ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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146話 もう一人の自分たち

 目の前の封鎖されていた扉が、何事もなかったかのように開いた。

 

 シロコが閉じ込められていた区画から出る扉だ。銃を撃っても、蹴りを入れても、手持ちの手榴弾を仕掛けても、びくともしなかった扉が嘘のように開いていた。

 

 そこから、待ってましたとばかりにシロコは外へと飛び出す。

 

 あの扉が開いたと言う事は、対策委員の仲間が上手い事やってくれたのだろう。今頃は、最後の次元エンジンを破壊している頃かもしれない。

 

 何の気配もしない通路をシロコは走る。早く皆と合流したいと言う気持ちが足の回転を上げていた。

 

 先生や皆には、とても心配をかけてしまった。別に今回の事はシロコが下手を打ってこうなったわけでは無いし、シロコ自身にも悪気があったわけでは無い。強いて言うなら、ホシノの言うことを聞かないで、カイザーの様子を見に進路を外れてしまった事だ。

 

 まさか、こんなところに監禁されるとは思わない。こちらに向かっている先生から、今いる場所が空の遥か高みにあると聞いて、シロコは驚きで何も言えなかった。宇宙戦艦とか、キヴォトスの危機とか、様々なことが自分の居ない間に起こっていたのもそれに拍車をかけている。

 

 話をざっと聞いた感じ、自分が攫われたことから怒涛の勢いで事態が進行している。ふと、シロコは今更になって、あの時の事を思い出すが、どうにかできたかは疑問だ。

 

 始まりは虚空に亀裂が走ったことからだ。

 

 晴れた青い空には似つかわしくない黒い亀裂。その亀裂は大きく広がって、そこから見えたのは仮面と何か妙な装束を着た、男とも女ともつかない誰か。

 

 シロコは警戒し、自転車を置き去りに距離を取ろうとしたのを覚えている。その前に、上空から強い殺気を感じて、上を見上げてしまったのだ。

 

 黒い鳥としか言いようのない何かがシロコと目の前の誰かに向かって急降下してきていた。

 

 急いで躱そうと、足を地面に着こうとして、いつの間にか地面へと開いていた黒い亀裂に落下した。そして、ついさっきまで、あの区画に監禁されていた。

 

 どうにもシロコの頭では敵の意図が読めない。カヤツリ先輩やアヤネあたりなら、何個か思いつくのだろうが、シロコにはさっぱりだ。精々が身代金目的で攫われたくらいの考えしか思い浮かばなかった。

 

 

「先生?」

 

 

 そんな益体もないことを考えながら走るシロコの前に、息を切らした先生が現れた。作戦では、自分の退路を開いてくれると言う話だったはずだ。しかし、先生の周りには居るはずのゲーム開発部や美食研究会の姿は無かった。

 

 妙だった。先生には攻撃は通らないとはいえ、こんな前線近くに出てくるのはおかしい。何かが起こったに違いなかった。

 

 当の先生は、ここまで全速力で走ってきたのか、息も絶え絶えという様子で必死に息を吸い込んでいる。何かをシロコに伝えたいのだろうが、息切れで何も答えられない、そしてまた息を吸い込むと言う動作を繰り返している。

 

 

「……大丈夫?」

 

 

 しばらく待てば、先生の息は整った。シロコが聞けば、額の汗を拭いつつ、先生は深刻そうな声で言った。

 

 

「シロコ。状況が変わったんだ。ついさっき」

 

 

 こてりとシロコは首を傾げた。先生の様子から、状況が変わったのは分かるが、先生がここまで走ってくることには繋がらないからだ。

 

 

「本船がハッキングされているんだ」

 

 

 なるほどとシロコは納得した。確か作戦ではシロコが今いる方。箱舟をハッキングするとか言っていた。ハッキングして自爆させるのだと。そのために自分の先輩たちは次元エンジンを破壊している。

 

 逆にハッキングされていると言う事は良くはないはずだ。それを何とかするために、先生は来たのだろう。

 

 

「ん。私は何をすればいいの?」

 

「私と一緒に、箱舟の管制室まで来てほしい。そこから、ハッキングされているみたいなんだ」

 

 

 先生が言うには、本船の演算能力を逆利用されて、全部ひっくり返されそうになっているらしい。必死に他の生徒たちが打開策を考えてくれてはいるが、状況は良くはない。敵の群れが変わらず押し寄せていて、対策委員会やゲーム開発部、美食研究会は足止めを食らっている。

 

 だから、苦肉の策として先生だけを先行させた。フリーであり、なおかつ距離が一番近いシロコと、ハッキングを行っている管制室を襲撃しようということだ。物理的にそこを破壊してしまえば、ハッキングは止まるだろう。

 

 

「分かった。急ごう先生」

 

 

 分かりやすくていいとシロコは安心する。銀行強盗の計画を練る時に、カヤツリ先輩が提案する相手を掌で転がすような作戦もいいが、正面から暴力的に行く作戦もシロコは好みだった。何より単純なのは良いことだ。

 

 息を整え終わった先生と目的の部屋へと向かって走る。目的地である管制室は本当に直ぐだった。

 

 

「いい。先生。敵がいたら私が制圧する」

 

「分かったよ。シロコ。私もサポートする」

 

 

 先生の指揮があれば安心だった。シロコは先生の指揮の強さを身を持って知っている。いつかホシノ先輩と戦う時に手伝いを頼むのも良いかもしれないと、こっそり企んでいるくらいには。

 

 

「ん!!」

 

 

 扉を蹴り破れば、そこは不思議な部屋だった。白く円形に輝く床に、その周りは階段のようになり、平たいすり鉢状になっていた。それ以外には何もない。管制室というからには機械が並んでいると思っていた。むしろ、管制室という名前は後付けなのかもしれない。

 

 ナラム・シンの玉座。先生から聞いたそれが、この部屋の名前だった。管制室よりも玉座と言った方がしっくりくる。

 

 

「敵。発見」

 

 

 そして、シロコは部屋の中心に立つ者に銃を向ける。何もない部屋だから、直ぐにそれが誰なのか分かった。

 

 

「……私を攫った奴」

 

 

 立っているのは、亀裂の向こうに見えた。仮面の人物。あの時と姿は変わらないように見える。大きな外套と仮面。そして肌は包帯で覆われて見えない。

 

 

「こっちにはシャーレの先生がいる。抵抗は無駄。だから、動かないで! 動いたら、撃つ!」

 

 

 シロコは大声で警告する。仮面の者は懐に手を入れている。銃でも取り出そうと言うのだろう。しかし、手が止まる気配はない。手首から先が外套の奥の物を掴んだと思われた時点で、シロコは発砲した。

 

 

「どうして? この距離で外すなんて……」

 

 

 発砲の結果は散々だった。一マガジンの半分は撃ったが、全てが外れてしまっていた。それほど遠い距離ではない。相手が動いたとかならまだしも、相手は一歩も動いていない。弾の方が避けた様な挙動だった。

 

 

 ──弾の方が避けたかのような?

 

 

 シロコは自分の考えを反復して、ある考えに辿り着く。その現象は見たことがあるし、起こせる人間もしっているが。それはあり得ない事だった。だって、それはまるで先生のような現象だったからだ。

 

 

『我々は望む。ジェリコの嘆きを。我々は覚えている。七つの古則を』

 

「今のは……シッテムの箱の……」

 

 

 硝煙に包まれて姿が見えない仮面の者。そこから流れた機械音声に先生が反応した。直後、信じられない言葉が聞こえた。

 

 

「先生の生体認証、完了。シッテムの箱のメインOS、A.R.O.N.A。命令待機中」

 

 

 白煙が晴れた先に居たのは、無傷の仮面の者と黒いセーラー服を着た、シロコが見たこともない少女だった。ただし、先生はその少女を知っているのか、余りに動揺し過ぎて言葉にならない音を漏らす。

 

 

「だから、言ったでしょう? 予定通りにキヴォトスは終焉を迎える」

 

 

 自分と似ているようで似ていない。そんな印象を受ける黒いドレスの女が、仮面の者の隣に立っていた。それは、何故かもう一人の自分だと、シロコは根拠もなく認識した。

 

 そして、そのもう一人の自分は、仮面の者を見て言った。

 

 

「そうだよね。私の先生(プレナパテス)

 

 

 □

 

 

 もう一人のシロコが言い放った言葉に、先生とシロコは驚愕で固まった。だから、シロコの口からは文章ではなく、単語だけが口から零れる。

 

 

「もう一人。私?」

 

「肯定。砂狼シロコ。別時間軸の同一存在」

 

 

 アロナだと言う少女が回答する。しかし、先生が知っているアロナとは、姿や口調が違った。先生の知っているアロナは、水色の服を着た少女だ。性格も見た目通りの子供っぽさ。目の前の少女とは大きく違う。

 

 

『あり得ません。今私はここに居ます。あの子が管理OSであるはずが、それになんで、実体を持って外に……』

 

 

 端末の中でアロナが、信じられないかのように騒いでいる。アロナは電子上の存在であるがゆえに、実体化はできない。シロコが別時間軸の存在だと言うのなら、向こうのアロナもそうなのだろうが。目の前の彼女はどう見ても生身の身体だ。ホログラムには見えない。

 

 

「それは、ここがナラム・シンの玉座だからです」

 

 

 向こうのアロナは無表情のまま、淡々と言葉を紡ぐ。

 

 

「ナラム・シンの玉座は、次元、時間、実在の有無が確定されずに交じり合う混沌の領域。その空間だからこそ、教室を持たない私はここに、実体を持って存在できる」

 

 

 向こうのアロナの言葉を聞きながら、先生はもっと重要なことに気を取られていた。シロコも、アロナも、別時間軸の存在なのだと言う。なら、プレナパテスは? シロコが”私の先生”と言い、シッテムの箱の所有者にしか従わないアロナが従っているプレナパテスは?

 

 答えなど一つしかない。

 

 

「じゃあ、プレナパテスは……別時間軸の私……」

 

「一部肯定。対象が連邦捜査部シャーレの顧問。先生と同一存在であること確認。尤も、違いはありますが」

 

 

 違い? 姿か何かだろうかと、この場に似つかわしくない考えが、先生の頭の中を支配する。しかし、アロナが、そんな先生を、厳しい事実で現実に引き戻す。

 

 

『……そうですね。大きな違いです。あのプレナパテスの肉体は……生体反応がありません』

 

「プレナパテスは死んでいる……ってこと?」

 

 

 先生の答えに、アロナは”はい”とも”いいえ”とも言わなかった。ただ、悲しそうに目を伏せるだけだ。その反応がもう答えのようなものだった。

 

 

「え……先生が、死んで……?」

 

「そう、私が殺したから」

 

「え……?」

 

 

 両目を見開いて、これ以上の言葉が出ないシロコに、向こうのシロコが、普通の事のように言った。先生を自分が殺したと。

 

 その時に先生は、セイアの最後の予知夢を思い出した。丁度、向こうのシロコのような格好をしたシロコが、先生に拳銃を突きつける場面。きっと自分はあの後に、撃たれたのかもしれない。

 

 先生が、考え込む間にも、向こうのシロコは、こちらのシロコに話し続ける。

 

 

「そうしたら、先生は色彩の嚮導者になった。これはきっと、色彩の影響だと思うけどね。そして、私をここに連れて来たの。世界を終焉に導くという私の運命をかなえるために」

 

 

 向こうのシロコの言葉には一定の説得力があった。確かに自分ならそうするだろう。生徒の願いであれば、世界を越えるくらいだってして見せるだろう。ただし、その願いが真っ当なモノであればだが。向こうのシロコの言葉は、どこか違和感が付きまとう。色彩のせいでそうなっているのだろうか。

 

 

「……私が、先生を、殺す? 世界を滅ぼす?」

 

「そう」

 

「そんなの……そんなの、信じない!!」

 

 

 シロコは激昂して、もう一人への自分へと発砲した。撃たれたシロコは涼しい顔で、銃弾を躱して、追い詰めるように言葉を放つ。

 

 

「ううん。そうなるの。こうなるように定められている。世界を滅ぼす。世界を死へと導く神。それが、私たち”砂狼シロコ”の本質」

 

 

 それでもと、食い下がって発砲するシロコを、大した手間もなく、向こうのシロコは無力化した。

 

 

「私はあなたより強い。経験の差は埋まらない。私はあなたが経験しなかったことを経験したから」

 

「君は、どうして、シロコを攫ったんだい」

 

 

 シロコを少しでも回復させるために、先生は悪あがきの質問を飛ばした。向こうのシロコは余裕の表れなのか、意識を先生に向けて答えてくれた。

 

 

「そっちの私は、プレナパテスの計画にとって、無視できない変数だったから。世界を終焉に導く崇高は、一つの世界に一つしか存在できない。砂狼シロコは一つの世界に一人だけ。だから、私はもう一人の私を、この世界から存在しない状態にしなければならなかった。混沌の領域である、ここでは別だけどね」

 

 

 だから、攫ったのだ。攫って、箱舟に閉じ込めた。箱舟は次元を操れるから。そうしなければ、向こうのシロコは箱舟の外で、後顧の憂いなく活動できないのだ。

 

 

「私は同情するよ。砂狼シロコ。あのまま捕まっていれば、こんな目に合わなくて済んだのに。それで、どうするの? 先生」

 

 

 確認をするように、向こうのシロコは問いかける。

 

 

「抵抗しているようだけど、もう少しで本船のハッキングは終わる。そうすれば、本船の演算装置で箱舟を修復した後、本船の方を自爆させる。そして今は中途半端な虚妄のサンクトゥムを顕現させて、世界を滅ぼす」

 

 

 それは勝利宣言だった。

 

 今、必死にリオやヒマリがハッキングを止めているが、相手にはアロナがいる。アロナの性能がこちらのアロナと同じなら分が悪すぎる。アロナはデカグラマトンのハッキングすら片手間で弾けたのだから。それに問題はそれだけでは無い。アロナの手腕だろうが、地上にも問題が起きている。虚妄のサンクトゥムが新たに顕現しているのだ。地上部隊が先生の援護無しで、どこまで抵抗できるかもわからない。

 

 はっきり言って、ほぼ負けのようなものだ。

 

 ハッキング勝負では、アロナに勝てない。なら、直接妨害しようにも、向こうには自分と、シロコがいる。箱舟に散っている全生徒がいれば勝負になるだろうが、今の戦力ではほぼ勝ち目がない。

 

 

「……諦めないんだね」

 

 

 立ち上がるシロコと、それに目配せする先生を見て、向こうのシロコは呆れたように目を伏せた。

 

 先生は懐に手をやって、固い感触を確かめた。先生には切り札がある。

 

 そして、先生が懐の”大人のカード”を引き抜くと同時に、向こうのプレナパテスも同じような動作をしている。まるで、何かを取り出そうとするように。

 

 

「先生は奇跡を起こしてきた。でも、それは私たちの先生も同じ」

 

 

 プレナパテスの手には、黒く焼け焦げた”大人のカード”が握られていた。先生の額に汗が伝う。大人のカードを使っても、恐らく打ち消されるか、対抗措置を取られてしまうだろう。それでも、先生は諦めない。

 

 

「私は先生だよ。生徒より先に諦めるわけにはいかない」

 

 

 まだ皆諦めていないのだ。シロコも、ここにはいない生徒たちも皆。それなのに、何もしないで諦めるのは御免だった。それに、勝てなくても、時間稼ぎ程度はできる。アロナをハッキングに集中させなければいい。数%でも処理を戦闘に割かせることさえできればいい。そうすれば生徒たちが何とかしてくれると、先生は信じている。

 

 

「そう……なら、もう言葉はいらないね」

 

 

 向こうのシロコは、銃を先生たちに向けた。

 

 

 □

 

 

 シロコは歯噛みした。言うだけあって、向こうの自分は強かった。

 

 全てが自分の上位互換。ドローン捌きも、銃の腕も、身体能力も、戦闘勘も。こちらの銃撃は当たらずに、向こうの攻撃だけが当たる。先生も援護してくれているが条件は向こうも同じ。向こうが言った通りに、経験の差がもろに出ていた。

 

 それに極めつけは手数の違いだった。

 

 

「ハァ……ハァ……それは? なんで、それを持ってるの?」

 

 

 息切れをする自分とは違って、悠然と佇む向こうの自分にシロコは問うた。

 

 向こうの自分の手には、自分のライフルとは別の物が握られていて。頭上には自分のドローンとは別の物が浮いていた。

 

 

「ノノミの銃。それに雨雲号……」

 

 

 シロコのドローンはガトリング砲で撃ち落され、距離を取った自分には戦闘ヘリである雨雲号の爆撃。先生の援護でギリギリ凌げたものの、反則にも程があった。

 

 

「まさか……先生だけじゃなくて、皆も? だから、皆の武器を……」

 

「……想像に任せるよ」

 

 

 初めて、向こうの自分の表情が崩れたような気がした。それも一瞬の事だったが。近づいて来た自分は銃を喉元へと突きつける。

 

 

「随分と頑張ったみたいだけど、これで終わり」

 

「そうだね。これは私の負け。でも、勝ちは拾った」

 

 

 何も分かっていなさそうな自分に、唯一の勝利を突きつける。何に勝ったかは、向こうのアロナとかいう少女が答えてくれていた。

 

 

「警告。アトラ・ハシースの箱舟の自爆シーケンスが準備中。当該シーケンスが実行された場合、爆発後の船内生存率は0.0003%以下です」

 

 

 向こうの皆がやってくれていた。先輩達やそれ以外の生徒たちが。本船ではなく箱舟の方の自爆シーケンスが起動したのはそういう事だ。

 

 

「なるほど、時間稼ぎ。信じてたんだね」

 

「私だけじゃ勝てないなら、皆で勝てばいい。それなら、経験の差を埋められる。数は力だよ。私はそう教わったけど。あなたはホシノ先輩やカヤツリ先輩に教わらなかったの?」

 

「…………言うね」

 

 

 少しだけ、むっとした表情になった自分を見て、シロコは内心ガッツポーズする。随分と効いたようで、自分がその場から離脱しても、追うそぶりもない。

 

 

「対処方法を検索。これより別ルートで……」

 

「別にいいよ。もっと簡単な手がある」

 

 

 少しだけ、表情を険しくした自分が、自分と先生をねめつけた。

 

 

「先生がいなければ、どうとでもなる。他の皆が来るまでに始末すればいい」

 

 

 怒っていた。向こうの自分は。自覚がないようだが、とても。さっきと比べて表情が険しい。

 

 

「承認。本船へのハッキングを中断。全リソースを戦闘補助に割り振ります」

 

 

 向こうのアロナの機械的な発言に、シロコの背中に冷や汗が伝う。今まではお遊びの範疇だったということだ。

 

 

「心配ないよ。シロコ。条件はこっちも同じだからね。皆が来るまで、もう少しだけ頑張れるかい」

 

「ん。大丈夫」

 

 

 先生の言葉で冷や汗は引っ込んだ。それを見て、どんどん向こうの自分の表情が険しくなる。

 

 

「大人のカードもアロナも、先生も同じ。だけど違いはあるよ。私との差は埋めようがない。先輩たちが来るまで持ち堪えられるなんて思わない方が──」

 

 

 向こうの自分の言葉が突然途切れた。さっきまでの怒りの表情は引っ込んでいた。だからといって無表情なわけでは無い。さっきとは違った、泣きそうな表情だった。

 

 突然、空中に亀裂が走った。それは自分が攫われた時と同じもので、シロコの警戒レベルが跳ね上がる。

 

 

「何……?」

 

 

 あの亀裂を使っていた人間はもう一人の自分と、プレナパテスだけだったはずだ。彼女たちはシロコの目の前にいる。だから、シロコにはそこから出てくるのは誰か分からない。

 

 けれど、もう一人の自分はよく分かっているようだった。

 

 

「そうだね。本船が使えないなら転移は使えない。でも、それはさっきまでの話。今なら使える」

 

 

 亀裂を押し広げる大きな手の片方が見えた。段々と中から誰かが出てこようとしている。

 

 

「一応、そうは出来ない様に、戦いにくいように狭い場所に誘導したし、できるだけ多くの手勢を送ったんだけど、やっぱり無駄だった」

 

 

 亀裂から最初に現れたのは、無名の守護者の残骸だった。亀裂から放り投げられたそれは、装甲が溶け崩れていた。そして、亀裂から出てくる者の身体にも、たくさんの無名の守護者が纏わりつき、杖の先には力なくユスティナ聖徒会がぶら下がっていた。

 

 

「……ここはアトラ・ハシースの箱舟。ナラム・シンの玉座。私と同じように、もう同一存在の影響を考える事なんてしなくていい。傷も敵も何もかも。全然、本気じゃなかったんだ」

 

 

 それの身体を覆う炎と雷が、纏わりついた守護者たちと、杖先のユスティナ聖徒会を一瞬で蒸発させ、足が残骸を踏みつぶす。それの姿──黒い鳥を見た向こうの自分は悲しそうな顔のまま言うのだ。

 

 

「また、私の邪魔をするんだね。()()

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