ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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174話 疑似餌

「待って! ノノミ!」

 

 

 自分の叫び声が聞こえないのか、ノノミは校門の向こうへ消えてしまった。

 

 理由は明らかだ。あの一瞬だけ見えた物。自分はあれしか見えなかったが、ノノミは正面から見たのかもしれない。写真と同じ、梔子ユメ先輩の顔を。

 

 

「セリカ! アヤネ! 見た!?」

 

 

 二人は信じられない顔で頷く。

 

 

「一瞬だけ。服と髪の端だけ見えたわ……」

 

「嘘でしょう? だって、梔子ユメ先輩は……」

 

 

 信じられないことだ。死者が生きて歩いている。ただ、そんなことはどうでも良かった。

 

 

「アヤネ! ノノミの行き先を探して! セリカは、ホシノ先輩を呼んで! ノノミが危ないって!」

 

「ちょっと待って! シロコ先輩! 何なのか説明して! 何でそんなに焦ってるの!?」

 

 

 端末を開いて、カヤツリ先輩が用意したソフトで検索し始めたアヤネとは対象的に、セリカは自分へ詰め寄ってきた。

 

 

「ノノミが危ない! アレは良くない!」

 

 

 理屈の前に、自分の勘が警鐘を鳴らした。アレは良くないものだと。アレについて行ってはいけないと。

 

 

「何でそんな事が分かるのよ。ただの見間違いかもしれないじゃない。それか、もしかしたら、カヤツリ先輩の隠し事ってこれの事なんじゃないの?」

 

「でも、セリカ! 何かがおかしい!」

 

 

 焦りの気持ちが多分に含まれた自分の声に、セリカは頷いてくれた。 

 

 

「それは、私も思うわ。だからシロコ先輩。落ち着いて。焦るとまた、さっきみたいに失敗するかもしれないわ」

 

 

 言われればそうかもしれないが、嫌な予感が止まらない。焦る自分の代わりに、セリカが静かに自分の考えを言う。

 

 

「梔子ユメ先輩が、生きているって。カヤツリ先輩は最近知ったんじゃないの? それで、自分の代わりに寄越したんじゃ……?」

 

「……逃げたのは? 何で逃げたの?」

 

 

 セリカの苦し紛れの仮説に反撃する。言葉に詰まったセリカだが、何とか答えを捻り出してきた。

 

 

「きっと、ホシノ先輩とカヤツリ先輩の顔しか知らないのよ。だから……」

 

「知らないノノミに気づかれて逃げた? そう、セリカは思うの?」

 

 

 嫌に筋が通っていて、反撃の糸口が見つからなかった。細かいアラはあるが、納得できる範疇だ。そのせいで上手く自分が感じた危機感を伝えられなかった。

 

 

「……契約を結んだのは、梔子ユメ先輩です。本人なら、今直面している問題も解決できます。これ以上ない方法です」

 

 

 端末を凄まじい速さで操作しながらのアヤネの言葉に、セリカは頷いている。

 

 

「カヤツリ先輩が、匿っていたのかもしれません。あの手帳の事は昔の話なのかも。全てが終わってから、紹介するつもりだったのかも……それで、自分が動けないから、代わりに寄越した。そんな風にも思えます」

 

「それなら! カヤツリ先輩はあんなに怒らなかった!」

 

 

 あの時のカヤツリ先輩の怒りは本物だった。

 

 もしも、アヤネの言うとおりだったら。ああまで、カヤツリ先輩は怒らなかっただろう。

 

 もしも、梔子ユメ先輩が生きていて、カヤツリ先輩が匿っていたのなら。それは幾らでも取り返しがつくことだ。嘘をつくにしても、それは念のためだろう。

 

 でも、あのカヤツリ先輩の叫びは、後悔の叫びだった。アレはもうカヤツリ先輩でもどうしようもできない物に対する本気の後悔だ。

 

 

「ええ。私もそう思います。きっと、梔子ユメ先輩はもういないんでしょう。少なくとも、カヤツリ先輩はそう信じている」

 

「……そうね。確かにそうだわ」

 

 

 セリカも、アヤネの言葉と自分の反応で、あの影が危険な物だと納得したようだった。そして、何かに気がついたのか、不思議そうな声を出す。

 

 

「今気がついたんだけど……どうして、アビドスの制服を着てたのかしら……それに髪型も。昔のままじゃない」

 

 

 セリカの言葉を聞いて、ゾワリと鳥肌が立つのを感じた。きっと、違和感の正体はそれだ。

 

 あの写真のままの格好だった。きっと、梔子ユメ先輩が生きていた頃の格好だろう。

 

 自分たちが梔子ユメ先輩だと。すぐに分かる姿で、これ見よがしに現れたことが自分の勘に引っかかったのだ。

 

 あれは、まるで餌だ。自分がよく使う生きた餌そっくりの疑似餌(ルアー)。それに、ノノミはまんまと食いついてしまった。

 

 

「アヤネ! まだ!?」

 

「反応見つけました! 場所はアビドス郊外の路地裏です! すごい勢いで移動してます!」

 

 

 それを聞いた途端に、自分は開け放した窓から校庭へと勢いよく飛び出した。

 

 

 □

 

 

「待ってください!」

 

 

 目の前を走る緑の影を追う。ただ、自分が幾ら声を掛けても止まってはくれない。

 

 自分に出せる全速力で走るが、全く距離が縮まらない。つかず離れずの距離を保つので精いっぱいだ。曲がり角に差し掛かるたびに見失いそうになる。

 

 

「待って!」

 

 

 再び路地の角へと消えた影に向かって叫んでも、反応は一緒だ。

 

 きっと目の前を走っている影は、梔子ユメ先輩に間違いない。この図ったかの様なタイミングは、カヤツリ先輩が何かやったのかもしれない。あの電話はそういう事に違いないのだ。

 

 漸く角まで辿り着き、影が消えた方へと曲がる。そこには誰にも居なかった。そこは狭い路地で、両側は壁に挟まれている。路地もかなり先まで一本道だ。隠れる場所が無いように思える。

 

 

「どこに……」

 

 

 息を整えながら、辺りをキョロキョロ見渡す内に、何だかおかしいと感じ始めた。

 

 どうして逃げた? ホシノ先輩の姿がなくて、知らないであろう自分に追われたからだと思っていたが。カヤツリ先輩が自分たちの事を伝え忘れるだろうか?

 

 その内に壁の跡に気が付いた。黒く掠れた靴の跡がいくつか上まで続いている。

 

 

「壁を蹴って、上まで?」

 

 

 これは、壁を蹴った跡だ。壁を登って上から逃げたのだ。そこまで考えて、背筋が冷たくなった。

 

 壁を蹴って上まで登るなど、シロコちゃんや、ホシノ先輩、カヤツリ先輩も出来るが、自分が姿を見失って数十秒間だ。そこまでの速さで登るのは普通の身体能力では出来ない。

 

 そんな身体能力の持ち主が、自分を足で振り切れない何て事があり得るのか? 速度を調整して、ここまで連れて来たかったのでは?

 

 

「……ダメで元々でしたが。まさか、本当に来られるとは」

 

「……執事さん」

 

 

 自分の斜め後ろ、さっき自分がやって来た方から、ネフティスの執事の声が聞こえた。

 

 振り向けば、スーツを着た執事が一人で立っていた。

 

 

「そこまでやるんですか……?」

 

 

 騙されたショックよりも、怒りが湧いた。自分の先輩達の大切な人の姿を好き勝手に使う事にだ。

 

 

「そこまでとは? 今朝の我々の提案に納得していただけたのではないのですか?」

 

「……何を言っているんですか? 私は、あの人を追いかけて……!」

 

「だそうですが……どうだったのです? スオウさん」

 

「十六夜ノノミは、一人でここまで来た。確かに走って誰かを追いかけているようだったが……私は何も見ていない」

 

 

 自分を挟み込むように。執事とはまた別の場所から、スオウさんが姿を現した。

 

 

「ああ、逃げる事はおすすめしない。結果は同じだ。それなら、怪我をしない方が賢い選択だと思うが?」

 

 

 彼女はショットガンをこちらに向けていた。この距離では避けられない。

 

 

「私に、何をさせる気ですか……」

 

「お嬢様には人質になって頂きます」

 

 

 一体、誰に対する人質なのか。現状はネフティスと私募ファンドの勝ちに等しい。自分たちに言う事を聞かせたところで何にもならない。

 

 でも、碌なことにならないのは分かった。撃たれることを覚悟して、残っている退路に向かって駆け出そうとする。

 

 

「手間をかけさせるな」

 

 

 その声が聞こえた瞬間、視界がグルリと引っくり返った。何をされたか分からないが、スオウさんが何かしたらしかった。

 

 力に任せて暴れようとするが、重心か何かを抑えられて、動けなかった。

 

 

「抵抗は無駄だ。さっさと歩け」

 

 

 無理矢理立ち上がる事を強要されて、背中に銃口が当てられた。そのまま、車まで連行され、中に放り込まれる。

 

 扉は直ぐスオウさんによって閉められて、銃口はそのままだった。せめてもの抵抗にと身じろぎするが何の意味もない。

 

 

「ああ、理解が及ばないようですね。時間もたっぷりあります。説明しましょう。私もお嬢様には納得の上で、協力して頂きたいので」

 

 

 協力などと言うが強制だろうに。そんな事を思いながらも、自動で走り出した車の中で、前の座席に座った執事は話し出す。

 

 執事は、今朝と変わらない様子だった。自分の怒りなど全く感じていないようだった。

 

 

「何故、私募ファンドは契約に拘るのか。不思議には思いませんでしたか? 今も、総会の会場に部隊を展開するような人間たちです。それこそ無視してしまえば良い。そうは思いませんでしたか?」

 

「それは、ハイランダーとネフティスで契約書が見つかったから……」

 

「ええ、お嬢様。その理由もありますが、よく考えても見て下さい。その時点では、私募ファンドと我々ネフティスしか知らないのです。それと彼だけ。ただ一人の生徒の意見など見ないフリをすれば良い」

 

 

 言われてみればそうだ。その契約を知っているのは、カヤツリ先輩だけだ。先輩一人が騒いだところで、無視すれば良い。だって先輩は生徒に過ぎないのだから。

 

 

「答えは簡単です。我々には彼に対抗する力が無いからです」

 

「何を、言っているんですか……だって」

 

「ネフティスは大企業だから。ええ、その通りです。全盛期にはほぼ遠いですがね。私募ファンドもそれなりの組織です。ただ一人の生徒など如何様にでもなる。それがただの生徒なら」

 

 

 その言い方では、カヤツリ先輩が居たから、私募ファンドはやり方を変えたような言い方だった。

 

 そんな自分を執事は残念そうに見るだけだ。

 

 

「お嬢様は何も分かっていません。今朝の話を忘れてしまったのですか?」

 

「カヤツリ先輩が危険だと言う話ですか……?」

 

「私達がそう思ったなら、私募ファンドもそう思うに決まっているでしょう? だから、正攻法で行くしか無かったのですよ。ネフティスと私募ファンドで協力して、彼を契約から排除するとね」

 

 

 何だか怒りが収まらなかった。思わず反論してしまう。

 

 

「カヤツリ先輩はそんな人じゃ……」

 

「お嬢様は相変わらずですね。見せかけに囚われて本質を見誤りがちだ」

 

 

 やれやれと執事は肩を竦める。

 

 

「お嬢様の言うように、彼は変わったのでしょう。今朝は悪し様に言いましたがね。ただ、それはお嬢様たちの前だけです。私募ファンドのような汚い手段からお嬢様たちを守る為なら、幾らでも戻るでしょう。前の姿に戻って、幾らでもえげつない手段をためらわずに使うでしょう。私たちでは思いもつかない事をする」

 

 

 漸く、執事の言いたいことを理解した。

 

 

「汚い手段では、カヤツリ先輩に対抗できないから。契約をどうにかするしかなかった……?」

 

「その通りです」

 

 

 執事の声は嬉しそうだった。認識を共有できたのが嬉しかったのかもしれない。

 

 

「私募ファンドでは、その分野では相手にならないでしょう。悔しいですが我々でも。カイザーの元理事が執着するのも分かりますね」

 

「……あんたらは理解していないようだがな。あのカイザーから、数年間アビドスを守りきった事。それは並大抵のことじゃない。それもあんたのような、足手まといを守りながらだ。本来なら、過去の奴なら、一昨日のハイランダーの工事。あれだけで敵対したと見做されて、私とあの双子と、私募ファンドは報復を受けていた」

 

 あまりの事に驚いた。隣のスオウさんが褒めていたからだ。仏頂面ではあったが、それだけの感情ではない気がする。これは、失望と…羨望だろうか。

 

 

「だから、我々はシャーレの先生の前であの提案をしたのです。ああすれば、先生は必ず関与してこようとする。そう思ったからです」

 

 

 また分からなくなった。先生の介入はネフティスは避けたい事態の筈だ。全部ひっくり返される事になりかねない。

 

 

「実際に関与はさせません。先生が興味を持って注視するだけでいい。ただそれだけで、彼は得意の裏の手段が取れなくなる。後は簡単です。一気に決めてしまえばいい」

 

「一気に……? まさか……シャーレの爆発は!」

 

 

 執事は何も答えないが、それがもう答えのようなものだった。

 

 

「先輩を確実に抑えるために先生を巻き込んだんですか! そこまでして、シェマタが欲しいんですか!?」

 

「勘違いは困ります。あれは私募ファンドの独断でしょう。先生を巻き込む計画ではありませんでした」

 

 

 執事の声に怒りが混じった。きっと私募ファンドへの怒りだろう。

 

 

「彼らは、カイザーと手を組みました。協力者だった我々を裏切って!」

 

 

 信じたくない名前が聞こえた。カイザー? カイザーと言ったか?

 

 固まる自分を放置して、執事は感情のままに声を荒げた。

 

 

「カイザーが無計画に債権を売るわけがないでしょう? 取引したのです。私募ファンドと我々ネフティスで!」

 

「取引……?」

 

「債権を売る代わりに、彼がカイザーに手出しできないよう協力する。そう言う取引です。彼はあの空が赤く染まった事件の後、カイザーPMCの妨害と排除に勤しんでいました。カイザーがアビドスから撤退するのは、そのせいもあるのです。カイザーからしたら嫌がらせ程度の物でしょうが。契約のお陰で彼が邪魔であった我々にとって、それは渡りに船の提案でした。断る理由はありませんでしたとも」

 

 

 目の前の大人は、自分の想像以上の事を話し続ける。かつて、自分の面倒を見てくれた大人のこんな話は聞きたくなかった。けれども、自分を運ぶ車と一緒で、話は止まってくれなかった。

 

 

「私募ファンドは、表向きは彼とネフティスの敵として振る舞う。我々ネフティスは契約を表に公開し、対策委員会と先生を関わらせることと、彼の過去を断片的に話すことで動きを制限する。あとはお嬢様たちや先生から距離を取った彼を妨害。契約に間に合わなかった彼と交渉し、お嬢様と婚約させてネフティスに縛りつける。その後、私募ファンドとどうするか話し合う。その手はずでした。しかし、彼はそれを予想していたのかシャーレに逃げ込んでしまった」

 

 

 そうなれば、手は出せない。シャーレに居る先輩を攻撃すれば、先生も黙ってはいない。先輩に加えて先生まで敵に回すことになる。

 

 けれど、ネフティスを出し抜くために、私募ファンドは手を出したのだろう。その理由はおおよその予測がついた。

 

 

「きっと、カイザーに唆されたのでしょう。方法を伝授され、手勢を貸すと言われたに違いありません」

 

「隠れて私も様子を見に行ったが、シャーレの現場にいたヴァルキューレ。装備を見れば分かる。予算削減で金欠のヴァルキューレにしては新しすぎる。あれはカイザーPMCだ」

 

「え……」

 

 

 あまりの事に、変な声が出た。スオウさんは淡々と事実を告げる。

 

 

「先のファウストの事件でカイザーPMCはシャーレを占拠したそうじゃないか。シャーレの構造も把握しているだろう。恐らくは安全確保など真っ赤な嘘なのだろうな。瓦礫に埋もれた先生と奴を探す間の時間稼ぎにすぎん。きっと今頃、私募ファンドに監禁でもされているのではないか?」

 

「彼を確保した私募ファンドは、契約の権利を、そっくりそのまま譲るように彼に強要するでしょう。()()()()()でね。我々からシェマタを奪うために。裏切りとはそう言う事です」

 

 

 いよいよ話の本題なのか、執事の声が大きくなった。

 

 

「それを回避する手段はただ一つ。契約をなかったことにすることです。梔子ユメ生徒会長は、生徒会長を押し付けられたと聞いています。そのため、アビドス生徒会は非認可の組織だったと宣言する。そうすれば、あの契約は意味をなさなくなる」

 

「そんな事をすれば……!」

 

「そう。売買契約は無効になり、砂漠横断鉄道は元々の持ち主であるネフティスの物になる。何を怒る必要があるのです? あれは元々、我々の物です。そして、お嬢様は彼と先生を助け出せる。全員が望んだものを手に入れられる」

 

 

 あまりにも一方的で、横暴な提案だった。それは、カイザーと全く違いのない行為だった。全く悪いと思っていなさそうなあたり、カイザーより質が悪いかもしれなかった。

 

 言う通りにすれば、先輩を助けられるかもしれない。でも、手助けにまた、この大人は要求してくるだろう。恐らく最初の要求をしてくるはずだ。自分とカヤツリ先輩の婚約を。先輩が築いたものを根こそぎ奪いつくす気だ。

 

 

「ふざけないで下さい! そんな卑怯な手段を使うなんて! 恥ずかしくないんですか!」

 

「卑怯……? 恥ずかしい……? お嬢様がそれを言うのですか? それは、私の台詞です!!」

 

 

 執事は激怒した。それは初めて見る執事の表情と怒号だった。それに固まる自分へ執事は怒鳴る。

 

 

「お嬢様には分かるはずがない! あの時、アビドスが終わってしまった時の我々の気持ちなど! お嬢様が居なくなり、全てが水泡に帰した日の事を! 我々は取り戻したかっただけなのです! あの輝ける黄金の日々を!」

 

 

 執事は怒り過ぎて、液晶が点滅している。

 

 

「だからこそ私募ファンドと協力しました。彼らもかつてのアビドスを知る者たちです。まだあの黄金の夢を忘れられない者たちです。我々の目的はただ一つ。あの頃のアビドスを取り戻すため!」

 

 

 それは、あの時の先輩と同じような叫びだった。それは過ぎ去った、どうしようもない過去を想う後悔の叫び。

 

 それは、執事の譲れないモノだったのだろう。また自分は他人の大事なモノを踏みにじった。

 

 

「何も知らないのに、知ったような口をきく。恥ずかしいのはどちらですか!? なんの代償もなしに望む物が手に入るはずがないでしょう! ずっと綺麗でいられるほど世間はそんなに甘くない! それを安全圏から、正しいだのなんだのと! お嬢様は変わらない! 昔のままだ! ずっと自分は奇麗でいたいのでしょう!?」

 

 

 ずいと、執事は自分をねめつけた。

 

 

「我々とて、褒められた手段ではないことくらい分かっています。ええ、さぞ気分が良いでしょうね。安全な立場から我々を糾弾するのは。それで、都合が悪くなったら逃げるのでしょう? 二年前のように」

 

 

 グサグサと自分の弱いところを抉って来る。図星過ぎてなんの反論もできない。

 

 

「お嬢様は臆病者だ。自分は正しくありたいからと、人の目ばかり気にしている。自分が誇れるものがないからと、人の秘密を漁り、傷を見つければ正しさで糾弾する。そのくせ何もしないではないですか。それも当然でしょう。貴女はただ綺麗でいたいだけで、その立場を維持していたいだけで、物事を解決したいわけでは無いのですから」

 

 

 真っ青になった自分を見て、執事は鼻で笑う。

 

 

「その様子を見るに、彼の秘密を探ったでしょう? 自分のせいかもしれないという罪悪感と好奇心のままに探って、私のように怒らせましたね? 餌をバラまけば食いつくと思いましたが、想像通りでした。守る物が無かった彼は、お嬢様。貴女のお陰で彼は弱くなって、この始末です。今なら、二年前の損害も笑って流せますよ」

 

 

 それは、もしかしたら、目の前の執事がずっと思っていた事なのかもしれなかった。ずっと我慢して、言わないでいたそれを、自分は言わせてしまったのだろう。

 

 

「お嬢様がここまで来たのも自分の意思でしょうに。それを、誰かを追ってきたなどと我々が騙したかのように言う。傍観者であることに都合が悪くなれば、相手が悪いと言い訳ですか。私には、あれだけ我々と目的を同じにしておきながら、裏切った私募ファンドと同じに見えますよ」

 

 

「そこまでにしたらどうだ?」

 

 

 尚も自分を糾弾する執事をスオウさんが止めた。聞くに堪えないとばかりに、顔を顰めている。

 

 

「十六夜ノノミを責めても何も解決しないだろう? むしろ、お願いする立場だ。アビドス生徒会が非認可の組織だったと言うように、小鳥遊ホシノを説得してくださいとな」

 

「これは、()()()()()()()です。貴女には関係がない。貴女は唯の雇われでしかない」

 

 

 執事の答えを聞いたスオウさんの顔が歪んだように見えた。ただ、それは一瞬で終わってしまった。

 

 

「これから、対策委員会に連絡を取ります。アビドス生徒会は非認可の組織であったと宣言するようにと、そうすれば、総会まで連れて行きますし、彼も先生も、お嬢様も帰ってくると。拒否すれば……どうなるかは想像がつくでしょう? 人質とはそういう事です。お嬢様にとっても良いことでは? 漸く自分の発言に責任を持てるのですからね?」

 

 

 執事の様子を見れば、もう自分がどうやっても結果が変わらない事が分かった。だから、出来る限りのことをすることにした。

 

 勢いよく、車のドアを掴んで引きちぎろうとする。自分の力ならできるはずだった。

 

 

「無駄なことはやめろ」

 

 

 スオウさんの銃が吠えて、至近距離から散弾が直撃した。それでも力は緩めない。

 

 

「お嬢様を止めなさい!」

 

 

 メキメキと開き始めたドアを見て執事が叫ぶ。あと、もう少し。

 

 

「残念だが、これも仕事なんでな」

 

 

 二回また銃が吠えた。衝撃は先ほどの比でなくて、目のまえが暗くなり始める。

 

 それでも、やっとの思いで、隠し持っていた端末をドアの隙間から落とす。

 

 前にセリカちゃんが誘拐されてから、カヤツリ先輩が後輩たちにと用意した録音機器付きの発信機。二つあるうちの一つを。

 

 それが、地面へ転がっていくのを見て。ようやく意識を落とした。

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