ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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162話 災厄(パンドラ)の箱

 早朝。

 

 まだ日が昇ったばかりで薄暗く、まだ誰もいないアビドス校舎の廊下。

 

 そこで、カチャカチャと何かを弄る音が響いていた。音自体は小さいものの、周りの静けさの中ではよく響く。

 

 

「まだ開かないの? シロコ先輩」

 

「ん。鍵自体が古い。少しだけ梃子摺るかも」

 

 

 ノノミの視線の先には、閉め切られた教室。アビドス生徒会室があった。その扉の前で、シロコちゃんが鍵と格闘している。しゃがんで、光源のライトを鍵穴に当てているセリカちゃんは焦ってそうだ。

 

 

「今のところ、誰も来ません。まだ時間はあります」

 

 

 廊下の窓から、自分と一緒に校庭を監視しているアヤネちゃんは、少しだけ楽しそうだった。銀行強盗の時も無線越しなのに律儀に覆面をしていたくらいだ。こういう、皆で協力するのが好きなのだろう。

 

 アビドス生徒会室への無断侵入。それが今、自分達が実行していることだった。

 

 自分達が今やっていることは、あまり褒められるものではない。早い話が空き巣のようなものだ。見つかれば叱られるだろう。

 

 でも、自分達も遊びでやっているわけではない。しっかりとした理由があった。

 

 それは、昨日の政略結婚騒ぎの後。カヤツリ先輩が先生と一緒にシャーレに帰り、ホシノ先輩が昼寝で席を立った後のこと。確か、シロコちゃんの一言が始まりだったはずだ。

 

 

 □

 

 

「ん。生徒会室を襲う」

 

 

 先生と先輩たちが居なくなった対策委員の部室で、突然シロコちゃんがそんな事を言い出した。

 

 それは余りにも唐突で、自分とセリカちゃんは胡乱な目を向ける。

 

 

「突然何を言いだすのよ。シロコ先輩」

 

 

 仕方ないようなものを見る目だ。その目線に対して、シロコちゃんは不満げな様子だ。

 

 

「カヤツリ先輩。何か隠してる」

 

「……そうね。そんな感じはするわ。でもそれが何で、生徒会室を襲う事になるのよ。生徒会室はここじゃない」

 

「ううん。セリカちゃん。ここは元々は学園祭事務局っていう、砂祭りの準備をするための部屋だったんだよ。そうですよね? ノノミ先輩」

 

 

 黙ってアヤネちゃんの言葉に頷いた。この部屋が対策委員会の部室になった瞬間に自分はここにいたから知っている。

 

 セリカちゃんは知らない事だ。セリカちゃんが来た時には、ここが生徒会室のようなものだった。本当のアビドス生徒会室は別にある。

 

 廊下の片隅にポツンとある。鍵のかかった小さな教室。そこが、アビドス生徒会室だった。

 

 

「カヤツリ先輩と私募ファンド、ネフティスの話には、私たちの知らないことが多すぎる。皆は気にならないの?」

 

「そりゃあ……気になるわよ。私たちの学園だもの。しかも、復興できるかもしれない唯一のチャンスなのよ? 気にならない方がおかしいわ」

 

 

 セリカちゃんは、シロコちゃんに両目を吊り上げて反論する。

 

 

「あの様子じゃ分からないけど、カヤツリ先輩に聞けばいいじゃない。それで話してくれないってことは、必要が無いか。まだ時期じゃないってことよ。カヤツリ先輩はそういう人でしょ」

 

 

 セリカちゃんはいい娘だった。一番カヤツリ先輩にお世話になっているだけはある。カヤツリ先輩への信頼感は一番かもしれない。

 

 その返答を受けて、シロコちゃんの表情は不満げなままだ。見かねて口を挟む。

 

 

「シロコちゃんは何が気になるんですか? 珍しいですよね? そんな風になるのは」

 

 

 自分の問いに、シロコちゃんはどこか自信なさげに、でもはっきりと答えた。

 

 

「ん……カヤツリ先輩が、どこか行っちゃいそうな気がする。まるで、あの時みたいに」

 

「あの時? そんな時ありましたっけ……?」

 

 

 記憶を漁るが、そんな事はあっただろうか。どこか、頭の片隅に引っかかっているような気がする。

 

 

「ノノミ。覚えてないの? ほら、カヤツリ先輩とホシノ先輩の喧嘩前の数週間。あの時も、カヤツリ先輩は変だった。……先輩って、独り言で呟いていた時と同じ」

 

「ああ……ありましたね。言われてみれば、どこか似ているかもしれません」

 

 

 昔の事。先輩の酷い顔。まるで悪霊にでも取りつかれたような表情だったことを思い出す。二週間ほどで、突然元に戻ったあれだ。さっきまでのカヤツリ先輩が、そんな顔だったわけでは無い。寧ろ正反対の表情だった。

 

 似ているのは雰囲気だ。言われなければ気がつかなかったが、確かに似ているような気もする。

 

 

「それで、シロコちゃんは何を知りたいんですか?」

 

 

 シロコちゃんに聞いてみる。ただの邪魔っけにされただけの我儘なら、ここまでしない。ただ、今回のは根拠があった。シロコちゃんの勘は馬鹿にできたモノではない。

 

 

「カヤツリ先輩とホシノ先輩の先輩。梔子ユメ先輩について」

 

「それって、契約書の名前?」

 

「ん。セリカ、アヤネも。気にならないの? カヤツリ先輩とホシノ先輩の二人だけだった時。今よりもアビドスの状況は悪かった」

 

「それは、そうでしょうね。今よりも人数は少なく、先生もいなかった。カイザーへの利子も法外なまま……絶望的な状況です」

 

 

 アヤネちゃんが状況を整理する。確かに絶望的だ。よくここまで持ちこたえたものだと思うし、先輩達には感謝しかない。けれど、次のシロコちゃんの言葉で、そんな考えは何処かに行ってしまった。

 

 

「どうして、こんな契約を結んだの? 一千万なんて大金、その時のアビドスに払えるとは思えない。二年の猶予はあるけど、その時の先輩たちは、私たちや先生が来るなんて思ってもいなかったはず。何かおかしい。私たちの知らない何かがあるんだと思う」

 

「……そうです。変ですね……」

 

 

 変どころの話では無い。代理人としてカヤツリ先輩が指名されていた以上は、この話をカヤツリ先輩は知っていたことになる。

 

 今よりも酷い状況下で、一千万なんて大金を捻出するなんて出来ないことくらいは、カヤツリ先輩は承知しているだろう。それなのに承諾している。

 

 

「よく考えれば、おかしくありませんか?」

 

 

 シロコちゃんの言葉に触発されたのか、アヤネちゃんが言葉を漏らす。そして、私募ファンドが置いて行った契約書のコピーを机の上に広げた。

 

 

「買主はアビドス生徒会です。まだ契約は失効していませんから、アビドス生徒会に権利があるはずなんです」

 

「それがどうしたのよ。アビドス生徒会は無いじゃない。もう、対策委員会が引き継いだのよ?」

 

「セリカちゃん。それは今の話だよ。この書類は昔の書類。だから、アビドス生徒会の人なら権利がある。そして、その人を私たちはよく知っているはず」

 

「……ホシノ先輩とカヤツリ先輩?」

 

 

 わが意を得たり。そんな風にアヤネちゃんは頷く。

 

 

「私募ファンドの人が言った事は詭弁です。カヤツリ先輩なら気がついて反論したでしょう。もし、そうできたなら、ホシノ先輩がついていくことが出来ました。ネフティスの提案もすぐさま跳ね除けられたでしょう」

 

「でも、そうはなりませんでした。カヤツリ先輩が気がつかなかったと、アヤネちゃんは思うんですか?」

 

 

 自分の質問に、アヤネちゃんは首を振った。

 

 

「いえ、恐らくは知っていて見逃したんじゃないでしょうか。それか、そうするしかなかったか」

 

 

 それからアヤネちゃんは唇を固く結んで、何かを考えているようだった。テーブルを指でリズミカルに叩きつつだ。

 

 

「たぶん、この問題を自分だけのものにしたいんです。今の契約が無効になれば、権限はカヤツリ先輩個人へ移る。私たち対策委員会や、アビドス生徒会であるホシノ先輩、シャーレである先生すら干渉できなくなります。先輩が助けを求めない限りは」

 

「どうして、そんな事をする必要があるのよ。前のカヤツリ先輩なら、そうかもしれないけど……」

 

「ん。今のカヤツリ先輩はしないと思う」

 

 

 前のカヤツリ先輩。先生が来る前の隠し事ばかりだった頃。昔のままなら完璧に隠し通しただろう。全部自分で何とかした。

 

 でもシロコちゃんの言う通りに、今のカヤツリ先輩は違う。自分達に頼る事も、ホシノ先輩に頼る事も増えた。

 

 ただ、さっきの先輩は妙だ。昔のカヤツリ先輩に戻ったようにも見える。無理矢理やり方を変えたような、変えざるを得なかった印象だ。

 

 普段の先輩と違って雑だった。自分に色々教える時、準備はやり過ぎる程にやれと、口を酸っぱくして言っていた。ガチガチに固めず、ある程度の余裕を持って。でも、締めるところはしっかりと。これがカヤツリ先輩のやり方だったはずだ。

 

 先輩の対応の全てが後手に回っている気がする。そうさせられている?

 

 

「……何か、誰かの意図を感じませんか? カヤツリ先輩が縛りつけられて、上手く動けていない気がします」

 

 

 カヤツリ先輩が教えないというのは相応の理由がある。きっと、そのせいで上手く動けないに違いない。理由は分からないが、関連する事は分かる。

 

 

「セリカちゃんの言う通りに、知られたくないのかもしれません。私達にも、先生にも。でも、一番は……」

 

「ん。ホシノ先輩。カヤツリ先輩の最優先はホシノ先輩。でも、それは私達も同じ。私達も強くなった。なら、手伝えるかも」

 

 

 だから、生徒会室を調べたい。シロコちゃんのさっきの発言はそういうことだろう。ただ、問題がいくつかある。

 

 

「この際、生徒会室に侵入することの良い悪いは置きましょう。でもシロコちゃん。梔子ユメ先輩の何を調べるんですか?」

 

「どうして契約を結んだかが知りたい。後、砂漠横断鉄道の事。全部繋がってる気がする」

 

「……そうですね。でも……」

 

 

 闇雲に探しても見つかりはしない。特に、梔子ユメ先輩のことは。

 

 彼女はもう居ない。先輩二人に聞いても答えてくれるかどうか……。

 

 二人は一度も、梔子ユメ先輩の話をしない。カヤツリ先輩が一度だけ、ホシノ先輩の聞いていない時。自分がここに来たばかりの時に、遠回しに聞いた時だけ。

 

 その時にタブーだと分かったから、自分もそれ以上触れなかったのだ。

 

 そして、それは自分にとってもそうだ。

 

 全身、砂まみれで、顔は涙と砂でぐしゃぐしゃのホシノ先輩が頭に浮かぶ。

 

 

 ──ごめんなさい。私が間違ってました……。お願いですから……ユメ先輩……カヤツリ……

 

 

 そんな言葉を呟きながら、小さな身体でアビドスを巡る。そんなホシノ先輩を思い出した。

 

 苦い記憶だ。自分の罪の記憶。あれは丁度今くらいの時期だったろうか。

 

 そこまで考えて、嫌な考えが浮かんだ。点に過ぎなかった考えが線で繋がって、最悪の想像が形作られていくのが分かる。

 

 

「いえ、調べましょう。明日にでも、先輩達が居ない間に。砂漠横断鉄道の事も執事さんに聞きます」

 

 

 テーブルに手をついて、そう宣言する。シロコちゃんは嬉しそうだが、他の二人は違う。

 

 急に方針転換した自分に驚いて、びっくりしたように目を見開いている。

 

 

「急にどうしたのよ。ノノミ先輩。さっきまでは……」

 

「ネフティスのせいかもしれないんです……」

 

「ネフティスの? ですか……?」

 

 

 アヤネちゃんは、鸚鵡返しに繰り返す。自分は説明を端折り過ぎた事に気がついて、大事なことから話すことにした。

 

 

「……前アビドス生徒会長、梔子ユメ先輩は失踪したんです」

 

「逃げ出したの? 先輩達を置いて?」

 

「ううん。それなら、先輩達は話してくれたと思う」

 

 

 セリカちゃんの判断が普通で、シロコちゃんの判断も正しい。失踪したと聞けば、逃げ出したと思うだろう。そして、そんな人間だったなら、先輩たちの記憶にも残らなかったし、あそこまで引き摺ることはなかったはずだ。

 

 

「私が中学生になったばかりの時。不登校気味の私でしたが、そんな私の耳にも届いたくらいです。まだ、アビドスの復興を諦めていない生徒が一人だけいるという噂がありました」

 

「その人が? そうだっていうの? 待って……一人で……!?」

 

 

 セリカちゃんの言う通りだ。自分の聞いた噂は、ただ一人の生徒が諦めていないという噂。

 

 

「きっと、その人が梔子ユメ先輩だったんです。時期から考えて一年生の時からずっと一人で頑張った人が、後輩が二人いる状況で失踪するなんて、まずあり得ません」

 

「ネフティスのせいかもしれないというのは、それが理由なんですか? 他の第三者の可能性も……」

 

 

 アヤネちゃんの言葉に首を横に振る。決定的とは言えないまでも、関係はあると推測できる材料はあった。それは目の前にある。

 

 

「丁度、今頃なんです。梔子ユメ先輩が失踪した時期は」

 

 

 全員の顔が強張った。全員の頭の中に、ある可能性が浮かんだからだ。

 

 

「梔子ユメ先輩は、この契約を結んだ後に失踪した……?」

 

 

 □

 

 

 そして、今に至る。

 

 全員で早起きして、ホシノ先輩が来る前に、生徒会室を漁ることにした。カヤツリ先輩は、明日の会談の準備で忙しくて来れないはずだ。あとは、シロコちゃんの開錠が上手くいくかどうか。

 

 

「本当に良かったんですか」

 

 

 校庭の見張りをしながら、アヤネちゃんが心配そうに話しかけてくる。内容は言わずとも理解はしていた。

 

 

「アヤネちゃんは心配する必要はありません。何かを要求されるとしても私だけですから」

 

 

 この後、もう一度、ネフティスの執事がやってくることになっている。砂漠横断鉄道の事については、きっと誰よりも詳しいはずだ。なにせ、計画を立案したのはネフティスなのだから。

 

 

「でも、また政略結婚の事を蒸し返されるかもしれないんですよ。条件の後出しだってしてくるかもしれません。ホシノ先輩には、執事さんたちが来てから納得してもらうにしても。カヤツリ先輩無しでは危険すぎませんか……?」

 

「それに関しては大丈夫です。先生の同意なしでは絶対にできません」

 

 

 疑問で一杯の視線をアヤネちゃんから感じる。きっとあの紙の存在は知っていても、詳しく中身までは知らないのだ。自分も調べてみるまで知らなかった。

 

 

「婚姻届けには、結婚する二人の名前と、証人がいるんです。それぞれ一人ずつ。それも大人の、その当人にとって近しい人が。私は両親がいますが、カヤツリ先輩にはどうですか? 先生しかいませんよね?」

 

 

 だから、大丈夫なのだ。先生は同意なしのそれに決してサインはしないだろう。ここ、キヴォトスでは契約は絶対。無理やりサインさせても意味は無い。あくまでサインだけは自主的にやらなくてはならない。その必要があるから、執事は正面から提案するしかなかったのだ。

 

 アヤネちゃんはひとまずはその説明で納得したようで、話を打ち切って見張りに戻った。変わらず校庭には何の変化もなく、後ろでは鍵を弄る音が響いている。

 

 そして、遂にガチャリと鍵の開く音がした。

 

 

「ん。開いた」

 

 

 シロコちゃんが一番乗りとばかりに、部屋に侵入する。続いてセリカちゃん、アヤネちゃん、自分という順番だ。

 

 部屋の中は、思ったよりも片付いていた。埃一つ落ちていないし、閉め切られた部屋特有の淀んだ空気もない。

 

 その部屋の中の棚をすさまじい勢いでシロコちゃんは確認していた。棚を下から開けてめぼしいものが無いかを確認している。

 

 棚はシロコちゃんに任せて、自分たちは積まれた段ボールを探すことにする。

 

 

「ああ、懐かしいですね」

 

 

 一つの段ボールを開けると、思わず声が零れた。アビドスの旧制服が袋に包まれたものと、そうでないものが、いくつか入っている。きっと、ここから自分とシロコちゃんの制服を選んだのだろう。

 

 

「……やっぱり、ここにもあるんだ」

 

 

 自分と同じように段ボールを開けたセリカちゃんが悲しそうな声を出していた。アヤネちゃんもどこか同じような表情で、段ボールの中の制服──ブレザーを見つめている。

 

 

「それが、どうかしたんですか?」

 

 

 見たところ、いたって普通のブレザーだ。袋から出されて、誰かが着た形跡があるくらいか。セリカちゃんはブレザーを捲って、一点を指差した。

 

 

「ノノミ先輩。ここに苗字の刺繍があるでしょ。だから、これはこの名字の人の制服だったの」

 

 

 それはそうだと、大きく頷く。そんな自分に、セリカちゃんはブレザーを丁寧に仕舞い直して呟く。

 

 

「そして、この人はこれをここに置いて行った。お墓みたいにね」

 

「お墓……ですか?」

 

 

 セリカちゃんらしからぬ言葉が飛び出してきたから、思わず聞き返してしまう。アヤネちゃんが説明を引き継いだ。

 

 

「私たちの中学も似たようなことがありました。アビドス高校に進学したのは私たちだけで、他の娘たちは、別学区へと行きました。そして、彼女たちは制服を中学に残していったんです」

 

 

 何となく気持ちが分かるような気がした。中学の制服はもう使わない。ならば、記念にと取って置くのが普通だ。でも、それが自分が捨てた自治区の物だとしたら? 見るたびに思い出して、嫌な気分になる。それは、自分が故郷を捨てた証明に他ならないから。

 

 

「これは証なんです。自分たちはもう、ここには戻れないけれども。確かにここに居たんだと言う証」

 

 

 そう言って、段ボールを眺める二人を見ていると、何だか物悲しい気分になる。それを振り払って、本来の目的を思い出そうと、シロコちゃんを探す。

 

 シロコちゃんは残ったロッカーと格闘していた。また鍵に手古摺っているらしい。

 

 

「多分ここにあるはず。でも、鍵が掛かって開かない」

 

 

 シロコちゃんが指さすロッカーには名前が書いてあった。個人用のロッカーだ。

 

 

 ──梔子ユメ

 

 ──小鳥遊ホシノ

 

 ──兎馬カヤツリ

 

 

 これは、先輩たちのロッカーだった。シロコちゃんが固執する理由も頷ける。梔子ユメ先輩のロッカーだけは鍵が掛かっておらず、期待と共に中を見るが空っぽだった。

 

 

「ん。開いた。残りはカヤツリ先輩の」

 

 

 シロコちゃんはホシノ先輩のロッカーを開錠して、カヤツリ先輩のと格闘している。その間に、自分たちは、罪悪感と共にホシノ先輩のロッカーを覗く。

 

 

「これは……タクティカルベストとサイドアーム?」

 

 

 何回か見たことがあるホシノ先輩の本気の装備だ。使い古されてはいるが、しっかりと手入れがしてあった。

 

 

「あ。写真……?」

 

 

 一枚だけ、写真がロッカー内の隙間に挟まっていた。捲ってみれば、三人の人間が映っている。

 

 

「これ、ホシノ先輩? 今と全然違う……」

 

「カヤツリ先輩もです。凄い仏頂面ですね……」

 

 

 両脇の二人は自分たちのよく知る先輩達だった。けれど、姿は今と全く違った。ホシノ先輩は今とは違う短髪で、目つきがやけに鋭い。カヤツリ先輩は今よりも一回り小さくて、表情がやたらと険しかった。

 

 

「それで、この真ん中の人が……梔子ユメ先輩?」

 

 

 二人を左右から抱きかかえて、明るい顔で幸せそうに笑っている女生徒。見ただけで優しそうというか、包容力が伝わってくる。

 

 

「優しそうな人……こんな人が、ずっと一人で?」

 

 

 ずっと一人で頑張っていたのだろう。状況からしてそうとしか考えられなかった。他にも何かないかと探ってみるが、めぼしいものは無い。普段閉め切られている教室だ。当然かもしれない。

 

 

「ダメ……開かない。カヤツリ先輩。厳重にロックしてる」

 

 

 お手上げというように、シロコちゃんが立ち上がった。余程集中していたのか、額には汗がにじんでいた。

 

 

「じゃあ、収穫はこれだけ?」

 

 

 セリカちゃんが写真を取り上げる。自分も時計を確認するが、執事が来る時間までもう少しだ。余りここに長居は出来ない。あまり時間をかければ、近くまで登校してきているはずのホシノ先輩に雷を落とされる。

 

 

「シロコちゃん。戻りましょう。もう時間がありません。執事さんかホシノ先輩が来ちゃいます」

 

「絶対、ここに何かあるはず。ここで諦めるの?」

 

 

 シロコちゃんは名残惜しそうにカヤツリ先輩のロッカーを見ている。こうなったシロコちゃんは聞きわけが悪い。理屈を説いても時間の無駄だ。

 

 幸いにもタダのロッカーだから、銃で鍵を壊せば開けられる。ただ、それをやれば、銃声で近くまで来ているホシノ先輩が飛んでくるだろう。そんなリスクは冒せない。

 

 

「一回だけ。ノノミ。一回だけチャレンジする。一分も掛からない」

 

「しょうがないですね。一回だけですよ」

 

 

 ゴネられて、時間を無駄にするよりましだと考えて許可を出す。シロコちゃんが意気揚々と鍵に取り掛かった。きっと開きはしないと高をくくって、執事との話をどうするか意識を飛ばそうとした。

 

 

「開いた!」

 

 

 シロコちゃんの嬉しそうな声に、飛ばした意識を戻す。ロッカーが開いていた。興奮冷めやらぬまま全員でロッカーの中を覗き込む。

 

 ロッカーの中は奇麗に整頓されていた。カヤツリ先輩のであろう武器や装備。それのメンテナンス用の工具も入っている。

 

 でも、自分たちの目はそれではなく、別の物に吸い寄せられていた。

 

 それは、ポツンと荷物の一番上に、無造作に置かれた一冊の手帳。

 

 それは、タイトルに、”たのしいバナナとり”と。名前欄に梔子ユメと書かれた。一冊の手帳だった。

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