ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
しばらくはそうなる予定です。
開いた窓から風が吹き込んでいた。
窓の外はカンカン照りの砂原で、その上を自分たちの乗っている車は疾走している。
車内の空気は良いものでは無かった。運転席のカヤツリは険しい顔をしているし、ノノミちゃんは暗い顔。残りの後輩たちと先生は、状況が飲み込めていないような様子だ。
正直、ホシノ自身も状況を飲み込めているわけでは無い。アビドスの債権が完売した直後、状況を飲み込めていない自分たちに追い打ちをかけるかのように、見たことのない集団がアビドス砂漠へ侵入してきていた。
彼女たちは制服や作業着を着た集団で、ヘルメット団でもカイザーPMCでもない。自分が今まで見たことのない集団。
彼女たちは、何か作業を始めていた。対策委員会としては放置するわけにもいかない。その現場まで、車で向かっているという訳だった。
「カヤツリ先輩。あの人たちの事、知ってるの?」
重い空気の中、シロコちゃんが意を決したように切り出した。
「アイツらは知らないが、制服は知ってる。ハイランダーだ。ハイランダー鉄道学園」
「ハイランダー鉄道学園?」
名前だけなら、知っている学園だ。確か、各自治区の電車運行を一手に担っている学園だったはずだ。
「でも何で、ハイランダーがここに来るのよ。電車なんか通ってないわよ」
「だから、これから通そうとしているんだよ。アイツらは」
セリカちゃんの疑問に、カヤツリは吐き捨てるように答えていた。かなり機嫌が悪そうだ。今もどんどん悪くなっている。
『しかし、そんな権利は無いはずです。自治区とハイランダー、双方の同意があって初めて路線が敷かれるはず。それに、そのための資金も、動機も彼女たちには無いはずなのに……』
「あるんだよ。ついさっき、それを見ただろう?」
カヤツリの声質が冷たくなっている。おそらく内心はかなり怒り狂っているはずだが、抑えようとした結果がこの声らしかった。少し、後輩たちがおびえている。
「さっき、債権が完売しただろう? あれで債権を手に入れた誰かは何を手に入れた?」
『土地の所有権を除いたすべての権利ですね。土地は依然としてカイザーが握っていますが、それ以外、物流を目的とした交通インフラと関連設備になります』
「その誰かに要請されたんだろうよ。鉄道を復活させろとでもな」
つまり、債権を買い取ったセイント・ネフティス──ネフティスグループに依頼されて、ハイランダーはあそこにいると言うことだろうか?
それに思い至った時、カヤツリの機嫌が異常に悪い理由がようやく理解できた。
「ねぇ、カヤツリ。カヤツリの計画が漏れてたから、先を越されたから、そんなに怒ってるの?」
それは、怒る。ずっとカヤツリが温めていた先輩からの宿題。それが、もうすぐ終わると言う段になって、目の前で掻っ攫われた。
今までの準備が無駄になり、美味しいところだけ持っていかれた。先輩からの宿題が果たせなくなった。
それも、ネフティスに。今まで何もせず、アビドスの衰退の原因でもあるネフティスにだ。だから、カヤツリは今までにないほど頭に来ているのだろうか?
けれど、カヤツリはウンともスンとも言わない。横目で、ノノミちゃんの様子を伺うだけだ。
「ノノミ……? どうしたの? 顔色が悪いけど」
シロコちゃんの心配そうな声に、ハッとなる。ノノミちゃんが暗い顔をしていた原因も一目瞭然だった。
「ノノミ後輩のせいじゃない」
「ですけど! また、私のせいで……」
「何? 全く話が見えないんだけど?」
もう、車内は滅茶苦茶だった。事情を知っている者、いない者。全員の認識が統一されていないせいだ。今向かっているハイランダーの横槍が無ければ、もう少しマシだった。
セイント・ネフティスとノノミちゃんの関係、ネフティスが何をしたのか、カヤツリの計画、それらの情報を共有する必要があったのに、その時間が取れずに、車に乗り込むことになったからだ。
『もしかして、ノノミ先輩はネフティスの関係者なんですか?』
とうとう、アヤネちゃんが気がついてしまった。賢いあの子の事だから、前々から感づいていたのかもしれない。カヤツリも自分も、ノノミちゃんの出自を知っている。彼女は、それを嫌っていたのを知っているから皆には黙っていた。しかし、いつまでも隠し通せるものでもない。
「ノノミちゃん。言ってもいいんじゃない? 皆そんなことでノノミちゃんを嫌ったりとか、変な目で見ないよ。カヤツリが怒ってるのも、ノノミちゃんが思っているような理由じゃないかもしれない」
「……アヤネちゃん。どこで気がついたんですか?」
『虚妄のサンクトゥム攻略戦の時、カヨコさんが二人に聞いた時です。砂漠横断鉄道の許可の確認を、ノノミ先輩とカヤツリ先輩にした時からです』
観念したのか、自分を納得させたのか、ノノミちゃんは一息ついて昔話をするように話し始めた。
「セイント・ネフティスカンパニー。今で言うネフティスグループは私の生家です」
「じゃあ……ノノミ先輩はお嬢様ってこと?」
「そうなりますね。セリカちゃん」
どこか悲しそうな顔で、ノノミちゃんは言葉を選んでいた。考えが纏まらないのか、会話が止まってしまった。だから、話しやすいようにこっちでネフティスの説明をすることにした。
「セイント・ネフティスはね。名だたる大企業だったんだよ。今のカイザーと真正面から張り合えるくらいのね」
「今は見る影もないがな。それはアビドスもそうなんだが」
「かつて、アビドスは巨大な学園だったんだそうです」
漸くノノミちゃんが口を開いた。丁度よく、カヤツリの茶々が飛んできたから便乗することにしたらしい。
「キヴォトスで最も古く、巨大な自治区を治める学園。その強大さ故に、周りの学園から、とても恐れられていたそうです。少なくとも、かつてのアビドスはそうでした。あの砂嵐が来るまでは」
全ての元凶。数十年前の大災害。アビドス砂漠から飛来した砂嵐は瞬く間に全てを砂の下へと埋めてしまった。
「……そんなに大きな学園なら、どうとでもなったんじゃ……」
「私達のせいなんです」
セリカちゃんの言葉に、ノノミちゃんは押し潰されそうになっていた。
それはノノミちゃんのせいではない。でも、ノノミちゃんにとっては大事なことで、見て見ぬ振りは出来ないもの。
「あの大災害がトドメではないんです。セリカちゃんが言う通りに、アビドスにはまだ余力がありました」
「何があったの?」
心配そうな先生の声はどこか優しかった。もう、ある程度は察したか、昔に調べたのかもしれない。
「砂漠横断鉄道です。セイント・ネフティスはアビドス復活の起死回生の一手として、砂漠横断鉄道の建設を開始しました」
「悪い手じゃない。その巨大事業は莫大な雇用を生み出した。事実、その時点では人口流出は止まっている。完成すれば、本当に起死回生の一手だった。ビナーさえいなければの話だが」
精一杯のカヤツリのフォローだったが、ノノミちゃんにはあまり効果は無いようだ。
「先輩が庇う必要はありません。結果として、砂漠横断鉄道は失敗したんですから」
「失敗してどうなったの?」
「起死回生と言いましたが、それはネフティスグループにとってもそうでした。それが失敗したネフティスグループは、その分の損失を取り戻そうと躍起になり、アビドスの経済基盤に甚大な被害を齎した後、アビドスから撤退することになりました」
悪い言い方をすれば、ネフティスは逃げ出した。自分の都合でアビドスを振り回して、失敗したら、後は知らないとばかりにいち早く逃げ出した。それを見た現地民はどう思うか。それは、その後のセリカちゃんの言葉が、よく表していた。
「それって、アビドスがそうなったのは、ネフティスのせ──」
「セリカ後輩」
カヤツリの一言で、セリカちゃんはカヤツリを見た後、ノノミちゃんの表情を見て青くなった。
ノノミちゃんの表情は暗い。さっきから暗いが、今はもっとだ。
「あ……」
「いえ、セリカちゃんの言葉はある意味正しいんです……」
ノノミちゃんの表情は痛々しかったが、それを見たセリカちゃんはかぶりを振って、正面から言った。
「違うわ。ノノミ先輩は逃げなかったもの。私は、ノノミ先輩が居てくれて良かったと思ってる。でも、さっきの言葉は酷かったから……ごめんなさい……ノノミ先輩」
ノノミちゃんは、そんなセリカちゃんを見て、微笑んでいた。
「セリカちゃん……いえ、私も少し、悲観的になってたみたいです。らしくなかったですね」
何か吹っ切れた様なノノミちゃんを見て、かつて、ノノミちゃんがアビドスに入学するか迷っていた時。カヤツリが教えてくれた事を思い出した。
──逃げてきたんだよ。あのお嬢様は。
きっと、今のような事を言われたのは初めてではない。自分だって、初対面の時は悪徳企業の令嬢呼ばわりした。他の人間が言わないとは思えない。
──人は当たりやすい方に当たるんだよ。殴りやすい方を殴る。それが、抵抗しないなら尚更だ。とっても虐め甲斐がある。それに被害を受けたのは自分達だ。被害者はタチが悪い。加害者相手なら正当性を盾にどこまでも増長する。普段はそんな勇気もない癖にな。
そんな事を二人きりの時に、今はもうない仕事部屋でカヤツリは呟いていた。
──何で? あの娘のせいじゃないよ。開き直って反撃すれば良いのに。
確か、あの時の自分はそう聞いて、カヤツリは嫌そうな顔で言ったのだ。
──人の事言えないクセに、随分と偉そうだな。
バカにされたから、自分は勢いよく噛み付いた。あの娘と自分のどこが一緒なのかと、反論した。
──じゃあ、ホシノはアビドスを捨てられるか?
考えた事もない事を突きつけられて、頭が真っ白になった自分へ、妙な雰囲気で、カヤツリは静かに言っていた。
──アビドスがこうなったのは、ホシノのせいじゃない。何で、こんな毎日辛い思いをして、砂まみれの日々を送る必要があるんだ?
──俺もホシノも先輩に巻き込まれたクチだ。逃げたっていいんだぜ? 誰も文句を言わないし、むしろ同情される。転校先くらいは用意できるし、ホシノの実力なら引く手数多だろうさ。
──先輩だって辞めたかったのかもしれないだろ? 退き際を見極め損なっただけで、ずっと、そう思っていたのかもしれない。
あの時のカヤツリの目を思い出す。何かの感情が渦巻いていたあの目。
そんな目をしたカヤツリの畳み掛けるような言葉に、自分は子供染みた反論しか返せなかった。
──嫌だよ。
──何で?
──良かった事もあったよ。悪い事ばっかりじゃなかった。それに、ユメ先輩はそんなこと一度も言わなかったから……
逃げたら、あの先輩とカヤツリの思い出に泥を掛ける事になる。二度と幸せな思い出として見ることは出来ない。幸せな思い出は自分が逃げ出したという罪の証になってしまう。それは嫌だった。
──なら、そんな酷いことを言ってやるなよ。ホシノにとってのアビドスが、お嬢にとってのネフティスなんだからな。
ノノミちゃんにとって、ネフティスの事は、そう単純な話では無いのだ。
嫌いにはなり切れず、かといって好きにもなれない。振り捨ててしまいたくても、一生ついて回るモノ。向き合いたくても、その方法も力もない。まさにホシノにとってのアビドスだった。
その、デリケートな問題に対しての自分の発言は確かに軽率で失礼なものだと理解して反省。
そんな自分を優しい目でカヤツリは見つめていたのだ。もう、あの目は消え去っていた。
あの目に渦巻いていた感情が何だったのか、今のホシノにも分からない。あの感情はなんだったのだろう? あの時以来一度も見ていない。
──あそこで、私に、なんて言ってほしかったんだろう?
きっと、あそこで自分は正解を引いた。あの答えでなくても、きっと正解だっただろう。
選んではいけない選択肢は一つだけだ。
──あの時、逃げたいって、辞めたいって言ったら、カヤツリはどうしたんだろう?
まさか、本当に逃がしてくれたのだろうか。アビドスからも、黒服からも、逃げ出した罪悪感からも。
──もしかしたら、カヤツリは言ってほしかったのかな。
そうしたら、どうなっていただろう。ボロボロのアパートで慎ましく共同生活でもしていたのだろうか。そんな絵面を想像して、何だかおかしくなった。
そんな仮定に意味はもうない。むしろ逃げなかったからこそ、今ここに自分たちはいる。後輩たちに囲まれて、アビドスはまだ残っていて、しっかり前を向いて歩けている。これ以上の幸せは他にない。
だから、ノノミちゃんも、そうなってほしかった。アビドスに来たノノミちゃんは楽しそうで、なにかから解放されたみたいだったから。今の彼女を見て、それを思い出したのだ。
ノノミちゃんが逃げ出すとは思わないが、相手が相手だ。物言わぬ借金や周囲の状況だった自分たちと違って、彼女の相手は人だから。それも数多の。自分の家族や従業員、間接的に巻き込んでしまった人々。
きっと何とかなると信じている。別に、ノノミちゃん一人で何とかしなくてもいい。手伝える範囲は手伝う。かつて自分たちはそうしてもらったのだから。
「そう言えば、どうしてカヤツリは機嫌が悪いの? 今の言いようからして、その
ノノミちゃんとセリカちゃんのやり取りで空気が多少緩まったところで、誰も聞けない事を先生が聞いた。それに対して、運転中のカヤツリは前を見ながら片目だけで先生を見る。
「そうですね。計画を先取りされたことに怒っているわけでは無いです。ネフティスが砂漠横断鉄道を建設したのも
「じゃあ、何に怒ってるの」
「舐められたことですね。ええ、本当にふざけている。向こうはあわよくばとも思ったのでしょうが。おかげで、向こうがこちらをどのくらいに思っているのか、よく分かりましたとも」
ホシノの嫌いなカヤツリが表面に滲み出てきていた。黒服染みた雰囲気の、大人相手の時のカヤツリだ。本当に怒っているらしい。
車のスピードはいつの間にか緩み始め、目的地に近づいているようだった。遠くの方に目的であろう集団の影が見える。
「待ってカヤツリ。まだ理由が分からないよ。ちゃんと話を……」
「まあ、見といてくださいよ。先生。向こうとのやり取りを聞けば分かります。分からなかったら、ホシノかアヤネ後輩にでも聞いてください」
「え、私も?」
「大丈夫。今のホシノなら、たぶん分かるよ。債権もちゃんと理解してたじゃないか」
カヤツリはそう言うなり、車から出て行ってしまった。ズンズンと勢いよく向かっていくカヤツリを全員で急いで追いかける。
「アビドス対策委員会の兎馬カヤツリだ。少しいいだろうか」
追いついた時には、見たことのない制服を着た二人の生徒に、カヤツリは話しかけていた。話しかけられた方といえば、一人は何も考えていなさそうな、もう一人はどこか意地の悪そうな。そんな表情を浮かべていた。
「その制服。ハイランダーのCCCだな。この現場の責任者と見た。話を聞かせてもらってもいいだろうか」
ハイランダーのCCC? そう呼ばれた二人は、互いに顔を見合わせている。どうにも顔が似ているし、背丈も髪色も一緒だ。双子か何かか。
ただ、カヤツリの話している単語の意味が掴めなかった。それは、他の全員がそうだった。
『CCC──
アヤネちゃんの解説をよそに、カヤツリとその双子の会話は続いていた。
「兎に角、君が何と言おうと、この路線は私たちの物なんだし、CCCの所有物なの」
「帰って~? 仕事の邪魔~?」
CCCの二人は聞く耳を持っていない。ただただ、この路線が自分たちの物だと声高に主張するだけだ。後ろの方では、作業員らしき作業服を着た生徒が話の行き先を見守っていた。どことなく、不安そうな感じがする。
『ハイランダーは、鉄道の管理とそれに関連する教育に特化した学園です。そして、ハイランダーに決まった自治区は存在しません。自らの管理する路線が自治区の代わりになっています』
「だから、あの二人は、あんなに必死なの?」
「必死? 余裕そうに見えますが……」
ノノミちゃんが不思議そうな顔をするが、自分には分かった。後ろの作業員たちの雰囲気もそうだが、カヤツリの言う事に聞く耳を持たないのが気にかかる。
「なら、契約書をだせ。工事に入っているならあるはずだ。ハイランダーは独断で線路を敷設できない」
それはそうだ。それができるなら、他校の自治区を線路を通すだけで占領出来てしまう。車内でアヤネちゃんが言った通りに、学園とハイランダーの同意の証である契約書があるはずだ。
そして、清廉潔白なら出せばいい。それだけで片がつく。だが、あの二人は出さない。出さないと言うよりも出せないのだろう。契約書が無いからだ。
「出せないのか? ネフティスから出ているだろう? 目的が砂漠横断鉄道でないならの話だが。まあ、その掘り起こされた線路を見た感じ、図星ってところか。そもそも、砂漠横断鉄道の権利は売買中だ。きっと知らないと言うか、
双子は表情を崩さずに黙っているが、冷や汗が見えるような気がする。そして、後ろの作業員たちは慌てたような雰囲気だ。
「あっ、そう言う事? そりゃあ怒るね。舐められてるよ。これは」
「契約書を持っていないのは偶々じゃ? それに売買中?」
思考の半分くらいは、この話し合いの結末を予期して戦闘準備に入っている。残り半分で後輩と先生に説明する。
「債権を買ったネフティスが交通インフラの権利を持っている。ここまではいい?」
全員が頷くのを確認しつつも、ショットガンの弾倉を確認する。
「なんで、ハイランダーが出張ってきているかと言ったら、ネフティスに依頼されたから。だから、彼女たちはここにいるし、工事をしてる。ハイランダーは他企業と提携することは良くあるみたいだしね。ネフティスと組んでいてもおかしくはない」
ノノミちゃんが頷く。彼女は良く知っているはずだ。本当なら、アビドスでなくハイランダーに入学する予定だった。そして、生徒会長になるだろうとも。
生徒会長など簡単にはなれない。でもなれるということは、ハイランダーにはネフティスの息が掛かっていて、それがかなり強いのだろう。それくらいには、両者の関係はズブズブだということだ。
「ネフティスは鉄道の権利を有している。だから、工事をすることに違和感はない。でも、砂漠横断鉄道だけは手を出せない。何故なら、さっきカヤツリが言った通りに売買中だから。売り買いの前に商品に手を出すなんてご法度だよ」
『それで、怒っていると?』
アヤネちゃんの説明に答えるには、まずは前提からだ。
「カイザーが持っていたのは物流を目的とした交通インフラと関連設備を
『舐められたと言うのは?』
「カヤツリは砂漠横断鉄道の権利が売買中だと言ったね。どこから買うかと言えば、ネフティス以外ないよね? なら、知ってるはずだよ。砂漠横断鉄道の権利が売買中なのは。それなのに、ネフティスはハイランダーに依頼したの?」
全員が息をのんで、ハイランダーの方を見る。彼女たちは焦っている。彼女たちは気がついたからだ。自分達が嵌められた事に。
「ハイランダーもバカじゃない。きっとネフティスが債権を買った事は知っている。だから契約をした。でも、ネフティスは砂漠横断鉄道の権利が売買中であることを黙っていた。なんでだろうね? それは、得があるからだよ」
『
「アヤネちゃんの答えで合ってると思うよ? ハイランダーも騙されたんだと思うな~。知ってたらこんなことはしなかったと思うし」
ハイランダーには砂漠横断鉄道を敷く権利は無い。しかし、新しい路線を敷く権利はあるのだ。だから彼女たちに、砂漠横断鉄道の上から新しく敷いてもらえばいい。
そうすれば、砂漠横断鉄道は無かったことになる。名前が変われば売買契約は無効だ。おそらくは、ここからここまでときっちり定義してはいない。というか未完成の路線だからできるはずもない。
そして、あの双子は知らない。知っていればやらない。きっと概要だけ知らされて、命令されたのかもしれない。
だから、カヤツリは怒ったのだ。舐められている所の話では無い。二校を巻き込んで騙そうとしたばかりか、契約を反故にしようとした。
あとは、ノノミちゃんの事もあるのだろう。あのカヤツリの計画を聞いた時に一番うれしそうな顔をしたのはノノミちゃんだった。それを生家であるネフティスが裏切った。後輩に甘いカヤツリが怒り狂うのには十分だ。
「それで、追い詰められたハイランダーがどうするかといえば、
ハイランダーの作業員が、銃を向けていた。線路の向こうから列車がやってくるような音もする。これから起こるのは、キヴォトスでは日常茶飯事の銃撃戦だ。
もうハイランダーはカヤツリの口を塞ぐと言うか、自分たちを撃退して、工事をするしかない。
その場の全員が銃を構えた。先生はどうにかできないか探っているようだが、ハイランダーには後が無い。契約違反の現行犯で、目の前の自分たちを排除すればいいのなら、必死で抵抗するだろう。数は向こうの方が多いのだから。
そして、多分ここまでがカヤツリの企みだ。おそらくは、素直にいう事を聞くなんてハナから思っていない。先生の、シャーレの目の前で、ハイランダーから手を出させる事。
落ち度がハイランダーにあった事、指摘したら襲われた事。それを第三者の目で見てもらう必要があった。
これで言い逃れはできない。ハイランダーが知らなかったのは本当で、先生の事だから状況を鑑みてハイランダーには強くは言わない。ただ、落ち度は落ち度だ。しばらくは工事を止められる。
ネフティスに直接文句を言っても、向こうは初めからハイランダーをスケープゴートにするつもりだった。知らなかったとか手違いとか、シラを切り通されて終わりだ。それなら、工事だけでも止めてやるという事だ。
カヤツリは時間を稼ぎたいらしい。だから、先生に説明しなかった。自分達を置いて、勝手にハイランダーと話を始めた。先に説明して、先生に、シャーレに口を出されたくなかった。シャーレが介入するのは、カヤツリにとって不都合なのだ。それは、事態を軟着陸させたくないのか。それとも、他の目的があるのかは分からない。
手段が穏やかでない。いつかの連邦生徒会に大人を突撃させた時程ではないけれど、相応に荒っぽい。そんな手段は取らなくなっていた筈なのに。それに、今朝からカヤツリは秘密だらけだ。何だか昔のカヤツリに戻ったみたいで嫌だった。
「双方。銃を下ろせ」
その場の緊張を断ち切る声が聞こえた。声の方を見れば、また新手の人物が立っている。
服装はCCCの二人と似たようなものだ。電車の運転士染みたコートに帽子。違うのは、それが青ではなく黒だということと裾が長い事。片目の眼帯のせいで、どことなく警察官か軍人といったような印象を受ける。
「監督官!」
双子の片方が、助かったと言うように安堵の表情を浮かべている。
「増援か」
「違う。そういうわけでは無い。むしろ逆だ」
「うらぎり~?」
双子の片割れの文句を、監督官と呼ばれた人物はにべもなく否定した。
「仲間と思われても困るだけだ。そもそも、私たちは互いに監視し合う間柄だろう。私は今回の行き違いを止めに来ただけだ」
「
カヤツリが静かに確認する。監督官は動じない。そのまま、自己紹介に入った。
「私は、朝霧スオウ。ハイランダー鉄道学園、理事会直属の現場監督官だ」
「お上の犬か」
「………………………………ああ、その認識で構わない。私は上の使い走りだ。今回の件を収めるように言われたな」
「へぇ、そうか。なるほど……分かった」
口が悪いままだが、そこで、ようやくカヤツリの怒りは収まったようだった。
「売買契約の件が下まで周知されていなかったと? そういう認識でいいのか?」
「その通りだ。現場にまで連絡が行き届いていなかった。納期を気にして強行したのはこの馬鹿どものミスだが。そちらになんの連絡もない件と、情報周知の件については、こちらから謝罪させてもらう」
彼女は目を閉じて頭を軽く下げた。それで、カヤツリは何も言えなくなったようだった。
今回のことを企んだのはネフティスの誰かだろう。もしかしたら、本当にミスかもしれない。そして、ハイランダーは巻き込まれただけ、彼女たちに当たり散らしたところで何にもならない。
「……分かった。謝罪を受け入れよう」
「感謝する。謝罪は後日しっかりと行わせてもらう。今回の件の説明もな。質問があれば纏めておいてもらえると助かる」
あの双子に比べて随分とまともそうに見える。カヤツリとの会話が流れる水のように進んでいた。
「それでは、失礼する。いくぞ。馬鹿ども」
そのまま、双子と作業員を引き連れて、ハイランダーは居なくなってしまった。とんでもない早さの撤収準備だった。
「いっちゃった……」
呆気にとられたようなセリカちゃんの声が、静かになったアビドス砂漠に響く。
そして、去っていくハイランダーの生徒たちを、カヤツリはじっと睨みつけていた。