ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
周囲に舞う多次元バリアの欠片を物ともせずに、ウトナピシュティムの本船はアトラ・ハシースの箱舟へと突き進む。
「本艦はそのまま、アトラ・ハシースの箱舟へ突入します!」
アリスの砲撃で空いたバリアの大穴。本船はそこへ艦首を捩じ込むように最大出力で衝突した。そのまま金属同士が削り合う、甲高い硬質な音が艦内に響く。
「バリア突破! 緊急制御!」
「逆推力装置稼働!」
本船の艦首が、しつこく残っていたバリアの破片ごと箱舟の外壁を食い破る。加速の時とは比べ物にならない揺れが本船を襲う。エンジンの推力は弱まったようだが、一度ついた加速は早々止まるものではない。じりじりと艦首が外壁へと嫌な音を立ててめり込んでいく。
止まらない不協和音と揺れに、周りから、短い悲鳴や息を堪える音がこだまする。それらの音は振動が収まるにつれて小さくなっていき、遂には止まった。
「止まっ……た……?」
恐る恐るといった、誰かの声を皮切りに、歓声と安堵の声が響いて、艦内の空気は弛緩していく。
先生も安心して窓の外を見ると、灰色の壁が見えた。
どうやら、無事にアトラ・ハシースの箱舟内部に侵入できたようだった。侵入というには、壁を艦首で突き破ると言った荒っぽい方法でだが。
「先生。報告です」
ざわつく艦内をよそに、リンが現状を伝えに、先生の所まで来てくれていた。
「現在、私たちはアトラ・ハシースの箱舟内部への侵入に成功しました。今は外壁に、ウトナピシュティムの本船が突き刺さっているような形になります。衝突による損害はありますが、地上のエンジニア部の協力があれば修理可能な範疇。作戦の続行は可能です」
「作戦って。これから、どうするんだい」
簡単な話しか先生は聞いていない。このアトラ・ハシースの箱舟を破壊する。それだけは聞いているが、箱舟は随分と大きい。ロボットアニメで出てくる居住コロニーを思い出させる大きさだ。この大きさなら破壊するには骨が折れるだろうし、敵の反抗も予想される。それに対して、リンは問題ないと言うように放送装置の電源を入れた。
『あー。こちらヴェリタス。先生。聞こえてる?』
「ああ、聞こえているよ」
ヴェリタスの副部長。各務チヒロの声が響いた。彼女たちは地上から先生たちのサポートをしてくれるはずだった。
『作戦の説明を始めるよ。本船の戦闘部隊には、今から箱舟の占領をしてもらう』
チヒロの声が艦内全体へ、放送装置を使って響く。艦橋には居ない、対策委員会やゲーム開発部にも聞こえているはずだ。
『虚妄のサンクトゥムへとエネルギーを供給している。この箱舟を破壊することが私たちの勝利条件。そのためには、私たちがハッキングを仕掛けて、この箱舟の制御権を奪い取らなくてはならない。正確には管制システムだね。それを奪取し、箱舟に搭載されている自爆シーケンスを起動させる』
やけに、遠回りなやり方だと感じる。こちらにはアリスだけではなく、カヤツリのレールガンもある。最大出力のアレを撃ち込めば話が早いのではないのだろうか。
『この箱舟は、多次元解釈演算装置。この箱舟全体が巨大な量子コンピューターになっている。おおむねは私たちの乗っている本船とおんなじだね。違うのは大きさ』
「一度に壊せないってことかい?」
『そう。箱舟は私たちの本船と違って、その大きさから、構成パーツが多い。四つある区画の一つ一つが補い合っているし、中途半端に壊したりなんかしたらどうなるか分からない。そして、私たちには時間制限がある』
その声と共に、本船のモニターに数字が表れた。それは一秒ごとに減少している。数字の桁からいってまだ余裕はあるが、鼻歌交じりともいかない絶妙な時間だった。
『それが私たちの残り時間。今はアリスのお陰で、多次元バリアが機能不全に陥っているけど。それは永遠に続くモノじゃない。その時間が尽きる前に作戦を完了させないと、箱舟は多次元に退避される。そうなれば私たちの負け。ゲームオーバーよ』
「分かった。ありがとう」
作戦の概要を先生が理解したことを察したヴェリタスの通信が切れた。質問がないから、恐らくは全員も飲み込めたはずだ。
そして、これからは先生の領分だった。戦闘部隊を指揮して、四つある区画を占領しなければならない。
「本艦前方に敵影! 数は……どんどん増えています!」
艦橋に響く声に、全員の視線がモニターに集中した。
モニターには、外壁に埋まっているこちらに向かって、通路を埋め尽くしながら行進する。敵が映っていた。
数多の、かつて、ケイが差し向けてきた無名の守護者たち。エデン条約で先生たちを苦しめたユスティナ聖徒会が、群れを成して向かってきていた。ユスティナ聖徒会は、ゲマトリアから奪われたという複製だろう。
「数が……多い。幾ら、敵の本拠地とはいえ……」
「あの時の……!」
あれらを見たことがある者、無い者も。余りの数の多さに言葉を失っている。けれど、先生は心配していない。
「皆、準備はいいかい」
『うん。こちら、対策委員会。準備は万全だよ』
『ゲーム開発部も大丈夫です』
遂に本来の出番が来た、対策委員会は突撃役、ゲーム開発部には防衛役をお願いする。そして、運がいいのか悪いのか。この本船にはもう一つ、敵と戦える集団が乗り込んでいた。しっかりとシッテムの箱に認識されている。
「美食研究会もお願いしていいかい」
『もちろんですわ! フウカさん謹製の宇宙食を堪能すると言う、我々の崇高な目的を邪魔しようというのですから! 我々の探究の邪魔は誰にもできません!』
今のハルナの宣言で、本船に乗り込んだ目的が発覚したが、塞翁が馬というやつだ。おかげで全員に余裕ができている。巻き込まれたフウカには気の毒だが。後で埋め合わせをしようと先生は心に決めた。
「それじゃあ、皆。始めるよ!」
先生の号令と共に敵の群れに向かって、対策委員会が突撃していく。いきなりレールガンとミニガンの砲撃が敵を薙ぎ払った。そのまま大多数が戦闘不能になる。
残った敵は美食研究会とセリカの狙撃が撃ち抜いていく。中には身体が大きく、耐久も高いのだろう個体もいるが。それはホシノに足止めされた挙句、集中砲火を受けて沈黙した。
撃ち漏らしはないが、別ルートから細々と敵が本船に接近している。それは、ゲーム開発部が危なげなく排除できている。
そんな事を気にもせず。敵の群れは際限なく湧き続ける。しかし、先生は心配しない。少しづつではあるが、敵の出現速度よりもこちらの撃破の方が速い。シッテムの箱にもこのまま押し切れると出ている。そして、先生は生徒たちを信頼しているからだ。きっと、こんなことくらいでは負けはしないと。
「敵部隊沈黙しました! 増援は……ありません!」
しばらくの戦闘時間の後、遂に敵の増援が尽きた。艦橋に安堵の雰囲気が広がるが、先生は戦闘終了後も気を抜けなかった。戦闘部隊が帰ってくるまでが戦闘だからだ。だから、シッテムの箱に集中していた先生は、それにいち早く気づくことが出来た。
「皆! 伏せて!」
先生の声に、艦橋の全員がその場に伏せる。その直後に、艦橋で何かが爆発した。その爆発の正体を先生は気づいていた。手榴弾だ。手榴弾が虚空から現れて、誰もいない機器の前で爆発したのだ。おかげで、その付近の機器が酷いことになっている。
「何!? 何なの!?」
事態を把握できない何人かの声に説明する暇もなく、先生は手榴弾が爆発した個所を睨みつける。何もないそこに、先生の視線を追って、全員が注視した。
「警告したのに……どうして?」
何もない虚空から現れた黒い穴。それを潜って、ゆっくりとシロコが現れた。瞬間移動とも呼べるそれに、何人かが息をのむ。さっきの爆発は手榴弾だけを転送してきたのだろう。
「ここには、命の終わりしかないのに」
無感動な瞳で、シロコは先生へと問いかける。先生もシロコに言うべき言葉を掛けようと、口を開こうとした。
「シロコ先輩!!」
それより前に、アヤネの声がシロコに向かって叩きつけられた。それはただの大声だったが、そこには色々な感情が詰まっているように先生には聞こえた。
どうして、戻ってきてくれないのか。どうして、こんなことをしているのか。どうして、自分たちと話をしてくれないのか。困惑と悲しみと怒りが混ぜこぜになった。そんなアヤネの声に、シロコは固まっていた。
シャーレの時と同じだ。シロコは先生と、その場にいたリンに対しては反応したし言葉も返した。ただし、あとから来たアヤネに対しては何も言わなかったのだ。逃げるように消えてしまった。
あの時は、リンに発砲されたせいだと思っていたのだが、どうにも違うような気がした。
「……」
アヤネの言葉には何も答えずに、シロコは黒い穴を再展開した。またいなくなるつもりだ。しかし、先生たちにはシロコを止める術はない。戦闘部隊はまだ帰ってきていないからだ。艦橋にいるメンバーでは、全く歯が立たないだろう。
シロコを見送るしかない全員の後ろで、急にドアが開き、鋭い、聞いたこともないような声が響く。
「動くな!!」
ホシノが、対策委員会が、銃をシロコに向けて立っていた。
「シロコちゃん!」
「シロコ先輩!」
ノノミの心配したような声、セリカの戸惑いが混じった声、カヤツリの無言の視線。それらを受けても、シロコの反応は変わらない。
「……ッツ!」
「動くなって──手榴弾!?」
ホシノの前に三つ。ピンの外れた手榴弾が舞う。ホシノにとっては痛打にもならないが、先生がいる。先生を守る都合上、シロコのマークを外さざるをえない。つまりは逃走の為の目くらましだ。
それはホシノも分かっているのか、悔しそうな表情で、盾を構えて、先生の前に滑り込む。
そして手榴弾は爆発し──なかった。
「え……? なんで……?」
全員が驚いていたが、一番シロコが驚いていた。手榴弾は爆発しなかったが、別に不発したわけでは無いのだ。床にバウンドするかと思ったそれらは、床に着く前にどこかに行ってしまったのだ。そして、外から、大きな爆発音が聞こえた。
さっきのシロコのような瞬間移動だった。ただそれを行ったのはシロコではないだろう。やる理由がないし、この驚きようからしてあり得ない。自分たちも違う。リオならできそうだが、そうなら本船など使わなかっただろう。
「……嘘。ありえない……」
シロコの目の前に、黒い穴が現れる。それを見たシロコは驚きで後ずさっている。ホシノ達や先生たちも、そこから距離を取った。シロコのように誰かが出てくると言う事だからだ。
穴はシロコの物よりも大きかった。そこから、ぬっと何かが穴をくぐって現れる。先生は、それには見覚えがないが、ホシノやカヤツリ達は違うだろう。
穴から艦橋に降りたったのは、アビドス砂漠で対策委員が戦ったという黒い鳥だった。それはこちらには見向きもせずに、シロコをじっと見ている。
「なんで……? どうやって!? あの時みたいにはいかないはず! 貴方も、私も! もうこの中に居るんだから! あの時みたいに、外から中へ入った使用後の私のゲートを再利用はできない! 私の跡を追えないように、しっかり痕跡は消した! 万全を期して、外からじゃなくて箱舟からゲートを開いたのに……!」
それはシロコの質問には答えない。ただ、答えるように、艦橋のモニターが大きく何度も明滅した。
『先生! 大変です!』
「え、アロナ……?」
珍しくアロナの焦ったような声が、シッテムの箱から聞こえた。意識を黒い鳥から離さないまま、耳を傾けると、信じられない言葉がアロナの口から飛び出した。
『本船の機能が一部掌握されています! 黒い鳥。アレにです!』
「え!? 本船の機能が!?」
「何ですって! ……本当だわ。管理者権限……?」
先生の呟きに反応したリオの声が聞こえた。それを聞いて、何となく、先生は黒い鳥がどうやってここまで来たのか分かった。
さっきのヴェリタスの作戦説明で、本船と箱舟の機能は同じだと彼女たちは言っていた。同じ多次元解釈演算装置。大きさからして箱舟の方が高性能なのかも知れないが、重要なのはそこではない。
きっとシロコの瞬間移動は、シロコの自前の能力ではない。箱舟か何かの機能を利用しているのだ。物理無効の、概念染みたバリアを張れるのだから、瞬間移動ができても不思議ではない。穴とバリアの色も似通っているし、そう言う事なのかもしれない。
それなら、本船でも同じことが出来るはずだ。やり方は見当がつかないが、箱舟ができる事を本船ができない道理はない。機能は同一なのだから。
「いえ……いえ……不可能です……ありえません」
リオの言葉にしばらく考え込んでいたであろうヒマリが、信じられないかのように言葉を漏らす。
「だって、今。本船のリソースは一杯一杯のはず。多次元解釈システムに、アリスのアトラ・ハシースの箱舟。そして、今も箱舟の次元退避を総力を挙げて妨害している……どう考えてもリソースが足りません」
「いえ……ヒマリ。方法はあるわ。その結果が、今。目の前に立っているでしょう?」
リオは淡々と、結果だけを指摘するが、ヒマリは首を振って否定している。
「分かっていますよ。幾ら信じがたくとも、目の前に残った結果が真実だと言うのでしょう!? 理屈の上では確かにできますとも! しかし、実行したが最後、どうなるか想像がつかない貴女ではないでしょう!」
「そうね。リソースが足りないなら、追加すればいい。私たちは誰しもそれを持っている。今ですら、私たちが全貌を解き明かせない神秘に包まれた器官」
「それって……まさか……」
先生もようやくたどり着き、言葉には出せない答えにリオは頷くのだ。
「そう。脳よ。足りない分は自分の頭で処理した。管理者権限があるならそれくらいはできるはず」
「何でヒマリは……」
黒い鳥と、それに睨まれて動けないシロコを見ながら、先生はリオに尋ねる。それならヒマリがあそこまで狼狽える理由はないはずだからだ。
「多次元の解釈はそれほど簡単ではないわ。本船や箱舟があって、はじめて可能になる業なの。それを生身でやるなら相応の代償はある。ヒマリがああ言ったのは……やれば最悪死んでしまうからよ。幾ら高性能とはいえ生体器官。それも生身の物とくれば……きっと処理に耐えられない。脳は甚大なダメージを負うでしょう」
「え……?」
急いで黒い鳥を確認する。気がつけば、足元に黒い血だまりができていた。その出血は、顔を覆う仮面の部分から流れ出している。それだけでなく、鎧の隙間からとめどなく血が流れ出していた。
「どうして身体全体から……そんな、まさか!?」
そして、先生は気がついてしまった。管理者権限とリオは言った。今シッテムの箱で確認したがそうなっている。文字が複数重なって読めないが、それが管理者となり、先生たちはゲスト扱いで本船の権限を取得している。
自分たちから権利を剥奪しない理由は分からない。そんな事はどうでもよかった。問題なのは管理者だと言う事だ。
黒服は言った。本船を起動すれば代償を負うだろうと。死ぬかもしれないとも。しかし、先生は死ななかった。数分意識を失っただけだ。さっきまでは状況が目まぐるしく変わったせいで気にもしなかったが。よく考えればおかしいのだ。黒服は物事を過大にも過小にも言わない。黒服とはそういう大人だからだ。だから、死ぬほどの代償というのは、文字通りの代償だったはずなのだ。
しかし、先生はピンピンしている。つまり、誰かが、先生の分の代償を引き受けてくれたということになる。それは、目の前の黒い鳥ではないのか。だから、あんなに血まみれなのではないのだろうか。
『……ええ、先生の想像が正しければ、そうなります。さっきから動かないのも身体が麻痺しているか、意識を失っている。それか、とても悲しいことですが、限界を迎えてしまったのかも……えっ……!?』
先生の疑問に悲しそうな顔で答えたアロナの声が上ずった。
動いている。黒い鳥は再び動き出していた。流れた血が炎を上げて消えていく。全身も同様に火に包まれ火達磨だが、黒い鳥は気にした様子もない。火はすぐに収まって、黒い鳥から血だまりや流血の跡は消えていた。
「……止めて。それ以上は……止めて! 来ないで! もう、そんな事は……」
怯えたように。さっきとはシロコの様子がまるで違った。さっきまでは感情を見せなかったのに、黒い鳥を見た瞬間に、表情が崩れかかっていた。今はもう半狂乱にも見える。
黒い鳥はシロコの様子を見ているだけだ。ただ見ている。そして、スッと手を肩まで持ち上げた。そのまま一歩シロコの方へと踏み出していく。
「止まって!」
ホシノが黒い鳥に割り込んだ。その場に緊張が走る。黒い鳥の戦闘能力は聞いている。ここでの、艦橋での戦闘は避けなければならなかったが、このままシロコに対して何かするのを見逃すわけにもいかない。だから、艦橋の外に誘導する必要があった。それができるのは盾を持つホシノだけだ。だから、それを察してホシノは動いてくれたのだろう。
黒い鳥はじっと、ホシノを見ていた。その目に敵意は無いようにも感じる。シロコの時とはまた違った視線だ。
シロコの時はシロコを通して何かを見ている感じだったが、今は、目の前のホシノをじっと見ているようにも見える。
「……ッ」
「あ! 待って! シロコちゃん!」
「シロコ先輩!」
ホシノが黒い鳥を足止めしているのを好機と取ったのか、シロコは穴を再展開して消えてしまった。
残ったのは黒い鳥だけだ。
黒い鳥はホシノを見た後、視線を外して、対策委員会の方を見た後、先生をじっと見た。
その視線は、何かを確かめるような、そんな意図の感じられる。品定めのような視線だった。負けじと先生は黒い鳥を見つめ返す。
すると、黒い鳥は、シロコと同じように、穴を展開して姿を消した。
「シロコちゃん……どうして……それにアレは、私。何となく知ってるような……」
ホシノの呟くそんな声が、嫌に先生の耳に残った。
□
「それで? カヤツリの考えは?」
箱舟の中を駆けるカヤツリに隣を走るホシノが尋ねてきた。
「話を端折り過ぎだ。……シロコのことで良いのか?」
「うん。分かってるじゃない。やっぱり皆も気になってるし、不安だと思うよ?」
満足そうなホシノにため息をつく。
今、カヤツリ達が居るのは、箱舟の第二エリアだ。
ヴェリタスが言うには、箱舟は四つのエリアに分けられていると言う。外縁部の三つと中心部の一つ。それらの区画に存在する次元エンジンの破壊が、カヤツリ達対策委員会の役目だった。もう第一区画は破壊済みで、今は次元エンジンを探して駆けずり回っている。
他の人たちと言えば、ゲーム開発部は箱舟の防衛に、美食研究会も、それの手伝い……というか、フウカに料理を強請っていた。仕事はしっかりするだろうから、心配はしていない。
先生たちは本船の修理を急いでいる。アレが無ければ自分たちは帰れないからだ。
それぞれが自分たちのやるべきことをやっているのだ。集中すべきだとは思っているのだが、後ろのノノミ後輩やセリカ後輩も聞きたそうな顔をしていた。無線の向こうのアヤネ後輩だってそうだろう。
きっと後で言ってもいいが、その場合はそれが気になって、戦闘に集中できない。ホシノもそれを危惧したのかもしれない。
「たぶん。アレはシロコであって、シロコじゃない」
それが、今のところのカヤツリの結論だった。
あの時。昔に戻ったかのようなホシノの鋭い声を聞きながら、カヤツリはシロコを観察していた。
長い髪に、高い背丈。話には聞いていたが、随分な変わりようだった。銃をホシノに突き付けられても、何の反応もしていない。ただ、固まったようにホシノや自分たちをみつめるだけだった。
余裕があるから、見ているだけ。そういう雰囲気ではなかった。少なくとも、そういった余裕は、あの時のシロコからは感じ取れなかった。余裕というよりも、驚きという方が近いかもしれない。
「どういう事ですか? カヤツリ先輩」
良く分からないのか、ノノミ後輩が質問してくる。セリカ後輩も同じような反応だ。
「あの姿は、色彩とやらに接触したせいだとは思う。ただ、中身が変だ。色彩がキヴォトスの破壊を目的としているなら、シロコに自由意志など残さないだろう。俺なら操り人形にするね」
妙だった。敵対したくせに、こちらに対する戸惑いがある。戸惑いがあるならやめてもいいはずなのに、何か確固とした意志も感じる。攫われて何か吹き込まれたにしては妙だ。洗脳されたにしては、やたらと自己意識が強い。ちぐはぐだ。
「でも、役割だって、シロコ先輩は言ってたんでしょ? そう思い込まされてるんじゃないの?」
セリカ後輩がもっともな事を言う。確かに、自由意志の剥奪は出来なくて、偽の記憶か使命を植え付けられたのかもしれない。ただ、それもおかしい。
「なら、何で俺たちと話をしないんだ? シロコは俺やホシノとは違って、ちゃんと言える奴だ。先生や黒い鳥とは話すくせして、こっちには話さないのはおかしい。見えないとか、意識に入らないとかじゃなく、意図的に無視している」
それに、他の四人は見るくせに、自分にだけは頑なに視線を合わせようとはしなかった。アヤネ後輩を見てから、声を発したノノミ後輩とセリカ後輩だけに視線をやって、ホシノを警戒したように見ていた。
「自分の意志で動いてはいるが、その行動原理が読めない。行動理由が俺たちが知っているシロコと一致しない。さっきの妨害も覚えてるか?」
「ああ、次元エンジン破壊の邪魔をシロコちゃんがした時のやつ? そういえばカヤツリ。対応が早かったけど、どうしたの?」
「わざと隙を作っておいた」
次元エンジンを破壊する時。シロコが瞬間移動して妨害を図ってきた。艦橋と同じように手榴弾を瞬間移動でバラまいてだ。姿を見せないのは黒い鳥と追いかけっこをしているのだろう。
「隙を突くタイミングや方法は俺がシロコに教えたんだよ」
「銀行強盗もね」
「うるさい。そっちは、バカみたいな戦闘技術を教えたくせに……」
ホシノが茶々を入れるのを一蹴しながら、カヤツリは説明を続ける。
「教えたとおりに、やりやすいように隙を作れば、その通りに攻撃してきた。つまりは知ってるんだ。俺が教えたことを」
記憶や意識は、自分たちが知っているシロコなのに。そこから出力される行動がどうにも変だった。
「だから、シロコであって、シロコじゃないという結論になった。あと、あの目かな……」
『目、ですか? 確かに、暗い目つきだとは思いましたが、無理やり言う事を聞かされているからでは……?』
「違う」
アヤネ後輩が感想を言うが、そうではない。あれは出そうと思って出せる類のものではない。一時期嫌というほど見て、記憶に焼き付いているアレだ。
「ホシノなら分かるだろ? 一時期は毎朝、見てただろうから」
「ああ、そう言う事。鏡ね。……確かにそうだね。……そっちもそうだったくせに」
「毎朝? そっちも? 何なの?」
セリカ後輩が何かに感づきそうだ。このままでは話の方向がマズい方向に行きそうになるので、カヤツリは軌道修正を図った。
「あと、あの黒い鳥。それが誰だか、シロコは知ってるみたいだった。俺たちは知らないのにな」
「アレ、なんだろうね。何となく知ってる気がするんだよね……」
「ホシノ先輩も?」
「セリカちゃんもですか?」
『先輩たちもですか?』
どうにも全員、知っている感じがするようだ。カヤツリには分からない何かがあるらしい。どちらかと言えばカヤツリは炎の方が気にかかる。あれをどこかで聞いたか見た気がするのだ。
「まあ、シロコちゃんに聞けば分かるよ。どうしてこうしているのか、あの黒い鳥は何なのかもね。手の届くところに、シロコちゃんはいるんだから」
そのホシノの言葉に、カヤツリは安心することが出来た。かつてのようなことにならないと、そう信じることが出来たからだ。正しいことをできていると、そういう安心感が確かにあった。それは、対策委員会の全員がそうだったのかもしれない。
第二区画の次元エンジンを目指す自分達の足取りは軽い。さっきまでの全員の不安は消え去っていた。