ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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147話 幸福の象徴

 雨が降っている。

 

 そんな場違いなことが、シロコ──シロコ・テラーの頭に浮かんでいた。まさか、本当に雨が降っているわけではない。ここは箱舟の中で、しかも高度は七万五千メートルから、さらに上昇して大気圏ギリギリの高度だ。雲より上にいるし、室内なのだから、雨など降るはずがない。

 

 降っているのは槍だ。黒い鳥──先輩の雷の槍。青い燐光を纏ったそれが、雨あられと、自分とプレナパテスへと降り注いでいた。

 

 今はシロコ・テラーとプレナパテスはA.R.O.N.Aが貼ってくれた防御壁の中に居る。それはまるで傘のように槍と先輩から自分たちを守ってくれていた。二人とも無傷ではあるが、ただそれだけだ。A.R.O.N.Aもプレナパテスも、破られないように防壁を張り続けるだけで精一杯だ。

 

 はっきり言ってどうしようもない状況である。防御壁のお陰で、先輩は槍を降らせる以外は出来ない。でも、それは自分たちも同じだ。このままでは悪戯に時間が過ぎるだけ。そして、時間が過ぎれば過ぎるほどに、向こうの自分たちが有利になる。向こうの先輩たちがやってきてしまう。

 

 あの槍の威力は知っている。一発でも当たるどころか掠りさえ、それこそ近くをすり抜けようしただけでもアウトだ。箱舟を破壊しないように調整はしているだろうが、おそらくは並の相手なら黒焦げに、自分でもしばらくは動けなくなる。

 

 前までは一本しか使えないのだと思っていたが、違った。先輩はただ杖で床を突いただけだ。それだけで自分たちは完封されていた。余りに攻撃か激しすぎて、向こうの先生たちも防壁を張っていて介入できていない。

 

 

「どうするべき……?」

 

 

 誰も答える事のない問いを口に出す。自分のスピードと反射神経であれば、この槍の雨の中でも戦えるだろう。しかし、そこまでだ。先制攻撃代わりに撃ち込んださっきの射撃を思い出す。自分の放った銃弾は効いていなかった。全てがあの装甲に弾かれた。

 

 近接戦なら、衝撃は通るだろうが。中身はあの先輩だ。近接勝負で勝てると思うほど、シロコ・テラーは馬鹿ではない。まだ、遠距離戦に持ち込んだ方が勝機がある。

 

 

「雨雲号か、ノノミのミニガン……」

 

 

 途中まで口に出した考えを取りやめる。先輩は雷だけでなく、風も使えたはずだ。風圧もゲマトリアの時とは比較にならないと考えていい。雨雲号のミサイルは逸らされるだろうし、下手をすれば飛べないかもしれない。ミニガンも風の防壁を貫けるかも怪しい。抜けて数発だろう。

 

 

「先生……」

 

 

 ちらりと、後ろに立つプレナパテスを見るが、ただ彼は立っているだけだ。前なら、先生の頃なら答えてくれただろうが、今の先生は色彩の嚮導者だ。もう何も自分に教えてはくれない。

 

 分かっているのだ。この状況を打破する方法が一つしかないことくらい。ただ、それは、もう二度とやりたくない事でもあった。

 

 

 ──もう何回もやっている。何を今更ためらうのだ? 

 

 

 冷徹な言葉が、チクリと弱い自分を刺した。そのまま、責めるように、その声は言うのだ。

 

 

 ──分かっているだろう。お前はもう引き返せない。世界を滅ぼし、仲間を殺した。もう一度同じことをするだけだと言うのに。今更躊躇ったところで、お前のやったことが帳消しになるわけでは無い。最初に言った通り、お前に安息は──

 

 

「分かってる」

 

 

 耳に痛く、心に冷たいものが満ちる声。それを言葉一つで思考の隅へと追いやった。最初の頃よりはマシになったが、頭に響くのは変わらなかった。

 

 

「……やらなきゃ。私が、やらなきゃ」

 

 

 ただ、あの声が言う事にも一理ある。このまま、防御壁に引き篭っていたところで何も変わらない。むしろ、もっとひどいかもしれない。

 

 ここで諦めれば、自分がやってきたことは、これまでの犠牲は無駄になる。そんな事になってしまえば、それこそ自分は疫病神だ。生まれた意味が無くなってしまう。

 

 

「……あと、五秒後に防御壁を一部分だけ解除して」

 

「承認」

 

 

 A.R.O.N.Aは機械的な返事を返すだけで、それ以上は何も言わなかった。不愛想にも見えるそれが、今のシロコ・テラーにはありがたかった。

 

 権能を付与した弾丸をノノミのミニガンで掃射する。これからするのはこれだけだ。おそらく威力は風の防壁に殺されるだろう。だが、権能を付与した弾丸なら関係ない。数発でも当たればそれだけで死へと導く。

 

 先輩には効かないかもしれないが、これまでの経験から、しばらくは行動不能になるはずだった。ライフルでは当たる弾の数が少ないから、ミニガンでそれを補おうという計算だ。

 

 そして、先輩を殺して、先生と残りの生徒たちを殺す。そうすれば、自分の役割は終わる。

 

 

「ううっ……やらなきゃ、私がやり遂げなきゃ」

 

 

 今から仲間の銃で、もう一度先輩を殺すのだ。心がミシミシと軋む音がするし、どこかで嫌だと誰かが叫んでいる。でも、やり遂げなければならない。

 

 

「防壁一部解除」

 

 

 目の前の防御壁が解除されたと同時に、目の前に佇む先輩へとミニガンを掃射した。それは、シロコ・テラーの目論見通りにいくつかの弾丸が相手の装甲を食い破る。

 

 一度当たれば、風の防壁は弱まった。そのまま死の嵐が先輩を襲う。

 

 

「なんで……どうして! 止まって……お願いだから……!」

 

 

 先輩は止まらなかった。杖を振るい、風を操り弾幕を弾いてはいるが、ミニガンの掃射だ。限界はある。それでも、ドス黒い、もう時間が経って腐りきった血しぶきを炎に変えて、全身火達磨になりながらも、ズンズンとこちらへ近づいてきていた。

 

 効いていなかった。自分の権能が。正確には効いているのだろうが、直ぐに復活している。殺す速度よりも蘇る速度の方が速い。

 

 

「敵性反応接近。防壁再展開」

 

 

 A.R.O.N.Aが、自己判断で防御壁を張り直そうとする。すぐそこまで先輩が近づいてきているからだ。けれど、少しだけ遅かった。

 

 先輩の手が防御壁の端を掴む。そのまま、力づくで引き裂き始めた。

 

 

「あああああああっ!」

 

 

 ミシミシと防御壁が悲鳴を上げている。同じようにシロコ・テラーも悲鳴を上げながら、ミニガンを接射する。それでも、先輩は止めてくれないのだ。

 

 痛いはずだ。寒いはずだ。苦しいはずだ。嫌になるはずだ。生き返るとはいえ、何度も死ぬのは。きっと、限界だってあるはずだ。死が見えるシロコ・テラーにだって耐えられないのに。やめれば楽になるはずだ。それなのに、どうして止めてくれないのか。そこまでする価値は自分には、もう残っていないのに。

 

 

「あ……」

 

 

 遂にミニガンの弾が切れた。そして、先輩が防壁を完全に引きちぎる。もう、自分を守る物はなにもない。ミニガンの重さによろけて、床にしりもちをついた自分へと。そのまま、先輩が手をこちらに伸ばす。

 

 

 ──セトめ。何度も邪魔を……

 

 

「承認。アトラ・ハシースの箱舟のエネルギー収束。照射まで三秒」

 

 

 誰かの声と共に、プレナパテスの頭上にエネルギーが収束する。プレナパテスの援護だった。防壁を展開していた分のリソースを攻撃に割り振ったのだろう。

 

 球状に収束したエネルギーから、横薙ぎの一閃が放たれる。その斬撃染みた攻撃は、先輩の首元に直撃し、首から上を飲み込んだ。

 

 

「っ──」

 

 

 先輩の首から上が無くなっていた。首なしの身体は重力に引かれ、後ろに倒れ込みそうになる。けれど、たたらを踏んで耐えていた。そのまま、首から上が炎に包まれる。

 

 

 ──ここで、滅ぼしておくべきか。控えとしても、自然発生した崇高としても惜しいが。後の障害になりかねん。首だけでは不安だ。念のため、兄と同じ死を辿ってもらおう。

 

 

「承認。アトラ・ハシースの箱舟のエネルギー再収束。攻撃用意。実行」

 

 

 プレナパテスの頭上のエネルギーが再度収束する。収束具合は先ほどの比では無かった。先輩も流石に首がないのは厳しいらしく、棒立ちだ。だからもう先輩の攻撃を気にしなくていい。そのまま、さっきのよりも数が増えた一閃が先輩へと襲い掛かった。横薙ぎだけでなく、縦薙ぎも含まれた数多くの斬撃が、先輩の身体をバラバラにする。

 

 

 ──死体すら残さん。

 

 

 そして、崩れた先輩をエネルギーの奔流が飲み込んだ。エネルギーの奔流が止んだ時、そこには燻る残骸しか残っていなかった。シロコ・テラーは何も言えず、何もできなかった。また、先生に全てを押し付けたから、先輩を今度こそ殺してしまったから。後悔と悲しみでぐちゃぐちゃだった。

 

 

「え……?」

 

 

 ──何……?

 

 

 初めて、頭の声とシロコ・テラーの言葉が一致した。

 

 残骸から、火が熾っていた。残り火に近いそれは、すぐさま燃え上がり、人型の形をとった。まだ、先輩は諦めないのだ。炎に包まれたまま、動けないシロコ・テラーに向かって手を伸ばすと、何かを引きちぎった。

 

 

 ──繋がりが切られ……

 

 

 頭に響く声が、急に聞こえなくなったが、シロコ・テラーにとってはそれどころではない。自分とプレナパテスの方へと、火達磨の先輩が一歩踏み出してきたからだ。

 

 やられてしまうと。そう思った。

 

 

「カヤツリ! 止めて!」

 

 

 ピタリと先輩が止まった。

 

 声の方を見れば、シロコ・テラーにとっては懐かしい面々が揃っている。

 

 対策委員会の皆だった。ノノミとセリカは、今の声に驚いているようだった。アヤネは姿がないが、通信から見ているのだろう。カヤツリ先輩は何か悲しそうな顔をしているし、ホシノ先輩は大声を出したせいか、険しい目で、自分の方を見ていた。

 

 

「お願い」

 

 

 もう一度、ホシノ先輩の声が響く。それでも、目の前の先輩は動こうとはしない。ただ、しばらくすると一歩だけ退いてくれた。

 

 時間切れだった。もう先生を排除することが出来ない。数は力だと、向こうの自分が言った通りに。これほどまでに数に差をつけられてしまえば不可能だ。それに先輩もいるから、どうしようもない。

 

 負けだった。もうここからは何もできない。自分は座り込んだまま、茫然とすることしかできないのだ。

 

 これで、自分は、本当にどうしようもない人間になってしまった。

 

 

「……シロコ。教えて欲しい。どうして、世界を滅ぼそうとするの?」

 

 

 床に座り込んだ自分に近づいた先生が、静かに、優しく、そう聞いてきた。世界の敵である自分に掛けるには随分と優しい声だった。

 

 

「言ったでしょ。私は、世界を終焉に導く存在だって」

 

「それはそうかもしれない。でも、それは本当にやりたい事なの? 君は、世界を滅ぼすと何度も言ったけれど。それをやりたいことだとは、一度も言わなかった」

 

「……どうして、先生は、そんなに……」

 

 

 優しいのだろう。なんだか、自分の中がぐちゃぐちゃになっていた。俯いた自分の顔が床に反射しているが、酷い顔だ。それは当然の罰だと、シロコ・テラーは思うのだ。だから、先生にはこれ以上の迷惑を掛けられない。このまま、どこかに消えようとして、シロコ・テラーは、そこで顔を上げてしまった。

 

 

「う……ううっ……う…………!」

 

 

 向こうの自分へと駆け寄る対策委員の仲間が見えた。嬉しそうな顔をする自分と、安心したような顔で駆けよる仲間。それは、かつて自分が持っていたものだった。もう自分にはない。自分が手放して、壊してしまったもの。何よりも大事だったそれが、もう手には入らないそれが、もう二度と会えない皆が、そんな光景が、目の前で輝いていた。

 

 

「あああぁぁぁああああ──!!」

 

 

 その光景に、もう耐えられなかった。もう誤魔化せなかった。ずっとため込んでいた言葉が、悔恨の声と共に、次々と口から零れだす。

 

 

「わ、たし……わたし、の、せい、なの……! わたしが、いたから、せかいが……滅亡、した……そんな、こと、望んで、ない、のに……」

 

 

 その場の全員が、黙って自分を見ていた。

 

 

「こんな結末、望んでなかった……先生も先輩も、殺したく、なかった……!」

 

 

 両目から、止めどなく涙が溢れだす。何度手で拭っても、止まる気配は無い。

 

 

「最後、まで、やり通せもしない、意気地なしで、ごめんなさい。でも、私は、もう、だめ、むりだよ、もう……」

 

 

 心が悲鳴を上げていた。どんなに押さえつけても、今までの様には、もう黙ってはくれなかった。

 

 

「先生を殺して……先輩を殺して……助けてなんて言って……世界を滅ぼして……ごめんなさい……先生が、色彩に飲み込まれて……そして、私を呼んだの……世界を滅ぼすために……」

 

 

 涙を拭って前を見ると、ふと、向こうの自分が身に着けているマフラーが目に入った。思わず、物欲しそうな言葉が漏れる。

 

 

「……マフラー。あなたは、まだ持ってるんだね……私のは、どこにやったんだっけ……とても大事なものだったのに……どうしてだろ……」

 

 

 いつ失くしてしまったのだろう。一つ一つ、思い出したくもない思い出が脳裏に蘇ってきた。

 

 

「カヤツリ先輩のヘイローが壊れた時だったっけ……それとも、ホシノ先輩が死んだ後だったっけ……」

 

 

 時系列順に思い出が巡る。あれが、全ての始まりだった。もしかしたら、ずっと前から、予兆はあったのかもしれない。

 

 倒れるカヤツリ先輩と、泣き叫ぶホシノ先輩。そして、呆けたように立ちすくむ誰か。最後に、地上から立ち上がるモノと空から降りてくるモノの激突。

 

 

「セリカが行方不明になった時? アヤネが生命維持装置を外した時? ネフティスに戻ったノノミが”そうなった”と連絡を貰った時?」

 

 

 二人は帰って来なかった。残された自分たちはバラバラになってしまった。そして、自分は一人きりになったのだ。

 

 

「ああ……あの後だったっけ……? 私が、もう一度先輩を殺した時?」 

 

 

 もう、どうでもよくなった自分は校舎を飛び出して、遂には倒れてしまったような気がする。確か、傷の手当ても、食事も適当にしかやっていなかったから、当然のことだったのかもしれない。

 

 砂漠に倒れた自分は、死が近づいてくるのを感じていた。けれど、そこに恐怖は無くて、ただただ安堵だけがあったのを覚えている。

 

 死ねば、もう苦しまなくていい。辛い思いをしなくていい。お腹だってすかない。皆とまた会えるかもしれない。この辛い現実から逃げ出したくて、少しずつやってくる死を待っているだけの自分に、死ではなく色彩がやってきた。そして、話し合う誰かの声も。

 

 

 ──死の神に色彩が接触した。

 

 ──数多の危険があったが、色彩を引き寄せられたのは僥倖だった。

 

 ──我々、無名の司祭は神を崇めるが故、崇高を所有できる。

 

 ──これで、忘れられた神々を、この世界から追放できるようになった。この世界に終焉を呼び込むことが出来るのだ。

 

 

 声が良く聞こえるようになるごとに、自分の身体が、もっと致命的なものが変わっていくのを感じた。そして、気がつけば今の姿になって、砂漠に立っていた。

 

 苦しくも、辛くもなんともなかった。代わりに、身体の自由が全く効かなかった。それと、凄まじいまでの衝動が自分を襲っていた。そして、あの声が頭にガンガン響く。

 

 

 ──これからお前は色彩によって顕現した己の恐怖で、この世界を塗りつぶしていくだろう。

 

 ──それまで、死も……安息も許されぬ。

 

 ──色彩の嚮導者となり、あらゆる存在を無に帰すまで。

 

 ──全ての時空の忘れられた神々が消滅するまで。

 

 

 そこからは地獄だった。もう身体は自分の言う事を聞いてくれなかった。助けてと、いくら叫んでも、誰も声を聞いてくれないし、言葉にも出せない。頭に響く声の言う通りに、自分の身体は世界を破壊していった。

 

 初めはカヤツリ先輩だった。アビドス砂漠で自分を心配する先輩を撃ち殺したのだ。どうして、ヘイローが破壊された先輩が生き返ったのかは分からないが、自分が殺してしまったのだ。

 

 何度も先輩は現れた。何度も。世界を破壊しようとする自分の前に。そしていつしか、先輩は黒い鳥になった。

 

 黒い鳥になった先輩は、もう何も自分に言ってはくれなかった。それも当然だった。何度も殺されれば、後輩とはいえ愛想が尽きるだろう。

 

 もう何回戦ったか分からなくなった時。先生が目覚めたのだ。

 

 先生は、先輩たちが居なくなるより前に昏睡状態になっていた。原因は忘れてしまったけれど、信じられない事態ではあった。

 

 頭の声は”箱の持ち主を殺せ”と喧しかった。そして、先生がいる病院に着いた時に、先生が、満身創痍でシロコの前に現れた。

 

 自分は先生を撃てなかった。先輩を撃った時の感情がフラッシュバックして、ようやく体の自由を取り戻すことが出来たのだ。もしかしたら、直前の先輩との戦闘の結果だったのかもしれない。

 

 それでも、先生は目の前で死にかけていた。そもそもが身体が動かない程の怪我だったはずなのだから。本来なら、そのまま死んでしまうはずだった。

 

 そこで、奇跡が起きた。シロコ・テラーにとっては起きて欲しくなかった類の奇跡が。

 

 色彩がまた現れた。そして、色彩は自分ではなく、先生を色彩の嚮導者にしてしまったのだ。シロコ・テラーは、世界を滅ぼすという役目を先生に押し付けてしまった。あんなに辛い事を、あろうことか先生へと押し付けた。

 

 そして、今に至る。

 

 箱舟を使って世界を渡り、そこの世界の自分を拉致して、その世界を滅ぼそうとした。

 

 

「こうなると、分かって、いたら……もらう、べきじゃ、なかった……」

 

 

 今のシロコ・テラーの中にあるのは、自己嫌悪だけだった。全ての原因は自分だったから。自分が砂漠に飛び出さなければ、あそこで死のうとしなければ、もう少しだけ、待つことが出来ていたら。そうしたら、カヤツリ先輩は自分を見つけることが出来ただろう。

 

 それか、こうなった時点で覚悟を決めるべきだった。何時までも、うだうだとしていたから先輩はああなってしまったし、先生も色彩の嚮導者になってしまった。

 

 そして、今の自分はもっと最低だった。今更、全てを投げ出そうと言うのだ。

 

 自分がここまで来るのに、数多の犠牲があった。自分がいたせいで、数多の死があった。そして、今自分が”世界を滅ぼす”という役割を放棄した。これで、全ての物が無駄になった。仲間の、先生の死も、自分が滅ぼしたキヴォトスも。全てが無に帰した。無駄死にだった。

 

 でも、もう無理だった。あの光景を、綺麗なものを、もう一度滅ぼすなんて。自分にはもう無理だった。見たら、止まってしまうと分かっていた。だから、見ないようにしていたのに。

 

 アレを見たら思い出してしまった。自分の始まりを。自分の一番幸福だった時のことを。

 

 

「さむくて、おなかへってて、……なんで、ここにいるかも、わからなくて……」

 

 

 始まりの記憶だった。気がつけば、砂だらけの土地に自分はいた。空き家を転々として、ゴミや他の人から奪ったもので食いつなぐ。そんな毎日はある日、突然終わりを告げる。

 

 最初、為す術もなくやられた時、終わりだと思った。このまま、ぼろ雑巾のように捨てられると。でも、そうはならなかった。むしろ、それは幸福な日々の始まりだった。

 

 小さいけれど、とても強くて優しい先輩。ぶっきらぼうだったけれど、優しく色々教えてくれた先輩。普通に接して、心配してくれる同級生。そして、後々やって来る可愛い二人の後輩たち。

 

 もう、シロコは寂しくなかった。貰ったマフラーは温かくて、先輩たちの作る食事でお腹がいっぱいで、皆と過ごすことが幸せだった。あの時は家族みたいだとシロコは思っていたのだ。

 

 

「でも、あたたかくて……あたたかい、から……もう、これ以上、さむいのは、イヤ、だから……さみしいのは、イヤ、だから……」

 

 

 だから、ホシノ先輩からマフラーを貰った事は、本当に嬉しかったのだ。あのマフラーはシロコにとって、幸せの象徴だった。

 

 

「私が間違っていたの……あの時、マフラーを貰わずに、そのまま、倒れていたら……私が、アビドスなんかに、来なければ……そうすれば、皆は、先生は……ああはならなかったかもしれないのに……」

 

 

 自分の本質は滅びだった。だから、皆いなくなってしまった。それなら、終わりが結局変わらないというのなら。最初から、マフラーなんて貰わなければ良かった。

 

 

「私が、ここにいるから……私が、間違ったせいで……!」

 

 

 でも、今となっては終わった話だ。マフラーを、幸せの象徴を自分は失くしてしまったのだから。そもそも幸せになるなんて、そんな資格すらなかったのだ。

 

 

「そんな事は……」

 

 

 先生は否定しようとして、口籠ってしまった。それはそうだろう。先生は先生でも、シロコ・テラーの先生ではない。目の前の先生に、幾らそうではないと言ってもらえても、それは慰めにしかならない。それができるのはプレナパテスだけだ。

 

 しかし、プレナパテスは話せない。死んでいるからだ。A.R.O.N.Aも目を伏せて何も言わないでいる。掛ける言葉も何もないのだ。

 

 だから、この話はもうお終い。諸悪の根源である自分の話は、箱舟の自爆と共にここで終わる。全員に迷惑を掛けて、世界を滅ぼしたのだ。こんな終わりが丁度いい。

 

 

「先輩……」

 

 

 傍で立ち尽くすだけだった、先輩が動き出していた。火達磨だった全身は、少しの火が熾っているだけになっている。一歩踏み出して、床に座り込んでいるシロコ・テラーの前までやってきていた。

 

 

「先輩が……終わらせてくれるの?」

 

 

 じっと自分を見つめる先輩に、そう問いかける。

 

 

「いいよ。やって」

 

 

 先輩の返事はないが、別に、シロコ・テラーは構わなかった。先輩にはその資格がある。それに、いつかやって来る終わりが今来ただけだ。本当は、あの時、アビドス砂漠で自分は終わっているはずだったのだから。

 

 先生たちの方から、ぎょっとしたような雰囲気が伝わってきた。向こうのセリカやノノミが、焦ったように叫んでいるが、もう間に合わない。自分はこのまま……

 

 シロコ・テラーは目を閉じて、その時を待っていたが、いつまで経っても、その瞬間は訪れなかった。

 

 

「……?」

 

 

 待ちきれずに瞳を開いて、目の前を見れば。先輩はしゃがんで、目線を自分に合わせていた。いつの間にか、右腕の装甲が外れて中身が露わになっている。それは酷いものだった。

 

 肌はどす黒い色に染まって、包帯替わりだろうか。何かの布が巻き付けてあった。それを、先輩は無言でゆっくりと解いていく。

 

 それは、包帯にしてはあまり長くなく、血を吸って変色していた。どこか見覚えがある様な気がするが、それが何なのか、シロコ・テラーには思い出せなかった。

 

 それを、先輩の炎が包んでいくと、汚れが消えて、元の色が露わになった。

 

 

「ああ……! 私の……! マフラー!」

 

 

 忘れるはずもないそれは、自分のマフラーだった。ずっと、失くしてしまったと思っていた。自分にとっての幸福の象徴。

 

 それを、先輩は自分の首に優しく巻き付けるのだ。まるで、あの時、ホシノ先輩がそうしてくれたように。

 

 

「ごめんなさい……! 先輩……私は……助けてって、言ったのに……!」

 

 

 きっと、聞こえていたのだ。あの自分の声にならない叫びが。だから、先輩はここまでやってきた。世界を越えて、何度も死を乗り越えて。自分を助ける。ただ、それだけの為に。

 

 それを、そんな先輩を自分は、衝動のままに殺したのだ。何度も何度も。さっきまで、先輩の真意にすら気がつかなかった。自分のしたことが怖くて、許されないと思って、気がつかないふりをしていた。それでも本当に、いいのだろうか。自分は許されても、いいのだろうか。

 

 そんなシロコ・テラーの頭を、ポンポンと先輩の手が優しく叩いていた。

 

 

「いいの……? 私は、先輩を……」

 

 

 シロコ・テラーの声に構わず、その手は止まらなかった。優しい手つきのままだった。まるで、”いいよ”と言っているようだった。

 

 なんだか、懐かしくて、許してくれたことが嬉しくて、シロコ・テラーは瞼を抑える。

 

 首元の温かいマフラーのせいなのか、何故だか涙が止まらない。この涙は、さっきまでの涙とは違って、流すたびに何かが軽くなっていくような気がする。

 

 そして、遂に先輩の手が動かなくなって、先輩の身体が地面に崩れ落ちるまで、ずっと。シロコ・テラーは泣きじゃくっていた。

 

 かつて、幸せだった時の頃のように、ずっと。

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