ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
ミシミシと軋む音が響いている。
その音の出所は自分の、プレナパテスとなった身体からだった。
あの砲撃をこちらの世界のホシノが防いで、司祭の影響が消えたことで負担が無くなったとはいえ、元々はギリギリの身体を酷使している。限界を迎えていないのが奇跡のようなものだ。
自分の身体は相も変わらず叫んでいる。”もう限界だ”、”休ませてくれ”と、ここに来てから聞き飽きたそれを、プレナパテスは無視する。
自分は今度こそ死ぬだろう。でも、その前にやらなければならないことがある。伝えなければならないことがある。
一歩一歩。足を踏み出して、シロコ・テラーの方へと歩みを進める。
途中で崩れそうになるが、そうはならなかった。
「手伝うよ」
自分の身体を、向こうの世界の自分が支えていた。礼を言おうにも、口を動かすのも厳しい。それは向こうの自分も分かっているのだろう。何も言わなかった。
先ほどよりもゆっくりと、けれども、しっかりとした足取りで。これは先生だけの力では無い。
きっとアロナだ。向こうとこちら。二人のアロナのサポートでこの動きは実現できていた。
「あ……先生」
離れたところから、こちらを見上げるシロコ・テラーを見て、鏡合わせだとプレナパテスは思った。
先生である自分以外がそうだった。シロコ、ホシノ、カヤツリが自分を境にして向かい合っているから。
プレナパテスには、自分の世界側の彼女たちしか見えないが、恐らくは背後の彼女たちも似たような顔をしているだろう。何とも微妙そうな顔だ。
あの黒い鳥の正体にプレナパテスは確信を持っているわけでは無かった。けれど、シロコの反応を見れば推測は立てられる。
どうやったかは分からない。どれほどのものを支払ったのかも。けれど、あの二人に後悔は無いのだろう。そこまでさせてしまった事に後悔がよぎる。それと、あの二人が思っているであろうことも。
ようやくシロコ・テラーの前に着く。
本当にようやくだった。そのために、プレナパテスはここまでやってきたのだから。
「先生……ごめんなさい……」
シロコ・テラーは叱られる前の子供の様だった。きっと、申し訳なさと後悔で、今の涙でぐちゃぐちゃの顔と同じような心境なのだ。
「……プレナパテスが、伝えたいことがあるみたい」
流石、自分なだけあった。言いたいことを自分に代わって言ってくれた。そのおかげで、プレナパテスは伝える言葉だけに集中できた。
「あなたのせいじゃないよ。シロコ」
「え……」
シロコ・テラーは茫然とした顔をしていた。まさか、そんな事を言われるとは思わなかったに違いない。
「自分のせいだと。そう思って、自分の事を否定しないで。幸せになっちゃいけないなんて思わないで。そんな事は、絶対に無いんだから」
「……私がやったことの責任は取らなきゃ……」
プレナパテスは仮面の中で笑った。やはり、シロコはシロコだったからだ。
「その責任は、世界の”責任を負う者”が抱えるものだよ」
だから、その重荷をおろしてほしいのだ。元々、それはシロコが抱えるものではないのだから。それは子供と共に生きる”大人”が負うべきものだから。
「でも……私が、間違えたせいで、世界が……」
「誰だって間違えるものだよ」
間違いは誰にでもある。子供だけではなく、大人だってそうだ。しかし、子供に大人と同等の責任を求めるのは筋が通らない。子供と大人では違いがあり過ぎる。それは、手段の幅だってそうだし、経験だってそうだろう。
子供は間違えて成長していくものだ。間違いという経験を積んで成長していく。
間違えたら償いや埋め合わせをしなければならない時もあるだろう。そして、その補填が自分の力量を越えてしまうことだってあるかもしれない。
その時の為に、大人は居るのだ。
「……責任は私が負うからね」
世界を滅ぼした責任は、自分が持っていく。それが大人の役割だからだ。それがプレナパテスのすべきことで、やりたいこと。ここまでシロコ・テラーを連れてきた理由。
「他の誰かが、”シロコのせいだ”と言っても、私はそうは思わない。だから、自分を許してあげて。死んだ方が良いなんて思わないで。そんな悲しいことを言わないで。君は、幸せになっていいんだ」
そう言われたシロコ・テラーは、言葉なくその場に崩れ落ちる。蹲ったせいで、顔は見えずとも押し殺したような泣き声が聞こえた。
やっと、彼女は降ろせたのだ。しばらくは思い出して憂鬱になったり、叫びだしたくなったり、身を搔きむしるほどの後悔に襲われることもあるかもしれない。けども、立ち直ることが出来ると、プレナパテスは信じている。もう、シロコ・テラーに必要なことは伝えたからだ。
「それと、二人もだよ」
泣き崩れるシロコ・テラーを優しい目で見つめる、ホシノとカヤツリにも言葉を放つ。
二人は予想外だったのか、口を半開きにして、プレナパテスの方を見ている。
「シロコに言った事は、二人にも当てはまるからね」
シロコ・テラーが背負った責任と同じようなものを二人は背負ったと、プレナパテスは見ていた。そして、その推測は二人の表情を見る限りは当たっているようにも見える。
「私の知らない所で、君たちも間違いを犯したのかもしれない。取り返しのつかないことになったのかもしれない。それで、ここまで来たのかもしれない。シロコと同じように」
自分が眠っていた間に何があったのか。プレナパテスには分からない。けれど、この二人に世界を越えさせるほどの何かはあったはずだ。それはきっとシロコ・テラーや、ここにはいない対策委員の事、滅びたキヴォトスの事なのだろう。それはシロコ・テラーと同じように、これからを生きる二人が背負うには重すぎて、背負うべきでは無いものだ。
「だから、二人にも言うよ。やるべきことが出来なくても、上手くいかなくても。自分を許してあげて、君たちにも幸せになる権利はあるんだ。これが私からの最後のお願い」
「……分かりました」
静かな返事だったが、プレナパテスは満足だった。二人の顔を見れば自分の言いたいことが伝わったのは分かったから。
最後にプレナパテスは、最初から最後まで傍に居てくれた人物に言葉を掛ける。
「A.R.O.N.Aも、ありがとう。最後まで私を助けてくれて」
『いえ……私は』
これまでの三人と同じようにA.R.O.N.Aは口籠っていた。何時もの無表情が崩れていて、プレナパテスは心が痛んだ。
シッテムの箱の管理OS。彼女の存在意義は、箱の所有者をサポートする事。事実、彼女はここまで着いてきてくれたし、今、普通に話すことが出来ているのも、二人のA.R.O.N.Aのお陰だった。
彼女は十分に、自らの仕事を果たしたのだ。
「私の言いたいことは分かるね」
『……はい。あの三人と同じことですね』
彼女は自分の事を良く分かって、ここまでサポートしてくれた。彼女は色彩の影響を受けていない。シッテムの箱はボロボロだが、中身は無事だ。A.R.O.N.Aは最期まで自分に着いてこなくてもいい。
それは彼女も承知で、まだ言葉にしていない事もそうだろう。それを察した彼女の表情がすぐれないのはそのせいだ。
「そう。あと、向こうの私に手を差し伸べてあげて欲しい。頼み事ばかりで悪いけど」
『いえ。先生の頼みは慣れましたから』
少し困ったようにA.R.O.N.Aは表情を崩す。それは、プレナパテスが無茶な頼みごとをする時の彼女の癖だ。
やっと彼女らしい反応が引き出せて、プレナパテスは嬉しくなった。
A.R.O.N.Aは口を堅く結んで、プレナパテスを見ている。きっと何を言っても、何をしても、これから先の事は覆らないと知っているからだ。
「それと……私」
振り向くほどの力が残っていない自分に代わって、向こうの世界の自分が眼前へやってきた。
姿形は違うが、自分だ。自分の言いたいことは分かっているし、向こうもそのつもりだろうが。これはしっかりやらなければならない事だ。
プレナパテスは最後の言葉を絞り出す。
「生徒たちを、よろしくお願いします」
しっかりと向こうの自分が頷くのを確認して、プレナパテスは安心する。
そして、身体が限界を迎え始めた。ボロボロと端から崩れていく。
『「「「先生!」」」』
床に崩れ落ちた自分へと、自分の生徒たちが駆け寄ってくる。
それだけで、生徒たちが無事であるだけで、プレナパテスは満足だった。少なくとも、繋げる事は出来たから。本当なら終わってしまった、どん詰まりの終着点。そこから生徒たちの未来を繋げることが出来たから。
どんどんと、これまでの思い出が脳裏をよぎる。走馬灯と言うヤツだろう。
面白いことに、キヴォトスに来てからの事ばかりで笑ってしまう。本当に自分はここが大好きだったらしい。
思えば、この面々は最初の方に出会った生徒ばかりだ。
初めて会ったのはA.R.O.N.A。何度も助けてもらって感謝しかない。彼女がいなければ、自分はここまでこれなかっただろう。
アビドスの依頼は、プレナパテスにとっての最初の依頼だった。
自治区内で遭難した時、あそこでシロコに拾われなければ、そもそもここに居ない。
アビドスで、先生はキヴォトスの危険な一面を垣間見た。純粋な暴力によるものと、ドス黒い悪意によるもの。そこから、守ってくれて、経験させてくれていたのはホシノとカヤツリだ。
二人がいなかったら、後々の依頼も大変だっただろう。もしかしたら失敗したかもしれない。
気がつけば、生徒たちがじっと自分を見ていた。しっかりと何かを聞いているような様子に、プレナパテスは苦笑する。
自分の思考はどうやら口から出ていたらしい。最期まで締まらない。
だから、本当に最期の言葉を生徒たちに贈る。
「私の生徒でいてくれて、ありがとう。皆、これからも元気で。私はいつでも、見守っているから……」
幸せな気持ちを胸に、プレナパテスの意識は眠りに落ちるように、遠くなっていった。
□
「プレナパテス……」
プレナパテスは崩れ去り、そこには擦り切れた外套と仮面が残されていた。外套の隙間からは、ひびの入ったシッテムの箱と折り鶴。それと黒く焼け焦げた大人のカードが覗いている。
プレナパテスの生徒たちは黙って、残骸をみつめている。先生の方のシロコやホシノ、カヤツリも悲しそうな表情を浮かべていた。
『緊急事態です! 先生!』
「アロナ?」
焦ったようなアロナの声が端末から響いた。あとは箱舟から脱出シーケンスを使用して脱出するだけで、本船はまだ稼働している。時間はあまりないが、まだ焦るような時間でもないはずなのに。
『箱舟が、キヴォトスに向かって落下し始めています!!』
先生の思考が一瞬止まった。端末を見れば、いつの間にか大気圏を突き抜けて、宇宙までやってきている。青いキヴォトスが良く見えた。何処かの宇宙飛行士の言葉が浮かぶが、今はそれどころではない。
「先ほどのエネルギー収束で自爆シーケンスが上手くいきすぎました。想定よりも速く切り離された中心部。この第四エリアが、重力に引かれ落下しています」
実体化している向こうのA.R.O.N.Aが、正確に状況を説明する。
「第一エリアの本船は未だに稼働中です。ただ、落下しているせいで、距離が離れています。脱出シーケンスが全員間に合うかは五割。それと、脱出に成功しても……」
「キヴォトスに、箱舟の残骸が降り注ぐ?」
「そうなります」
実体化したA.R.O.N.Aの説明で、しんみりとした空気が吹き飛んでいた。先生は焦りながらも、思いついたことを口に出していく。
「全員脱出してから、撃ち落とすって言うのは?」
『理論上は可能ですが……』
アロナが画面の中で、難しい顔をしている。
『キヴォトスから撃ち落とす以上、箱舟の残骸が大気圏に突入した後に撃墜することになります。撃墜するだけなら、簡単ですが……』
「破片を一つも残さずの撃墜が前提です。撃墜しても破片を残せば、拡散したそれらがキヴォトスの各地に降り注ぎます。甚大な被害を及ぼすでしょう」
それでは、その方法は使えない。そんなことが出来るものなど、どこにもないからだ。
「俺のレールガンは?」
「無理だ」
こちらのカヤツリの提案を、向こうの、コートを着たカヤツリが否定した。
「稼働している箱舟なら別だが、落ちてくるのは残骸だ。ただの残骸相手に、それは本領を発揮しない」
「本船の主砲は?」
ならばと、ホシノが提案するが。それも、向こうの短髪のホシノが疑問を投げつける。
「それなら、宇宙空間で破壊できるかもしれないけど、本船は第一エリアでしょ。そこまでの道がもうないんじゃない? そのアロナちゃん? が言わないってことはそうでしょ?」
こくりと、黒い制服を着たA.R.O.N.Aが頷いている。何というか手詰まりだった。今一番必要なのは、跡形も残さない破壊力なのだが。
「そっちは? 見た感じ、そっちのシロコと同じ感じがするが。似たようなことができるんじゃないのか?」
カヤツリが嫌そうな顔で、向こうの自分に聞いていた。向こうのカヤツリは、それに対して、あっさりと頷くのだ。
「ああ、権能の事か。できないわけじゃないんだけどな」
言い淀むカヤツリの代わりに、シロコ・テラーが涙を拭いながらも答えた。
「私のだったら使える。でも、跡形もなく消すとなると時間が掛かる」
できるが、今度は脱出の時間が無くなる。そう言う事だろう。
「”私のは”って? どういうこと?」
シロコが、シロコ・テラーに噛みついた。それについて、シロコ・テラーはカヤツリの方を見やった。
「カヤツリ先輩もできる。やろうと思えば、本気を出せば、さっき司祭を吹き飛ばした以上の火力を出せるはず。でも、それは、ここの中だけ。出たら、たぶん……戻る」
「向こうのホシノとカヤツリが、二人で居られるのは、このナラム・シンの玉座内だけってこと?」
「そう。この混沌の領域から出れば、どうなるんだ……?」
本人であるカヤツリも良く分かっていないようで、それに、こっちのカヤツリが微妙な目を向けている。
「同じものは同時に存在できないから、私とカヤツリがくっついて戻るよ。でもその場合、この箱舟を跡形もなく消し飛ばす火力は出せない。あの時の、ビナーの半身を吹き飛ばした時くらいかな。ここはアビドスじゃないし、キヴォトス内ですらないからね。混沌の領域内なら戻っても誤魔化せるけど。そうじゃないなら、私の右目は使えないし、カヤツリの雷も嵐も使えないよ」
代わりに短髪のホシノが答える。それに対して、こっちのホシノが何とも言えない顔をしていた。
「混沌の領域内でないと、ここでないと、その火力を出せないってこと?」
「そうなりますね。破壊の途中でこの空間が解除される可能性も。そうはならなくても、俺たちは宇宙空間に放り出されることになります。下手したら帰って来れません。先生に言われる前ならそうしたでしょうがね」
八方ふさがりだった。
全員が退避すれば、箱舟を完全には撃ち落せない。撃ち落すためには、箱舟内部のこの空間でないといけないが、そのための条件が箱舟の存続が必要。そもそも、同じ存在は同じ世界に存在できないと、シロコ・テラーが言っていたから、全員を脱出させられない。こちらを立てればあちらが立たず。あちらを立てればこちらが立たない。
「混沌の領域があればいいのですね?」
「A.R.O.N.A……?」
突然、沈黙を切り裂いて。A.R.O.N.Aが静かに、決意の籠った目を先生の方へと向けていた。無表情なのに、はっきりとした決意を感じ取れる。
「私の、先生のシッテムの箱への転送の許可を」
「何か、手段があるんだね?」
「はい。そちらの先生の私と、二人がかりで、混沌の領域を再現します」
出来るの? そう端末のアロナに問うと、不安げではあるが、しっかりと頷いていた。
『シッテムの箱のリミッターを外せば……箱本来のスペックは、私一人では持て余してしまいますが、もう一人私がいるのならば可能です。しかし、先生の負担が……』
「出来るんだね?」
それを了承と取ったのか、目の前のA.R.O.N.Aは言葉を続ける。
「私たちを全員。先生の生徒たちと同時に指揮下に入れて下さい。そうすれば、其方の世界と、私たちの世界のカヤツリさん、ホシノさん、シロコさんを別々の存在として定義できます。そして、こちらのカヤツリさん」
「……何だ」
コートの方のカヤツリに、A.R.O.N.Aが催促した。
「混沌の領域内。その条件であれば、大気圏を突破し、キヴォトスへ降下できますか?」
「できるが、安全は保障できないぞ。一人で五人も抱えられない」
「この混沌の領域を利用し、お二人を同期させます。二人のカヤツリさんの状態を一時的に同期させ、手数を増やします。指揮下に入っているうちは維持が可能のはずです」
「……無茶を言う。あっちのセトが怒りそうだな……」
向こうのカヤツリが言う事が良く分からない。見かねたアロナが、補足をしてくれた。
『先生も見たでしょう? 黒い鳥がカヤツリさんだったのを。お二人はアレで世界を渡ってきたんですよ。おそらく宇宙空間くらいは渡れます。だから、それを同期させるんです。こっちの世界のカヤツリさんも黒い鳥にするんです』
「大丈夫なの?」
確かに、それなら何とかなる。ホシノとカヤツリがくっつくなら、総人数は五人へ減る。それなら片手ずつで抱えられるだろう。
しかし、それは元に戻れるのだろうか。上手くキヴォトスに戻れても、二人が戻らなければ片手落ちだ。
『大丈夫なはずです。向こうのお二人は”そうなって”いますが。こちらのお二人はそうなっていませんから。混沌の領域内のみのはずです。指揮下から外れれば元に戻るでしょう』
カヤツリとホシノの方へと視線をやれば、同一人物同士で何事か話していた。ホシノは何故か顔を真っ赤にしているし、カヤツリの方は酷く難しい顔をしていた。
「二人とも、話があるんだけど……」
「いいですよ。ちゃっちゃとやっちゃいましょう」
早口でカヤツリがまくしたてる。それを見て、向こうの二人が妙に笑っていた。
「それでは、始めます」
A.R.O.N.Aの宣言と共に、端末から通知が出る。一も二もなく許可を出せば、実体化していたアロナは消えて、画面内へと移動していた。
『わ!?』
「手伝ってください。……アロナ」
『はい! 分かりました! 頑張りましょう! プラナちゃん!』
いつの間に考えたのか、アロナが勝手に名前を付けていた。プラネタリウムが語源らしく、説明を受けたA.R.O.N.A──プラナは気に入ったようだった。
『シッテムの箱の制限解除。限定的に混沌の領域を展開します。……領域展開』
その宣言と共に、端末の編成画面に変化が生じた。
前衛の四枠に四人の生徒が登録されている。シロコ、シロコ・テラー、そして、ノイズ塗れの二名。ノイズというよりも、名称が矢継ぎ早に入れ替わってそう見えているらしい。カヤツリ・ホシノ・セトと名前が目まぐるしく入れ替わっている。向こうは、セトが無く、それにテラーがついただけだ。
「……」
黒い鳥が二体。その場に佇んでいる。今までのように暴れると言うことはなく、理性的に見える。
「先生とそっちのシロコはそっちへ。俺も、プレナパテス──先生とシロコを連れていく。同じ世界同士で組む。慣れてないだろうから、最悪先生のサポートがいるだろう。箱舟を破壊した後、先行する」
カヤツリ。もといテラツリが指示を飛ばす。傍にはプレナパテスの物を抱えた、シロコ・テラーが準備している。
「ん。先生、早く」
こっちのシロコといえば、カヤツリの脇に米俵の如く抱えられていて、先生に手招きしていた。
「じゃあ、始めるぞ」
その一声と共に、炎が迸る。テラツリが、光り輝く弓を引き絞っていた。弓には炎を纏って雷光を放つ矢がつがえられていた。
「あれは……」
あの矢には見覚えがあった。ヒエロニムスとアトラ・ハシースの箱舟を撃墜した物と同じ。カヤツリとホシノがかつて箱舟へ放った物とは何かが違った。ギリギリと弓の弦が鳴り、引き絞られる。あれが撃ち放たれれば、後はもう帰るだけだ。
幾ら補助があるとはいえ、生身で大気圏から地上へ降下しようと言うのだ。前代未聞であろう。
でも、何故だか恐怖は感じなかった。きっと生徒を信じているからだ。向こうの自分──プレナパテスに託された。彼らの事も信じている。
彼らができると言ったのだ。それなら自分は信じるだけ、足りない所を補うだけ。いつもと同じようにやるだけだ。
覚悟を決めた先生に、アロナが告げる。
『帰りましょう先生! 私たちのキヴォトスへ!』