ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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171話 二人のユメ先輩

「これは……誰なんだい? 話の流れと、アビドスの制服からして、梔子ユメさん?」

 

 

 差し出された写真を見た先生は、はっきりとは誰だか分からない様子だ。写真の人物は後を向いていて表情は見えない。見えるのは着ている制服と後姿だけだ。

 

 先生は違うかもしれないが、自分にはこれだけで十分だった。これだけで誰だか分かる。きっとホシノもそうだろう。

 

 

「……そうですよ。後姿だけしか映っていませんがね。本当に懐かしい……でも、こんな物はない方が良かった……」

 

「二人の大事な人なんでしょう? 大切な思い出の写真なんじゃ……」

 

 

 先生は困惑の表情だが、自分にとってはそうではない。この写真はない方が良かった。

 

 

「この写真はアビドス郊外の監視カメラからの切り抜きです。それも、一ヶ月ほど前の」

 

「どういうこと? だって……」

 

「二年前に先輩は死んだはず。そのはずです」

 

 

 先生の困惑の表情がもっと深くなった。だって、それは当然の話だ。

 

 ユメ先輩は二年前に死んでいる。だから、一ヶ月前にアビドス郊外をうろついているはずがない。死者は生き返らないのだから。

 

 

「この先輩。暫定先輩が映ったのはこの一枚だけです。少なくとも確認できたのはこれのみ。ですが──」

 

「ちょっと待って。これはどうやって見つけたの? 誰かが持ってきたのかい?」

 

 

 自分の話を遮って、先生がこの写真の出所を聞いてくるが、首を横に振る。それなら、どれだけよかっただろう。

 

 

「その写真は、俺が手帳の事を思い出した後に入手したものです。誰かから貰ったわけじゃなく、自分で手に入れたんですよ」

 

「手帳の事を思い出したから? だから、探したってこと? ……何が書いてあったの?」

 

「”お金を貯めよう”そう書いてありました。その理由もそのすぐ後に。その理由は一つしかありません」

 

 

 ──どうして、誰も頑張ろうとしないんだろう。どうして、誰も助けてくれないんだろう。

 

 ──お金を貯めよう。いざという時の為に。

 

 ──本当は、全部借金に当てた方が良いんだろうけど……このままずっと、一人だけじゃ無理。

 

 ──このままじゃ、ダメ。もう、本当はダメかもしれないけど。

 

 ──やっぱり。あの人たちの言う事が正しくて。私は、間違っていたのかな……。

 

 

 あの手帳の文面を思い出す。そのせいで、また心が悲鳴を上げた。それを押し殺して本題に戻る。

 

 

「先生は、砂漠横断鉄道の契約金の事を覚えていますか? ああいう契約には契約金がつきものです」

 

「百万円だっけ……かなりの金額だよね。カヤツリが用意したんでしょう?」

 

「してませんよ。マトでもありません。勿論、ホシノでも」

 

「え? じゃあ、誰が……」

 

 

 自分はマトが用意したと思っていたのだ。マトは、先生と同じように自分が用意したと思っていた。でも、お互い何もしていなかった。ビナーの報酬金にも、生徒会の貯金も手を付けられていなかった。

 

 即時に契約金は支払われなければならなかった。そうでなければ契約は成立しない。でも契約は結ばれた。なら、契約金は払われたことになる。つまり、誰かが払ったのだ。

 

 

「俺でも、マトでも、ホシノでもない。なら、答えは一つしかないでしょう? ……先輩しかいませんよ。先輩が払ったんです」

 

「でも、百万円だよ? そんな大金を、どうやって?」

 

「お金を貯めたと言ったでしょう? そこからきっと払ったんでしょうね」

 

 

 先輩の足取りは銀行付近を最後に途切れている。そこで、契約金を下ろしたに違いなかった。

 

 そして、この事実が問題だった。

 

 

「先輩がお金を貯めた理由は、きっと逃げ出したかったからです。そのために、お金を貯めていた」

 

 

 もう耐えられなくなった時に、逃げ出せるように。先輩は用意していたのだろう。

 

 それだけあれば、当面はそこそこの生活ができる。アビドスから逃げ出して、他の自治区で新しい生活を送ることが出来るだろう。

 

 手帳の中で、先輩が書いた”いざという時”とはそういう事だ。先輩が耐えられなくなった時。きっと、そういう意味だった。

 

 

「そして、そのことを知った時。思ったんですよ。どれくらい先輩は貯金していたのかって」

 

 

 百万円というお金は微妙な金額だった。自分やホシノであれば、それこそ後輩たちでさえ、適切な仕事をすれば稼げる金額だ。だが、伝手もない先輩一人では、そうもいかない。

 

 借金を返しながらの貯金だから、効率は微々たるものではあるのだろう。だが、先輩には時間があった。二年間近くの時間が。

 

 

「きっと先輩の貯金は、もっとあったのかもしれません。その中から契約金だけ払って、逃げ出したのかもしれない」

 

 

 それは、恐ろしい想像だった。

 

 今までの、自分が思っていた先輩なら、絶対にやらないであろう行動だ。

 

 でも、あの手帳を読んで、自分が想像していた先輩は砕けてしまった。

 

 あの姿が嘘だったわけでは無いだろう。でも、あれが全てでもないのだ。

 

 想像したくもないが、ホシノとの喧嘩で吹っ切れてしまった可能性もある。

 

 

「銀行の記録は? 残ってないの? 残金が分かるんじゃないの?」

 

「先輩は口座を持っていたわけじゃないんです。先輩が持っていたのは、貸金庫なんですよ」

 

 

 口座でなく、維持に料金が掛かる貸金庫を使うあたり、相当な念の入れようだ。本来なら現金を入れてはいけないはずだが、こっそり入れたのかもしれない。それか直ぐに現金化できるものか、その代わりになるモノを。銀行ですら中身を把握できないから、よっぽど知られたくなかったに違いない。

 

 

「もちろん。手続きをして中身は確認しました。空でしたよ」

 

「でも逃げ出したなら、何で契約金を払ったの? 逃げ出すなら、そこまでする理由は無いよ」

 

「罪悪感を消すためじゃないですか? それで自由になれるなら、何だってするかもしれません」

 

 

 そもそも、自分が帰ってくる前に契約に行ったのがおかしいのだ。約束の日までに帰って来ないから自分だけで行く。そうならばまだわかる。でも、あの時はそうでない。順当に考えれば自分が帰ってくるまで待つはずだ。なのに、ホシノとの件があったとはいえ、その日に契約に行くだろうか。

 

 あの日でなければ、そうでないといけない理由があったのではないだろうか。

 

 

「あの日は、逃げるには絶好の日でした。俺は一週間は帰って来ず。ホシノとは喧嘩して、顔を合わせにくい。あの時、校舎には先輩しかいなかった。あの日の先輩の行動を知っている人間は誰もいない」

 

 

 もしかしたら、ホシノが怒るように誘導すらしたのかもしれない。

 

 

「契約に行ったのだから、銀行に行くのは自然で、大金を持ち歩いていても違和感はない。後を追うにも、それがノイズになって探しにくい。身を隠す時間は十分に稼げるでしょう」

 

「でも、遺体は? ホシノが連れ帰ったんでしょう?」

 

「……あのアビドス砂漠で、砂嵐の中、三十日間も野晒しだったんですよ?」

 

 

 また心が悲鳴を上げる。それを誤魔化すように、言葉を重ねる。

 

 

「……砂嵐と乾燥で、遺体の損壊はきっと激しかったでしょう。多分……ホシノは盾で判別したのかもしれませんね。アレは重いですから、きっと一緒に見つけたはずです」

 

 

 自分は知っている。そういう遺体は歯だとか骨格だとか。そういったものでしか判別できないと言う事を。

 

 自分は知っている。だから、夜逃げする時に身代わりとして、そういうモノを使う事を。それは、金次第でどうにでもなる事を。

 

 自分は知っている。先輩が少なくとも百万は貯金していたことを知っている。

 

 

「そして、先輩は戻ってきたんです」

 

「……カヤツリは、何のためだと思うの?」

 

 

 先生の質問に、乾いた笑いが出た。そんなもの一つしかない。

 

 

「アビドスを終わらせに来たんでしょう」

 

 

 今のアビドスを先輩から見たらどう思うか。自分が逃げ出したアビドスが蘇ろうとしている。何処かから、そう耳にしたか、囁かれたりしたら。

 

 無力感で押しつぶされるだろうか? 後悔で苦しみぬくだろうか? 自分たちに謝りたいと思うだろうか?

 

 答えは全部違う。それなら、普通に自分たちの目の前に姿を現すからだ。

 

 姿を現さないのは、顔も見たくないのだ。

 

 先輩ができなかったことを成し遂げようとしている。それは先輩が役立たずだったと実感させるには十分だろう。

 

 アビドスから逃げた先輩は、結局逃げられなかった。このままアビドスが蘇れば、嫌でもアビドスの事は耳に入る。自分から距離をとっても、アビドスの方から近寄ってくるのだ。

 

 それは生き地獄だ。それを止めるには、アビドスを終わらせるしかない。

 

 そして、先輩にはその手段があるのだ。

 

 

「まだ、契約は先輩に権利があります。それまでに権利を放棄すれば。契約の権利を破棄すれば。俺の計画はパーです」

 

「カヤツリ。自分が何を言ってるか分かってる? それは……」

 

 

 先生が真剣な表情で、けれども、心配そうな声で言う。自分は押し殺した声で返事するしかない。

 

 

「分かってますよ。これが、先輩を貶めていることくらい。そんな事を先輩がするはずがないってことくらい……」

 

 

 言っていることは十分に理解している。これは、先輩に対する侮辱なのだろう。

 

 今更、分かり切ったことを聞かないでほしかった。

 

 

「でも、どうすれば良かったんですか?」

 

 

 さっきの怒りが、ぶり返してきた。先生に向かって、また叫ぶ。

 

 

「先生の言ったとおりですよ。きっと信じるしかないんでしょう。でも、もう、出来ないんですよ!」

 

 

 きっと、写真を見る前なら信じられた。ネフティスが来る前なら信じられた。あの手帳が見つかりさえしなければ。一点の曇りなく、先輩を信じることが出来たのに。

 

 

「先輩を信じたいに決まってるじゃないですか! でも、事実がそれを許してくれないんですよ!!」

 

 

 手帳や写真を無視はできない。それは、現実として今。ここに存在するからだ。思い込みだとか、幻覚だとか。そういったもので誤魔化せない。

 

 

「誰かの悪意を感じるんですよ! 本来ならこんなはずじゃなかった! でも、先輩や俺たちの事を知らなきゃできないような妨害ばかりだ!」

 

 

 それを知っていて、そんな動機がある人間は限られる。そんな人物は、先輩くらいしか思いつかないのだ。

 

 

「俺が信じたいものは! もう、記憶の中にしかないんですよ!! それなのに。俺が信じたくないものは! 実在する物ばかりだ! どうしろって言うんですか!!」

 

 

 自分の主観塗れの記憶という根拠と、先輩が書き残した物という実在する根拠。どちらに信憑性があるかどうかは明白だ。

 

 自分の信じたい方の根拠。その信頼性を上げる方法はある。けれど、それは絶対に取れない手段だった。

 

 

「ホシノに聞けって言うんですか!? 先輩はちゃんと死んでたかって!? ちゃんとあの遺体は先輩だったかって!? 先輩が生きてて、俺たちの邪魔をしているかもしれないからって!?」

 

 

 そんな事は出来ない。ホシノのトラウマを呼び起こしかねないし、意味がない事だ。そしてなによりも、ホシノにそんな思いをして欲しくなかった。秘密にして、抱え込むしかなかった。

 

 

「だから、黙ってたんですよ! 本当は、吐き出したかったに決まっているでしょう! 吐き出していい情報ならね! でも、ずっと黙っておくのも悪いと思ったから、期限を切ったのに!!」

 

 

 だから、最大限の譲歩として期限を決めた。契約の終わる日までと期限を切った。

 

 

「片方を選ぶってことは、残りの先輩を否定するってことです。本当はそうだったかもしれない先輩を否定するってことは。先輩を殺すのと同じですよ」

 

 

 先輩の契約が終わってしまえば、先輩は手出しができなくなる。それは自分にとって、先輩に対する敵対宣言にも等しい。自分は弱いから、こうでもして退路を断たないといけなかった。それは、とても苦しかった。

 

 

「それを、それを踏みにじられたんですよ!? 怒るに決まっているでしょう!?」

 

 

 後輩たちの考えは分かる。隠し事は気になるだろう。もう何回も繰り返して、大したことない秘密だから大丈夫だとでも思ったのだろう。他人の秘密は甘いものだから。

 

 

「俺は、そんなに強くない! まだ、先輩の事を振り切れない! まだ、ずっと後悔してる! ホントはホシノや皆の事だけ考えるべきなのに、いつまでもそんなことが出来ない……!」

 

 

 それは、とても苦しかった。それを忘れていた事実が、先輩の事を過去にした事実が。先輩の事を何も分かっていなかったことが。誰一人、理解者が居ないまま、砂漠で一人で死んでいった先輩の事を思うだけで、苦しみで心が一杯になる。

 

 

「俺は、どうすれば良かったんですか!? 何もしないでいればよかったんですか!? それとも、そもそもここに来なきゃよかったんですか!? もう、何も分からない……」

 

 

 簡単な話だ。弱い自分が悪いのだ。

 

 先輩も信じきれもしないし、ホシノも信じられなかった。後輩たちも。きっと誰も信じてなどいなかったのかもしれない。

 

 勝手に類推して、勝手に決めつけて、そうすれば嬉しいんだろうと。勝手に押し付けた。今まで積み重ねたそれが、今更になって牙をむいたのかもしれなかった。

 

 

「カヤツリは理由が欲しいんだよね。梔子ユメさんの死に対しての理由が欲しかった。だから、砂漠横断鉄道を手に入れようとした」

 

 

 考えを整理するためか、先生が自分の目的を口に出す。

 

 

「梔子ユメさんの最後の仕事。砂漠横断鉄道の契約を成立させれば、彼女の願いであるアビドスの復興に近づく。そうすれば、契約のせいで亡くなった彼女の死にも意味を与えられる」

 

 

 その通りで、特に否定もしなかった。最初そう思っていたそれは崩れ去ってしまったのだが。

 

 

「でも、もう一つの可能性。梔子ユメさんが生きていて、全てを清算しようとしている。その可能性が出てきたから、カヤツリは分からなくなった」

 

 

 そうだった。その可能性は前提を覆すものだったから。でも、動き出したモノはもう止まらない。それでよかったのに。

 

 

「カヤツリは当初の予定通りに行くしかなかった。それでいいと思ってた。でも、さっきの、ノノミとの電話だね? あれで拗れた。見ないように、気がつかないように、知られないようにしていたことを暴かれた」

 

 

 あれが致命傷だった。あれを言うのに、どれだけの勇気がいると思っていたのか。あの言葉が、どれだけの力を持っていたのか。それを知らないで、土足で踏み荒らされた。穏やかではいられない。だから、今こんなことになっている。

 

 

「もう、カヤツリは分からなくなったんだね。どっちの梔子ユメさんを信じるべきか分からなくなった。それを選ばなくちゃならなくなった」

 

 

 そうだ。記憶の中の先輩か、手帳と今起きていることから想像できる先輩か。そのどちらかを選ばなければならない。

 

 流れや勢いに任せないと進めなかったのに。それを強引に止められてしまった。もう一度、あの選択をするのは嫌だった。

 

 さっき迄は言い訳ができた。もう、止めるには遅いからと。でも、今は違う。今、当初の計画で行くと言う事は、選択すると言うことだ。

 

 片方の先輩を殺さねばならない。いない者として、自分の都合が悪いから、邪魔だから。そんな自分の都合で、あの先輩の邪魔をしなければならない。それを、自分だけが選択しなければならない。

 

 それは難しかった。だから、ここでうだうだと気炎を上げているのだ。

 

 

「カヤツリは、どっちを信じたいの?」

 

 

 突然の先生の質問が分からなかった。そういう意味の話をしているわけでは無かったからだ。

 

 

「それが分からないって……」

 

「うん。それは聞いたよ。だから、聞くんだよ。カヤツリは、どっちの梔子ユメさんを信じたいの?」

 

 

 無理なことを先生は言ってきた。それができないから、こんなことになっているのにだ。

 

 

「カヤツリは手帳を見て、梔子ユメさんの想いが違うものかもしれないって思ったんだね。でも、それは当たり前の事なんだよ。人は繕うもので、たくさんの顔を持っている生き物だから。それは、誰だってそうなんだよ」

 

 

 そんな事は知っている。だからこそ、そんな事を思いもしなかった自分に失望したのだ。

 

 

「きっと梔子ユメさんは、そう思っていたんだろう。少なくとも一年生の間は。それを三年生まで抱えていたのかもしれない。でも、それをカヤツリやホシノに見せなかったのは。そう言う事じゃないの?」

 

「それは、俺たちを気遣ったからで……」

 

「だから、それだよ」

 

 

 先生は、優しい声で言うのだ。

 

 

「梔子ユメさんは見せたくなかった。少なくとも、カヤツリ達の前ではそうだった。それはカヤツリ達にそう思ってほしかったからじゃないの?」

 

「それは、分からないじゃないですか……」

 

「そうだね。人の心は他者には分からない。でも自分自身だって分からないって言ったはずだよ。誰もが一つの考えで動いているわけじゃない。両方の想いがあったかもしれない。手帳にそう書いてあったからって、それが全て真実かは分からない。私たちはその場に居なかったんだからね。だったら、信じたい方を信じればいいと思うよ」

 

 

 そうできたら、どんなに楽だったか。それを否定できる材料はないのだ。言い返そうとした自分が口を開く前に、先生はもう一度、同じ言葉を投げる。

 

 

「カヤツリが信じたい方を信じればいいよ。もしもの時は、私も手を貸すから」

 

 

 そこまで先生に言われても、自分の望みは答えられなかった。それを見た先生は困ったように笑うのだ。

 

 

「カヤツリは真面目だね。いいかい? 今すぐに決めなくてもいいんだ。白か黒か、はっきりつけなくてもいい。今となってはそれはもうできないんだから」

 

「考えるなってことですか?」

 

「そういう事じゃなくてね……信じるだけなら、カヤツリの好きな方でいいだろう? それは、絶対に答えは出ないんだよ。それこそ、梔子ユメさんに直接聞くでもしない限りは」

 

 

 でも、それは叶わない。先輩はもういないからだ。それを読み取った先生は、大きく頷く。

 

 

「そう。梔子ユメさんが、カヤツリの記憶通りなら確かめる術はない。もういないんだから。彼女の心中は永遠に分からない。でもね。カヤツリのもう一つの可能性は違うだろう?」

 

「あ……」

 

 

 なんとなく、先生の言わんとすることは分かった気がした。

 

 

「梔子ユメさんが、カヤツリ達の邪魔をするのなら。彼女は生きていることになる。なら、直接聞けばいい。どうして、そんな事をしたのか。どう思っていたのかってね」

 

 

 先生は静かに、自分へ語りかける。

 

 

「辛い事を言うかもしれない。カヤツリの想像通りかもしれない。でも、それまでは分からないんだよ。だから、それまでは、カヤツリの信じたい梔子ユメさんで良いと思うよ」

 

「……少しだけ、目を瞑って、耳を塞いで、後ろを向いてくれますか……?」

 

 

 先生は素直に従ってくれた。少し後ずさって距離をとる。

 

 先生の提案は、ただの先延ばしだった。なんの解決にもならない。ただの先延ばし。

 

 でも、とても楽になった。重いものがようやく下ろせたような、そんな感覚だった。

 

 思っていたことを吐き出したせいかもしれない。ホシノや後輩たちが居ないせいかもしれない。自分はただ許してほしかったのかもしれない。先輩を信じてもいいと、あの先輩を、自分が思う先輩を信じていいと言われたからかもしれない。もしかしたら、そのどれでもないのかもしれない。

 

 それでも、どこか救われた気がしたのだ。

 

 そのせいで前が良く見えないし、口から声が漏れるし、顔がびしょ濡れなのだ。そんなことをするのはあの日以来かもしれない。ため込んだ物がどんどん口から零れる。

 

 だから、雨が止むまで、もう少しだけ掛かりそうだった。

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