ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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167話 解き放たれたモノ(災厄)

『もしもし、ホシノ。何かあったのか?』

 

 

 いつもよりも長く感じた呼び出し音の後。一日ぶりのカヤツリの声が聞こえた。いつもなら嬉しくなるのに、今はそうでもない。それに嫌な気持ちを感じつつも、自分は口を開いた。

 

 

「ノノミちゃん達がね……」

 

 

 その言葉を皮切りにして、これまでにあった事。ネフティスの来訪と起きた事、言われた事を軽く説明する。

 

 それを聞いたカヤツリの声は、いつもと違うような気がした。

 

 

『……それで? 何の用で電話してきたんだ?』

 

「シェマタの事」

 

 

 その単語を話した瞬間。電話口の奥から、カヤツリの深い溜息が聞こえてくる。

 

 

『そこまで喋ったのか……それで?』

 

 

 そんなカヤツリの返事に、苛立ちと不信感が顔を覗かせる。カヤツリは、自分が何を聞こうとしているかは分かっている筈だ。それなのに、誤魔化そうとしている。思わず必死な声が漏れてしまう。

 

 

「何で知ってるの? ユメ先輩も知ってたの? 何で私には言ってくれなかったの?」

 

『明日話すよ。全部終わってから話す。前から言ってて、ホシノもそれで良いって言ったろう?』

 

 

 露骨だ。カヤツリは露骨に回答を避けようとしていた。自分の必死さも意に介した様子もない。それが、少しショックだった。

 

 カヤツリは隠し事をするのはいつもの事だ。でも、昔とは違って大事な事は話してくれるようになったのに。

 

 シェマタの事など重要案件だ。後輩たちは兎も角、自分には話してくれると思っていたのに。

 

 確かに待つとは言ったが、これは黙っておくレベルの話ではない。

 

 それでこの様子では、明日まで引き延ばす気だ。

 

 今のカヤツリが昔のカヤツリと重なって見える。隠し事ばかりで、自分を仲間外れにしたあの時と。あれを思い出すだけで、ズキズキと胸が痛む。

 

 だから、ノノミちゃんが言う切り札を切ることにした。

 

 

「ネフティスが何で来たか、カヤツリは分かってるの?」

 

『俺が居ない時を見計らって来たんじゃないのか? 今の状況が欲しくてさ』

 

「ノノミちゃんが呼んだんだよ。カヤツリが何も言わないから、自分で調べたみたい。生徒会室まで家捜ししたんだよ。これはシロコちゃんの案みたいだけどね」

 

 

 生徒会室の家捜し。その言葉を言った瞬間、電話の向こうの雰囲気が変わった気がした。

 

 

『家捜しって、どのくらいだ?』

 

「私たちのロッカーも開けてたよ」

 

『見たのか?』

 

 

 見たのかと言うのはカヤツリのロッカーの事だと思って、そうだと肯定する。特に見られて困るものは何も入っていなかったように見えたが、カヤツリにとってはそうではなかったらしい。

 

 ノノミちゃんの考えは分からない。でも、ここまで後輩がやったと言う事が分かれば、カヤツリに響くものがあるのではないかとも思う。

 

 少しの間のあと、最初のよりも大きなため息が聞こえた。

 

 

『分かった。話す。スピーカーにしてくれ』

 

 

 さっきまでの態度が嘘みたいに素直だった。理由が自分で無いことが残念で、また胸が痛んだ。

 

 本当は、別の事が聞きたいのに。こんな方法しか、こんな事を絡めてでないと話す気にならないカヤツリが。そしてこんな方法でしか聞けない自分が嫌だった。

 

 

『ビナーと初めて戦った時を覚えてるか? シェマタの事を知った始まりはあれだ』

 

 

 スピーカーにしたおかげで部屋に響くカヤツリの声に、全員が首を傾げた。知らない後輩たちは当然として、参加した自分も見当がつかない。

 

 

『あの時に、放置されてた兵器を使った。あれが良くなかった』

 

「あのオンボロのやつが?」

 

 

 半信半疑の声を出す。

 

 かつて、カヤツリが運んだカイザーの荷物はパワーローダーだった筈。あれとシェマタに関係があるとは思えなかったからだ。

 

 

『パワーローダーに大砲が載ってたろ? あれがシェマタだった。黒服がカイザーに依頼されて作った、シェマタのデッドコピー。起動しない筈だったそれを、俺たちは起動させたばかりか、ビナーに撃ってしまった』

 

 

 上手く言葉が出なかった。それはとても良くない事ではないのだろうか。その自分の疑念は、口に出す前にカヤツリが晴らしてしまう。

 

 

『あの日の砲撃は、かなり目立った。カイザーにも、ゲヘナにも、トリニティにも、他の学園や企業にも分かるくらいに。全員が原因を探り、あわよくば手に入れようと躍起になった』

 

 

 自分が知らない事を話すカヤツリの声がなんだか嫌だった。何時もの声と変わりないのにだ。カヤツリが遠くにいる感じがする。

 

 

『そんな事を知る由もなかった俺は、先輩に誘われた夜の宝探しの最中に、マトに会った。開口一番にアイツは言ったよ。戦争を起こすつもりかってね。その時初めて、俺は自分が仕出かした事を知ったんだよ』

 

 

 また初耳の話だ。マトちゃんのこともそうだが、カヤツリがユメ先輩と二人きりで出かけてたのは知っていた。でもユメ先輩から誘ったなんて知らない。

 

 シェマタの事とは別の事を考えている自分を置いてけぼりにして、カヤツリの話は続く。

 

 

『マトは言った。アレを求めた他の勢力は、アビドスに適当な理由をつけて侵攻するだろうと。そして、シェマタを表舞台には出すわけにはいかないと。その為に、俺たちは一芝居打つ事にした』

 

 

 きっと、それが、カヤツリが居なかった日の仕事なのだ。誰も口を挟まないので、ずっとカヤツリが喋っている。

 

 

『シェマタを狙う勢力に、シェマタは出来損ないだと信用してもらう必要があった。だから、マトが用意した雷帝の失敗作に乗って、ゲヘナ相手に八百長をする。そういう作戦を立てた』

 

 

 そして、それは作戦通りにはいかなかった。カヤツリは一ヶ月帰って来なかったからだ。

 

 

『俺が大怪我を負った以外は、おおむね作戦は成功した。目論見通りに失敗作は失敗作たる所以を発揮した。そして、あとはシェマタを手に入れる必要があった。そのためには、あの契約が必要だった。あれはネフティスの所有になってたからな』

 

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえたが、ぐっと我慢する。シェマタを手に入れると言うのは初耳だ。

 

 まさか、使う事を想定していたのでは? そんな全員の雰囲気が電話口でも分かったのか、カヤツリは舌打ちしながら言う。

 

 

『ゲヘナと取引したんだ。シェマタと引き換えに、シェマタの価値と同等の金額を渡すってな。代わりにゲヘナは、その他諸々の根回しはやってくれた』

 

「ゲヘナが使うかもしれないじゃない! 何でカヤツリ先輩は……!」

 

 

 堪えきれずに、セリカちゃんが怒鳴った。まさか、カヤツリがそんな選択をするとは思わなかったらしい。ただ、カヤツリは平気そうだった。弁解の声に乱れも何もなかったからだ。

 

 

『マトは、シェマタを破壊すると言った。雷帝の作品──雷帝の遺産は全て破壊する。あれはこのキヴォトスに存在してはいけないものだとすら言い切った。あの目は本気だった』

 

「それを、信じたの?」

 

『信じたさ。何度も俺を試すほどの徹底ぶりだ。あの八百長だって、準備に少なくない犠牲と時間、労力をかけたはずだ。大怪我を負った俺を病院まで運んで、手配までした。そして、一度も約束を破らなかった。それに……』

 

 

 カヤツリは言い淀んだ後に、言い切った。

 

 

『最後の最後で裏切るかもしれない。そう思った事はある。でも、信じてみようと思った。あの忠告はきっと本心だと。そう思ったからだ』

 

「忠告? なにそれ」

 

 

 嫌な予感がしたが、好奇心に負けて聞くしかなかった。カヤツリは少しの沈黙の後、小さく呟く。

 

 

『逃げるかどうかは、よく考えろって。絶対に後悔しない方を選べって。きっとマトは後悔したんだろう。だから、あんなことを言った。それで後悔したことを今、取り返してる。そんな奴は裏切らない』

 

 

 何となく、それがどこで言われたものか想像がついてしまった。きっと、ユメ先輩の事を知った時だろう。そこでカヤツリは迷ったのだ。一瞬とはいえ、迷った。だから、その言葉を今でも覚えているのだ。

 

 

「カヤツリがシェマタの事を知ってるのは、分かったよ。じゃあ、ユメ先輩は知ってたの? カヤツリが、シェマタを手に入れるために契約に行かせたって」

 

『あの人は知らない。先輩は関係ない。アレは、本当に偶然。始まりからして偶然だったんだ』

 

 

 さっきまでは普通だったカヤツリの声に、何かが混ざった。それは、さっき自分がやったのと同じ。

 

 後悔だ。カヤツリの声に後悔が滲んでいた。

 

 

『シェマタの始まりはビナーだったが、あの契約の始まりもビナーだったんだよ。報酬金の使い道に、先輩は砂漠横断鉄道を選んだんだ』

 

 

 最初はオアシスを買おうとしてたんだけどな。そう、言葉だけは懐かしそうに言うカヤツリの声は、悲しそうにしか聞こえなかった。

 

 

『先輩は楽しみにしてたよ。やっとホシノにちゃんとしたモノを残せるって。それを見た俺は、出してはいけないやる気を出してしまった。きっとビナーの報奨金では足りないし、ネフティスも簡単には売らないだろうから、どうにか安くできないかって』

 

 

 自嘲交じりの答えだ。その時のカヤツリは善意だったのだろう。それがどうなるか、分かっていたらやらなかったに違いない。

 

 

『マトにどうにかできないか連絡を取ったんだ。その時俺は、砂漠横断鉄道にマトが望む何かがあると感づいていた。その時はシェマタだとは知らなかったけれど。そして、それは想像通りで、目論見通りに砂漠横断鉄道の契約まで漕ぎつけた』

 

 

 そして、あの日が訪れた。ユメ先輩が居なくなってしまった日が。

 

 

『先輩はアビドスの生徒会長だった。先輩の望みもあったし、俺だけが行くわけにはいかなかった。予定を聞かれた時に気がつくべきだった。先輩は二つの選択肢で揺れていたのかもしれないって』

 

 

 カヤツリの様子が変だった。何か自分の知らないことを、カヤツリの言いたくない事を言おうとしている。そんな予感があった。

 

 

『先輩が居なくなってしばらくして、それに気づいた時、俺は考えないようにした。先輩がそんなことを思うはずないって。先輩だって人間なのにな。でも、最近の事と一昨日見つかったアレを読んで確信した。それで、後悔した。なんで、もっと早く気がつかなかったんだろうって。俺には何回か片鱗を見せていたのに……まだ、どっちだったかは分からない。都合が良かったからかもしれない。でも、俺は、先輩が砂漠横断鉄道を俺たちに残した結果から、先輩は俺たちの思った先輩だったって。そう信じる事にした』

 

 

 カヤツリの言っている事が、半分も分からなかった。

 

 何に気づいたと言うのも、先輩がどっちというのも、カヤツリが信じたユメ先輩というのも。ユメ先輩がカヤツリだけに見せた片鱗というのも。何もかもが分からない。

 

 でもそれは、自分の心を激しく揺さぶった。だって、カヤツリだけには、ユメ先輩は何かを見せたと言う事ははっきりしていたからだ。それを自分はどうしても知りたかった。

 

 

「何に気がつかなかったの?」

 

『分からないのか。アレを見たんだろ。アレを見たなら、そんな答えが出るはずが……まて、まさか……』

 

 

 不思議そうなカヤツリの声が、急に途切れた。次に聞こえてきた声は、まるで違っていた。

 

 

『生徒会室を家探ししたと言えと言われたな? 特に、俺のロッカーを見たと。そう言えって、言われただろう?』

 

 

 いつもの声ではなかった。普段後輩や自分に向ける声でもない。それは敵に向ける声だった。

 

 

『……ノノミ後輩だな? 俺は、こんな雑な方法を使えなんて教えた覚えはない。よく分からないモノを分からないまま使うなと。しっかり教えたはずだ』

 

 

 カヤツリは怒っていた。それを向けられたノノミちゃんは青くなっている。でも。カヤツリの声の中には悲しみも同居しているようにも聞こえた。

 

 あまりの事に電話の奥から、同席していたのか慌てた先生の声も聞こえる。

 

 

『その価値は人によってそれぞれだ。だから、それを使うなら、しっかり考えろと言った。考えても分からないなら、使うなって。上手くいく前提で話を進めるな。もう、何もかもが滅茶苦茶じゃないか……』

 

 

 煮えたぎる怒りを押し込めたカヤツリの言葉は、自分の耳には入っていなかった。それよりも別の事で頭が一杯だったからだ。

 

 

 ──ロッカーの中には、何が入っていたの?

 

 

 カヤツリはロッカーを自分に見られたと思って、あそこまで固い口を開いた。なら、そこには大事なものが入っていたはずなのだ。隠しているなら、”見た”の一言で口を割らない。カヤツリはそこまで諦めが良くない。

 

 でも、自分が見た時には何もなかった。いつも通りのカヤツリのロッカーと変わらない。でも、カヤツリの反応からして、分かりやすいところにそれは在ったのだろう。

 

 ならば、自分が見る前に、誰かが回収したのだ。それは一人しか思い浮かばなかった。

 

 

「シロコちゃん」

 

「……何も隠してない」

 

 

 もう、それが答えだった。力づくで取ってもいいが、それは最終手段だった。自分とて、そんな事はしたくない。

 

 じっ、とシロコちゃんを見つめると、観念したのか懐から何かを取り出して自分へと渡してくる。

 

 

「……カヤツリ」

 

 

 自分でも驚くほど低い声が出た。だからか、電話口から流れていたカヤツリの声がピタリと止まった。

 

 

「これは、何? 手帳だよね? ユメ先輩が私に残した手帳だよね!?」

 

 

 今度は間違えない。組は空欄で、名前もしっかり書いてある。

 

 これは、ユメ先輩が残した手帳だ。あの電話で言っていた手帳だ。自分がずっと探していたモノだ。

 

 

「なんで、隠してたの?」

 

『まだ、早いと思った。だから、全部終わった後に──』

 

「嘘つき!!」

 

 

 自分の状態が良くなかったから、様子を見ていたとでも言うのだろう。それなら、チャンスは幾らでもあったはずなのだ。絶対に他の理由だ。

 

 

「手帳を探す私を見て、カヤツリは何を考えてたの!? 無駄なことをしている私を見てさ!」

 

 

 口からは、言いたい事とは別の言葉が放たれていた。周りの後輩の視線など気にもならない。取り繕う事も忘れて叫ぶ。それほどまでの感情が自分を焼いていた。

 

 ショックだった。本当はカヤツリに当たり散らしたい訳では無い。理由を聞きたかった。ここまで隠していた理由を。

 

 でも、その理由は薄々分かっているのだ。それが認められなくて、現実逃避で当たり散らしている。

 

 

「バカだとでも思ってた!? そうだよね。私はバカだったよ。なんで、手帳が私宛だなんて思ったんだろ……」

 

 

 ──ホシノちゃん。手帳は、いつもの場所に……

 

 

 そんなことを、ユメ先輩は最期の電話で言っていた。手帳の場所は言ったが、誰宛てまでは言っていない。道理でいくら探しても見つからないはずだ。

 

 だって、カヤツリのロッカーは探さなかった。そして、カヤツリのロッカーに手帳があったということは、アレはカヤツリ宛なのだ。ユメ先輩は自分には何も残さなかった。

 

 

「全部。嘘だったの? あの時言ってくれたことも! 今までの事も! 全部!! 私だからやってくれたんじゃなかったの!?」

 

 

 カヤツリは何も言わない。いや、言えないのだ。自分が矢継ぎ早に捲し立てているからだ。目の前にいるならやりようもあるだろうが、これは電話だ。

 

 もう、自分の内心は滅茶苦茶だった。カヤツリと今までの事を信じたい気持ちと、目の前の手帳の事。それらがせめぎ合っている。

 

 普段なら迷わなかっただろう。そんな事はあり得ないと一蹴できただろう。でも、今回は話が違う。ユメ先輩の手帳は、カヤツリがそれを隠していたと言う事実は。自分とカヤツリの積み上げたものを揺るがすには十分だった。

 

 ずっと、気持ちは一緒だと思っていた。お互いの事を思って行動しているのだと思っていた。だから、我慢もできた。

 

 

「話さない事に了承したって? そうだよ! カヤツリの言う通りに我慢したよ! 本当は教えて欲しかったけど、我慢した! だって私のためだって、私でなくとも皆の事を考えてたって! そう思ってたのに!」

 

 

 でも結局は、違ったのだ。最初から、ずっと。カヤツリはそうだったのかもしれない。

 

 

「ユメ先輩なんでしょ!? ユメ先輩が話すなって。そう言ったから話してくれないんだ! だから、全部が終わるまで話してくれないんだ! カヤツリは自分と、ユメ先輩の事しか考えてなかったんだ!」

 

 

 ずっとカヤツリに追いつきたかった。自分は暴れることしかできなかったし、ユメ先輩はどこか抜けていたから。カヤツリの隣には誰もいないと思っていた。

 

 やっと、居られるようになったと思った。まだまだ拙いけど、カヤツリと一緒に何かができるようになって、結果も出てきて、本当に嬉しかった。

 

 でも、それは自分の勘違いだった。

 

 ずっと、カヤツリの隣には誰かが居たのだ。

 

 それは、ユメ先輩だった。

 

 ユメ先輩は、何も考えていないわけでは無かった。それは、砂漠横断鉄道のことで、そうだと分かってしまった。何も考えていなかったのは、賢らに口だけ出していたのは、自分だけだった。

 

 ユメ先輩には勝てなかった。純粋な戦いの強さなら勝てるだろう。でも、それ以外は惨敗だった。

 

 

「私には、折り合いをつけろなんて言ったくせに! ホントはカヤツリの方がつけられていないじゃない! まだ、カヤツリの中にはユメ先輩が居るくせに! ユメ先輩の方が大事なくせに!!」

 

 

 ユメ先輩に勝ちたくとも、その機会は永遠に失われてしまった。自分ではユメ先輩以上にはなれない。

 

 だって、死者には勝てないからだ。カヤツリの中にある、カヤツリの心に住んでいるユメ先輩には、自分では絶対に勝てないのだ。

 

 死者は間違えない。死者はいつまでも過去のまま。ずっと、過去の完璧な姿のままで居座り続ける。そのことはよく分かっている。自分がそうだからだ。

 

 そんなモノ相手に、間違えて変わり続ける自分では勝負は成立しない。

 

 ずっと、心の奥底で抱えていたモノが顔を出し始めていた。そうじゃないと、無理やり自分を納得させていたモノ。カヤツリの言葉と、行動で抑え込まれ、最近は考えることも無くなっていたモノ。

 

 

 ──カヤツリは自分よりもユメ先輩の事が大事だったんじゃないか?

 

 

 そんな、馬鹿馬鹿しくて、信じたくもない考えだ。でも、それは現実味を増してきていた。

 

 どうして、ユメ先輩が”そうなった”と聞いた時に、カヤツリは迷ったのか。

 

 どうして、手帳を隠していたのか。

 

 どうして、仕事が終わるまで何にも話してくれないのか。

 

 どうして、手帳の事がバレなければ話してくれなかったのか。

 

 それは、自分よりもユメ先輩の方が大事だったからじゃないのか?

 

 

「何か言ってよカヤツリ! ずっと黙ってないでさ!!」

 

 

 感情のままに喚き散らす。後輩たちが信じられないモノを見る目で見ているし、電話の向こうで先生も聞いているだろうが。そんな事を気にする余裕はなかった。

 

 ただ、否定してほしかった。

 

 ここまで勝手に喚き散らした自分の憶測を、そうじゃないって、違うって。ユメ先輩は関係ないって。そう否定してほしかった。

 

 怒鳴られても、怒られてもいいから。ただ、違うと言ってほしかった。

 

 

『……そうかもな。ホシノの言う通りに、俺は、自分と先輩の事しか考えてなかったのかもしれない。仕事が終わるまでなんて期限を切るべきじゃなかったのかもしれない。でも、あの手帳は、ホシノが思っている物じゃなくて──』

 

 

 でも、カヤツリの答えはそんなものでは無くて。怒る事もせずに、ただ申し訳なさそうに謝るだけだった。言い訳なのか、何か言っているが、それは自分が求める答えではない。

 

 

「もういいよ!!」

 

 

 止めて欲しかった。そんな言葉を期待していたのではなかった。そう言われてしまったら、自分はこう言うしかなくなってしまうからだ。

 

 

「いいよ。もう……」

 

 

 今は、カヤツリの声を聞きたくなかった。きっと、今の自分が求める事は何も言わないからだ。嘘つきなんて言ったけれど、カヤツリが嘘はつかないのは知っている。嘘をつかないという事は、慰めの嘘すら言ってくれないということだから。反論が無いと言う事は、図星だと言う事だから。

 

 カヤツリはユメ先輩を選んだし、ユメ先輩はカヤツリを選んだのだ。自分ではない。自分は最初から仲間外れだった。ずっと、自分は蚊帳の外で、何にも知らないままだった。

 

 

「勝手にやりなよ! 私や、皆の事は放っておいてさ! ユメ先輩の言いつけ通りの事をしていればいいじゃない! そうすれば、カヤツリは満足なんでしょう!?」

 

 

 言葉では責め立てて、内心は縋るように。そんな事はないのだと言ってほしくて、カヤツリに言葉を投げつける。それでも、カヤツリの否定の言葉は聞こえてこない。それどころか、一番聞きたくない言葉が聞こえた。

 

 

『分かった。お互いに今は話にならないし、耳にも入らないだろう。一旦、時間と距離を置く。これが終わるまでは連絡しない』

 

「え!? 待っ──」

 

 

 引き留めの言葉が間に合わないまま、ガチャリと電話が切れた。

 

 耳元ではツーツーと電子音が響くだけ。掛け直しても、出る気配は全くなく、遂には電源が切られたようだった。呼び出し音すら鳴らない。

 

 

「待ってよ……。違うって言ってよ……。そうじゃないと、私は……」

 

 

 ほしい言葉を求めて、繋がらない電話に呟いても、返事は当然の如くに帰って来ない。何か手は無いかと電話を仕舞おうとして、手に持った手帳に気がついた。

 

 

「ユメ先輩の手帳……何か、書いてあるかも」

 

 

 カヤツリ宛だから、期待していたことは書いていないかもしれない。それでも、今は何かが欲しかった。カヤツリにとって、自分よりもユメ先輩の方が大事ではないという材料が。

 

 決意を持って、手帳のページを開く。開き癖か、何かで濡らしたのか。ページがごわついているから、そこが一番に開いた。

 

 

 ──アビドスから逃げ出してしまいたい。

 

 

 そんな一文が目に飛び込んできて、自分は目の前が真っ暗になった。

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