ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

156 / 337
155話 過去からの呼び声

 まだ頭は夢心地のままに、枕元でけたたましく鳴り響くアラームを止める。静かになった部屋は窓からの日差しで、もう明るくなっていた。

 

 そんな中で、夢の内容を反芻する。

 

 ユメ先輩の夢だった。

 

 まだ、夏にもならない頃。ビナー戦よりも前、カヤツリがやって来て直ぐの頃の夢。

 

 まさか、そんな夢を見るとは思わなかった。むしろ見ないようにしていたと言う方が正しいか。

 

 理由としては、単純に怖かったのだ。夢の中で、先輩に責められるのが怖かったから。

 

 そんな事態が起こらないように、夜のパトロールを異常なまでにやって、身体を疲労させていた。疲れて、泥のように眠ってしまえば夢など見なくて済むからだ。

 

 

「ん~。久しぶりに良く寝たねぇ……」

 

 

 半身を起こして、大きく伸びをする。おじさんと自称しているせいか、身体がボキボキと鳴る。本当にここ迄よく寝たのは久しぶりだった。

 

 だから、夢を見たのだろう。幸せだった時の夢を。今も幸せではあるが、色々考えることが増えている。あの頃のように、何も考えずに日々を謳歌するなんてことはできない。

 

 後輩たちの事や借金の事、アビドスの事。考える事は沢山ある。昔ならそれに押しつぶされていただろうし、そもそもどうすれば良いのかも分からなかったが、今は違う。

 

 どうすれば良いのか。そのためにどれくらい頑張れば良くて、今どれくらいまで達成できているのか。そういう大事なことがようやく理解できるようになってきていた。

 

 それが、ホシノに齎した物は安心だ。進む先が見えているというのはこれほどまでに安心するのだと言う事をホシノは初めて知ったのだ。

 

 そうであれば、もう怖くなかった。頑張れていて、それが目標に向かって進んでいるという自覚があるからだ。これまでは灯りもなしに夜道を進むようなものだったから、怖いのは当たり前だ。

 

 

「ふふ……」

 

 

 夢を反芻している内に笑みがこぼれる。昔の自分が面倒臭いにも程があったからだ。さぞかし先輩も苦労しただろう。でも、こちらも散々苦労させられたのだから、お互い様だ。

 

 

「カヤツリ……あれ? 居ないね」

 

 

 自分の隣を見るがもぬけの空だ。シーツを触って確かめるが、冷たいとは言わないまでも、自分の位置とは温度差がある。

 

 

「何か、あったっけ……?」

 

 

 夜間パトロールの当番ではない。特に用事もなかったはず。何故、ここにいないのか。

 

 

「良い匂い……? あ!」

 

 

 鼻に届いた香ばしい香りに一気に頭が覚醒した。布団から飛び出した勢いのまま、自分の部屋から飛び出した。

 

 

「おお。おはよう」

 

 

 部屋から飛び出してきた自分を見て、カヤツリは目を丸くしている。

 

 

「ごめん。カヤツリ。当番は私だったのに……」

 

 

 本来なら、自分が朝食の準備をするはずだった。今更ながら、壁の時計を確認すると、時間を大きくオーバーしている。早い話が自分は寝坊したのだ。

 

 

「いいよ、いいよ。よっぽど疲れてたみたいだし、こういう事もある。次、代わりにやってくれればいい」

 

 

 そのまま、カヤツリは当番に戻っていく。テーブルには殆どの物が並べ終わっていて、今カヤツリが作っているのが最後らしい。

 

 着替える時間もないから、テーブルに着くと、カヤツリとのやり取りで、さっきの夢の事を思い出した。

 

 

 ──邪魔。俺の仕事を増やすな。自分の仕事をしてろ。

 

 

 さっきの言葉と夢の言葉を比べて見るとえらい違いだった。つい可笑しくて笑ってしまう。

 

 

「随分とご機嫌じゃないか。そんなにいい事があったのか?」

 

「うーん。いい事? なのかな?」

 

「何だ、その反応……」

 

 

 朝食の準備が終わったカヤツリが、自分の答えに困惑している。それも可笑しくて、つい声を出して笑ってしまう。

 

 

「夢を見たんだよ。昔の夢をね」

 

 

 それを聞いたカヤツリの表情が、困惑から心配そうなものに変わり、すぐ戻った。

 

 

「大丈夫……そう……だな。いい夢だったのか?」

 

「うん。カヤツリが来たばかりの頃の夢だったよ」

 

 

 それを聞いたカヤツリはホッとしたようで食器を並べ始める。

 

 カヤツリは詳しくは聞かない事にしたらしい。きっと自分が喜んでいる。それだけでいいのだろうが、ホシノは不満だ。ただ、そのままストレートに聞くのも負けた気がする。

 

 

「カヤツリもいい事があったみたいだけど?」

 

「どうして、そう思うんだ?」

 

 

 露骨に誤魔化すカヤツリに吹き出しそうになる。カヤツリも無理があると分かっているのだろう。視線を逸らして、オカズを突いている。

 

 

「だって、ねぇ……。朝ご飯にしちゃ、豪勢過ぎない?」

 

 

 テーブルの上に広がるのは、朝食にしては多い品々だった。

 

 焼いたパンに、ヨーグルトに、スープに、飲み物。そこまでは普通だ。自分だってそのくらいはいつもやっている。殆どは冷蔵庫から出すだけだ。スープもインスタントだから、大した手間でもない。

 

 問題は、パンに乗せるための具だ。いつもなら、焼いたソーセージかベーコン、ハム。それと目玉焼きが定番だった。

 

 それが、今回はどうだ。

 

 タマゴに、コンビーフに、サーモンに、カツだ。それに加えて、初めて見る料理もある。朝ご飯の量と手間ではない。

 

 

「いや、それは……シロコにごねられたから……」

 

 

 小皿に盛られたそれが、サンドイッチの具なのだということは分かる。強請られた弁当の余りだということも。だが、やたら種類が多いのはどういうことか。

 

 それぞれの手間も尋常でない。タマゴは茹でた後に何工程か必要だし、サーモンやコンビーフも何かと混ぜてある。そもそも何処から調達したのか。極めつけにはカツだ。薄く叩いて伸ばしてあるから、フライパンで揚げ焼きにしたのだろうが。朝から片付けが面倒な揚げ物?

 

 

「じゃあ、これは? この大将が好きそうなヤツ」

 

 

 小皿に盛られたそれを味見する。口の中で弾ける旨味と塩辛さ、それを中和するジャガイモ。余ったコンビーフとジャガイモを炒めて、これでもかと胡椒が振ってある。如何にも大将が好きそうな味だ。

 

 昔ならいざ知らず、当番制になってから少しは料理を囓るようになった自分には分かる。これらの料理の手間は朝食に掛けて良いものではない。休日ならともかく、今日は平日だ。

 

 

「……いいじゃないか。もうすぐ何だし」

 

 

 拗ねたようにカヤツリが言い、やっぱりとホシノは思う。

 

 

「目処が立ったの? 苦労してたみたいだけど」

 

「うん。ようやくな」

 

 

 ”隠し事ができない”と、ぶつぶつ呟くカヤツリ。それでも、どことなく嬉しそうだった。

 

 カヤツリがずっと進めていた事がようやく終わるのだ。喜びもするだろう。あの、もう一人のシロコ。シロコ・テラーによる色彩のキヴォトス襲撃。それ以前のカイザーによる連邦生徒会襲撃も入るか。それらによってカヤツリの計画が滅茶苦茶になったのは知っている。

 

 それの調整にひいひい言っていたのを近くで見ていたからだ。手伝おうと思ったが、カヤツリは頑なに拒否した。マトやヒナを巻き込んでいるのに、なぜ自分はダメなのか。強く問い詰めても、頑として口を割らない。

 

 勝手に予測するなら、以前に後輩たちに話していた話。ユメ先輩が自分たちへ残したと言う砂漠横断鉄道の権利関係だと睨んでいる。

 

 今思えば、ヒナとマト。ゲヘナとの会談は不定期かつ、場所も毎回違った。自分と話す内容もカイザーがどうだとか、治安はどうだとか、指名手配犯が逃げ込んでいないかとか。当たり障りのないというか、学園の責任者としては普通のものだった。

 

 その間に、カヤツリは自分が話していない方と話している。内容は覚えていないどころか、聞いたことが無い。初めは自分に経験が無いからだと思っていた。だから、経験を少なからず積んだ今なら少しくらいは話してくれると思っていた。

 

 でも、教えてくれない。つまりは、そういうことなのだろう。

 

 自分の事を信用するしないの話ではない。おそらくは知っている人間が少ない方が良い類の話だ。例えるなら、アリスの事やビナーの時と同じ。最近のことで言うなら、色彩やシロコ・テラー、プレナパテスの事。

 

 だから、しつこくは聞かない事にした。昔ならしつこく食い下がっただろうが、今は違う。きっと終わった後なら話してくれるだろうと信じている。ただ、それはそれ。これはこれだ。もう一つの隠し事について聞くことにする。

 

 

「それじゃあ、こないだ黒服の所に行ったのも? それに必要だったの?」

 

 

 言い当てられた動揺からか、カヤツリが箸をとり落とした。”何で”と言いたそうな眼差しが自分へと突き刺さるが、落ち着いて食事を続ける。口に物を入れて話すのは良くない。ゆっくりと美味しい食事を飲み込んでから口を開く。

 

 

「どうしてって顔してるね」

 

「じゃあ、聞く。どうやって?」

 

「女の勘」

 

 

 嘘である。面と向かって”はい”か”いいえ”かで問い詰めるなら分かる。それくらいならお手の物、お茶の子さいさいだ。でも流石に読心染みた真似はできない。

 

 ただ、科学の力というモノは便利だ。居場所くらいはすぐに分かる。ミレニアムには、特にエンジニア部には感謝しなければならないだろう。まさか、居場所だけでなく、バイタルデーターまで見れると思わなかったが。

 

 

「まあ、手段はどうでもいいと思うな? 大事なのはカヤツリが何をしてたかじゃない? 怒らないから言ってみなよ」

 

 

 セリカちゃんかシロコちゃん辺りが聞いたら、”絶対怒るヤツ”とでも騒ぎそうだ。でも、理由が理由なら絶対に怒らないとホシノは約束できる。

 

 黒服相手に、軽い用事で行かない事は良く知っている。相応の理由があるのだろう。ただ、それが気になるだけだ。言えないならそれでいい。言えない理由は欲しいけれど、我慢位はしよう。

 

 

「本当に? 怒らないか?」

 

「うん。約束してもいいよ。理由によるけど」

 

 

 カヤツリは大きなため息をついた後、ゆっくり話し始めた。

 

 

「前、ホシノが聞いてきたこと。手間取っていた方には関係が無い。用があったのは別の事だ。もう一人の俺たちの事だよ」

 

「もう一人のシロコちゃんが探してる?」

 

「そう」

 

 

 あっさりとカヤツリは喋った。

 

 理由としては納得できる部類だ。並行世界の自分たちなど、黒服垂涎の案件だろう。何か企んでいても不思議ではない。軽く探りにでも行ったのかもしれなかった。

 

 

「軽く、談笑しつつ探ったんだが……まあ、相手が相手だし、向こうが上手だ。ぬらりくらりと躱されたよ」

 

「それで、諦めて帰ってきたの?」

 

 

 それなら、そういうことがあったと、カヤツリなら言う。特に後ろ暗いところが無いならという但し書きがつくが。

 

 それに対しても、カヤツリはタマゴをトーストに塗りつけながら答えてくれた。

 

 

「……頼みごとがあったんだ。軽いヤツ」

 

「まさか、契約したんじゃないよね」

 

 

 万が一にもないであろうことを聞くが、予想外の答えが返ってきた。

 

 

「大層な事じゃない。引き換えに約束させられただけだ」

 

「大層な事でしょ!」

 

 

 少しだけ声が大きくなった。まさか、カヤツリがこんなことをするとは思わなかった。荒ぶる自分に、カヤツリは妙な事を言う。

 

 

「本当に大したことじゃないんだ。ただ、向こうが参加するのを拒否できないってだけで……まさか、あんなことを言うなんて思わなかった。道理は通っていると言うか、なんというか……」

 

「……カヤツリだけに関係する事なの?」

 

 

 どうにも話がつかめない。どうにも、自分が危惧したような事態ではないような気がする。それにしてはカヤツリの反応が妙だからだ。

 

 

「全員と言えば全員だが……まあ、俺だけか」

 

「黒服はどんな反応したの? それだけでいいから」

 

 

 きっと、カヤツリは言わないだろう。そんな雰囲気がする。

 

 何を言ったかは答えてくれない。それなら、黒服の反応だけでも聞いておくことにする。

 

 

「笑ってたよ。いつものじゃなくて、大爆笑してた」

 

「分かった。いいよ。もう聞かない」

 

 

 その答えを聞いて、警戒度を最低まで落とす。丁度いい温度に冷めたスープを啜りながら考える。

 

 これは、違う。さっきとは違って、知らない方が良いとかいう類の話では無い。

 

 それなら、ここまでベラベラ喋らない。このパターンはあれだ。内容がしょうもないか、カヤツリにとって恥ずかしい事の場合だ。黒服が爆笑したと言う事からも、それは伺えた。

 

 

「あと、二日か三日でけりがつく」

 

 

 完成したタマゴサンドを齧りながら、カヤツリが言う。

 

 

「けりがついたら、話すよ。黒服に頼んだ事も、秘密にしてた事も」

 

 

 やけに真剣な声だった。片手の齧りかけのタマゴサンドがかなり場違いではあったが。

 

 何も言わない、言えない自分に、カヤツリは言葉を吐き出す。

 

 

「それで、俺の仕事は終わる。やっと全部。もう抱えるものは何もなくなるんだ」

 

「だから、待っててほしいってこと?」

 

 

 それにカヤツリは黙って頷いている。表情は真剣で、嘘をついている様子はない。自分に対してついたことは一度もないから、そこは心配していない。

 

 

「いいよ」

 

「うん。ありがとう」

 

「その代わり」

 

 

 二日か三日。それくらいなら待てる。数年待ったことを考えればどうということは無い。それに待つのは得意だ。だが、黙っていたのは気にくわない。

 

 

「一つだけ、頼みごとを聞いて」

 

「どうぞ」

 

 

 観念したように両手を挙げるカヤツリ。お願いしたい事を伝えると、カヤツリの表情が崩れる。

 

 驚いたような、妙に納得したような、そんな顔が印象に残った。

 

 

 □

 

 

「随分、汚くなったねぇ」

 

 

 教室。前生徒会室の窓を開けると、部屋の埃が風で吹き飛ばされていく。閉め切っていても埃は溜まるもので、予想以上だった。

 

 部屋を見渡せば、以前片付けた時のままではあるが、部屋の隅や物の陰にまだ埃が溜まっていた。部屋の半分を占拠している段ボールの表面にも薄っすら埃が積もっている。

 

 それを、濡れ雑巾で拭いていく。自分では届かない所はカヤツリが持ち前の長身で対処してくれていた。

 

 

「夢で見て、思い出したのか?」

 

「うん。シロコちゃん達の前では掃除できないし。この前入った時にも、掃除しなきゃなって」

 

 

 食卓でカヤツリに頼んだのはこの部屋の掃除だ。まだ後輩たちが来るには早い時間だったし、カヤツリの失態の埋め合わせに丁度いいと思ったのもある。一番の理由は夢で見たからだが。

 

 この部屋を使わなくなってから、一年が過ぎ、もうすぐもう一年が経とうとしている。そろそろ、この部屋を封じておくのも辞めにしようと思うのだ。

 

 

「この部屋は特別だからさ」

 

 

 ユメ先輩との思い出が詰まった部屋。いい思い出も、思い出したくない事もある。でもずっと、そのままにはしておけない。いつかは向き合わなければいけない日が来るのだ。

 

 それが、偶々今日だったと言うだけの話だ。あの夢はいい切っ掛けになった。もしかしたら、先輩のメッセージかもしれない。

 

 

「吹っ切ったのか? それとも、吹っ切ろうとしてるのか?」

 

「どうだろ……? 私にもよく分からないや」

 

 

 カヤツリの質問の意図は読める。

 

 無理をしていないかという事だ。吹っ切って整理のために掃除するならそれでいい。でも、無理して、見ないようにするために、忘れてしまうための行為ではないのか。そういった確認だ。

 

 はっきり言って、自分にもよく分からない。ただ、そうすべきだと言う気持ちがあったのも事実だ。それなら、やってみたら何かわかるかもしれない。

 

 

「逆にさ。カヤツリは良いの? 私にとっても特別だけど、カヤツリにとっても特別でしょ?」

 

 

 カヤツリは物を拭く手を止めて考え込んでいたが、直ぐに考えが纏まったらしい。

 

 

「特別だけど、それは思い出が特別なんだ。部屋じゃない。部屋を見て思い出すことはある。たかが掃除だろう? 全てがあの時のままじゃなくても良いと思うんだ。部屋を失くすわけじゃないし、失くしたからって思い出が無くなるわけじゃない。平気だよ」

 

「そうだね。そうかもしれない」

 

 

 掃除を再開すると、色々なことが頭に浮かんでくる。先輩の事や、やってきた後輩たちの事。先生が来た時の騒動や、もう一人の自分たちの事。

 

 思えば遠くまで来たものだ。一人でパトロールとか言って、治安維持をしていた頃では考えられない。埃を拭きとっていくうちに、心も落ち着いて思考も冴えてくる。そして拭き掃除は単純作業であるがゆえに、直ぐに終わってしまった。

 

 

「拭き掃除は終わったから、この荷物をどうにかしようか……」

 

「これをか? 中身は何なんだ?」

 

「分かんないや。あんまり覚えてないって言うか……」

 

 

 二人で、部屋の半分を埋める段ボールを見て途方に暮れる。

 

 中身は覚えがあり過ぎて判断がつかない。滅茶苦茶な心境で、段ボールに荷物を詰めた記憶があるだけだ。中身はきっとごちゃごちゃだろう。あの時の自分は、先輩に関係ある物か、そうでない物。それを分別する事しか頭になかった。

 

 

「うわ。ごちゃごちゃじゃないか……」

 

 

 試しにと段ボールを開けたカヤツリが顔を顰めている。しゃがんだ肩越しに中を覗くと、書類の山と文房具が雑多に詰め込まれていた。他の段ボールも同じかもしれない。

 

 

「ああもう。埒が明かないから、一回全部開けよう。分別はそれからだ」

 

 

 段ボールの中の状況に眩暈がするのか、カヤツリはやり方を変えるらしい。次々と段ボールを開けて中を確認していく。初めの段ボールと同じような状況なのか、表情はすぐれない。

 

 

「……やけに軽いな」

 

 

 幾つか積み上げてある段ボールを持ったカヤツリは不思議な顔をしている。積みあがっている段ボールの内、下の方は潰れていない。積む場合は重い物を下にするのが常識だが、かなり軽い。

 

 

「制服? 何でこんなところに……」

 

 

 中身は制服だった。デザインを見る感じ、前アビドスの制服だ。かなりの数のスカートが入っている。

 

 

「絵面だけ見ると、今のカヤツリは変態だね」

 

「ふざけたこと言ってないで、他にも確認するぞ」

 

 

 他の物を確認すると、中身は全部制服だった。ブレザーにワイシャツとスカート。新品なのか、袋に入ったままの物や、そうでない物もある。デザインもバラバラだ。

 

 

「思い出した。これ、シロコの制服出した時の……」

 

 

 確か、カヤツリに制服を取りに行かせた記憶がある。その後は戦闘騒ぎがあって有耶無耶になっていたはずだ。顛末に予想がついて、カヤツリをジト目で睨む。

 

 

「片付けるの忘れて、ここに仕舞ったの? ダメだよ。ちゃんと倉庫に仕舞わなきゃ。ほら、仕舞いに行くよ」

 

 

 これは、大事なものだ。態々昔、ユメ先輩と一緒に本校舎から運んだ大事な物。本校舎はもう砂の下だから、昔のアビドスの旧制服はこれしか残っていないのだ。

 

 足元の段ボールを閉じ直して持ち上げる。持ち上げて、予想外の重さによろけてしまった。

 

 一番下の段ボールだから、重いに決まっている。中身はブレザーだからと油断していた。生地の厚さの分、重さも倍増しているのを勘定に入れていなかった。

 

 

「ホシノ!」

 

「大丈夫! ほら! あ……」

 

 

 重いと言ってもたかが服だ。えいやと段ボールを強引に引っ張って持ち直そうとしたのが良くなかった。

 

 鈍くて軽い音を立てて、段ボールの底が抜ける。抜けた底から、中身のブレザーがドサドサと音を立てて落ちていく。

 

 

「何やってるんだよ。もう……え?」

 

「カヤツリ?」

 

 

 心配して近づいて来たカヤツリが、一点を見つめて黙り込んでしまった。

 

 声を掛けても、ある一点を見たまま動かない。見ているのは、ダンボールを持つ自分の足元。ブレザーが山になっているはずの場所だ。

 

 まさか、虫でも湧いていたのかと、恐る恐る下を向く。そして、自分もカヤツリと同じように固まってしまった。

 

 

「え? なんで……そんなところに……」

 

 

 ずっと、探していて見つからなかったモノ。もう見つからないと諦めていたモノ。

 

 段ボールから零れたブレザーの山の上。そこに、一つの手帳がぽつんと落ちていた。

 

 タイトルに、”たのしいバナナとり”と書かれた。一冊の手帳が。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。