ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「話が見えないんだけど……どういう状況なの?」
泣き崩れる向こうのシロコを見て、セリカが困惑した表情で呟いていた。ノノミ後輩も、ホログラムのアヤネ後輩も同じような表情だった。カヤツリも大体の事情は察せられるが、一番詳しいのはシロコだろう。
シロコに目配せすると、シロコは少しだけ言いづらそうな雰囲気で口を開いた。
「この”シロコ”は私の可能性の一つ。たぶん、私以外が居なくなった世界から来たんだと思う……」
だからこその、あの取り乱しようだった。失うものはもう何もなくて、仲間の死や滅んだキヴォトスに意味を持たせたくて、残った使命に縋りついていたのだろう。
あの様子を見る限り、もう世界を滅ぼすことに固執はしないはずだ。遠目ではあるが、何だか憑き物が落ちたようにも見える。
「……それっていつなのよ」
「そんなことを聞いても当てにならないと思うが。あのシロコにそれを聞くのは酷だろ」
セリカ後輩の、眉をひそめながらの言葉をカヤツリは制止した。辛い記憶を根掘り葉掘り聞くなど、非道にも程がある。それに、聞いたところで役に立つとも限らない。それなら、今だけはそっとしておいてやりたかった。
「それで、ホシノ先輩。あの黒い鳥が、カヤツリ先輩だと……?」
「うん。シロコちゃんが知っている人間で、あんなことが出来そうなのはカヤツリしかいないからね。それだけじゃないかもしれないけど」
ノノミ後輩が、恐る恐るといった問いかけに、はっきりと答えていた。問題の黒い鳥──向こうの世界のカヤツリは、床の上に倒れ込み、全く動いていない。
『まさか、死んで……』
「死んでないよ」
ホシノが黒い鳥を指差せば、静かで小さくはあるが、火が燻っている。ゆっくりとではあるが、再生している。今までのダメージが蓄積していたか、かなりの無理をしていたのかもしれない。向こうの自分にとってはようやくの休息だろう。
「あれが、カヤツリ先輩なのは分かりましたけど。どうして、あそこまで……」
「いや、やるよ。むしろ、他の選択肢は残っていない。後輩が助けてって言うならやるよ」
状況からしても、他に優先することはない。話を聞いた感じ、シロコがああなった時点で大勢は変わらなかった。
先生もいない。仲間もいない。あるのは自分の身体だけ。どう足掻いても世界の終わりは避けられない。
そうなればやるだろう。ただ座して待っても世界ごと死ぬのだから。助けてと言われたのだから。向こうの自分は、自分の命を有効活用した。
「……分かりません。どうしてそこまでやるんですか……?」
「ノノミちゃん……?」
ノノミ後輩の少し俯きながらの言葉に、ホシノが怪訝そうに名前を呼ぶ。
「何で、そこまでやってくれるんですか……?」
「可愛い後輩だもの。それが、先輩の責任ってものだよ」
「分かりません。先輩は何も悪くないじゃないですか……何で、あんな事をした私じゃなくて、先輩が……」
「……」
カヤツリは、何と言うべきか迷った。きっと向こうの自分にとっては、それが全てだったから。それがやるべきことで、やりたいことだったから。
だから、ノノミ後輩の望む答えはあげられないし、納得させる事も出来ない。
ノノミ後輩は怒っていた。無茶をした向こうのカヤツリではなく、何よりも向こうの自分に。
向こうのシロコは、対策委員会がどうなったかを、懺悔するかのように呟いていた。おそらくは時系列順だ。学年毎ではない。だって最後がノノミ後輩だ。そして、最後なのが一番の問題だった。
「そうなった? そうなる前に、考えなかったんですか? それを選べばどうなるか。シロコちゃんをただ一人にすることに、気がつかなかったと……?」
そうなったというのは、つまりはそういう事だ。自分で、自分を終わらせた。
ネフティスで、ということから、おそらくはアビドスから強引に引き戻されたのだろう。抵抗もできなかったに違いない。ただ一人。安全圏で。アビドスが滅ぶのを見たのかもしれない。
自分だけが安全圏で傍観していること。そのせいで苦しむ誰かがいること。それに対してなにもできないこと。
それらは、ノノミ後輩の傷だ。もしかしたらずっと。今も抱えている後悔。
それを繰り返したのだとしたら、昔のように知らなかったでは済まされない。それは、シロコより、自分を優先したということだ。仲間を捨てて、自分の安寧を取った。それは怒るだろう。自分の後悔はその程度だと、その程度の人間なんだと、お前の本質はそうなんだと。そう言われたようなものだから。
「言ったって仕方ないだろう。ノノミ後輩。終わったことだし、別の世界だ。今更どうしようもない」
「ですけど! カヤツリ先輩は……」
憤懣やるかたないといったノノミ後輩をどうしたものかと考える。きっとこれは、ノノミ後輩だけの問題ではない。カヤツリとシロコ以外の全員の問題だった。
ノノミ後輩だけでなく、セリカ後輩も、アヤネ後輩も、ホシノも、カヤツリも、全員がシロコを置いていった。意図したことではないが、結果的にそうなっている。当事者のシロコと、挽回できた自分だけが例外だ。
だから、セリカ後輩も、アヤネ後輩も何も言わないし、言えないのだ。その言葉は自分に返ってくるから。やはり、未来というか、平行世界など碌なものではない。黒服の言った事が現実になって気分が良くない。
先生は、カヤツリや対策委員会の騒ぎに気がついて、会話も把握しているようではあった。ただ、カヤツリにやったのは目線と静かな首振りだけ。万一のフォローはするから、やってみろということらしい。それか、先生では後輩たちには届かないのかもしれない。
カヤツリは黙って、頭を捻った。ノノミ後輩を納得させられる答えはないが、妥協案ならある。
「あまり、自分をイジメてやるなよ」
「納得できません……」
「それはそうだ。向こうのノノミ後輩と、今ここにいるノノミ後輩は違う。経験も状況も何もかもが」
ノノミ後輩は嫌なのだ。見たくないものを突きつけられたから、それを認めたくなくて、こうなっている。
だから、そうではない事を教えなければならない。
「人から聞いた話だ。人は自ら死ぬ時、死のうとは思わないそうだよ」
ピクリと反応したノノミ後輩に、かつて理事から世間話に聞いた話を、淡々とカヤツリは告げた。
「ふと、思うんだそうだ。通勤途中の電車か何かで。”これにぶつかって怪我したら、会社に行かなくて済む”って。電車にぶつかったら怪我なんかじゃすまないのに、身の安全よりも、精神の安寧を求める。追い詰められすぎて、判断がつかなくなる。これをしたらどうなるかなんて分からないのさ」
「それが、どうしたんですか……」
分かっているくせに、聞いてくるノノミ後輩に、カヤツリは真面目に答えた。
「その時のノノミ後輩は追い詰められていたんだろう。もしかしたら、アビドスの、他の対策委員の様子すら知らなかったのかもしれない。一人ぼっちで、相談できる誰かも居なかったのかもしれない。それでも、自分は何もできなくて、時間だけが過ぎていく。その状況は、冷静な判断が下せる状況か? 違うだろう?」
「それは、そうですけど……でも、私は、それを選んだんですよ……」
「人は追い詰められれば、何をするか分からない。生き物は全部そうなんだよ。俺だって、ホシノだって、それをやった。それを、ノノミ後輩は知ってるだろう」
こくりとノノミ後輩は頷く。まだ先生がやってきたばかりの頃の事だ。後輩たちは良く知っているはずだ。ホシノは身売りをしようとしたし、自分は全てを排除しようとした。
「いいか。ノノミ後輩。確かに、向こうのノノミ後輩は”そうなった”んだろう。でも、それだけで、自分をそういう奴だと決めつけてやるな」
行ってきたことが、その人を形作るのだと。世間ではよくそう言われる。だからと言って、それだけが、ただ一つの事柄だけが、その人を証明するわけではない。そのことを一番最初にカヤツリは先輩から教えてもらったのだ。
「ノノミ後輩がやったことは、それだけじゃないはずだ。ここを選んだのは、状況に流されてだったのか? 違うだろう。自分で考えて決めたはずだ。これまで頑張ったことは、自分でちゃんと決めたことでもない、しかも、本来の自分ですらない誰かの行いで否定されるものなのか?」
ノノミ後輩は自分で決めたはずだった。しっかり悩んで後悔しない道を選んだ。それが間違いだとか、そうするべきでは無かったと言えるのは。全てが終わった後だけだ。途中からなら幾らでも言えるのだ。だから、自分をそういう奴だと決めるのはまだ早い。まだノノミ後輩の選んだモノの結果は出ていない。全て終わって、自分の人生の最後で、その選択の是非を決められる。
「……」
ノノミ後輩は黙ったままだ。分かっていても、本心からは納得できないらしい。だから、カヤツリは二の矢を取り出した。
「じゃあ、やらなきゃいい。俺もそうする。ヘイローだったか。それが壊れなきゃいいんだろ」
「え?」
困惑するノノミ後輩に、カヤツリは畳みかける。
「セリカ後輩は勝手に一人で出て行かなきゃいい。アヤネ後輩は大怪我しなきゃいい。ホシノは心配しなくともいいだろう。ノノミ後輩もそうしたらいい。むしろ一番簡単だろう? 自分でそう決めればいいんだからな」
「はい……はい!」
ノノミ後輩は、どこか吹っ切れたようだった。さっきまで漂っていた対策委員内の嫌な空気も無くなっている。他の後輩にも上手い事届いたようだった。
「私は心配してくれないの?」
内心カヤツリは舌打ちする。聞くまでもないことを一々聞いてくるホシノがうざったいからだ。答えなど向こうも分かっていて聞いているのだ。
「必要ない」
「ふ~ん。三十点」
「はいはい」
百点満点の答えを出す気はない。出したら恥をかくのは向こうだし、いらぬ恥をかきたくはない。それに、家に帰るまでが遠征だ。まだ気を抜くには早い。
「それで、これからどうするのよ。箱舟を自爆させるんでしょ」
セリカ後輩が呆れた目で話を先に進めた。それは、様子を伺っていた先生が答えた。
「それは心配しないでいいよ。こっちのコントロール下にあるからね。いつでも自爆させられるし、向こうもその気はないみたいだから……」
先生は何やら向こうのプレナパテスの方をじっと見ていたが、それは中断したらしい。当のプレナパテスは全く動かない。意識がないのか、もう死んでしまったのかは判断が難しい。
「でも、先生。あの向こうのシロコ先輩と先生はどうするの……? 私たちの所は……」
セリカ後輩は、蹲る向こうのシロコの奥、ただそこに佇んでいるプレナパテスとアロナとかいう少女を見ている。世界が違っても自分の先輩だ。見捨てることなどできようはずもない。
「カヤツリ……」
「いいですよ。先生。向こうのシロコはこっちで引き取ります。向こうが望めばですが」
これは、ホシノと話し合って決めたことだ。居場所なら、アビドスのどこへだって用意してやれるし、文句を言う奴がいるなら黙らせにいくが、それは向こうが望めばの話だ。
「望めばって何よ。カヤツリ先輩。望むに決まってるじゃない。向こうの先輩だってそうじゃないの?」
「向こうの俺は分からないが、シロコの方はな……」
「どうしてよ!? だって、向こうのシロコ先輩は、許してもらったじゃない。もう何も……」
「許したのは俺だけだよ。俺は、俺に対してやったことだけしか許せない。向こうのシロコには、他にやってしまった事があるだろ。今は気づいてないが、じきに気がつく」
カヤツリが言いたいことを、代わりに立ち直ったノノミ後輩が言ってくれた。
「セリカちゃん。あのシロコちゃんは、向こうの世界を滅ぼしてしまったんです」
「でも、それはシロコ先輩のせいじゃない! 色彩ってのが悪いんでしょ!」
セリカ後輩の言う事は尤もだが、それを皆が納得できるわけでは無い。さっきのノノミ後輩のように、納得しきれない者もいる。あのシロコは引きずるかもしれない。
「じゃあ! さっきの先輩みたいに、上手く言えば……」
「無理だ。俺の言葉じゃ届かない。先生でもダメだ」
あのシロコに必要なのは、赦しの言葉だ。けれど、それを言うのは誰でもいいという事でもない。
「向こうの世界の人間じゃないと、あのシロコには届かない。向こうの俺は喋れないみたいだし、向こうの先生、プレナパテスはご覧の有様だ」
変わらず、シロコの後ろでプレナパテスは俯いて動かない。話せる様子でないのは明らかだった。
「どうしろってのよ……私たちには何もできないの?」
「ないよ。時間が癒すのを待つしかない」
セリカ後輩の呟きに無情に返す。こればかりはどうしようもない。あるなら教えて欲しいくらいだ。
「折を見て、本船に戻ろう。シロコと、プレナパテスを連れて。それで、今回の事件は終わ──」
『問題発生です!』
カヤツリの言葉を掻き消して、アヤネ後輩の大声が全員の耳に響く。やけに切羽詰まったような声に、その場の全員の身体が強張った。
『ナラム・シンの玉座から高エネルギー反応! 箱舟の全エネルギーが集中しています! このままでは、箱舟が宇宙まで……!』
急いで、プレナパテスの方へと振り向けば、俯いて固まっていたはずのプレナパテスが立ち上がっていた。頭上にはエネルギーであろう妙な圧を感じる球体がある。見るだけで危機感が募る光景だ。
『自爆シーケンスは作動済みです! 早くそこから避難してください!』
「避難って言ったって、この状況じゃ……」
既に箱舟の各所から爆発音と振動が大きくなってきている。箱舟の自爆が始まっていた。このままでは箱舟ごと空の塵になる。
「脱出手段は!? アヤネちゃん!」
『リオさんとヒマリさんが作成した脱出シーケンスがあります! 向こうの先輩の瞬間移動を模倣したそうで、演算装置がある本船が健在である限りは使用可能です!』
となると、本船が保つ限界ギリギリまで、プレナパテスのこれを妨害しなければならない。ただ、対策委員会だけでは厳しいかもしれない。相手が何をしてくるか全く予測がつかない。
『現在、ゲーム開発部と美食研究会の皆さんがここへ向かっています。そして、アリスちゃんが顕現させた光の剣も、本船の主砲としてチャージ中です』
「それで、支援してくれるって?」
『はい。リン艦長が最後まで残るそうです。ただし、ロックオンから発射まで、少しばかり時間が掛かります。そして、主砲の直撃で箱舟はバラバラになると予想が出ています』
「じゃあ、私が、主砲発射までに全員を脱出させればいいんだね」
先生の言葉で、全員のやることが明らかになった。カヤツリ達はプレナパテスを攻撃し、先生は稼いだ時間で一人ずつ脱出させていく。そして、最後、主砲の発射と共に全員脱出する。
中々のハードスケジュールだが、何とかなりそうな気もする。けれど、どうにかしなければならないことがいくつかあった。
「向こうのシロコはどうする! プレナパテスの後ろ側だぞ!」
位置関係が最悪だった。いつの間にかプレナパテスが前に出てきたせいで、向こうのシロコと自分が、プレナパテスの後ろ側に位置している。このままでは主砲の直撃に巻き込まれるだろう。
『それは大丈夫です。脱出シーケンスは、座標を指定すれば後は自動で地上まで送ってくれるそうですから』
それなら、残る問題は一つだけだ。先生を撃てるのかという問題だ。後から来る面子はそのことを知らないから、喋らなければいいが。自分はいい。多分ホシノも大丈夫。守るべきものをもう持っているから、優先すべきものはもう分かっている。後輩たちは撃てるだろうか?
「余計な心配だと思うよ」
その言葉は最前列へと向うホシノからだった。その言葉に続くように、シロコとセリカ後輩が前に出てくる。そして、ノノミ後輩も。
全員が銃を構えて、プレナパテスへと狙いをつけていた。
「確かにあれは先生かもしれない。でも、先生なら私たちに力を向けたりはしないよ。それよりも前に言葉を向ける。まずは必ず話を聞いてくれるんだ」
じゃあ、アレのしてることは何だろうねと。ホシノは言う。
「やってることは真逆だよ。都合が悪いからって力で押さえつけようなんてさ。それなら私たちも考えがあるよ。話さないで、力で来るって言うなら、私たちもそうするだけ」
それなら、カヤツリも異論はない。背負ったレールガンを構えて、列に加わる。
『それでは、行きます! 戦闘開始です!!』
号令と、数多の銃声と共に、最後の戦いが始まった。