ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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154話 過去の残響

 アビドス校舎の中をホシノはズンズンと歩く。走るよりも遅く、歩くと言うには速い。歩きを速めたところで、何が変わるという訳でもないが、そうでもしなければやってられない。

 

 荒ぶる感情のままに、生徒会室の扉に手をかける。そのせいで扉は思ったよりも大きな音を立てて開いた。

 

 

「ひぃん! 何なのぉ!?」

 

 

 ユメ先輩が驚いた顔をしていた。椅子に座っての作業の途中だったようで、こちらを向いて座ったまま目を真ん丸に見開いている。相応に驚いているらしい。それは勢いよく扉を開けたせいもあるかもしれなかった。

 

 

「……ホシノちゃん……どうしたの? 水着なんか着て……?」

 

 

 確かに、生徒会室に制服でなく学校指定の水着を着た後輩がいきなり入ってくれば、この反応も頷ける。別に”今日は暑いから、制服でなくて水着で登校しよう”などと言う事を考えたわけでは無い。しっかりとした理由がある。

 

 でも、それを追求されたくない自分は、着ている理由だけを簡潔に言う事にする。

 

 

「いえ……ずぶ濡れになったので」

 

「どうして? 今日は雨なんて降ってないけど……」

 

 

 窓の外は快晴だ。まだ季節は春半ばになったばかり。自分がアビドス生徒会に入ってから少しの時が過ぎたとはいえ、まだ梅雨には大分早いし、にわか雨のせいでもない。

 

 自分がずぶ濡れになった理由は、自分の不注意ではあるが。それをユメ先輩に言うのは憚られた。単純に自分の自尊心の問題だ。やってしまった事ならまだしも、その後と最中の事は言いたくない。

 

 

「ん~? ホシノちゃん。何か隠してるでしょ」

 

 

 ユメ先輩は立ち上がって、傍に近寄ってくる。表情は何かを面白がるようなニヤケ顔だ。妙に腹だたしいその表情に短い答えを返す。

 

 

「別に。何も隠してませんよ」

 

「じゃあ、言えるよね? 私、何があったか気になるな」

 

 

 いつにも増してユメ先輩はしつこかった。直ぐ真横から、自分の顔を覗き込んでいる。

 

 

「壊れた水道を直すのに失敗しただけです」

 

 

 本当にあったことを口に出す。

 

 ユメ先輩は近づけていた顔を離して、じろじろと自分の姿を見て納得した表情になった。

 

 水道から噴き出した水で制服が濡れてしまったから、着替えただけだ。そのままでは風邪をひいてしまうし、アビドスの気候なら濡れた服も数時間もせずに乾くだろう。

 

 そして、ユメ先輩は自分を見て、可笑しそうに言う。

 

 

「ふふ……不器用なおじさんみたいで可愛いね」

 

「おじさん……」

 

 

 ホシノの中ではおじさんと可愛いがイコールでは結ばれなかった。不器用に掛かっているのであれば納得もできるが、”不器用”ではなく”不器用なおじさん”だ。

 

 

「おじさんって……変じゃないですか。別におじさんじゃなくても良いでしょう?」

 

「ええっ!? 可愛いと思うんだけどなぁ……」

 

 

 女子高生に対しての例えには似つかわしくない。少々配慮に欠けた例えだ。それでも、さっきの出来事と比べればマシではあるが。

 

 それに、ユメ先輩だ。あのバナナとも、鳥ともつかない珍妙なキャラクターを可愛いと言っているくらいだ。きっと自分には理解のできない独特の感性をしているのだろう。

 

 

「あ! ホシノちゃん。何か勘違いしてるでしょ!」

 

「勘違いって何ですか……」

 

「私だって、普通のおじさんが可愛いとは思わないよ!」

 

「そこが大事なんですか……?」

 

 

 おじさんに普通も何もないだろう。ロボットか、動物か、それともあの黒服の人のような者のどれかだ。いずれも、可愛い要素はおそらくない。獣人は別かもしれないが、おじさんという要素が全てを台無しにしている。

 

 

「私が可愛いって言ったのは、”不器用なおじさん”のことだよ! 勘違いしないでほしいな!」

 

「何も変わってないじゃないですか……」

 

「全然違うよ! ホシノちゃんなら分かってくれると思ったのに!」

 

 

 不満そうに、ぷりぷりとユメ先輩は文句を言っているが、まるで意味が分からない。さっきと同じ事しか言っていない。ユメ先輩だってこのまま放っておけば、直ぐに収まる程度の怒り方だ。このまま何も言わないのが賢い選択だろう。

 

 ただ、物わかりの悪い後輩と思われたままなのは癪だった。

 

 懸命にホシノは頭を回転させる。

 

 普通のおじさんが可愛くなくて、不器用なおじさんが可愛い。

 

 だとすれば、おじさんが可愛いわけでないのは本当だ。それは分かるが、その違いが分からない。

 

 

「……逆に器用なおじさんはどうなんですか? ユメ先輩的には可愛いんですか?」

 

「へ? そんなわけないよ。それは普通のおじさんでしょ」

 

「……ああ、そういうことですか」

 

 

 ようやっとホシノは理解した。本当に分かりにくいと言うか、なんというか……ユメ先輩らしいと言えばらしい。聞くこっちにとってはいい迷惑だったが。

 

 ホシノは辿り着いた答えを口に出す。

 

 

「”不器用なおじさん”って、キャラクターの名前か何かですか」

 

「そうだよ! 最初からそう言ってるよ!」

 

 

 ユメ先輩の憤慨したような答えに、自分はため息をつく。

 

 それなら理屈は通る。あの手帳──”たのしいバナナとり”だったか、あのバナナとりと一緒だ。そうだとしたら、おじさんは可愛くないだろう。”不器用なおじさん”が可愛いのであって、”不器用な”おじさんが可愛いのではない。分かってみれば単純で、思わず拍子抜けしてしまった。

 

 

「まあ、キャラクターじゃなくて、昔会った人なんだけどね」

 

「は? 初耳なんですが」

 

 

 それは初めて聞いた。だから、思わず聞き返してしまう。そんな自分を見て、ユメ先輩は揶揄いの笑みを浮かべて近づいて来る。

 

 

「あ、ホシノちゃんも興味あるの?」

 

「いえ、そういう訳ではありませんが……」

 

 

 嘘だ。とても気になる。”不器用なおじさん”と言うのだから、男なのだろうが。生憎ホシノは碌な人物を知らない。知っているのはあの怪しい黒い服の人と、最近加入してきたあのぼったくりだけだ。

 

 興味もあるが、変なことを吹き込まれていやしないだろうかという心配の方が強い。まさか、ここまでポンコツなのは、そいつのせいなんじゃという思いもある。

 

 そんな自分の心配も知ってか知らずか。ユメ先輩は得意げに話し出す。

 

 

「ふふん。ホシノちゃんが来るずっと前に会った人なんだよ。何か探し物をしてるみたいだったから、手伝ってあげたの」

 

「それの、どこが可愛いんですか? ただの迷い人じゃないですか」

 

 

 ユメ先輩が得意げな理由も分からないが、その”不器用なおじさん”とやらが可愛い理由も分からない。その人が自分と似ていると先輩が言う理由も。

 

 

「口では色々言うの。でも、なんだかんだ言っても助けてくれるの。ね? 可愛いでしょ。ツンデレさんってやつだね。おじさんっていうと凄い怒ってたけど」

 

「……」

 

 

 身に覚えがあり過ぎて、ホシノは何も言えなかった。誤魔化すための悔し紛れの言葉が口から滑り出した。

 

 

「ユメ先輩が昔と変わってないってことが分かりましたよ……」

 

「うっ……」

 

 

 ユメ先輩も自分と同じような顔をしている。自覚があるのは良いことだが、そうなら早く治してほしかった。毎度毎度尻拭いするこちらの身にもなってほしい。

 

 しかし、また口を滑らせてしまったと反省する。それなりに効いたのか、先輩の雰囲気が暗い。

 

 

「あー……その人は結局どうなったんですか? まだ交流が?」

 

 

 何とか自分が壊した空気を変えようと、苦し紛れの質問をどうにか捻りだす。先輩は少し考え込んでから口を開いた。

 

 

「ううん。どれくらいだったかな……しばらくは一緒に行動してたんだけど、探し物が見つかったのかな。ある日、急にいなくなっちゃった。それから会ってないよ。何か言われた気もするけど……もう昔だからね。顔もあんまり覚えてないや」

 

 

 もっと違う質問にするべきだったと後悔する。今の今まで、自分は知らなかったから。その可能性もある事くらい気が付けたはずなのに。

 

 きっと、探し物とやらを見つけた”不器用なおじさん”とやらは、居なくなってしまったのだろう。探し物を見つければ、アビドスに用などないだろうから。せめて、しっかりと先輩に一言言ってからいなくなればいい物を。ツンデレとか言った事からして、先輩が寝ている時とかに挨拶して居なくなったのだ。

 

 

「でも、大丈夫だよ。ホシノちゃん!」

 

「急にどうしたんですか。大声出して」

 

 

 暗い空気を吹き飛ばすように、大声を上げた先輩へと迷惑そうな声を投げる。

 

 そんな口とは裏腹に、ホシノは自分の事が嫌になってきていたが。先輩が大声を出した理由など一つしかない。自分が悪くした空気を吹き飛ばしてくれているのだ。

 

 それに対して、お礼も何も言えずに、嫌味みたいな言葉しか返せない自分が嫌だった。これでは”不器用なおじさん”の事をとやかく言えない。

 

 

「もう”不器用なおじさん”はいないけど、ホシノちゃんやカヤツリ君もいるからね。ホシノちゃんの心配は無用だよ!」

 

 

 カヤツリと。その名前を聞いた途端に自分の眉が吊り上がるのを感じた。

 

 

「ふ~ん」

 

「なんですか」

 

 

 そんな自分を見て、先輩のニヤケ面が復活していた。

 

 

「ふふ。”不器用なおじさん”もそうだったから。さっき言おうと思ったのはこっちの方なの」

 

「何が”そう”何ですか……」

 

 

 しかめっ面の自分の言葉を受け流して、先輩はまた得意げに言うのだ。

 

 

「何かを隠す時。自分にとって恥ずかしい事や都合が悪いことを隠す時。すっごい分かりやすかったの。今のホシノちゃんみたいに。ね? やっぱり何かあったんでしょ?」

 

 

 半ば先輩は確信を持っているようだった。それか、これは見せかけでカマかけなのかもしれない。お人よしの先輩にそんな手段が思いつくとは思えないが。ただ、こればかりは先輩は関係ないし、そんなことで臍を曲げている自分が子供っぽくて嫌だから、誤魔化す方向へと舵を切る。

 

 

「壊れた水道を直すのに失敗しただけですって言ったじゃないですか。それだけです」

 

「本当に、それだけ?」

 

「そうですよ。大したことはありません」

 

 

 でも、ユメ先輩のニヤケ顔は消えていない。自分は何も変なことは言っていないはずなのに。表情だって、いつもの鉄面皮だ。それなのに、先輩は見透かしているようだった。念を押すように、再びの確認がホシノを襲う。

 

 

「本当に?」

 

「ぐっ……」

 

 

 きっと、もう誤魔化せない。いかなる方法かは分からないが、どうにも先輩は何かを掴んでいるようだった。このまま誤魔化し続けても、先輩は効くことを辞めないだろう。

 

 

「はぁ……分かりましたよ。話しますよ。それでいいんでしょう!?」

 

 

 少し、怒ったように、自棄っぱちな気持ちで言葉を吐き出すと、先輩は満足そうな笑みに変わっていた。椅子を態々引っ張ってきて、完全に聞く体勢に入っている。

 

 

「私が先に水道を直そうとしたんです」

 

「うんうん。それで? ……先に?」

 

 

 そう、先にだ。先輩も気がついたのか、苦笑いしている。今さっきからずっと、生徒会室には音が響いている。換気の為に開けた窓の外から、何かの作業音がずっと。

 

 

「あのぼったくりが、ずっと校舎を直してますからね。こっちが楽をしているのは目覚めが悪くて、手伝おうと思ったんですよ……」

 

 

 その結果は散々だったのだが。碌にやり方を調べもしないで、壊れた水道に突撃した。水漏れが酷い程度の簡単なものだから、パテかセメントか何かで塞げば終わると思っていたのだ。

 

 

「それで、失敗したんです。そこに、あのぼったくりが来たんですよ」

 

 

 まだ未乾燥のパテを押しのけて噴き出した水道水。避ける間もなく、それが直撃してびしょ濡れになった自分。文字通り頭に冷や水を掛けられた自分に、アイツは面倒くさそうな顔で言ったのだ。

 

 

 ──邪魔。俺の仕事を増やすな。自分の仕事をしてろ。

 

 

 仕事を増やしてしまったのは事実だが、そこまで言わなくてもいいじゃないか。

 

 そんな思いが頭の中に浮かんで、その次にカッとなりそうな頭。しかし、ここで切れ散らかすなど、恥ずかしくてできない。さりとて、このまま引き下がるのも、悪意から邪魔をしていると思われたままのようで、嫌だった。

 

 退くに退けなくて仏頂面の自分に、アイツは更に追撃を入れた。

 

 

 ──さっさと着替えてこい。

 

 ──手伝います。この気候です。風邪なんて引きませんよ。

 

 

 意地を張る自分に、アイツはこれ見よがしな大きなため息をついたのが印象に残っている。

 

 

「あのぼったくりは、言ったんですよ。普通にです。水道を直しながらですよ!」

 

 

 アイツは、気にもしないで。それこそ、服にゴミがついてるとでも言うような気軽さで言い放ったのだ。

 

 

 ──恥ずかしくないのか? 露出狂の気があるなら悪かったが。

 

 

 あの時は防弾ベストは着ていなかった。単純に邪魔だったから脱いでいた。その時の服装は、制服のスカートと白のワイシャツ。”白”のワイシャツだ。

 

 

「あの、ぼったくりは。”透けてる”って言えばいいものを……何なんですか! あの言い方は!」

 

 

 白のワイシャツが濡れたらどうなるか。身体に張り付いて、その下の物が”透ける”のだ。

 

 自分とて、羞恥心はある。伝えてくれたのはいい。気づかないふりをして、覗き見でもされていたら、ボコボコにして追い出していた。

 

 けれど言い方ってものがあるだろう。大げさに恥ずかしがれとは言わないが、それなりの反応があってもいいのでは? それをアイツは……

 

 

「それで、ホシノちゃん。ちょっと拗ねてるんだ?」

 

「拗ねてません! 怒ってるんです!」

 

 

 先輩の言葉をすぐさま否定する。拗ねるなんてありえない。自分は怒っているのだ。やっぱり先輩はポンコツだった。

 

 

「でも、ホシノちゃん。カヤツリ君の言い方が気に入らなくて怒ってるんでしょう? それは、拗ねてるんじゃないの?」

 

「そんなわけないじゃないですか! 恥ずかしがりながら言われてもこうでしたよ!」

 

 

 そもそも、そんな姿が想像できない。アイツなら”先輩くらいになってから恥ずかしがれば? ”くらいの事は言うかもしれない。

 

 思い出しただけで無性に腹が立つ。きっと、アイツが気に入らないのだ。そうに違いない。

 

 

「うーん。ホシノちゃんは、自分の気持ちがよく分からないんだね。なんで怒ってるかもよく分からないんじゃないかな? それとも”振り”をしてるのかもしれないけど」

 

「どういう意味ですか……?」

 

「だって、ホシノちゃんの言い分だと、何を言っても気に入らないんでしょう? だったら、ホシノちゃんはカヤツリ君の言葉に怒ってるんじゃないと思うな。別の事だと思うよ」

 

 

 言われてみればそうかもしれないが、別にいいではないか。気に入らないのは確かなのだから。

 

 でも、先輩は自分をそのままにしておいてはくれない。目を細めて、自分の事を見ている。

 

 

「ホシノちゃんは、ホシノちゃん自身に怒ってるんじゃないの?」

 

「はぁ!? そんなわけないじゃないですか。私は何一つ疚しい事なんてしてませんよ」

 

「ホントかな? ホシノちゃんは分かってるから、気分というか、機嫌が悪いんじゃないの?」

 

 

 どこか優しい目で先輩は自分を見ている。

 

 この目が、ホシノは大好きでもあり苦手でもあった。この目をする時は真面目な話をする時だ。褒めてくれる時は良いが、耳の痛いことを言われる場合もある。今回はそっちの方だろう。

 

 

「じゃあ、何で怒ってるの? カヤツリ君が悪いんなら、もうそれでいいよね? ホシノちゃんはいい子だから、自分の中で解決したなら、とやかく言わないよ。でも、今はそうじゃないよね。それが解決しないから、それは自分が悪いから、それはもうどうしようもできないから。今、怒ってるんだよ」

 

「うっ……」

 

 

 まるで心の中を覗かれているみたいだった。先輩はそんな事は出来ないだろうが、どういう手段か自分の内心を言い当てるのが上手かった。自分が自覚していない事でもだ。

 

 

「ホシノちゃんは初めに答えを言ってるんだよ。カヤツリ君だけを働かせるのは”目覚めが悪い”って」

 

 

 自分でも見ないふりをしていただろう内心を言い当てられて、ホシノはびくりと身体を震わせる。それは濡れた身体で水着を着ているせいだけでは無かった。

 

 

「ホシノちゃんはいい子だもの。手伝おうと思ったんだよね? でも、失敗しちゃった。それだけなら良かったかもだけど」

 

「良かった?」

 

 

 そうだ。最初は手伝おうと思ったのだ。でも失敗してしまった。もうそれで気分が悪い。それだけでよかったことなんてあるだろうか?

 

 

「うん。それだけだったら、その後、カヤツリ君と一緒に修理ができたかもしれないから。初めからケチが付いちゃったから、ホシノちゃんの気分は良くないだろうけどね。でも、水に濡れたのが良くなかったね。あれで帰れって言われたちゃったようなものだもの」

 

 

 先輩はさっきよりも緩んだ顔に微笑みを浮かべて自分を見ている。薄く開けた目の奥が笑っているようで恥ずかしい。

 

 

「だから、機嫌が悪いんだよ。結果的にカヤツリ君の仕事の邪魔をして、仕事を増やしたようなものだから。初めは善意だったはずなのに、意地悪したみたいになっちゃったから。そして、それを誰も、カヤツリ君は分かってくれないから。ホシノちゃんから言う訳にはいかないもんね?」

 

 

 もう完全に先輩は揶揄いのモードに入っていた。自分の顔が真っ赤になるのが嫌でも分かる。

 

 だって、まるで聞き訳の無い子供だ。自分の想い通りに行かなかったから、周りに当たり散らすなんて。これが子供でなくて何だと言うのか。

 

 

「だって、アイツが……」

 

 

 それでも、この口は黙ってくれないのだ。自分の過失──過失というほどでもないかもしれないが。を認めたくなくて、当たりやすい奴に当たっている。

 

 

「カヤツリ君は悪い子じゃないよ。それはホシノちゃんも分かってるよね?」

 

 

 こくりと頷く。それは分かっていた。仕事だからかもしれないが、本人も言った通りに、しっかりとやっているのだ。大人の手先のくせに怪しい様子も今は無い。

 

 

「それは、分かってますけど……」

 

 

 ただ、腹が立つのは本当だった。単純に自分よりできる事が多いから気に入らないのだ。嫉妬と言っても良いかもしれない。

 

 そのせいか、先輩は自分よりもアイツの方に構っているように見える。自分の居場所が盗られたみたいで気分が良くない。

 

 

「うーん。ホシノちゃんはどうしたいの? できれば仲良くしてほしいけど、私は無理強いはしないよ」

 

 

 先輩を困らせるのは本意ではない。かといって、こちらからアイツに歩み寄るのも、まだ早い気がする。

 

 

「もう少しだけ、様子を見ます」

 

 

 こんなことしか言えない自分が情けない。自分でもどうしようもない感情に振り回されている。様子を見るだなんて、タダの保留で逃避だった。

 

 

「ふふ、二人とも可愛いね」

 

「二人?」

 

 

 思わず聞き返してしまった。二人なら、あと一人はアイツだ。アイツが可愛いなんて思える要素はどこにもない。

 

 

「アイツは皮肉しか言わないじゃないですか。どこが可愛いんですか……」

 

「だって、”透けてる”って言わなかったんでしょう?」

 

「そうですけど……」

 

 

 本当に愉快そうに先輩はニコニコしている。ここまで嬉しそうにしている先輩は珍しい。

 

 

「恥ずかしかったんだよ。カヤツリ君は」

 

 

 まるで意味が分からない。困惑する自分に先輩は、分かるように言ってくれる。

 

 

「本当にホシノちゃんの事を何とも思ってないなら、”透けてる”って言うと思うよ。そうなら、ホシノちゃんがどうなろうと気にならないんだからね。でもカヤツリ君は、そうは言わなかった。ホシノちゃんの言い分からして、遠回しに言ったんじゃない?」

 

「それがどうしたんですか。厭味ったらしい事には変わりないじゃないですか」

 

「だから、そこが可愛いんだよ。二人ともね? 互いに気を使ってるんだよ。無意識かもしれないけどね」

 

 

 先輩は更に笑みを深くしている。それが気に入らなくて、自分はむくれるしかない。言っていることの意味が半分くらいしか分からない。

 

 

「じゃあ、ホシノちゃん。知りたい?」

 

「教えてくれるんですか?」

 

「私が教えるわけじゃないよ? ホシノちゃんが自分で気がつくの。私が前に言った事を覚えてる?」

 

 

 ──疑念、不信、暴力や嘘。そういうものを当たり前だと思うようになったら自分を見失っちゃうよ。

 

 

 きっとこれのはずだ。それを口に出せば、先輩は頷いている。覚えてくれていたことが嬉しいのかもしれない。

 

 

「これは、自分だけじゃなくて、他の人にも当てはまるんだよ? 色眼鏡で見るんじゃなくてね。人には色んな事情があるんだよ。それを見ないで好き勝手言うのは損だよ。ホシノちゃん」

 

「損?」

 

「うん。損」

 

 

 先輩は笑みを消して、真面目な表情になった。

 

 

「もしかしたら仲良くなれるかもしれないでしょ?」

 

「アイツと仲良くなれと? そう言ってるんですか?」

 

 

 少しだけ怒気を言葉に乗せる。無理強いはしないと言ったくせに、そんな事を言うとは思わなかった。それを先輩は両手を振って否定する。

 

 

「違うよ。ちゃんと見てあげてって言ってるの。それで仲良くできないならしょうがないよ。でも、色眼鏡や人の事情を気にもしないで決めつけるのは良くないって話。仕事ぶりは問題ないんでしょう? なら、自分の言った事は守らないとね」

 

 

 耳が痛い話だ。確かに仕事ぶりを見て決めると言ったのは自分だ。そして、仕事ぶりは文句のつけようもない。

 

 

「でも、私には嫌味ばっかりですし……避けられてる感じが……」

 

「ホシノちゃん……」

 

「ぐっ……」

 

 

 怪しまれていた。きっと何か言ったとでも思っているのだ。実際言った。それはもう色々なことを。やはり言い訳染みた言葉は先輩には通用しなかった。

 

 

「それなら、私が手伝ってあげるよ。折角のホシノちゃんの相談だしね」

 

「相談した覚えはありませんよ」

 

「え? だって、結局隠してたことってそれでしょう? 私が聞きだしたようなものだけど、ホシノちゃんは困ってたんだよね? そして、私に話してくれた。それはもう相談だよ」

 

 

 それは屁理屈の類ではないだろうか。微妙な顔をするが、先輩に”次からは普通に言ってくれると嬉しいな”などと言われれば、頷くしかない。

 

 

「手伝いって何をしてくれるんですか」

 

「機会を作ってあげるよ。私となら、カヤツリ君は普通に話してくれるから」

 

 

 先輩の手助けなど、碌な結果にならない気がする。それでも、先輩は退く気はないようで、両手を握りしめてやる気満々だ。止まる気配はないし、止めたところで聞かないだろう。

 

 

「じゃあ、お願いします」

 

「うん。私頑張るね。ホシノちゃん」

 

 

 話がひと段落すると同時に、校内にチャイムが鳴り響いた。かなりの時間が経っていたらしい。それに制服もそろそろ乾いただろう。

 

 干した制服を回収するため、先輩にそのことを伝えようとしたところで、違和感に気がつく。

 

 チャイムの音が妙だ。鐘の音じゃなくて、アラーム音のような音に変わっている。

 

 気がつけば服装も変わっている。水着じゃなくてパジャマになっていた。

 

 暗闇が目の前を覆う。それを払おうと目を開ければ、自分の部屋の天井が見える。

 

 それは、いつも通りの朝だった。大きく伸びをして、何ともなしに口に出す。

 

 

「なんだ。夢か」

 

 

 そして、ホシノは自分のベッドの中で目を覚ました。

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