ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「手帳だ……ユメ先輩の手帳……こんなところにあったんだ……やっと、やっと見つけたよ……」
ブレザーの山の上で佇んでいる手帳。それは自分が長い間探し求めて、ついぞ見つけられなかった代物だった。
それは、先輩が自分に向けて遺してくれたもの。先輩の遺品。そして、中には書いてあるはずだった。自分がずっと探していたものが。
あの日。どうして先輩は出かけたのか。あのメモの意味は何だったのか。あんな酷い言葉を浴びせた自分をどう思っていたのか。どうして先輩は死ななければならなかったのか。その答えの全てがそこにあるはずだった。
「……止めとけ」
拾い上げた手帳を開こうとする手を、カヤツリの声が止めた。
カヤツリを見れば神妙な顔をして、床のブレザーを拾い上げていた。そして、もう一度。同じことを言う。
「読むのは止めとけ。そこには、ホシノが欲しい答えはきっと書いてない」
「……なんで? なんで、そんなこと言うの!?」
カッと怒りで頭が熱くなる。どうして邪魔するのか。その思いが声を荒げさせる。
「私が、どんな気持ちで、どれだけ必死になって探してたか。カヤツリは知ってるよね。どうして、"見るな"なんて。そんな酷いこと言うの!?」
砂漠で遭難したような飢餓感が自分を襲っていた。本当に渇いている。先輩の言葉が聞きたくて、先輩の想いが知りたくて仕方がない。
以前のデートで、納得したようなことをカヤツリには言った。でも、それはあくまで想像。自分で作りだした偽物なのだ。本物には決して敵わない。もう偽物で誤魔化すのは限界だ。
本物が目の前にあるのに、偽物で。自分の想像で我慢しろとカヤツリは言うのだろうか。それは自分にとって耐えられない。
手帳が出てこなかったら耐えられた。そうであったら、先輩が場所を伝えるのを忘れたか、遭難の途中で落としたと納得できた。そう思い込めた。
そして、いつか。記憶も罪悪感も何もかもがあやふやになった果ての未来で、”そんなこともあったね”とカヤツリと話す事もできただろう。
でも、現物が出てきてしまった。もう自分を誤魔化せない。今まで通りではいられない。
それを邪魔するカヤツリに怒りが湧いた。それを見れば渇きが収まるのに。カヤツリに自分の気持ちは分からないのだろうか。
「理由を言ってよ! 何で邪魔するの!」
「良く表紙を見ろよ。名前欄の所だ」
激高した自分の声とは真逆の、冷静な声でカヤツリは指摘する。
手帳の右下。そこに名前欄がある。この手帳自体はそこらに売っている安物だ。だから、学年と組と名前を書く欄が備え付けられている。
「ちゃんと名前が書いてあるよ。”梔子ユメ”って。これがユメ先輩のじゃないなら、なんなの!?」
こんな手帳を使っている人間をホシノはユメ先輩一人しか知らない。カヤツリが何を言っているのかも分からない。どう見たって、これは先輩の手帳だった。先輩のバナナとり手帳。先輩の遺志。自分への救い。
「おかしいのは学年と組だよ。名前じゃない」
「学年……? それに何の関係が……」
ぐにゃぐにゃの”梔子ユメ”の左上、そこには三と数字で書かれていた。隣は組も書いてある。
「ちゃんと3って書いてあるよ! 何がおかしい……待って? ……なんで組が書いてあるの……?」
ヒートアップしていた頭が急速に冷えていく。自分はとんでもない思い違いをしていたのではないだろうか。背中が冷たくなって、渇きが少し収まった。
確か、記憶の中の手帳には書いてなかったはずだ。学年は書いてあった。でも、組は書いていなかった。だって書く必要がない。自分が入学した時には、アビドス高校には数十人しか生徒が残っておらず、授業もなかった。学校としての機能は喪失していた。
だから組など存在しない。最終的にはカヤツリを含めて三人になってしまったし、そうでなくても先輩は書かなかったのだろう。案外ズボラな一面もあったから。
であれば、これは先輩の手帳ではあるが、自分宛に遺した物ではない。でも学年と組が書いてあるなら、あった時の手帳という事になる。なら、ずっと前の……
「お察しの通りに、これは先輩の中学時代。
カヤツリの仕方ないものを見るような視線が、自分に突き刺さった。冷たいものが腹の底に落ちる感覚が襲ってくる。
「先輩は、あの手帳を生徒会長手帳とか言ってた。でも、そうは使ってなかったのは覚えてるか?」
俯いたまま頷く。あれは連絡事項を纏めた手帳というよりも日記帳だった。先輩はその日にあった事を書いていたから。だから、自分は今まで。中身を想像して誤魔化す事ができた。
「きっと、あの手帳は先輩が生徒会長になった時か、高校三年生になった時に新調したんだろう。でも、以前から日記をつける習慣があったんじゃないか? そうでもなきゃ、あんな風に書かないだろう?」
言われてみればそうかもしれない。先輩はポンコツとはいっても、知識、机の上の勉強が不得意な人ではなかった。ただ、お人好しで、疑う事を知らない人だから。直ぐに騙されて頭が悪く見えるだけだ。
思い出せる姿は机に座って書き物をしている姿だ。今朝の夢でもそうだった。あれは日記をつけていたのかもしれない。
「そもそも、俺もホシノも途中から生徒会に入ったんだ。最初から生徒会に居たわけじゃない。居ない後輩の為にそんなものを残す必要は無いだろう?」
それもそうだ。あの時の、自分が初めて会った時の先輩は、一人でアビドス復興の署名を集める為に奔走していた。その時にも、あの後不良から助けた時にも手帳はつけていなかった。手帳をつけるのをよく見るようになったのは、カヤツリが来る前くらいから、自分が生徒会入りした時からだ。
「あの手帳も最初は日記帳だったんだよ。そして、ホシノの手にある物は、ずっと前の物」
自分の手にある手帳を見て、カヤツリは苦々しい顔だ。でも、そうなら疑問が残る。
「じゃあ、どうして、こんなところに?」
先輩が隠したなら分かる。新入生がやって来たなら、ここを漁るからだ。使わない旧制服の箱という方が、先輩らしいといえばらしい。
でも、これは先輩が残した手帳ではない。なら、別の要因でここにある事になる。
「多分、これだよ」
ほらと、カヤツリはいつの間にか手に持っていたブレザーを手渡した。
妙にくたびれたブレザーだった。他の袋に入ったままの物だけでなく、袋から出された物と比べても、くたびれ方が酷い。
「裏側を見てみな」
言葉の通りに、ブレザーの内側。ポケットがある辺りを探る。指にザラザラとした感触があった。
「何これ? 刺繍? あ……」
漸く、その正体に思い至る。ブレザーの内側にある刺繍など一つだけだ。
持ち主の名前だ。
勢いよくブレザーを広げると、予想通りの刺繍がある。”梔子”と。床に散らばった物にも刺繡が見えるものがチラホラある。
「そう、それは先輩のブレザーだよ。着たのを見た事は無かったが、一応は持っててもおかしくない」
「だから、手帳が中に入ってた……?」
自分の呟きに、カヤツリは返事をしなかった。それは、きっと合っているからだ。
「でも! でも……態々なんで!? なんで、ブレザーに入れて仕舞っておくの!?」
きっと先輩が隠したんだ。そんな有りもしない言葉を何とか飲み込んで、カヤツリに食い下がる。
何だかおかしかった。どうして自分はこんなに必死になっているんだろう? どうして、この手帳をユメ先輩が自分に向けたものだと思いたいんだろう? どうして、それを否定するカヤツリに怒りを向けているんだろう?
頭が上手く回らなくなっていて、渇きだけが頭を支配していた。ただ、カヤツリの淡々とした説明だけが頭に響いている。
「それは、ノノミ後輩が一番知ってると思うよ」
「ノノミちゃんが?」
確かに雰囲気は似ているかもしれないが、ノノミちゃんは先輩ではない。共通点など、普段ブレザーを着ていないことくらいだ。ただ、先輩はワイシャツの上は装備懸架用のベルトだったが、ノノミちゃんはカーディガンだから、一緒というわけでもない。
「ブレザーをノノミ後輩は入学式の時は着てたな? 他の後輩たちもだ。でも、ノノミ後輩だけが着ない。他の皆は着ているのに」
「私だって着てないよ……」
「ホシノは先輩のマネじゃないか。あと、盾の持ち運びの関係だろ? 先輩みたいに上背ないから、肩にかけられない。そのままじゃ地面に引きずるもんな? 理由はホシノからは一番縁遠いものだよ」
ノノミちゃんとユメ先輩の共通点。ある。あるが、まさかそんな理由で? 確かに自分には縁遠い話だった。
「苦しいからだ。胸元がギチギチで苦しいから着ない。それなら仕舞っておく。だって滅多に着ないどころか、二度と着ないかもしれないんだから」
胸元がキツければ着ないだろう。自分もノノミちゃんへ、面と向かって聞いたわけでもないし、そんな経験一度もない。ただ説得力はあった。二人ともゆったりとした服を着ているイメージがある。
「じゃあ。何? 先輩は、入学式の時に着ていたブレザーがキツくて仕方ないから、ここに仕舞ったってこと? その時に古い手帳を入れっぱなしにして? また着るかもしれないのに?」
「高校一年で手帳も更新するから、そのまま忘れた。日記なんぞ早々読み返したりしないし、失くしても気がつかない。気がついてもどこに仕舞ったか覚えていない。そんな感じだろう」
「……なにか、他には……ないよね……」
先輩の事だから、まとめて仕舞ってあってもおかしくなかった。ブレザーを隅々まで漁るが、何も出てこない。強いて言うなら糸くずだけだ。
気がつけば手に持った手帳の重みが、存在を主張していた。新品とは言えないまでに薄汚れたそれの中身が知りたくて仕方がない。
長年追い求めたユメ先輩の断片がそこにはあるのだ。自分に当てたものではないかもしれないけど、確かにそれはユメ先輩の書いたものだから。
それに、カヤツリの説明には、どことなく違和感が付きまとう。殆ど合ってはいると思うし、筋も通っているのだろうが、何かが引っかかる。
「ここまで言ったのに、そんなに見たいのか?」
初めて聞いたような声がした。冷や水をぶっかけられたような冷たさが全身を襲って、思考が途切れて、我に返る。
悲しそうな目で、カヤツリが自分を見ていた。朝の機嫌の良さがどこかに消え去っている。どこか、失望が混じったような響きで、カヤツリは言うのだ。
「それは、先輩の日記だ。そこには確かに先輩が居るんだろう。俺たちの知らない先輩がな」
先輩の過去を自分は知らない。三年生の先輩しか自分は知らないのだ。いつもニコニコ笑って、温かく自分たちを迎え入れてくれた優しい先輩。そうでない先輩など想像がつかなかった。
「それはホシノに当てられたものじゃない。大体日記なんて人に見せる物じゃないんだ。先輩の心を勝手に覗き見ようって言うのか? それで、自分の思っている通りじゃなかったらどうするんだ? 先輩じゃないとでもいうのか? それは、どうなんだ?」
初めてかもしれなかった。カヤツリが自分に怒っている。それは敵に見せる火のような怒りでは無かった。なんだかやるせなさを感じる。言いたくもないことを、今更言うまでもない様なことを、態々口に出して言っているような。目の前の自分と、誰かに向けて言っているような。
なんだか、怒っているはずのカヤツリの方が辛そうだった。どことなく全身が萎れているような気がする。
「自分の罪悪感を慰めるためだけに、人の過去を穿り返すのはどうなんだと言ってるんだよ。これまでの俺たちに接してくれた態度から分からないのか? 過去を掘り出さなければならない程、信用できないのか? それほどまでに、俺たちの先輩は薄っぺらな人間だったのか?」
カヤツリの声に身体が震える。いつの間にか渇きは収まっていた。頭が急にクリアになって、さっきまでの自分の行動が鮮明に思い出される。
「あ……」
目も当てられない醜態だ。今になって思えば、自分がとったとは思えない行動ばかりだった。
この手帳に手がかりなどあるはずがないのだ。
この手帳は中学三年生の先輩が書いたものだ。その時自分は先輩と出会ってすらいない。自分の事が書いてあるはずもない。見るだけ無駄だ。
それに自分は縋りついた。その行為は、今まで何も自分が変わっていなかったことを示すもの。
カヤツリは先輩の事について言っているが、本当は違うのかもしれない。自分に対して悲しく思ったのかも知れなかった。
「ごめん。カヤツリ。どうかしてたよ……」
言葉少なく、謝った。カヤツリは小さく頷いて、自分の方を見ずに目を逸らして、何かを考え込んでいる。
「……ホシノに怒りたかったわけじゃないんだ。責めたかったわけでも、ホシノの気持ちが分からないわけでもない」
言い訳のようにカヤツリは呟く。
「俺は、あの時、水族館でホシノが折り合いをつけられたみたいで良かったと思ったんだ。最近も元気そうで笑ってたから、安心してたんだよ。ああ、やっと吹っ切れたんだって……」
それは、カイザーの件がひと段落した後の、後輩たちにつけられていたデートの事だ。
──多分ね。私たちの事しか書いてないよ。私が鯨のグッズを欲しがった事とか、カヤツリとくだらない話をした事とか。少なくともそうだと私は思ってる。それは本当にあったことだから。その事実は変えられない事だから
手帳の中身についての話だった。そうだと信じて、それでいいと決めたはずの言葉のはずだった。
「気持ちは分かるよ。ずっと、探してたんだもんな。それが目の前にあるんだ。取り乱しもするだろう。知りたいよな。中身は薄々分かっていても、
本物。本物の先輩の言葉。
きっと、本物の、いまだに見つからない手帳に書かれているであろうことは分かっている。実際に先輩が書いているのを見たからだ。おそらくは日々の感想や思った事が書かれている。きっと、自分は大切に思われていた。
「でも、さっきのホシノは変だったから。心配になったんだよ。あの時みたいに、どこかに行ったまま帰って来ないんじゃないかって。怖くなって、ついあんなことを……」
だから、ごめんと。怒って、嫌なことをして、ごめんと。そうカヤツリは呟いていた。
今朝の夢も、朝のいい気分も、未来への希望も、全てが吹き飛んでいた。全部、自分が台無しにしたのだ。
手に持っているこの手帳のせいでだ。さっきまでは輝いて見えたそれが、今ではくすんで見える。
もう視界にも入れたくなくて、元あった場所であろうブレザーにしまい込もうとする。その時に、手が滑ってしまった。
「あっ……!」
落下の際に窓の外からの風に煽られて、手帳は開いたままブレザーの山の上に落ちる。そして、意図せずに手帳の文面が目に飛び込んできた。
──明日から、高校一年生。
その一文から目が離せなかった。
──みんなから反対されたけど、アビドス高校なら、今よりもアビドスの為になる事ができるはず。明日がとっても楽しみ。明日からどんな日々が始まるんだろう。良い人達ばかりだといいな。
二人とも一言も発しなかった。自分は頭の中で文面が繰り返されている。
文面から察するに周りの友人だろうか。彼女たちの制止を振り切って、アビドス高校への進学を決めたようだった。文章全体に暗い雰囲気は無く、明るいもので満ちている。それは、自分のイメージそのままのユメ先輩だった。
「やっぱり、ユメ先輩はユメ先輩だよ。よかった……」
思いもかけず、全くの偶然で文面を見てしまったが安心した。ユメ先輩は自分の思う先輩のままだった。渇きはもうさっぱり無くなっている。やっと、普段の自分に戻れた気がする。
「カヤツリ……? どうしたの?」
カヤツリは文面を見て、俯いたままだった。少し、心残りが晴れた自分とは違う。さっきよりも、自分に向かって怒っていた時よりも、萎れて小さくなっているように見える。
「何でもないよ。何でもない」
何でもないどころではないような気がする。落ち込むような要素が、今の文面には見当たらない。カヤツリが今の文面を見て、落ち込む理由が分からない。
いつもなら、”何でもないわけがないでしょ”と食いつけた。けれど、さっきの喧嘩。カヤツリに叱られたことが尾を引いている。今、ここで問い詰めるなんてことはできやしない。それは、自分のせいかもしれないからだ。
「それで? これはどうする? ホシノが持っておくか?」
顔を上げたカヤツリは、すっかり普段の様子へと戻っていた。流石に今朝のような機嫌の良さとまでは行かないが、普段のカヤツリだ。
「いいの? だって……」
「いいよ。今の様子を見るに引っ張られそうにないし、ある程度は満足したんだろう? 俺は見ないからさ」
カヤツリは落ちた手帳を拾って、自分へと差し出してきた。おずおすと受け取るが、特段それ以上の事はカヤツリは言わない。さっきのような失望したような視線もない。
「片付けはやっておくから、部室の方へ行っておいてくれるか?」
昇降口の方から、後輩たちの話し声が聞こえた。楽しそうな話し声が廊下に響いている。
今日は対策会議の日だ。重要案件があるのか、アヤネちゃんは張り切っていたし、先生も参加するために、アビドスにやって来る。それもあってのあの声なのだろう。
「分かったよ。部室で話してくるね。その間に……」
「手早く終わらせて戻るよ。少しだけ時間を稼いでくれればそれでいい」
手早く散らばったブレザーを拾い集めているカヤツリを背に扉を閉める。
後輩たちの声はもう聞こえない。階段を登って、部室の方へと行ったようだ。今頃は鍵を開けようとしている頃だろう。自分は後ろから、たった今登校してきましたみたいな顔で登場すればいい。それで、カヤツリは遅れてくるみたいなことを言えば皆は納得する。皆はもう同居しているのは知っている。
「ん?」
閉めた扉から、かすかな声が聞こえた。
今、あの部屋にはカヤツリしかいないから、それはカヤツリの声のはずだった。
好奇心がもぞりと動く。それと、心配も。
カヤツリの様子は変だった。最後は普段通りに見えたが、あの時分に向けた怒りは初めて見た。それは自分のせいなのだが、挽回できるのなら挽回しておきたかった。
きっと、カヤツリは自分の前では取り繕う。さっきもそうだった。今なら、自分がいないと思っている今なら、カヤツリの本音が見れるかもしれなかった。それは唯一の期間限定の
「……ごめんね。カヤツリ」
誰に向けるでもない謝罪と共に、扉を細く開いて、中の様子を覗き見る。
中ではカヤツリがちゃんと掃除をしていた。床に散らばったブレザーを丁寧に箱に詰めている。手際よく詰めているせいか、あと数分もせずに作業が終わるだろう。
なのに、最後ユメ先輩のブレザーを段ボールに仕舞った後。蓋を閉めずに、段ボールを睨みつけている。
「何で、今更。今更になって、出てきたんだ? こんな物たちと一緒に?」
絞り出すような声だった。すすり泣く様な、恨みがましい様子の。そんな聞いたこともない声を聞いたことを後悔した。
「先輩は……貴女は、居なくなったんだ。俺たちを置いていなくなった。勝手にいなくなったんだ。いっそ、そのままでいてくれたらよかった。……なんで……どうして、今更バラバラの断片で出てきたんだ。出てくるなら、なんで、もっと早く……」
見てはいけないモノを見てしまった。そんな後悔を抱えて、自分は扉を閉め直して、その場を離れることしかできなかった。