ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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170話 精神の限界

「カヤツリは、梔子ユメさんの事が大好きだったんだね」

 

 

 先生が、優しい声で呟いていた。それは、そうなのかもしれなかった。ボロボロと口から、ホシノの前では言えないような言葉が零れだす。

 

 

「きっと、好きだったんだと思います。先輩の事も、あの三人で過ごした日々の事も。でも、俺はそれを自分で壊してしまった。そんな俺にできる事は、先輩の願いを叶える事だけなんです」

 

 

 話すと決めたら、案外すんなりいくものだ。それは先生だからかもしれなかった。関係ないから中立の意見を言えるし、変なバイアスが掛かっていない。

 

 なんとか締まりの悪い口を締め直して、いつもの自分に戻ると、それを待っていた先生が口を開いた。

 

 

「願いって。直に聞いたの?」

 

「まさか、それなら、こんなことになっていませんよ。先輩の言葉を繋ぎ合わせただけです」

 

 

 先輩の手帳は三冊あった。中学三年生の時の物と高校入学直後の物。そして、それから数ヶ月後の物。

 

 時系列順に並べれば、一年生だった先輩がどう思って、何をしたかは分かるのだ。

 

 

「アビドス高校に入学した先輩は、現実に打ちのめされました。誰も助けてくれない。誰もが口ばかりで、本気で復興に取り組む者など居ない。そんな現実にです」

 

 

 きっと悲しかったし、腹も立ったかもしれない。そして、手帳に吐き出すしかなかったのかもしれない。

 

 

 ──特別な日は記録を残すものだから!

 

 

 先輩が写真を撮る度に言っていた事だ。先輩は本当にそう思っていたし、嬉しかったのだ。辛い記録ではなく、幸せの記録を残すことが。そうできることが、先輩は嬉しかったに違いなかった。

 

 

「先輩の高校二年と三年の手帳は見つかりませんでした。だから、その時の先輩に何があって、何を思ったのか。それはもう分からない。でも、確かな事はあるんです」

 

 

 それは、何よりも単純で、確かな事実。

 

 

「先輩は三年生までアビドスに居ました。一年の時に現実を思い知った筈なのに。それでも先輩は諦めなかった」

 

 

 あの手帳の想いを何かがあって乗り越えたのか。それとも胸の中に抱えたままだったのか。でもどちらにせよ、先輩は残ったという事実は変わらない。

 

 後のことは、確かな物ではない。半分以上が想像だ。自分の思い込みが入った先輩の思考で考えるしかなかった。

 

 

「三年の先輩は嬉しかった筈です。ホシノがアビドスにやって来た時。本当に嬉しかった筈なんです」

 

 

 だって、一人じゃなくなった。一人が二人になった。そしてホシノは真面目で真剣だった。

 

 

「ホシノはバカで、先輩に迷惑しか掛けなかったと言いました。でも、先輩にとっては違った筈です。絶対に、そんな事は思わなかった」

 

 

 確かにホシノは考え無しだった。迷惑だって掛けたかもしれない。でも、一番大切なことは、しっかりとやっていたのだ。

 

 

「先輩は自分以外の誰かが。真剣にアビドスのことを考えて、一緒に動いてくれるだけで嬉しかった。それは先輩が一番に望んで、叶わなかった事だからです」

 

 

 だから先輩がホシノを恨むなど、絶対にあり得ない。ホシノに自覚はないが、先輩はホシノに救われたのだから。

 

 

「奇跡だと思ったに違いないんです。あれは、先輩にとっての奇跡だった。だから、ホシノの前で先輩はずっと笑ってたんですよ」

 

 

 昔ホシノは、ホシノと先輩が話す時と、自分と先輩が話す時の顔が違うと言ったが。それは当たり前の話なのだ。

 

 

「先輩には、俺やホシノにとっての先輩はいなかった筈です。それが、とても辛かった筈。それを知っている先輩は、”先輩”をやってくれたんですよ……。自分が一番やって欲しかったことを、分からないなりに、必死でやってくれた」

 

 

 きっと分からないことだらけだった筈だ。自分の感覚を頼りに、必死に、毎日アビドスを何とかする方法を考えてくれていた。

 

 自分と同じ思いをホシノにさせない為に。辛い事だけじゃなく、幸せな事も、楽しいこともあるように。宝探しや、色々な方法を考えていた。

 

 先輩は、きっとホシノの前で、立派な先輩でいたかったのだ。

 

 

「だから、先輩は俺に言ったんです。ホシノに秘密にして欲しいって。ホシノに残す物が確実になるまではって」

 

 

 それが先輩のやりたかったことだ。おそらくは、自分がやってほしかったこと。

 

 

「先輩はホシノに、これから生徒会長になるだろうホシノに。何かを残したかったんです。手帳だけでなく、形に残ってホシノの助けになる物を」

 

「それが……砂漠横断鉄道なんだね?」

 

 

 どこか眩しいものを見るような。そんな先生の呟きに大きく頷いた。

 

 

「先輩は、ホシノに自分と同じ思いをして欲しくなかったんでしょうね……ぬか喜びもさせたくなかった。ただ、純粋に驚いて、喜ぶホシノの顔が見たかったんでしょう……」

 

 

 なんだか声が震えてきた。前もよく見えなくなっていることに、今更気がつく。

 

 

「俺も見たかったんです……」

 

 

 ぽつりとまた、言うつもりのない言葉が溢れた。

 

 

「ホシノの顔だけじゃなくて……喜ぶ先輩の顔も……」

 

 

 今度は口は閉じてくれなかった。むしろもっと酷くなる。

 

 

「それだけでよかったのに。だから頑張ったのに……俺は、砂漠横断鉄道も、シェマタも、ゲヘナもネフティスもカイザーも、そんな物はどうでもよかったのに……」

 

 

 前はもう見えなかった。溢れる涙がそれを許してくれなかった。

 

 

「なんで……なんで、こんな事に……先輩はホシノに笑ってほしかっただけなのに……ホシノは手伝いたかっただけなのに……俺は二人に笑ってほしかっただけなのに……!」

 

 

 ホシノも、後輩たちも、マトたちすらいない。電話の件でもう心は襤褸クズだ。止める物は、自分を律する物は何にもない。

 

 だから、何とか維持していたモノが剥がれてしまった。外面が剥がれ落ちて、もう剥き出しの自分しか残っていない。

 

 

「何で!? どうして!? 先輩が死ななきゃならなかったんですか!? あんな優しい人が!」

 

 

 自分とは思えない声だった。情けない、駄々をこねる子供みたいな声。

 

 

「砂嵐だとか、コンパスを忘れたとか! そんな事は起こりうるかもしれなかったのに! ……何で俺は、先輩を一人で残したんだろう……。なんで、ホシノに何にも言わなかったんだろう……!」

 

 

 ずっと、思っていたことだった。ずっと、後悔していた事。もう取り返せない過去の事。もう、自分ではどうしようもできない。それが苦しくて仕方がない。

 

 

「毎回、何か楽しい事、嬉しいことがある度にどこか苦しかった。きっと思ってたんです。なんで、先輩はここに居ないんだろうって! 何で一緒に笑ってくれないんだろうって! 先輩が一番に望んだ場所に、どうして先輩が居ないんだろうって!!」

 

 

 先輩の幻覚は、そう言う事だった。先輩が怖かったのではなくて、先輩がそこに居なかったことが嫌だったのだ。それは、自分のせいだったからだ。自分のせいで先輩は居なくなってしまったからだ。

 

 

「何で……何で……なんで!! なんでこんなに苦しいんですか!? 俺はただ、一旦先輩の手を離したいだけなのに……!」

 

 

 後悔が苦しくて、それに溺れてしまいそうで、息がしたかった。そのために先輩の願いを叶えようとした。少しは楽になるはずだった。

 

 それなのに、そうと決めたら苦しくなった。願いを叶えたら終わりだから。でも、もう止められないから苦しくても頑張っていたのに。あの電話の顛末で心は限界だった。

 

 我慢が効かないホシノも、言うことを聞かない後輩たちも、厄介事を持ってきたマトも、助けてくれない先生も。邪魔しかしないネフティスや私募ファンドも。

 

 もう、全てが憎らしかった。自分を苦しめるもの全てが恨めしくて、自分より幸せそうなもの全てが忌々しかった。

 

 そんなに大層なことは望んでいないのに。ただ先輩の事に決着をつけたいだけなのに。それまで自分はどこにも行けないのに。

 

 

「カヤツリ。それは、どうしようもない事だよ。ただ、運が悪かったんだ。誰にも、どうにもできなかった。理由も何もないんだ。ただ、そうなってしまったんだよ。だから楽になるなら、一旦じゃなくて、手を完全に離すしかない」

 

「今、なんて言った?」

 

 

 だから、先生の言葉が聞こえた瞬間。無意識に低い声が出た。それを向けられた先生は目を白黒させている。

 

 先生を睨みつけて、さっきの言葉を繰り返す。

 

 

「運が悪かった? 誰にもどうにも出来なかった? 先生が、それを言うんですか? そう言う出来事を、全員が仕方が無かったで片付ける出来事を何とかしてきた先生が。よりにもよって、先輩にだけ、その言葉を言うんですか?」

 

 

 頭が怒りで沸騰していた。一番その言葉にふさわしくない人が、その言葉を使ったからだ。忘れろと、先輩を消し去るべきだと言った。

 

 

「そんな事を言うなら、何で、もっと早く来てくれなかったんですか!? どうして、先輩を!? 先輩を助けてくれなかったんですか!?」

 

 

 目の前の先生を詰った。この大人なら、全てを救えるはずだった。目の前の大人は全てを救ってきたからだ。

 

 

「ホシノも、俺も、ヒフミとアズサも、アリウススクワッドも! ティーパーティも! リオとアリスも、向こう側の俺たちやシロコですら救ったのに! どうして、どうして、誰も先輩を助けてくれなかったんですか!!」

 

 

 これは八つ当たりだった。それも質の悪い。駄々をこねる子供の戯言だ。

 

 でも、先生は表情一つも変えずに言うのだ。

 

 

「私にだってできない事はあるよ。むしろ、できないことの方が多い。私はただの”先生”だからね」

 

 

 先生は、”先生”らしく、静かに言う。

 

 

「私は流れた時を巻き戻せない。今から過去を変える事は出来ない。起きてしまった事は変えられない。だから、私が来る前の事は、どうしようもできない。残念だけどね」

 

「だから、先輩の事を忘れろと? ふざけるな!!」

 

 

 ──くるしい。くるしい。くるしい。くるしい。くるしい。

 

 

 頭の中はそれ一色で、”ふざけるな”の助けを求めるような叫びも、何の意味もなかった。先生が口を開いたからだ。

 

 

「カヤツリは納得してるだろう?」

 

「……何を」

 

 

 思わず殺意の篭った声が出た。先生への視線にも殺意が籠る。

 

 先生はそれに怯みもしないで続きを言う。

 

 

「カヤツリは自覚は無いけど。もう納得してるんだよ。梔子ユメさんが死んだことに関しては。死者は生き返らないのは当たり前のことだって」

 

「……納得? 先輩の死を? ……そんなの、しているわけがない!!」

 

 

 ──なんだ、それは。バカにしているのか。それじゃあ、まるで、自分が先輩の事をどうでもいいと思っているみたいじゃないか。

 

 ──それなら、この気持ちは、この罪悪感は何なのだ。あの時に何とかできたのは自分だけだったのに。

 

 ──それなら、あんなことで迷わなかった。ホシノに言って、二人でこの事案を進める選択を取れた。

 

 ──あり得ない。あんな夢みたいな選択肢を信じる事なんてしなかった!

 

 

 怒りのあまり、デスクに座る先生に詰め寄って叫んだ。

 

 

「じゃあ、言ってみればいい!! そんな理由なんて、ありはしないんだ!!」

 

「じゃあ、どうして、カヤツリはヒフミやリオ。アリスを助けたの?」

 

 

 意味の分からない事を言う先生に言葉を失った。

 

 

「さっきの言葉は間違いがあるよ。救ったわけじゃない。私は手伝いをしただけだ。そして、それはカヤツリもそうだろう?」

 

「俺は何もしていませんよ。偉そうな講釈を垂れただけです。たった、それだけです」

 

「ならどうして? どうして、そんなことをしたの?」

 

 

 分からない。ただ、妙に腹が立ったことだけを覚えていた。そして、それをそのまま、先生は言葉にする。

 

 

「それはね。カヤツリが嫌だったからだよ。自分と同じように、その人にとっての大切な誰かを失う瞬間を見ていられなかった。自分を見ているようだから、腹が立った」

 

 

 そうだよねと。そう確信を持ったように言う先生に、何も言い返せない。

 

 

「三人から聞いたよ。ヒフミは発破をかけられたって。リオは目をそむけたことを押し付けられたって。アリスは大事なことを言われたって」

 

「それに、何の関係があるんですか。ユメ先輩と何の関係が……」

 

「それは、カヤツリがして欲しかったことだろう? 梔子ユメさんがそうだったように、カヤツリもそうだったんじゃないの?」

 

 

 自分の心が解体されて、観察されるのは気分が悪い。今まで他人に散々してきたそれをされるのは最悪だった。

 

 

「ヒフミの時は、誰かに言ってほしかったんだろう? カヤツリは、誰にもそんな事を言われなかった。だから、梔子ユメさんを一人で行かせ、ホシノに何も伝えなかった」

 

 

 そうだ。あの時、誰かが疑問を呈してくれれば違ったかもしれない。誰かが間違っていると、そう言ってくれれば。

 

 

「リオの時は、正に自分を見ている気分だったんだろう? 自分だけで判断して、そうだと思い込んで、最悪の結果を呼び込むのは二度と見たくなかったんだろう?」

 

 

 そうだ。それは、自己判断で依頼を受けて、その結果、ユメ先輩を一人で行かせることになった場面の焼き直しだった。あの時に、ホシノに話していれば、結果は違った。

 

 

「アリスの時は、自分のせいじゃない事柄で、役割に縛られているのが。自分の人生を生きていないみたいで嫌だったんだろう? それは、カヤツリ自身みたいだから」

 

 

 そうだ。生まれだとか、そんなどうしようもないものに縛られているアリスに腹が立った。自分みたいに自分自身のせいではないのだから。気にする必要はないのだ。

 

 

「梔子ユメさんの死を受け入れられなかったのなら、そんな事は出来ない。それはそのことを直視することだから。彼女はもういないんだと、もう会う事は出来ないし、取り返せない事で、仕方のなかった事なんだと。そう思っていなければ。そんな事は嫌だと、自覚すらできないんだよ」

 

 

 黙り込む自分へ、先生は止めを刺すように言う。

 

 

「カヤツリは、理由が欲しいんでしょう?」

 

 

 先生の言葉に全身が固まった。先生は滔滔と話す。

 

 

「最初にカヤツリが言ったんだよ? 梔子ユメさんの願いを叶えなければいけないって。それは、彼女の死に納得していなければ出ない言葉だよ」

 

「……止めてください」

 

 

 それ以上言われたら、本当に認める事になってしまう。

 

 

「カヤツリが嫌なのは、梔子ユメさんが亡くなったことじゃないよ」

 

「……止めろ」

 

 

 でも、先生は言ってしまうのだ。

 

 

「理由もなく梔子ユメさんが死んでしまった事が嫌なんだ。彼女の死を、ただの偶然にしたくなかった。でも、自分のせいだと抱え続ける事もできない。どうしようもなくて苦しいんだ。違うかい?」

 

「……」

 

 

 そうだ。ただただ、理由が欲しかった。先輩が死ななければならなかった理由が。楽になる理由が欲しかった。

 

 苦しくて、後悔からの逃げ先が欲しくて、誰かのせいにしたかった。先輩の死には何か理由があったのだと思いたかった。

 

 でも、そんなものは無いから、自分のせいにするしかなかった。そのくせ、それに耐えられないときた。でも、それを捨て去ってしまうこともできないのだ。

 

 こんな事は対策委員会の誰にも言えない。知られてはならない。自分の中に抱え続けることしかできない。

 

 どうしようもない二律背反で、心はもう滅茶苦茶だ。

 

 

「……いけませんか? 理由を求めちゃいけませんか? ただの偶然だと、運が悪かった。それだけで納得しろというんですか?」

 

「そういう訳じゃないよ。ただ、カヤツリが、カヤツリ自身の事を許してあげて欲しいんだ」

 

 

 先生の言っている意味が分からない。先生は受け入れていると言った。なら、許すも許さないもない。

 

 

「許すって言うのはカヤツリが、梔子ユメさんの事を過去にして、思い出にすること」

 

「俺にもう一度、先輩を見殺しにしろというんですか……!」

 

 

 そんな事をしてしまったら、先輩は今度こそ居なくなってしまうのだ。自分は握り込んでしまった手を離したいだけで、完全に先輩を消し去りたいわけでは無いのだ。

 

 

「それは悪い事じゃないんだよ。それはカヤツリの中から、彼女が居なくなったことにはならないんだ。ずっと考えて、望みを果たし続けなければ、消えてしまうなんて事はないんだ」

 

「もう、声がちゃんと思い出せないんですよ!」

 

 

 それは、もう怒りでなくて、恐怖の叫びだった。

 

 

「気にしなかった自分に愕然としたんです。あんなに自分に良くしてくれた人を、自分は忘れかけているんです! あの人の事は、もう自分とホシノしか覚えていないのに!」

 

 

 ホシノの言う通りなのだ。ホシノには忘れろと言っておいて、いまだに自分はそんなことが出来ないのだ。

 

 

「確かに声は、その人を形作る要素の一つではあるけれど。カヤツリの思う梔子ユメさんにとっては違う。本当に大事なことは、さっきカヤツリ自身が言った事なんじゃないの?」

 

 

 先生の表情は真剣だった。懸命に何かを伝えようとしていた。

 

 

「声や姿がどうとかじゃなくて。カヤツリやホシノにとって大事なのは、梔子ユメさんが何を思ったか、どんな人だったかじゃないの? カヤツリの話を聞いただけでも分かるよ。きっと優しい人だったんだろうね。それをカヤツリが分かっている事が、一番大事な事じゃないの?」

 

「でも、俺は先輩の事を理解なんてしてなかったんですよ!」

 

 

 さっき話したことは殆ど想像だ。確かなことは先輩がアビドスに残ったと言う事だけ。全く違う可能性だってあるのだ。自分が考えた先輩かもしれないのだ。自分にとって都合の良い。それは先輩に対する冒涜ではないのだろうか。

 

 

「それはきっと、誰にもできない事だよ。他者の事を完璧に理解なんてできない。自分ですら自分の事が分からないんだよ? ましてや他者ならなおさらだよ」

 

「じゃあ、どうすれば良いんですか……! 都合が悪いからって、勝手に先輩を想像したり、消したりするのが正しいんですか……?」

 

 

 自分の言葉に先生はゆっくりと首を横に振る。

 

 

「私たちはね。想像することしかできない。その人がした行動や、発した言葉や、その状況から、その人の気持ちを推し量る事しかできないんだ」 

 

 

 先生は立ち上がって、自分の目を真っすぐ見る。

 

 

「ただ、信じる事。それが唯人である私たちに許された唯一の事だよ。さっきカヤツリが話して、やってくれていた事。あれだけで、私に梔子ユメさんがどんな生徒だったか良く伝わったよ」

 

 

 それは本気で思っているのだろう。先生の瞳に嘘はなかった。

 

 

「それだけで十分なんだよ。それ以上の事は誰にもできない。人は忘れる生き物なんだ。全部は抱えられない。その人の大事な事だけを、覚えておくことしかできない。そんな事はカヤツリは分かっていただろう? だから、さっき話してくれたことを考えた。 でも、信じられなくなった。一体何があったんだい?」

 

「もう分からないんですよ……」

 

 

 手帳の事を思い出して、最初は辛かった。でも、先輩の願った事を叶えれば、そうすれば、平気だと思っていた。そうして、ホシノと一緒に、先輩の事を話して、手帳の事も話せば、楽になると思っていた。

 

 そんな矢先に、アレが現れてしまったのだ。手帳を見つけて、途中までしか読めなかったそれの情報から、マトにも手伝いを頼んだ結果。アレが現れてしまった。

 

 

「もう一つの可能性に思いあたってしまった時、先輩の事が本当に分からなくなりました。なら、もう全部覚えておくしかないじゃないですか……」

 

 

 自分の想像が間違っていること。それは大いにあり得る話だった。ならば、先輩の全てを覚えておけば、その中に正解はあるはずだった。

 

 でも、考えれば考えるたびに、それは自分の想像からはかけ離れて行った。そのギャップは大きすぎて、もう、どちらかに決めるしかなかったのだ。

 

 それなのに、決めたはずだったのに。それは後輩たちの行動で空振りに終わってしまった。もう一度決めるのは辛過ぎる。もう、出来ない。片方の先輩を殺せない。

 

 

「どうぞ」

 

 

 にっちもさっちもいかなくなって、懐から一枚の写真を取り出す。

 

 それは、色彩の事件後、自分が手帳の事を思い出し、マトに手伝いを頼んだ後に撮影された写真だった。

 

 それは、アビドス郊外の監視カメラからの映像を切り抜いた写真。きっと撮られた人物はそのことに気がついてすらいないだろう。

 

 後を向いた、長い、緑の髪の。制服を着たユメ先輩にそっくりな人物が映っている。それは、そんな写真だった。

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