ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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159話 独りぼっちの夜に

「そろそろ決まった!? ホシノちゃん?」

 

「うへっ!? 急に何ですか。ユメ先輩……」

 

 

 急に話しかけられたことに驚いて、メニューを取り落としてしまった。メニューが床に落ちる音が室内に響く。

 

 

「まだ、決められないのか?」

 

 

 困ったような顔で、隣に座るカヤツリがメニューを拾い上げていた。軽く払われて渡されたそれを穴が開くほどに見つめるが、候補があり過ぎて困る。

 

 今いるここは、お高いレストランだ。それも、ドレスコードとやらがあるレベルの。しかも店内に入るなり、店員がペコペコして、個室に通された。もう意味がわからない。

 

 ビナー退治の打ち上げという事で、少し遠くまで足を伸ばしているが、こんなところに来る事になるなんて思ってもいなかった。

 

 今日は朝から振り回されてばかりだ。休日を丸々使っての打ち上げだと聞いて、待ち合わせ場所に制服で現れた自分を迎えたのは、先輩の大声だった。

 

 

 ──制服じゃダメだよ。ホシノちゃん! 打ち上げだって言ったのに!

 

 ──打ち上げと聞いていたから、制服で来たんですよ!

 

 

 憮然とした感じで反論すると先輩は狼狽えていた。先輩の服装は珍しく制服でなくて、なんだか上品な大人っぽい服装だった。一目ではユメ先輩だとは分からない。さっきの大声で判別できたくらいだ。

 

 

 ──先輩……ホシノに何て言ったんです?

 

 ──打ち上げがあるから、準備して来てねって……

 

 ──サプライズにしたくて、内容を言わなかったと……はしゃぎ過ぎです。流石に制服じゃ入れませんよ。

 

 ──ホシノちゃん……制服以外にちゃんとした服はある?

 

 

 いきなりそんな事を言われてもと固まる自分に、先輩同様きっちりした服装のカヤツリが溜め息をついて提案した。

 

 

 ──予定変更です。今から買いましょう。金は俺が出します。先輩にしっかり言い含めなかった俺が悪かったですから。その代わりに、先輩はホシノの服を選んでください。

 

 

 それで、朝から色々回って、先輩に着せ替え人形にされた。カヤツリに一々感想を聞くのはやめて欲しかったが、案外楽しかった。

 

 

 そして、今日の最後の締めくくりである夕食だ。普段の貧相な食事と比べて、メニューの料理は文字だけなのに、なんだか輝いて見えた。

 

 この店に入って、ずいぶん経つが中々決められない。もうカヤツリとユメ先輩の二人は注文を決めたようで、自分が持っているのとは別のメニューを流し読みしていた。

 

 デザートは何にするとか、飲み物とか、そう言った会話の端々が聞こえてきて、それが自分をさらに焦らせ、苛立たせる。

 

 候補は絞れている。ただ、そこから先が絞れない。こんな店に来る機会など早々訪れるものではないし、もう二度とないかもしれない。だから後悔が無いようにしたいのだが、自分の体格では精々が一品か、頑張って二品が限界だろう。候補の五つの中から、二つに絞らなくてはならない。

 

 

「何に悩んでるの? あ! ダメだよ、ホシノちゃん。野菜はちゃんと食べなきゃ。大きくなれないよ」

 

「そんな事で悩んでるんじゃありませんよ。小さな子供じゃないんですから」

 

 

 恵体の先輩が言うのだから説得力がある。でも、今更遅い気もする。それに嫌いな物が入っているから選べないのではなく、好きな物だから選べないのだ。

 

 自分と先輩を見比べて、笑いを嚙み殺しているカヤツリに、テーブルの下から蹴りを入れた。笑い方が黒服みたいでイラついたからだ。見た目だけは小さな子供じゃないか? とでも思ったに違いない。

 

 痛みに黙り込むカヤツリは放って置いて先輩に言い訳をする。

 

 

「候補が多くて、選びきれないんです。嫌いな物があるからじゃありません!」

 

「ふふっ、ホシノちゃんは可愛いねぇ。でも、カヤツリ君に当たっちゃダメだよ」

 

 

 先輩には言い訳は通じなかった。そして、候補を聞いた先輩は、いい事を思いついたような、明るい笑顔になる。

 

 

「ふっふっふ。いい考えがあるよ。聞きたい?」

 

 

 聞きたい? ではなく、聞いてほしいの間違いでは? そんな考えが頭に浮かぶ。

 

 要らないです。何て言えば、きっとふくれっ面で拗ねて、食い下がってくる。それなら、聞くだけ聞いて見るのもいいだろう。

 

 

「何ですか、ユメ先輩。いい考えって? 全部頼むのは無しですよ。食べ切れませんし、まだ夕方とはいえ、もうすぐ夜です」

 

「分かってるよぉ。頼むのは一品だけだよ。私に任せてくれれば、ホシノちゃんを満足させられるよ?」

 

 

 やけに自信有り気な先輩が、逆に不安だった。今までの経験からして、嫌な予感がする。

 

 

「変な事にはならないと思うよ? ね? カヤツリ君」

 

「……まぁ、そうですね。ホシノがそれでいいならいいんじゃないんですか?」

 

 

 痛みでしかめっ面のカヤツリは、特に反論も何もしなかった。カヤツリが止めないなら、店に迷惑がかかるとか、そういった話ではないのだろう。

 

 

「じゃあ、それで」

 

「うん。なら、店員さん呼ぶね?」

 

 

 店員が来るとカヤツリが小声で注文している。そして、個室の外でなにかを話しに行ってしまった。個室の中は自分と先輩の二人きりだ。

 

 

「カヤツリに何を言ったんですか?」

 

「え? ホシノちゃんが喜ぶような打ち上げをしたいって、そう言ったよ? カヤツリ君も奮発したんだね~」

 

 

 絶対違う。カヤツリはそこまで常識知らずではない。そう言ったなら、普通にファミリーレストラン辺りを選ぶはずだ。こんな、大人が密会に使うような場所は選ばない。

 

 

「……」

 

「うーん。あ……」

 

「思い出しましたね!?」

 

 

 先輩が何かを思い出したらしく、しまったといった顔になる。

 

 

「そういえば、何回もこれでいいのかって、聞かれたような……」

 

「やっぱり……どれだけ予算渡したんですか……」

 

 

 先輩の指が何本か立った。月の利息の何割か。ビナーの報酬があるから大丈夫とはいえ、褒められた事ではない。

 

 おそらく、カヤツリは渡された予算を見て、多過ぎるとは思ったはずだ。だから、何回も確認したが、先輩の生返事を了承と取ったらしい。きっと、先輩がちゃんとした、豪勢な打ち上げをしたいのだと思ったに違いない。

 

 

「まあ、ほら、ホシノちゃん! やっちゃった事は仕方がないし、楽しもうよ! 折角カヤツリ君が用意してくれたんだし」

 

「それはユメ先輩のセリフじゃないでしょうに……」

 

 

 それは自分が言うセリフであって、やらかした先輩のセリフではない。

 

 

「しかし……よくこんなところを用意しましたね……」

 

 

 静かな個室に、落ち着いた空気、派手過ぎない調度品。そして、五月蠅すぎない音楽が部屋全体の雰囲気を良くしていた。

 

 一見で入れるようなところではない。確かに制服なら追い出されるだろうし、他の客には誰にも会わなかった。

 

 ここは本当に密会に使う場所なのだ。

 

 

「多分、教えてくれたんだと思うよ?」

 

 

 先輩が優しい顔で呟く。

 

 

「こういう所を使うような事をしてるって。言っても大丈夫って、教えても言い触らしたりしないって。私たちを信用してくれたんだよ」

 

 

 カヤツリは大人と繋がっている。そしてそれを自分からは言えないのだ。それは初仕事の時の問答が答えだった。

 

 なんだか照れ臭くて俯いた。胸の奥が温かくて、妙な気分になる。

 

 

「もしかして、カヤツリを誘導したんですか?」

 

 

 なんだか出来過ぎている気がする。でも、先輩はいつもと同じ感じだ。のほほんとした雰囲気のまま。

 

 

「随分と気合い入れてるじゃないですか。いつもの先輩じゃないみたいです」

 

 

 いつものだらしない感じではない。いつもは靴紐は解けているわ、靴下はダルダルだわ、ネクタイはユルユルだわ、だらしなさの化身みたいな感じなのに。

 

 今はどうだ。いつもの緩い雰囲気はそのままに、ゆったりとした服装がなんだか上品さを醸し出している。生徒に見えない。

 

 

「嫌だなぁ、ホシノちゃん。私だって、女の子だよ? オシャレくらい興味あるよ。今日のホシノちゃんの服だって、私が選んだのを見たでしょ?」

 

「そうですけど……」

 

 

 目の前の先輩と、普段の先輩が繋がらない。

 

 

「それに、ホシノちゃんも人のこと言えなくなると思うな……」

 

「それは、どういう……?」

 

「私も最初はこうじゃなかったってことだよ」

 

「?」

 

 

 首を傾げているうちに、カヤツリが戻って来てしまった。話はこれでおしまいだ。

 

 

「注文の品をお届けに参りました」

 

 

 給仕のその言葉ともに、すぐに料理が運ばれてくる。給仕達が次々とテーブルに料理を並べ始めた。

 

 

「注文の品はこれで以上でしょうか?」

 

「ああ、全部ある。ありがとう」

 

「それでは、ご家族での御食事をお楽しみください。御用があれば、お申し付けを」

 

 

 そう言って給仕達は全員いなくなる。

 

 

「ホシノ? どうした。食べないのか?」

 

 

 カヤツリが不思議そうに聞いてくるが、言いたいことが山ほどあった。

 

 

「これ。何?」

 

「見りゃ分かるだろ。お子様ランチ。ランチというよりディナー、お子様プレートっていた方が良いか」

 

 

 一人前というより五分の一人前。それくらいの量の料理が乗ったプレートだ。料理は自分が選びきれなかったモノが全て乗っている。確かに、これはいい考えだった。食べきれる量だし、さっきまでの自分の望みを叶えてくれる。さっきまでカヤツリが外に居たのは、細かく注文を付けてどこまでできるか頼んでくれていたのだろう。

 

 それはいい、むしろ感謝している。問題はそこではない。いや、このプレートも関係しているのかもしれないが。

 

 

「ご家族でって何? なんて説明したの?」

 

 

 ──ご家族での御食事をお楽しみください。

 

 

 給仕の言葉だ。誰と誰と誰が家族だって? コイツは一体どんな説明をしたのだ。

 

 

「してない。俺はホシノにこのプレートを作ってほしいって、お願いしただけだ」

 

「……む」

 

 

 確かに。このプレート。見た目は先ほどカヤツリが言った通りにお子様プレートだ。これを作ってほしいと頼まれれば誤解するかもしれない。

 

 今のカヤツリは制服を着ていない。だから、見た目だけは大人のように見える。それはユメ先輩もで、そして自分はちんちくりんだ。そう理解するのも分かる。

 

 だが、ムカつく。何が何だか分からないが、ムカつく。心の中が不満で一杯だ。

 

 

「ホシノちゃん! これ、すっごく美味しいよ!」

 

「……」

 

 

 当のユメ先輩は、顔を真っ赤にして、熱いスープを楽しんでいる。それを見ていると、なんだかムカついている自分がバカらしくなった。

 

 プレートの料理を一つ食べると確かに美味しい。先輩が騒ぐだけの事はあった。とりあえずはこのプレートを楽しもう。そうすれば、このムカつきも収まるはずだから。そう考えて、プレートに取り掛かる。

 

 自分はかなり単純だったようで、プレートが片付いて、先輩とカヤツリの選んだデザートを食べ終わるころには、すっかりムカつきは収まっていた。もう少し食べれば、別のムカつきが始まりそうだ。

 

 カヤツリは会計中で、自分は先輩と先に外へと出ていた。冷たい風が気持ちいい。

 

 

「美味しかったね。また、来れるといいね」

 

「……そうですね」

 

 

 先輩の声に頷く。実際気軽に来れるところではなさそうだし、カヤツリがまた連れてきてくれるか分からない。それでも、幸せな気分ではあった。

 

 

「最近は良い事ばかりで嬉しいよ。毎日こんな日が続くといいな」

 

 

 先輩も同じ気分なのか、嬉しそうに話す。

 

 

「ホシノちゃんとカヤツリ君に会えてよかったよ。奇跡ってあるんだね」

 

「奇跡というのはもっとすごくて、珍しいもののことですよ」

 

 

 幸せな気持ちのままに、そんなことを口に出す。気恥ずかしいから、先輩を追いこして、顔が見られないようにする。

 

 

「そんな心配しなくても、今日みたいな日々はやってきます。私たちはどこにも行きませんよ」

 

「ふふ。そうだと良いね」

 

「ユメ先輩……?」

 

 

 突然、後ろの先輩の気配が無くなって、いつの間にか自分は暗闇の中に立っていた。周りにはなにも無くなっている。

 

 先輩の姿も、カヤツリの姿も、どこにもなかった。

 

 

「ユメ先輩! カヤツリ!」

 

 

 叫ぶと同時に目が覚めた。

 

 

「あ……夢……?」

 

 

 見慣れた部屋の天井が見えた。身体は寝汗か、魘されたせいか、汗でべとべとだった。

 

 隣を見れば誰もいない。一瞬思考が固まって、直ぐに戻る。

 

 

「あ、そうだった。カヤツリは今日から、シャーレに泊まるって……」

 

 

 今日のハイランダーの一件。それが気になるとのことで、しばらくカヤツリはシャーレに泊まって調べ物をするらしい。

 

 やけにベッドが広く感じるはずだ。魘されたのもそのせいかもしれない。熱の篭った掛け布団を引っぺがして、台所に向かう。喉がやけに渇く。

 

 時間は夜中で、蒸し暑い。

 

 窓を開けて水を飲めば少し落ち着いた。どうして、こんな夢を見たのか、何となく頭で思考を遊ばせる。

 

 カヤツリがいないせい? たまたま暑くて寝苦しかったから?

 

 

「……カヤツリのせいだよ」

 

 

 カヤツリがいないせいではない。そっちではなく、今朝の事でもない。ハイランダーの時のカヤツリだ。

 

 黒服みたいな、夢の中のような、自分が知らないカヤツリが嫌いだ。

 

 自分はカヤツリが黒服やカイザー理事と居た時の事を知らない。カヤツリも教えてくれない。

 

 

 ──汚い大人そのものである俺がホシノと一緒にいるのが耐えられなかった。

 

 

 かつて、カヤツリが自分へ語ったことだ。だから話さないのだと思っていた。

 

 

 ──やはり君の居場所はそんなところではない。まるで君の持ち味を生かせていない。いつまで善人の振りをしている。君の居場所はここだ。私や、あの男のいる場所だ。君は奪う側であり、奪われる側ではない。

 

 

 これは理事がカヤツリへ言った言葉だ。耳に痛い言葉の後だったから、やけに覚えている。

 

 理事から見たカヤツリはそう見えたらしい。カヤツリにそんなつもりはなくとも、そう見えた。

 

 そして、今日のカヤツリもそう見えた。

 

 カヤツリが手段を選ばないのは、自分やアビドスを守るためだと分かっている。

 

 夢の中で、あの幸せな日常が何の代償もなしに来るものだと思っていた。でも、先輩が言ったとおりに、あれは奇跡だったのだろう。日常の中のほんの小さな奇跡。あれを維持するには多大な努力が必要だった。

 

 それを守るために、手段を選ばない、汚い手段を使うカヤツリもカヤツリなのだ。夢の中で、自分とは違う世界に生きていたカヤツリもそう。

 

 自分があのカヤツリが嫌いなのは、別に汚い手段を使うからでも、黒服に似ているからでもない。

 

 突きつけられるからだ。自分とカヤツリは住む場所も考え方も、何もかもが違うと。自分はカヤツリの事を何も分かっていないんじゃないかと。それを突きつけられるみたいだから、嫌いなのだ。

 

 自分は、先輩の事を何も知らないで、好き勝手言った。そして、先輩はいなくなってしまった。カヤツリもそうなったら、嫌だ。

 

 きっと、あのカヤツリもカヤツリなのだと思う。きっと、カヤツリは自分の知っているカヤツリで、先輩と自分と出会ってから変わったカヤツリで()()()()()()()のだ。

 

 カヤツリも、今朝の自分の事があまり好きではないのかもしれない。それで、あんまり見せようとしないのかもしれない。

 

 けれど、カヤツリは自分を、小鳥遊ホシノの事を見ようとしてくれていた。今朝言った、後に話すというのはそう言う事だ。やっていた事を話してくれる。おそらくは言いたくない事を。見せたくない自分を見せようとしてくれていた。

 

 きっと恐ろしいと思う。カヤツリからしたら、自分から何を言われるか分からないから。でも、勇気を出したのだ。

 

 自分は、そのカヤツリを受け止められるのか分からない。自分の想像を超えるものが出てきた時、自分はどうなるのか。それが怖かった。酷い言葉を投げつけるかもしれない。状況を考えず、正論だけを突きつける自分がいるかもしれない。それで先輩みたいにいなくなるかもしれない。

 

 じゃあ、このままでいいかもしれない。お互い、相手が望む皮を被って、表面上の付き合いで留める。それも良いかもしれない。

 

 でも、それは寂しいと思う。なんだか冷たいのではないかと思う。それは、相棒で、好きだと言えるのだろうか。それは自分が思う相手が好きなだけなんじゃないだろうか。それは、お互いに失礼なんじゃないだろうか。それは、本当に対等な関係なのだろうか。

 

 そうカヤツリは思ったんじゃないだろうか。

 

 苦しいとか、振りができなくなったのではなくて、見て欲しくなった。本物が欲しくなった。

 

 でも、それを受け止める覚悟が、自分にはまだできていなかった。

 

 だから、こんな夢を見るのだ。

 

 夢の中で、自分へさらけ出してくれた過去の事を。

 

 期待しているくせに、怖がっている。夢で満足しようとしている。そんな自分が情けなくなる。でも、理解したいと思うのだ。あれもまたカヤツリなのだろうから。

 

 

「こんなに近くに居るのに、寒くて、寂しいのは嫌だよねぇ……カヤツリ」

 

 

 窓からの冷たい空気が、自分の汗ばんだ身体をブルリと震わせた。 

 

 

 □

 

 

 暗い部屋の中──ゲヘナ学園風紀委員会の一室。

 

 そこで、マトとカヤツリは額を突き合わせて話し込んでいた。

 

 

「あの二人。ハイランダーのCCC、橘ヒカリと橘ノゾミ。あれはシロだよ」

 

 

 マトは頼まれた事を口に出す。

 

 

「CCCの幹部の中でも、あの双子はマシな方らしい。仕事はちゃんとするみたいだね。普段の言動は舐め腐っているらしいが」

 

 

 カヤツリと長年温めていた計画は滅茶苦茶になっていた。カイザーが債権を売るのは予想していたが、まさかこのタイミングとは思わなかった。

 

 そして、ネフティスの動きもだ。あそこまでなりふり構わないとは。余程、アレが惜しいか欲しいらしい。アレは使えないポンコツだ。レプリカを使ってまで、ネフティス以外に、それをしっかりと印象付けたはずだった。

 

 ネフティスはアレの真価を知っているが、アレは破壊以外には使えないし、カヤツリ以外は起動もできない。アレでどうやってアビドスを立て直すのか想像もつかない。ゲヘナはカヤツリ以外に取引しない。そう言外に伝えてあるはずなのに。

 

 まさかアレが、今更掘り起こされる羽目になるとは予想外だ。

 

 だから、ここで二人額を突き合わせている。先生にも内緒でだ。アレは今となっては誰にも知られてはいけない。秘密裏に破壊しなくてはならない。

 

 

「それで、朝霧スオウだったね。あれはグレーだよ。クロよりのグレー」

 

「やっぱりか」

 

 

 カヤツリの言葉に頷いて、ハイランダーについての説明を始める。

 

 

「ハイランダーは路線を自治区としているが、各路線で独立しているのさ。おまけに事務組織と治安維持組織が独立している。各組織間で軋轢塗れなのさ。だから、朝霧スオウの言ったこと自体に嘘は無い」

 

「朝霧スオウ本人に問題があるんだろう? あまりにタイミングが良すぎたからな」

 

 

 カヤツリから話は聞いている。戦闘開始前に止めに入ったと言うが、それは不可能だ。戦闘音を聞きつけて来たなら分かるが、戦闘前に彼女は来た。それに、CCCの二人も驚いたと言うのだから、公式について来たわけでは無い。偶々、アビドス砂漠をうろついていた? そんなことはあり得ない。

 

 なら、ずっとあそこで見張っていたのだろう。CCCが上手く仕事をこなすかどうか。マズイことになりそうなら止めるために。

 

 

「ハイランダーに入る前の経歴が分からない。それにハイランダーに入ってからは直ぐに理事会直属さ。おそらくは……」

 

「ネフティスの紐付き。ノノミ後輩の代わり。やけに敵意を向けると思えば、そういう訳か。だから、犬呼ばわりしたらブチ切れてた。自覚はあるみたいだな」

 

「それを理事会も分かっているから、直属なのさ。二重に首輪がついている。まあ、今はそれだけしか分からないよ。全部調べるには時間が足りなさすぎる」

 

 

 ふうと息を吐く。中々思い通りにはいかないものだ。

 

 

「まあ、私たちの勝利条件は揺るがないし、少しは対策もした。契約は反故にはできない。そして、あと三日、いやもう二日か。それだけ経てば私らの勝利は確定する。アンタはアビドス復活の足掛かりを得て、私は忌々しい宿題が一つ減る」

 

 

 今回は時間が自分たちの味方だった。だから、もう待つだけでいい。明日ハイランダーが説明しに来るらしいが、恐らくネフティスと例の集団も来るだろう。今できる事はもうない。

 

 

「悪かったね。本当なら今頃は、小鳥遊ホシノに話してたはずだろうに」

 

 

 そう言われたカヤツリは黙り込んでいる。カヤツリがやりたいことは分かっている。本当は、計画通りなら、こんなことにはなっていなかった。

 

 本来なら、債権が売られなかったら。その前に、全てが終わってからにしろと自分が止めていなければ、今頃は小鳥遊ホシノとカヤツリはやりたいことをしていただろう。

 

 そのためにカヤツリはずっと準備をしていた。態々便利屋68にやり方を聞いて、黒服とかいう大人にも話を聞いていた。それと、かつての敵にも。後こそこそと何かを作っていた。

 

 それが遂に実ろうとした矢先のこの騒動だ。この反応にもなる。

 

 

「いや、良いんだ。むしろ止めてくれて助かった」

 

「ああ、見つかったんだっけね。例の手帳が。目当てのじゃなくて中学三年の奴だったかね。タイミングとしてはまあ、最悪か。言えるわけもないねぇ……」

 

 

 カヤツリの計画が滅茶苦茶になったのは、債権の影響だけではない。一番は自分が止めたからだ。数日後にけりがつくのだから、それが終わるまで待てと、暫定でなく、ちゃんとした調査結果が出るまで待てと言ったのだ。

 

 

「このまま無事に終わるといいんだけどねぇ」

 

 

 本心からそう思う。上手くいってほしいと思う。報われてほしいと思う。全部終われば、きっと二人は()()を手に入れられる。

 

 

「じゃあ、そろそろシャーレに戻りな。明日もあるし、こっそり抜け出して来たんだろう? 上手くいくことを祈ってるよ」

 

 

 礼を言い部屋を出ていくカヤツリを見送りながら、マトは一人になった部屋で呟く。

 

 

「しかし、短時間でよくあんな()を捻りだせたね。あの場に一年生組がいたら無理だったろうに」

 

 

 数日前にアレを見せた時のカヤツリの予想が当たっていたら、とんでもないことになる。カヤツリの予想と、自分が止めた理由である、調査結果が合わされば最悪だ。下手をすれば前提から崩れかねない。

 

 ブレザーに手帳が入っていたのは本当だし、手帳も、ブレザーに入っていたその理由も本物だろう。ただ、梔子ユメはブレザーを着ないから、あんなところに置いたわけでは無い。

 

 着ないなら、自分の部屋に仕舞ってもいいはずだ。でも、態々あのブレザーの入った段ボールに仕舞った。あの、未着用と着用済みの入ったダンボールに。あの数多のブレザーの墓場にだ。

 

 二度と着ないと決めたから、もう見たくもないから、あそこに仕舞ったのだ。

 

 

「今更の話なんだよ。全く……」

 

 

 だから、マトは未だに調査結果の届かない端末へ悪態をついた。

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