興味の対象ではありませんでした。カイザーとの取引ついでに見つかれば幸運といった程度の物。それよりも私はあの二人の確保が重要でしたからね。ただ、プレジデントにとってはそうではなかった」

 

 

 呆れたような声で黒服は続ける。

 

 

「あらゆる既存の兵器を凌駕する超古代兵器。それを発掘し、手中に収めることが出来れば、全ての自治区を敵に回してもキヴォトスを支配できる。そう考えたのでしょう。だから、宇宙戦艦である本船の起動に必要なサンクトゥムタワーを欲したのです。それは直前で頓挫し、そのサンクトゥムタワーも虚妄のサンクトゥムで破壊されてしまいましたが。そうでなければ、カイザーがキヴォトスを支配していたでしょう」

 

 

 ”幸運ですね”と黒服は締めくくる。

 

 確かに幸運だった。カイザーが行動に移したと言う事は、いつでも発進できる状態で、ウトナピシュティムの本船はそこにあるのだ。後は起動さえしてしまえばいい。起動については心配はいらなかった。

 

 

「そうです。サンクトゥムタワーがない今。ウトナピシュティムの本船を起動できるのは、サンクトゥムタワーと同等のオーパーツであるシッテムの箱を持つ先生。貴方だけです」

 

「ありがとう。黒服」

 

 

 善は急げと、先生は席を立った。もう聞きたいことは聞いた。後は行動するだけだった。

 

 

「最後に忠告ですが、先生。ウトナピシュティムの本船を起動した瞬間。貴方はとてつもない代償を負うでしょう。貴方はオーパーツの所有者であって、ウトナピシュティムの本船を扱うに足るものではないのですから。下手をすれば命を失う事も在り得る。それでも、いいのですか?」

 

 

 先生は答えなかった。答えるまでもないからだ。そのまま踵を返して、出口へと向かう。

 

 そんな先生の背に、黒服の言葉が投げかけられた。

 

 

いい旅を(Bon Voyage)。先生」

 

 

 □

 

 

「これが超古代兵器ねえ……」

 

 

 カヤツリは目の前に聳え立つ、ウトナピシュティムの本船を見上げて感心していた。宇宙戦艦だと黒服が言うだけあって、中々の大きさと近未来的なフォルムをした船だった。

 

 ここは数あるカイザーPMC基地の一つ。先生から連絡を受けたカヤツリは、ドローンを総動員して、怪しい巨大な格納庫がある基地を見つけ出た。先生からは大きさや、どんなものであるかの情報は聞いたので、楽なものだった。

 

 その後すぐに、対策委員全員で急襲する必要もなく、この基地の占領は終了した。

 

 原因は不明だが、人っ子一人居なかったのだ。まるで放置されたかのような有様だった。一応、全員で安全確認をしたが、本当に誰もいない。

 

 疑問は残るが、ファウストの事件で全員駆り出されたのかもしれなかった。

 

 無言で、カヤツリは周りを見渡した。占拠から大分時間が過ぎて、格納庫は人でにぎわっている。

 

 まずはエンジニア部とヴェリタス。彼女たちは、このウトナピシュティムの本船を解析して、操縦できるように、突貫でソフトを組んでいた。虚妄のサンクトゥムで現場を引きずり回されたであろう彼女たちだが、表情は明るい。

 

 見たこともない古代兵器を弄れるのだから、きっと技術者魂か何かが燃え上がっているのかもしれない。

 

 

「見て! アリス! 宇宙戦艦だよ!」

 

 

 聞き覚えのある声に振り向けば、モモイとアリスが本船を見上げて大興奮していた。二人の後ろからもミドリとユズが見ているが、二人も相応に興奮しているようだった。

 

 ゲーム開発部は、リオが協力を要請した。調査の結果、この元船は武装が積まれておらず、ほとんどが量子コンピューター。リオに言わせれば空飛ぶスパコンだそうだ。だから、攻撃役としてレールガンを持つアリスを呼んだらしい。元々はアリス一人だけだったのだが、ゲーム開発部が彼女を放っておくわけもなく、一緒について来たのだ。

 

 

「えぇ……」

 

 

 何か気配を感じて、その方へと視線をやると、見覚えのある集団が気配を消して、本船に侵入しようとしていた。ゲヘナ生の四人組。美食テロリストと名高い美食研究会だった。よくよく見れば、グルグル巻きに縛られて拘束された誰かを運んでいる。

 

 あまり想像したくないが、縛った誰かに何かするとかそういう事ではないはずだ。彼女たちは”美食”研究会であって、暴力好きではない。どうせあれだろう。また給食部部長を拉致して、何かを作らせる気だ。どこかで宇宙戦艦の事を耳にして、宇宙で食事すれば宇宙食とか、バカみたいなことを考えているかもしれない。

 

 ここで止めてもいいが、暴れられたら非常に面倒だ。時間が貴重な今、面倒は避けたかった。一応、彼女たちにも一欠片の良識はある。部長には尊い犠牲になってもらうことにした。決して巻き込まれるのが面倒だったわけでは無い。

 

 

「しかし、暇だな」

 

 

 本船の艦橋を見上げて、カヤツリは呟く。あそこは各学園から選出されたオペレーターたちの話し合いが行われている。今時分は一段落しているころだ。先生、リオやヒマリ、カヨコやゲヘナの行政官、アヤネ後輩、変じ……ハナコ、代行含めた連邦生徒会の室長が幾人か。

 

 さっき電話でリオから聞いた話だと、本船の量子コンピューターで箱舟の多次元障壁を解釈し突入するらしい。作戦は非常にシンプルではあるが、本船の解析に時間が掛かるとのことだ。もう、外は日が陰り始めているから、おそらく夜通しの作業になると。

 

 対策委員とゲーム開発部は本船から箱舟に乗り込む戦闘部隊だ。だから、ゆっくり休んでくれと言われているが、銃の整備や装備品の選定は終わってしまった。もうやることがない。

 

 後輩たちは思い思いに明日に備えている。話し合いの隙間時間にアヤネ後輩は何か作っているようだし、ノノミ後輩はセリカ後輩と何か話をしている。彼女たちの邪魔をするのは気が引けた。

 

 

「暇ならさ。おじさんに付き合ってよ」

 

「……ホシノ」

 

 

 黄昏ているカヤツリに、ホシノが現れて声を掛けた。カヤツリの袖を引っ張って、格納庫の出口を指差している。何となく、ホシノの意図が読めたから、近くの物資から毛布を一枚拝借した。

 

 ホシノの後をついて行けば、外はもう真っ暗になっていた。星明りとPMC基地の明かりが数少ない光源だった。

 

 

「どこに行くんだ?」

 

「ここだよ。ここ」

 

 

 冷えた空気に身震いしながら、カヤツリが聞けば、ホシノは格納庫の屋根を指差した。あそこまで行こうと言う事だろう。梯子を昇るカヤツリに対して、ホシノは壁を蹴って一息で飛び上がっていく。

 

 

「ここに座って」

 

 

 何もない屋根の上の一角をホシノが指さした。何も聞かずに、カヤツリはホシノの言葉に従う。直後、胡坐をかいたカヤツリの膝の上に、ホシノが腰を下ろした。

 

 

「何か、心配事か?」

 

 

 優しい声で、カヤツリは言う。

 

 昔はよくやったことだ。まだ、先輩が居た頃、二人での仕事帰りによくこうしていた。二人でお菓子を摘まみながら、雑談をしたものだ。あの時は流石に隣に座っていたけれど。

 

 今回はきっと雑談ではないはずだ。もし、そうなら、こんな人目につかない所まで呼びつけない。

 

 

「ちょっとね。怖くなっちゃったんだ」

 

 

 そう言って、ホシノは身体をカヤツリの方へ預けた。

 

 

「何が怖くなったんだ?」

 

 

 足と腕の中にスッポリはまったホシノを後ろから抱きしめて、カヤツリは尋ねる。

 

 

「私は失敗してないかな……? シロコちゃんは大丈夫かな……? もう誰も居なくなったりしない?」

 

 

 表情は見せずに震える声で、ホシノは、そう呟いた。気がつけば、声だけでなくて、身体も震えているようだった。そして、それは寒さのせいではないはずだった。

 

 シャーレに現れたシロコは、先生だけでなく、アヤネ後輩にも目撃されていた。その事はアヤネ後輩からカヤツリもホシノも聞いている。

 

 そして、砂漠のあの敵。ホシノと自分、後輩たちとでも歯が立たなかった。しかも消息不明ときている。

 

 ホシノが不安になるには十分だ。後輩たちには、こんな姿は見せられない。でも一人で抱える事も出来ないのだ。

 

 

「怖いよ。また、あの時みたいになったら。また私の前から誰かが、居なくなったりなんかしたら。またそんなことが起きたら、私……」

 

「大丈夫だよ。シロコは大丈夫。勿論ホシノも」

 

 

 ホシノの長い髪を片手で梳かしながら、少し強くホシノを抱きしめる。少しずつ震えが収まることを祈りながら、カヤツリは言葉を紡ぐ。

 

 

「やれることは全部やった。それに、作戦は明日の朝だ。今心配してもキリがないだろう? ホシノだって、それはもう分かってるんだろうけどさ」

 

「うん。でも、嫌なことをどんどん思い出しちゃうんだ。嫌な想像が止まらないんだよ」

 

「いいよ。満足するまで、このままでいいから」

 

 

 ホシノは無言でカヤツリへと体重をかける。それを抱き留めていると、突然ポツリとホシノが言った。

 

 

「カヤツリは怖くないの?」

 

「怖いよ」

 

「間違うのが?」

 

「間に合わないのが」

 

 

 お互いの体温で身体を温めながら、カヤツリは答える。それはもうずっとそうなのだ。あの時からずっと。先輩が居なくなってからずっと。

 

 

「俺は、間に合わなかったから」

 

「……」

 

 

 ホシノはそれだけで伝わったのか黙り込む。嫌なことを聞いてしまったと思ったのだろう。震えがまた大きくなった。

 

 それを身体で感じたカヤツリは、さっき拝借した毛布に二人で包まる。側から見ればテルテル坊主だ。

 

 

「あったかいだろ?」

 

「うん」

 

 

 ホシノの震えが少しだけ止まり、二人の間に沈黙が降りる。寒さはさっきよりもマシだが、まだホシノの震えは続いていた。

 

 

「ホシノは足が速いだろう? それに決めたら一直線だ。俺なんかよりも、ずっと迷わないし、強い」

 

「え? うん……」

 

 

 突然、関係ない事を言い出したと思ったのか、ホシノは困惑しているようだった。関係ないどころか大アリだ。今から話すのは、カヤツリが大丈夫でいられる理由だからだ。

 

 

「じゃあ、間に合うだろう。俺が間に合わなくても、ホシノが間に合わせてくれるだろ?」

 

 

 ピクリとホシノの身体が一度、大きく震えた。そのまま、ぽつぽつとカヤツリは話し続ける。

 

 

「だから、俺は怖くない。一人だけだったら怖いけど、今はそうじゃないから。最悪、ホシノが間に合わせてくれるって、俺はそう信じてるから」

 

 

 それは、今までカヤツリが耐えられてきた理由の一つだった。そう思えば、カヤツリは何とか耐えることが出来るのだ。

 

 

「もしホシノが間違えるのが怖いなら、間違える前に俺が気づくよ。それなら、少しは怖くないんじゃないか。信じられるに足る。それだけのモノは積み上げてきたつもりだけど」

 

「……うへ。カヤツリは、こんな私でも信じてくれるんだ……そうだね。私が気がつかなくても、カヤツリが気づいてくれるなら。それなら怖くないかもね……」

 

 

 いつの間にか、ホシノの身体の震えは止まっていた。それは毛布のお陰かもしれないし、今の言葉のせいか、それとも、その両方かもしれなかった。

 

 ただ、カヤツリにとっては、少しでもホシノの恐怖が薄れるなら、それでいいのだ。

 

 

「今日の分の我儘を言って良い?」

 

「いいよ」

 

 

 ホシノは、もぞもぞと身体を反転させて、下からカヤツリの事を見上げていた。いつものホシノの表情だ。さっきまでしていただろう酷い顔ではなさそうだった。

 

 

「もう少しだけ、このままでいて。私が信じられるまで。きっと上手くいくって」

 

 

 カヤツリは返事の代わりに、さっきよりも強く、ホシノを抱きしめる。二人は長い間そうしていたが、それを知っているのは空に瞬く星明りだけだった。

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