ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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独自設定あり。


149話 色彩の嚮導者

 プレナパテスに向かって、銃弾の嵐が吹き付けていた。

 

 外套には鎧染みた装飾がついているが、この嵐の前では大して役にも立っていない。ライフル、グレネードランチャー、ミニガン、レールガン。数多の銃から吐き出された弾丸がプレナパテスを襲っていた。

 

 プレナパテスはこの攻撃に晒されているにもかかわらず、微動だにしていない。頭上に箱舟のエネルギーを収斂させている。それが放たれるまで、さほど時間は残されていなかった。

 

 これが放たれれば、ナラム・シンの玉座を吹き飛ばし、箱舟を崩壊させるだろう。もちろん中に居る人間ごとだ。だから、助かりたいのであれば、一刻も早くプレナパテスを行動不能にする必要がある。

 

 そして、攻撃の圧は段々と弱まっていた。それは攻撃している人間が減っているからだ。今、目の前でまた一人が光に包まれ消えていく。

 

 

「幾ら足掻いたところで結果は変わらぬ」

 

 

 その光景を無感動な目で、白い法衣を纏う無名の司祭は観測していた。それは言葉に出した通りに無駄な足掻きであるからだ。

 

 確かに、プレナパテスを止めれば攻撃は止まる。だが、それはプレナパテスが生きていればの話だ。

 

 アレは、ほぼ死んでいる。動かない、もう機能を果たさない身体。それを色彩の力で強引に動かしているだけ。

 

 死体に幾ら銃弾を打ち込んだところで止まるものか。止めたいのならば、身体を物理的に破壊しなければならない。そして、それも不可能だ。

 

 

「箱の力はもう我々の物だ。そのような攻撃は通用しない」

 

 

 この男は神秘を欠片も持たないとはいえ、シッテムの箱の所有者だ。今は色彩の嚮導者であり、自分たちの操り人形。だからこそ、無名の司祭はその力を使用できる。

 

 当たれば致命傷になる攻撃だけを弾く。段々とプレナパテスの身体にダメージが蓄積していくが関係ない。砲撃を放てば全て終わる。それまで保てばいい。

 

 

「幾ら箱の所有者とはいえ、宇宙空間では生存は不可能。漸くこの世界にも終焉が訪れるのだ」

 

 

 砲撃の収束が終わり、司祭は声に喜悦を滲ませて勝ち誇る。

 

 今、何人かの生徒が退避した。眼前に残るは三人の生徒と、箱の所有者だけ。向こうの本船からの砲撃は間に合わない。その前に本船ごと破壊する。

 

 無名の司祭の勝利だ。

 

 

「さあ、やるがいい!」

 

 

 司祭は、プレナパテス以外には誰にも聞こえない声で宣言する。

 

 が、いつまで経っても、司祭の望む結果は訪れない。

 

 

「何……?」

 

 

 プレナパテスを見れば、片手を掲げたまま止まっていた。いつまで経っても砲撃を放とうとはしない。

 

 

「自我がまだ残っているとでも……」

 

 

 異常事態だった。

 

 色彩の嚮導者になれば、なった者の意思などは関係ない。それは、あのアヌビスが証明していた。幾ら嘆いて足掻こうが無駄であるはずなのに。

 

 しかし、目の前の光景はそれを否定していた。司祭である自分の命令に背いている。信じがたい事ではあるが、あの男は死に体であろうとも全力で抗っていた。

 

 

「まさか、貴様……」

 

 

 何故、今になってなのか。何故、今まで唯々諾々と従っていたのか。その理由に思い至った司祭は怒りを押し殺して問う。

 

 

「アヌビスを? まさか、アヌビスをここまで連れて来るために……」

 

 ──そうだよ。

 

 

 プレナパテスは何も答えない。答えられるはずもないのだが。でも確かに、司祭は肯定の意思を感じ取った。

 

 

「貴様! 我々を利用したのか! 色彩の嚮導者である貴様が!」

 

 

 司祭の頭が怒りに染まる。こともあろうに、この男は自分たちを利用した。今でも、色彩がアヌビスからこの男を嚮導者に選んだのかは理解できない。

 

 だが、この男は全てを利用したのだ。この男の目的は世界を滅ぼす事でも、色彩の嚮導者になる事でもない。それらは全て手段に過ぎなかった。

 

 

「貴様は! お前は! 色彩の嚮導者だ! プレナパテス(偽りの先生)だ! 我々がその名を与え、そう定義した!」

 

 

 アヌビスをこの世界、もう一人の自分がいる世界に連れて来る。この男の目的はこれだけだ。

 

 そうすれば、永遠に続くだろう苦行から、アヌビスを救う事ができる。それだけの理由で、この男は動いている。

 

 

「アレはお前の生徒ではない!」

 

 

 プレナパテスに司祭は叫ぶ。断じて、それだけは認めるわけにはいかなかった。

 

 後ろに蹲るアヌビスを庇うように立つプレナパテス。ようにではなく、実際守っているのだ。子供だから、唯それだけの理由で。

 

 それが、司祭の逆鱗を踏み躙る行為だとも知らずに。

 

 

「アレは神が顕現したモノ──神秘であり、恐怖であり、崇高。光であり、絶対者!!」

 

 

 司祭は神を崇拝する。だからこそ崇高を所有できる。人は神に願い、神はそれを聞く。これは古からの約束事で、司祭もそれを守っている。

 

 司祭が信仰するのは名もなき神。けれど、忘れられた神も、神として認めている。

 

 ただの木っ端に自らの信仰対象が滅ぼされたのは認め難い上に、アレらも自然から見出された事には変わりない。名前で切り取られたか、そうでないかの違いだけだ。

 

 

 ──あの子は、あの子たちは、私の世界で苦しんで、どうにかしようと藻搔いている、私が守るべき、ただの子供だよ。

 

 

「貴様……!」

 

 

 それを、この男は。子供だと言ったのだ。神ではなく、守られるべき子供だと。

 

 それは冒涜だ。自分たち、ましてや神々に対する冒涜だった。

 

 

「驕るな! アレは観念であり、お前の理解できない、畏怖すべき対象! 想像界で表象され、現実界へと至る象徴界の記号であり、隠喩なのだ!!」

 

 

 ──そうなのかもしれない。

 

 ──でも、私にとって、あの子たちは、ただの子供たちなんだ。自分の犯した過ちに苦しむ子と、それを追いかけてきた後輩想いの先輩たち。そうとしか私には見えない。

 

 

「お前は……お前は! この選択を……未来永劫、後悔するだろう!!」

 

 ──大人として、子供を守り、先生として生徒を守るため。大人の責任、先生の義務を果たすためだよ。そのためなら、どんな方法だったとしても、いかなる代償を支払ったとしても、後悔はない。だから、今。私はここにいる。

 

 

 初めて、司祭は恐怖した。理解できないモノを目前にして恐怖した。この人間は、生徒を守る。大人としての義務を全うする。それだけで動いていた。

 

 

「理解できぬ。理解しようとも思わぬ!」

 

 

 恐怖からか、怒りからか、もう司祭には分からなかった。だから、強硬手段に出る事にした。このままでは、本船の砲撃が先に直撃する。

 

 それに、この男。プレナパテスが耐えきれるとは思えない。砲撃が直撃すれば消滅する。そして、司祭は手駒をすべて失う。もう世界を滅ぼすことは出来なくなってしまう。

 

 そうなる前に、手を打たねばならない。

 

 プレナパテスへの干渉は不可能だ。すでに出力限界で干渉している。アヌビスも不可能だ。以前までは色彩の嚮導者だった繋がりはセトに断ち切られてしまった。再度の接続は下準備と時間が必要だ。

 

 

「いや……待て。可能やも知れぬ」

 

 

 アヌビスの足元で燻るセトの残骸をみつめる。不死の絡繰りは分からないが、先ほどのアヌビスとの戦闘を見る限り。数百回は死亡しているはずだ。

 

 アヌビスの時、色彩は死や苦しみに引き寄せられた。それは、今のセトもそうではないのか。

 

 短時間での数百の死と数百の生。それらの繰り返しは相応の負荷をかけるはず。幾ら崇高とはいえ、何度も死ねるようにはできていない。もしかしたら、あと一押しで転ぶかもしれない。

 

 よくよく見れば、セトは崇高にしては歪だ。色彩に接触した訳ではないから、これまでの戦闘の影響だろう。おそらく、さっきの戦闘で死に過ぎて完全に擦り切れている。だから、復活が遅いのだ。自分を見失えば戻るべき姿が分からない。万全の状態なら話にならなかったが、色彩が関与する余地がまだあるかもしれない。

 

 今はプレナパテスが色彩の嚮導者だ。砲撃が直撃すれば、プレナパテスは今度こそ死に、色彩の嚮導者は空席になる。

 

 その空席にセトを押し込めばよい。完全に反転させれば、こちらの物だ。

 

 セトとて、創世神の片割れ。砂塵と嵐の戦神。王位の簒奪者。キヴォトスを滅ぼすなら、アヌビスよりもうってつけだ。玉座が何かを誘導する必要はあるが、玉座をキヴォトスの支配権とでも定義させれば、望み通りに動いてくれるだろう。

 

 先ほどまでの怒りは失せていた。むしろ感謝しても良いかもしれない。おかげで、創世神の片割れを手中に収めるかもしれない機会が降って湧いたからだ。

 

 司祭の思惑通りに、虚空から光が漏れる。

 

 色彩だ。色彩がやって来た。

 

 箱の所有者は目を見開き、アヌビスは絶望感の滲む声を上げていた。

 

 

「貴様のせいで世界は滅ぶのだ。貴様はまた失敗する」

 

 

 迫りくる砲撃を前に、無名の司祭は仮面の奥で笑う。そして、砲撃に飲み込まれようとするプレナパテスを嘲った。

 

 

 □

 

 

 そこは真っ暗だった。その何もない開けた場所に、自分は座り込んでいた。

 

 真っ暗というのも良く分からない。何もないからだ。何もないから、真っ暗という表現を使っているだけだ。

 

 何もないから、自分の事も良く分からない。やるべき事をやり終えて、すっきりとした気分と。何か忘れているような気分とが同居していて、なんだか落ち着かない。

 

 

「何をしてるの? そんなところで、寝てる場合じゃないでしょ?」

 

 

 ぱっと、暗闇に光が射した。例えるなら舞台に当たるスポットライトだ。その中に見覚えのない誰かが立っていた。光が強すぎてシルエットでしか分からない。

 

 人型の語気は荒く、どことなく責め立てるような雰囲気を感じる。

 

 たぶん、女だろう。言葉遣いから判断してだ。そういう趣味の男だったらごめんなさいだが。

 

 

「さっさと起きて、やるべき事をして」

 

「何をしろって言うんだ……」

 

 

 もうやるべき事は全部終わったはずだ。このまま、放っておいてほしい。

 

 

「何って、忘れたの? 奪われたものを取り戻しに行くんでしょ? 許さない事をした奴を殺しに行く。ソイツに味方する奴全員を皆殺しにする。思い知らせるの。お前たちは許されない事をしたって」

 

「随分と物騒だな」

 

 

 中々に過激な発言だ。目の前の女は気炎を上げているが、全く興味が惹かれない。

 

 

「一人でやれよ」

 

 

 自分は知らないと言うように、言葉を吐き捨てると。女は信じられないと言うように腰に手を当てていた。

 

 

「君は殺されたんだよ? 君が君のままであれば、私が代わることが出来ていれば、アイツがあの場所に居なければ。あの鰐を即殺して、そんな事にはならなかったのに。そのくせ、アイツの都合で生き返らせてさ。死んでからも働かせるとか……」

 

 

 女は身に覚えがないことを語り続ける。べらべらと話し続ける女に疲れた自分は、一番大事なことを聞き返す。

 

 

「誰だよ。とんと見覚えが無いんだが」

 

「君だよ。私は君の鏡映し。もう一人の自分って奴」

 

 

 自慢げにそう告げる影に、鼻を鳴らす。悪いが自分は女ではない。いきなり嘘を言われたら、信用するしないの話にすら行かない。

 

 

「それは君がおかしいの。君の形は二人いるから解釈しにくいんだよ。色々混じっててさ。その中で、一番分かりやすいのを選んで姿を借りただけ。今の君は姿がないから。さっきの望みが違うってことは、あれはこの姿の子の望みだね。君のじゃない」

 

「それで、態々何の用だ」

 

 

 質問に対して、女はぱちりと手を合わせる。やっと、お望みの展開に持っていけたからだろう。

 

 

「私は君がやりたいことを聞きに来たの。やりたいことを言えば手伝ってあげる」

 

「あまりに都合が良いな」

 

 

 まるで詐欺か何かの煽り文句だ。疑うこちらに、女は当然のように言う。

 

 

「普段はもっと機械的なんだけど。ナラム・シンの玉座だっけ? この空間のせいかな。兎に角、私はそういう存在だよ。現象と言ってもいい。不確定で、様々な要素を含むもの──神秘を。求めに応じた、私がそうだと感じたモノに解釈する。解釈されたら元の解釈される前には戻れない」

 

「分かりにくい」

 

「ええ……例えるならそうだね。二つの見え方がある騙し絵かな。有名なのがあるよね。向かい合った横顔と、器の騙し絵。騙し絵を一度見たら、もう、そうとしか見えないでしょ。答えを知る前の二つの絵が交じり合った絵には見えない。二つの絵がある絵にしか見えない。絵が君たちで、それを観測するのが私。それで、私はどんな絵か見たいだけ。見て欲しくないなら、そのまま帰るよ」

 

 なるほどと、女の目的と理屈に納得はした。だが、特に頼むことは無い。立ち上がるカヤツリに、女はしつこく話続ける。

 

 

「今興味があるのは君だよ。姿すら見えないからね。こんなのは初めて。変な所に呼ばれた甲斐があったよ」

 

 

 そんなことを言われても、無いものは無いのだ。さっさとお帰り願おうと、手をひらひらと振る。

 

 しかし、女は不満げに言うのだ。

 

 

「でも、私が来たってことは、君は願ったはず。私はそういうものだから。それに引っかかることがある。そんな顔をしているよ」

 

 

 内心を見透かされて、これ見よがしに舌打ちをするが、女は気にした様子もない。

 

 

「それで、何をしてくれるんだ? 願おうにも、それが何か分からない」

 

「まずは君が誰なのか、思い出すことだよ。今の君の絵は重なっているうえに、塗りつぶされているから、見る以前の問題だね」

 

 

 ドンと大きな物音がして、女の隣に大きな姿見が現れた。女が手招きしている。仕方なく姿見の前に立つが、何も映らない。

 

 

「今から、姿を借りてる子が覚えてることを言う。穴あきだけど、それで思い出して。思い出せなきゃそれで終わり。私は君の望み通りに消えるよ。願いが無くても、叶えられ無くても同じだね」

 

 

 こちらの無言を肯定だと受け取ったのか、女は話し出す。

 

 

「君は死んだんだよ。身体は無傷だったけど、少なくとも君の本質を司るものを吹き飛ばされた。そして、そのまま君は死ぬはずだった」

 

 

 死んだから、こうなっているのかもしれなかった。だから、名前も思い出せないのだろうか。

 

 

「けれども、吹き飛ばされた場所に何か別の物が入り込んだ。そのおかげで、君は息を吹き返した」

 

 

 混乱するこちらを面白がるように、女は語る。

 

 

「その後、君は大人と契約を交わしたんだよ。絶対に破れない。そう言う類の契約をね。これで思い出せそう?」

 

 

 契約という言葉を聞いた瞬間に、頭に電流が走ったような気がした。

 

 自分は確かに、契約を交わしたはずだった。バチバチと頭の中で言葉が走る。

 

 

 ──砂狼シロコを助ける。随分と曖昧な条件ですが、まあいいでしょう。曖昧な方がこの場合は良いのですからね。

 

 ──曖昧であるがゆえに範囲は広い。しかし行動の規定が曖昧ですから、強制力はあまりありません。貴方のもう一つの契約”ずっと一緒に居ること”とは違います。

 

 ──その代わりに、貴方は彼女に助けが必要な時。必ず思い出す。どうするべきか、どうやって救うのか。だから、何をするのか。それを思いながらサインしていただきたい。

 

 

「シロコ……そうだ。シロコを助けなきゃ……」

 

 

 そうだった。大事な後輩だ。ただ一人残った後輩を助けるために、契約を結んだのだ。

 

 

「いいね。鏡に姿が映ってきたよ」

 

 

 黒いコートを着た男の姿が映っていた。こんな服を着た覚えはないのだが、どうにも暑そうだ。もっと涼しい服を着ていたはずなのに。

 

 そんな疑問を思うと同時に、記憶が蘇ってきた。自分の名前、これまでの経緯、その他諸々。

 

 自分の姿を見れば、アーマーを纏った黒い鳥だった。鏡の姿とはまるで違っている。

 

 

「それで? 望みは?」

 

 

 真っ黒なシルエットのまま、それは問いかけるのだ。

 

 

「力? 復讐するための力? 願いを叶えるための力?」

 

 

 不気味な状況だった。鏡の中から、自分とそっくりな誰かの形がグニャグニャ変わる。”そうだ”と答えれば、その通りになるのだろう。

 

 カヤツリはそんなものはどうでもよかった。

 

 力は十分にある。叶えたい願いはあるが、それは目の前の自分には叶えられない。それは力でどうにかなるのものではないからだ。

 

 

「いらない。もう言わなくても分かってるんじゃないか」

 

「……それは、そうだね。君の本質では叶えられない。君に探し物を見つける力はない。そういう解釈はできない」

 

「なら、帰ってくれ。用はもうない」

 

 

 目の前のソイツは、そのまま消えてしまった。本当に帰ったらしい。

 

 ただ会いたいだけだ。もう姿も、声も、思い出せない誰かに。

 

 確かにいた。大切だったはずの誰か。自分が自分自身を対価にした契約を結ぶほどの相手だ。絶対に覚えていなければおかしいのに忘れてしまった。

 

 それは、力ではどうしようもないものだ。記憶の問題だからだ。それで、さっきの奴は消えてしまった。

 

 鏡を見れば、酷い姿だった。体格が大きく変わってしまっているし、全身を覆う装甲が赤く焼けている。まるで、火のついた炭だ。こうなってしまえば全身が大火傷だろう。

 

 

「待て……熱くない……」

 

 

 変だった。以前は死ぬほど熱かったはず。今は触っても全く熱くない。いつの間にか、身体の感覚も元に戻っていた。目も耳も聞こえる。

 

 

「火って言うのも変じゃないか……?」

 

 

 自分が雷や風が使えるらしいと言うのは伝聞で知っている。ただ、その中に火は無かったはずだ。身体を焼く火は自分のモノではない。

 

 

 ──貴方のもう一つの契約。”ずっと一緒に居ること”とは違います。

 

 

 記憶の中の黒服の言葉を思い出す。黒服の言う通りなら、思い出せない誰かと自分は契約を結んだはずだ。黒服の言葉が正しいのなら、契約内容はずっと一緒に居ること。

 

 そして、契約はそんな甘いものではない。さっきのシロコの件ですら、契約の一言で思い出した。なら、”ずっと一緒に居る”という契約は今も継続中なのだ。

 

 最後に、あの誰かの言葉。

 

 

 ──それは君がおかしいの。君の形は二人いるから解釈しにくいんだよ。色々混じっててさ。その中で、一番分かりやすいのを選んで姿を借りただけ。今の君は姿がないから。さっきの望みが違うってことは、あれはこの姿の子の望みだね。

 

 

 混じっているとも奴は言った。あの望みの持ち主には心当たりしかない。そして、その望みの持ち主は、もういないのだと言う。彼女は半身だったから。それなら、普通なら、もう死んでいるはずだ。

 

 でも、自分はまだ生きている。

 

 

 ──吹き飛ばされた場所に何か別の物が入り込んだ。そのおかげで、君は息を吹き返した。

 

 

 それは、契約のお陰だったのではないだろうか。その思い出せない誰かは。ずっとカヤツリの傍に居て、守ってくれていたのではないのだろうか。

 

 ある考えのもとに、奴が残していった鏡の前に立つ。

 

 

「ああ、やっぱり……」

 

 

 今まで気がつかなかったのは、忘れかけてしまっていたのは。

 

 

「ずっと……ずっと、傍に居てくれたのか……」

 

 

 自分と重なり合うほどの近くで、思い出せなかった誰かが、しっかり鏡に映っていた。

 

 

「ホシノ……!」

 

 

 思い出せなかった誰か──ホシノは。自分を見て、にっこりと笑った。

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