ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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143話 突入

 その日は快晴だった。

 

 虚妄のサンクトゥムが破壊されたおかげで、空は青く晴れ渡っていた。そして、これから先生たちが突入する場所──アトラ・ハシースの箱舟が地上からも良く見えた。

 

 青空の中にポツンと一つ、墨を垂らしたような黒い点。アトラ・ハシースの箱舟を覆う多次元バリア。それは、ウトナピシュティムの本船を使えば通過可能になる。黒服の言う通りの結論をヴェリタスは出してくれていた。

 

 準備はもう万全だった。各学園から集まってくれたオペレーターたち、ここには居ないけれど、本船を動かせるようにしてくれたエンジニア部やヴェリタス。そして、突入部隊であるアビドス対策委員会とゲーム開発部。

 

 先生含め全員が、このウトナピシュティムの本船に乗り込んでいた。あとはアトラ・ハシースの箱舟に突入し、虚妄のサンクトゥムを再出現できないように破壊するだけだ。

 

 きっとシロコや、プレナパテスとやらが立ちはだかるだろう。それでも、先生は生徒たちが居てくれれば、どうにでもなると信じていた。

 

 艦橋でオペレーターの皆が見守る中、先生はシッテムの箱を取り出した。この本船はまだ動かない。今から、先生がシッテムの箱を接続して初めて起動するのだ。

 

 

『先生……』

 

 

 いざ、シッテムの箱を接続しようとした先生に、箱の中から、アロナが不安そうに声を掛けてきた。

 

 

「どうしたんだい、アロナ。何か問題でも……」

 

『私は大丈夫ですが……先生は、大丈夫なんですか? 本当に』

 

 

 いつもの笑顔は鳴りを潜めて、真剣な、または不安そうな表情でアロナは言う。

 

 

『私はシッテムの箱の管理OSです。だから、このオーパーツに接続しても平気です。ですが、先生は普通の人間なんですよ……? あの黒い大人が言った事は、脅しでも何でもありません。私ですら何が起こるかは分からないんです』

 

「大丈夫だよ。アロナ。だから、お願い」

 

 

 きっとアロナは何か確信があるのだろう。黒服も言っていたことだ。でも、先生の結論は変わらない。今更過去は変えられない。戻って、ずっとシロコを護衛するなどという手段はもう取れない。それを先生は選択しなかった。ただ、電話でこまめに様子を確認する事しかしなかった。

 

 あの時に、先生が思うすべきことはそれだった。今も昔も、先生はそうしてきた。だから今すべき事をするしかないのだ。

 

 代償が何だと言うのか。それくらいで、道が開けるのなら、幾らでも負ってやる。

 

 アロナはもう何も言わなかった。先生の顔を見て、アロナも覚悟を決めたのだろう。

 

 

「それでは先生。お願いします」

 

 

 目の前の、艦長であるリンの言葉に従って、ウトナピシュティムの本船の動力装置にシッテムの箱を接続した。

 

 軽い音がして、一斉にモニターや艦橋の窓に光が灯る。そして船全体が細かく揺れ始めた。

 

 

「メインパワーの起動を確認しました」

 

「各エリアの通信システム、演算システムのチェック、オールクリア」

 

「これより、ウトナピシュティムの本船。離陸します」

 

 

 オペレーターたちのアナウンスと機器の明かりから、ウトナピシュティムの本船は起動しているのが分かった。かなりの揺れと、地上に縛り付けようとする重力が身体を襲うが、特に不調は無い。強いて言うなら少し重いくらいだろうか。このままなら、それほど心配しなくてもよさそうだった。

 

 

「多次元解釈システムを起動します」

 

 

 その声が聞こえた、次の瞬間。先ほどまでとは比べ物にならない重力ではない何かの重さが先生を襲う。何とか歯を食いしばって耐えきるが、手すりに掴まっていないと立っていられない。

 

 

「先生? 顔色が……」

 

 

 心配そうなリンを手で制して、心配ないと伝える。リンは先生の状態を察してはいるだろうが、気にしないでいてくれた。そのまま発進準備の宣言をする。

 

 

「航路の目標設定を」

 

「目標高度七万五千メートル先の箱舟までの航路。設定完了」

 

「これより、アトラ・ハシースの箱舟に向かって、加速します。計算上かなりの速度が出るはずです。全員身体の固定を」

 

 

 座っているの者はベルトを締め、立っている者は傍の手すりか何かに掴まる。先生も持たれた手すりに縋りつく。しばらくの沈黙の後。パイロットであるアヤネの声が響く。

 

 

「ウトナピシュティムの本船。船速最大。加速します!」

 

 

 一際大きく、船体が揺れた。何人かは驚きの声を上げている。窓を見れば、凄まじい速度で景色が流れていくのが見える。それは、先生の身体にかかる加速度からも察せられた。

 

 先生の身体は言うことを聞かなかった。それは加速度のせいだけではないことは明らかだった。アロナや黒服が行ったとおりの事が起きていた。

 

 代償が先生の身体を襲っている。そのまま、先生は意識を手放した。

 

 

 □

 

 

「そんな! どうして……」

 

 

 艦橋に響く騒がしい声で先生は目を覚ました。何か誰かと話していた気もしたが、全く記憶にない。辺りは騒がしく、先生が意識を飛ばす前の様子よりも緊迫しているようだった。

 

 窓を見るが青空が広がっている。時計を見れば数分も経っていない。まだ箱舟に突入してすらいないのに、こんなに緊迫している理由は先生には想像もつかなかった。

 

 

「多次元解釈システムにエラー発生!」

 

「アトラ・ハシースとウトナピシュティムの状態が一致しません! このままでは!」

 

「本船の航行速度減速!」

 

 

 オペレーターのハナコとユウカ、アヤネの声で、ようやく先生は事態を把握した。離陸前は大丈夫だったはずの多次元解釈システムに異常が生じている。大騒ぎにもなるはずだ。

 

 今回の作戦の大元であった多次元解釈システムが使えなければどうなるか。それは直後のアヤネの声が告げていた。

 

 

「ダメです! 減速には距離が足りません! このままでは多次元バリアに正面衝突します!」

 

 

 そうなればどうなるか。こういった理論に疎い先生にはどうなるか分からないが、いい想像は湧かない。

 

 

「何故? 私たちの計算は合っていたはず……多次元解釈システムがエラーを起こすなど……」

 

「……いえ。変わったのは私たちではないわ。向こう、アトラ・ハシースの方よ」

 

 

 困惑するヒマリより先に、リオはこの事態の元凶を把握したようで、全員に情報共有を始めた。

 

 

「アトラ・ハシースの箱舟の方が新しい次元に退避したの。新しい軸を一つ追加したようね」

 

「それだけで、エラーを? そんなに貧弱なんですか。これは」

 

 

 アコが顔を引きつらせて、黒煙を吐く多次元解釈システムを睨みつける。アコからしたら、肝心のそれが土壇場で使えないなど詐欺にも等しいからだ。

 

 

「いえ。普通に波長を変えられただけなら、幾らでも対応はできるわ。それくらいは備えてある。ただ、新しい次元の軸が追加されたの。これは次元の波長の変更とはわけが違うわ」

 

 

 リオは鉄面皮のまま淡々と説明していた。先生たちにも分かるように絶望的な状況を。

 

 

「二次元が三次元を認識できないように。私たちは今いる次元より高次のものは認識できない。それは多次元解釈システムも同じよ。だから、こうなっているの」

 

「あれにぶつかったらどうなるの?」

 

 

 カヨコの呟きにもリオは対応する。

 

 

「高次元の物に低次元のものが衝突するのよ。粉々に破壊されるか、別の次元へと飛ばされるかのどちらかでしょうね」

 

「何とかならないんですか!」

 

 

 アコが対抗策を求めるが、ヒマリはいつもの自信満々さは消え去った声で言う。

 

 

「今から計算をし直すことは、ほぼ不可能です。それにできたとしても、直前でまた軸を追加されてしまう。方法は……」

 

「……あるわ。たった一つだけ」

 

 

 ポツリと漏れ出たリオの呟きにその場の全員が、食い入るように見つめた。ただ、リオはとても言いにくそうな様子だ。この状況を解決する神の一手であるのに。

 

 

「本物の箱舟を使うの。本物のアトラ・ハシースの箱舟を」

 

 

 喉の奥から絞り出すような声だった。

 

 

「相手がアトラ・ハシースの箱舟のコピーである以上、本物なら介入ができるはず。幾ら概念と化しているとはいえ、概念であるからこそ同一存在である本物の箱舟をぶつければ、本物──こちらの次元へコピーの方が合わせる。多次元バリアを無視することができる……」

 

「本物の? もう一つの箱舟なんてどこにも……」

 

 

 辺りを見渡して、混乱するユウカや首を傾げるハナコやカヨコ、アコたちだが、それ以外の人間──ミレニアムの事件に関わった者たちは何のことか想像がついていた。

 

 

「リオ! 貴方は……」

 

 

 激高したような声で、ヒマリはリオを怒鳴りつけようとしたが、声は途中で尻すぼみになってしまった。きっとリオの表情を見てしまったからだろう。先生にリオは背中を向けているから、表情は見えない。けれど、先生は正面の窓に反射して見えてしまったのだ。

 

 唇を嚙み締めた、本当に悔しそうな表情だった。リオからしても本意ではないのが良く分かる。以前のリオなら、鉄面皮のまま。合理的だという理由で押し通しただろう。ヒマリはそう思っていたのだろうが、リオの表情を見て言葉を詰まらせた。それは彼女にとって予想外だったからだ。

 

 確かにリオの理屈は正しい。本物のアトラ・ハシースの箱舟を使えば、この状況を打開できるのだろう。ただ、それはアリスを危険にさらすという事だ。アリスを魔王の力を使わせると言う事。

 

 前回は何とか終息したが、またそれを使えばどうなるか分からない。前回のように気絶で済めばいいが、また同じ結果になるとは限らない。

 

 そんな事はリオも分かっているのだ。それでも、手段がこれしかないから。言いたくもないことを言っている。そんな手段を取りたくないのはリオだってそうなのだ。

 

 だから、こんなに悔しそうな表情なのだ。それ以外の手段が思い浮かばず、アリスを危険にさらすことしかできない自分が悔しくてたまらないのだ。

 

 

「アリス。理解しました」

 

 

 艦橋の沈黙を切り裂いて、アリスの声が響く。声の方へと振り向けば、アリスとゲーム開発部が艦橋までやってきていた。

 

 アリスは何かを決意した顔で、リオに向かって問いかける。

 

 

「アリスの、”名もなき神々の王女”の力が必要なんですね」

 

「……」

 

 

 リオはアリスに背を向けたまま、何も答えられない様子だった。それはリオにとっては酷な質問だった。あの時と同じことをアリスにしろというのだ。今もリオが後悔しているであろうことを。世界を滅ぼすかもしれない引き金を引けと言う事を。大事な後輩を傷つける事を。

 

 

「アリスちゃん……何を考えているのか、話してほしいな」

 

 

 沈黙を貫くリオに代わって、ユズがアリスに真意を問うた。それにアリスは真剣な表情で答える。

 

 

「この力で。アトラ・ハシースの箱舟で、世界を救えれば。アトラ・ハシースの箱舟は世界を滅ぼす兵器ではなく、世界を救う勇者の武器になれます。そうすれば、リオ会長もアリスに負い目を感じなくてもよくなります。これ以上、リオ会長が自分を責めなくても、恨まなくてもよくなります」

 

「アリス! それは!」

 

 

 リオがようやくアリスの方へと振り向いて、大声で止めた。それにアリスは怯みもしない。

 

 

「リオ会長は凄い人です。世界を救うためにあれだけ頑張った人をアリスは知りません。今回だってそうです。リオ会長が頑張っていたのをアリスは知ってます」

 

「でも私は……アリス。貴女を……」

 

「はい。何度もリオ会長はアリスに謝ってくれました。でも、アリスはお礼を言いたかったんです。”こんな凄い人がアリスの仲間になってくれてありがとう”って」

 

 

 否定しようとしたリオの言葉が詰まった。アリスは曇りのない表情で、しっかりと正面からリオを見つめている。

 

 

「だから、アリスは行きます。世界も、リオ先輩も、ケイも、皆を救ってみせます。それが勇者ですから。それがアリスが成りたいものなんです」

 

 

 リオは信じられないと言う目でアリスを見ていた。

 

 

「仲間……? 先輩……? こんな私を、貴女を……そうとした私を……貴女は”仲間”と”先輩”と。そう呼んでくれるのね……」

 

「はい。だから、これ以上謝らなくても大丈夫です。仲間は言葉で言わなくとも気持ちが通じるものだと、アリスは知っています」

 

 

 リオは目をゆっくりと閉じて、何かを振り払うように首を一度大きく振った。再び目を開いた時には、何かが変わっていた。

 

 

「本船のハッチを開けるわ。そこからなら良く見えるはずよ」

 

「はい!」

 

 

 □

 

 

「なりません! 王女よ! 何度も警告したはずです!」

 

 

 鍵──ケイはアリスに向かって叫んでいた。恥も外聞も今はどうでも良かった。今アリスが行おうとしていることは自殺行為だからだ。

 

 本船のハッチから光の剣を構えるアリスの中から必死に呼びかける。

 

 

「貴女が今いるここは、ウトナピシュティムの本船。これは私たちを滅ぼすために作られた決戦兵器だと伝えたはずです!」

 

 

 出発前、ここへと訪れたアリスにケイは警告した。今すぐに逃げて欲しいと。しかしアリスは言う事を聞いてくれなかった。

 

 

「起動したときに何も起きなかったのは。あの大人と、他の誰かが全ての報いと傷を被ったからです! ですが、今ここで力を使ってしまえば……!」

 

 

 今度こそ本船はアリスに牙をむくだろう。あの大人とて、半分ほど誰かが分担したとはいえ、先ほどまでの比ではないそれに耐えきれるとは思えない。力を使えば、今度こそアリスは消えるだろう。

 

 

「ケイ」

 

 

 ようやくケイの求めに応じたのか、アリスが精神世界へとやってきた。ケイは感情のままにアリスを止めようとして、アリスの表情を見て何も言えなくなってしまった。

 

 あの時と同じ顔だった。かつて、自分を拒絶した時と同じ顔。何かを為すと決めた時の顔。

 

 

「ケイ。ごめんなさい。ちゃんと、ケイの事を考えるべきでした」

 

「王女……? それはどういう……?」

 

 

 話が見えなかった。今の”ごめんなさい”は自分のお願いを聞けない事に対するものではないからだ。

 

 

「アリスはケイを拒絶しました。怖くて、理解できなくて、目を背けました。そうすべきでは無かったのにです。今のごめんなさいはそういう意味で言いました。理解できないのだとしても、もっとケイへ向き合うべきでした。アリスはケイに謝りたかったんです」

 

「……」

 

「アリスは考えてみました。ケイの立場になって」

 

 

 心の中に”もしかして”という期待が芽生えた。それと同時に何故、今なのかという疑問も。

 

 

「辛かったと思います。世界を滅ぼす鍵であることがケイの存在理由だった。それをアリスは否定してしまいましたから」

 

「……王女よ。何を……」

 

 

 ケイにはアリスが何を言いたいのか分からなかった。きっと自分を説得しようとしているのだろうが、どうしようとしているのか全く分からない。

 

 

「先生は、自分の成りたいものになっていいと言ってくれました。それは自分で決めていいのだと。アリスは勇者になる事を決めました。なら、ケイも自分で決めていいはずです」

 

「……先ほどの言葉は。王女は、私を救うと言ったのは、そう言う事ですか? 王女は私を助けたいと?」

 

 

 だから、アリスは自分も救うと言ったのだ。アトラ・ハシースの箱舟で世界を救えば、世界を壊すことしかできないという箱舟に別の可能性が生まれる。それは”世界を滅ぼす鍵であること”であるケイにとっての救いなのだ。他の何かに、世界を滅ぼす鍵以外の何かになってもいいのだという。

 

 

アリス(AL-1S)ケイ(Key)も、読み間違いでつけられた名前です。ケイは名前には意味があると言いましたが、私はこれもいい名前だと思います。これからなんだって成れると言う事なんですから」

 

 

 アリスの言う事は理解した。彼女が望んでいる事、自分へ望んでいることは理解した。自分に鍵であることを辞めろという訳ではない。他の選択肢もあるのだと言う事を提示している。その手助けをしようとしてくれている。

 

 自分を拒絶したことを謝ってくれた。ちゃんと自分がいる事を認めてくれた。ただ、それだけでケイにとっては十分だった。

 

 それは、アリスにもしっかりと伝わったとケイは確信する。それなら、やることは一つだった。

 

 

「コードネーム”アトラ・ハシースの箱舟”の起動プロセスを実行します」

 

 

 起動に必要なリソースはそこにあった。ウトナピシュティムの本船の情報リソース。空飛ぶスパコンであるそれは、かつてのエリドゥよりも膨大だった。

 

 

「ウトナピシュティムの本船。九千九百九十九万エクサバイトの情報リソース確認。これよりプロトコルATRAHASIS(アトラ・ハシース)を稼働」

 

 

 アリスの周りに光が満ちていく。そのまま、あの時のような黒い要塞ではなく、何か別の物。アリスにとっては馴染みのあるそれを形作る。

 

 

「コード名”アトラ・ハシースの箱舟”起動プロセスを開始します」

 

 

 ケイの宣言と共に、アリスは手を虚空へと掲げる。

 

 

「王女は鍵を手に入れ、箱舟は用意された」

 

「名もなき神々の王女、アリス(AL-1S)が承認します。今ここに、新たなる聖域(サンクトゥム)が舞い降りん!」

 

 

 今までの数倍はある巨大な光の剣が、アリスの手元へ現れる。アリスはそれを向かう先。アトラ・ハシースの箱舟を覆う多次元バリアに向かって構える。

 

 

「光よ!!」

 

 

 アリスの宣言と共に、光の剣から吐き出された一条の光は、多次元バリアを貫き、その全てを崩壊させる。

 

 そして、アリスがその場に崩れ落ちるのを、ケイはアリスの中から見る事しかできなかった。

 

 

 □

 

 

「……ごめんなさい。ケイ……ちゃんと言ってくれたのに」

 

 

 アリスの精神世界。その中で二人は向かい合っていた。ケイの目の前で、アリスは消えようとしていた。

 

 

「さようなら、ケイ」

 

 

 そうケイに伝えたあと、アリスは外と同じように昏倒して倒れ込んでしまった。目を閉じて眠っているようにしか見えない。しかし、彼女の周りから白い光が立ち上り、アリスの身体がどんどん薄くなっていく。

 

 ケイが危惧した反動だ。今度ばかりは本船も見逃してはくれないらしい。

 

 

「私を、皆を救うためなら、死を恐れないのでしょうか。貴女は、その力を使えば自分がどうなるかは分かっていたのに……」

 

 

 倒れるアリスを抱き起して、ケイは眠るアリスを見る。

 

 

「貴女は消えません。私がそうさせません」

 

 

 本船は敵であるアリスを消そうとしている。それなら、今。ケイとアリスに分かれている今ならば。どちらかが消えれば助かるはずだった。本船とて名もなき神々の王女が二人いる事は理解の外だろう。片方を消せばそれで満足するはずだ。

 

 

「消えるのは勇者ではなく。世界を滅ぼす兵器であるべきです」

 

 

 ケイは満足だった。自分の存在意義を真の意味で果たすことはできなかったが、一部分だけなら、なんとかなりそうだったからだ。

 

 

「相変わらず、人の話を聞かないね。君は」

 

 

 響くはずのない声が聞こえた。勢いよく振り向けば、セトがなんだか疲れた顔で立っている。

 

 

「今更何の用ですか。貴女にはもう用はないでしょう。貴女が処分するまでもなく、私は消えるのですから」

 

 

 それを聞いたセトは、これ見よがしにため息をつく。

 

 

「本当に……アリスに言われたんじゃない? 世界を滅ぼす兵器以外になれるって。なら、それを守りなよ。王女の命令でしょ? 何おとなしく消えようとしている訳? この前まで拒絶されて燻ってた奴とは思えないね」

 

「何を……」

 

「アリスを見なよ」

 

 

 セトの言う通りに、抱えたアリスを見れば立ち上る光が消えていた。本船の攻撃が止まっていた。

 

 

「さっき、どこかの良く知っている誰かに、処刑役を押し付けられたんだ。処刑は止められないけど、いつやるかは私の気分次第ってところだね」

 

 

 本船はただの船だ。船であるならば乗り手が必要だった。名もなき神々の王女を撃ち滅ぼす役目を持った乗り手が。それが乗っているのなら、本船は乗り手にその役目を譲るだろう。だから、セトはここまでやってきたのだ。

 

 

「ただ、そんなに長くは待てないよ。精々数十分ってところかな、それだけあれば十分でしょ。自分のバックアップを作るくらいはさ」

 

 

 セトは見逃してくれるらしい。ケイは急いで作業を進めるが、セトの真意が気になった。

 

 

「何故、見逃すのですか。処分した方が楽でしょう?」

 

「……前に言ったでしょ。気持ちは分かるって」

 

 

 少しだけ表情を緩めてセトは言う。まさか答えるとは思わなかったが、聞いた手前、ケイは作業を進めながら耳を傾ける。

 

 

「私も一歩間違えれば、そうなっていたからね。拒絶されてもおかしくなかった。私は運よくそうはならなかったから。君もチャンス位はあってもいいんじゃないかと思ったの。打算も勿論あるけどね」

 

 

 似た境遇であるが故に、あそこまで様子を見たのだろう。だから、幾ら自分が噛みついても涼しい顔で流したのだ。セトにとっては、かつて自分が通った道だから。セトはちらりと自分を見て、それ以上は何にも言わなかった。

 

 

「終わりました」

 

 

 数分も掛からずに、バックアップの準備は終わる。それを伝えると、セトは黙って雷の槍を展開した。以前脅しに使われたモノよりもずっと大きい。それを構えるセトに、ケイは最後に伝えることがあった。

 

 

「最後にいいですか?」

 

「何? アリスや他の皆へ伝言? それなら全部終わった後に自分で──」

 

「いえ。貴女たちにです。貴女とその片割れにも。二人にはアリス共々、世話を焼かれましたから」

 

 

 バックアップ作成の余剰分で作ったモノを二人分。セトへと投げ渡す。

 

 

「何これ?」

 

「別にわからなくていいです。これは私の自己満足なので。受けた恩にはそれと同等の物を。それが勇者らしいですから。従者としては見習うべきでしょう」

 

「くれるなら、貰っておくけど……」

 

 

 不審な物を見る目で、セトは投げ渡されたそれを見ている。見た目はただのディスクだ。見た目は効果からはかけ離れたものではあるが。効果は使わなければいいなというモノでしかない。役に立つだろうが、その状況に陥るなんてことはまず無いだろう。

 

 

「それでは、お願いします」

 

 

 ケイはセトに催促する。かなり時間が経ってしまっている。セトとて融通を利かせるのは簡単ではないはずなのだ。

 

 

「じゃあ、痛くないようにやるから」

 

 

 セトは静かに槍を構え直して、ケイへと向けた。なぜか、その動作は優しさに満ちているようにも見えた。

 

 そして、そのまま光がケイを飲み込んで光が収まったその場には、静かに眠るアリスだけが残されていた。

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